ある日、悪戯好きのアリィがいつものように商売の売り上げを数えていた姉のカシィのところにやってきました。
アリィは女の子のくせにとてもわんぱくで、いつもあちこちを走り回って冒険しています。お姉さんのカシィはことあるごとにアリィに『アンタはもっと女の子らしくしなきゃダメよ!』とお説教をするのですが、アリィはまったく聞こうとはしないので、カシィはすっかり困っていました。
そうしてその日もアリィはいつものように、カシィにこの前してきたばかりの大冒険のお話をしているのでした。
「……ねえ、まだ終わらないの?」
「もうちょっと。それでね、わたし、その洞窟の中で迷っちゃったの。朝からずっとオシッコしたかったのに、もうどうしようもなくって、我慢できなくなっちゃってねっ」
アリィの冒険は、街の西にある洞窟を探検してきたという話でした。あそこは美人の女親分が率いる盗賊団がねじろにしているところで、とても危ない場所として知られています。そんな場所には、カシィはぜったいにちかづいたりしないのですが、アリィはもちろんそんなことお構いなしに忍び込んでしまったのでした。
そうして案の定、アリィは洞窟の中で迷子になり、しかもものすごくおしっこがしたくなってしまったというのです。
「それでね、どんどんどんどんおしっこがしたくなっちゃって、もうあとほんのちょっとで出そうになっちゃって、もうダメだって思ってたんだけど……その時にね、盗賊たちが帰ってきたの」
「ふぅん。で、アンタは見つかっちゃったの?」
「そんなことないよぉ。隠れたもん。わたしかくれんぼ得意だから。でね、盗賊の女親分が、盗賊たちをつれて洞窟の奥にある岩の前に行ってね、大声で“ひらけゴマ“って言うのを聞いたの。そうしたら、どれだけやってもびくともしなかった大きな岩がごごごごって音を立てて開いたのよ。その奥にはとってもきれいなお手洗いがあったの!!」
女盗賊たちは、ふだんから街の中でいばっているため、けっして弱みをみせようとはしません。だから『あたしたちはこんなにすごいんだぞ!!』というところを見せるために、街ではけっしてお手洗いを使わないのでした。
だから盗賊たちは、その洞窟のなかにある秘密のトイレに魔法をかけて、合言葉がないと使えないようにしていたのです。
「それでね、盗賊たちが終わった後に、わたしもその合言葉で岩のドアを開けてお手洗いに入って、どうにか間に合ったのよ!!」
とても嬉しそうに自分の冒険のお話をするアリィ。けれどカシィはそんな妹の話に興味はありませんでした。おしっこの話なんてはしたない、と思いながらも渋々付き合っていただけなのです。
なにしろ、カシィはアリィとは違って立派なレディなので、オシッコが我慢できなくてたまらなくなるようなことはないと思っていたからです。本当の本当は、そんなことは決してないのですけれど。
「へぇ…本当なの? アンタみたいなお子ちゃまがきちんと我慢できたの? ちょっとくらいチビっちゃってたりして、パンツ汚したりしてたんじゃないの?」
「し、してないもんっ!! ちゃんと最後まで我慢したようっ!! 盗賊、ぜんぶで40人もいて、すっごく大変だったけどオモラシしなかったもんっ!!」
「どうだかねぇ。できっこないにきまってるわ」
「ふんだっ、わたし、お姉ちゃんとは違うもんっ」
ぷんぷんと怒って胸をはってみせるアリィ。とっておきの大冒険をはなしたのに、全然聞いてくれないカシィにアリィはあいそをつかしてしまっていました。けれどカシィはいつものことなので気にもとめません。
「アタシをアンタと一緒にしないでくれるかしら? だれがそんなはしたないコトするもんですか。いいことアリィ、そもそも一人前のレディってものはねぇ、ひとにトイレの場所なんて聞いたりしないものよ? お手洗いを我慢しているなんてひとに聞かれたら恥ずかしいじゃない」
お姉さんぶって話すカシィに、アリィは首を傾げます。
「そうかなぁ……それで間に合わなかったりして、オモラシしちゃったら、もっと恥ずかしいと思うけど……」
「お馬鹿さん。間に合わないわけがないじゃない。いいこと、アタシはレディなんだから、オモラシなんてし・な・い・の・よ。アンタみたいなお子ちゃまじゃないんだから。ほほほ」
「うーっ、お姉ちゃんのばかっ!! もうしらないからねっ!!」
そのときカシィは、アリィを馬鹿にしてばかりで、まるっきりアリィの話を聞いていませんでした。だからカシィは、目の前のたったひとつだけのトイレのドアを開ける合言葉を、すっかり忘れてしまっていたのです。
そしてカシィは今、アリィのときとまるっきり同じに洞窟の中で迷ってしまっていました。足はがくがくと震え、昨日の夜からがまんしつづけたオシッコは今にも漏れてしまいそうです。
もう一度出口を探そうにも、ぶるぶると震える膝は言うことを聞いてくれません。
「あっ、あふぅっ……開いて、開いてよぉ……ひらけ!! ひらっ、けぇっ…!!」
カシィは大岩をバンバンと叩きます。普通の木のドアならそれだけで壊れてしまいそうな勢いでした。けれど、そこにあるのは見上げるような大きな大きな岩なのです。カシィがいくら頑張っても、びくともしませんでした。
この向こうにトイレがあるのは分かっているのに、カシィはそこに入ることができません。カシィのおしっこはもう限界で、もう一秒だってがまんを続けるのは無理なくらいでした。
それなのに、カシィはおしっこができないのです。
「なんで開かないのよぉっ……ふざけ…っ、ないで……っ、ひらけ、ひらけぇ……っ!! 開きなさいよぉっ!! アリィのときは開いたんでしょうっ!?」
ドアを開ける合言葉を忘れてしまったカシィがいくら叫んでも、トイレのドアは開きません。
もうすぐここに盗賊たちがやってきます。アリィがしたようにこっそり隠れて合言葉を聞けば、カシィもオシッコを済ませることができるでしょう。でもカシィには、40人の盗賊たちが全員オシッコを済ませるまでなんて、絶対に我慢できっこありませんでした。
「ひっ、ひらけ……おおむぎ!!」
何度試しても、岩は閉じたままです。それでもカシィは諦めるわけにはいかないのです。だって、オモラシなんて立派なレディにゆるされることじゃありません。
脚の間にじわぁっと広がる熱い感触に、カシィはますます焦ります。
オモラシなんて、目の前にトイレがあるのにオモラシなんて。お姉さんとして絶対にありえないことです。
「ひらけ……か、からすむぎ!! そらまめ!! ひ、ひらけ…っ!!」
少しずつ染みが広がるおしりをもじもじと押さえながら、カシィは思いつく限りのありったけの言葉を叫びます。けれど、どれもこれも間違っていました。
それもこれも、アリィのお話を馬鹿にして真面目に聞いていなかったからなのです。
「ひ、らけぇっ……開いて、よぉ……お願いっ…こんなところで、お、オモラシしちゃうじゃないっ……!! あああっ、でちゃう、でちゃううっ!!」
カシィの悲鳴がむなしく洞窟に響きます。
けれど、ずっしりと大きな岩はけっして動こうとはせず、カシィはいつまでも腰を揺らしながらおしっこをがまんしなければいけないのでした。
やがて、街から帰ってきた盗賊たちが、いつものようにがまんし続けたおしっこを済ませるためにど洞窟に入ってきました。
けれど、盗賊たちはすぐに異変に気付きます。
「お頭、なんだか変です。知らない女の子がいますよ」
盗賊たちの一人が、洞窟の奥に座り込むカシィを見て言いました。ざわざわと40人の盗賊たちはいっせいに騒ぎ出しました。ここのトイレのことは盗賊たち全員の秘密です。他の誰かが知っているはずがないのです。
「おい、どうしたんだい?」
落ち着かない仲間たちのお喋りを聞いて、盗賊の女親分がやってきました。
そして、トイレの前の大岩にすがり付いてしゃがみ込み、うつむいてしまっているカシィを見て言いました。
「なんだいお前は。いったいどこから入ってきた?」
「あ、ああ……だめ、お願い……お手洗いに……オモラシ、しちゃう……っ」
ぐすぐすと泣きながら喋るカシィが、びくっと震ながら言います。けれど、もうとっくにカシィのお尻の下には大きな水たまりができていて、いまもじょぼじょぼとオシッコが漏れ続けています。トイレの前に泣き崩れてしまったカシィの足元で、みるみる水たまりが広がってゆきます。
「うわっ、オモラシしてるぞ、こいつ!!」
「あーあ、オシッコか?」
「なんだ。トイレまで間に合わなかったんだな……」
「おいおい、こんなところで粗相(※おもらしのこと)しないでくれよ」
盗賊たちはくちぐちにカシィを指差して笑います。
みじめでどうしようもなくなって、カシィは泣き出してしまいました。小さいアリィだってオモラシをしなかったのに、お姉さんで立派なレディのはずの自分がオモラシをしてしまうなんて信じられなかったのです。
けれど、じんわりと濡れる下着はけっしてかん違いではありません。その証拠に、カシィのおしっこはまだまだ止まらないのです。
「うぅ……イヤぁ……アタシは違うのにっ……お子ちゃまじゃないのにっ……」
「なんだなんだ。こんな所でオモラシかい。もう子供じゃないんだろうに、なんてみっともないんだ」
「うわぁあああんっ……」
大きな川を作って流れてゆくカシィのおしっこを見て、女親分があきれたように言います。
カシィは情けなくて死にそうになって、妹のアリィを馬鹿にしたことにごめんんなさいを言いながら、いつまでもおしっこを漏らし続けるのでした。
――めでたしめでたし。
(補足)
このあと本編にはカシィがオモラシをしたことを街中に言いふらした40人の盗賊たちに仕返しするため、アリィが召使いのモルディアナと一緒に盗賊を家に招待し、全員にたくさんお酒とジュースを飲ませてトイレに行かせずにオモラシさせてしまう話や、女親分の機転でモルディアナ本人もたくさんお酒とジュースを飲まされ、必死におしっこをがまんしながら自慢の踊りを披露する素敵なシーンなんかもあるのですが、スペースの都合で割愛させていただきます。くわしくは世界オモラシ児童文学全集を参照ください。
(初出:おもらし特区 SS図書館 2007/06/15)
第4夜 ひらけゴマ
