永久我慢の狂想曲 CASE:浅川静菜2

 それまでの生活に比べれば、学校という場所で少女が拘束されている時間はあまりにも長い。当然ながら、静菜は尿意の限界を覚え、学校のトイレを使わざるを得なかった。祖母の教えはそれを否定していたが、生理現象まではどうしようもない。
 しかし、できなかった。
 どれだけ、頭の中で家のトイレも外のトイレもまるきり同じなのだと理解しても。どれだけ自分に言い聞かせてみても、いざ学校のトイレに入りスカートをたくし上げ下着を下ろし、個室の鍵を閉める頃には静菜のオシッコはぴたりと止まってしまうのだった。
 もちろんそれは、尿意までもが綺麗さっぱり消えてしまうわけではない。オシッコがおなかの中で暴れているむず痒い感覚はまるで衰えることなく続いている。しかしその一方で、静菜がいくらおなかに力を入れても、オシッコはまるで出てこようとしないのだった。
 むしろ、せっかく排泄のための場所に足を運んだというのに、尿意はますます高まるばかり。運が良ければ(つまり、どうしても我慢できないほどに切羽詰っていれば)ほんの少し、ちょろちょろとおしりを熱い雫が伝うくらいのことはあったが、それはかえって下着やスカートを汚してしまう結果になり、静菜はうまくオシッコを済ませることができない自分をますます嫌悪した。
 そんな生活はずっと続いた。進級し、後輩を持つようになって、少女の気持ちだけが焦ってゆく。緊張した肉体と自律神経はますます排泄を促し、一日に何度も何度も尿意を募らせる。そんな悪循環が続いた。
 だが、もうその頃には、何度試しても、静菜は学校のトイレを使うことができなくなっていた。どんなに切羽詰っていても、家以外のトイレではオシッコを出す事はできず、むしろオシッコをしようとすればするほど尿意は激しいものとなり、その一方で実際には一滴も絞りだすことができない。地獄のような苦しみだった。
 やがてそれは、学校以外の場所でも同じになってゆく。
 もし、静菜の家が学校から走って5分、という奇跡的な立地条件がなければ、静菜は何度もオモラシを経験していただろう。
 だが、昼休みや20分休みを利用して家を往復し、共働きで留守の家のトイレでオシッコを済ますことで、静菜はなんとかその危機を免れた。
 オシッコをするためだけに家に帰る。
 学校のトイレではオシッコもできない。
 しかし、静菜は両親にはそのことを話そうとはしなかった。祖母はすでに家にいなかったが、自分がきちんとオシッコができないことを大人に訴えるのは、自分がちゃんとした女の子ではないことを認めるのと同じだったからだ。
 誰にも言えない秘密をたったひとりで抱えながら、静菜は耐え続けた。そしていつしか、静菜は学校で過ごす時間、どうにか一度もオシッコをしないでも過ごせるようになっていた。当時の静菜の幼さを思えば、それは驚異的な出来事である。必須とも言うべき長い長いオシッコ我慢の繰り返しが、もともと素質のあった静菜の『我慢の才能』を開花させたのだ。
 とは言え、学校で過ごす時間は次第に長くなり、不意なアクシデントにも事欠かない。次第に険しくなる学校での長時間の我慢行を乗りきるため、静菜は学校のトイレを使って『おトイレ』をするようになっていた。
 静菜にとってオシッコをすることができる場所=本当の意味でのトイレとは、唯一無二の家のトイレだけを指す言葉である。つまり、それ以外のトイレで、静菜がすることはひとつ。限界に近い尿意をなだめ、どうにかして押さえこむための我慢だ。『おトイレ』とは、どうしても我慢できなくなった時にオシッコを我慢するための設備であり、そんな時にする我慢を示す行為だった。
 幸いなことに、周囲の視線からも遮られ、少々大袈裟な身じろぎをしてもさして不審に思われない個室の中は、人目を気にせず我慢をするのにおあつらえ向きだったのだ。
 これは思わぬ副次効果ももたらした。
 多感な時代の少女、まして連帯感の強い、学校という社会の女の子のコミュニティにおいて、休み時間にみんなが席を立つ中で一人だけトイレに行かない、ということがどれほど不自然なのかは考えずとも分かる。
 みんなと同じように学校のトイレに連れ立ち、そこで『おトイレ』をすることで、静菜はクラスメイトからも自分の秘密を隠せるようになったのだった。
 そして静菜は、長い間自分を苦しめていた排泄に関する悩みから解放されたのだ。
 他の女の子なら普通にできるはずの『お外のトイレでオシッコをする』という、当然のしつけ――オシッコの後始末が、やっとできるようになったのだ。
 それはあまりに歪んだ代償行為ではあったが、静菜は長年苦しめられていた重荷から解き放たれ、やっと普通の女の子と変わらない生活を送れるようになった。
 やがて静菜は上の学校へと上がる。入学当初は祖母の厳格すぎた教えが原因でクラスメイトともすれ違うことが多かった静菜だが、やがて友達ができて人並みにお洒落にも興味を持つようになった。
 しかし、お気に入りのジーンズに買ったばかりの革のブーツを履いて、仲の良い親友達と日曜日のお出掛けをするようになっても、静菜の心に深く刻まれたトイレのしつけの教えだけは変わらなかったのだった。
 だが、もはや静菜には些細な問題だ。その頃には静菜は家のトイレでしかオシッコを済ませることができなくても、外のトイレで『おトイレ』さえ欠かさなければ問題なく毎日を送れるようになっていたのだから。
 そう。
 この日、までは。
(んっ……そろそろ、行かなきゃ……)
 軽く便座の上に腰を浮かし、静菜は尿意を確かめるように中腰になる。
 まだじんわりと恥骨に響く感覚は残っているが、十分すぎるくらい『おトイレ』をし終えたせいで、すっかり緊張の解けた下腹部はだいぶ余裕を取り戻していた。ちりちりと続くわずかな尿意も、激しい動きをしなければそれほど辛くはない。
 静菜はそれほどたっぷりと『おトイレ』をしたのだ。
(すごかったなぁ……あんなにいっぱい『おトイレ』しちゃうなんて……)
 遠慮なく前押さえができたおかげで、とうとう最後かと思われるまでに追い詰められた末期的な怒涛の尿意も無事に乗り越えることができた。安定期に入った尿意は、おとなしく膀胱の中にとどまり、ぱんぱんに詰まったオシッコも圧迫感を与える程度まで落ちつきを回復している。
 これでまた、しばらくは大丈夫だろう。
(もうちょっと、『おトイレ』してたいけど……あんまり長いのも心配させちゃうし)
 『おトイレ』を終え、静菜はおさまった尿意を不用意に刺激しないようにゆっくりと身づくろいを始める。
 息を吸っておなかをぐっと引っ込めながら、窮屈になったジーンズのボタンを一つずつはめ直し、ベルトをぐっ、ぐっと力いっぱい引き上げながら止めてゆく。
「んぁっ……う、うぅっ、……はぅ…っ!!」
 一度緩めてしまったおなかの中で、膀胱はその中に詰まったオシッコの重みで重力に引かれて、ふっくらと前に迫り出している。マッサージでやわらかくほぐれたとは言え、それを再びベルトでぎゅうぎゅうと締め付けるのだ。何も感じずにいるほうがおかしい。
 家以外のトイレでオシッコが禁じられている静菜にとって、こうして『おトイレ』の中で過ごす時間はわずかでも人目を気にせずに我慢できる貴重な時間だった。しかも、尿意こそ和らいではいるがおなかの中にたまったオシッコは一滴も減っていない。
 ごくゆっくりとではあるが、再びじわじわとその勢力を増し始める気配を見せる尿意に、どうしても後ろ髪を引かれてしまうが仕方がない。
 しかし、今日は外に友達を待たせている。いつまでも『おトイレ』に入り浸っている訳にはいかなかった。
(……よしっ)
 ぐっと気合いを入れると形だけ水を流し、普通にオシッコを済ませた女の子と何も変わらない風を装って、静菜は何食わぬ顔で洗面台に向かった。きちんと両手を洗い、鏡に映った自分を眺めてどこかおかしい場所はないかを入念にチェックする。
 『おトイレ』に入る前に覗いていたオシッコの気配を全て消し去ったことを確認すると、静菜はにこにこと笑いながらトイレを出た。
「遅いー、もう待ちくたびれたよー」
「ごめーん、ちょっと混んでたから……」
 口を尖らせる友達の一人に照れ笑いを返し、静菜は友人達の座るボックス席の開いているスペースに腰を下ろした。
 果たして、彼女達に……いや、店内にいる客、店員に至るまでの全ての人間の誰が、もうまるで余裕のないままトイレに駆け込んだ少女が、一滴もオシッコを出さないままに戻ってきた事を想像できただろうか。
 それほどに、静菜の我慢は完璧なものであった。厳しい祖母の躾と、それを厳格に守ろうとした努力のためか、オシッコを我慢する才能において、静菜は人並みはずれたものを得るまでになっていたのだった。
 まさに鋼鉄の排泄器官。
 ……いや、ここまで完璧に尿意を押さえ込めるのであれば、静菜の膀胱はもはやオシッコを排泄するための器官ではなく、オシッコを我慢するための器官と呼んでも過言ではない。普通の女の子と比べる方がおかしいくらいなのだ。
「ね、次どうする? デザートでも食べにいこうか?」
「……あんたまだ食べる気なの?」
「えー、いいじゃん。この前さ、すっごいおいしいジェラート屋さん見つけたんだ」
 楽しげにお喋りに興じる友人達を前に、静菜は目の前に用意されたアイスティのグラスを手に取る。
 さっき友人たちが用意してくれたおかわりだ。きんきんに冷えた利尿効果のある紅茶をなみなみと満たすグラスに、静菜は躊躇なく口をつけた。無論、『おトイレ』を済ませたばかりであるはずの静菜がここでためらうわけがない。
 たとえアイスティーの利尿効果が同じだけの水に比べて数倍から数十倍に匹敵するとしても、その点においても彼女の我慢は完璧なのだった。
「んっ、んっ、んくっ……」
 一息でアイスティを飲み干し、空になったグラスをテーブルに戻す。摂取した水分は着実に少女の身体に吸収され、やがては尿意の素になって膀胱に集まってゆくだろう。
 再会されたお喋りに忌憚なく参加した静菜は、午後の予定がデザートのジェラート屋台の食べ比べに決定するまでのおよそ40分でさらにもう2杯、ガムシロップを多めに入れたアイスコーヒーとアイスティのグラスを空にして。
 2時を少し過ぎた頃、静菜は、またも高まってきた尿意を悟られぬよう平然を装いながら、友人達と一緒に店を出た。

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