「つまり、被告――北条ユキさんは、藤宮邸の来賓室の中に敷かれた絨毯が時価数億円にものぼる高価な品であることを知りながら、下着を下ろし排泄行為に及ぼうとしたもので、これは明らかに屋敷の所有者である藤宮健之助氏の所有する財産を損壊せしめる意図があったことは明白であります。例え未遂とは言え中学2年生という年齢はこれらの行為がいかなる結果をもたらすものかを判断するには十分であり、邸内に4ヶ所ものトイレがあるにも関わらず子のような行為に及んだことに酌量の余地はないものと考えられます」
「異議あり!! 検察官、当日、北条ユキさんは藤宮氏の自宅を訪問していたとおっしゃいましたね。そこでこちらの記録を見ていただきたい。藤宮邸の管理は管理人・鈴代氏に任されており、規則正しい巡回と施錠の確認を行なっています。
先程申し上げました通り、当日、急な訪問であった北条さんの来訪は使用人の栄氏によって直接藤宮氏に取り次がれており、鈴代氏は北条さんの来訪を知らなかった。このことは証言からも明らかです。
そのため――この通り、北条さんが来賓室に通されてから5分後に、鈴代氏は外から確認を行ない、来賓室が空室であると勘違いし施錠をしてしまった。中に北条さんが取り残されているにもかかわらず、です。
当時、北条さんはかなり強い尿意を感じていました。そこからさらに発見までの3時間を来賓室で過ごさなければならなかったのです。トイレもない部屋で長時間の我慢を強いられた北条さんが、ついに辛抱しきれずに排泄行為に及んだとしても何ら不思議はありません」
「なるほど。弁護人の言うことももっともです。一見そう聞こえますね。
……しかしこちらをご覧ください。来賓室にはこのように、花瓶、灰皿、植木鉢、最低でも3つの容器――排泄を行なうに値する容器がありました。北条さんは以前にも何度も藤宮邸を訪れ、この来賓室に敷かれている絨毯が大変高価なものであることを知っています。それを汚してしまうことを回避する手段は残されていました。にも関わらずそれを放棄したのは、やはり何らかの意図があったことを考えざるを得ません。思春期の少女にとって、床を汚すことは大変な恥辱です。ならばこのような容器を用い排泄した液体を隠そうとするのは至極当然の発想ではありませんか? それなのに被告はそのための努力を怠った!! これは間違いなく藤宮氏の財産を傷付ける目的があったことの証左に他ならない!!」
「ふむ。では実際に検証してみましょう。こちらに当日藤宮邸の来賓室にあった三つの容器、それと同じものを用意いたしました。いずれも事前に計量を終えています。結果、この通り――灰皿の容量は450cc、花瓶の容量は740cc、そして植木鉢に注がれた水が保水力の限界に達するのは約400ccを越えた時点でした。
確かにこれならば検察官の主張も一見正しいように思えます。しかし、当時の北条さんが我慢していた量が、これよりも遥かに多かったとしたら?」
「異議あり。それこそ詭弁です! 平均的な13歳の少女の膀胱容量が400ccを上回る事はありえない!!」
「それはあくまで一般論です。水分を摂取し、限界まで我慢して頂いた時の北条さんの膀胱の容量は、700ccを越えるのです。こちらに市内の病院による検尿結果の診断書もあります。……検察官はご存知ないようですが、このような現象は貴婦人の膀胱と呼ばれるものでしてね。中世の婦人は慎みと嗜みのため、排泄を行なわないことこそが美徳とされていた。それゆえに日常的に我慢を強いられた女性に見られるものです。
先ほど検察官もおっしゃいましたね。北条さんは極めて羞恥身の強い方です。日常的に排泄を控えていたとしても何の不思議もない!! そして日常的ゆえ、北条さんはそれを自分の身体のしくみとしてはっきりと知っていた!! ならばこれら三つの容器では排泄した尿が全て納まりきらないことも容易に想像が付いたのです!!」
「弁護人!! だが、花瓶はそれよりも多いとさっきの証拠の検分にありましたね!! そう、740cc。これならば被告は十分に排泄した尿を納めることが可能のはずだ!! ならば被告にはその意思がなかったことを自ら認めています!!」
「ええ。ですが、ようくお考えください。花瓶は空で使うものですか? 違います。切花を飾るためのものです。そして当時、藤宮邸の来賓室の花瓶には、花が活けてありました。当然、花瓶には花が枯れないだけの水が満たされ、花瓶の実質的な容量は400ccよりも遥かに少ない。つまり、来賓室には北条さんが完全に排泄をし終えるだけの容器はどこにも存在していなかったのです!!」
「待ってください!! それならば二つの容器を使えばいい!! それならば被告は最後まで排泄をすることが可能だったはず!!」
「検察官は少女の排泄の仕組みをご存知ないようです。成人男性のそれと違い、思春期の少女の括約筋は非常に繊細で、か細い。彼女たちの排泄は一度始まってしまえば途中で中断する事は不可能に近いのです。半分を灰皿に済まし、即座にもうひとつの容器に残りを排泄する――言葉にすれば単純ですが、尿意の限界で切羽詰った少女に、それをせよというのは保護法の観点上からも酷な話ではありませんか?
以上より、弁護側は北条さんが藤宮邸で排泄行為に及ぼうとしてしまった事は決して害意によるものではなく、もはや最後の限界だった尿意にせかされての緊急避難的措置だったものと主張します」
「異議あり!! それは未必の故意だ!! 被告が来賓室の調度品の価値を知っていたことは事実です!! それなのに邸内で排泄行為に及ぼうとしたこと自体が、十分に悪意をもったものです!!」
「異議あり。弁護側は、北条さんが決して最終的な排泄行為を目的としていなかったことを主張します。あれは擬似的な排泄行為を真似ることで、少しでも尿意を和らげることを目的としたものだったのです」
「馬鹿な、でたらめにも程がある!! 弁護側はありもしない仮定を元に弁護を行なっています!! いや、百歩譲ってそんな仮定が成り立ったとしても、ならば下着をおろす必要がない!!」
「軽い失禁状態などで、下着に被害があった場合は? 限界に近い尿意を感じていながら、その上濡れた下着を身に付けたままではさらに下半身を冷やし、尿意を加速させるであろうことは明らかです。なによりも、発見当時北条さんは排泄行為そのものには及んでいなかった!!」
「異議あり! 弁護側は明らかに不当な事実をもって被告を弁護しようとしています!! 不確定な事実をもって論ずることは意味がなく、まさしく机上の空論です!! だいたい、少女である被告の膀胱容量がそのような膨大なものであるはずがない!!」
「ふむ。それではここで改めて検証のお時間を頂いてもよろしいでしょうか?
先ほどから被告に落ち付きがないのは法廷内の皆様もお気づきのことと思います。そう。いま被告の北条ユカさんには限界まで水分を摂取し12時間排泄を控えていただいております。ここで実際に計測していただきましょう!!」
(初出:書き下ろし 2008/02/17)
裁判風味な。
