「よぉーしウェンディ、今日は何をして遊ぼうか。かくれんぼはこのまえやったし、鬼ごっこも飽きたなぁ。またフック船長でもからかってこようか?」
満天輝く星空の下、今日もピーターはご機嫌でした。今日は一体どんな楽しい遊びをしてやろうかと、いたずら心をわくわくさせながら考えこんでいます。
ここは子供の国ネバーランド。たとえどんなに夜更かししても、どんなにたくさん悪戯をしてみても、叱る大人はいないのです。いっぱい遊んで、食べたいものだけを食べていればいいのです。
よく冷えた木苺のジュースをぐいっと飲み干して、ピーターは向かいのウェンディに訪ねます。
「ねえウェンディ、どうしようか? ウェンディ? ……うん? どうしたんだいウェンディ、さっきから全然飲んでないじゃないか。君の大好きな木苺ジュースだよ?」
「え、ええ……」
うきうきと心を躍らせるピーターは、やけにおとなしいウェンディに首を傾げます。今夜のウェンディはなんだか妙にヘンなのでした。とっても美味しいジュースを前にしても、ほとんど口もつけないままです。
「じゃあ、アイスクリーム食べるかい? これも美味しいよ?」
「い、いらないわ……」
「遠慮なんからしくないよウェンディ。ほら」
「っ……」
それどころか、ピーターとっておきのチョコレートアイスまで溶かしてしまう始末。
しきりに様子を気にするピーターですが、ウェンディは俯いて、もごもごと小さくつぶやくばかり。心なしか顔も赤いようでした。何度もパジャマの裾を気にしては、椅子の上で座る位置を直し、小さく溜息を繰り返しています。
「ウェンディ、一体どうしたのさ? ヘンだよ?」
「…………、っ」
「ウェンディが食べないなら、ボクが貰っちゃうよ。あーんっ」
ぱくぱくとアイスクリームにかぶりつくピーターを前にしても、ウェンディはじっと黙っていました。くちびるを噛んでぐっと膝をくっつけたかと思えば、今度は一転、スリッパの爪先をテーブルの下でせわしなくばたつかせます。左右の手はお行儀悪く、ぎゅうっとパジャマの上から脚の付け根に押し付けられていました。
(だ、だめ……おトイレ……っ、でちゃうぅ……っ)
それもそのはず。ウェンディは、いまにもオシッコを漏らしてしまいそうだったのです。
(っ……やっぱり、出発する前にちゃんとおトイレに行っておけばよかったよぉ……)
ウェンディはゆうべ、ご飯の時に何杯もジュースを飲んでいて、お母さんに『そんなにいっぱい飲むとオネショしちゃうわよ』と叱られていたのでした。でも、ちっちゃな弟ならともかく、おねえさんの自分がオネショなんかするわけないと思ったウェンディは、トイレに行かないまま寝てしまったのです。
もし、ピーターとティンカーベルがやって来ず、あのまま朝まで眠っていたら、ウェンディは間違いなく何年かぶりにシーツにとくべつ大きな世界地図を作ってしまっていたでしょう。
お母さんに叱られたのでむしゃくしゃしていたウェンディははそのまま窓から空を飛んでネバーランドにやってきましたが――気付けば猛烈にオシッコがしたくなっていたのでした。
「病気かい? でも変だな。ネバーランドで風邪なんかひくわけないし。ねえウェンディ?」
「そ、そうね……」
「まあいいや。そろそろ行こうよ。とりあえず今日は向こうの山まで探検だ!!」
けれど、ピーターはそんなウェンディのことなんかまったく気にしてくれません。ピーターときたら自分のことしか喋らず、今日の遊びの算段ばかりしているのです。
(もぉ、ピーターってばデリカシーないんだからっ……気付いてくれたっていいじゃないっ)
ウェンディも年頃の女の子です、できればはっきりトイレに行きたいなんていいたくはありません。でも、我慢しようとしても、もうそう長く持ちそうにありません。もともとベッドの中でも朝まで我慢できそうになかったのですから、このままピクニックに出かけようものなら、間違いなく途中でオモラシをしてしまいます。
(っ……)
「よし、いこうウェンディ!!」
「ピーター、お願い、ちょっと待って!!」
おやつを食べ終えて飛び上がろうとしたピーターを、とうとう声に出してウェンディは呼び止めました。
「どうかしたのかいウェンディ? ピクニックは嫌?」
「そうじゃないわ、その、えっと……その前に、ね、ちょっと――」
上手く言うことができず、ウェンディはかぁっと顔を赤くして俯いてしまいます。
両手はパジャマの前に重ねて当てられたまま、もじもじそわそわと脚をくねらせるのをやめることもできませんでした。
「もう、いったいなんなんだい、ウェンディ。さっきからさ、おっかしいよ、キミってば」
顔をハテナマークでいっぱいにして、ピーターは首を捻るばかりです。ネバーランドの永遠の子供であるピーターは、そもそも誰かのことを考えたり案じたりというのがとても苦手なのでした。だから、そんな自分の振る舞いがますますウェンディを恥ずかしがらせていることにも気付けません。
「ね、ねえピーター、その……」
ピーターにじっと見つめられ、ますますウェンディは言葉に詰まってしまいます。ぎゅうっとパジャマの股間を握り締めて、途切れ途切れに言いました。
「あの……お、お手洗いは……どこ?」
「お手洗い? なんだいそれ」
「と、トイレ……おトイレよ!! わ、わたし、おトイレに行きたいのっ」
きょとんと目を丸くするピーターに、ウェンディはとうとう怒鳴ってしまいました。お手洗いなんて、男の子のピーターには、そんな洒落た言い方は通じないのです。
(も、もぉっ!! ピーターのバカっ……!!)
こんな風にもじもじと腰を震わせてトイレの場所を聞けば、自分がオシッコを我慢していることなんか一発でバレてしまうでしょう。ハズカシさにウェンディは耳まで赤くなりながら、ピーターの答えを待ちます。
けれど、あろうことか、ピーターははんっ、と呆れたように鼻を鳴らして笑います。馬鹿なことを言っているのは、ウェンディだと言わんばかりでした。
「何言ってるんだいウェンディ? ここは夢の国ネバーランドだよ? ボクたち子供の、子供たちのための国。怖いことや嫌なことなんてなんにもない場所なんだ。だからトイレなんかもないに決まってるじゃないか! あんな暗くて狭い場所、罰で閉じ込められる牢屋みたいなものだよ!!」
ネバーランドで暮らすようになる前の、まだ普通の子供だった頃のピーターにとっては、トイレなんてものは大切でもなんでもない場所でした。
悪いことをしたとき、ピーターはいつも家から離れたトイレに閉じ込められました。薄暗くて狭くて、寒くて、なんにもない場所。牢獄と同じように、外からかんぬきをかけられ、許してもらうまで外に出ることを許されない場所だったのです。
だからピーターはネバーランドにやってきた時、トイレを無くしてしまったのでした。幸いなことにピーターパンは男の子でしたし、女の子の友達もいなかったので、トイレのことなんてさして気にしていなかったのです。
けれど、ウェンディには一大事でした。女の子にとって、トイレがないなんて死活問題です。
「牢屋って――そんな、困るじゃないっ!!」
「困らないさ!! あんなの、なくたって全然困らないね!!」
「困るわよ、バカっ!!」
(――おトイレがないなんて、じゃ、じゃあ、わたしはどこでオシッコすればいいのよ!?)
ウェンディのおトイレの我慢の限界は着々と迫っています。おなかの中のオシッコの入れ物は、さっきから悲痛に叫びをあげていました。
ちょっとでも気を抜けば、下着にじゅわあっと熱いシズクが染み出してしまいそうです。ぷるぷると必死になって我慢を続け、出口を締め付ける『女の子』も、いつ集中が途切れてしまうかわかりません。
脚を交差させ、膝を重ねる切羽詰った姿勢で、ウェンディはピーターを問い詰めます。
「じゃあ、ピーターは、……その、……オシッコ、したくなったとき、どうするの?」
「オシッコ? べつにどうもしないよ、その辺で適当に済ませればいいじゃないか」
なんでもないというように答えるピーター。それはそうです。男の子のピーターには、オシッコするのなんて簡単なことです。その気になればどこでだってオシッコができるのですから。
けれど、ウェンディはそうはいきません。なにしろ彼女は、女の子なのです。女の子がオシッコをするためにはさまざまな準備が必要でした。なによりも、ピーターのように、女の子はオシッコをするところを見られて平気なわけがないのです。
「ははあん、ウェンディ、さては一人じゃ寂しいんだね? ちょうどいいや、ボクもしたかったんだ。一緒に済ませちゃおうか」
「っ……ば、バカっ!! 何言ってんのよぉっ!!」
「ぶっ!? ウェンディ、い、痛いってば!? なにするのさ!!」
「バカっ、ヘンタイ!! ピーターのバカっ!!!」
とんでもない提案に、ウェンディは反射的にジュースのグラスを掴んでピーターに投げつけました。まさか、ピーターと並んでいっしょにオシッコができるはずもありません。
「バカ…、そんな、勝手にっ、だ、大体ね……ん、…んんぅ…っ!!」
けれどそうやって興奮したせいか、ますますウェンディはオシッコに行きたくなってしまいます。
「くぅっ……はぁ、はぁっ……」
ぎゅっと身体をよじりながら、ウェンディは一生懸命ガマンをしました。オモラシをしてしまわないように、ありったけの力でオシッコの出口を押さえつけます。
ウェンディの攻撃がやんだのを見て、ピーターはようやく閉じていた目を開け、呆れたように肩をすくめました。
「なにするんだよ、まったく――もういいや、ウェンディ、キミのことなんかしらないからね。今日はボクひとりで遊びにいくから!!」
ティンカーベルの魔法の粉を浴びて、ピーターはふわりと空に飛び上がりました。
そのまま空中で逆立ちして、ウェンディにあかんべーをします。
「混ぜてくれって言っても、一緒に遊んでなんかやらないからねっ!!」
そう言い残して、ピーターはひゅうんと夜空に飛んでいきました。ウェンディが『待って!』という間もありませんでした。
ひとり取り残されたウェンディは、途方にくれてしまいます。
「……っ、ど、どうしようっ……」
ぐるりと周りを見回してみますが、テーブルと椅子のほかには何も見当たりません。木苺のジュースとアイスクリームも、もうすっかり空っぽです。
「ああもうっ……と、とにかく――おトイレ、はやく……っ」
ピーターには腹は立ちましたが、ここでじっとしていてもはじまりません。一刻も早くトイレにいかなければなりませんでした。パジャマのお尻をふりふりともじつかせながら、ウェンディは席を立ってトイレを探すことにしました。
けれど、ピーターの言葉どおり、どこにもトイレらしき場所は見付かりません。
「もうっ……おトイレがないなんて、そんなむちゃくちゃなことあっていいの!? ……ぁうぅっ……」
ネバーランドの支配者であるピーターが“ない”というのですから、本当にトイレはないのでしょう。ですが、それではウェンディはいつまで経ってもオシッコができないことになります。
弟たちならともかくも、まさか、おねえさんであるウェンディが、トイレ以外の場所で――たとえばその辺の物陰や、草むらの茂みでオシッコできるはずもありません。
考えただけで、頭が煙を吹きそうです。
(んっ……ピーターは男の子だからわかってないんだわ……女の子にとって、おトイレがどれだけ大切な場所なのか……!!)
ピーターが子供であることにこんなにも苛立ちを覚えたのは、ウェンディにはこれが初めてでした。たしかにワガママでいうことを聞かない男の子ですが、それがこんなにも腹が立つなんて。
せめて大人の人なら、トイレをなくすなんてバカなことを考えることはないのでしょうが……
「……っ、そ、そうよ、そうだわ!!」
思わずしゃがみ込みそうになりながら、やってきた激しいオシッコの突撃をなんとか凌いだウェンディは、はっと思いついて顔を上げます。
そうです。このネバーランドにも、大人の人がいるではありませんか。
ピーターパンの宿命の敵、海賊フック船長。
確か前に、ウェンディがフック船長にさらわれた時のことでした。ウェンディを人質にして海賊船で酒盛りをしていた海賊の子分が、お酒を飲みすぎて、我慢できずにトイレに駆け込んでいったのを思い出したのです。
(フック船長に頼るなんて、普段なら考えられないことだけど……オモラシするよりはマシよ!!)
ウェンディは走り出しました。ティンカーベルがいればひとっ飛びなのでしょうが、あいにく今日はウェンディはひとりでした。
いつもフック船長とその海賊団が根城にしている西の入り江に、あの海賊船も停泊しているはずです。
「はぅんっ……くぅうっ……」
(がまんよ……ガマンするの。船までの辛抱なんだからっ……!!)
もじもじと突き出したお尻を揺すり、よちよちとアヒルのように内股になりながら、ウェンディはくじけそうになる心を振るいたたせて、できる限りの全速力で急ぎます。
このネバーランドで、たったひとつだけのトイレを目指して。
「なぁにぃ? 誰かと思えば小娘、ピーターの仲間じゃねえか」
「う……ウェンディよ」
ただでさえ恐ろしい髭もじゃ片目の船長にギロリと睨みつけられて、ウェンディはすっかり震え上がってしまいました。眼帯からはみ出した大きな傷跡がうねり、鉤爪の片腕がぎらぎらと輝いてウェンディの顔の前に押し付けられます。
ここまで走ってくるのだけでふらふらになってしまった脚がすくみ、揺れる船の上ではうまく立っていられなくなって、ただでさえ限界の『女の子』がひっきりなしに悲鳴を上げます。もはや海賊たちの前だというのに隠すこともできず、ぎゅうううーーーっ、とパジャマの上から脚の付け根を握り締め、ウェンディは泣き出しそういなってしまいます。そしてウェンディの『女の子』もいつ泣き出してもおかしくありませんでした。
「ふん、名前なんざどうでもいい。それより小娘、ピーターの小僧はどこだぁ?」
「い、いないわ。わたし一人よ」
「……ほう、ひとりで乗り込んでくるたぁいい度胸じゃねえか。いったい俺様に何のようだ?」
「え、えっと……それは、その、……だから……っ」
女の子が大人たちの前でトイレを貸して欲しいなんていうことを口に出すだけでも恥ずかしいのに、海賊船にいるのはどいつもこいつも恐ろしい風貌の荒くれ者の海賊たちばかりなのです。子分の海賊たちからじろじろと見られて、ウェンディはますます行き場をなくしてしまいます。
たとえ正直に言ったとしても、素直にトイレを貸してくれるとは思えませんでした。けれど、もう他に方法がないのです。
「――……れ……て」
「なんだ?! 声がちっちぇぞ!! 聞こえねえ!!」
「……ぃれ、…して……って言ってるのっ。……お、……っこ……、なのっ……!!」
「はあ? 全っ然聞こえねえぞ。小娘!! このフック船長様を呼びつけておいて、まともにしゃべれねえのか?!」
フック船長に大きな声で怒鳴られ、ウェンディももうやけくそでした。顔を真っ赤にして、叫びます。
「っ、うるさいわねオシッコよ!! オシッコ漏れそうなの!! トイレ貸してよって言ってるのよっ!!」
「と、トイレ? トイレって、あのトイレか?」
衝撃の告白に、海賊の子分たちがどよめきながら顔を見合わせます。
それはそうでしょう、そんなことのためにウェンディが単身海賊船に乗り込んでくるなど思ってもいなかったのですから。なんだかんだ言っても、彼ら海賊たちも夢の国ネバーランドの住人です。彼らは生まれた時からずっと大人で、わがままで無鉄砲なピーターパンを困らせるために、理不尽な大人として悪さを続けているのです。大悪党の海賊フック船長以下、海賊の子分たちが律儀にきちんとトイレを使っているのも、子供達のオネショやオモラシをからかい、叱るためなのでした。
彼らにとって子供というのは、トイレのしつけがなっていなくて当然なのです。
だから、彼らはいまウェンディが顔を真っ赤にして、トイレでオシッコをしたがっている理由も、その訳も、気持ちも、よくわかっていないのでした。
「ふん、くだらねえ。ピーターと一緒にそこらですりゃあいいじゃねえか」
「で、できるわけないでしょ!? わたし、女の子なんだから!!」
あろうことか、仮にも大人のはずの海賊たちにピーターと同じことを言われて、ウェンディは驚きました。常日頃、女の子なんだからおしとやかにしなさい、と言われ続けているウェンディには、大人から男の子と同じようにしなさいなんて言われたことはありません。
けれど、海賊たちネバーランドの大人にとっては、ピーターもウェンディもおなじ子供なのです。だから女の子のウェンディにも男の子のピーターと同じようにすればいいとしか言えないのでした。
「ね、ねえお願いっ、はやくオシッコさせてぇっ!! ん、ぅ、…も、もう漏れちゃうのっ!! おねがい……くぅっ…お、おトイレ、はやくぅ……!!」
足踏みをしながら必死に訴えるウェンディに、フック船長はふん、と鼻を鳴らします。
「ふん……まあいい。ただし、ここは俺様の船だ。当然、トイレだって俺様のものだ。俺様のものを使うんだから、使用料を払ってもうらうぞ。一回金貨百枚だ」
「な、なによそれ!? そ、そんなにお金なんか持ってないわ、わたし……!! ぁうっ……ね、ねえ、意地悪しないでよっ!! ……ほんのちょっとオシッコするだけじゃないっ!!」
「なあに、払えないんならいいんだぜ?」
困惑するウェンディを見て、フック船長をはじめ、海賊たちがニヤニヤと笑いました。
大人というのは、子供にはよくわからない理由で子供を困らせ、怒り、どなりつけ、理不尽な理由をくっつけて叱るものです。ネバーランドの大人であるフック船長が、素直にウェンディの言うことを聞くはずもありませんでした。
「なあに、使っちまったら汚れるからな、掃除代みたいなもんだ」
「そ、そんな……ぁ、あっ……わ、わたしそんなに汚くしたりなんか、し、しないわよっ!! っ、ちゃんと、じょ、上手におトイレ……使えるんだからっ!!」
「いーや、ガキの言うことなんか信用できねえな。ガキはトイレのしつけがなってねえ。ションベンの始末もできねえもんなんだ」
「や、やめてよっ……あたし、ちゃんとオシッコできるもんっ!! ねえ、いいでしょ、お願いっ!! すこしだけ、ちょっとだけでもいいから、お、オシッコさせてよぉっ……」
「はぁん、だめだな。なあ手前ぇら?」
「おう、船長のいうとおりだぜ!!」
「ダメだダメだ!!」
「使わせらんねえな!!」
「そんな……お、おねがいっ、おねがいします……オシッコさせて…ぇ……!! もう、もう本当に出ちゃうのっ、オシッコでちゃうのっ!! ちょっとだけ、トイレ、おトイレ貸してくださいっ。おねがい、は、半分だけでもいいからっ、お、おしっこ、オシッコ……オシッコぉ…っ!!」
「半分? じゃあ金貨50枚にまけてやらぁ」
がはははは、と海賊たちが一斉に笑いました。とうとう動けなくなってしまったウェンディが、ぺたんとその場にしゃがみ込んでしまいます。
その時でした。
「フック船長!! ウェンディをいじめるな!!」
勇ましい声と共に、颯爽と風を切ってピーター・パンが現れたのです。ピーターは華麗に空中でくるくると回ると、海賊船のマストに飛び乗ります。その手にはすでに剣が握られていました。
「ぬう、現れやがったなピーター・パンの小僧め!! 手前ぇら、なにをぼーっとしてやがる、やっちまえ!!」
フック船長が叫びました。海賊たちが口々に戦いの声を上げ、一斉にマストに群がります。
けれど、身軽なピーターはマストを登ってくる海賊たちをふんづけ、けとばし、ひらりひらりと身をかわして、たちまちのうちにフック船長のいる甲板までやってきます。
「ウェンディ、もう大丈夫だよ!! すぐに助けてあげるからね!!」
「あ……や、あの、ち、違うの、ピーター……だめ……」
いつもなら、ピーターに駆け寄るところです。けれど今のウェンディは、それすらもできません。いいえむしろ、今ピーターに来られてはとても困るのです。
けれど、ピーターはもちろん聞いていません。
「フック船長め、油断もすきもない!! ウェンディに酷いことをしたな!!」
「ふん、なんだか知らねえがちょうどいい、今日こそ決着をつけてやるぞピーター・パン!! ふんじばって海に投げ込んでやる!!」
ぎらりと鉤爪を掲げ、剣を抜くフック船長。ピーターも剣を構えて、やぁっとばかりに斬りかかります。
きん、きぃん、かきぃんっ!!
――この二人が戦うのは、もう一体何百回目になるのでしょう。けれど、いかな大海賊フック船長といえども、ネバーランドの永遠の少年、ピーター・パンにかなうはずがないのです。ひょいとフック船長の剣を受け止めたピーターは、そのままひょいと空に飛び上がり、船長の背中を思い切り蹴飛ばしました。
どうと音を立てて、船長は甲板に突っ伏し、のびてしまいます。
「せ、船長がやられた!!」
「逃げろっ!!」
旗色が悪いと見るや、海賊の子分たちはいちもくさんに船を逃げ出してゆきます。情けない大人たちの背中をふふんと胸を張って見送り、ピーターはウェンディに駆け寄りました。
「大丈夫だったかいウェンディ、怪我はない?」
「あ……あの、まってピーター、あ、あのね、あのっ」
「戻ってみたらいなくなってたから心配したんだよ。もう平気だ、フック船長はやっつけた。帰ろうウェンディ、ネバーランドに」
「あ、やだ、ま、待ってっ、待ってぇっ」
ウェンディはピーターの手を振り払おうとしましたが、うまくいきません。好き勝手にオシッコの準備を始めようとする下半身を押さえ込むので精一杯です。きつく締め付けていたはずのオシッコの出口が自然に緩み出し、パンツの中にぷしゅっぷしゅっとオシッコを吹き出します。
じわじわと脚の間に広がる熱い感触に、ウェンディは背中を震わせました。
「さあ、捕まって、ウェンディ」
ティンカーベルの魔法の粉で、空を飛べるようになっているピーターに手を掴まれ、ウェンディの身体が甲板の上からふわりと浮かび上がります。同時にぞわぁっとイケナイ感覚がウェンディの背中を這い登りました。
(や、やだっ……っ、トイレ――っ)
宙に浮かぶウェンディの前から、海賊船が見る見る遠ざかってゆきます。支えを失ったウェンディの脚ががくがくと震えだしました。
また、あのトイレのない国に帰らなければならない――。
ウェンディの顔がすうっと青ざめてゆきます。
すっかり海賊がいなくなったいまこそが、千載一遇のチャンスのはずでした。ネバーランドでたったひとつのトイレは、すぐそこにあるのです。それなのに――
「は、離してっ、ピーターっ、だめ、だめぇえ!!」
「うわぁ!? ウェンディ、暴れら危ないよっ」
これから帰る先にはトイレはありません。つまり、ウェンディは、お外の物陰や草むらの茂みでオシッコをしなければなりません。
(そ、そんなのイヤぁっ……!!)
「と、トイレっ、ちゃんとしたおトイレでっ、ぉ、オシッコ、オシッコさせてぇええ……っ!!!」
とうとうウェンディは叫んでしまいました。
遠ざかるトイレに戻ろうともがくウェンディを、しかしピーターは離しません。それどころか、暴れ出したウェンディが落ちてしまわないようにもっとしっかりと、ぎゅうっと手を握り締めます。
「ウェンディっ!?」
「――、ぁ、……、ぁ、…あっ、あ。あっ、…あ、ああっあ、っ……」
ウェンディが丸く口をあけて『あっ』と言うたびに、じゅわっ、じゅじゅわっとオシッコが吹き出し、下着に熱い染みが広がってゆきます。ぷくっと膨らんだオシッコの出口が立て続けに音を立て、断続的にほとばしる熱い水流が閉じ合わせた腿の内側を溢れ、パジャマを水浸しにしてゆきました。
ウェンディは形振り構わずに自由になる片手で、必死に前を押さえますが、もはやオシッコは止まりません。もともと両手を重ね押さえて、ぎりぎりなんとか我慢できていたのですから、片手だけでは吹き出すオシッコを押さえきれないのでした。
パジャマのズボンを濡らし、足元まで滴るオシッコが、ぽたぽたぱちゃぱちゃと海賊船の甲板に飛び散ります。
じわぁ、とウェンディの目元にも涙が浮かびました。
「……あ、あの、ウェンディ……?」
「バカっ、見るな、見ないでよぉっ……」
ひくっとしゃくりあげながら、ウェンディは叫びます。顔は涙でぐしゃぐしゃで、尖った八重歯を見せて大声でピーターを怒鳴りつけました。
まるで蛇口が壊れたように、ウェンディのオシッコはじゅじゅじゅじゅうううと激しく勢い良く吹き出し、まったく衰える様子がありません。
下着にぶつかって跳ね返り、おしりをじわじわと満たしてゆく熱い液体。我慢を続けていたオシッコは、足元へと激しく流れ落ちてゆきます。パジャマに広がる染みは足の間ばかりかお尻のほう、さらにはおなかの下まで広がっていました。
じょろじょろとはしたない音を響かせ、ますます激しく出続けるウェンディのオシッコに、ピーターは息をするのも忘れて見入っていました。女の子のオモラシがこんなにも素敵なものだなんて、ピーターはまったく考えたこともなかったのです。
それは、ピーターがはじめて、“女の子”を意識した瞬間でもありました。
「バカァっ……見るなって、言ってるじゃないっ……」
オシッコが止まってもなお、じいっと濡れたパジャマを見つめつづけるピーターの頭を、泣きじゃくりながら、ウェンディはぽかぽかと殴り続けるのでした。
――めでたし、めでたし。
(初出:おもらし特区 SS図書館 2008/12/01)
第10夜 ピーター・パン
