摂理、というものがある。
例えば弱肉強食。例えば万有引力。この世界に生きるものである以上、避けることのできない法則だ。
だが、ここにその大自然の摂理に無謀にも逆らおうとしている少女がいた。
「ぅぅっ…はぅっ……っ……」
下腹部を走るつぅんっ、とした刺激に足を突っ張って耐える。年の瀬が見えつつある冬の夕方、陽は落ちるのも早く、冷え切った風は少女の体から否応なく体温を奪ってゆく。
(でちゃぅ……おしっこ……でちゃうよぉ……
おしっこ…トイレ行きたいっ……)
須崎未果(すざき・みか)、市立の中学に通う一年生。
彼女は、迫り来る強烈な尿意と必死に戦っていた。
「ガマン、ガマンっ……しなきゃ…」
アヒルみたいに不恰好におしりを突き出して、足をそろそろと進める。
一歩ごとに恥骨の付け根に衝撃が走り、少女のダムに負担を掛ける。そのたびに未果はぎゅっと腿をくっつけ、かかとを浮かして膝をこすり合わせていた。傍から見ればじれったいほどに遅くもどかしい歩み。
それでも今の彼女には、精一杯の大急ぎだった。
「あと、ちょっと、だけだからっ……」
下腹部の張りを確かめる。
そっと触れるだけで、腰が崩れ落ちそうになるほどの尿意が彼女の恥骨を走り抜けた。もう満水も満水、経験したほどのないくらいの危険水域だ。朝から一度もトイレに行けていないのだから、それも当然だろう。
生唾を飲み込んで、冷や汗の伝う背中をぶるっと震わせる。
歩みを進める振動すら今の未果には耐え難い刺激になり、下着の奥で排泄孔がひくんと震えた。
じゅわっ。
「っ!!」
今にも漏らしてしまいそうなおしっこを、なお身体の中にとどめておくというのは、極めて不自然なことである。その真理を世間知らずの少女に思い知らすかのように、未果の自律神経は尿意の信号を発して彼女に恥ずかしい排泄体勢をとらせようとしていた。
未果はぎゅううっ、と強くスカートを握り締め、今にもしゃがみ込んでしまいそうになる膝を押さえつける。
「んんんっ、んーーっっ!!」
こんなところで、少しも余裕のない膀胱を抱えたまましゃがんでしまえば、それこそ絶対に我慢できない。
中央公園の見通しのいいサイクリングロードの真ん中で、未果は足を交叉させ、腰を揺すって尿意の波に耐える。
未果の下着に、じわっ、と染みが浮かぶ。
(出ないでぇ……お願い……っ!!)
放水の誘惑をぎりぎりのところで押しとどめ、渾身の力で排泄孔の括約筋を締め付ける。女の子のプライドと羞恥心が必死の連携を組んで、凶悪な排泄欲求に抵抗する。
「ぁ、ぁあっ」
我慢しきれなかった分のおしっこが、じゅわっと下着に広がる。
だが、それだけだった。
漏れたのはわずかに数滴分のおしっこ。必死の願いが功を奏したのか、未果はどうにかお漏らしの危機を回避した。
「はぁ…っ…はぁはぁ……」
息が荒くなる。未果は慎重に腰を伸ばすと、ゆっくり深呼吸をした。
もっとも、もうその程度で彼女の尿意はごまかせるレベルのものではなかった。
漏らしたてのおしっこの暖かさに、未果は背中を震わせてスカートの上から股間を握り締める。最大の危機は乗り越えたものの、限界まで膨らんだ膀胱と、その中にぱんぱんに詰まったおしっこはなくなってなどいないのだ。
(……おしっこ、おしっこしたいっ……したいよぉ…っ)
まるで、幼稚園か小学校に入りたての子供のように、『ままー、おしっこーっ』のポーズで未果はくねくねと腰を揺すり、恥も外聞もなく尿意を堪える。
(おもらしなんて……嫌ぁ……)
足を伝うおしっこが、ポタ、ポタ、とアスファルトに落ちて小さな染みを作る。どれだけ我慢をしようと、ほんの少しずつ決壊は始まっているのだ。
そして、それが致命的なものになってしまうまでの時間はもう残り少ない。
昨夜のジュースと今朝の牛乳。体育の後に飲んだ水。この一日、自分の採った水分の総量を思い出して、未果は背筋が凍るような錯覚を覚えた。
(あんなのが、全部、でてきちゃったら……っ)
足を伝う生暖かい感触。アスファルトを染める派手な飛沫。
その光景を思い描いてしまい、未果は震えあがる。
「トイレ、トイレ、おトイレ行きたい……」
排泄をするための場所を小さく口の中で繰り返して、未果は視線をめぐらせた。
全く周りを見まわす余裕などなかった彼女が、偶然そこに辿りつけたのは天の助けだったかもしれない。白い建物が、赤と青い人型のシルエットを胸にそこに立っていた。
「トイレ…あった……っ」
だが、その偶然はとてつもなく――意地が悪かった。
二つ並んだトイレの入り口、その右側。
赤で女性用と記されたトイレの入り口には、故障中、の張り紙があった。
張り紙の下には無造作に矢印が引かれ、それはもう片方の男性用トイレの入り口を向いている。
「っ……!?」
思わず飛び出しそうになった悲鳴を飲み込む。
(そんなっ……男の、ひとの方で……おしっこなんてっ…できるわけないじゃないっ……)
公園管理としてはまあ苦肉の策だったのだろうが、未果にとってみれば最悪の不幸以外のナニモノでもなかった。
異性の見ているかもしれない場所で、女の子が最も秘密にしておきたい行為をするなど、絶対に許容できない事である。個室の中で一番大切な場所をあらわにして、そこから激しくおしっこを排泄する姿――スカートめくりとか、着替えを覗くとか、男の子はそういうのを見たがるのだ、ということを未果は聞いていた。
(こっ、これ以上…がまんなんてっ…できないよぅ……)
男子トイレ。
いくら異性の知識に疎い未果でもこちらにも個室があるのは分かっていたが、まさか入っていく訳にもいかない。人一倍羞恥心の強い未果は、トイレ、の一言が言えずに学校にいる間中我慢し続けていたくらいなのだ。
が。
きゅうぅぅぅんっ。
「や…っ、ダメぇっ……漏れちゃうぅっ!!」
未果の下腹、膀胱を一杯に満たしたおしっこは、容赦なく少女を攻め立てる。
少しでも気を抜けば吹き出してしまいそうになりながら、もじもじと足をこすり合わせ内股になって、お尻をうしろに突き出した格好になる。
それがいけなかったのだろうか。さっき乗り越えたはずの尿意が、さらなる大波になって未果に襲い掛かってきた。
「おしっこくるぅ。きちゃうよぉっ……」
耐え切れなくなった未果は、たまらず両手を股間に挟み込んだ。ぎゅううっと排泄孔を握り締める。
「でちゃだめっ、だめ、だめ、だめぇえ……っ!!」
尿道を下るつんっとした衝撃。
スカートの布地越しに、暖かいものがほとばしる。
じゅじゅじゅっ、しゅしゅしゅるるるうぅぅっ。
未果の指の間から、水滴がぽたぽたとこぼれ落ちた。腿を伝い落ちる生暖かい感触に、鼻の奥が熱くなる。
(でちゃってるっ……やだ、ずっとガマンしてたのにぃっ……おもらししちゃう……私、…もう、中学生なのにっ……)
おしっこは未果のか細い抵抗などお構い無しに、下着越しにしゅるると噴き出して、ぴちゃぴちゃ地面を打つ。
しゃがんでしまった未果には、おしっこを遮るものなどほとんどない。薄い下着一枚と、疲れ切った括約筋、そして女の子のプライドだけだ。
しゅしゅしゅ……ちゅるるるぅっ、ぴちゃっ。ぴちゃちゃっ。
地面に点々と黒い染みを描きながら、それでも未果はしゃがみこんだまま脚を動かして移動を開始する。太腿が震えるたびにぷしゅっと音がして、おしっこが外にこぼれてゆく。スカートの中は悲惨なことになっているだろう。
スカートの上から股間を握り締めて、体の奥底からこみ上げてくる尿意にパニックになりながら、未果は必死に尿意の波に耐える。
(がまん、がまんしなきゃっっ……出しちゃダメ、出しちゃダメだよぉっ……)
膀胱ので暴れまわるおしっこをなだめて、未果はたまらずスカートを跳ね除けた。
「んんんっ!!」
奥歯を噛み締め、もう一方の手でぐいぐいと下着を引っ張り上げる。おしっこを足元にぽたぽたとこぼしながら、ほとんど根元まで向きだしになった太腿を擦り合わる。
細かく足踏みを繰り返して、未果は辺りを見回した。
人通りはない。
けれど、排泄のためにしゃがみこめるような物陰も茂みもなかった。
「どうしよっ……おしっこっ……」
足の交叉を組み直すたびに、濡れた下着が肌に張り付く。
今は生ぬるく気持ちの悪いだけのその感触も、やがては冷たくなり、未果を裏切って尿意の味方をするだろう。
選択肢は二つ。
――林の中でお尻を丸出しにして、なにもない地面の上で排泄するか、誰かに見られるのを覚悟で男子トイレに駆け込むか。
未果が選んだのは後者だった。
両手で股間を押さえ、走り出す。
一歩ごとの衝撃に膀胱が震え、外に熱い雫を漏らすがそれでも決定的な決壊だけはどうにか先送りにして、彼女は男子トイレの入り口をくぐった。
足を上げた瞬間また排泄孔が悲鳴を上げ、しゅるるる、じゅじゅじゅぅ、と漏らしたおしっこを未果は手のひらに受け止める。
指の間から、ポタ、ポタ、と熱い雫がこぼれて腿を伝う。
息を浅く、早く、最後の一線の崩壊だけを何とか先延ばしにして、未果はトイレに駆け込んだ。
三つ並ぶ小用の便器と、二つの個室。
うちの一つはドアが開きっぱなしになって、故障中と張り紙がしてあった。
(ああっ、あっ、早くしないとっ……)
辛うじて本格的な排泄を先送りにしているものの、もう十秒と待っているのも難しい。
未果は空いている方の個室に駆け寄り、自分のおしっこで汚れた手で個室のノブを掴んだ。
「……これで、やっと…っ」
安堵の声を打ち砕いたのは、がくんという思いもよらない衝撃。
「えっ!?」
ノブの下、赤い色と共に『使用中』の文字があった。
(そんな…ぁ…っ)
愕然とする暇もなかった。
使用中。
つまり、このトイレには――用を足している男性がいる、という事。
かぁっ、と未果の頭に血が上る。
スカートに大きな染みを作り、下着を破れる寸前まで引っ張って恥も外聞もなくおしっこをガマンしている自分の姿にようやく思い当たったのだ。
(急がなきゃ、見られちゃう…っ!?)
ただでさえ異性の視線になれていない未果。まして今の彼女は、どうにも言い訳の聞かないほどに惨めな格好である。
焦りのままに踵を返した少女は、ほんの少しだけ股間から意識を反らしてしまった。
きゅうううっ、ぷしゅ、ぷしゅっ、ぴゅしゅううっ
(、ぁあっ、はじまっちゃうぅぅっ!!)
本格的な放水の誘惑が、未果の腰を直撃する。
さっきから何度も何度もちょろちょろと漏らしてはいるが、まだ大部分のおしっこは未果のおなかの中だ。一度収縮をはじめてしまった膀胱は、少女に排泄を促そうと強烈な尿意を引き起こす。
「ぁ、ダメ、ダメっ……」
ぱちゃ、ぱちゃぱちゃっ。
じゅじゅじゅじゅじゅううっ
「とまって、とまってよぉ……っ お願ぃぃ……!!」
じんじんと痺れるような男の射精にも似た感覚。疲れきった括約筋が排泄孔が震え力を失ってゆく。未果の懇願は空しいほどに届かない。
男子トイレの真ん中で、少女はついに本当のオモラシを始めてしまった。じゅわっ、と最後の決壊の瞬間を告げるように、奔流の予兆が下着に溢れ出す。
(でちゃううううううっ!!)
未果はスカートを破るようにたくし上げ、そのまま洗面台へと走り寄った。
足を開いた途端、押さえを失って膀胱がきゅうんっ、と収縮する。
ぱちゃぱちゃと雫がこぼれ、床のタイルを打つ。
もう、未果にはものを考える余裕などなかった。
「ぁ、あああ、っ、だめぇーーっ」
声とは裏腹に、未果の股間からこぼれ落ちるおしっこはどんどんと勢いを増していった。噴き出す流れをどうすることもできない。
「い…いや…っ! いやぁ――っ!!」
眼前に迫った『おもらし』の事実に完全なパニックに陥ったまま、未果はトイレ入り口の洗面台に股間を押し付けた。とめることなど不可能な尿意に、それでも必死にお尻を揺する。
じゅじゅじゅっ、ぶしゅうううーーーーーっ、びちゃびちゃびちゃ……
押し広げられた排泄孔から、琥珀色の液体が下着越しに噴き出して流しを打ち、洗面台の中に渦を巻いてゆく。
少女がこの一日、我慢に我慢を重ねて体の中にとどめていたものが一斉に放出される。
「おしっこ、ゃだっ、こんな……こんなとこでっ……とまって、とまってよぅ……」
疲れ果てた括約筋はぴくりともせず、か細い抵抗では羞恥に彩られた放尿を止めることなどできるはずもない。
加減も余裕もない、本当の排泄だった。
洗面台を便器代わりに、立ったまま、未果はその小さな体のどこにそれだけ溜め込んでいたのだろうかという量のおしっこを噴出しつづけた。
じょじょおおおおおっ、ぶしゅっ、ぶしゅああああああ……
「やだ、やだああっ……いっぱいっ……おしっこ…ぜんぶっ……でちゃううぅ……っ」
押し付けられた股間からお尻の方に回ったおしっこが、洗面台を伝って床にもこぼれ落ち、未果の足元に小さな水溜りを作る。
洗面台の前に備え付けられた鏡で、手を洗い清める場所に粗相をする自分のあられもない放尿の姿を見せ付けられながら、未果は泣きじゃくりながら両手を股間に押し付ける。
恥ずかしい琥珀色のおしっこを漏らし続ける彼女の背中で、水を流す音とともに個室の鍵を外す音が聞こえてきた。
(初出:おもらし千夜一夜 449-454 2004/02/06)
公園を巡るお話。
