むかしあるところに、ポー、キィ、ピックという3人の姉妹が住んでいました。
3人はとてもなかよしで、いつも一緒に暮らしていました。
ある日、一番物知りで一番お姉さんのポーが、眼鏡をくいっと直しながらいいました。
「この家のトイレもだいぶ古くなってきた。どうだろう、二人とも。そろそろ新しいお手洗いを作ろうと思うのだが、どうだろう?」
キィとピックもそれには大賛成でした。あまりはっきりとは言いだせなかったものの、古くて汚れてしまったトイレを使うのは、二人ともあまり好きではなかったのです。
「ええ、とてもいい思い付きだと思いますの、お姉さま。わたくしにいい考えがありますわ。こんなお手洗いはいかがですかしら?」
と、姉妹の真ん中でおしゃまなキィが自分のアイディアを話し出せば、
「ボクねぇ、こんなのがいいなっ」
末っ子のピックも画用紙いっぱいに絵をかいて説明を始めます。
3人の姉妹は、トイレを作りなおすことにこそ賛成でしたが、それぞれが自分の意見を譲らず、話はいつまで経っても決まりませんでした。とうとう夜中になって、いいかげんに疲れてしまったポーは、二人の妹に提案します。
「……よおし。ならば、いっそ3人でそれぞれ別にトイレを作ることにしたらどうだ? 3人が一つずつトイレを持てば、これまでのように順番を待って困ることもない」
「そうですわね。それにそうすればどれがいちばん素敵なお手洗いか、わかるはずですもの。ピックはどう思いますの?」
「うんっ、ボクもさんせーいっ」
実は、3人の姉妹たちはこれまでにも何度か、トイレの順番を待っている間に我慢しきれず、オモラシをしてしまうことがあったのでした。さすがに一番お姉さんのポーは、ちょびっとだけチビってしまうくらいでなんとか乗り越えていましたが、キィはこれまでにもなんどか失敗してしまっていましたし、ピックに至ってはそれこそ、大失敗も両手の指に余るほどです。
と言うわけで、みんなが自分専用のトイレを持てるというのは大歓迎なのでした。
3人はそれから1週間かけて、それぞれにおトイレを作りました。
ピックのトイレは藁でできていました。きちんと回りからは見えないようになっているのに、いつでも風通しが良くて、トイレに座ってオシッコを済ませているときでもとても爽やかです。
キィのトイレは木でできていました。スカートと下着を下ろしてしゃがみ込んでいる時でも森の木々の匂いがほんのりと香り、とても心地よくお手洗いを済ますことができました。
そしてポーのトイレは頑丈なレンガでできていました。びっしりとセメントで固められた分厚い壁は、おしっこの匂いや音を外に漏らさないため、いつトイレを済ませたのかを気付かれない素敵な工夫でした。さらに、窓もなく入り口は一つだけ。これなら絶対に外からのぞかれる心配もありません。
「どう!? ボクのおトイレ、スゴイでしょ!?」
「あら、わたくしのお手洗いが一番素敵ですわ!!」
「いやいや、私のものがもっとも優れているとも」
3人はぞれぞれ自分のトイレの素晴らしい場所を自慢しあいます。けれど、どれが一番すごいトイレなのかについてはポーも、キィも、ピックも譲りませんでした。仕方なく3人はそれぞれのトイレを自分の専用として使うようになったのでした。
3人の姉妹がそれぞれのトイレを使うようになって、一週間が過ぎました。
その日は、季節外れの分厚い雲の下でごうごうと風が吹いている、嫌な天気の日でした。
「……これは、今夜は嵐になるな」
「そうですわね……でも、きっと大丈夫ですわよ。お家もちゃんと倒れないように補強もしましたし、ご飯もお水もたっぷり用意してありますもの」
「うんっ、みんなで頑張ったもんねっ」
3人は笑いあって、夕飯の準備をはじめました。
今日の夕飯は、羊のおじいさんから買った南の国の香辛料をたっぷりきかせた特性の野菜炒めです。料理当番のキィの味付けは少し辛かったのですが、とても美味しかったのでみんなは何度もお代わりをしてしまいました。
「そろそろ風が出てきた……今日は早く寝るとしようか」
「ピック、寂しかったら一緒に寝てあげてもいいですわよ?」
「へーきだよ。ボク、ひとりで眠れるもんっ。キィお姉ちゃんこそ怖いんじゃないの?」
「な、ち、違いますわよっ!!」
「二人とも、遊んでないでしっかり寝たほうがいいぞ。明日は庭の片付けをしなければいけないしな。……今日は3人で一緒に寝よう」
「わかりましたわ、お姉さま」
「はーいっ!!」
ポーの提案で、3人はベッドに入ります。がたがたと窓枠が揺れて、ぎしぎし屋根が軋みましたが――3人でぎゅっと身体を寄せあっていれば怖いことはありませんでした。やがて、ごうごうという風の中で、3人はゆっくり眠りに落ちていったのです。
さて、その夜中、一番最初に目を覚ましたのは、末っ子のピックでした。
夕飯の野菜炒めを食べる時に水を飲みすぎて、朝にならないうちにおしっこが我慢できなくなるほどトイレにいきたくなってしまったのです。
「……お姉ちゃん、キィお姉ちゃんってば……」
「……もぅ、なんですのピック……? ふわぁ……まだ夜中じゃありませんの……静かにしてくださいまし」
ごろんと寝返りを打つキィを揺り動かして、ピックは困った顔をします。
吹き付ける風がごうごうと唸っているのが、まるで怪物の叫び声のように聞こえました。
「ねえ、お姉ちゃんっ……起きてよっ……」
「もう、一体なんですの……?」
「あ、あのね、その……ボク……おトイレ……」
「もう……そんなの一人でできるでしょう?」
「で、でもぉ……」
確かにいつもなら、ピックも一人トイレに行けるのですが、今日ばかりは外に出ていくのが怖かったのです。
「……仕方ないですわね……今日だけですわよ?」
「う、うんっ」
はじめは面倒くさがっていたキィでしたが、気付けば自分もとてもとてもオシッコに行きたくなっていたこと気付いて、一緒にベッドを降りることにしました。
すると、ポーも目を覚まして起き上がります。
「なんだ、ふたりともトイレなのか?」
「え、ええ。ひょっとして、お姉さまも、ですの?」
「……まあ、ね。まったく、みんな揃って少しばかり水を飲みすぎたな。……うぅっ」
「そ、そうですわね……んんっ」
「は、はやく、行こうよっ……ポーお姉ちゃん、キィお姉ちゃんっ……」
実はポーもいまもにも漏れてしまいそうなくらい我慢しているのです。目は覚めていたのですが、なんとなくベッドを抜けだせないまま悶々としていたのでした。
結局、3人は揃っておトイレに行くことになりました。
こういう時、それぞれにおトイレがあるのはとても便利です。
「ピック、気を付けろよ。暗いからな」
「う、うん……」
「お姉さま、わたくしも……その、あんまり」
「あ、ああ」
かたく閉めていたドアを開けるとごうごうと唸る風が聞こえてきます。幸いなことに雨は降っていませんでしたが、暗い嵐の中にざわめく突風は、いまにも家を薙ぎ倒してしまいそうに思えました。
3人は足早に家を出て、それぞれのトイレに向かいます。
ピックは藁のトイレに。キィは木のトイレに。そしてポーはレンガのトイレに。
「おしっこ、おしっこ……っ」
ピックはパジャマの前をぎゅっと押さえながら、大急ぎで自分のおトイレに走っていきました。こんなこともあろうかと、ピックのおトイレは家から一番近い場所に作ってあるのです。夜中に怖い思いをしないようにしたためですが、一分一秒でも早くトイレに行きたくなっていたピックには幸いでした。
びゅうびゅうと吹き付ける風にバランスを崩しそうになりながら、ピックはなんとか藁のトイレに到着します。鍵をかけるのももどかしくドアを閉め、ピックはほっとしながらパンツと一緒にパジャマを脱ごうとしました。
その時です。
突然強く吹き付けた風が、藁のトイレを直撃しました。
「わ……わぁああっ!?」
吹き飛ばされそうになって、慌てて床にしがみ付くピック。けれどそんなことお構いなしに、嵐の巻き起こした暴風は藁のトイレをなぎ倒しました。
なんと、ピックがトイレに座る間もなく、藁のトイレはこなごなになって吹き飛ばされてしまったのです。
「ぁ、や、やだっ、ダメぇええっ!!」
もうすっかりオシッコをするつもりでいたピックでしたが、そのトイレがなくなってしまってはそのまましてしまうわけにも行きません。なにしろいまやトイレを囲む壁も屋根もなくなって、まるっきりお外でオシッコをするのと同じ格好なのです。
いくらピックが小さくても、女の子にそんなことができるはずもありません。
ピックはぎゅうっとパンツを引っ張り上げ、きちんとおしりも隠せていないまま大急ぎで走りだしました。
「で、でちゃう、でちゃううぅ…っ!!!」
まっすぐにピックが目指したのは、ポーの作った木のおトイレでした。
「ピック? ど、どうしましたの?」
キィは自分専用の木のトイレのドアの前にいました。あとほんの数秒でパンツを下ろしてオシッコを始めるところでしたが、血相を変えて駆けてきたピックに思わず手を止めてしまいます。
「お、お姉ちゃんっ、トイレ、おトイレ貸してっ!!」
「えぇ!? ど、どうしてですの!? ピックにはちゃんと自分のお手洗いがあるじゃありませんの!!」
「だ、だって、今、すっごい風がびゅうって吹き飛ばしちゃって……お、おトイレなくなっちゃんたんだもんっ!!」
半脱ぎのままのパジャマから、可愛いおしりを覗かせながら。足の間をぎゅうっと握り締めて足踏みをするピックの姿は、見ているだけでオシッコが我慢できなくなりそうです。
「お願い、お姉ちゃん、ボクに先に、おしっこさせてよぅ!!」
「そ、そんな……待ってくださいまし、わ、わたくしだってもう我慢できませんのに……!! ぴ、ピック、やめて!! 離しなさいなっ!!」
二人してドアノブを取りあいながら、キィとピックは言い争いをはじめてしまいます。もうほとんど余裕がなく、何分も我慢できそうにないふたりにとって、どっちが先にオシッコをするかというのは、負けてしまったほうがオモラシをしてしまうのと同じ意味なのです。
「と、とにかく――いくらピックでも、これだけは譲ってあげられませんの!!」
「やだぁ!! お姉ちゃあんっ!! い、いじわるしないでぇーーっ!!」
キィは叫びますが、ピックだってこればかりは譲れません。トイレの目の前でオモラシだなんて、絶対にあってはならないことでした。
とうとうピックは、キィのおなかをちょこんとつつき、キィが『ひあぁんっ!?』と悲鳴を上げて腰をくねらせた隙に、姉の脇を擦り抜けて木のトイレのドアを開け放ちます。
「ボ、ボクが先だよっ!!」
「ぅ、ぴ、ピック、ずるいですわよっ!?」
「お、オシッコ……でちゃうぅ!!」
今にも漏れそうなオシッコを抱えてトイレに駆け込んだピックでしたが、そこには予想外の光景が広がっていました。
「え……?」
ドアも閉めず、トイレの中で呆然と立ち尽くすピックに、キィは声をかけます。
「ピック……? ど、どうしましたの?」
「な、なにこれ、お姉ちゃん……ここ、どうやってオシッコするの!?」
「どうやってって……そっ、そんなの、しゃがんで……するに決まっているじゃありませんの!! も、もう、いいですから早く済ませてくださいまし!!」
「そんな……そんなの、できないよぅ!! ボ、ボク、しゃがんでオシッコなんてできないっ!!」
「え、えええ!?」
これにはキィも驚きます。
なんと、キィの作った木のトイレの構造は、ピックの作った藁のトイレとは全然違っていたのです。産まれてから、トイレといえば座ってオシッコをするところだと思い込んでいたピックは、キィが図書館で本を調べて作った、しゃがんでオシッコを済ますトイレのことを知らなかったのでした。
「キィお姉ちゃん……っ……や、やだ、出ちゃう、ボク、おしっこ出ちゃう!! ど、どうしよう……っ」
「どうって……そんなの、わたくしに言われても困りますわよっ……!! は、早く代わってくださいまし!!」
ピックがオシッコをしないとわかって、キィもたまらずに木のトイレの中に駆け込みました。おろおろするばかりのピックを脇に、キィはトイレをまたいでしゃがみ込み、オシッコの準備を始めます。
その瞬間、また、あのごうごうというすごい風がやってきます。
「きゃぁああああ?!」
叩き付けるように吹き付けた風は、開けっぱなしのドアの中から一気にトイレの中を吹き抜けてゆきます。
突風の後には、キィの木のトイレも影も形もなく、すっかり吹き飛ばされていました。
「い、いやぁあああああっ!!!?」
おしりをまる出しにしたキィが、いままさにオシッコをせんばかりの姿のまま凍りつき、悲鳴を上げました。
「ふぅ……間に合ったか……」
家から一番遠いところにあるレンガのトイレで、ポーはひとりこっそりと溜息をつきます。一番のお姉さんであるポーは、年頃の女の子として、トイレに行くことも恥ずかしくてたまらないのでした。そのため、できるだけトイレを遠い場所に作り、トイレを使っているのに気付かれないような工夫をしていたのです。
自分がトイレを使うことすら恥ずかしいと思うポーには、ためらいなくトイレのことを口にできるキィやピックが、うらやましくもあり、少しはしたなくも思えるのでした。
「……さて」
ポーが厳重にかけた南京錠を、胸に下げた鍵で開けていた時でした。
「お、姉ちゃんッ……!!」
「お姉さまぁ……!!」
一目散に駆けてくる妹達に、ポーはなにごとかと目を見開きました。
「な、なんだ?! どうした、二人とも!?」
「ぅぅ……」
「はぅ…っくぅ」
ポーの質問に答えることもできず、ピックとキィは閉じ合わせた足の間にぎゅうぎゅうと両手を押しこんで、足の間を握り締めています。あまりにあけすけなオシッコ我慢のしぐさに、ポーは顔が赤くなるのを感じてしまいます。
「お、お……おトイレ…ぇ」
「が、我慢できませんのっ……お姉さま、お願い、さ、先に、わたくしに、お手洗いを使わせてくださいまし……!!」
「ず、ずるいよお姉ちゃん、ボクが先……っ!!」
先を争ってトイレをねだる二人に、ただ事ではないことを悟ったポーでしたが、ポーだっていままさに決死の我慢のまっただなかです。
「ちょ、ちょっと待て、ふたりとも、自分のトイレは……うわぁッ!?」
聞き返そうとした瞬間、ポーは飛びついてきた二人の妹に押し倒されてしまいます。オモラシの惨劇を避けるため、厳重なドアの向こう、レンガの壁の奥にあるオシッコのための場所に入ろうと、二人はまさに必死なのでした。
「お姉さま……ぁ!!」
「だ、ダメ、オシッコ……漏れちゃうっ!!」
「ま、待て!! このトイレは一人用だ!! い、一緒に入るのは無理だぞ!? ふたりとも、わがままを言うんじゃないっ!!」
「ダメ……入れてぇ……」
「ボ、ボク、もう、げんかいっ……」
「わああああっ!?」
キィとピックは二人がかりでドアを無理やりこじあけると、ポーがまさに使おうとしていたトイレに押し入ります。ポーも黙ってはいられません。ひとつしかないトイレを真っ先に使おうと、3人はもつれ合いながらパジャマを脱ごうとしました。
「出、ちゃうう……!! お、ねえちゃ、ボ、ボク、一番最初だよっ!! 」
「わたくしが、さ、先ですわよっ!! ピック、あなた、つい最近までオモラシしてたじゃありませんのっ……、も、もう一回くらい、別にいいでしょうにッ!?」
「や、やだぁ!! ボクもうオモラシしないもんっ!! お、お姉ちゃんこそ……が、我慢すればいいんだよぅ!!」
「うぁ……だ、ダメだ、ふ、ふたりとも、離してくれッ!!」
「お、お姉さま!! そうですわ、お姉さまが、い、いちばんお姉さんなんですから、わたくしたちに譲ってくださいませんの!?」
「そ、そんな、無茶を言うな!? こ、ここは私のトイレだぞッ!? あ、ま、待て、ど、どこを触って…ッ!!」
「ボ、ボクもうガマンできないっ、出ちゃう、出ちゃうよぉ!!」
「…うくぅ…っ!! ピック、待ちなさい!! ……いちばん、が、ガマンしてるの、わたくしですのにぃッ……!!」
「そ、それは私だって同じだッ!!」
「ボ、ボクだってぇ……!!」
やっぱり、3人の一番は決まりません。
けれど、どれだけ仲良しの3人姉妹でも、そこは一人用のトイレです。3人が一緒にオシッコできるようには、もちろんなっていませんでした。
「う、うううぅ……っ」
「ひっく……ひっく……」
「うわぁーーんっ……」
頑丈なレンガの壁に囲まれて、とうとう嵐の中でもレンガのトイレは無事でした。
けれど、朝になって3人が泣きながらトイレから出てきた時には、姉妹のパジャマは3人とも揃って見るも無残にぐっしょり濡れてしまっていました。
「わた、私、がっ、……い、一番……お姉さんなのに……オモラシなんて……」
「も、もう……お嫁に、いけませんわよぉ……っ バカ、お姉さまのバカぁ……」
「ボ、ボク、もうオモラシなんか卒業したのに……うわぁーーーんっ!!」
ぴかぴかなままのレンガのトイレと、それとは対照的に水浸しの床。そしていつまでも泣き止まずにいる3人を、ゆっくりと嵐の後の朝日が出迎えてくれるのでした。
――めでたし、めでたし。
(初出:おもらし特区 SS図書館 2008/1/24)
第7夜 三匹のこぶた
