月壬月辰のススメ2

「ふわぁ……」
 感嘆の声をこぼす少女は、顔の前を両手で覆いつつもその実しっかりと指の隙間からちらちらとこちらを覗いている。いちおう了解済みのこととは言え、こうもまじまじと見つめられると、さすがの私もいろいろと恥ずかしいものがあった。
 脱ぎかけのシャツで胸元を隠し、身体をよじって軽く口を尖らせる。
「あ、あのさ。あんまり、じっと見られると……」
「ごっごめんなさい!!」
 慌てて視線をそらす少女だが、それでもまだ『これ』への興味は尽きないようで、さりげなさを装いながら私のほう――正確には、下着をはちきれさせんばかりに膨らんだ私の下腹部へと視線を向けてきた。
「でも、おねーさん……すごいです……とっても綺麗で……」
 こくり、と息を飲みこんで、興味津々な視線を隠そうともせずに、少女はおずおずと訊いてきた。
「あの、……おねーさん、本当に今日で、二日目、なんですか……?」
「まあ、ね」
 とは言え、こうして誉められることそのものは悪い気はしない。
 スーツの下に押し隠していた私の腹部は、ベルトと拘束帯による戒めを解かれた今、はっきりと分かるくらいに膨らんでいる。赤ちゃんにたとえるならば丁度6ヶ月目程度。大きくせり出した下腹部はすでに下着の中には収まり切らず、ウェストは強制ローライズ状態だ。
 月壬月辰の2日目にしてはかなりのサイズであることは確かで、実はひそかな自慢だった。
「そんなにおっきくて――、ふっくらしてます。……わたしなんか、やっと4日でおなか、目立ってきたくらいなのに……」
 彼女はすっかり眼を輝かせ、私のおなかに視線を釘付けにしていた。自分のほうこそそれよりもずっとおおきなおなかを抱えておきながら、どうも私の月壬月辰にすっかり目を奪われているらしい。
「その、触って……いいですか?」
「い、いいわよ?」
 応じた声まで上擦っていた。取り繕っていた余裕もどこへやら、私はいつのまにかすっかり好奇心溢れる彼女の目差しに気圧され、リードを奪われてしまっていた。
 そっと、ガラス細工にでも触れるように慎重な手つきで彼女が私のおなかに手を乗せた。おっかなびっくりながらも、少女はウェストを締め付けていたベルトの跡に指を這わせてゆく。
「んぅ……っ」
「苦しかった……ですよね?」
 自然、声をこぼす私に、少女はつぶやいた。あるいは、ここにはいない架空の赤ちゃんに呼びかけたのかもしれない。
 少女の手のひらが触れた部分が、ジンと甘く痺れて疼いた。ちょうどお腹の真ん中に当たる線、オシッコの出口の真上をゆっくりと逆向きに撫で上げられて、仕事の間は務めて忘れようとしていた感覚が、急速に呼び覚まされてゆく。
(んぅっ……)
 むず痒いほどの尿意が、切なく甘酸っぱい誘惑になってつうっっと背中を這い登ってゆく。
 堪えきれずに腰を振り立ててしまい、私は小さく息を詰めてシーツを掴んだ。
「っは……、ぁ、あのさ、……も少し、やさしく……お願い」
「あ、す、すいませんっ!!」
 慌てて手をどける少女に、私は深呼吸とともに余裕を取り戻しながら小さく苦笑した。
 耳まで真っ赤になりつつも、彼女はあんなにも大胆に私のおなかを撫でまわしていたのだ。いまさら取り繕えると思っているのが初々しい。
「で、でも、2日目で……こんなに……?」
「働いてると時間とかそんなにないからね。いろいろ頑張るのよ」
 時間的な制約から、質より量、というのが残念ながら私の今の月壬月辰のスタイルである。仕事の日程の関係上どうしても週末の2日以上の時間をとることが難しい以上、私は月壬月辰を始める時は多少無茶をしてもおなかを十分に膨らませられるだけの水分を摂取するようにしていた。
 利尿作用の強いコーヒーや紅茶は、残業の多い今の職場では必須アイテムである。それだけの水分を継続的に摂取しながら、トイレを禁じる――うまく装えばそれはさして不自然なことでもなく、おかげで私は比較的うまく初期の状態を乗り越えて、月壬月辰をはじめることができた。
「ど、どれくらい、その……お水、飲んじゃうんですか?」
「……たぶん、キミが想像してるよりももっとたくさん、ね」
 ごくり、と少女が喉を鳴らして、頬を赤らめる。自分の抱えている大きなおなかを作るために、どれだけいっぱい水を採って、我慢を続けてきたのかを思い出したのだろう。
 わずかに潤んだ少女に擦り寄って、ふっくらとした頬にキスをした。
 そっと抱き寄せた小さな身体は、すでに興奮にいくらか汗ばんでいる。
「――キミのも、触ってもいい?」
「っ……」
「いい、わよね?」
「……はい……っ」
 念を押すようにもう一度耳元で囁くと、彼女は蚊の鳴くような声で小さく答えた。
 『そこ』を触るにあたって少女に要求したのは、私と同じように自分で脱いで見せてくれ、ということだった。
 さんざんためらい、焦らされながらもついには捲り上げられた“マタニティ”ドレスの下から、本当に赤ちゃんがおなかにいるかのように丸くふっくらと膨らんだ少女の下腹部があらわになる。
「……すごい、のね」
 思わず素直な感想を漏らすと、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
 一種異様なほどに膨らんだおなかは、月壬月辰でももう後期も後期。本物の赤ちゃんにたとえれば臨月に近い状況である。今日明日にも出産予定日を控えて、その下準備として赤ちゃんがおなかのすぐそこ、大切なところの下の方まで降りてきているといったあたり。
 緊張で汗ばんだ少女の白い脚がベッドの上で小さく震え、“マタニティ”ドレスの下に篭っていた熱気が、ふぅわりと巻き上がる。
「っ……あ、あの、あんまり……見ないで……くだ、さいっ……」
「嫌。だって、こんな素敵なもの、滅多に見られないもの……」
 ほとんど目立たない産毛の覗く恥丘から、なだらかに盛り上がった白いおなか。
 真っ白い肌は絹のように滑らかで、無垢な乙女の瑞々しい柔らかさを保っている。男の手なんか一度も触れたこともないだろう穢れのない下腹部が、まさに産まれる寸前の赤ちゃんを孕んだようにふっくらと膨らんでいる様子は、途方もなく倒錯的だった。
 私も一応はこんな趣味をしている人間だ。同好の志である“月壬月辰”中の女性たちと、一晩を共にして楽しんだこともある。けれど、こんなにも美しい肢体を目の前にしたのは初めてだった。
「あ、あの……お姉さんっ」
 ほとんど魅入られるように、私はその身体に心奪われていた。
 一日が終わるたび、長い我慢で強張った括約筋を丁寧にほぐし、おなかをゆっくりとマッサージして、限界ギリギリの膀胱を少しずつ緩める。“月壬月辰”の基本中の基本でありながら、同時にもっとも難しいこと――きちんと水分を摂取しながら、膀胱の容積を膨らませ、慎重に慎重に拡張してきた結果の賜物だった。
 年端もいかない幼い少女が、本当に赤ちゃんを宿しているかのような、母性と無垢な未分化の性を同時に宿した、どこか歪な至高の美。
 自分のものではない、幼い少女の漂わせる官能的な匂いに、頭がくらくらとする。
「いい匂い、するね……」
「っ、やぁ……っ」
 思わず口を付いて出た言葉に、少女は過剰に反応する。
 たぶん、何度となく訪れた尿意の波に堪えきれずに漏れ出してしまった、おチビリの余韻なんかを気にしているのだろう。けれど、ほのかにミルクの匂いをさせる少女の首筋は、鼻先を寄せているだけで頭が痺れそうに甘い。
 このあまりにも魅惑的な光景を、いったいなんと評すればいいのだろう。
「もう、出ちゃいそう?」
「………っ」
 答えるもの辛そうに、少女は小さく頷いた。
 まだ未成熟な少女が、その無垢な純潔を保ったまま、たったひとりで無謀にも思える七日間の“月壬月辰”に挑み、母性の象徴たる妊婦の姿を築き上げたのだ。言い知れない興奮に胸が震える。
 見られることで改めて自分の状況を思い知り、少女はおなかの中で暴れ続ける尿意を自覚したようだった。
「や……だ、だめ、触っちゃ……」
 そっと下腹部を揉み込むと、石のように硬く張り詰めると同時、驚くほど弾力に跳んだきめ細かいなだらかな腹部の感触が返ってくる。大切な赤ちゃんを保護する卵膜と子宮、そして羊水。それらの代役を果たす強靭な膀胱とその内側に閉じ込められたおしっこが、少女をか弱く震えさせた。
 この状態では、もはや尿意を尿意として感じきれないのが普通だ。
 百回の我慢の上に二百回の我慢を重ね、限界を遥かに越えて溜め込まれたおしっこは、一日中休むことなく恥骨の上のダムや水門、はちきれそうに膨らんだ水風船といった排泄器官を蹂躙し、徹底的になぶり続ける。
 それは発情のような、生理の痛みのような、苦痛でもなく快楽でもない、言葉にできない切なさになって女という性の根幹を揺さぶってくる。
「ふぁ……ぁんっ」
 きっと、この感覚は赤ちゃんを宿すことのできる女性だけが感じられる歓びのようなものだと、私は実体験を通じて感じ取っていた。それと同じものをいま、私の目の前で年端もいかない少女が感じているのだ。鼓動が高鳴り収まるところを知らなかった。
 小さく前後に揺すられだした少女の脚の付け根から、膨らんだおなかの下に窮屈そうに張り付いている下着をそっとなぞる。
「っ、あ……っ!!」
 出口を刺激され、耐えられないというように、少女は腰を跳ねさせた。息を潜めてびくびくと下半身をねじり、ぎゅっと目を閉じる様はいっそう私の興奮を掻きたてる。
「あ、あの……や、やっぱり、もう……無理、ですっ……」
 1週間分のおしっこの重みに耐えかね、音を上げる少女。股間にぴったりと張りついた高分子吸収体から、すでに溢れだした滲みがぽた、ぽた、とこぼれ落ちている。
「ごめんなさいっ、お、お姉さんっ、せ、せっかく、そのっ……お、おうちまで、連れて来てくれたのにっ…」
 この期に及んで、私の満足を案じてくれる少女に、微笑ましいものを覚えた。擦り切れそうな下腹部を襲う衝撃でそれどころではないだろうに、彼女は私に遠慮をしているのだ。
「お願い……その、もうっ……」
 おトイレに、行かせて。
 はっきりと言葉にしたものでこそないけれど、分かりすぎるくらい分かりやすい、明確な懇願。意志表示。
 けれど、応じるわけにはいかなかった。
「ねえ、キミって……これ、はじめてなんだよね?」
「え……?」
 何のことかわからない、というように、潤んだ目を瞬かせる少女。
 私は彼女の頭をそっと抱え込むようにして、告げる。
「ここで、最後まで、しよう?」
 震える唇で、その告白を押し出す。
 正直に言えば、拒絶される可能性も十分にあった。同じように“月壬月辰”をたしなむ女性であっても、その最後をどのように迎えるかは様々だ。大きく膨らんだ腹部に満足し、最後にはトイレに駆け込む人も居れば、限界を迎えるまで断固続ける人もいる。
 そして私は、その最後の瞬間――つまりは“出産”を、見届けるのが好みの類の人間だった。
 だから、目の前で小さく喘ぐ少女にも、このまま我慢を解き放つことを要求したのだ。
「だ、だめ……だめですっ!!」
 どちらかというと、拒絶よりは羞恥の成分を多めに、少女が声を上げる。耐え切れない衝動に身体の内側から敏感な水門をノックされながら、そんなことするなんてとんでもない、といやいやをした。
「だめ、お姉さんの、ベッドっ……汚しちゃいますっ……」
「やだ。……キミが最後に我慢できなくなるところまで、ちゃんと見たいもの」
 ぎゅっと少女の身体を抱き寄せ、その耳たぶを優しく噛んでは囁く。すでに小刻みに震える少女が、私の介助なしでベッドを離れ、トイレまで歩いていく余裕はないはずだった。つまり、ここでの彼女の“最期”は、私の手に握られているに等しい。
「それがイヤなら、まだ続けるのかしら。でも君、このまま明日も明後日も我慢して、始業式に行くの? その格好のまま? おなか、こんなにおっきくしちゃって……なんて思われるかな?」
「ぁうっ……」
 びく、と背中を震わせる少女が、反射的に腕の中から逃れようとする。それを阻止して、なおも私は言葉責めを続けた。
「こんなだったら、制服着れないかもね。“マタニティ”のまま学校に行くの? ふふ、君がどこかの男の子とエッチしちゃって、赤ちゃんができちゃったって噂になっちゃうかな?」
「や、や、お姉さんっ、だめ、い、いじわる、しないで……」
 涙ぐむ少女の表情が、私の嗜虐心に火を着ける。このまま、食べてしまいたくなるほどの可憐な姿が目の前にあった。
「それとも、ひょっとしたら知ってる子いるかもね、『これ』のこと。そしたらどうする? 君がさ、一週間もオシッコを我慢し続けてる、とっても恥ずかしい女の子だって、学校じゅうに知られちゃうよ?」
 言うまでもないことだけれど――世間での実際の認知度はさておき、月壬月辰という行為は一般常識ではかなりのアブノーマルに位置する。その実用性はあるていど認識されて入るものの、さすがに快く受け入れるヒトばかりではない。
 まして、本来の用途である、赤ちゃんのできない夫婦が代償行為として行っているのとは訳が違う。女の子がたった一人で、おなかに赤ちゃんを孕む真似事を試みるというのは、彼女くらいの年齢では相当に倒錯しているだろう。
「ぅあああ……」
 顔を真っ赤にしていやいやをする少女の目元に浮かぶ、涙をそっと掬い取る。
「ね、だから、出して、いいよ?」
 その言葉が、まるでカチリ、と少女の水門のスイッチを捻るように響いたのを、私はしっかりと聞いていた。
(初出:書き下ろし)

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