デパートを巡るお話。

 
「もう、早くしなさいっ」
「あ、ま、待ってぇっ……」
 舞子おばさんに手を引かれて、香苗は必死の声を上げる。
 香苗の母よりも4歳年上の姉で、いまだ独身である舞子は少し潔癖症なところがあり、周囲にもそれを強制する事が多い。そのため、親戚一同を含め、まだ小学4年の香苗もあまり舞子のことを快く思ってはいない。
 お母さんのお姉さんに当たる人で、尖った眼鏡をしていつも怒っている怖いおばさん――それが香苗の舞子に対する印象だった。
「アンタの服買いに来たんでしょ。だったら世話焼かせるんじゃないわよ。もう……っ」
 香苗の通う私学の制服は、電車で4駅の大きなデパートでしか仕立てられていない。そのサイズを合わせに来る必要があったのだが、仕事の都合で両親は時間が取れなかったのである。
 そのため、香苗は舞子に連れられてここを訪れていたのだが――舞子はどうやら、勝手な都合で自分の休日をふいにされたことが酷く気に入らないようだった。普段からきつい口調はいっそう激しいものとなり、その口からは香苗を急かす言葉しか出てこない。
 そして、人身事故で電車が立ち往生という最悪のイベントにより、1時間近くも予定が遅れてしまったことが彼女のヒステリーにいっそうの拍車をかけた。
(ぅう……く、ふぅうっ……)
 おなかにじんじんと響く衝撃が、下腹部にたまったおしっこの量を嫌でも意識させる。
(だめ、だめっ……引っ張らないでぇっ……もう、もう、でちゃうよぉっ……)
 香苗の爪先はひっきりなしに地面を叩き、不自然に歩幅を刻んでいる。少女の表情は苦痛に歪み、青ざめたほほをつぅ、と汗が伝う。
(おしっこ、おしっこ……おしっこでちゃううっ……)
 遅れた電車のせいで舞子はかなり苛立っており、のろのろと歩く香苗を何度も急き立てる。けれど小さなお腹を大量のおしっこに圧迫されて、香苗の歩みは遅々として進まない。香苗が電車の中で感じ始めた尿意は、2時間を経て膨大なものとなり、痺れるような排泄孔はじくんじくんと脈動している。ほんの少しでも気を抜けば、香苗は身体じゅうから集められた大量のおしっこを撒き散らしてしまうだろう。
 お尻を突き出し、ひざを揃えて軽く曲げる。高まる尿意を必死に堪えながら、香苗はどんどんと先を急ごうとする舞子を追いかけるしかなかった。それでも香苗のおしっこは、少女に恥ずかしい排泄を我慢するポーズを強制してくる。
「ああもう、何してるのっ」
 波のように引いては寄せてくる尿意に耐えようと中腰になりかけたところで、香苗は舞子に手を引かれた。バランスを崩しかけ伸ばした足ががつんと地面にぶつかって、衝撃はじぃんと膀胱にまで響いてくる。
(うぁ……っ、くぅぅっ……)
 今すぐしゃがみ込んでぎゅうぎゅうと股間を押さえていなければならないような切羽詰った尿意だ。それでも香苗は握られた舞子の手を振り解くことができず、我慢の極限のまま無理矢理歩かせらせる。
「ほら、ちゃんと前を見なさいっ!! もう、恥ずかしいわねぇ」
「ぁう……っ、だ、だめぇっ……」
 そんな事を言われたって、限界ぎりぎりまで我慢しているのだ。まっすぐ歩けるわけがない。
 ぐっ、と下腹に力を入れて、こみ上げてくる尿意を堪える。足をぴったりと閉じ合わせる。そうすると自然に腰が引けてしまい、香苗は情けない内股のまま、アヒルのようによちよちと歩くしかない。そろそろと進めているはずの歩みも、脚の付け根に響く振動はそのまま膀胱への刺激になって、香苗の尿意を増してゆく。
「何がダメなのっ!! しゃんと前見て、背筋伸ばしてっ」
「きゃぁっ!!」
 舞子は癇癪を起こし、高く手を振り上げると、ぱんっ、と香苗のお尻を叩いた。
(あ、あ、ああ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメぇえ…っ!!)
 突然のことに香苗はお尻を押さえ、びくんっ、と飛びあがった。ごぽりと膀胱の中でおしっこが渦を巻いて、香苗の排泄孔へと襲い掛かる。
(や、やぁ、……でっ、でちゃうっ、おしっこっ、でちゃうでちゃうううっ)
 最悪の事態を回避するため、ぐぐぐぎゅうぎゅうっ、膝をすり合わせ太腿をきつくきつく交差させる香苗。
 しゅる、しゅしゅしゅっ……
 それでも排泄孔はじくんと震えて、緩み始めてしまった。おしっこがじわりと下着に拡がる感触に身を捩って耐えながら、香苗ははぁはぁと切なげに息を荒げる。
「んんん……ん…っっ……!!」
 顔を真っ赤にし、我慢に我慢を重ね。
 ほんのわずか。薄紙一枚ほどのぎりぎりのところで、どうにかおしっこの氾濫を押さえこんで、香苗ははぁぅ、と息を漏らした。 
「なに、どうしたの」
 さすがに香苗の異常に気付いたのだろうか。苛立たしげに眉を逆立て、舞子おばさんが聞いてくる。
(言わなきゃ……言わなきゃ……っ!! こ、このままだと、本当に……漏れちゃうもんっ……)
 ぎゅうっ、と硬く拳を握り締め、尿意と共に緊張で汗の浮いた膝を擦り合わせて、香苗は口を開く。
「そ、その……っ、……」
「なあに!! もっとはっきり喋りなさい!!」
 怒鳴りつけるような舞子の返事に、香苗の精一杯の勇気はあっさりとかき消されてしまう。
「・……ぅ、、もう、ダメ、だからっ……っ………ちゃうっ」
 おしっこ、出ちゃう。トイレ。
 “おしとやかなおんなのこ”が人前で言ってはいけないキーワードの羅列は、羞恥心のひときわ強いの小学生の女の子が口にするのは、途方もない苦行だった。激しい羞恥に、繊細な10歳の少女の心がちくちくと陵辱されてゆく。
 売り場の入り口で怒鳴る舞子の振る舞いはすくなからず周囲の注視を集め、香苗はもじもじと腰をゆすりながら、何度も自分がいかにおしっこを我慢しているかを繰り返さなければならなかった。
 目元に浮かぶ涙をこらえて、香苗はちいさくつぶやいた。
「……し、っこ……で、ちゃう……」
「なぁに。はっきり言いなさいっ」
「お、おトイレ……お願い、おトイレいきたいよぉ……っ」
 大きな声で怒鳴られて、香苗は顔から火がでそうな羞恥を覚えながら叫んだ。もう、尿意を悟られないように我慢する余裕もない。くねくねと腰をくねらせる『もうガマンできない』の姿勢で懇願する。
「なによ……いきたいの、おトイレ!?」
 咎めるような舞子の返事は、それだけで香苗のデリケートな羞恥心を無体なほどに刺激する。ひくっ、と喉にこみ上げてきた涙の気配に、香苗は口をひらく事もできず、だだこくこくと頷くしかない。
 舞子はわざとらしく溜息をついて見せると、香苗を冷たい視線で見下ろした。
「もぉ、恥ずかしいわね……おトイレおトイレ、そんな大きな声で」
(こ、声おおきいの、おばさんのほうだよっ……)
 そんな抗弁は、もちろん言葉にはできない。一旦舞子の機嫌を損ねてしまえば、どんな道理も通らなくなってしまうことを香苗は知っていた。だから精一杯の我慢を続けながら、じっとわずかな希望にすがって舞子の言葉を待つ。
 けれど舞子は、二三度辺りを眺めただけであっさり結論を下した。
「ないじゃない、トイレなんて……我慢しなさい」
「え、ええっ!?」
 まさか。こんなにおしっこを我慢しているのに、そんな事を言われるなんて。あまりのショックに香苗の目の前が真っ暗になる。
 確かにこのデパートのこの階には男子トイレしかないけれど、一階分だけ階段を上るか降りるかすればそこにトイレがあるのに。そんなことも解ってくれないのだろうか、と香苗は胸の中で悲鳴をあげた。
「昨日の夜にあんなにジュースガブガブ飲むからよ……あんたが意地汚いからいけないの。自業自得よっ。我慢なさい。もう子供じゃないんだから」
「そ、そんなぁっ」
(む、無理だよぉっ……もう、でちゃう、でちゃうもんっ……)
 スカートの上から股間に手が伸びる。もう尿意は香苗の制御できる限界ぎりぎりまで達していて、今すぐにでも恥も外聞もかなぐりすてて両手の手のひらでそこを押さえつけ指でぐぐぐぎゅうううっと握り締めたいほどなのだ。
「うるさいわね、時間が無いって行ってるでしょ。ほら、早く来なさいっ」
「ああぁ、ダメ、ダメええっ……」
 すっかり腰の引けたままの、情けない姿。よちよちと内股で舞子おばさんに引きずられながら、香苗は括約筋を渾身の力で締めつけ、おしっこを我慢する。もはや香苗の女の子としての意識の90%以上は、今にも漏れそうなおしっこを我慢することに割かれていて、それ以外のことなんて気にしている余裕は全然ない。
 ふらふら定まらない足取りでしがみつく香苗に、舞子おばさんは癇癪を起こしてさらに甲高く叫んだ。
「なにしてんの、そんな格好で!! ああもう、恥ずかしいじゃないのすぐにやめなさいっ!! もう4年生でしょっ!!」
「だって、だってっ……」
 泣きそうになりながら香苗は小刻みに足を動かし、スカートの裾を引っ張る。女の子のお腹のなかにある、秘密のおしっこの入れ物はもう縁のギリギリまで一杯で、じっとしているだけで今にもおしっこが始まってしまいそうなのだ。
 さっきほんの少しだけちびってしまった分のおしっこがパンツに拡がって、じわりと熱を奪い始めている。このままお腹を冷やしてしまえばますます尿意はつのり、香苗の必死の我慢も遠からず踏みにじられてしまう事は間違いなかった。
「お願い……おトイレ、おトイレっ……」
 もうそれだけしか繰り返せない。トイレ。おしっこ。排泄。高まる尿意とその我慢に関連する単語が香苗の脳裏を埋め尽くし、思考能力を奪ってしまう。
 股間を押さえて袖を引っ張り、懇願する香苗に、舞子は根負けしたように息を吐いた。
「もう、本っ当にしょうがないわねぇ、だらしないんだから……誰に似たのかしら」
(そんなの、どうだっていいよぅっ……)
 でも。絶対に、おばさんなんかに似てないし似たくない。香苗は腰をよじりながら、一生懸命におしっこに抵抗する。
「……早く行ってきなさい。急いでね」
「う、うんっ」
 まだ苛立ちの残る舞子の声に、震える返事を押し殺し、香苗はできるかぎりの早足で階段に向けて歩き始めた。
 尿意を我慢しながら階段を降りるのは、地獄のような苦しみだった。1分1秒を争ってトイレに急ぐ香苗に、一階下の婦人用トイレまでの道のりは想像を絶する苦行であった。かたん、と靴底が階段を叩くたびにおなかに響く衝撃に耐え、踊り場の手摺にしがみついては背筋をピンと伸ばし、腿を大きく行進のように上げて腰をよじり、階段の真ん中でしゃがみこんではぐいぐいと踵に股間を押し付け、がまん、がまん、もうすぐトイレ、トイレと繰り返す。
 けれど。
「う、うそ……」
 階段の下、やっとの思いで辿りついた解放区。婦人用トイレに詰めかける長蛇の列に、香苗は声を失ってしまった。
 何度目を擦っても、ぎっしりと人の列は続いている。香苗は知らないことだったが、実は今日はこのデパートあげての創業バーゲンセールで、大々的に打たれた広告を目当てに大勢の客が買い物に詰めかけていたのだ。平日の午後となれば当然、男女比も大きく女性に傾いて、限られた数しかないトイレには長蛇の列ができる。
 それがこの結果であった。
「うぅ…んぁああっ……」
 もうすぐ用が足せる。膀胱をぱんぱんのたっぷんたっぷんにしているおしっこをめいっぱい外に出して、心の底からすっきりできる。そう思っていた期待が完全に裏切られ、尿意は強烈に激しさを増した。ぎりぎりと限界に向かい始めた尿意を必死に堪えながら、香苗は息を荒げながらおしっこ我慢のダンスを再開する。
「んんっ……あぅうぅっ……ふぅ……うっ……」
 19、20、21、22……数えるだけで頭がくらくらす人数の列を作る、香苗の母と同年代の女性達。彼女達の何人かは香苗を一瞥しもしたが、その大半は列の縮みだけに注目していた。それなりに切羽詰った列の中、香苗を間に入れてくれそうな可能性は限りなく薄い。
「うぁ、……うぅぅっ……く、ふぁっ……はぁあっ……」
(なんで、なんで、あたし、おしっこ、おしっこ、こんなにしたいのにぃっ……もうでちゃうのにっ……がまん、並ばなきゃ、ダメなのっ……?!)
 尿意の度合いで言うなら自分は間違いなくこの中で一番だろうと、香苗には言える自信があった。それでも何十人と順番待ちをしなければ排泄も済ますことができない事実に、少女の心は絶望しかける。
 ひくんっ、じゅぅぅ…しゅるる……
(と、トイレ、トイレトイレぇっ……!! おトイレいきたい、おしっこ、おしっこしたい、おしっこするううっ)
 またもだらしなく排泄孔が緩み、下着におしっこを滲ませる。
 半分パニックになりかけた頭のまま、順番待ちも無視してトイレの個室に突撃しようかという考えまでが香苗の脳裏をよぎる。
 こうしている間にも、少女の体内を巡る水分は濾過され膀胱に集まり、自律神経は不用になった水分の一斉排出を命じつづけている。大自然の摂理に少女が無謀にも対抗できているのは、女の子のプライドと羞恥心のためだけだ。
 ふぅー、ふぅー、と息を付きながら、香苗は壁にお尻を押し付けて足を交互に持ち上げ、爪先の先端で地面を叩く。まるで体操をしているような大げさな動作は、恐らく誰が見ても香苗がおしっこを我慢し続けていることを理解してしまうだろう。おなかに限界までおしっこを溜め込み、トイレを求めて我慢を繰り返す、舞子が一目見れば烈火のごとく怒りかねないはしたない動作。だがもはや香苗に外聞を気にする余裕も理性も粗方残っていない。
(どうしよう、どうしようっ)
 ぎゅううん、ごぽ、ごぽぽっ……
 じゅじゅっ、しゅうう……
「ぃやぁぁっ……」
 またも膀胱が収縮して、香苗の下着にはまたじわりっ、と染みが広がった。
 もうほとんど余裕はない。最後の救いを求めるように巡らせた香苗の視線が、ちらり、と隣の紳士用トイレを捉えた。
 こちらは長蛇の列の婦人用とは対照的にがらがらで、誰かが待っている様子もない。
 トイレ。おしっこをする場所。今飛びこめばそのまま、香苗を苦しめているものを全部出してしまえる。そんな焼けつくような誘惑に駆られ、香苗はそこから外すべき視線を動かすことができなかった。
 青いタイルの入り口は、格好だけは婦人用と違いはない。じっと眺めていると、用を済ませて出てきた男の子と視線が合ってしまい、香苗は慌てて視線を反らす。
(でも、でも、あっちは……そのっ……お、おとこの子の……する方だしっ……)
 いままで香苗に決壊を堪えさせてきた女の子のプライドが警鐘を鳴らし、羞恥心がちくちくと少女の心に突き刺さる。
 けれど、どう考えても香苗にはこの長い列を我慢して待っているなんてできそうになかった。ただでさえ、トイレを目の前にしてますますしたくなってくるおしっこを我慢するのに必死なのに。その上礼儀正しく列を作って並ぶなんてもってのほかだ、
 まだ小学校に上がる前、一度だけお父さんに連れられて入ったことのある紳士用トイレ。確かに作りは全然違うけれど、あそこにだって香苗が用を足せる個室はあったはずだ。女の子が恥ずかしいおしっこを済ますための、誰にも知られない秘密の部屋。そこに飛びこんで、スカートを足首まで引きずり下ろして、剥き出しになった排泄孔から我慢に我慢を重ねて必死に耐えてきたものを思いっきり吹き出させる。
 それは、この上もなく甘美な快感になるかもしれない。そう思ってしまった香苗の熱い吐息とともに、下半身は理性のコントロールの離れてぶるりと大きく震え、またじゅじゅじゅっ、とだらしなくオモラシを繰り返す。
「うぅっ……くぅうぅっ……」
 だが、舞子に気付かれたら、絶対にそんなことは許してもらえない。女の子が男の子のトイレに入っておしっこするなんて、絶対に絶対にあっちゃいけない事なのだと眉を吊り上げ猛烈に怒る舞子の姿は容易に想像できる。
 それももう香苗は四年生だ。おしっこを我慢できなかったからなんて言い訳は通じるはずがないし、そもそもそんな恥ずかしいことは絶対にダメと、舞子おばさんは真っ赤になっておしおきするに違いない。
 そんな思考が堂々巡りになって、香苗はその一歩を踏み出せずにいた。
 ほんの少しだけ勇気を出せば、そこで今も香苗を苦しめているおしっこを全部外に出すことができるのに。
 脳裏をよぎる舞子のきつい叱責と表情、無遠慮に投げかけられる言葉。それに阻まれて、どうしても香苗は前に進むことができなかった。
 だから、香苗はひざを擦り合わせ、もじもじと小刻みに足踏みしながら、婦人用トイレの列に並ぶ選択肢しか残されていなかった。
 香苗の小さなお腹の中は、もう限界まで詰まったおしっこでぱんぱんに膨らんで、いつもはゆるゆるのスカートもちょっと苦しいくらいに張り詰めている。内臓を圧迫し鈍い痛みとともにじくん、じくんと段階的に高まってゆく尿意は、下着をぎゅうううっとひっぱり上げていなければ我慢できないくらいだ。
 それでも舞子の目が怖くて、香苗は精一杯、おしっこなんかとは無縁の『おしとやかなおんなのこ』の振りをしなければいけなかった。
 どう見ても限界ぎりぎりの少女に、列の女性達も遠慮がちに視線を反らす中、粛々と列は進んでゆく。15分ほどが過ぎ、香苗は列の半ばほどまで進んでいた。もっとも当の香苗には列の進みは遅すぎるほど遅くて、気が狂いそうなくらいに長く感じられていたのだが。
 ゆっくり、ゆっくり列は進む。
(はやく……はやくしてよぉっ……)
 くねくね、もじもじ、香苗の動きはどんどんと激しくなる。だが、どれだけ我慢を続けてもおしっこが消えるはずはない。むしろその量は増すばかりで、このままでは香苗に勝利などありえない。
 それでも、最悪の事態を避けるためには我慢を続けるしかないのだ。
 はぁ、はぁ、と俯き息を荒げる香苗の頬を、つぅ、と汗が伝い落ちる。
 壁に手をつき、もう一方の手で下腹部を庇いながら、小刻みに我慢のリズムを刻む足でよろよろと前に進む。少しでも少しでも前に行けば、それだけ早くトイレに入れる。個室に飛び込んでおしっこをする以外のことが香苗には考えられなくなっていた。本来必要なドアを閉め、鍵を掛けて下着をおろすような余計な動作は既に香苗の頭からは抜け落ちている。そんなほんの数秒分の動作さえ、香苗の我慢の先には見えていない。
 もし、今この瞬間、香苗の目の前でトイレの個室が開けば、彼女はそのまましゃがみ込んで下着が濡れるのも、好奇の視線に晒されるのも、激しい水流が水面を叩く音が周りに聞こえるのも構わず、おしっこを始めてしまっていただろう。
(トイレ、おしっこ、もうすぐ、あと19にん、19、じゅうきゅう、じゅうきゅううっ)
 あと百数えたら、ひとりが出てきて列が先に進む。そう考えては何度も繰り返して、気を紛らわせる。そうして少し列が短くなればでももう一度百秒。次の百秒の先にこそおしっこができると信じて、香苗は歯を食いしばって我慢を続ける。
 と。
「あー、すっきりしたー」
「列、長かったもんね……」
「ほんとほんと。もう漏れちゃうとこだったよ。すっごいっぱい」
「あはは。音消ししてるのにすごかったもんねー」
 すっきりした笑顔で、制服姿の少女が二人、トイレから姿を見せた。たったいま、思う存分に用を足してきたのだろう。談笑しながら隣を通り過ぎる彼女経達の無神経な会話に、香苗の膀胱はずぅん、と重みを増す。
(あああ…っ……したいよぉ……わたしもおしっこしたいいっ……)
 自分とそう変わらない年代の少女達がたったいま個室で済ましてきた行為。制服姿の二人が思い思いの格好で大切な場所をあらわにして、我慢に我慢をしてきたおしっこをする瞬間、その光景。それを想像することは、まだ十分に長い列を並び、必死に尿意と戦わねばならない香苗には、少しばかり刺激が強すぎた。
 排泄の欲求とその解放感を思い描き、香苗がふっと、意識を途切れさせた瞬間。
 しゅる、しゅるるるっ、ぶしゅううっ、ぱたたっ……
 不意にそれまでとは違う、はっきりした水音がフロアに響いた。何人かがぎょっとして香苗の方を振り向く中、彼女は同時に激烈に高まった尿意に身悶えして唇を噛み締め足をよじっていた。それでも排泄孔が緩み溢れ出したおしっこが、今度こそ確実に、香苗の内腿を伝ってゆく。
 デパートの床をぽた、ぽたと雫が垂れて、香苗の前後の列を作っていた女性が慌てて数歩を離れた。それは、本格的な排泄の前触れに十分な衝撃として、少女の羞恥心を打ち砕く。
(やぁ、いやぁあああっ!!)
「っっっ……!!」
 力の抜ける膝の成すがまま、香苗はしゃがみ込んでしまった。濡れた下着の包む股間でじぃん、じぃん、と響く衝撃が恥骨から下腹部を貫いて背筋を駆け抜ける。ぎゅぅうっと膀胱が収縮して、香苗が懸命に耐え続けている恥ずかしいおしっこを残らず搾り出そうとする。
(ダメっ、ダメっ、もうすぐ、もうすぐ、おトイレ入れるんだからぁっ……もうちょっとだけ、出ちゃダメぇっ……、あと、あと、ごじゅうに、ごじゅういち、ごじゅうっ、よんじゅきゅうっ)
 香苗は背中を走り抜ける尿意にがちがちと歯を食いしばる。スカートの上からぎゅぎゅぅっと股間を握り締めて、もう一方の手で下着をひっぱり上げる。ほんのわずかでも気を抜いたらたちまち排泄孔は全開になって、パンツの中とスカートををおしっこでびしゃびしゃに濡らしてしまうだろう。恥も外聞も無く地面に撒き散らされたおしっこは、その量と匂いで香苗がこれまでどれだけの恥ずかしい我慢を続けてきたかをはっきり示してしまうに違いない。
 ただならぬ様子の少女に周囲の視線が集中する。
 列の途中で耐えきれずにしゃがみ込み、必死になって我慢を続ける少女を、周囲の女性達は動揺を隠せないままじっと見つめていた。声を掛けるものはない。そんな事をしてしまえば、事態はすぐに最悪の局面に至る可能性の方が高い。
「出ないで、出ないでぇっ……」
 小さく繰り返しながら、香苗は靴のかかとに股間を押し付け揺するように前後させる。外からなにかの圧力を加えていなければ、もう耐えきれないことは明白だった。
 内腿に力を篭める少女の白い下着に指が喰いこみ、その周囲にはっきりと浮かぶ染みはじわりと拡がってゆく。すでに香苗はおしっこを我慢しているとは言えなかった。おしっこを“おチビリ”で済ますことができるか、言い訳のきかない“おモラシ”にしてしまうかのギリギリの境界線。
 ぽたり。ぽたり、と滴る雫が、本格的な排泄の予兆と香苗の堪えている尿意の激しさを語っている。
「はぁ、はぁ、はぁ、ぁ……」
 必死の綱引きは、またも寸前で香苗の勝利に終わった。少しだけこぼれたおしっこは香苗の下着をびっしょりと濡らしていたが、香苗の胸中ではまだおしっこは失敗していない。ノーカウントだ。そもそもそんな些細な違いを気にしているほど香苗に余裕はなかった。おしっこの大半はまだ膀胱に残っていたし、まだ大人しくなってはくれない尿意を我慢しながら、そろそろと香苗は立ち上がる。
(ならば、なきゃっ……もうすぐっ、もうすぐトイレ、トイレぇっ)
 はぁー、はぁーと息を落ちつけて見回せば、いつの間にか列は随分短くなっていた。香苗の並んでいた場所はもうトイレの入り口まで二人を挟むだけ。トイレの中にも列はあるが、個室までは5人もない。香苗は随分長い間、限界極限のおしっこの大津波と戦っていたのだ。
 あとほんの少し我慢を続けさえすれば、お腹の中にぱんぱんに詰まったおしっこを全部外に出せる。こころゆくまでおしっこができて、この苦しみから解放される。香苗の心にほんの少しだけ、希望が沸いた。
 けれど、
「ああ――いたわね!! 一体どうしたの、いつまで待たせるの!! 帰ってこないで!! そんなところで、終わったのなら早く戻ってこなきゃダメじゃないの――!!」
 突然、きんきんした声が響いて香苗ははっと顔を上げた。
 目を吊り上げた舞子が彼女の前に仁王立ちになっている。尖った瞳に急角度の眉。唇は不機嫌に真一文字。最高潮となった苛立ちを隠そうともせず、彼女は香苗の手を掴んだ。
「なにしてんの、もう終わったんなら早く戻ってこなきゃダメじゃないのっ!! 寄り道なんかして!! 早く来なさいっ!!」
「え、あ、ああの、ま、待ってっ舞子おばさんっ」
「ぐずぐずしないのっ!! さっきから何度も何度も何度も何度も時間が無いって言ってるのにあんたは……聞こえないの私のいってることがっ!! 返事しなさいっ!! ほら、なにしてるのよちゃんと立ちなさいっ!!」
 香苗の抗議は全く聞いてもらえなかった。それどころか、短くなった列と、さっきまでの我慢でそこからほんの少しだけ離れていた香苗を見て舞子は香苗がとっくに用を足していたのだと勘違いしたらしい。全くの遠慮も容赦も無く香苗を引き摺り始める。
 ぎゅうん、とねじれる下腹部と同時、膀胱で爆発した尿意が香苗を直撃した。
(っぅううううううっ!!!)
「忙しいのよあたしは!! こんな事で手間掛けさせないで!!」
 親と子供ほど離れた香苗に向けられるには、あまりに幼稚で身勝手な文句を一方的に叩き付け、舞子は香苗をトイレから遠ざけるように引きずってゆく。
 もう、ほんの少し。個室まではあと二人。長い長い時間を耐え抜いて目の前に見えていた楽園から引き離される恐怖に、パニックになりそうな頭を必死に保ちながら香苗は舞子に抵抗する。
「ま、待って……待って……おばさん……っ」
「なに、どうしたの!!」
「え、えっと……」
 びくん、舞子の鋭い質問に、香苗の鼻の奥がつんと熱くなる。じくん、じくんと時間を追うごとにどんどん強まってきている尿意に、香苗はひぅっ、と声を詰めた。
 トイレ、まだ行けてないんです。
 おしっこできてないんです。
 たった一言、そう口にすればいいのに。
 イライラとハイヒールの爪先を踏み鳴らし、並ぶ列をいまいましそうに睨み付ける舞子おばさんはこれ以上ないほどに不機嫌そうで、香苗は恐怖のあまり言葉を失ってしまった。もしもう一度並ばせて、などと言ったら、舞子はどれだけ怒るだろう。
 香苗の喉が震えて、悲鳴を飲み込む。
「ああもう、しょうがないわねっ!! 何でもないなら呼びとめるんじゃないのっ!!」
「ぁ……っ」
 ささやかな抗議は無視されて。香苗はトイレを目の前にして少しもおしっこをできないまま、連れていかれてしまった。
「……いい? 女の子が人前でおトイレを我慢するなんて、本当にはしたないことなんですからね。それをいい歳してあんな風に。スカートまで触って。本当に恥ずかしいじゃない。もう二度と行けないわよ、あんなおトイレ」
 鼻息も荒く、ぐいぐいと香苗の手を引きずる舞子。まるで、自分はそんな生理現象とは無縁だとでも言うように香苗に同意を強制する。
 けれど、香苗は全然すっきりできていないのだ。香苗がトイレで出すことができたのは、僅かにパンツを汚した数滴だけ。香苗を苦しめるおしっこはそっくりそのまま、まだお腹の中に残っている。時間の経過と共にさっきよりもますます濃縮された尿意がじくん、と下腹部の重みを増し、香苗を責めたてる。ほんのわずかな刺激にも今にも破れてしまいそうだ。
 もじもじと腰をよじって必死の内股で歩く香苗も、舞子の視界には入っていない。すっかり用は済んだと思いこんでいるようだ。
「それに、出掛ける前にちゃんおトイレにいっておけばいいことじゃない。自分のことも自分でできないなんて、本当に恥ずかしいっ」
(そんなぁ……早くしなさいっていったの、おばさんなのにっ……)
 膀胱に詰めこまれた尿意がぎゅるぎゅると渦を巻いて、香苗はスカートの裾を固くつかんだ。じゅわっ、と排泄孔からにじんだおしっこが下着を汚す。
 香苗はほとんど自分の意志では歩けていなかった。舞子に引きずられるようにして、ずりずりと床を滑り、どうにか転ばないように、おなかに刺激が伝わらないように、それだけを考え、実行していた。
 今の香苗には、おしっこを我慢する以外のことはほとんど理解できない。罵声のように叩きつけられる舞子の叱責も、ほとんど耳には届いていなかった。
「ほら!! なにぐずぐずしてるの。早く来なさいっ!!」
 少し冷静になれば、香苗の様子がおかしいのは誰の目にも明白であった。膝は小刻みに震え、靴の中で脚の指がせわしなく動き、時折きをつけをするようにぴんっ、と背筋を伸ばす。両足をばたつかせるような大げさな脚踏みや、膝を重ねるような大げさな動きこそないが、それこそが少女が限界を突破した尿意に必死に必死に耐えている証拠である。
 もはや、香苗の膀胱は危険水域の遥か上である。絶え間なく渦を巻き、大波となって襲いかかる尿意に、少女の股間はいつ爆発してもおかしくない。
「もう……どうしたの!! 早くなさい!!」
「あ、ああうぅっ……」
 だが、舞子はそんな香苗の異常に全く気付く様子もなく、香苗をぐいぐいと引きずってゆく。
(いや、いやぁっ………ダメ、おしっこ、おしっこしたい……っ、どこでもいいから早くははやく、おしっこ、おしっこ、おトイレおトイレええええっおトイレええっ!!)
 ずくん、ずくん。まるで心臓の鼓動のように、沸き上がる尿意は天井知らずに高まってくる。すでに香苗の下半身は堪えきれないおしっこの攻撃に痙攣のように震え、まっすぐ立っているのも難しい。身体の奥からやってくる下品な衝動に、幼い少女は全くの無力だった。
 震えの治まらない身体を抱いて、香苗はぎゅっと目をつぶる。
(ダメ、ダメ、ダメちがうの、ここは違うのっ、ちがうんだからあっ……)
 そう。四角く区切られた狭い個室。カーテンに隔てられた喧騒。自分一人だけの場所。
 女の子が周囲の視線を気にすることなく、大切なところを全開にするもっとも恥ずかしい姿勢をとって身体の中に溜め込んだものを解放することが許された、唯一の場所。
 しゅうう、じゅる、じゅじゅじゅぅぅ……
 勝手に排泄の準備を始める身体が、スカートの下、股間と下着の間に水音を立てる。足の間に左手を挟み、香苗は前後にぐりぐりと股間を押し付けて、崩壊の瞬間を辛うじて引き伸ばす。
(いけないんだよっ、こんなとこで、こんなとこでしちゃダメ!! おトイレじゃないのにおしっこしちゃダメっ!! ぅうぅ……くぅぅうっ!!! ガマン、ガマン、ガマンしてっ、出ないの、おしっこなんか出ないんだからああっ……!!)
 ついさっき。
 香苗はそのトイレの目の前にいたのだ。あのまま並ぶことさえできていれば、もうとっくにトイレのタイルを踏んでただろう。いや、もう個室に入って下着を下ろしていたかもしれない。激しい尿いを堪え、しゃがみ込んで、安堵の溜息と共に思う存分におしっこを白い便器の中にぶち撒けていたかもしれない。
 それはきっと、途方もないほどの快感で。香苗の排泄孔はだらしなく、その想像にじゅじゅじゅじゅぅうとおしっこを滲ませる。
 もはやそれはオモラシと呼んでも差し支えのない量だった。
 少女の足はもう小さな体を支えるのが精一杯で、まるで動こうとはしてくれない。おなかの中いっぱいに溜めこまれたおしっこタンクを支える支柱にでもなったかのようだ。そう。この瞬間、真白香苗という少女は、おしっこを我慢するためだけの装置に過ぎなかったかもしれない。
 機械ならば、装置ならばどれだけいいだろう。
 限界まで黙々と耐え、もう無理ならば壊れるしかない。
 けれど、どれだけそう信じこもうとしても香苗はまだ10歳の潔癖な少女で、それゆえに『おしっこを我慢している恥ずかしい自分』を頭の外に追い出すことができない。
(がまん、しなきゃ……っ)
 浅く、早く、必死に息を繰り返し、猛烈な尿意の合間を掻い潜るように、香苗は必死に足を動かす。
 はやく。はやく。舞子おばさんにトイレに行きたいと言わなければいけない。舞子はもうとっくに香苗はおしっこを済ませてきたと思っているはずだ。人身事故で長い時間足止めをくらい、ただでさえとても時間がかかって苛立っている舞子が、これ以上予定が遅れればどれほど怒るか。香苗には想像することもできなかった。
 だから、今すぐにトイレに行かせてくれと頼むことだけはできない。
 香苗は、“もうおしっこをしてきた”のだから。
 舞子の言うことを聞いて、機嫌を取らなければいけなかった。
 一度トイレにいったけれど、昨日いっぱいいっぱいジュースを飲んでしまったから、また行きたくなってしまったんだ――と。
 香苗の頭はほとんど周りの景色を認識できていなかった。目に入るものが全部、おしっこをするための道具に見える。靴も、服も、じょうろも、ビニール袋や缶なんて見ているだけで悶えてしまう。花壇の植木も、おもちゃの人形も、クレヨンも、画用紙も、おもちゃもゲームも布団もなにもかも。何もかもがおしっこを受け止めてくれるトイレの代わりに思えてしまう。もはや理性を失い、獣と大差ない彼女を辛うじて繋ぎとめているのは、皮肉にも舞子に言われ続けた『おしとやかなおんなのこ』のイメージだった。
 はしたない事はしない。おしっこをがまんしてもじもじしたり、お外や草むらで用を足したりしない。おしっこはきちんと、誰にも見られないようにこっそりとおトイレで済ます。きれいでかわいいおんなのこ。
 もし、今香苗の前に本物のトイレが口を開けて待っていれば。彼女は一切躊躇い無くおしっこをはじめてしまうだろう。それがたとえ、仮設トイレや簡易トイレ、川の畔や地面に穴を掘っただけの場所であっても。股間にビニール袋をちょこん、と当てるだけの携帯トイレや、赤ちゃん用のおまるやおむつであったとしても。それが排泄のために用意された、おしっこをするための正しい場所であるならば構いやしない。
(でちゃう、でちゃううっ……おしっこ出るおしっこおトイレおしっこぉおっ……)
 がくん、膝が揺れて足が震える。ぽた、ぽた、とこぼれる雫が地面のタイルに点々と跡を残している。
 無限に続くかに思われた香苗の苦行も、終に遂に終局を迎えようとしていた。
(……だめっ、でちゃう、おしっこ……いっぱい、ぜんぶ、でちゃううっ……)
 のろのろと震える手足を動かし、香苗はいつもの何倍もの時間をかけて脚を動かす。ショーウインドウには冷や汗をびっしりとかいて、おなかを押さえて震える哀れな少女の姿が映っていたが、香苗にはそんなことを気に掛ける余裕は皆無だ。
 そして。
 ついに崩壊へのカウントダウンとなる尿意のクライマックスが少女を襲う。
 唐突に、突き上げるように香苗の下腹部に衝撃が来た。
 膀胱が身をよじるように身もだえし、中に溜め込まれたものを搾り出すような、問答無用、容赦のない、おしっこの予兆。
 じゅじゅじゅじゅっ、びしゅっ、ぴちゃ、ぱた、ぱたたたっ
「んあっ、んううぅ!!」
 悲鳴を押さえこむことは不可能だった。
 これ以上の我慢は香苗の身体を害する――そう判断した少女の自律神経は、それまでの“おしっこを知らせるサイン”と“おしっこを促す要請”であった尿意のリミッターを外し、少女の身体に排泄を直接命令しはじめたのだ。
 それは、理性で抗えるような類のものではない。人間が動物として持つ、原始的な生命の欲求。もはや、10歳の少女に残された抵抗の余地などなかった。
「ふー、ふぅー、ふううーーっ、ふうぅうっ」
 獣のように息を荒げ、香苗は両手を股間に突っ込んだ。スカートがぐしゃりとしわを寄せ、水浸しの下着に触れてじんわりと色を変える。
 もはや歩くこともできない。立ち止まった香苗に舞子が振り向き眉毛をねじり切れそうな程に吊り上げる。
「ああ!! もううっ!! なんなの、なんなのよアンタは!! いい加減にしなさいっ!! さっきから、いつまで待たせれば気が済むのっ!!!」
「ふうーーっ、ふうぅ、ふうううっ」
(ま、待って、ダメ、ダメ、ほんとにダメなのっ)
 香苗の背筋に冷たい汗が浮かぶ。がくがくと痙攣する足を押さえこみ、少女はもはや返事をすることもできなかった。
 じん、じんっと薄い下着越しに股間が疼き、排泄孔が悲鳴を上げる。きつく閉じ合わせた膝の間に、右手を差し入れてぎゅううっ、と下着をひっぱり上げて、香苗は上擦った吐息を浅く早く繰り返す。
 怒涛のように押し寄せる尿意の波。おしっこが少女の下腹部を、思考を、理性を蹂躙してゆく。歩くには足を上げなければならない。だが、今の香苗にはそれだけの動作が死ぬほどの苦痛だった。
(お願いお願いお願いいいっ!! ちょっと、ちょっとだけでいいからっ……一生のお願いだから、お願いしますお願いしますっ、おしっこ、おしっこしたいの、おさまって……おさまってよぉっ……)
 人目がないからこそ、香苗は渾身の力でおしっこに抵抗した。恥も外聞もなく、ぎゅうぎゅうと握り締めたスカートの股間がひしゃげ、どんどんと色を変えてゆく。
 香苗の背筋に怖気を奮うほどの恐怖が走る。
「、おば、さんっ……」
 それは、少女の心からの懇願だった。最後の最後。本当の本当に限界を迎えた少女の、心からのお願い。どうか怒らないで。許して。
「だ、め・……お、し、っこ…… でる…っ」
 だが、香苗の決死の思いは――無残に踏みにじられる。
「ちょっと――何してるのっ!? またオモラシ!? さっきしてきたんでしょう!? 本当に愚図ねぇ、誰に似たのよ……!!」
 怒涛の大洪水を必死に堪える香苗には一切構わず、舞子は大声で怒鳴り散らした。
「トイレも一人でできないの!! 本当にダメな子ね、アンタは!! ほら、手をはなしなさいっ!! なんて所触ってるのよ――はしたないっ!!」
 香苗の耳奥に、きんきんと舞子の声が響く。
 極限。限界。香苗の下腹部がぎゅうううううっと絞り上げられる。膀胱にはもはや一刻の猶予もなく、数ミリリットルだってもう入らない。危険水域の3ランク上まで詰め込まれたおしっこが溢れ出す。
 カウントダウン開始。排泄の予兆を悟った香苗は、舞子の腕を振り払って通路の脇に走り寄った。
 スカートの中に手を突っ込んで、しゃがむと同時に下着を引き下ろす。
 一瞬で排泄の体制は整った。剥き出しになった排泄孔はぷしゅる、ぴゅるうっ、とおしっこを吹き出して、床に水滴をこぼしてゆく。
 ぷしゅるっ!! ぱたぱたぱたっ
 まさに、解放の始まるその瞬間。
「ちょ――ちょっと、何やってるのあんたはっ!!」
 悲鳴を上げて、舞子がすっ飛んできた。血相を変えた彼女はしゃがみ込んでいた香苗を抱え上げ、無理矢理に立たせる。
「いや、だめ、やめてえっ」
「やめてじゃないわよ信じられないわっ。どうしてそういうことするのこの子はっ!! こんな――こんな表で、丸見えじゃないのっ!! 何する気だったのっ!!」
「……ぅ・……あ、はぁ、はぁっ」
「ふざけないでよ。あんたもう10歳でしょっ!? おもらしなんて、犬や猫じゃないんだから、女の子がそんなことしていいわけないでしょうっ!! 聞いてるのっ!?」
 舞子はがくがくと震える香苗の白い脚を抑え、下腹部にぐぃいいっとパンツをひっぱりあげ、ぱちん、とゴムを離す。その刺激すら香苗には耐えきれないほどの衝撃になって、少女はぎゅうぅっ、とお尻を押さえて数歩を後ずさった。
 すっかり丸出しになった白いお腹は、わずかではあるが膨らんでいるようにすら見え、小刻みに震えている。その下着の上から両手を差し込んでぐいぐいと身体を捻る。じっとしていたらもう我慢など無理だ。排泄孔をえぐるような尿意が、香苗の理性を吹き飛ばしてゆく。
「人の話を聞きなさいっ!! ちゃんと落ちついてこっちを見るっ!!」
「で、できないよぉっ……」
 おしっこ。おしっこ。おしっこ。トイレ、おしっこといれおしっこおしっこといれでちゃうおしっこがまんできないおしっこもれちゃうといれいきたいといれいかせておしっこするおしっこもれるおしっこしたいおしっこおしっこおしっこ!!
 排泄を直前で中断され、香苗の膀胱の中で膨大なおしっこが渦を巻き、激しい尿意になって押し寄せる。それを辛うじて押しとどめているのは香苗の女の子としてのプライド、その最後の一線『オモラシなんかしたくない』という意志だけだ。
 身体の方はとっくに限界を訴えて、1秒に何回も排泄孔は引きつり、ひくひくと脈打って尿意に屈しそうになっている。少女の小さな体で限界まで我慢したおしっこは、膨大な量と圧力になって今にも外に吹き出しそうだ。
「できないわけないでしょうっ。おしっこおしっこって、少しは辛抱なさい!!」
 この後に及んで香苗に『おしとやかなおんなのこ』を強制する舞子は、決壊を押しとどめる最後の防波堤、香苗の手のひらを強引に掴んで股間から引き離した。
「や、やだっ、やだあっ、やめてえっ、手、離してよおっ!!!」
 暴れる香苗。だが、苛立ちを通り越してヒステリーに至った舞子はやめようとしない。
「うるさいわね!! 静かにしなさいって言っているのが解らないのっ!!」
「ちがう、ちがうの……おしっこ、おしっこっ……でちゃう、でちゃうううっ……」
 がくがくと膝が震える。爆発的に高まる尿意に耐えきれず、香苗は舞子の脚にぐいぐいと股間を押し付けた。途端、じゅわわっとおしっこが溢れ出す。
「ちょ、ちょっとっ、なにしてるの!! やめなさいっ!!」
 濡れた下着を押しつけられて動揺する舞子。だが香苗には止めることはできない。もう何かの支えがなければそのまま漏れ出してしまうのだ。我慢寸前の股間からはしゅる、ぷしゅるっ、と間断的におしっこが吹き出して、下着からは黄色い水流がぽたぽたち滴って香苗の白い足を汚してゆく。
 香苗は震えながら、涙を流して何度も何度も謝った。
「だめ……だめっ、……がまん、がまんできないっ……ごめんなさい、ごめんなさいいいいいいっっ」
 じゅじゅじゅ、しゅるるるるるるぅ、じゅじゅっ!!
 大量に弾けたおしっこが、舞子の脚に飛び散った。限界を超えて我慢に我慢を強いられてきたおしっこが、香苗を苦しめてきた張本人めがけて激しく勢いを増してゆく。それでも、香苗は舞子から離れられない。手を離せばそのまま倒れてしまう。舞子はこれまで苦しめ続けてきた幼い少女のおしっこの直撃を浴びるしかなかった。
「離しなさいっ……、なにしてるのっ、止めて!! こんなところでおしっこなんてっ!! 冗談じゃないわ……我慢、我慢なさいっ!! 香苗っ!?」
「も……だめ……ダメっ」
 舞子の悲鳴がきんきんと響く中、ついに力尽きた香苗の膝が、かくん、と落ちた。
 ぶしゅっ、ぶじゅうううううううううううっ、
 じょばじょばじょばじょばじょばばばばばばばば……
 信じられないほどの激しい水音は、おしっこの下着にぶつかるくぐもった音。少女のスカートの下、まるで滝のように激しい水流がフロアの床にぶち撒けられて、派手に飛沫を散らす。
 湯気の立つほどに少女の体内で温められたおしっこは、フロア全てを覆い尽くすかのように激しく、いつまでも続いていた。
(初出:おもらし千夜一夜 804-811 2004/11/29)
 

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