第8夜 ジェニーと豆の木

 昔々、あるところにジェニーという女の子がいました。
 ジェニーは両親の顔を知りません。ふたりともジェニーが産まれてすぐに死んでしまったのです。お父さんとお母さんの代わりに、親戚の夫婦がジェニーを引きとって育ててくれていたのですが、この夫婦はたいそうイジワルで、ジェニーをまるで牛か馬のように朝から晩まで働かせるのでした。
 とくにおばさんは、ジェニーが少しでも失敗をすると何時間も怒って、さらにたくさんの用事を言いつけるのです。
「何してるんだいジェニー!! またテーブルが汚れてるじゃないかい!! 庭の掃除もしてないのかい!? まったくどうしようもなく不器用な子だね!!」
 毎日毎日用事ばかりを押しつけられて、ジェニーは夜遅くまで働かされ、すっかりくたびれ果てて屋根裏部屋で粗末な藁のベッドに眠るのでした。
「……こんな生活もうこりごりよ! ぜったいに逃げ出してやるんだから!」
 けれど、そうやって決心してもジェニーはまだほんの小さな子供で、一人で暮らしていけるわけがありません。おばさんはそれを知っていて、ジェニーにわざと意地悪をするのです。
「なにやってるんだいジェニー、さっさと朝ご飯を作るんだよ!! それが終わったら掃除に洗濯、裏の畑に小麦を撒くのも忘れるんじゃないよ!!」
 ジェニーは今日も、おばさんに怒鳴られて家を出ました。
 おしつけられた山のような洗濯物を抱えて、家の近くの川で洗濯をはじめました。これが終われば裏の畑を耕して麦を植え、それが終わったら家と納屋の掃除をして、隣村までお使いにいって塩を買い、その後でロバに餌をやらなければいけません。
「ああもう……こんな毎日、もうイヤ……」
 まだ半分も洗濯物が終わらないうちに、すっかりくたくたになって、ジェニーはとうとうごろんと仰向けになりました。
「こんなの夜までかかっても終わらないわ……それなのに、麦に掃除にお使いにロバの世話なんて……無理に決まってるじゃない……」
 サボっていたことが分かればおばさんはまたものすごい勢いで怒るでしょう。けれどもうジェニーにはそんなこともすっかりどうでもよくなっていました。毎日毎日働きづめで、すっかりくたくたなのです。
「誰でもいいわ、ここから逃がしてくれたら、なんだってしてあげるのに……」
 ジェニーがそうつぶやいた時でした。
「なに? それは本当かね、お嬢さん。ぬっふっふっふっふ」
 いきなり、ジェニーの目の前に妙な笑い声の男が現れたのです。男は背中に大きな荷物を背負っていました。
「あなた、誰?」
「ぬっふっふっふっふ。私は旅の商人だよ。怪しいものではない」
「とっても怪しいわ」
「ぬっふっふっふっふ。そんなことはないさ。それよりもお嬢さん、今の言葉は本当かね?」
 身体を起こして呆れるジェニーには構わず、商人はふところをごそごそと漁ると、そこから小さな袋を取りだしました。
「もし、なんでもしてくれるというなら、君にこれを売ってあげよう。ぬっふっふっふっふ」
「なによ、これ?」
 商人はジェニーの手のひらの上に、袋の中身をあけます。
 それは金色をしたぴかぴか光る豆でした。
「ぬっふっふっふっふ。良くぞ聞いてくれたね。……これは魔法の豆だよ、お嬢さん。こいつはね、育てればたちまち大きな大きな豆の木になって、空の上までゆけるようになるのだ」
 なんともうさんくさい説明でした。けれど、お空の上まで行ける、という言葉にジェニーはがばっと飛びつきます。
「ホント!?」
「ぬっふっふっふっふ。本当だとも。私はウソは付かない。その代わりお嬢さんには、空の上でやって欲しいことがあるのだよ」
「なんでもするわ!! お願い、売ってちょうだい!! あの家から逃げ出せるならどんなことだってマシよ!!」
 さて、商人はジェニーに、豆の育て方や、空の上にある巨人の館の話や、そこにある宝物のことや、その中にある魔法の指輪を持ってきて欲しいということを説明したのですが……おばさんの家から逃げ出せるということにすっかり舞い上がってしまっていたジェニーは、逃げ出した後にはじまるばら色の未来を想像するのに一生懸命。そんなことはまるで上の空で、商人の説明は右の耳から左の耳へと抜けていってしまったのでした。
「……と、いうわけだ。分かったかね? ぬっふっふっふっふ」
「え? あ、ええと、うん、もちろんよっ!!」
「……なあ、本当に分かっておるのか? なんだか私、激しく心配なのだが」
「何言ってるの、まかせてちょうだい!! はい、じゃあこれ買ったわね!! やったぁ!! やったわよーっ!!」
 ジェニーは魔法の豆をばっと商人から奪い取ると、お使いのお金を残らず押しつけて立ちあがりました。
「……なあ、お嬢さん? 本当かね? 本当に分かっておるのかね? 私もこれでいろいろとその豆を買うのに苦労しておってだな?」
「うるさいわねおじさん。私、もう行くわね。さっそく植えてみなくちゃ!! じゃあねっ」
「あ、なあ、ちょっと待ってくれ!? おい、お嬢さんっ?!」
 うさんくさい商人も、途中の洗濯物もそっちのけで、ジェニーは大急ぎでおばさんの家に走ってゆきます。おいてきぼりにされた商人は、ジェニーに豆を売ってしまったことをなんだかとっても後悔しましたが、もうあとの祭りでした。
 さっそく家に帰ったジェニーは、納屋から鍬を持ちだして裏の畑をせっせと耕し、植えるはずだった小麦をそっちのけで、そこに大切に大切に宝物の豆を植えました。
「さあ、行くわよ!!」
 ドキドキする胸を押さえ、ジェニーは慎重に地面をならして、ジョウロで水をまきます。
 商人の話では、さっそく豆の木は芽を出して大きく大きくなるはずでした。
「…………あれ?」
 けれど、いつまで待っても芽が出てくる気配はありません。しばらく眺めていたジェニーは、おそるおそる豆を植えた場所に近寄り、覗き込みます。
 地面はぴくりともしませんでした。
「お水が足りなかったのかしら?」
 おかしいな、とジェニ-はもう一度ジョウロにたっぷり水を汲んで、畑に撒きました。けれど、やっぱり豆は芽を出すどころかぴくりとも動きません。
「どういうこと?」
 ジェニーがむぅ、と首を傾げた時でした。
「おや、どうしたんだいジェニー。なんでこんな所にいるんだい?」
 運の悪いことに、おばさんが裏の畑にやってきたのです。おばさんは、とても夜までに終えることができない量の洗濯物をおしつけたジェニーが、もう畑にいるのを見て驚きました。
 そして、水浸しになった畑を見て大きな声を上げます。
「ちょっと、なんだいなんだい!! 畑がめちゃくちゃじゃないか!! ジェニー!! これは一体どういうことだい!? あんたがやったんだね!?」
 ぎろりと睨まれて、ジェニーは思わずその場に立ち尽くしてしまいました。
「それに、洗濯はどうしたんだい!? まさかほっぽってきたんじゃないだろうね!?」
「え、ええと……」
 ジェニーは魔法の豆のことに夢中になって、おばさんの用事をすっかり忘れていたことに気付きます。いまさらのようにもごもごと言い訳をするジェニーですが、この意地悪なおばさんを相手に上手くごまかせるわけがありません。
 おばさんは怒り、ジェニーに怒鳴りつけます。
「じゃあお使いもまだかい!! ……まだなんだね!? じゃあお金はどうしたんだい!! ……ジェニ-、まさか使っちまったんじゃないだろうね!!」
「……ご、ごめんなさい……」
 ジェニーは観念して、旅の商人から魔法の豆を買ったことを話しました。さすがに、この家から逃げ出そうとしていたことまでは秘密にしておきます。
 けれどジェニーが謝っても、おばさんの怒りはおさまりません。それはそうです。おばさんはジェニーに無茶なことを言いつける意地悪をして当り散らすのが目的なのですから、ジェニーを許すはずがないのでした。
「ふざけないどくれ!! こんなくだらないものにお金を使っちまったのかい!! どうしようもないね!? ほんとうにダメな子だよ、あんたは!! 
「え、ええっと、それは……」
 さしものジェニーも、こうやって怒り出したおばさんにだけは言い返すことができません。
「ジェニー! そんなくだらないものはとっととを引っこ抜きな!! 言いつけ通りちゃんと麦を植えるんだよ!!」
「だ、ダメよおばさん!! せっかく植えた魔法の豆の木なのに!!」
「ええい、なんだいなんだい、あたしの言うことに逆らうのかい!! 誰が養ってやってるのかも忘れたのかい!! 聞き分けのない子だね!! じゃあいいさ、罰として今日の夕飯は抜きだよ!! 家にも入れてあげないからね、今日は表で寝な!!」
「そ、そんな、ひどいわ!!」
「ふん、反省するんだね!! それとちゃんと用事は全部済ますんだよ!!」
 ついつい魔法の豆の木をかばってしまったため、おばさんの大目玉が炸裂です。ジェニーはとうとう家から追い出されてしまいました。
 そうして、なんとかジェニーがまるまる一日をかけて用事を終え、戻ってきた頃には外は真っ暗でした。秋もすっかり深まり、ぴゅうぴゅう吹きつける冷たい風に、毛布の一枚もないジェニーはぶるるっと身体を震わせます。
 ジェニーは恐る恐る、家の扉を叩きました。
「お、おばさん……ただいま……」
「ふん、戻って来たのかい。用事は全部終わったんだろうね」
「う、うん……」
 すっかりくたくたのジェニーですが、家の扉にはしっかりかんぬきがかかり、おばさんはまるっきり冷たくジェニーをあしらいます。
「おばさん、お願い……おうちに入れて……今日、とっても寒いのよ?」
「ダメだね。言っただろう、今日は一晩表で反省するんだよ、ジェニー!!」
「そ、そんな……っ」
 こうやって他に頼るものもなく、すがり付くジェニーを見て、意地悪なおばさんはいやらしく笑うのです。今日のおばさんはひときわ頑固で、ジェニーをなんとしても家には入れないつもりのようでした。
「お、おばさん……おねがい、勘弁して……」
「ダメだよ、反省しな。あんたみたいなダメな子はいっぺん思い知らなきゃいけないのさ」
「で、でもぉ……」
 冷たい風の寒さに身体をよじり、ジェニーはなおも食い下がります。
 大嫌いなおばさんに頭を下げてでも、ジェニーにはそうしなければならない理由がありました。
 剥き出しの膝小僧をぎゅっと寄せ、スカートの前をぎゅぅっと握り。せわしなく小刻みに震える内腿。
「おばさん、お願い、……お手洗い…だけでもいいから……使わせてぇっ」
 そう。
 だってトイレは、家の中にしかありません。お日様の出ているあいだから、日が暮れてもなおずっと外で仕事をしていたジェニーには、一度もトイレを済ませる時間なんてなかったのです。
「……も、もう、我慢できないの……おしっこ……っ」
 だから、ジェニーのおなかのなかでは、一日じゅう我慢し続けたおしっこがちゃぽちゃぽと揺れているのです。これから外はどんどん寒くなってゆきます。そうなればもっともっとおしっこがしたくなって、とても一晩中なんて我慢がもつはずもありません。
 それなのに、おばさんはまったく取り合ってはくれませんでした。
「なんだい……、そんなことでわぁわぁ騒いでるのかいこの子は!? ふん、ちゃっちゃと表で済ませてきな」
「そっ、そんなぁ!! ……信じられないわ!! だ、だってわたし、女の子なのにっ!! 誰が見てるのかも分からないのに、お外で、おトイレ……おしっこなんかできないわよ!!」
 ジェニーだって年頃の女の子です。女の子がお外でおしっこをするなんてとんでもないことなのです。洗濯の時は河原で。お使いのときは森の木陰で。裏の畑では茂みの奥で。納屋の掃除のときはロバのおしっこを見せつけられながら。
 なんどもなんどもおしっこの誘惑を断ちきって、漏らしてしまいそうになりながら、やっとここまで我慢したのに。おばさんはまるでジェニーのことなんか考えてはくれないのでした。
「うるさいねぇ!! あんたみたいなちんちくりんなんて誰も覗きゃしないよ!! おもてでしちまいな!! ……いいかい、とにかく今夜は家にゃ入れないよ!! わかったね!!」
「嫌よ!! お、お外でなんて……せっかく、ずっとずっと我慢したのにぃっ!! 、で、でちゃう、おしっこ出ちゃうのっ!! おねがい!! おばさん、お願いよぉっ!!」
 がたがたと扉を揺さぶり、叩くジェニーですが、かんぬきはがっちりと扉を固定していて、ジェニーがいくら頑張ってもびくともしません。しまいには内側からおばさんに『うるさいよ静かにおしっ!!』と怒鳴られ、ジェニーは途方にくれてしまいました。
 あたりはすっかり真っ暗で、ジェニーは薄着のワンピース一枚です。
 寒さは容赦なく、いっそう厳しくなってきます。吹きつける冷たい風に、脚の付け根がきゅうんっ、と疼き、ジェニーは縮みあがって『ぁんっ』とスカートの前を押さえてしまいます。ぞくぞくと肩が震えるのは、寒いからだけではありません。
「ふぁあんっ……」
 背中を昇ってゆくむず痒さに、思わず腰をはしたなくくねくねとよじってしまいます。
 ジェニーの我慢はとっくに限界でした。なにしろもうまる一日、おしっこをしていないのです。ジェニーのおなかの中の秘密のカップには、もう縁ギリギリまでおしっこが注がれています。
 もしおばさんの言う通り、物陰でおしっこを済ませてしまえれば、どんなに気持ちいいことでしょう。
「だ、だめ……おトイレでなきゃ、嫌なの…っ」
 それでも、ジェニーはくじけるわけにはいきませんでした。たとえどんなに意地悪をされても、女の子として譲れない一線があるのです。ジェニーはぎゅっとスカートの前を両手で押さえながら、真っ赤になって周りを見まわします。
 けれど、家のお外にトイレなんかあるわけがないのです。トイレがなければ、ジェニーはおしっこができません。
 しんしんと冷えこむ外は寒く、とてもじゃないけれど一晩中、家の外で過ごすのは我慢できそうにありません。こくり、とからからの喉に唾を飲みこんで、ジェニーはふらふらと歩き出しました。
「……あとちょっとよ、納屋までいけば……」
 せめてこの冷たい風をちょっとでもしのげれば、なんとか我慢を続けられるかもしれません。そうやってくじけそうになる自分の心を励ましながら、ジェニーは少しずつ歩いてゆきます。
 けれど、もういくらなんでも限界でした。
「あ、あああ、だめ、だめぇ……」
 納屋までの道のりの途中、近道をしようとした畑のあぜ道の真ん中で、とうとうジェニーはしゃがみ込んだまま動けなくなってしまいました。
「で、ちゃぅ……ぅ!!」
 畑の真ん中、遮るもののない場所で、ジェニーの身体は自然の欲求に従って溜まりに溜まった水分を絞り出そうとします。なんとか我慢しようと思うのですが、ジェニーの身体はもう言うことを聞いてくれません。せめて下着だけは下ろそうと、腰を浮かして手を掛けた時でした。
「あああ、いやぁ!!!」
 ぶしゅるるるるっ、じゃばばばばば……
 おしっこの準備が完全に整う前に、限界がやってきてしまいました。畑のすぐ側にしゃがみ込んだジェニーの足元で、下着があっという間に薄黒く染まり、そこから溢れ出した激しい水流が滝のように地面を打ち、畑を耕してゆきます。
「やだぁ!! 出ないで!! おしっこ出ないでよぉ!!」
 叫んでももう遅いのです。ジェニーは結局ほとんど我慢のできないまま、おなかの中のおしっこをたっぷりと出してしまったのでした。
「ああ……出ちゃったわ……ひっく……もう、赤ちゃんじゃないのに……オモラシなんて……ひゃんっ!?」
 ようやくおしっこが止まり、ずるずると力の抜けるままに自分の作ったおしっこの水たまりの中に座りこんでしまい、さめざめと泣いていたジェニーでしたが、ふとおしりの下でもぞもぞと何かが蠢くのを感じて悲鳴を上げました。
 得体の知れないなにかが、濡れた下着のしたを擦るように頭をもたげてゆくのです。まるで誰かにスカートの中をイタズラされているいるかのようでした。
「ふぁ!? な、なに!?」
 反射的にぎゅっとびしょ濡れの股間を押さえこんだジェニーは、パンツの隙間からひょろんと伸びた黄金色のツルを見てあっと驚きました。
 なんと、おしっこでできた水たまりの中から、きらきらと輝く豆の木が泥を跳ね飛ばしてにょきにょきと伸び始めていたのです。
「う、うそ、これ……」
 見ている間に豆の木はぐんぐんと大きくなり、夜空のお月様に向かって伸びてゆきます。ジェニーが地面に染み込ませたおしっこをたっぷりと吸って、魔法の豆の木はうねうねと動き、見る間に大きく伸び上がって、何枚も大きな葉っぱを広げました。
「……あのおじさんの言ってたこと、やっぱりホントだったのね……!!」
 ジェニーは大喜びし、慌てて豆の木にしがみ付きました。これを登れば雲の上の国にいけるのです。
 びしょ濡れのパンツはすこし邪魔でしたが、そんなことを気にしている場合ではありません。この機会を逃してしまえば、豆の木はすぐに枯れてしまうかもしれないのです。ジェニーは気合いを入れると今もなお大きく育ち続ける豆の木を登り始めます。このときばかりはおてんばジェニーの木登りテクニックが役立ちました。
 ほんの少しすると、ジェニーはあっという間に空の上にいました。はるか地面の下には小さくなった家があり、その近くではおばさんがわぁわぁと叫んでいます。どうやら大きくなりすぎた豆の木にさすがおおばさんもすっかり驚いて、起きてきたようでした。
 おばさんは必死に家のほうを指差し、何かを叫んでいます。でも遠すぎてジェニーの耳には聞こえませんでした。
 それに、ジェニーにはもっと他に気になることがあったのです。
「んっ……」
 空の上はとても寒く、ジェニーはぶるるっと背中を震わせます。
 さっきもオモラシをしたばかりでしたが、実はジェニーは全部おしっこを出しておなかをからっぽにできたわけではありませんでした。オモラシが嫌でなんとか途中でおしっこを止めることができたため、ジェニーのおなかにはまだまだかなりのおしっこが残っており、さっきおしっこで濡れてしまった下半身があっという間に冷えてしまったのも手伝って、いつのまにかジェニーはまたまたおしっこをしたくなっていたのでした。
 けれど、お空の上の豆の木に、おしっこのできる場所――トイレなんてありません。
「どうしよう……またおしっこ、出ちゃいそう……」
 きょろきょろと辺りを見まわすジェニー。すると、地上から小さな声が聞こえます。
「ジェ、ジェニー!! やめておくれ!! もう、もう家が壊れちまうよ!! これ以上おしっこはしないでおくれ!!」
 なんと、地上ではおばさんが必死の形相で叫んでいます。その近くではそれこそ豆粒のように小さくなってしまった家がぎしぎしときしんで、いまにも崩れそうに傾いていました。
 どうやら、大きくなりすぎた豆の木はとうとうジェニーのおばさんの家まで踏み潰してしまいそうになっているようでした。ジェニーのおしっこがこの豆の木を大きくしたのを知ったおばさんは、ジェニーにおしっこをしないようにと叫んでいるのです。
 けれど、ジェニーはもう我慢できそうにありません。
「……ふんっ、いい気味よ!! おしっこなんかお外でしなさいって言ったのおばさんだもの!!」
「や、やめとくれ!! お願いだよジェニー!! お、女の子がオモラシなんて恥ずかしいと思わないのかい!! ちゃ、ちゃんと降りてきてトイレで済ませるんだよ!!」
「……し、仕方ないじゃないの。ほかにするところもないんだもの。し、下までなんて我慢できないし、……それに、一度オモラシしちゃったんだから……2回も3回も一緒よ!!」
 とうとう覚悟を決めて、ジェニーは近くの枝にまたがると、しがみ付いたままおなかの緊張を解きます。
 今度はジェニーも遠慮はありません。さっきよりも激しく、ぷしゅううと激しく噴き出したおしっこは、下着を通り越しても勢いを衰えさせることなく、ジェニーのまたいでいた豆の木を直撃しました。太い枝にぶつかって飛び散るジェニーのおしっこは、細かい飛沫になってあちこちに散ってゆきます。それはまるで、金色の雨のようでした。
 今度は直接ジェニーのおしっこを浴びた豆の木は、みしみしと音を立てながらさっきよりも速く大きくなり始めます。
「あああ、家が、あたしの家がーーーっ!!!!」
 豆の木はあっさりとおばさんの家を飲み込み、踏みつぶしてしまいました。
 たっぷりとジェニーのおしっこを吸いこんだ豆の木は、ますます天高く伸びてゆき、とうとう三日月の端っこに届いてその尖った先端に絡み付きました。
 きっとあそこが空の上、雲の上にある国なのでしょう。
「ふう……すっきりしたわ!!」
 二度のオモラシでおなかのなかをすっかり空っぽにし、身軽になったジェニーは、水を吸ってびしょ濡れになった服の裾をばたばたと払いながら豆の木登りを再開したのでした。
 
 ――めでたし、めでたし。
 (初出:おもらし特区 SS図書館 2008/02/29)

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