嘘のトイレ/豪華な部屋編

 
 もう、あのドアが開かなくなって何時間経つのだろう。
 床に隙間なく敷き詰められた分厚い絨毯。ふかふかのソファー。大きなテーブル。一見しただけで贅の限りを尽くしたと分かる豪華な部屋も、固く閉ざされたドアで出入りを禁じられてしまえは、結局は牢獄と大差はない。
 密室になってしまった部屋の中で、少女たちはじっと俯いて座りこんでいた。
 誰もが不安に胸を軋ませながら、不自然なほどに無口。
 そして、彼女達の下半身は、揃って小刻みに震えていた。
「ね、ねえっ、」
 少女の一人が、耐えかねたように口を開いた。少女達の視線が一斉に集中する。
「……ごめんっ、あ、あたし、ちょっとトイレっ」
 注目を浴びて赤くなりながら、彼女は『んぅっ』と小さく悲鳴を上げて立ち上がった。腰を揺すり、くねくねと膝をこすり合わせながら、部屋の隅に立つ衝立の向こうに走りこむ。
 皆の視界から逃れた彼女は、衝立に仕切られた小さなスペースに駆け込むと、両手を腿の間に押し込んでしゃがみ込んだ。
「……うぐうっっ、ふ、くううぅうっ……したいっ、おしっこしたいっ、おしっこしたいよおおっ!! でちゃうっ、でちゃうううっ……!!」
 ぎゅうぎゅうとスカートの上からおしっこの出る場所を握り締め、ばたばたと足を踏み鳴らす。尿意はとっくに限界を超え、びくびくと痙攣する膀胱は今にも破裂してしまいそうなのだ。
「うううっ、でちゃダメっ、おさまってよぉっ……お願いだからぁぁっ……」
 股間を掴む指が下着深くに食い込んで、じわりと染みを滲ませる。
 そう遠からず訪れるであろう、最後の瞬間。それでも、少しでもその瞬間を先延ばしにするために、彼女は我慢を続けるしかなかった。
 一方、部屋の中に残る少女達は俯いてじっと目を伏せ、衝立の向こうの物音を聞かないようにしていた。
 視線を遮る一枚を隔て、恥も外聞もなく繰り広げられる友人の我慢劇。それは彼女達の尿意も激しく煽り立て、下腹部に沈む重苦しい衝動を暴れさせる。けれど、たった一つしかない『トイレ』はただいま使用中。彼女達はただじっと、慎み深い乙女の貞節を守っておしっこを我慢し続けなければならない。
 そう。彼女達の閉じ込められたこの部屋には、トイレはおろか水を流せるような場所もなかった。全員が部屋中を探し、どうにか見つかったのは小さな空の花瓶がひとつだけ。
 仮に少女のプライドや羞恥心、全てをかなぐり捨てることができて、その花瓶に用を足せたとしても、問題はそれで終わらない。
 全員が全員、もう限界なんかとっくに超越して我慢を続けているのだ。たとえ誰が用を足しても、この小さな花瓶がすぐに温かいおしっこで一杯になってあふれてしまう事は明白だった。
 そしてもし、だれかがひとりでもここでおしっこをしてしまえば、他の全員が我慢の限界に達してしまう。もうどこにもおしっこを受け止めてくれる場所はない。全員合わせて、一体何リットルになってしまうのだろうか。少女達の我慢が崩壊すれば、部屋じゅうが彼女達のおしっこでびしゃびしゃに汚れてしまう。だがこの部屋いっぱいに敷き詰められ絨毯は、何千万円という途方もない値段の超高級品なのだ。
 少しでもおしっこをこぼしたりして、濡らしてしまったら、とても弁償なんてできるはずがない。
「うく……ふぅぅっ……ぁ、っ」
 その瞬間、誰一人口にしないまま彼女達の間にはひとつの協定が結ばれた。部屋の隅にあった衝立に遮られたスペースが、彼女達の『トイレ』になったのだ。
 そこは、はどれだけ恥ずかしい姿勢や声を上げておしっこを我慢してもいい場所だ。
 『トイレ』に入った子は、もちろん『おしっこを済ませた』ことになる。だから『トイレ』に入った子はちゃんとおしっこがしたくなくなるまで我慢して、おしっこがおさまったら次の人に順番を譲るのだ。
 自分たちがおしっこを我慢していることを忘れるため、……正確には『なかったこと』にするため、少女達は我慢に我慢を重ねて平静を取り繕い、おなかの中で暴れだしたおしっこが手におえなくなった時だけ、彼女達は『トイレ』を利用した。
 そこは『トイレ』。
 限界ギリギリまで我慢している、おしっこを済ますことができる場所。彼女達は小さく区切られた部屋の中で、必死に股間を握り締め、狂おしいほどの尿意が小康状態を取り戻すのを待つのだ。
「良かった……ま、間に合った、よ……。もうちょっとで、くぅうんっ、その、ダメになっちゃう、とこだったけどっ」
 ふらふらと覚束ない足取りで、衝立の向こうからさっきの少女が顔を覗かせる。
 少女はまだ股間から手を離せない。それでも尿意の大津波はどうにか乗り越えたようで、彼女は再び輪の中に戻る。
「す、すっきり……した、なぁ。あはは……」
 バレバレのお芝居も、彼女達の暗黙の了解だった。だって彼女は今、『トイレ』から出てきたんだから、おしっこがしたいはずがないのだ。
「そ、その、わたし……ごめんなさいっ」
 代わりに、別の少女が空いたばかりの『トイレ』に駆け込んだ。
 それを羨ましく思いながらも、他の少女達は必死に尿意を否定し続ける。おしっこのことなんかなんでもないという風に、真っ青になってしゃがみ込み、ひょこひょこと飛び跳ねて、『トイレ』の順番を待ちつづける。
 いつになるのだろう、この部屋が解放されるその時まで。
(初出:リレー小説:永久我慢の円舞曲 53-55 2005/08/03)
 

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