バスの中に元気な声がこだまする。綾瀬市雨音小学校、泉会の皆は今日も元気いっぱいだった。
「ねえおねえちゃん、おねえちゃんのばんだよっ」
「ほらほら、はやくはやくーっ」
薄い空色に、緑の縁取り。揃いのエプロンを付けた母親達は大忙しで子供達の世話を焼いている。わがまま盛りで腕白な子供達はおおはしゃぎで、車内は賑やかな声で満たされている。
そんな中、母親達に混ざって同じエプロンを付け、子供に囲まれてお遊戯の続きを急かされている少女の姿があった。
「ねえーおねえちゃんっ、おねえちゃんってばー!!」
「うん、ちょっと待ってね……」
ぐいぐいと服の袖を引っ張ってお遊戯への参加を促す子供たちに囲まれて、泉会の『おねえちゃん』こと前原詩織は苦笑する。
詩織は13歳、将来の夢は保母さんという中学2年生。
泉会は綾瀬市の町内会のひとつで、小学校に通う子供を持つ母親達が『先生』役を務め、協力してさまざまな行事を行なっている。将来の夢のため、詩織はその泉会のお手伝いをしているのだった。もちろん中学生の詩織に正式な保母の資格などがあるわけではないので、あくまで手伝いという形であるが。
右も左も解らず最初は戸惑うことばかりだった『先生』としての生活も、二ヶ月という時間を経て次第に馴染んできていた。最近では子供たちともすっかり打ち解け、詩織を『おねえちゃん』として慕っている。
「ねー、おねーちゃん、はやくはやくっ」
「はやくってばぁ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよぅっ……」
今日は近くの海浜公園までの楽しい遠足とあって、子供たちのはしゃぎようもひとしおである。いつも以上にお行儀の悪い子供たちを相手に、バスに同乗している泉会会長の新藤先生、付き添いの弓野先生、赤坂先生もてんてこ舞いだ。もちろん詩織だって例外ではない。朝から気の休まる暇もなくみんなの世話に追われている。
人気の『おねえちゃん』である詩織は子供達に引っ張られて後部座席の真ん中に座らされてしまい、お遊戯にしりとりに歌にと大人気。すっかり大忙しで詩織が目を回しそうになっていたとき、新藤先生の拍手がバスの中に響く。。
「はぁい、みんな、次はお歌を歌いましょう。できるかな?」
「「「「はーいっ」」」」
もと保母さんの貫禄か、新藤先生の声に、好き放題に遊んでいた子供達の声が唱和する。ほっと胸をなでおろす詩織に、新藤先生はやれやれと肩を竦めた。
「はい、じゃあ、さん……はい!」
たちまち始まるバスの中の大合唱。子供達が思い思いの調子外れに流行のテレビアニメの歌を合唱し始める。
これは、詩織の負担を軽くしようという新藤先生の取り計らいだった。新藤先生に小さくお辞儀をして感謝を伝え、詩織はちらりと窓の外に視線を向ける。
大合唱の子供達、30人を連れてひた走るバス。
そんなほほえましい光景の中、詩織だけがどこか硬い表情のまま、座席の上のおしりをもじつかせていた。
「っ……」
時折、きゅっと唇を噛み、身体を硬くする。
どちらかと言えば引っ込み思案の詩織でも、子供たちと遊ぶのは大好きだ。そんな普段とはちょっと違う『おねえちゃん』の様子に、近くの子供たちは首を傾げる。
「ねえ、おねえちゃんどーしたの?」
「きもちわるいの?」
「うっ、ううんっ、なんでもないよっ……ほら、お歌お歌っ」
慌てて否定し、詩織は子供達を促して合唱の続きに参加した。
だが、その背中には冷たい汗が伝う。
青い縁取りのエプロンの下で、じっと閉じ合わされたスカートの脚が忙しなく動いている。きゅっと閉じあわされては小刻みに震え、せわしなく重ねられる左右の膝は落ちつく様子がない。
「……んー……おねえちゃん?」
「だいじょうぶっ……本当になんでもないから。さ、次のお歌だよ?」
取り繕った笑顔の下で、詩織の心はまったく別のことに囚われ続けていた。
股間を走るむず痒い感触。バスの振動に合わせ、下腹部をつんつんと刺激する甘い誘惑。
(トイレ……行きたいっ……)
時速80キロで高速道路を移動するバスという密室の中、詩織は、切羽詰った尿意に晒されていた。
――いいですか? 今日から前原さんには私達のお手伝いをしてもらいますけれど、そのためにひとつだけ心に止めておいて欲しいことがあります。
このエプロンは、泉会の『先生』であることが解るように身につけているものです。子供たちから見れば、あなたも立派なおとなです。それに、なにも子供達に限ったことじゃなくて、他の人達から見ればあなただって泉会の『先生』と同じように見えるかもしれません。そんな時に好き勝手なことをしていればどうなるか、わかりますよね。
だから甘えたり文句を言ったりせずに、みんなのお手本になるような、良い『おねえちゃん』でいるようにしなければいけませんよ?――
「っ……」
詩織はぎゅっとくちびるを噛みながら、『先生』としての生活の初日に新藤先生から言われたことを思いだしていた。
バスにはトイレなど付いておらず、詩織がオシッコを済ませられる場所などどこにもない。そうなれば詩織が取れる方法はただひとつ。じっと我慢するのみである。
青と緑の縁取りをされたエプロンは、他の『先生』と同じように、詩織が子供達のお手本とならなければいけないことを示している。他の『先生』だって大忙しなのに、詩織が自分一人の都合でワガママを言う事は許されない。
(ガマン、ガマンっ……)
しかし、気にしないようにと思えば思うほど、おなかの中のオシッコはどんどんとその存在感を増してゆく。
腰骨に響くツンとした刺激に、イケナイ誘惑が股間を走り抜ける。詩織は慌ててぎゅっと脚を閉じ合わせた。エプロンの下でぴったりと寄り添ったスカートの膝が細かく震え、汗の滲んだ下着には湿った感触が残っている。
下腹部が張って、軽く押さえるだけでも固く張り詰めているのがわかる。すでにかなりの量のオシッコが溜まっているのは明らかだった。
不安定にざわめく下腹部を、合唱に夢中の子供達には気付かれないようそっとさすりながら、詩織は通り過ぎてゆく標識を探す。
(だいじょうぶ……あとちょっとだから……)
この先のサービスエリアで、バスは一度休憩を挟む予定なのだ。残りの距離は正確には解らなかったが、そこまでガマンをし続ければなんとかなる。
(あと1キロくらいだからっ、あと、ほんの5分だけなのっ……)
実際に何分かかるのか、詩織にはわからない。だからその『5分』も本当の事かどうか定かではないのだ。だが、今の詩織にはもう5分以上おしっこを我慢し続けることはできそうになく思えた。だから口の中で小さく『あと5分、5分だけ』、と繰り返しながら挫けそうになる心を励まし、ダムの入り口を塞き止める。
もうすぐオシッコできる。それだけを希望にして、詩織は今にも緩み出しそうな股間の代わりににバスの座席の手すりを握り締める。
その時だった。
「ねえ、本当にダメ? 我慢できない?」
「――――っ!?」
唐突に弓野先生に声をかけられ、詩織は飛び上がらんばかりに驚いた。
(うそ、き、気付かれちゃった……!?)
なんとしても隠しておかねばならないはずの尿意を言い当てられたことに真っ赤になって振り向く詩織。
しかし、弓野先生の言葉は詩織にではなく、詩織の一つ前の席に座る、小さな女の子――エリに向けられたものだった。
「もうすぐ休憩のサービスエリアに着くんだけど、ダメ?」
「……っ、……うん……だめ、でちゃうっ」
エリが幼い表情を曇らせて、小さく頷く。詩織は自分の尿意に手一杯で気付かなかったが、エリもまたずっと長い間バスの中で尿意と闘い続けていたのだった。
いつもならみんなと一緒に元気良く遊んでいるはずのエリが、俯いてぎゅっと脚の間を押さえている。わずかに身じろぎしながらもじもじとおしりの位置を動かしている様子は、もう相当に切羽詰っているのがはっきりと解る。
「あー……仕方ないわね……ねえ、前原さん」
「え、あ、は、はいっ」
突然話を振られて、詩織は我に帰る。
「えっとね、悪いんだけど、新藤先生に話をしてもらって、運転手さんに一度バスを止めてもらえるように頼んできてくれる? ちょっともうエリちゃん無理そうだし」
「む、無理そう、って……その、」
「解るでしょ? もう仕方ないもの。そこでさせちゃうから」
視線で窓の外、道路の隅を示す弓野先生。
弓野先生の言わんとしていることを察し、詩織はぎゅっと唇を噛んだ。同時にきゅぅん、と詩織の下腹部でも甘い疼きが走る。
「え、えっと……」
「ほら、早くして、エリちゃん我慢できなくなっちゃうわ」
「は、はいっ」
急かされるままに席を立ち、詩織はおしっこで重たいおなかを抱えながら、バスの通路を運転席後ろの新藤先生の所まで歩いてゆく。高速道路の震動が靴の裏からダイレクトに震動を伝え、恥骨に危険な感覚が伝播してゆくが、今はそれどころではない。
「あ、あの、新藤先生」
「なにかしら?」
「それが……」
「……えぇ!? 本当?」
話を聞くなり新藤先生は額に皺を寄せて小さく呻いた。
「もうすぐサービスエリアなのに、我慢できないの?」
「えっと、その……む、無理みたいです」
「困ったわねぇ……随分予定より遅れてるのよ? 他の子だって行きたがるかもしれないし、あんまりワガママ放題にさせてもねぇ……」
あたかも自分の尿意を見透かされているみたいなやりとりに、詩織は頬が赤くなるのを押さえられない。当然ながらこの会話は運転手さんにも聞こえているのだ。まるでもう中学生で、『おねえちゃん』の自分が、オシッコが我慢できなくてバスを止めて欲しいと頼んでいるみたいな気分になる。
「で、でもエリちゃん、もうダメそうなんです……弓野先生もエリちゃんの所にいて、早くしたほうが、って」
詩織は込み上げてくる下腹部の疼きをぎゅっと押し隠し、繰り返した。少女のプライドが意地を張って、もう我慢ができないのは自分ではないのだと、無意識のうちにエリの名前を強調してしまう。
「……どうします?」
「そうね、仕方ないわ。止めてあげて?」
訊ねる運転手さんにそう答え、新藤先生も席を立って後部座席の方に歩いていった。
バスが路肩に寄ってゆっくりと減速する。すぐに止まるのではなく、高速道路の左端、ちょうど崖を覆う石垣の側に近付いたのは、せめて他の車から見えなくなるようにという運転手さんなりの気遣いだろう。詩織はぎゅっと手摺りを握り締め、慣性の法則による衝撃に耐えた。
(ぁ……ぅっ)
おなかの中に閉じこめてある恥ずかしい液体がたぷんたぷんと揺れ、股間の疼きはおしりのほうにまで伝播してゆく。膝がくっついたおぼつかない脚では、バランスを崩さないように立っているだけでも辛いことだった。
「ほら、あとちょっとよ。頑張ってね」
「…あぅ……で、でちゃう……ぉ、しっこぉ…っ」
「大丈夫よ、大丈夫だからねっ」
バスが停車するが早いか、ぐったりしたエリの手を引いて、新藤先生が大急ぎで通路を進み、詩織の前を横切ってゆく。
ドアから跳びだしてバスの陰に姿を消す二人の後ろ姿から、詩織は目が離せなかった。
(いいな、エリちゃん……トイレ、させてもらって)
みっともない羨望だと解っていても、そう思うことを止めることができなかった。いまここで自分も一緒にオシッコを済ませてしまいたいという考えが詩織の頭を占領してゆく。詩織の右手は知らないうちにエプロンのポケットを探り、その中に収められているポケットティッシュを握り締めていた。
本当なら、自分よりも小さなエリが、ずっと困っていたことに気付けなかったことを反省しなければいけない。詩織は自分の事ばかりに気を掛け、『おねえちゃん』であることをいつの間にか忘れてしまっていたのだ。
しかし、
(わ、わたしも……一緒に……っ)
「………ん」
イケナイ考えだとわかっているのに、その想像は止められない。ほんの数m先で、エリは詩織がしたくてたまらないことをさせてもらっているのだ。おなかの中を蹴飛ばすオシッコの刺激が詩織を誘惑し、あと何kmか先にあるはずのサービスエリアのちゃんとしたトイレが、とてつもなく遠いように思わせる。
羨むな、と言うほうが無理な相談だった。
(どうしよう……今のうちにバス降りちゃえば……今ならまだ、エリちゃんも時間かかると思うし……バスの前のほうなら、気付かれないうちに……)
「……ちゃんっ」
もう中学生になる詩織は、小学校低学年の子供達に混じって道端でオシッコをするなんてとんでもない妄想に身を委ねようとしていた。
身に付けた『先生』のエプロンの下で、我知らず詩織の下半身がぎゅっとよじられる。
羞恥心と下腹部の欲求の駆け引きに葛藤し、バスの手摺りにくっつけた腰を浮かせかけては思いとどまることを繰り返していた。
「―――おねえちゃんっ!!」
そんな詩織を、エプロンの端を強く引いて、誰かの叫び声が引き戻す。
「おねえちゃんっ……ねえっ……!」
「え、あ、な、なに……?」
「あ、あのね、あのっ」
詩織を呼びとめていたのは、エリと並んで座っていたカスミだった。普段は勝気な表情を、今はくしゃくしゃに赤らめて、涙すら滲ませている。
「あ、あたしも……あたしもっ」
「あ……」
「ぅう…おねえちゃぁん……っ」
「か、カスミちゃんも……オシッコ?」
驚く詩織に、真っ赤になって小さく頷くカスミ。
しかしそんな反応がなくとも、ぎゅぎゅっと席の上で腰を擦りつける仕草を見れば、さっきまで同じ事をしていた詩織には一目瞭然だ。すでに限界ギリギリまで我慢しているらしきカスミには、エリ以上に余裕がなさそうだった。
「が、我慢できない?」
ムダとは思いつつも聞いてみる。カスミは弱々しく、小さく首を横に振るだけ。予想通りの答えに、詩織は慌ててカスミを抱き上げるようにしてバスを降りた。カスミのスカートにはすでに小さく染みが着いてしまっていて、詩織の下半身はその濡れた感触に同調して疼く。
(ぅうっ……)
かすかな『オモラシ』の匂いがもたらす誘惑を振りきって外に出た詩織に、新藤先生が何事かと顔を上げた。
「え、なに、どうしたの?」
「あ、あの、カスミちゃんも無理だって言っちゃって……それで……」
「ああもう、やっぱりね……前原さん、面倒見てあげて?」
どうやら、エリはほんの少し外に飛び出すのが間に合わず、ちょっとだけ失敗をしてしまったらしかった。後始末に手を離せない新藤先生に小さな不安を覚える詩織だが、しがみ付いてくるカスミを見、しっかりしなきゃ、と自分を叱咤する。
「おねえちゃんっ……」
「だ、大丈夫。あとちょっとだけだよっ!」
縋り付くような弱々しい声に急かされながら、詩織はカスミを手伝った。
少し草の生えた剥き出しのアスファルトには、わずかに砂が積もっている。崖を保護する石垣の下、バスで区切られた高速道路の片隅で、カスミにオシッコをさせるのだ。
動けないらしきカスミに代わって、彼女の股間から小さな子供ぱんつを脱がせるやいなや、カスミはたちまちしゃがみ込み、ものすごい勢いでオシッコをはじめた。
じょじょっ、じょぼぉーーーーっ!!
ぶしゅるるるるるっ、じゅぼぼぼぼぼぼーっ!!
(う、わぁ……っ)
剥き出しになった幼いつくり排泄孔から、滝のようにオシッコが吹き出して地面を叩く。ほかほかと湯気が立ち昇るほどの、熱く激しい排泄だった。
カスミはまだ小さい泉会生のはずなのに、限界まで我慢しつづけていたオシッコはその分だけ勢いも良く、バスと石垣の隙間の地面に激しく打ち付けられ、水音を響き渡らせる。ぴちぴちと跳ねる飛沫が、カスミの湿ったパンツに小さな泥の染みをつくる。
「あ、はぁああ……」
そんな細かな様子まで観察してしまう詩織に対して、カスミにはそんなことを気にしている余裕はないようだった。尿意を解放を許されたカスミは甘い吐息をこぼし、腰を震わせる。
(か、カスミちゃん、すごい、オシッコ、いっぱい出してるっ……)
カスミの切なげな響きに刺激され、詩織の下腹部も激しくざわめいた。
こぽりと震える詩織の膀胱。カスミにオシッコをさせている『おねえちゃん』のおなかの中には、これよりも遥かに大量のオシッコが溜まっているのに違いなかった。
カスミのオシッコは道路の隅に積もった砂をえぐって水たまりをつくり、地面の一方に河になって流れだしていた。カスミのオシッコの行く先を思わず追いかけてしまった詩織は、その視線の先にエリが済ませたあとらしき水跡を発見する。
瞬く間に二人分のオシッコは一つに合体し、大きな河になって流れだした。二人分のオシッコをたっぷりと吸いこんで黒く染まった地面が、外から区切られたスペースにオシッコの匂いを篭らせてゆく。
(や、やだぁっ……)
今やここは、オシッコをするための場所……トイレと同じ場所だった。詩織はたまらずぎゅっと目を閉じた。本当なら耳も塞いで、できることなら今すぐにでもここを逃げ出してしまいたいが、しゃがみ込んだままぎゅっと袖を握るカスミを振りほどくこともできなかった。
(……したい……わたしも、おしっこしたい・・…っ)
耳の奥で反響する放水音に、詩織の膀胱も共鳴するようにざわつきはじめる。文字通りの誘い水がじんじんと恥骨に響いて、詩織はきゅぅっと脚を交差させた。
詩織の膀胱はさっきよりも遥かに重みを増していた。ちょっと油断するだけで排泄孔がひくひくと痙攣を始めてしまいそうだ。
(……っ、ずるいよ、カスミちゃんと、エリちゃんだけ……あんなにいっぱい、オシッコさせてもらってっ……)
小さな下腹部を解放し、おなかの中を占領していたオシッコを外に追い出すカスミの姿が詩織の理性をぐらぐらと揺らす。またも筋違いの羨望が、詩織の心を侵食してゆく。
バスが止まることなくちゃんと予定どおり進んでいれば、詩織は本来ならもうとっくにサービスエリアにいて、トイレを済ませられていたかもしれないのだ。
(わ、わたしも、ここでっ……)
「……おねえちゃん?」
いつのまにか、カスミのオシッコが終わっていることにも気付かず、詩織はその小さな手のひらををぎゅっと握り締めていた。
手を塞がれて困惑するカスミは、しゃがんだまま後始末もすることができずに、詩織の様子を窺っている。
「ねえ、オシッコ、終わったよ……?」
「あ、ご、ごめんね。……全部、出た?」
「うん……」
ぶんぶんと頭を振って脳裏を占める悪辣な空想を振り払い、詩織は取り出したポケットティッシュでカスミの後始末をはじめる。本当ならカスミ自身にやらせることだが、カスミは放水のショックでまだぼんやりとしており、詩織が代わりに世話を焼いてやらねばならなかった。
まだぽたぽたと雫をこぼし、時折ぴゅぴゅっ、と水滴を跳ばすカスミのあそこは、何度か拭いてもまた汚れてしまう。ガマンし続けたせいで、オシッコがすっかり出きっていないのだろう。
「ぁっ……」
ティッシュごしにじわりと広がるカスミの熱い雫の感触に、詩織のおなかがむず痒く震える。自分とは違って、したいだけオシッコを済ませ、おなかの中の苦しみを残らず吐き出してすっきりしたであろう小さな排泄孔が、とてつもなく羨ましい。
カスミのオシッコはエリのオシッコの跡をすっかり覆い尽くして、なおたっぷりと水たまりを残していた。隅に泡を立て渦を巻くオシッコの痕跡は、カスミがあの小さな身体でどれだけ我慢し続けていたのかを窺わせる。
詩織は最後の仕上げ、カスミの足に絡まっていた、オシッコで湿ったぱんつを脱がせてゆく。バスの中の荷物には、こんな時のための換えのぱんつが積んである。
「ちょっと汚れちゃったね……中で着替えよう、カスミちゃん」
「……おねえちゃん、ひ、……秘密だからね」
すうすうするお股を隠すようにスカートをぐいっと引っ張って、もじもじと俯きながら、カスミは存外に力強い口調で言う。
「秘密なんだからね。あ、あたし……オモラシなんか、してないんだから。こんなところでオシッコしたくなったりなんか、しないんだから。……そうでしょ?」
「…………」
「あたし、もうコドモじゃないもん。男子は知らないけど、おんなのこがこんな所でおしっこなんてしないもんっ……ちゃんと、おトイレまで我慢できたの、できたんだからぁっ」
早熟なカスミらしい言い訳だった。
けれど、その言葉は今もなお、ここでオシッコをするというはしたない欲望を捨てきれずにいる詩織には辛すぎる。
きゅう、と甘く疼く排泄器官が、詩織に排泄を訴える。
「……そう、だね」
乾いた喉に唾を流し込んで、詩織はカスミを不安にさせないようにしっかりと頷いた。みんなのお手本であることように、エプロンを着けた『先生』がするように。
泉会の『おねえちゃん』として。カスミの立派なお手本となれるように。
ぎゅっと、オシッコを我慢しながら。
ぷしゅう、と音を立て。
バスが駐車場に入り、停止する。
「はーい、それじゃあちょっとだけ休憩します。おトイレに行きたいひとはいるかなー?」
新藤先生が駐車場に停まったバスの中で子供たちに呼びかけると、はーいっ、という声と共に、数人の手が挙がった。
……オシッコを我慢しているんだから、自分も手を挙げなければいけないんだろうか? 切羽詰った尿意に急かされてそんな馬鹿な事を考えてしまい、詩織は赤くなってぎゅっと脚を閉じる。股間の奥のむず痒さはさらに増し、詩織の我慢がかなりの逼迫した状況にあることを告げていた。
「じゃあその子たちは『先生』についてきてねー? 他の子はきちんとお留守番できるかな?」
「「「はーいっ!!」」」
元気の良い返事がいくつも重なる。新藤先生はよしよしと頷いて、バスの後ろの詩織たちに小さく頷き、子供たちを連れてバスを降りていった。
(と、トイレっ……急がなきゃっ……)
ざわざわと騒がしくなった車内を気にしながら、詩織もそそくさと席を立つ。
「あ、ちょっと、前原さん?」
「え、は、はいっ!?」
バスのタラップを降りようとしたところで、詩織は弓野先生に呼びとめられる。
待ち焦がれたサービスエリアに到着し、あとはトイレに駆け込んでゆくだけ、という状況で、詩織はすっかり自制をなくしていた。気付けば詩織の両手は、エプロンの前をぎゅっと抑えてしまっている。
はっとして手を離した詩織だが、もう遅かった。
そわそわと落ち着かない詩織の様子は、少し気を使ってみればすぐに目に付く。案の定、脚をくねくねと動かし続ける詩織に気付いた弓野先生はすぐに詩織の状況を察したらしかった。
「ああ、……ひょっとしてお手洗いなの?」
「っ……」
これまで、なんとか尿意を悟られまいとしていた詩織にとって、それはとても明け透けな質問だった。はっきりと我慢しているのを知られたことに詩織は耳まで赤くなってしまう。
それでも、意地を張る余裕は残されていなかった。
かろうじてコクン、と頷く詩織に、弓野先生は小さくため息をつく。返事の代わりにぎゅっとエプロンを握る詩織に、弓野先生は小さく苦笑した。
「そう、じゃあさっきも辛かったのね。ごめんなさい、気付いてあげられなくて」
「は、はいっ」
さっき、というのはエリ達を下ろし、オシッコをさせていた時の事だ。反射的に答えてしまってから、詩織はこみ上げてくる尿意の波にぎゅうっと身体を縮こまらせた。弓野先生も忙しいのに、迷惑をかけてしまうという申し訳なさに押しつぶされてしまいそうになる。
「……こっちはいいから、早く行ってきてね。大丈夫? 立てるかしら?」
「は、はい……」
優しい声に励まされ、震える足に活を入れて、どうにか腰を上げる詩織。それだけでつぅん、と下腹に鈍い疼きが走り、少女の背筋をざわめかせる。
サービスエリアでの休憩時間は、本来なら詩織も『先生』たちの手伝いをしなければならないのだが、弓野先生は詩織の都合を優先してくれたのだった。嬉しさと申し訳なさで一杯になった詩織を、弓野先生は優しく送りだしてくれる。
「ほら、早く済ませてらっしゃい」
「は、はいっ……」
詩織は手摺りを掴んえよたよたとバスのタラップを降りてゆく。ほんの数段の段差だが、今の詩織には油断できない難所だ。本当は走り出したいくらいだったが、ちょっとでも気を抜くとぎゅっと締め付け続けている括約筋が緩んでしまいそうになる。
下着を汚さないように、一段ずつ慎重にタラップを降りきった詩織は、できるだけの早足でサービスエリアのトイレを目指す。
(やっとっ、やっとトイレ……オシッコできるっ……)
おなかの中をたぷたぷにしているおしっこを解放できる瞬間を思い描き、詩織ははぁぅっ、と切ない吐息をこぼした。
……だが。
詩織は休日の高速道路のサービスエリアという立地をまだまだ理解していなかった。
我慢を重ね、ようやく辿り着いた婦人用トイレの前で詩織を待ち受けていたのは、その入り口から伸びた長蛇の列だったのだ。
「う、嘘……っ」
知らず、詩織の膝がきゅっとくっつき合う。二十人、三十人では足りないだろう。売店の前を通り過ぎ、さらに照明の下を折れ曲がるようにしてずらりと並ぶ女性たちの列は、隣の紳士用トイレに比べても桁外れに長い。
トイレの中に続いている列は、まるでそこが人気の映画のチケット売り場であるかのような錯覚すら抱かせる。それはある意味正しかった。行楽のシーズンに大勢の人が集まる高速道路のサービスエリアで、一番の人気スポットはトイレなのである。
(そんなぁっ……ま、まだ、我慢しなきゃだめなのっ……?)
ここまでくればもうあとはオシッコをするだけ――そう思いこんでいた詩織には、目の前の現実はとても受け容れがたいものだった。
ふらふらと街灯に寄り掛かる詩織の前で、到着した車から次々と女の人たちが列に並んでゆく。驚くべきことに、トイレからすっきりした顔をして出ていく人たちよりも、新しく列に並ぶ人の数の方が多いかのようだった。
ゆっくりと伸びてゆく順番待ちの列が、遠いゴールをさらに遠くしてゆく。
「は…はやく、並ばなきゃ……っ」
ここで眺めていても、いつまで経ってもオシッコはできない。
詩織は、慌てて列の最後尾につく。詩織がもたもたしている間に、列ははじめに見たときよりも10人ほど長くなってしまっていた。急いで並んでいれば詩織はあと10人分、早くトイレに辿り着けていたはずだ。そう思うと尿意はさらに激しくなってくる。
(ふぅぅ……っ……あと、もうちょっと、だけ……がまんっ……)
九回裏、まさかの油断で我慢の延長戦に入った順番待ちの中、詩織のおしりはもももじとせわしなく揺すられていた。さりげなく伸ばされた手のひらがエプロンの前を押さえ、空色の生地に皺を寄せる。見る人が見ればはっきりとオシッコを我慢しているのが解るだろう。
もっとも、こうしてトイレに並んでいる時点でそんなことは明白なのだが。
「……うぅ……っ」
腕時計を確認すると、休憩時間は残り15分。
じりじりと進む秒針に比べて、トイレの列は遅々として進まなかった。訳を説明して入れてもらおうかと思ったが、詩織の前に並ぶおばさんたちはイライラと足を踏み鳴らしていて、とても気軽に声を掛けられる雰囲気ではない。
(はやく……はやく……っ)
詩織とは対象的に、すっきりした顔の少女たちが、楽しそうにおしゃべりしながら詩織の隣を通り過ぎてゆく。自分がああなるにはあとどれくらい我慢すればいいのだろう。女の子のマークの薄いピンク色をした入り口に列を押しのけて駆け込みたくなるのを堪えながら、詩織はきゅっと唇を噛んだ。
時計の長針が、呆れるほどゆっくりと文字盤の上を動いてゆく。
10分ほどかけて、詩織の前の列はやっとなくなりかけていた。すでに詩織の姿はトイレの入り口をくぐり、建物の中にある。
ピンク色のタイルが張られたトイレには、十個以上の個室があり、フォークのように列の先頭の女性たちを順番に迎え入れていた。イライラの頂点に達する直前で個室に迎え入れられ、詩織の前のおばさん集団も次々とトイレに入ってゆく。
目の前の、自分ではない女の人がオシッコを済ませ、すっきりとした顔をして出てゆく姿を飽きるほど繰り返し見せつけられながら、詩織の膀胱はオシッコの瞬間を“おあずけ”され、さらに高まった尿意に辛うじて耐えている。
(もうすぐ、もうすぐ出せる、オシッコ出せるっ……)
焦らされるかのような我慢の連続に、詩織の括約筋も既に限界に近い。両手の応援だけでは足りず、ぎゅっと交差させた脚が何度も組み変えられる。
だがそれももう終わりだ。あと何人かが出てくるまで我慢すれば、ようやくトイレに入れる。朝からずっと苦しめられていたこの尿意を解放できるのだ。
その瞬間を思い描き、詩織は切なげに腰を揺する。
そして、とうとう詩織の前の女性が開いた個室に歩きだした、その時だった。
「ああ、ごめんなさい、すいませんねぇ……」
トイレの入り口の辺りでちょっとした騒ぎが起こる。その中心にあるのは、聞き覚えのある声だった。
「すみません……本当にすみませんねぇ……」
数名の子供たちを連れて入ってきたのは、泉会の赤坂先生だった。少し白髪の混じった笑顔をさらに緩めて、赤坂先生は詩織を見つけ、あぁ、と安堵の吐息をこぼす。
その笑顔は、申し訳ないけれど詩織にはとてつもなく不吉なものに見えてしまった。そして、その予感は的中してしまう。
「ああ、前原さん、ちょうど良かったわぁ――ちょっと手伝ってくれるかしら?」
「え……」
「バスに残ってた子達なんだけど、さっき急にお手洗いに行きたいって言いだしてねぇ……」
「っ、せんせいっ、オシッコぉっ」
それは、今、詩織がなによりも、一番したいことだ。
手を上げて口々に尿意を知らせ、脚をモジつかせる女の子たち。そんなみんなをなだめるように、赤坂先生は声を和らげる。
「ああ、はいはい……いまお手洗いにはいれますからね。……前原さん、申し訳ないけど手伝って? 表で男の子たちが待ってるのよ。お願いして、紳士用のほうに入れてもらって頂戴な」
「え……ええええっ!?」
思わず頓狂な声を上げてしまった詩織に、周囲の視線が集中する。
――紳士用のトイレに。男の子と一緒に。
想像だにしていなかったお願いだった。注目を浴びたせいで詩織の交感神経が活性化し、下腹部にも熱い雫の疼きが激しくなる。羞恥と共に増す尿意を堪えながら、詩織はたまらず赤坂先生に駆け寄った。
「あ、あの、……待って、くださいっ……」
「せんせい、オシッコでちゃうっ……!!」
「ああ、ごめんなさいねぇ、すぐに入れてもらうからねぇ」
「待って、赤坂先生っ……違うんです、わたしっ……」
「せんせい、オモラシやだぁっ、おトイレ、おトイレぇっ!!」
「ねえ、はやくぅっ……!!」
必死に説明しようとする詩織だが、口々に尿意を叫ぶ女の子達の声で遮られ、赤坂先生の耳までは届かない。
「せ、先生っ」
(わ、わたしも、オシッコ、なんですっ!!)
懇願の後半は、言葉にならなかった。
無論、泉会で『先生』をしていれば男の子に付き添って紳士用トイレに入る事だってある。
しかし、自分から“トイレ”の一言が口に出せない詩織が、男の子のトイレになんて入れるわけがない。人一倍羞恥心の強い思春期の中学生の感情を無視した、あまりにも酷な頼みだった。
赤坂先生はもう随分な年のせいか、詩織のような女の子でもまだほんの子供でしかないと考えている節があった。赤坂先生にしてみれば詩織なんて子供たちとそう変わらない扱いなのである。
「あ、赤坂先生っ…あのっ……!!」
「それじゃあお願いね、前原さん」
詩織の抗議はオシッコを訴える子供たちによって阻まれてしまい、赤坂先生はもう我慢の限界らしき子供たちを連れ、詩織の前のおばさんたちに頭を下げて説明をはじめていた。
(わ、私もオシッコ……一緒に、連れてって欲しいのにっ……)
突然の順番割り込みの申し出に不機嫌さを隠そうともしないおばさんたちだが、流石にいまにもお漏らしをしてしまいそうな様子でおしっこ我慢のダンスをしている子供たちを無視するわけにもいかないらしく、渋々と順番を譲る。
「……すみませんねぇ……」
「わかったわよ。早くしてよね……まったく。
今度からちゃんと並ばせなさいよね、もう」
文句を言いながらも不承不承で割り込みを了承し、おばさんたちは列を詰める。
そして――いつの間にかそこには隙間なくぴっちりと並んだ順番待ちの列が出来上がっていた。
詩織がもう一度列に戻るスペースは、残されていない。
(え、っ……!?)
ぞくり、と詩織の背筋を冷たいものが走る。
まだ、おなかの中のオシッコはわずかも出すことができていないのに。突然のハプニングによって、詩織は十分以上を我慢して並び続けた順番待ちの列から強制的に外されてしまっていた。
「あ……そ、そんな、ぁ……」
(ぁああっ!?)
途端、込み上げてきた尿意に詩織は“ぐいっ”と腰をよじる。入れていたはずのトイレが目の前から猛スピードで遠のいてゆく。
そうこうしている間にも個室の一つから水音が聞こえ、用を済ませた女の人がドアを開けた。列の先頭に並ぶおばさんが早足でそこに入ろうとする。
しかし、そこは本来詩織のいた場所だ。
「ま、待ってぇ……っ!!」
詩織は慌てて列に駆け寄ろうとしたが、しかし帰ってきたのはより一層不機嫌になったおばさんたちの視線だった。こくっ、と口の中にたまった生唾を飲み込んで、詩織は辛うじて先頭のおばさんに声を掛ける。
「あ、あのっ……」
「何よ、あんた」
すさまじいまでもの不機嫌な声に、詩織は声を掠れさせてしまう。
「え、ええとっ、わ、わたしの……番、次で」
「なあにあんた、横入りする気!?」
「え、ち、違いますっ、……わたし、さっきまでそこに――」
おばさんの足元を指差して言おうとした詩織だったが、そこに思わぬほうから声が飛ぶ。
「ちょっと、やめなさいよね。順番よ? ちゃんと並んでよ」
「そうよ。みんな我慢してるんだから!!」
「え、あ、あの……」
次々に上がる抗議の声は、列に並ぶおばさんたちからのものだった。長い間を待たされ、さらに赤坂先生の連れた子供たちに順番を越されたせいでおばさんたちの不満は頂点に達してしまったらしい。
「ああ嫌だ。ずうずうしいわね。黙ってれば分からないって思ったんじゃない? ……これだから最近の若い子は」
「そうよ、いい加減なこと言わないで頂戴。あたしたちはちゃんと並んでたんだから」
おばさんたちはもう一人たりとて順番を抜かされることに我慢がならないらしかった。全くの理不尽な言いがかりだが、圧倒的な迫力に押されて詩織はそれに言い返すことができない。
「そんな……ぁうっ…!!」
おなかの中でおしっこが暴れだし、詩織を襲う尿意は次第に切羽詰ってくる。俯いて前を押さえた詩織を突き飛ばすように、先頭のおばさんは個室に入ってしまった。
「あ、あぁっ……」
切なげに身をよじる詩織に、さらにおばさんたちの攻撃は続く。
「ねえ、邪魔よ。使わないんならどいて」
「並ぶんならちゃんと一番最後にしなさいよね」
「そ、そんな…わたし、も…もうっ、ガマンできな……」
おしりをもじつかせながら、詩織はそれでも食い下がろうとした。何しろ目の前に、すぐ目の前にトイレがあるのだ。おしっこをしてもいい場所があるのだ。詩織の股間はすでに限界を訴え始めていて、これ以上焦らされてしまえば本当に危険な事態を迎えてしまうと告げている。
だが、そんな最後の勇気も、おばさんたちの言葉によって無碍に砕かれてしまう。
「何言ってるのよ、さっきあんた用事言われてたじゃない、お外に他の子が待ってるんでしょ!?」
「そうよ。早く行ってあげなきゃダメじゃないの。可哀想じゃない。あなたも『先生』なんでしょ?」
(あ……やだ……そんなのっ……したいのに、オシッコしたいのにっ……、い、いじわるしないでよぉっ!!)
「お、『おねえちゃん』だって……おトイレ、行くのにっ……」
売り言葉に買い言葉――と言うには、ささやかな反抗ではあったが。ほとんど反射的に、文句を口に出しかけてしまった瞬間。
詩織の脳裏を、新藤先生の言葉がよぎる。
――他の人達から見ればあなただって泉会の『先生』と同じように見えるかもしれない。そんな時に好き勝手なことをしていればどうなるか、わかりますよね。
こんなにも切羽詰っているのに、オシッコがしたくてたまらないのに。
『先生』、という言葉と。
きゅっと締められた青と緑の縁取りのエプロンが、詩織のワガママを許さない。みんなのお手本になり、困ったことがあればそれを助ける『おねえちゃん』であるために。
「す……すいません、でした……」
詩織は俯いてそれだけを口にすると、重い足を引きずってトイレの出口に向かう。望んでいるのとは逆の、オシッコを済ませる場所から遠ざかる向きに。
猛烈に引かれる後ろ髪を振りきって、膝をくっつけ合わせながら危なっかしく歩いて外に出た詩織を迎えたのは、同じくモジモジと足を寄せ合う子供たちだった。
「あーっ、おねえちゃん来た、きたよっ」
「おねえちゃん、ボク早くオシッコっ」
「オレもーっ。もう出ちゃうよーっ!!」
三人の男の子がぱたぱたと詩織に走りよって、ぎゅっと服の袖を握る。
(ぁ、あ、やだ……っ、だめ……)
両手が塞がり前を押さえることもできなくなり、下腹部がきゅんと悲鳴を上げた。詩織は震える顎をきゅっと噛み締めて我慢する。
「おねえちゃん? トイレ、いこ?」
「え、あ、ああ、うん……」
(……ど、どうしよう……っ)
詩織は子供たちに引きずられるようにして、ずりずりと紳士用トイレの入り口に向かっていった。こちらは婦人用の混雑具合とは対照的に、数名の列が入り口の奥にあるだけの状態だ。空いているとは言えないが、入り口から何十人も順番待ちが続くのに比べれば天と地の差である。
もう一つのトイレ――けれど、そこは男の子専用の場所だ。詩織がオシッコをしていい場所ではない。
壁に並んだ小用便器は、おんなのこがオシッコをするようには作られていないのだ。
(と、トイレ、トイレしたい、オシッコっ……)
詩織の頭の中身の八割は、込み上げてくるオシッコによる『お漏らし』の危険信号と、どうやってオシッコを我慢するかで占められていた。
そんな中、手を引く男の子達の声に詩織は引きずられ、紳士用トイレの中に踏み入れる。少ないとは言っても紳士用トイレの中には順番を待つ列があった。子供たちはもうすっかり限界で、きちんと並ばせるのは難しそうだ。
詩織の頭の中は羞恥に沸騰し、少女の頬は赤く染まる。
(む、無理……だよっ……お、男の人に……順番譲ってくださいなんて、言えないようっ……)
大きな波こそ収まっているが、詩織の下腹部は今もなお強い尿意に支配されている。足を動かないようにするのだけでも一苦労だ。もしここに自分ひとりだけなら下着をぐいぐい引っ張って前を押さえていなければ我慢できないかもしれないレベルだった。
そんな状態で、詩織は見ず知らずの男性にトイレの順番待ちを変わってもらわなければならない。脚をもじもじさせながら、そんな事を申し出ればどうなるか。
(わ、わたしが……男の人のおトイレでオシッコするんだって……思われちゃうっ……)
まず間違いなく、その誤解は避けられそうになかった。
――けれど。
「おねえちゃんっ……ね、ねえ、ボク、もうガマンできないっ……」
「あ、ああ……ごめん、ね……っ」
小さな手を不安げに引っ張る子供たちに、詩織は赤くなった頬を押さえ、荒くなった息を無理矢理飲み込もうとする。
(っ、大丈夫……ちゃんと落ち着いて、はっきり言えば……わたし、『おねえちゃん』なんだから……っ)
無邪気に信頼を寄せてくる子供たちを失望させまいという『おねえちゃん』を演じるための、健気な決意と共に。
「す、すみませんっ……」
詩織は、ぎゅっと目を閉じて列の一番後ろの男性に声を掛けた。
「はーい、全員いるわね?」
「はーいっ」
新藤先生の点呼に、子供達がいっせいに手を上げる。それをもう一度確認して、『先生』たちは運転手さんの隣の席に腰掛けた。
「問題なしです。じゃあ出発してください」
「あ、あのっ……」
詩織は辛うじて声を上げようとするが、ためらいに彩られたか細い声ではあっさりと出発のクラクションにかき消されてしまった。
(ぅ……ぁぅ……)
動き出した走る密室の中、詩織は入り口近くの通路に立ったままの内股の脚でぎゅっと椅子の背もたれを握り、せわしなく爪先を動かし続けていた。突き出された小さなおしりは手摺りの向こうで左右に揺すられ、落ちつくことはない。その頻度はサービスエリアに着く前よりもはるかに高くなっていた。
ぐらり、と揺れて走り出すバスは、再び泉会のみんなと『先生』達を乗せ、高速道路に向かってゆく。トイレ休憩を済ませ、子供たちの顔は皆晴れやかだ。ちょっとした失敗に一度は落ちこんでいたエリもカスミも着替えを済ませ、すっかり元気を取り戻して他のみんなと一緒になって騒いでいる。
そんな中、詩織だけが少しも楽になれないまま、尿意との果て無き孤独な戦いを強いられていた。
「ふぅ……はぁっ……」
エプロンの上からぎゅっと股間を握る手のひらに、ぐっと力が篭る。
決死の思いで跳びこんだ紳士用トイレで、しどろもどろになりつつも訳を説明して10分。子供たちが全員おしっこを済ませた頃にはとっくに休憩時間も終わっており、詩織が改めて順番待ちをする余裕などまったく残っていなかったのだ。
たとえどんなことをしてもオシッコをしておかなければならなかった詩織だが、そんなことしていたらバスの出発は大きく遅れてしまうだろうことは明らかだった。すでにバスは30分近く遅れており、これ以上の遅刻は先生にもみんなにも迷惑をかけてしまう。
せっかくの遠足を台無しにしないため、この期に及んで、詩織は泉会の『おねえちゃん』として、自分の尿意よりもみんなのお手本であることを優先させなければならなかった。
「……どうしたの?」
動き出したバスの中、ちらちらと外を見、いつまでも自分の席に戻ろうとしない詩織のところに新藤先生がやってくる。
「あ、あの、そのっ……」
高まる尿意を隠すべきか、素直に口にするべきか。羞恥と理性の綱引きに思わず口篭もってしまう詩織。
「具合でも悪いの? トイレ、済ましてきたんでしょう?」
「あ、え……っと」
そうではない。全然、まったく、これっぽっちもすっきりできていない。むしろ事態は悪化さえしている。なにしろ詩織は、膀胱をパンパンに膨らませているオシッコを、たったの一滴も外に出せてはいないのだ。
歩くのだって辛いくらいに、詩織のおなかが張り詰めている。
無理を言ってでも今からでもバスを止めてもらうべきだろうか。詩織は席にも付かずにそんなことを考え続けていた。しかしバスはすでに高速道路に登る迂回路の中だ。いまさらUターンさせるわけにはいかない。少女の頭の中を、ぐるぐると考えが堂々巡りしている。
(ぅぅうっ…お、おしっこ…したい、したいよぅっ……公園まで、我慢…もたないかもっ……どうしようっ、どうしようっ……オシッコして、でも早く公園行かなきゃっ、と、トイレ、公園で、オシッコっ……と、トイレに行って、公園でっ、オシッコしてっ……)
最終目的地を前に、楽しそうにはしゃぐ子供達と、危険水域を突破し、いつ決壊してもおかしくない状況の下腹部のダム。両者の背反に挟まれて、詩織の思考はパニックに陥っていた。
「ねぇ、前原さんあなた」
「っ……」
新藤先生の口調が急にきつくなった。
詩織が無意識のうちに握り締めていたせいで、エプロンのおなかの前の部分には、はっきりとわかるほどに皺が寄っている。もう言い訳は効かなかった。
新藤先生は渋面になり、真っ赤になって俯いた詩織をじろじろと見る。
「どっち? 大きいほう?」
「い、いえっ」
はっきりと、尿意を咎める言葉に、さらに赤くなって小さく首を振る詩織。だがその答えがなくとも、ぎゅっと前を押さえる姿勢からもオシッコを我慢しているのは明らかだ。
「なあに、さっき行かなかったの? ……ダメよ、弓野先生に先に下ろしてもらったのに、ちゃんと済ませなきゃ…」
「ぁ、ぅ……す…いませんっ……」
「きちんと休憩時間があったでしょう? どうしてきちんとお手洗いにいかないの? 自分の体調の管理ができない人が、子供をお預かりするなんてできないわよ?」
「ぅ……くうっ、そ、そのっ……行ったんですっ、ちゃんと、行きましたっ・・…っ、……で、でも、おトイレ混んでて、すぐにできなくてっ……、」
「言い訳しようとしないの。ちゃんとしなかったのはあなたの責任なのよ? もう子供じゃないんだから、笑われちゃうわよ、みんなに」
説明しようとしたところをぴしゃりと遮られる。これまでの何度か、詩織が失敗をしてしまった時と同じ、厳しく容赦のない新藤先生の姿だった。
新藤先生は諦めたようにため息をついて、詩織を見る。
「前原さん、お手洗い近いのねぇ……もっと訓練しなきゃだめよ。子供達につきあってると、お手洗いのひまなんてなくなっちゃうこともあるんだから。
厳しいことを言うようだけど、前原さん、もう少し自覚を持ってちょうだいね。もう中学生なんでしょう? ちゃんとガマンしなさいね。あなたも“おねえちゃん”なんだから、みんなのお手本にならなきゃダメなのよ?」
今まさに、詩織はそのオシッコ我慢のトレーニング最上級コースの真っ最中だ。
新藤先生は完全にお説教モードで、詩織の言葉になど耳を貸してはくれなかった。まるで自分はオシッコなんてしないかのような口ぶりで、必死に我慢を続けている詩織のことを責めたててくる。
「ち……」
違います。違うんです。違うんです。
否定の言葉は、詩織の喉で潰れて形になりはしない。さらに腰をよじらせる詩織を見て、新藤先生はまた溜息をついた。
「どうなの? 我慢できそう? あと1時間くらいあるわよ?」
「っ……そ、のっ……うぅっ……」
「無理なの? 無理そう? 本当に? ……ああもう、どうしましょうね……またバスを止めてもらうわけにはいかないし……仕方ないわ。どうしようもなくなったら、アレにしちゃいなさいね」
新藤先生が指差した先は、隣の座席シートの下に設けられた収納スペース。そこには、二つ重なって雑巾を挟んだ、青いプラスチックのバケツがあった。
「っ…………!?」
バケツに――オシッコ。
無慈悲な一言に、詩織の羞恥心が激しく煽られる。
走るバスの中、子供たちの注目を一身に浴びながら、床に置いたバケツの中にトイレを済ます自分の姿を、嫌でも想像してしまう。
(い、やぁああぅっ……!! やだっ、そんなのやだっ、ちゃ、ちゃんと、トイレで、おトイレでオシッコするのっ、おトイレでしたいっ……!!)
ちゃんとした排泄場所どころか、周囲の視線を遮ることもしてもらえず、本来の用途とはまるで違う、プラスチックのバケツの中に注がれる激しい水流と、響き渡る音、そして匂い。
本来なら個室の中でこっそりと行なわれるべき秘密の行為を、衆目の中で強制されることは、たとえ想像の中と言えども中学生の少女には耐え難い屈辱と言ってよかった。
「だ、だいじょうぶです……がまんできますっ……バケツなんか、嫌ですっ……」
嫌悪感に弾かれるように、詩織はそう答えてしまっていた。
「そう……しっかりしてね。でも本当に無理なら我慢しないで言って頂戴。いい? もし詩織ちゃんがオモラシしちゃっても、換えパンツは子供たちの分しかないんだから」
「は……はいっ」
掠れた声で詩織は頷く。頷くしかない。
ついさっきまで半ば本気で、バスを止めてもらおうかどうか悩んでいたところなのに。もう、今すぐこの場でさえもトイレがしたいのに。詩織にはオシッコをする事は許されなかった。
ふらふらと自分の席に戻ってゆく詩織は、新藤先生が弓野先生を呼びとめて、二言、三言を告げてゆくのを聞いた。
「もし――だったら、前の――バケツ――」
何を言われているのかは、聞き取れなくても理解できた。
「くぅ……ふぅっ……っ、はーっ、はぁーっ……」
(いや、いやっ、オシッコなんか出ない……オシッコなんか出ない、オシッコなんかしたくないっ……おねえちゃんなんだからっ、ガマン、がまんっ……!!)
身体を投げ出すように――けれど慎重に、後部座席に腰を下ろし、ぎゅっとエプロンの前を握り締める。
おなかをさすりながら、もう余裕のない下腹部の余分な力を抜き、さらに多くの水分を溜めこめるように大きく深呼吸。自己暗示をかけるように詩織は頭の中で繰り返す。
「……? お姉ちゃん?」
「っ、え……エリ、ちゃんっ」
ただならぬ様子の『先生』たちと、がさごそと落ちつかない詩織が気になったのか、詩織の前の席のエリがきょとんと詩織を見上げる。
「どうしたの? おねえちゃん?」
続いて、隣の席のカスミも。
二人の視線に晒されながら、詩織はそれでも、脚の付け根を押さえる手を離せない。もじもじとだらしなくおしりを振り続ける詩織に、エリはまん丸の目をぱちくりとさせた。
「……オシッコ? おねえちゃんオシッコしたいの?」
「っ……」
「おねえちゃん、おトイレ行ってないの? きゅうけいの時にちゃんとオシッコしなかったの?」
エリたちは、小さいなりに詩織の身を案じてくれていた。しかし、子供ゆえの配慮のない言葉は、天井知らずに高まる尿意に精一杯の詩織の羞恥心を煽るばかりだった。
「だめだよ、おねえちゃん。ちゃんと先生におトイレ行きたいですって言わなきゃ」
「そうよ、おねえちゃんなのにだらしないわよっ」
「あ、じゃあわたしが先生よぶね。おねえちゃんがオシッコしたいですっておしえてあげる。それで、さっきみたいにしてオシッコすればいいよ」
今にも、二人は大声を出して立ちあがりそうな気配だった。
戦慄を覚え、詩織は跳ねあがるように高鳴る心臓を抑え込んだ。
「っ、ダメ……っ!!」
(ちゃ、ちゃんと、ガマンしなきゃ……!! ……みんなに、おトイレもちゃんとできないダメなおねえちゃんって思われちゃう……っ!!)
中学生の自分が、『おねえちゃん』の自分が、エリ達のようにオシッコを我慢できず、もう一度バスを止めるなんて――絶対に絶対にしてはならない。
詩織はぎゅっと自分の腿をつねりまくって、今にも溢れそうになる尿意を誤魔化しながら、必死に笑顔をつくった。
「あ。あはは……なんでもない、よ。へいき、へいき…っ」
詩織の股の間で、くしゃくしゃと握り締められる青と緑の縁取りのエプロン。
少しでもみんなのお手本になるために。みんなのおねえちゃんであるために。
その一言に縋り付くように、もう限界の心を奮い立たせて、詩織はぎゅっと唇を噛んだ。憧れのはずだった『先生』のエプロンが、まるで膀胱を縛り付ける鎖のように重い。
「えー? ほんと? オシッコしたいんでしょ?」
「ウソついちゃだめよ、オシッコよ。ぜったい」
「ち、ちがうってば……っ、あはは、まねっこ、だよっ……ふ、ふざけた、だけっ」
あまりにも苦しい言い訳だ。
じんっ、と響く排泄の予兆を、股間を座席シートに押しつけることで隠し、詩織は両手を離しておどけて見せる。
(ぁうぅうっ…!!)
じゅんっ、じゅっ、じゅ、しゅるるっ……
(っ、出てない、出てないっ、オシッコでてないっ……汗、汗なんだからっ……)
熱い刺激が股間を行き来する。じわりとお尻のほうにまで、肌が液体に漬かったような感触が広がってゆく。
それでも――
「はぁ、はぁっ…っく……」
おなかの中には、今にも爆発しそうな煮えたぎった尿意を抱えながら、詩織は悲壮な決意で我慢するしかなかった。
バスが目的地の公園に着くまで、
――あと、45分。
(お願い、はやく着いてっ、はやく、はやくっ、はやくはやくはやくはやく……っ!!!)
バスが前後に揺れるたび、許容量を遥かに超える恥ずかしい熱湯を閉じ込め続け、酷使された括約筋が悲鳴を上げる。排泄を禁じるための器官が徐々にその機能を失いつつあった。
再び楽しげに歌い続ける子供たちの中で、詩織はただ独り絶望的な尿意との闘いを続けていた。
高速道路を降りたバスは、最終目的地の海浜公園をすぐ目の前にして渋滞に巻き込まれていた。道路にびっしりと並んだ車は際限のない列をつくり、焦れるほどののろのろ運転でわずかに進んでは停まってを繰り返している。
ほとんど進むこともできないうちに点滅をはじめ、また赤に切り替わった信号に、小刻みに震える詩織の膝がぎゅっと寄せられた。
「うぅ…ぁううっ」
我慢の苦悶もすら、抑えきれずに呻きとなって溢れ出す。
ゴールはどこまでも遠くいつまで経っても届かないどころか、遠ざかっているかのようだ。詩織はくねくねと腰を揺すり、座席のシートにひっきりなしに股間をこすりつけ、オモラシの誘惑を必死に振り切ろうとしていた。
(はやくっ、はやくして、お願いっ、早く着いてよぉっ……)
口の中で小さくつぶやき、自分に言い聞かせるようにして、蒼白な顔でぎゅっと目を閉じる。
「うぅ、っく……っ」
もうすでに我慢は限界に達している。次々と押し寄せてくる尿意の大波に対し、全身を強張らせて懸命にやり過ごす少女の頬を冷たい汗が伝う。
詩織の両手は、もう随分前か前かがみになった太股の付け根をおさえこんだまま固定されていた。不自然に折り曲げられ、股間から手を離せない詩織に、もはやみんなのお手本となるべき『おねえちゃん』の威厳はない。
くしゃくしゃになったエプロンは、まるで『ふんどし』のように三角形に詩織の股に挟みこまれ、お尻の方を回って抑えつけられている。限界の尿意に耐えようと、少しでも股間を覆う刺激を増やそうとしての無意識の行動の結果だが、それはまるでオシッコの孔を包むオムツの様相を呈していた。
青と緑の『先生』の証は、“オモラシ”おねえちゃんのだらしない排泄孔を覆い、足の動きに合わせてじわっと染みを広げてゆく。
「あ、ぁ、はっ…」
寄せては帰すように収まることの無い尿意は、波というよりは高潮だった。やってくる尿意の最高潮はじりじり際限なく高まり続け、乗り越えてもすぐには引いてくれなくなっている。自然、我慢の時間も長くなり、疲弊の度合いも激しい。
いつまでも収まらない尿意の高潮に、詩織は思わず声を高め、びくんと腰を竦ませて緊張したおしりを浮かせてしまった。
「ぁ、っく……!!」
じゅんっ、じゅっ、しゅるっ、
固く閉じ合わされた指の間で、熱の篭った下着がじわりと湿る。とたんに訪れる得も言われぬ解放感と、熱い雫の先走りが脚の付け根に拡がってゆく感触に、詩織はぎゅっと唇を噛み締めた。
(ま、またっ……おチビり……っ、だ、ダメ、これがさいごっ、いまので、さいごっ……ほんとにほんとのさいごだからっ、もうしない、もう出ないのっ……!!)
断続的にオシッコをちびり続け、詩織の下着はもう言い逃れのできないほどに湿っている。黒い染みはぽつぽつとスカートにも広がり、さらには座席のシートにまで染み込んでいた。
エリとカスミは、汚してしまったパンツを穿き替えているが、詩織には換えのパンツはない。たとえこれ以上、ちょっとでもオシッコが漏らさずにいられたとしても、詩織はびしょびしょになったパンツを穿いたまま遠足の付き添いをしなければいけないのだ。
(と、トイレ……おトイレ、トイレ行きたいおしっこしたいオシッコしたいオシッコオシッコ……っ!!!)
詩織の理性はもはやすべてその言葉で塗り潰されていた。
恥骨を伝って降りてゆくむず痒さが股間の先端に集まってゆく。
硬く閉じ合わされた排泄孔がぷくりと膨らむ。
膀胱がよじれ、オシッコを排泄する蠕動が致命的な場所に集まってゆく。
排泄器官、というオシッコをするための装置が、詩織の身体の中身を絞り出そうとしている。
(で、っでちゃう出ちゃう出ちゃうはやくはやくトイレといれオシッコといれオシッコ…っ!!)
――オシッコが、出る。
あまりにも無慈悲に、その現実はゆっくりと着実に限界を迎えた少女の身体を侵食していった。心を引き裂くように悲鳴を上げ、懸命に耐え続ける詩織を弄ぶかのように、磨耗した括約筋の隙間から水流が漏れ出す。
じゅじゅっ、しゅるっ、しゅるるっ……ぷちゅっ
「ぁ……ふぅっ……く、ぅ、あっ……ぁああ!!」
決壊の緊急警報に屈しそうになる恥骨の上のダムを押さえ込むため、詩織はたまらず両足を“ぐいっ”と椅子の上に持ち上げてしまった。
膝を抱え込むようにして身体を丸め込んだみっともない姿勢に、エプロンの下に隠れていたスカートと下着が大きく覗いてしまう。
(ぁ、あっ、ぅ、ぁああっ、)
座席の上で丸見えになった下着がぎゅっと捩れ、ぎしぎしと椅子が軋む。おなかの中で暴れるオシッコに合わせて、おしりが揺れる。そうして露になった詩織のぱんつが、じわじわと薄い黄色に侵食されてゆく。
じゅっ、じゅじゅっ、ぷしゅっ……
(で、でちゃう……っ……ダメぇ……っ)
恥も外聞も捨て去ってオシッコを我慢しているのに、それでも尿意は収まらない。きつくきつく押さえ込んだ下着の内側で、じわりじわりと熱い先走りが滲み出してくる。もはや、おチビりと呼ぶには規模が大きすぎる。断続的に滲む熱いオシッコの潮吹きは、ちょろちょろと下着の中に広がってゆく。
(だ、ダメ……が、ガマンっ……しなきゃ……)
抱え込んだ膝ががくがくと震える。少女の下腹部はじわりじわりと浸透する尿意に執拗に炙られ続け、猛烈に排泄を欲していた。高まった尿意が収まらない。それどころかさらに高ぶり続けてゆく。
生理現象の限界が、訪れようとしている。
(ゃ…だぁっ…!! 出ないで、オシッコ出しちゃだめぇっ、……エリちゃん、だってっ……ちゃ、ちゃんとガマン、できたのにぃ……っ!! ダメえ、ぇ、ぇええ……)
きゅん、と膀胱の疼きが激しくなる。子供のようなオシッコ我慢のモジモジダンスをしているのに、ヒクつく腰をまるでおさえこむことができなかった。
(あと……ほんのちょっとだけ……なのにぃ…っ!!)
藁にもすがる気持ちで持ち上げた視線の先で、また、信号が青から赤へ。
GOから、STOPへ。
トイレに辿り着くまでの道が、またも通行停止になる。
(も……っ)
ずく、と膀胱が震える。排泄器官がうねる。
詩織は悲鳴を上げそうになった。もはや余裕のない下腹部と、磨耗し疲れきった括約筋が集中が緩むやいなやびくびくと引き攣る。
排泄の甘い誘惑に屈しそうになって震えだす股間を押さえ込もうと、思わずきゅっと脚をくっつけ、股間に手を滑り込ませてしまう詩織。憧れのエプロンがくしゃくしゃに乱れ、大きく皺になる。一時たりとてじっとしていられない。
(もうダメ…っ!! ……ば、バケツでもっ、なんでも……っ!! お、オシッコっ!!、オシッコしないと、し、死んじゃううっ!!)
我慢の限界――もう、間に合わない。
トイレまで間に合わない。
オシッコするところに行く前に、オシッコが出てしまう。
繰り返される渋滞と、執拗なまでの我慢を強いる不運の連続に、とうとう、詩織はそれを認めざるをえないところまで追い詰められていた。
過去一度も経験したことのない暴力的なまでの尿意に、少女の理性もプライドは見るも無惨にすり減らされていた。さらなる羞恥を屈辱を回避するため、詩織は掠れた声で二つ前の補助席に座る弓野先生に声を掛ける。
「……いっ、……んせいっ」
「え?」
「ゆ、弓野先生……っ、ぁ、あの……ば、バケツ……貸して……くだっ」
小さく震えた声に篭められた詩織の窮地を知り、弓野先生は血相を変えて身を乗り出した。詩織のそばに顔を寄せ、すばやく耳打ちをする。
「ええっ!? ちょ、ちょっと、ねえ、本当にダメなの!? 冗談でしょう……? あともう10分もかからないのよ!?」
弓野先生の反応は正しい。しかしほんの一秒でも早くオシッコが出したくてたまらない詩織には、その10分は永遠と同義だ。
「む、無理……もう、ガマン、無理なんですっ……は、はやくっ、と、トイレぇ……」
「さっきガマンできるって言ってなかったの……? ああっ、こんなに濡らしちゃってるじゃないっ!!」
「だ、ダメ……で、出ちゃぅ……」
「ちょ、ちょっと待って、まだ出しちゃ駄目よ!?」
顔色を変えた弓野先生は慌ててバケツを取りに席を立った。いち早くその異常を察した新藤先生も立ち上がる。
詩織もまた、最後の力を振り絞って手摺りにしがみ付いた。
あと十秒、遅くても二十秒。それで、先生たちがバケツを持ってきてくれる。
そこにまたがればオシッコだ。オシッコの時間だ。
(オシッコ、オシッコできるっ、あと、じゅうびょう、にじゅうびょう、いちにさんしごろくななはちきゅうじゅ、じゅうびょう、にかいじゅうびょうかぞえればオシッコ!! にじゅうびょうでオシッコ!! といれ、オシッコといれできるのもうすぐもってきてくれるっ……そうすればしゃがんで、パンツぬいで、しゃがんでっ、オシッコできるっ!!)
弓野先生がバケツを掴み、新藤先生が走りだした。バケツが――今の詩織には、その青いプラスチックの入れ物が、トイレにしか見えない。
オシッコをしてもいい場所が、向こうからやってきてくれる。詩織は待っているだけでいいのだ。床に置かれたそれを跨いで、下着をおろしてスカートをたくし上げて、しゃがみ込めば、オシッコができる。それでオシッコをしてもいいのだ。
乙女として必要な羞恥がそのプロセスからごっそり抜け落ちていることにはもう気付けない。少女を苦しめる尿意はそこまでのレベルに達しつつあった。
尿意の解放、それだけを心の支えに、詩織はふらつく脚を叱咤して、ぐっとおなかに力を篭め――
「あーーーーっ!? おねえちゃんオシッコ!! オモラシしてるーーっ!!」
「ゃ、っ……!?」
バスの中に響いた大声に、渋滞に退屈していた子供達は一斉に後部座席を振り向いた。叫んだのは詩織の近くに座っていたエリとカスミ。
二人は、思わず腰を浮かした詩織のスカートと座席シートがぐっしょり色を変えているのに気付いたのだった。漏らしたての熱いオシッコがつくるくっきりとした大きなオモラシ跡は、言い訳もできないほど明らかな『大失敗』の証拠だ。
それに追い討ちを掛けるように、またぷくりと膨らんだ排泄孔が熱い雫を吹き上げ、シートの上にぷしゅ、ちょろちょろと新しい水滴を撒き散らす。
「ほんとだ、おねえちゃんオモラシしてるーっ!! おしっこしてるよ!!」
「いけないんだーっ!! こんなところでオシッコしてるっ!!
「おねえちゃん、おトイレいかなかったの!? ガマンできなかったの?」
「ち、ちがッ……あああぅっ!!」
必死に声を絞り出す詩織。
子供達の視線に晒された衝撃で、だらしない股間はさらにじゅじゅっとオシッコを吹き出し、スカートの染みを一際大きく広げてしまった。下着がオシッコでびしょびしょの水浸しになり、ふらつく足元にぽたぽたと水滴を散らす。
「は……っぐ、ぅううっ……」
身体をよじり、しゃがみ込むようにして股間をねじり押さえ、オシッコを抑えようとする詩織だが、排泄の準備をすっかり整えていた体は、いまさらそんな命令を聞いてくれはしなかった。
座席からはじき出されるように通路に飛び出した詩織は、オシッコにまみれた手で座席をつかむ。しかしその手もすぐに股間に伸び、オシッコを塞き止める手伝いに回されてしまった。
溢れ出す洪水を塞き止める機能すら失った、水門がゆっくりと口を開けてゆく。怒涛のように高まる水位とともに、詩織の脚をひとすじ、ふたすじとオシッコの流れが滑り落ち始める。
詩織はただ無力に、椅子の手摺りにしがみついて必死に腰を揺するばかりだ。
「ぁ、~~~……ッ!!」
ごぽりと膀胱が音を立て収縮した。空を見つめ、ぱくぱくと口を開いた詩織の股間をすさまじい衝撃が直撃する。
じゅじゅっ…しゅるしゅるしゅるっ、ちょろっ、じょっ、じょじょっ!!
猛烈な勢いで膀胱内のオシッコが詩織の排泄孔めがけて突進してくる。緩み始めた水門から、小さな水音がこぼれだす。
(っ、くぅぅぅうっ、ぅぁあううぅうっ!!)
バケツはまだやってこない。一斉に子供達が駆けよってしまったせいで、先生たちは詩織のいる後部座席までやって来れないのだ。
またも我慢の延長戦。必死の思いで、言うことを聞かない括約筋を締め付け、最期の瞬間を先延ばしにする詩織。
「わわっ、おねーちゃんおしっこしちゃってるっ」
「えー、こんなに大きいのにおトイレがまんできなかったのー?」
「いーけないんだー。バスででおしっこしちゃうなんてー」
「おねえちゃん、オシッコしたいんならちゃんと先生に言わなきゃだめだよぅ!」
子供たちの声は残酷だった。立派な『おねえちゃん』であるはずの詩織がオモラシをするという非常事態に、子供たちは興奮のままに叫ぶ。
「ぁッ、あ! あっ!!」
バスががくんと揺れる。足の裏から伝播する震動に、少女の膀胱は猛烈な尿意に絞り上げられ、限界を超えた詩織に一刻も早い排泄を命じてくる。
もう持たない。最後の最後の我慢も、これで限界だ。
(ダメ、だめなのにっ……ここ、バスの、中なのにっ……みんなが、いるのに、おトイレじゃないのにっ、でちゃう、いっぱいでちゃうっ、こんなところにおトイレしちゃうっ……ぱんつ、はいたままで……おトイレしちゃうううっ!!)
ぶじゅっ、じゅじゅっ、ぶじゅるるるるるぅっ!!!
激しい水音と共に、詩織の足元にオシッコが降り注いだ。
排泄孔がひしゃげ、麻痺しかけた括約筋の隙間から間断的に排泄を繰り返す。
腰を突き上げるような解放感が恥骨から響き、ふらり、と揺らいだ詩織の脚が、とうとうバランスを崩し、ゆっくりと膝が折れてゆく。
直立から中腰を経て、しゃがみ込む――もっともオシッコをするのに適した姿勢へ。
「――前原さんっ!!」
その瞬間。
まさに間一髪の神業だった。放水の始まるほんの一瞬前、バケツを抱えて駆け付けた新藤先生が、子供達を掻き分けて詩織のお尻の下にバケツを押し込んだのだ。
同時、
ぶじゃあああああああっ!!
「「「「わぁーーーーーーっ!?」」」」
バケツの中に叩きつけられる太い水流。激しい水音を立て始めた詩織のオシッコに、バスの中は騒然となった。プラスチックの容器にぶつかりとてつもなく激しい音を響かせる詩織のオシッコが、滝のように暴れ回る。
下着とスカート、そしてエプロン。何重もの布地は、溢れ出した熱い雫に対してまったくの無力だった。股間を押さえた手のひらがおしっこを受け止めて、なおも際限なく溢れ、熱い噴水がじょぼじょぼとプラスチックの容器の中に散ってゆく。壊れた蛇口のように、詩織のオシッコは際限なく、激しく、止らず、途方もない。
憧れのエプロンはオシッコ漬けになり、染みは詩織のおヘソの上あたりまで達していた。オモラシの証は少女の股間から脚を容赦なく覆い尽くしてゆく。
「いやぁ……っ、だめ、だめええっ、見ないで、見ないでぇ……」
力なく首を振る詩織の懇願は、好奇心の塊のような子供たちには無力だった。
ぷじゅ、じゅじゅ、じょぼぼぼぼばちゃばちゃばちゃっ!!
熱い雫を滴らせる少女の股間が、先端から激しく疼く。まるでホースを押し潰して水を撒くときのような、容赦のない激しい水流がバケツの中で踊る。
詩織の脚の付け根とバケツの中を繋ぐ、太く激しい何本もの水流。
『先生』と同じように、子供たちのお手本にならなければいけない『おねえちゃん』のエプロンをつけたまま、詩織の股間は辛抱なくオシッコを吹き出し続ける。
「おねえちゃんなのにガマンできなかったんだぁ」
「おねえちゃん、こんなところでオシッコしちゃいけないんだよ? オシッコ、ちゃんとおトイレでしないきゃ」
「ぅぁ……うぁあっ……っく…」
子供たちの容赦のない声が、詩織の心に深い傷を刻み込んでゆく。
詩織のオシッコの半分近くは、バケツに入り損ねてバスの床の前の方に大きく飛び散っていた。なおもぼちゃぼちゃとオシッコまみれのお尻からは雫がバケツの中に垂れ落ち続けている。
床に広がったオシッコを避けるように、一斉に子供たちが席を離れた。ジャングルの河の氾濫のように大きく広く広がった羞恥の水跡は、詩織の股間を源流に傾いたバスの床をどこまでも流れ落ちてゆく。
信号は赤。ゴールは、まだ遠い。
(初出:おもらし千夜一夜2 283-322 2007/09/25)
子供たちとバスの中のお話。
