第9夜 オオカミと七匹の子ヤギ

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「じゃあ、おつかいに行ってくるわ。みんな、お留守番お願いするわね」
「はーいっ、いってらっしゃーい!!」
 お出かけするお母さんヤギにそろって手を振りながら、7人のヤギの姉妹たちは頷きます。森の向こうにお母さんの姿が見えなくなるまで、仲良しの姉妹たちは見送るのでした。
「さあ、みんなおうちに入って。鍵かけるわよ」
「うんっ」
 一番上のお姉さんに促されて、下の姉妹たちは無邪気に笑いながら、家の中に走ってゆきます。
「……姉さん、本当に私達だけで平気かな?」
「そうよ、オオカミが出るって、噂じゃないんでしょう? ママだって……」
 いっぽう、上のお姉さんヤギ達は不安げでした。
 じつは、昨日から森には乱暴者のオオカミが現れるというのです。もともとこの森にはそんなオオカミは住んでいませんから、どこかの森を追われてやってきたのでしょうか。
 お母さんの留守中に、もしおなかを空かせたオオカミがやってきたら――あの大きな牙の生えた口で、みんなはたちまちぺろりと食べられてしまうに違いありません。次女と三女のお姉さんヤギ達はその時のことを想像して、ぶるっと身体を震わせます。
 そんな二人を励ますように、一番お姉さんの長女のヤギが言いました。
「大丈夫。母さんなら平気だし、しっかり戸締りしてればオオカミなんか入ってこれやしないわ。私達が弱気だと、妹たちまで心配させちゃうわよ。しっかりしなきゃ」
「……うん、そうよね」
「気にしててもしょうがないか。おやつにしましょう!!」
「わーいっ!!」
 心配を振り払うように、お姉さんヤギたちもおうちの中に入ってゆきました。
 みんな揃ってテーブルに着き、いっせいに『いただきます』をします。七つの席には木苺のジュースと緑苔のプリンがおいてありました。おでかけのまえにお母さんがつくってくれた、とびきりのおやつなのです。
 テーブルについた姉妹は、仲良くおやつを食べ始めました。
 -2-
 それから、しばらく経った頃です。
「……ねえ、なにか聞こえない?」
「え……?」
 みんながとても美味しい木苺のジュースに夢中になって、3杯めのおかわりをしていた時、四女がふいにそんなことを言いました。姉妹のなかでも一番勘のいい四女の声に、思わずみんながお喋りを止めて耳を済ませます。
 ……っ……んっ……ぁ……
 すると、確かに家の外から、草を踏み分ける足音と、小さなうめき声のようなものが聞こえてきました。
「え、えっと……」
「お姉ちゃん? なに? どうしたの?」
 想像したくなかった事態に、お姉さんヤギ達は青ざめました。その様子に気付いて、妹たちも不安を顔に滲ませます。
 ぅ……んっ……ふぅ……
 はあはあという荒い息の隙間から聞こえる、力強い声。
 それは姉妹たちの誰も聞いたことがないうめき声でした。
「ま、まさか……本当にオオカミっ!?」
 がたりと椅子を鳴らして、次女が叫びました。
 得体の知れない足音は、がさがさと乱暴に茂みを掻き分けながら、一直線にこの家を目指しているようでした。
 はぁ……はぁっ……あと、すこし……
 次第にはっきりしてきた物音は、もう姉妹全員の耳に届いています。ドアを破るのも時間の問題でしょう。
 怖い怖いオオカミが、来る。
 次女の叫び声に、ヤギの姉妹たちはパニックにおちいってしまいました。
「きゃぁああ!? やだ、やだぁ!?」
「オオカミ……あたし食べられちゃうの!? やだ、やだぁ!!」
「ママ、ママぁ!!」
「ま、待って!! みんな静かにして!! 早く隠れるのよ!! はやく!!」
 泣き叫ぶ妹たちを叱り、一番上のお姉さんである長女ヤギが叫びます。それをきっかけに、姉妹たちはそれぞれ、クローゼットの中や柱時計のなか、テーブルクロスの下、家のあちこちに隠れました。
「いいわね、静かに、声を出しちゃダメよ!!」
「う、うんっ」
「ね、ねぇ……お姉ちゃん、待って……」
 みんなの隠れ場所を確認するお姉さんヤギに、末の妹――七女が不安そうに訴えます。末妹はぎゅっとスカートの前をおさえて、もじもじと脚をこすり合わせていました。じつは、彼女は今とても切羽詰って困った状態にあったのです。
「お姉ちゃん、あたし……」
「ほら、急いで、早く隠れて!! あなたはここ!!」
 けれど、オオカミがやってくることに気を取られて、姉妹たちは誰も妹の異変に気付けませんでした。有無を言わさず妹を柱時計の下に押しこんで、よっつ上のお姉さんである三女ヤギはそっと言いつけます。
「いい、何があっても動いちゃダメ、わたしがいいって言うまで出てきちゃダメよ!! さもないとオオカミに食べられちゃうんだから!!」
「え、えっと、でもっ……」
「いいわね、約束よっ」
「あ、待って、待ってよ!! お姉ちゃんっ!!」
 最後にドアに硬く鍵をかけ、窓にはカーテンを引いて、次女、三女、長女のお姉さんヤギたちも物陰に隠れました。
 しんと静まり返る家の中で、姉妹達はじっと息を潜めて、表の様子を窺いました。
 -3-
「つ……着いたっ、……間に合ったぁ……っ」
 レンガの家の前に辿り着いて、オオカミは安堵の息をこぼしました。
 森の中を長い間さまよい、じっとりと汗をかきながら茂みを掻き分けて歩き続け、やっと見つけた目的地です。
(ふぁ……っ!?)
 目的地を目の前にして、ほっと緩んだ瞬間、ぞわりとオオカミの背筋をイケナイ感覚が這いあがってゆきます。オオカミは慌てて腰をぐいっとよじり、せわしなくその場で脚踏みをはじめてしまいました。
(っ、だめ、まだダメっ……あとちょっと、ちょっとなんだからぁ……っ!!)
 じりじりと焦る気持ちをぐっとおさえつけ、悲鳴を飲み込んで。オオカミは小さく深呼吸をすると手を丸めてドアにノックをします。
「ご、ごめんなさい、誰かいる!?」
 梢を振るわせるほど大きな声が出てしまうのは、オオカミに全然余裕がないからでした。ありあまる元気をうまく制御できず、オオカミのノックはドアをぎしぎしと歪ませます。
(う……く……)
 はあはあと息をつき、オオカミはぐっと前かがみになって耐えます。一旦は大きな波を堪えることができましたが、キュロットから伸びた健康的な脚は内股になったままぴったりと閉じ合わされて、かかとは小刻みに地面を叩いています。
 いつもはぴんと尖っている耳も、ぺたりと左右に伏せられて、すっかり情けない格好でした。
 タンクトップの裾をぐいっと引っ張り、もう一方の手で脚の間を押さえながら、オオカミはもう一度ドアを、さっきよりも強く叩きました。
「……ねえ、いないの!? ねえってば!! 留守なの!? ねえっ!!」
 焦るあまり力加減がうまくいかず、ドアががたがたと揺れてぎぃぎぃと軋みます。ですが、オオカミはそれどころではありません。
 ちょこんと口元から覗いた八重歯が、きゅうぅっと可愛い唇を噛み締めます。
(ああうぅ……マズい、マズいってばぁ……)
 オオカミがこの森にやってきたのは昨日のことです。
 もともと、このオオカミは隣の森に住んでいました。人付き合いがあまり上手ではなく、何を聞かれてもついついむすっとした態度ばかりしてしまうオオカミは、いつも回りのみんなから恐れられ、悪者だと誤解されていたのでした。
 そしてとうとう、乱暴者のオオカミを退治してやろうと、狩人がやってきたのです。
 オオカミは住処を追われて、仕方なく家を捨てることにしました。
 確かに森のみんなに比べればちょっと力が強いオオカミですが、別に乱暴者でもなく、噂されるように誰かを食べたりもしません。狩人と出会わないように家を出たのも、オオカミがケンカを嫌ったからでした。
 オオカミだってちゃんとした年頃の女の子なのです。痛いことも、怖いことも嫌いでした。
 だから、オオカミはいま、とても困っていました。とってもとっても、困っていました。
 この森に住むみんなも、オオカミのことを怖がって、誰も家に入れてくれないのです。
「あああっ、もう、開いて、開けてよぉ!! だ、誰かいないのっ!?」
 だから――オオカミは、昨日から1回も、トイレに行けていませんでした。
 オオカミのおなかの中は、夕べから我慢し続けたおしっこでたぷんたぷんになっていました。膀胱はぱんぱんに張り詰めて、もう立って歩くのも辛いほどです。いつもの元気もどこかへいってしまうくらいでした。
 でも、オオカミだって女の子です。まさか、お外でオシッコをするなんて、できるはずもありません。
 だから、オオカミはずっとずっと我慢を続け、一日近くも森をさまよって、ようやく辿り着いたのが、このヤギの姉妹とお母さんの住む家なのです。
「ねえ……お願い、もうダメなの、もう我慢できないのっ!! 誰かいるんでしょう!? ねえっ、開けてよ、中に入れてちょうだいっ!!」
 そんなわけで、オオカミは今にも漏れそうなオシッコを我慢するので精一杯なのでした。
 くねくねと腰を揺り動かし、おしりをちょこんと後ろに突き出して、尻尾も小さく震えながらくるんと丸まって、必死になって縮こまっています。
 女の子のダムを満水にして、ちょっと油断すればあっという間に下着に染み出してしまいそうなオシッコは、オオカミの懸命の努力でなんとか塞き止められている状況でした。ここでトイレを借りなければ、たちまちオモラシしてしまうに違いありません。
「ちょっと、本当に誰もいないの!? ねえ、お願い、開けてよぉ!!」
 激しくドアを叩きながら、オオカミは込み上げてくる尿意を堪えるためドアノブにしがみ付きます。ガチャガチャと揺れるドアノブは、オオカミの強い力で今にも壊れてしまいそうでした。
(だ、だめ、出ちゃう、オシッコでちゃうっ……!! も、もう小さい子じゃないのに、お、オモラシなんて……っ!!)
 くじけそうになる心をなんとか奮い立たせて、なんとかここまで辿り着いたのです。もう、別の場所までトイレを我慢し続ける事はできそうにありません。それなのに、この家が留守では、もはや、オオカミに残された道はオモラシしかないのでした。
(っ、そんなの、できるわけないじゃないっ……!! で、でも、っ……!!)
 そんな事はお構いなしにオシッコは限界を訴えます。しくしくと疼き始める下腹部は、ずんと重くなってオオカミを苦しめます。
 焦るオオカミはちらり、と家の裏手の方に視線を向けました。
 ちょうど、ヤギの姉妹達の住む家の裏には、鬱蒼とした森になっていて、背の高い草が生え揃った物陰ができています。誰にも見られないようにするには格好の場所でした。
(い、いっそ……あのへんで、こっそりしちゃう、とか……?)
 辛い尿意にせかされ、思わず心に浮かんだイケナイ考えに、オオカミは真っ赤になってぶんぶんと首を振ります。
 いったいこれまで何度、我慢できなくなりかけて、いっそ茂みの中でオシッコをしてしまおうと思ったことでしょう。
(って、だ、ダメに決まってるじゃない……ひとの家のすぐ近くなのに、勝手にそんなこと……!!)
 でも、もし誰かに見られたら――そう思うと恥ずかしくて恥ずかしくて、オオカミは死んでしまいそうになるのでした。
 このままではそう遠くないうちに本当にオシッコが漏れてしまうことでしょう。
 オオカミの視線があちこちをふらふらとさまよっては、『オシッコのできる場所』を探します。けれどどこも、とてもではありませんが女の子がオシッコを済ませることが許されるような場所ではありませんでした。
 そんなことをしているうちにも、オオカミのダムは刻一刻と崩壊のカウントダウンを進めてゆきます。
「ちょっと、ねえっ……!!」
 オオカミが涙を浮かべながらぶん、と振り上げた拳が、ひときわ強くドアを叩きます。
 すると、とうとう家のドアはばきりと音を立てて壊れてしまいました。
 開いたドアの奥に、一瞬呆然となるオオカミでしたが、すぐに我慢しているオシッコの事を思いだして家の中に飛び込んでしまいます。
「ご、ごめんなさいっ!! 壊すつもりなんかなかったんだけど……!! 本当よ!? ずっと探してて、それで……も、もう本当に……うぅっ、……く、ぅぅ……あ、ダメ、ダメ……っ、ごめんなさい、は、入るわね!!」
 -4-
 ……ぎしり。ぎし、ぎし。
 大きな足音を立てて、家の中に踏み入ってきたオオカミたちに、ヤギの姉妹たちは震えあがりました。
『本当にオオカミだっ!!』
『ドア、壊れちゃった……どうしよう!!』
『もう我慢できないって……!!』
『みつかったら食べられちゃう!!』
 悲鳴を上げそうになるのを必死に押さえこみながら、ヤギの姉妹達は震えるのをなんとか我慢しようとします。
「ご、ごめんね、あとでちゃんと、謝るから……!!」
 オオカミが叫びました。
 もし家の人がいれば、トイレを借りるための許可を得ることもできたのですが、鍵もかかっていましたし、なにより明かりも消えてカーテンも閉まっていて、どう見ても家の中は留守なのです。
 オオカミは、あとでお詫びをすることにして、先にトイレを済ませるため、家の中を探すことにしたのです。
「も、もう本当に、我慢できなかったの。だ、だから……!! しょうがないのよっ…」
 言い訳をしながら、オオカミはぎしぎしと足を踏み鳴らして家の中を歩き回ります。
 じろじろとあたりを見回すオオカミに、自分の隠れているすぐ側を見つめられるたび、ヤギの姉妹たちは心臓が口から飛びだしそうになりました。
『謝られたって、食べられちゃったら……どうしようもないわよ!!』
『おねえちゃんっ……あ、あたし……』
 ――ぎしいっ!!
 突然、家じゅうに響いた大きな音に、一緒に隠れていた2番目の妹、六女の口を塞いで、四女のヤギは息を潜めます。
『しっ、静かに!!』
『…………っ!?』
「はうぅっ……」
 一方のオオカミはいきなりやってきたオシッコの大波と戦うのに必死でした。
 ぴくんと背中を伸ばして、テーブルに寄りかかって爪先立ちになります。尻尾がきゅるんと丸まって、ぐいっと膝がクロスし、内股になって腿がぎゅうぎゅうと寄せあわされていました。
(っ、やだ、出ちゃう、出ちゃううっ!!!)
 はあはあと息を荒げ、脚の間をぎゅううううっと押さえて、オオカミは必死にオシッコを我慢します。留守中の家の中にあがりこんでオモラシしてしまうなんて、どうやっても言い訳ができません。
 きつく目を閉じて息を飲み込み、なんどもなんども脚を押さえ、オオカミはどうにか大きな波を乗り越えることに成功しました。
「はぁ……はぁ……」
(ま、マズいわ……つ、次に、いまみたいなのが来ちゃったら、もう……が、我慢できないかもっ……)
 どうにか押さえこみはしたものの、オオカミのおなかの中の入れ物では、いまもオシッコが激しく揺れ動き、水面をざわめかせています。固く石のように張り詰めた膀胱は、外から見ても分かるくらいにはっきりと膨らんでいました。
 ほんの少しだけできた猶予の中で、オオカミはどうにかしてオシッコを済ませてしまわなければなりませんでした。せわしなく脚踏みをしながら、オオカミはなりふり構っていられなくなり、手当たり次第に家の中を物色しはじめます。
「っ……ぅぅ!!」
(ど、どこ? と、トイレ、トイレ、どこなのっ!? ……は、はやく、早く見つけなきゃ!!)
 手が震え、脚がわななき、ぶつかった洋服掛けが倒れます。テーブルが揺れて床に落ちたお皿が、がちゃんと音を立てて割れました。
『きゃぁあっ!?』
『オオカミが暴れだしたわ……!!』
『みんな、声を出しちゃだめ……!!』
 見つかったら食べられてしまうに違いない――そう信じているヤギの姉妹達は、まるで生きた心地がしません。ぎゅっと目を閉じ、身体を小さくして、込み上げてくる恐怖の衝動に耐えるのでした。
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 いっぽうのオオカミだって必死でした。黙って上がりこんだ人の家で、万が一にもオモラシなんてしようものなら、それこそ生きて行けないのですから。
「っ、どこ、どこよぉ!!」
 片っ端から家の中を歩き回り、探しまわり、そしてとうとう、オオカミは階段の下に目当ての場所をみつけました。
 そう、トイレです。待望のお手洗いです。『空いてます』とかかれた裏側に『使ってます』と記されている小さな木のプレートは、長女の手作りのものでした。
(あ、あったっ……)
 顔を輝かせて、ふらつく足取りでトイレに駆け寄るオオカミ。
 けれど、待ち焦がれていたトイレへと続くはずのドアは、固く閉ざされたまま、びくりとも動きません。
「な、なんで!? どうして開かないのっ!?」
 ドアノブにしがみ付いたまま、オオカミは力任せにドアを引っ張りました。がちがちと激しい音を立てながら、ドアが軋みます。
 それでも、ドアは開きません。
 それもそのはずです。トイレの中には、ヤギの姉妹の五女が隠れていたのでした。
 激しくがたがたとドアを揺すって開けようとするオオカミに、五女は必死になって身体ごとドアノブを掴み、抵抗します。
『や、やだ、こっち来ないで、来ないでよぉ!!』
「っ、ここなのにっ、この奥なのにぃっ……なんで開かないのよぉ!! あ、空いてるって書いてあるじゃないっ!!」
 オオカミは我を忘れてドアを引っ張っていました。この一枚向こうに、心の底から待ち焦がれたトイレが、オシッコのできる場所があるのです。あと数歩というところにトイレを見つけて、オオカミのお腹の中ではふたたび猛烈な尿意が渦巻き始めていたのでした。
『お姉ちゃん、あそこに隠れてるの気付かれちゃった!?』
『だめ、負けちゃダメよ!! 頑張って!!』
 他の場所に隠れていた姉妹達は声に出せないまま、トイレに隠れ続けている五女を応援しました。あのドアさえ開かなければ、オオカミにも見つからず、食べられずに済むのです。
「ちょっと、鍵……かかってないでしょ!? どうして開かないの!? どうして邪魔するのよっ!? あああぅぅ……っ!!」
 とうとう脚踏みだけでは堪えられなくなり、オオカミは、ドアノブを掴んでいた手を片方離して、キュロットの前をぐいいっと握り締めてしまいました。
 太腿の付け根をじぃんと痺れさせ、ぞわぞわと絞り上げるような尿意は、どんどんと激しさを増してゆきます。
 オシッコの重みに耐えかね、腰が引けた姿勢になって、オオカミはがちゃがちゃとドアノブを揺すりながら情けない声を上げ続けました。
「くぅ……や、開きなさいってば……と、トイレ……っ」
『っ、お願い、開けないで……!! た、食べられたくないぃっ…!!』
 さしもの力自慢のオオカミでも、腰が引けたままの姿勢では思うように力を篭められるわけがありません。ヤギの五女だって必死です。全身を使ってドアノブにしがみつき、オオカミに負けまいと身体全体でドアを押さえ込んでいるのです。
 オオカミは、ドアをこじ開けるのを諦めざるを得ませんでした。
 青ざめてドアノブを離し、おぼつかない足取りでよろよろと後ずさります。
「あ、開かない……そんなぁ……っ なんでよっ!!」
 八当たりに蹴飛ばした壁が、ぼこんとへこみました。
 オオカミはもう我慢の限界なのです。すぐ目の前にトイレがあるのに、そこにたどり着くことができないなんて、こんな辛いことがあるでしょうか。
 せっかくここまで必死になって我慢したのに、それを裏切られ、女の子の意地で必死に守りとおそうとしていたものが、とうとう負けそうになりつつありました。
(あ、あ、あっ、やばい、ダメっ)
 トイレに入ることができないと分かり、しゃがみこんでしまいそうになったオオカミの脚がぶるぶると震えだします。不自然くらいの内股で前かがみになって、少しでもオシッコの重みを軽くします。
「ど、どうしよう…っ」
 オオカミは、自分がほとんど動けなくなってしまっていることに気付きました。トイレまで辿り着きながら、『おあずけ』を強制された身体は、言うことを聞かずに勝手にオシッコを出そうとしています。
 けれど、オオカミがトイレの前から離れていっても、五女はドアノブを離すことはできませんでした。ドアの向こうを窺い知ることができないヤギの少女は、いまにもまたドアノブが恐ろしい力で引っ張られるのではないかと、強張った指でドアを握り締めます。
(っ……)
 涙の滲む可愛らしい目元が、ぷるぷると震えていました。
 恐怖と、ショックと、なんとか逃げ延びたという安堵感。みっつが入り混じった感覚に、小さな身体が小刻みに震え、限界を訴えます。
「ぁ……っ」
 じわぁっ……とヤギの五女の脚の間に、熱い滲みが拡がってゆきます。
 五女がトイレに隠れたのは、実はおやつが始まる前からトイレに行きたかったからなのでした。けれど、オオカミがいつドアを開けるかまったくわからないので、すぐ目の前にトイレがあるのに、ドアにしがみ付いたまま離れられなくなってしまっていたのです。
『やだ、やだ、ぁ……』
 どうすることもできませんでした。
 ほんのすぐ後ろにトイレがあるのに、怖くてたまらない五女はドアノブを離せません。それどころか、手を自由にしてスカートの前を押さえることすらできないのでした。
 ぱたぱたと震える脚が内股になり、ぎゅうっと寄せあわされ、それでもじゅんっ、じゅわわあぁ、とオシッコがパンツに滲み出していきます。
 しょろっ、しょろろっ、しゅわああ、と水音をこぼしながら、五女の白い脚を伝って、我慢しきれなかったオシッコがトイレの床にこぼれていきます。オモラシの証はあっというまに拡がり、水たまりを作ってトイレの床を満たしてゆきます。
 溢れ出すオシッコは、とどまる勢いを知りません。
『やだぁ……お、お手洗いの前なのにっ……お、オモラシなんか……ぁ』
 けれど、それでもやっぱり五女には、ドアの前から離れることはできませんでした。
 中腰になって震え続ける五女の足元で、オシッコは薄黄色の大きな湖をつくってゆきました。
 -6-
 悲劇が襲ったのは、五女だけではありませんでした。
 おやつに食べたプリンや木苺のジュースは、ヤギの姉妹達に、ひとしくおなじ苦痛を与えていたのです。
 いえ、トイレに篭っていた五女はまだ幸せでした。間に合わなかったとしても、オシッコのできる場所がすぐそばにあるだけ、五女は救われていたのです。
『お、おねえちゃぁんっ……』
 六女のヤギが、まだ舌足らずな声をあげ、ぐいぐいと4番目の姉の服の裾をひっぱります。六女もまた、木苺のジュースの飲みすぎで、さっきから途方もない尿意をじっと我慢していたのでした。
『あ、あたし、おトイレ……オシッコ…』
『だ、だめっ、我慢してっ……』
『だめ……でちゃう、でちゃうぅ……』
 これまでも何度も、姉である四女の言葉にしたがって、必死に我慢を続けてきた六女ですが、そろそろ限界が訪れていました。いくら足をぎゅっとくっつけて我慢していても、もうオシッコの方が勝手に出始めてしまうのです。
『も、もぉ、ダメぇ……』
『や、やだ……我慢して、お願い……っ、じゃ、じゃないと、あ、あたしまで……、一緒にっ……』
『おね、おねえちゃ、ぁ、ぁあぁ……~~っ』
 限界を訴える妹に、お姉さんの四女も慌ててしまいます。四女だって、妹に負けないくらいオシッコがしたくてたまらなかったのでした。
 でも、もうそれもオシマイです。俯いた六女の小さな身体がぷるぷると震えたかと思うと、その足元がじゅわじゅわと熱い雫に濡れていきます。
『だ、ダメよ……オシッコしちゃだめ、お願い……だからぁっ』
 四女のその言葉は、半分は自分へと向けられていたものだったのです。
 戸棚の中に拡がってゆく暖かい感触。目の前で始まってしまった妹のオモラシが呼び水になって、これまでなんとか姉の威厳を保とうとしていた四女まで、きゅんと疼く尿意を押さえ込めなくなってしまいました。
『ぁ、あ……ぅッ……』
『やだぁ……オモラシ……気持ち悪いよぉ……』
『あ、だめ、う、動かない、でぇ……ッ!!』
 おしりをびっちゃりと汚すオモラシの不快感から逃れようと、六女がむずがるように暴れます。それよって、おなかをぐいっと押されてしまったのが引き金になりました。
『ぁああ、あっ……で、でちゃ……ぅ……』
 二つの水音が、狭い戸棚の中に重なります。
 小さな妹だけでなく、お姉さんの四女まで、一緒になってオモラシをはじめてしまったのです。妹の前で我慢しきれずオシッコを出してしまう羞恥に、おませな四女は目の前が真っ暗になってゆくのを感じました。
 しゅわしゅわと入り混じって、戸棚の中に、二人分のオシッコのにおいが篭ってゆきます。狭い戸棚の中でぎゅっと身体を寄せあいながら、二人はとうとう泣き崩れてしまいました。
 -7-
 それは、他の姉妹達も一緒でした。
 柱時計とクローゼットの中。食器棚、暖炉の奥。
 オオカミから隠れたヤギの姉妹たちは、緊張と恐怖で、耐えがたいほどの激しい尿意を感じていました。一番上のお姉さんである長女すら、いつ漏らしてしまってもおかしくないほどでした。
 ですから、それよりも年下の姉妹たちが、いつまでも我慢を続けていられるはずもありません。ヤギの姉妹達はぞれぞれ繊細で敏感な小さな膀胱をパンパンにして、必死にオシッコを我慢し続けていました。
 全員、すっかり我慢の限界で、オシッコがしたくてしたくてたまりません。
 けれど――
『っ、お願い、早く出ていって……』
『も、もう、誰もいないんだから……』
『は、はやく……』
 けれど、そうやって隠れたままではオシッコをする事はおろか、身じろぎひとつうまくできません。体をゆすることも、腰をくねらせることも自由にならないのでは、ちゃんとオシッコを我慢することすら難しいのでした。
 でも、もしオシッコを漏らしてしまえば、その音と匂いですぐにオオカミに気付かれてしまうかもしれません。だから、ヤギの姉妹達は必死になって、オシッコの出口を閉めつけて、オモラシをしてしまわないように我慢していました。
 物音を立てないようにじっと息を潜めて、足の間に力を篭めて、手のひらや小さなでっぱりにぎゅっぎゅっとあそこを押しつけて、必死に必死に我慢します。
 なかでも、特にお姉さんである長女、次女、三女の我慢は強烈でした。
 オオカミに見つかってしまうかも知れないということがはっきり分かっている上に、妹たちの手前、お姉さんである自分たちが先にオシッコをもらしてしまう訳にはいかないと思っていたからです。
 -8-
 クローゼットの中に隠れた三女は、みんなの服を濡らしてしまわないように、足の間に手を挟んで、オシッコの出口を指で直接押さえこんでいました。
 まるで、指でオシッコの出口に栓をしているかのようです。
『か、替えのパンツならいくらでもあるけど……お、オモラシなんか……っ』
 なんとも運の悪いことに、つい最近、一番下の妹がオムツを卒業したため、クローゼットの中にはみんなの着替えしかありません。
 もし、まだここにオムツが残っていれば、何がしかの言い訳ができたかもしれないのですが――。
『って、ち、ちがうってば……!! そ、そうじゃなくて……、な、なに考えてるのよ、そ、そんなんじゃ、ま、まるであたしが、オムツ、使いたいみたいじゃ――!!』
 オムツというのはつまり、トイレと同じようなものです。トイレのしつけが終わっていない小さな子が、トイレの変わりにオシッコをしてしまう場所なのです。だから、もしオムツがあれば、三女はそこにオシッコを――
『だ、だからそうじゃないでしょ!? も、もうちゃんとお姉さんなんだから、我慢しなきゃ――!!』
 必死に頭を振ってイケナイ妄想を振り払おうとする三女でしたが、ひくつく股間はおさまりません。
 ましてここはクローゼットの中、着替えならいっぱいあるのです。
 そう、たとえば――
 たとえば、一番下の妹が、二番目の妹が、何かの拍子に我慢ができなくて、オモラシをしてしまい……その汚れたパンツや服を、こっそりここに隠していたとか――そんな言い訳がありうるかもしれません。
 つまり、妹達の誰かのパンツを使って、三女が我慢しきれずに溢れてしまったオシッコを吸いこませてしまえば――
『ば、馬鹿!! な、なにしようとしてるの、あたし……!? い、妹のパンツに、オシッコ、ひっかけちゃうなんて――!!』
 言葉では否定しても、三女の指は自然、妹達のパンツを掴んで握り締め、ぎゅっと爪を立てて離しません。
 たぶん、ひとり分じゃとても間に合わないでしょう、このおなかをたぷたぷにしているオシッコ全部を始末するには、同時に何枚も使わなければいけません。
 でも、自分より小さな妹達なのですから、たとえば本当に我慢できなくて、そんなことだってあるのかも――
『ぁ、あああっ……だ、だから、違うくって……っ!!』
 三女は、はしたない誘惑を振りきろうと、片手で自分のパンツを、もう片手で妹たちのパンツを握り締めて、終わらない苦悩を繰り返すのでした。
 -9-
 暖炉の奥にぎゅっと身を潜めた次女は、脚のかかとにぐりぐりとあそこをねじるように押しつけて、いまにも噴き出してしまいそうな熱い奔流を押さえ込んでいます。
 火の消えた暖炉の中には灰が敷き詰められていて、ちょっと動いただけでもすぐにそれが舞い上がってしまいそうなので、次女はほとんど身動きできないままでした。脚を動かすことも、お尻の位置を変えることもできません。
 荒くなりそうな息もぐっとおさえこみ、小さく小さくか細い呼吸を繰り返します。
『ぁ、あくっっ、う……』
 なにしろ、ちょうど暖炉のなかの、灰の上なのです。誰も見たりはしません。少しくらい漏らしてしまっても、証拠が残るわけもなく、我慢するのだって相当辛いものでした。
 でも、こんなところで万が一にでも、オシッコをしてしまえば――その勢いでたちまち灰がもうもうと舞いあがり、あっという間にオオカミに見つかってしまうはずでした。
『う、ぁ、あっ。……あ、あと、ひゃく、きゅうじゅうきゅうっ……きゅうじゅうはちっ……』
 微動だにせぬままでオシッコを我慢するのは途方もない苦行です。
 次女は、折れそうな心を支えるために声に出さずに数を数え続けていました。
 ――あと百数えたら、オシッコをしてもいい。
 そう自分に言い聞かせて、百を数えるあいだだけ必死に我慢をするのです。終わりのない我慢では心が負けてしまいそうでも、おしまいがある我慢なら、なんとか耐えきれそうな気がするのでした。
 ちょうど、かくれんぼで鬼になって数を数えるように。その間だけはじっと我慢をして、それが終われば、自由になれるのです。
『はちじゅうさん、はちじゅう、にぃ……っ、は、はちじゅう…い、いちっ……』
 でも、次女があと百数えるだけと自分に言い聞かせるのは、これで4度目なのです。
 いったいあと何回、『あと百数えるだけ我慢』を繰り返せば、オシッコを出していいのでしょうか。
『ろ、ろくじゅう、ご、っ……ろ、ろくじゅう、ろくっ……』
 だんだん頭がぼうっとしてきて、なにも分からなくなりながら、ときどき増えてしまう数字を繰り返し、次女は指を噛み締めて百を数え続けました。
 -10-
 長女は、食器棚の中で必死に誘惑と戦っていました。
 たくさんの食器がしまわれた食器棚で、長女が隠れている目の前にはちょうど、みんながごはんに使っているミルク入れがあります。姉妹全員とお母さんの分、あわせて8人分のミルクをいれておく壷から、長女は目を離せずにいました。
 長女のそばでは、オシッコ我慢の悪魔がイケナイことを囁き続けます。
『だめよ、だめだったら……そ、そんなの、できるわけないじゃないのっ……』
 オモラシなんて許されない、一番上のお姉さん。
 どうしても我慢できないのですから、せめて、下着を濡らさずに、こっそりとでも、どこかにオシッコを済ますことができれば――そんな風に考えてしまったのがいけなかったのです。
 家族みんなが飲み干しても、まだ余るほど、たっぷりとミルクを注いでおける、大きな壷が――目の前にありました。
『だ、だから、だめだってば……っ!!』
 この、大きな入れ物になら、いまもなお膀胱をはちきれんばかりに膨らませている、おなかの中のオシッコを、全部、すっきり、ありったけ、出してしまえるのではないでしょうか? 長女は、その考えを振り切ることができませんでした。
『み、みんなの使う、だいじな食器なんだから……で、できるわけ、ないじゃないっ……』
 女の子として当たり前の羞恥心と、お姉さんとしてのプライド。それをもってしても、暴れ続けるオオカミの恐怖と、もう限界を超えつつある尿意は耐えがたいものです。
 ぞわぞわぁっ、とお尻から腰を伝って背中に昇るイケナイ刺激に、長女は情けなく声を上げてしまいそうになります。
『あ、ぁああっ』
 我慢、我慢、我慢。
 イケナイこと、しちゃダメなこと。自分にそう言い聞かせようとする長女でしたが、必死に奮い立たせようとする勇気も、尿意の大津波にさらされてへにゃんと萎えてしまいます。
『うぅ……く、ぅ……っ』
 このまま。
 このまま、オモラシしてしまうくらいなら、せめて――、いっそ。
 こんな所で、下着や床を、汚してしまうくらいなら。せめて――汚すのはあのミルク入れ、ひとつだけにしたほうが、まだマシなのでは――
『っ…………み、みんな……』
 ほとんど無意識に、“ごめんなさい”と口にした長女の手が、勝手にミルク入れを掴み引き寄せます。
 大きな壷の口を脚の付け根の間に沿えて、ぐいっと下着の股布を横に引っ張り、ひくひくと震えているオシッコの出口を――
 そこで、長女ははっと我に帰りました。
『あ、あは、……なんてね、で、できるわけ、ないじゃないの、ねえ……。な、なにしようとしてるのかしら、私……だ、ダメに決まってるじゃない。……こんな、こんなの……っ、わ、わたしが、いちばん、お姉さんなんだから……こ、こんな、ところで……しちゃうなんて……っ』
 あと一歩。あとほんの、ひと押し。
 最後の最後の一線で我に帰り、理性を取り戻し、長女は自分のしようとしていたコトをごまかそうとしました。
 込み上げてきた後悔に、胸が押し潰されそうになります。
 長女はぎゅっと目を閉じて俯きました。一番お姉さんなのに、一番我慢できなきゃいけないというのに、こんなにもあっさりくじけてしまいそうになるなんて。
 これでは、まだオムツも取れたばっかりの妹に、おトイレのしつけをすることも許されないでしょう。
 けれど。
 なまじ、被害を出すことなく、もう限界のオシッコを受け止める事ができる入れ物がある、という分だけ、ほんとうは一番我慢ができなければならないはずの長女は、オシッコを堪えつづけるための意志を揺るがされていました。
 -11-
 そして――
 限界ギリギリの我慢が、そうそういつまでも続くはずもありません。
『あぁああ、あっ』
『だ、だめ!!』
『んんぅぅっ!!』
 じゅわ、じゅじゅ、じゅぅぅう!!
 3人の姉たちは、仲良く、ほとんど同時に、隠れていた場所の中であそこから恥ずかしい熱湯を噴き出させてしまいました。
 おさえようとする声が、くちびるから小さく漏れてしまいます。
 耐えに耐えて辛抱し続け、それでもとうとう我慢できなくなったオシッコを漏らしてしまう解放感に、3人の姉は抗いきれませんでした。
 おチビりはあっというまにオモラシになり、妹達よりもいくらか育ったお姉さんヤギたちの下半身を水浸しに変えてゆきました。
 我慢の果てに訪れた強制的な尿意からの解放に、姉としてのプライドを微塵に砕かれながら、長女、次女、三女の3人は、それぞれの場所で本格的にオモラシをはじめてしまうのでした。
 -12-
 柱時計のすぐ側を、激しい足音が行き来します。
 暴れるオオカミの息遣いすら、はっきりと聞こえてくるほどでした。
「やだ、やぁ、……あ、開けないでぇ……っ」
 オオカミの気配にすっかり怯えきり、もう声を潜めていることもできず、七女……一番年下の妹ヤギは、恐怖と孤独に戦いながら、全身を使ってオシッコを我慢していました。
 我知らず、ガクガクと膝が震えます。恐怖が理由なのか、オシッコがしたいのかはもう自分でもわかりませんでした。
「やだ、やだ、やだぁ!!!」
 泣きじゃくりながら、末の妹がしゃがみ込んだ柱時計の中は、どんどんと色濃く変わってゆきます。
 じつは、姉妹たちのなかで一番オシッコを我慢していたのは末妹の七女なのでした。
 隠れる前にも、何度も姉にオシッコがしたいと、トイレに行きたいと訴え続けていたのに、オオカミから逃げることに夢中になっていた姉達には聞きいれてもらえなかったのです。
 だから、これまで七女がオシッコを我慢し続けていられたのは、ほとんど奇跡のようなものでした。
 夜、寝る時のオネショ防止用のオムツが取れたばかりの七女は、押しこまれた柱時計の中で、お姉ちゃん達の言い付けを守って、ただじっと声を殺し、オシッコを我慢していました。姉妹でも一番小さな身体で、一番たくさんオシッコを我慢し続けていました。
 でももうダメです、もう限界です。まるで弾けた水風船のように、倒れたガラスのコップのように、高く高く吹き上がる噴水のように、オシッコはあとからあとから溢れ出してきます。
「あああ、やだ、やだよぉ…!!」
 じゅわぁあとパンツの股布にぶつかる熱い雫が、一番年下の妹の、小さな身体を伝って太股から足元へと滴り落ちてゆきます。座り込んだお尻の下で、パンツと服をびちゃびちゃに汚し、じゅわじゅわと拡がり、オモラシの決定的な証拠を増やしてゆくのです。
 自分の身体なのにどうすることもできず、七女はただ、もうこれ以上オシッコが出ないように、お願いを続けるしかありませんでした。
 けれど滝のように溢れるオシッコは止まりません。オシッコの出口が壊れてしまったかのようでした。これまで末の妹がしてしまった、どんな限界ギリギリのオモラシよりも、オネショよりもさらにさらに激しく、オシッコは出続けます。
「あう、あ……ぁ、あぁ……~~っ……」
 その勢いと量といったらすさまじく、いったい末妹が、こんな小さな身体で、どれくらい我慢をしていたのか、呆れてしまいたくなるほどなのでした。
 
 -13-
 そして――
 だんっ、だん、だんっ!!
「ぁあう、あっ、あ、ま、あぁあ!!」
 オオカミもまた、とうとう居間の真ん中で、一歩も前に進めなくなっていました。ガクガクと震える膝が、その場でばたばたと床を踏み鳴らします。まるでふくらはぎが丸太のように突っ張って、自分のものではないかのようです。
 オオカミは歩くかわりに、吹き出しそうになるオシッコの出口を塞ぐための脚踏みを繰り返していました。握り締めた椅子の背中がぎしぎしと軋み、我慢の末にぱくりと開いたくちびるからは、荒く切羽詰まった息がこぼれます。
「あ、……は、うっ、あ、くぅ……」
 そんな有様ですから、ヤギの姉妹たちもすっかりおびえてしまって、誰一人として出て来れないのでした。何度もおチビりを繰り返した末、すっかりびちゃびちゃになってしまった下着が、ぐっしょりと脚の間にへばりつきます。
(も、もうダメ、オモラシ……出ちゃう、オシッコ……っ)
 じゅじゅ、じゅぶ、じゅうぅ、と現在進行系でどんどんと色を変えるキュロットの前を押さえ、きつく握り、オオカミは涙をこらえてすがるように――あたりを見回しました。
 このオモラシが、もはや避け得ない運命なら、せめて、誰も見ていない事を確認しようとしたのです。
 その時でした。
(え……っ)
 オオカミの目の前で、ぎしぎしと、壊れていた玄関のドアが軋みます。
「あら、玄関が壊れちゃってるわ。……みんな、なにかあったの?」
 そう。ヤギのお母さんが帰ってきたのでした。
 -14-
「あら……?」
 傾いて軋んだドアを開けた先の、家の中の惨状に、お母さんヤギは思わず眉を潜めてしまいました。洋服掛けは倒れ、食器は床に落ち、壁はへこみ、絨毯はくしゃくしゃに寄っています。
「あらあら、みんな、お留守番はどうしたの――」
 不審げに家の中に踏み入れたお母さんヤギ。
 それと同時に、
「「「「「「「うわぁあぁーーーんっ!!」」」」」」」
 家の中のあちこちで、一斉に泣き声が上がりました。
 食器棚、クローゼット、暖炉の奥、戸棚の下、トイレ、そして柱時計の中。
 隠れていた姉妹たちが、お母さんの声に我慢しきれず泣き出してしまったのです。
 それぞれオモラシをしてしまった七人のヤギの姉妹たちは、次々と濡れた脚を引きずって、隠れていた場所を飛びだし、居間のお母さんに抱きつきます。
「ごめんなさい、お母さんっ……」
「お、オモラシ……」
「と、トイレ、が、我慢できなかったのっ」
「わたしなんか、一番お姉ちゃんなのに……」
「オシッコ、でちゃった……」
「ごめんなさいぃ……」
「ママっ……うわぁーーんっ!!」
「……ちょ、ちょっと、いったいなにがあったの……!? あなたたち…?」
 オシッコまみれの下半身のまま、お母さんにしがみつき、べそをかいて泣きじゃくる七人の姉妹に、お母さんヤギはさらに呆気にとられてしまいました。
 それだけではありません。
 居間には、もうひとり大変なことになっている女の子がいたのです。
「あ……ぁ」
 床にぺしゃんと座りこんで、閉じた脚の間に両手を押し込んで、オシッコ我慢の限界にぐいぐいと腰をくねらせねじりつけ。
 両膝をまるめ、尻尾を垂れさせ、耳をくたりと倒し、必死にオモラシを堪えているオオカミの少女を見て、お母さんヤギは目を丸くしました。
「あなた……?」
「お、お願い……み、見ない、で……ぇ」
 目をうるませながら、か細い声で悲鳴を上げるオオカミ。
 オオカミの身体は、勝手にオシッコを絞り出そうとしていました。オモラシのカウントダウンに入り、パンパンに膨らんだ膀胱の膨らみが、脚の付け根に向かって降り、キュロットのおなかをまあるく膨らませています。
 なにしろ、オオカミは昨日からオシッコができていないのです。そのおなかはまるで赤ちゃんがいるみたいにまるーく膨らんでいて、その激しさといったら、まるで姉妹7人分のオシッコを全部一人で我慢しているかのようでした。
 オシッコの出口のすぐそこまで、ずっと我慢し続けだった大量のオシッコがやってきているのでした。オオカミはもう、動けません。
 見知らぬ少女の大変な有様に、お母さんヤギはぽかんと口をあけるばかりです。
「ひっく、こ、この、オオカミのお姉ちゃんが……っ」
「あ、あたしたちね、食べられちゃうの……」
「怖かったのぉ、ママ……ママぁ……っ」
 口々に訴える姉妹たちは、オオカミの少女を指差しました。
「そ、そんな、違ぁ……やだ、ぁ……ち、違うのぉ……っ!!」
 けれど、オオカミにはそんなつもりはないのです。
 ただただ、トイレに行きたい――オシッコがしたいだけなのでした。耳まで真っ赤になりながら、掠れるような悲鳴をあげるオオカミは、どこにでもいる、ごく普通の女の子でした。
 そんな女の子の足元で、じゅじゅぅ、じゅわああ、と篭った水音が響きはじめます。
「やだぁ、……と、トイレ……オシッコ、ぜ、ぜんぶ……でちゃう……、出ちゃうよぉ!!」
 じゅじゅじゅしゅわ、じょわあああぁっ、
 じょば、じょじょじょっ、じょぼぼぼぼぼぼぼぉ……
 ヤギの姉妹とお母さんの見ている前で、オオカミの少女は、とうとうオシッコをはじめてしまったのでした。
 オオカミの膨らんだ風船のようなおなかから、まるで滝のようにものすごい勢いでオシッコが噴き出し、床の上に撒き散らされてゆきます。
 丸一日我慢し続けていたため、オオカミのオモラシはヤギの姉妹たちのどんなオモラシよりも激しいものでした。あんまりすごい勢いなので、姉妹のうち、下の妹たちの中にはそれにつられて、まだおなかに残っているオシッコを絞り出し始めてしまう子まで出てしまいます。
「ひっく……ぁう……っ……」
 オオカミは真っ赤になった目をこすります。
 オシッコの湖に拡がる波紋は、ぬぐいきれなかった涙の雫でした。ヤギの姉妹たちも、同じように内腿の間にオシッコの筋を伝わせながら、ぽろぽろと涙をこぼし続けていました。
「ええと……どうしましょう……?」
 七人の姉妹と、オオカミの少女――8人のオモラシによってそこらじゅうオシッコまみれになってしまった家の中で、お母さんヤギはすっかり事態についていけずに、ひょっとしてわたしもオモラシしなければいけないのかしら……なんていうようなコトを考えているのでした。
 ……めでたし、めでたし。
(初出:おもらし特区 2008/07/27 2008/09/27改訂)

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