月壬月辰のススメ

 
 永久我慢スレにて提案された、オシッコを我慢しておなかを膨らませ、まるで妊娠したかのように振舞うという、『月壬月辰』のネタに触発されて書いたもの。


 苦しそうに優先席に腰掛けている女の子――まだ中学生くらいだろうか。
 特徴的なサイドスリットのたっぷりした服は、見る人が見ればはっきりわかる証だ。おなかを大きくしてそこに座るにはさすがに幼すぎる彼女に、車内の数人が好奇の視線を隠すこともなく注目している。
「……ねえ、君、ちょっといい?」
「え……は、はい」
「間違ってたらごめんだけど、今日で何日目?」
「……あ……」
 少女は驚いたように表情を変え、私を見た。
「お、お姉さんも……知ってるんですか……?」
「うん。……」
 頷く私に、少女は顔を青ざめさせながらうろたえる。
「あ、あの、今日がはじめてで……その、インターネットで見たんですけど、ど、どうしても、やってみたくなって……あ、あの、お願いです、お願いします……家とか、が、学校とかには……言わないでくださいっ……っ」
 私の目を見上げ、早口にそうまくし立てる少女。
 彼女くらいの年齢で、こんなインモラルな行為に耽っているのは確かに世間の目が気になるのだろう。実際、月壬月辰は身体に重大な影響を与えかねないので、特に体の未発達な未成年には勧められたものではない。
 けれど、彼女くらいならひときわそういうことが気になる年齢でもあるのだろう。イケナイ事と解っていても、興味から試してみたくなることはあるはずだ。
「大丈夫だよ。……ほら」
 そう言って、私は彼女の手を取り、自分のおなかへと導いた。
「あ……」
 少女の表情が変わる。ビジネススーツの下で、岩のように張り詰めた私の下腹部をはっきりと感じ取ったはずだ。安心させるように声を潜め、私は彼女に囁きかける。
「まだ、二日目なんだけどね。……そろそろおなかも目立ってくる頃だから、明日からは私もそれ、着ると思うけど」
 独身である事のストレスから、私が月壬月辰をはじめたのも最近の事だ。仕事が忙しいのでいつもいつもと言うわけにも行かないが、最近は週末に合わせるように時間を調整して、背徳感に身体を委ねている。
「あ、あの……」
 俯きながら、少女は言う。
「な、七日目……です、わたし……」
 ――驚いた。
 初めての挑戦で、まさか一週間も我慢を続けられるなんて。私だってまだそこまで続けられたことはない。せいぜいが4日目までだ。
「わたしの学校、私立だから……春休み、ちょっと長くて……始業式も週明けなんです。だ、だから……四月になってからずっと、我慢してて……」
 中学に入った頃はオトナに憧れる時期。そして、女の子なら自分の身体が生命を宿してはぐくみ育てることを自覚する頃でもある。そんな年代の子が、ふとした事で月壬月辰を知れば試してみたくもなるのかもしれない。
「で、でも、もう本当に限界で……ど、どうしても立ってられくなって、それで……」
 ちらりと優先席の表示を見上げ、少女は赤くなって俯く。
 骨折やお年寄り、小さな子供を連れたのマークに混ざって、おなかを大きくした女の人が座っているマークも記されている。耐えきれなくなって座ってしまったものの、今度は立ちあがることもできなくなったのだろう。周囲の視線を浴びながら、どうしようかと小さな胸を痛めていたに違いなかった。
 そんな少女を見ているだけで、私の胸は背徳感と興奮で激しく高鳴る。
「で、でも、もう今日、だめかも……」
 スリットから離れない少女の手は、今もぎゅっと股間を握り締めているに違いない。せわしなく動いているローファーのかかと、ソックスの上からは白いふくらはぎがのぞいていた。
 頭の中を占領した熱に浮かされるように、私は口を開いていた。
「君、今日、時間は平気?」
「え……は、はい……お父さんも、お母さんも……お仕事で、泊まりだって……」
 そんな答えを半分見越していた。さすがに中学生が親に気付かれないままこんなにおなかを大きくして、さらにごまかし続けることはできないだろうから、それなりの理由があるだろうと見当をつけていたのだ。
「……じゃあ、さ」
 こくり、と唾を飲みこんで、私は続ける。私も多分、おなかをずっしりと圧迫する重みに支配されて、頭のどこかがじんじんと麻痺していた。
「じゃあ、これから私の家においでよ。……一緒に頑張ろう。もし出ちゃいそうになっても、大丈夫なように付いててあげるから……ね?」
「え……っ!?」
「もし、どうしてもダメだったら……私が立ち合ってあげるから。ちゃんと君がおなかを大きくして、苦しんで、いっぱいいっぱい我慢してるの、最後まで見ててあげるから。……一緒に、しよう?」
 口にすればするほど、自分の頬が熱くなっているのがわかった。
 こんな小さな子が、私なんかよりもずっと苦しんで、おなかを大きくして、我慢に我慢を重ねている。どうしようもないほどに、胸が苦しい。まだ名前も知らない彼女を、ずっとずっと側において、その姿を、耐える姿を、最後の瞬間を、一部始終を、見ていたかった。
「……っ、…………は、はい……っ」
 ゆっくりと、少女が頷く。
 一人でこの趣味にはまるという事は、男性に対する無意識的な恐怖を持っていることも示している。……つまり、月壬月辰を一人でしている女の子は、私を含め多かれ少なかれ同性愛的な傾向を持つ。
 ……とは言え、こんなにもあっさりとOKされるなんて思ってもいなかった。ひょっとしたら、いつもこんな事をしていると思われたのかもしれない。
 内心の動揺を押し殺しながら、スピードを落とし始めた電車の中、ゆっくりと少女に手を伸ばす。次の駅は私の降りる駅だ。
「大丈夫? 立てる?」
「は、はい……あ、あの、手……握ってて……もらえますか」
「うん」
 大切なところを押さえる事を止めて、少女はおずおずと手を伸ばし、きつく私の手のひらを握り締める。そうすることで、更なる高みに耐えようとするかのように。
「行こう。ゆっくりでいいから」
「は、はい……っ」
 ふらふらとしたおぼつかない足取りで、少女が立ちあがる。大きなおなかが揺れ、いやがおうにも周囲の注目をひく。
 私にぎゅっとしがみ付こうとする少女の手のひらは、たとえようもないほど熱く、じっとりと湿っていた。
(初出:リレー小説:永久我慢の円舞曲 212-216 2007/04/08)
 

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