永久我慢の狂想曲 CASE:浅川静菜8

 明け方の空が白み始め、薄日が住宅街の隙間にちらほらと曙光をのぞかせてゆく。普段ならばまだ分厚いカーテンの内側で眠りの中にあるはずの少女は、沸き上がるオシッコの津波を堪えるために、薄いまどろみの中でなお戦い続けていた。
(………ッ、う~~~っ……!!)
「っは、っく……」
 もぞり、と寝返りを打つ静菜の首筋には、じわりと汗がにじんでいる。息を詰めてはわずかに身体を硬直させてそっと深呼吸をし、ベッドの上を落ち着きなく動き回る。
 タオルケットの下で脚がせわしなく動き、ぐりぐりとねじり合わされ、時折びくっと縮こまる。
 両手はしっかりとタオルケットの下でパジャマの上から股間を押さえ、緩急をつけながら脚の付け根をぎゅ、ぎゅっ、と握り締めていた。両手を余すところなく使って、ぱんぱんに膨らんだ膀胱を抱え込むような有様だ。
(…うぅう~~~……ッッ!!)
 声にならない苦悶を上げながら、少女は際限なく打ち寄せてくる尿意の波を押さえ込もうと呻く。両手で押さえたままの股間をベッドに押し付け、枕を軽く噛んでは熱い吐息をこぼす。
 ほとんど徹夜に近い状態のせいで、静菜の頭は眠気に支配され朦朧と霞んでいる。半分夢の中のようなまどろみに包まれながら、静菜は思うように我慢をすることもできないもどかしさに悶絶していた。
 ベッドの中での緩慢な前押さえや身体のよじりでは、効果的にオシッコを押さえ込むことも叶わず、『おトイレ』のような一時的な効果すらも与えられない。
 いや、すでに静菜の排泄器官は本来我慢できるようなレベルを超越してオシッコを溜め込んでいるのだ。……およそ、30数時間分のオシッコが、静菜の身体は猛烈な尿意を訴えている。もはやこれ以上の我慢は不可能に近い状況と感じられた。
(うく、はぅぅっ……う、ぅ、あ~~ッ……!!)
 閉じられた目の上で、眉が切なげによじられ、ぐっとくちびるが引き結ばれる。浅い眠りの中の無意識の動作が静菜の苦しみをはっきりと知らせていた。
 股間を、握り締めた手のひらごとベッドに擦り付け、くねくねと腰をもじつかせる。不恰好に突き出されたお尻は左右に揺すられ、まるでたぽんたぽんと擬音を響かせるようだ。静菜の強靭なオシッコタンクですらも、一晩という時間を経過によって許容量の限界を迎えていた。
(っは、くぅ、んうううっ……)
 手のひらに押さえつけられた下腹部は、圧迫と開放を繰り返されながらわずかに膨らんで見えるほどだ。横になり、仰向けになり、うつ伏せになり、1分と同じ体勢を続けられない静菜は、ベッドの上で身体をのたうたせていた。
 めくれあがったパジャマの袖や裾からは白い肌が露になり、二つ外れたボタンの内側からは、大胆に胸元がのぞいている。うっすらと汗の浮かぶ少女の肢体は、なまめかしく蠢き、まるで陣痛に苦しむ妊婦のようですらあった。
(うく……っは、はぁっ、は、ふぅっっ)
 ラマーズ法にも似た呼吸で、体内に抱え込んだものをなだめる静菜。ぎゅうっと前を押さえる手のひらはもどかしくもせわしなく股間を押さえ、複雑な動作で脚の付け根をなぞる。
(はぁ、はっ、ぁあああっ!!)
 びく!! と突き上がったお尻がクネり、さらに大きくベッドの上に持ち上がった。
 静菜は苦悶に顔を歪ませながら、うつ伏せになってシーツにぐりぐりと顔を押し付けた。ベッドの上を掻いた腕が枕を引っつかみ、無意識のうちに胸元へ引き寄せる。まるで――夜の夢の中で、拙くも自慰の果てに達したかのよう。
(っ、あ、ぅ、あっ)
 握り締めた枕をそのまま脚の間に押し付けて、少女の腰が震えだした。
 静菜の両足は躊躇わず大きな枕をぐっと股間に挟み、その感触に縋るように脚の付け根が強く閉じあわされる。
 まどろみの中で、静菜はついに――尿意からの解放の手段を見つけ出したのだ。
 枕の感触に安堵を得たように、ぎゅうっと締め付けられた内腿がぶるぶると震える。まるで解放を許されたオシッコが、そのまま枕へと吹き付けられ、染み込んでいくかのように。
(あ、あ、っ、あっ、ぉ……『おトイレ』ぇ……っ)
 最適なガマンの体勢を見出した静菜の身体は、意識のないまま『おトイレ』を始めていた。せり出していたおなかがぎゅうっと引き絞られ、身体の奥に膀胱が押し込まれ、限界ぎりぎりに達していた危険水域がまたいくらか上限を追加されて余裕を取り戻す。
 この期に及んでも、静菜の身体は一滴たりとてオシッコを漏らすことはなかった。わずかなおチビリもないまま、尿意をかたく飲み込んで、見事に静菜のオシッコは少女自身のおなかの中へと注ぎ込まれてゆく。
 少女の四肢が静かに脱力し、安堵に委ねられた。
 そうしてようやく、静菜の意識はまどろみの外に浮かび上がってゆく。
「んぅっ……!?」
 目が開いた途端、引きかけていた尿意の波が爆発的に膨れ上がった。
 自分のとっていた姿勢を自覚して、静菜は跳ね起きた。覚醒する意識と共に、きゅうっと下腹部が激しく震えてしまう。おとなしく下腹部の中に納まろうとしていた膀胱が、再び暴れ出した。
 静菜はたった今まで、夢の中に出てきた公園のトイレで、『おトイレ』をしていたところだったのだ。
「ふあぁああっ……っ!!」
(だ、だめ、今のは夢っ、……と、トイレじゃないから…、しちゃダメ、っ、ガマン、がまん…んん~~…ッ!!)
 猛烈な衝撃に静菜は思わず股間を握り締めた。すでに押さえ続けられた足の付け根は下着とパジャマに擦れて、わずかにひりひりと痛い。その些細な痛みもむず痒さになって、ますます尿意を加速させるのだ。
(ッ……しないの、オシッコっ……オシッコしないの、したくなんかないっ、オシッコなんか、どっかいっちゃえっ……!!)
 まるで、自分にはそんな器官はないとばかりの自己暗示。排泄という自然の摂理を真っ向から否定する、少女の健気な我慢。
 ぎゅっと身体を丸めたまま尿意がおとなしくなるのを念じながら、静菜はちらりと机の上の目覚ましを見る。
 現在時刻は、06:43。
 もう、起きる時間だった。
「はぁ……う……」
 苦しげな息の下で、静菜はゆっくりと、その事実を確認した。
 ぱんぱんに膨らんだ膀胱、酷使の果てにすっかり疲弊した括約筋。夢の中ですら、オシッコを許されない自分。
(……だめ、かも……っ)
 いくら否定しても、いくら違うと思っても、身体は執拗にそれを要求し続けている。これからその求めはさらにさらに激しくなる一方だろう。
 あと十時間以上これに耐え続けるのは、絶対に無理だった。このまま学校に行って、家に帰ってくるまでオシッコを我慢し続けるなんて、本当に気が狂ってしまうかもしれない。
(もう……っ……ちゃ、ちゃんとトイレしなきゃ……我慢できなくなっちゃうっ……!!)
 この際、壊れていようと関係なかった。
 水が流れてくれなかろう、汚れていようとなんだろうと、静菜がオシッコできるのは世界で唯一、この家のトイレだけなのだ。外のトイレでのオシッコができなかった以上、家のトイレを使うしかこの尿意から許されることはない。
(オシッコ出したいっ、オシッコしたい、オシッコ漏れちゃう、オシッコ出ちゃうっ……!!!)
 身体の全部が、ありったけの声で本当のオシッコを要求していた。
 『おトイレ』も、もう限界だった。きちんとしたオシッコのための場所で、本当のトイレで、半分でも、ちょっとだけでもいいからオシッコを出してしまわなければ、遠からず限界がやってくる。
「オシッコ……っ」
 破裂してしまいそうな尿意を抱え、静菜はベッドから身を起こした。信じられないほどおなかが重い。
 まるで、一番重い日の生理の時のようで――その気分の悪さにうんざりとしながらも、細心の注意を払って静菜は廊下に滑り出た。
(と、トイレ、トイレ……オシッコ、オシッコぉっ……)
 限界を超えた尿意を示す二つの単語だけを、ぐるぐると頭の中に浮かべながら、赤ちゃんのようにぎゅうぎゅうと前を押さえて静菜はよちよちと階段を下る。階段のすぐ横にトイレはある。故障が直っているわけではもちろんないだろうが、このさい、もうオシッコができれば何でもよかった。
(オシッコ……オシッコおしっこオシッコ……っ!!)
 思考も、言葉も、静菜の全部がなにもかも、『オシッコ』に支配されている。なんだか全身を膀胱にして尿意を受け止めている気分だった。今なら冗談抜きで、つつかれたらおなかが破裂してしまうに違いない。
 だが――心底間の悪いことに、静菜はまだ、オシッコを許されなかった。
(オシッコぉ……っ♪)
 階段を降りきった静菜が、最後のわずか3mの距離を這いずるようなへっぴり腰で、ふらふらとトイレのドアまで駆け寄り、歓喜と共にノブを握ったその瞬間。
 母親が肩越しに声をかけてきたのだ。
「あら、どうしたの? トイレ?」
「っ!? …え、あ、えっと……」
 猛烈な我慢の最中で、静菜は言葉を忘れていた。
 ぎゅうっとパジャマの前を押さえ、脚をもじつかせ、膝を擦り合わせる――我慢の仕草が押さえ込めない。鋼鉄の意志も、もはや脆く崩れていた。
「やあね、寝ぼけちゃって……だめよ、使えないんだから。そんなにトイレ行きたかったの?」
「あ……っ」
(や、やだっ、お母さんのイジワル……っ!!! が、我慢してるのにっ、昨日からずっと、オシッコしないでガマンしてるのに……っ!!!)
 まさに今、静菜はオシッコのできる場所の前に立っているのだ。それなのに、母親の声は無常にも、静菜にそれを許さない。
 母親にしてみれば、迂闊にも壊れたトイレを使おうとしてしまっている娘を案じた言葉だったが、それは静菜にとって事実上のトイレ禁止宣言だった。ドアを開けることを禁じられ、待望のトイレを目の前にしてきゅううう、と静菜の我慢が激しくなる。
(オシッコ、オシッコっ……すぐそこにトイレあるのにっ、トイレ、オシッコできるのにっ……!! やだぁ、イジワルしないで、トイレ行かせて……ぉ、オシッコ……させてよぉっ……!!)
 静菜の女の子の心は、必死になって溢れそうになる恥ずかしい液体をせき止め、恥骨の上の満水ダムを押さえ込む。
「どうしたの? そんなに我慢できないなら、お隣さんに貸して貰えばいいじゃない」
「ち、違っ……ちがう、のぉ……っ」
(オシッコじゃない、オシッコダメ、オシッコ出ちゃだめぇ!! っ、お母さんの前で、おもらしなんでダメェ……!!!)
 ドアノブを握ったまま、硬直し続ける静菜に、母親はきょとんと首を傾げる。
 静菜は、震える声で答えるのがやっとだ。なにしろ、もう身体のほうはオシッコをするつもりでいる。壊れていても、ぐちゃぐちゃに汚れていても構わないから、世界でたった一つのトイレに駆け込んでオシッコを出すつもりでいるのだ。少女の体は勝手に準備を始め、イケナイ感覚がきゅうっと股の間に降りてゆく。
 それを否定するので精一杯で、とてもではないが満足な受け答えができようはずもない。
「だ、だいじょうぶ、学校でするから……っ!!」
「そう? お隣さんも遠慮しなくていいって言ってくれてるから、無理しちゃダメよ」
「う、うんっ……でも、平気だから……!!」
(ま、間に合わないっ……!!! そんなとこまでもう間に合わないよぉっ!! だめ、だめだめぇえっ!!!)
 静菜はそう言い捨て、階段を一目散に駆け上がって部屋に戻った。
(っ、出ちゃう、出ちゃうっ、でちゃうううう!!!)
 震える手で後ろ手に鍵をかけ、パジャマの前をぎゅうううっと引っ張り上げる。
 それはちょうど、限界ぎりぎりでトイレに駆け込んだ少女が、最後の最後のプライドに縋って懸命にオシッコの準備を始めるのと同じ仕草だった。
「っは、はあっ……」
(や、やだっ、だめ、だめっ……)
 しかし、静菜が全力疾走で駆け込んだのは階段横のトイレではない。階段を駆け上がった先の自分の部屋だ。どうやっても、オシッコが許可をされるわけのない場所だ。
 便器の代わりにフローリングの真ん中で深々としゃがみこみ、静菜は必死になってそのまま『おトイレ』を始めた。
 弾けるほどの猛烈な尿意と、同時にきゅうっと絞られるオシッコの出口。
 パジャマの上からなりふり構わず、静菜は『おトイレ』をする。
 朝一番の『おトイレ』は、一晩中我慢し続けたオシッコを済ませるため、普段よりも数段激しいものとなった。フローリングの上でぎゅうぎゅうとねじられる下腹部と、オシッコの出口を激しく揉み上げる両の手のひら。猛烈な尿意を押さえ込むための儀式は、数分にわたって続く。
(ううぅ、だめ、トイレ、オシッコっ……ぁあああぅ……)
 オシッコの代わりに、『おトイレ』をして。
 静菜は、ありったけの力でトイレをガマンし続けた。

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