「ぁぅうっ……出ちゃううっ」
少女の眉が切なげによじられ、唇がきつくかみしめられる。
ニーソックスに包まれた足がひょこんと跳ねるたびに、野次馬たちのざわめきが高まった。
電話ボックスに閉じ込められ、衆人環視の中迫りくる尿意と必死に戦う少女。果たしてこれ以上、周囲の注視を受けずにすむ存在がいるだろうか。
透明なガラスに仕切られた、素通しの密室。高坂麻衣は膝を小刻みに震わせて、こみ上げてくる尿意に耐える。
野次馬の九割近くを締める男たちは、真っ赤になって身悶えする麻衣から片時も目を離そうとせず、着実に迫る決壊のときを固唾を呑んで見守っていた。どの視線にも下卑た光が灯り、中には、隠すこともなくズボンの前を膨らませている者までいる。
その手のことに疎い麻衣には、死にそうな恥辱だった。
「おねがい、ですっ……もう、もう、ホントに漏れちゃいそうっ……出して……おトイレ、行かせてくださいっ……」
肩を震わせ、足を大きく踏み鳴らして麻衣は声を振り絞る。踏み台昇降のように不自然なほどに上げ下げされる膝は、お漏らしを耐え尿意を和らげる羞恥のステップ。すでに石のように固く張り詰めた膀胱では、じっとしていることさえも苦痛だ。
しかし、額に汗をにじませて尿意に耐え、『おしっこ漏れちゃう』と恥も外聞もなく懇願する少女に、手を差し伸べるものはいなかった。
麻衣の振り上げたこぶしがガラスを叩くが、防犯のため強化樹脂で挟まれた電話ボックスは少女の力にはびくともしない。大したものもないボックスの内側からでは壊すことなど不可能に近かった。
「ぁうっ……くっ」
どん、どんと力なくガラスを叩きながら、麻衣はもう片方の手をスカートの上から股間に挟み、きゅぅっと下着を引っ張り上げる。その動作に周囲がどよめき立つ。
一挙手一投足をつぶさに観察する無数の視線が、無遠慮に腰を揺らす麻衣に注がれる。
いやらしい視線をできる限り無視し、麻衣はつま先でそわそわと地面を叩き、少しでも気を紛らわそうとするが――その振動ですら下腹部に蓄えられたおしっこに刺激を与えて、苦しみを倍加するだけだった。
「出して、出してよぉっ……でちゃうう、でちゃうううぅ……もぅ、げん、かいぃっ……」
「まだ来ないからさぁ……麻衣ちゃん、もうちょっと我慢してね」
「おねがい、おねがいぃっ……もう、おしっこ漏れちゃうよぉ……ここ、出してぇ、出してぇっ……で、っちゃうぅうっ……」
『出して』と『でちゃう』。ふたつの反する言葉を繋げ、見ず知らずの男性に、麻衣は泣きそうになりながらそんな事を懇願する。
年頃の女の子がスカートの股間を握り締めて、『おしっこがでちゃうんです』と叫び続けるその姿は、男たちの視線を引きつけて止まない。
「ほら、麻衣ちゃん、もうちょっとだから」
「あぅううっ……」
だから、観客達の中からは電話ボックスを壊そうと試みるものなど皆無だった。
くねくねと腰を揺すり、腿をぴったりと閉じては左右の手でかわるがわる股間を握り締める少女を、最後まで追い込んで、下品な衝動に限界を迎えさせてやろうと、その場にいる男たちの意思は言葉を越えて団結していたのだ。
「だめぇ……出ないで、出ちゃダメ……出して、開けてよお……っ」
膀胱は限界まで張り詰め、その感触はまるで石のようだ。麻衣は息を浅く早く繰り返してお腹の力を抜き、すでに下腹部を占拠している膀胱に、少しでもその容積を拡大させようとする。
けれど、いくら我慢に我慢を続けても、それは根本的な解決にならない。こうしている間にも麻衣の身体は摂取した水分を排泄できる形に変えて、おしっこをせっせと蓄えているのだ。切羽詰った尿意は一層激しく麻衣を攻め立てる。
「もうダメ、がまんできないっ・……しちゃう、おしっこしちゃううっ」
「ほら、座っちゃうとでちゃうよ。ちゃんと立って、がまんして」
「やだぁ……おしっこ、おしっこぉ…っ……でそうっ……トイレ、おトイレいかせてぇっ……」
「麻衣ちゃん、おもらししちゃうよ。立って、ぎゅーってお股押さえてないと」
次々投げかけられる言葉。
しかし、その内容とは裏腹に、そこに篭められているのは麻衣へのどす黒い欲望だ。
そして、その場の残る一割。足を止めて眉を潜める女性達の態度は、もっと酷いものだった。
「ぁうぅっ……でちゃうっっ……」
「やだ、本当にもらしちゃう気? あの子……信じらんない」
「だよねー。赤ちゃんじゃあるまいし。こんなところでオモラシなんて」
「恥ずかしいなー。あたしらだったらもう生きていけないよねー」
「あうぅぅっ、そんな、こと言ったってぇっ……でちゃう、でちゃうよおっ」
もう、麻衣にはろくな判断力は残されていなかった。
そうしてひっきりなしに尿意を口にする少女の我慢ショーは、彼女たちの嗜虐心をいたく満足させているらしかった。
同性だというのに、麻衣を哀れむような視線は一つもない。
囁くというには大きすぎる声で繰り広げられる女性達のひそひそ話は、麻衣をますます絶望へと追いやってゆく。
「ふぅっ……っく、あけて、開けてよぉ……もう、ホントにっ……おもらし、で、ちゃううっ」
腰をかがめ、麻衣は大きな尿意の波を乗り越える。
はあはあと大きく息をつき、下着が濡れていない事を確かめて、ぎゅっ、とその白い布地を掴んで顔を上げた。
「うわ、ぱんつ丸見えじゃん」
「やだー、だっさい下着ー」
スカートが大きくまくれ、下着が露になる。だが麻衣はもう膀胱にたっぷんたっぷんのおしっこを我慢するのに精一杯で、自分の格好にも周囲の嘲笑にも気付いている余裕はない。
がくがくと震える膝、すっかり引けた腰、ぴったり閉じ合わされていた太腿の奥で、渦を巻いておしっこが出口に殺到してゆく。
少女の下腹部が、激烈な尿意に絞り上げられる。
全身をめぐる水分が膀胱に集中して流れ込み、女の子のプライドだけで保たれている括約筋を突破して、排泄孔を突き破ろうと怒涛の進撃を開始した。
「やだぁ、でちゃうぅっ、おしっこ、おしっこ、我慢、できなっああああああっ」
むき出しになった下着の上から股間を押さえ、ぐりぐりとねじり回す麻衣。恥も外聞もなく耐え続ける少女に、無慈悲な大自然の摂理が鉄槌を下す。
きゅうっ、と膀胱が収縮し、恥骨にじいいんと響く尿意。排泄孔を塞ぐ括約筋が緩み始め、しゅるしゅると音を立て始める。女の子の一番大切な秘密。トイレの個室に秘められていなければならないはずの羞恥の行為が、まったく似た姿のガラス張りの個室に場所を移し、百人を越える観客の視線の中、白昼に晒されようとしていた。
ついに最期の時を迎えた少女の公衆着衣排泄に、辺りの喧騒が一段と深くなる。
「ちょっと、マジでやっちゃう気? 信じらんない。トイレいけばいいじゃん」
「我慢できないってありえなくない? いい年して。もう高校くらいでしょ? あの子」
「あぅぅうっ……でちゃううううっ……でちゃうよおぉっ、もぉダメぇ…っ、おしっこ漏れちゃううぅぅっ」
麻衣はおしっこを出さずに、ここから一刻も早く出たいのに。
この場にいる麻衣以外の全員が、麻衣を電話ボックスから出さず、おしっこを出させようとしていた。
「はぅうっ!!!」
麻衣の、一際高い悲鳴が上がる。電話ボックスの内側に張り付いた手のひらが空しくガラスを掻き毟る。
ぶしゅっ、と。引っ張り上げられて股間に張り付いていた下着の内側から、まるでコップをひっくり返したような勢いの水流が吹き出す。ばしゃり、と飛び散った麻衣のおしっこがガラスにぶつかって水滴を撒いた。
「あ、あ、あっ」
一端緩んだ水門は辛抱を知らず、だらしなく中身を漏らし続ける。しゅるるじゅじゅうぅと吹き出したおしっこは麻衣の下着の色を変え、白い足を伝ってソックスを一際濃い色で染め、地面にぱちゃぱちゃと飛沫を散らす。
ぱたっぱたっと地面に雫がこぼれ、麻衣が必死に身体をよじった瞬間、漏洩は放水に変わった。
「あぅぅ……っ、はぅあっ、で、ちゃうううっ……!!」
止めようとしても止まらない。まるで自分の身体ではないみたいに、麻衣の下半身は言うことを聞こうとしなかった。女の子の下腹部は完全に排泄モードに入って、おしっこをじゅるじゅると漏らし始める。
身じろぎする余裕もない麻衣は、手がかりを求めてぎゅぅっとガラスにしがみつく。まくれあがったスカートの下、おしっこで濡れた下着はぴったりと麻衣の股間に張り付いて、薄布の向こうに恥ずかしいところのかたちをくっきりと露にしている。
その奥からは間断なくぶしゅっ、びしゃびしゃっ、と水流が吹き出して、電話ボックスの床に撒き散らされてゆく。すでに地面は一面が大洪水だった。
「ダメ……えぇっ…!!」
麻衣は本能的に我慢を続けようとしている下半身をぐりぐりと透明なガラス板に押し付けた。少しでも支えを増やしてダムの決壊を防ごうとしているのだが、実際はスカートを腰の上まで捲り上げ、まるで排泄を見せ付けるような格好でしかない。
「うわ……」
「すげえ……!!」
「ちょっと、ねえ、あの子感じてない?」
「ハズカシー……」
どよめく観衆達が、一斉に電話ボックスへと詰め寄る。
熱く押し付けられる息がガラスを曇らせ、携帯のレンズが突き出されフラッシュの連射が少女を襲う。
目の前に張り付いてきた男達の視線に、麻衣は悲鳴をあげた。
「みっ、見ないでっ、おしっこ、するからぁっ、見ないでええっ!!」
見ないで、と叫ぶ懇願の声は、それ以上に多くの視線を電話ボックスに集めてしまう。激しくガラスを直撃したおしっこが薄黄色の波紋を描く様を、観衆達の好奇と興奮のまなざしが貫いた。少女は背中を竦ませ、心を切り裂くような羞恥に悲鳴を上げる。
じゅじゅじゅっ、ぶしゅしゅっ、じょばっ!
「やだ、いっぱい、でちゃう、でちゃっだめ、とまって、とまってぇっ……もうでないでぇえっ」
もはやその懇願も空しいものでしかない。
我慢に我慢を重ね、限界ぎりぎりを超えてなお少女の膀胱に蓄えられていたおしっこが、一気に噴き出した。
下着一枚など何の支えにもならず、白い股間の奥、淡い茂みに包まれたスリットから激しい水流がほとばしり、ぐりぐりとガラスに押し付けられる股間から透明な板に激突して下品極まりない水音を立てる。
じょじょじょぼぼぼぼっぼ、ぶじゅじゅじゅじゅじゅじゅ―――っ
麻衣の羞恥の熱湯が、ホースで水をぶちまけるようにガラスに激突し、四方に散って流れ落ちる。わずかに色味のついた液体は、間違いなく少女の身体の中で抽出され精製されたおしっこであることを示していた。
「うぉ……すげ……」
「やっべぇ、丸見えじゃん……」
「やだ、本当にもらしちゃったよあの子」
「うっわ、最低……よく恥ずかしくないわね、あんなにトイレ我慢してて」
その光景は、ちょうど男子トイレの小用便器をガラス張りにして、反対側から覗いているようなものだった。どんなに想う相手にだって見せることのない、花も恥らう乙女が用を足している姿を、それも変態的極まりなく立ったままの放尿を、隠すものなく見られているのだ。
麻衣は耳まで真っ赤になり、気が狂いそうなほどの羞恥に襲われていた。
「はやくっ、はやく、おわってよぅっ……こんな、いっぱい、やだああ……」
じゅじゅじゅじゅっ、ぶしゅーーーっ、じょぼぼぼぼぼぼぼ……
必死に懇願するが、最後の最後、限界ぎりぎりまで我慢をした女の子のおしっこ。男の排泄なんかとは勢いも量も桁が違う。
滝のように打ち付けられるおしっこはとどまる事を知らず、、ボックスのガラス一面に広がってばしゃばしゃと地面まで流れ落ちてゆく。川を作って広がる水溜りは、もう辺り一面にまで広がっていた。
麻衣は途切れそうになる意識の中、腰をびくんびくんと震わせて、耐えに耐えてきた排泄の快感を堪える。
「ぅ……く……・」
たっぷり一分近く。リットルに届く量のおしっこを撒き散らして、麻衣の排泄は終わりを告げる。
ようやく収まってきたおしっこが勢いを弱め、雫になって垂れ落ちるばかりとなる。
麻衣の身体はずるりと電話ボックスの壁を滑り、崩れ落ちた。自分の作ったおしっこの湖の上にばしゃりとしりもちを付き、麻衣はひぅ、と泣き声を上げる。
まだ、かろうじて無事だったスカートも、すぐにおしっこを吸って色を変え、麻衣のしてしまった大失敗、“衆人環視での大放尿”の証を彩る。
「ふぇっ……うぇえっ……」
狭く、冷たい都会の密室の中で、誰も彼女を気遣うものはいなかった。
小さな個室。けれど排泄をするための秘密の場所とは全く異なる、公の広場の真ん中で。少女の泣き声だけが、悲しく響く。
(初出:おもらし千夜一夜 576-578 2004/05/21)
電話ボックスを巡るお話。
