チャイムが鳴った。
二つ目の授業が終わり、休み時間の始まりとなる。
時刻は10時過ぎ――静菜が登校して2時間が経過していた。
教師がドアを閉め退室すると、教室は一気に騒がしくなる。持ってきた雑誌を広げて放課後の予定を立てる者、携帯を広げてメールを打つ者、友達とお喋りを始める者、律儀に次の授業の準備を始める者、課題を忘れていたことに気付き、慌てて友達のぶんを写し始める者――
そんな日常の光景からたったひとり切り離されたかのように、静菜はじっと窓際4列目の席を離れずに、俯いていた。
(ふぅぅっ、うぅぅっ……)
苦しげな吐息をぐっと飲み込んで、自然に動いてしまいそうになる腰を押さえ込む。
下腹部はまるで石のように硬く張り詰め、緩められたスカートのホックをはちきれさせんばかりに膨らんでいる。比喩抜きで、ベルトの支えがなければ本当にそうなりかねない状況だった。排泄孔の感覚は薄れ、まるで膀胱に熱い砂の塊を飲み込んでいるようだ。
激しく波打つ発作がない間でも、目の粗い紙やすりでおなかの内側を擦られているような、執拗で猛烈な尿意は絶え間なく続いている。じんじんと熱を持った排泄器官は、途方もない我慢の果てに今にも擦り切れてしまいそうだった。
(ま、また来るっ……!!)
数分ごとにやってくるようになった猛烈な尿意の大波に、少女は硬く身を竦ませる。咄嗟に当てた手のひらの下で、括約筋が痙攣し、膀胱がぎりぎりと引き絞られる。歯を食いしばり、ぎりぎりと頬を強張らせながら、静菜は必死に抵抗を続ける。
ぱんぱんに膨らんだ膀胱は、少女の下腹部に納まりきらないサイズにまで膨張しているのだ。丸1日以上にも渡って醸造されたオシッコは、限界容量を超えてなお、ぞくぞくと膀胱へ送り込まれてくる。紙のように薄くなった静菜の膀胱は、それでもなお溢れそうになるオシッコを全て受け止め――奇跡的な我慢を続けている。
(っ、だめ――我慢できないっ……!!)
苛烈な尿意を少しでも和らげるため、静菜は両の手のひらを膝の間に重ねて押し込んで、『おトイレ』をはじめた。
(ん、んっぅ、んぅうぅっ……!!)
ふ、ふ、と荒い息がこぼれる。
身体の中で大きく膨らんだ膀胱は、敏感を通り越して過敏すぎるくらい過敏になっていて、内臓の蠕動や呼吸で膨らむ肺、心臓の鼓動すらもはっきりと感じ取ってしまう。
静菜の『おトイレ』のメカニズムは、鍛えられた括約筋を引き絞って、膀胱のふくらみを身体の中へと抱え込むことだ。これによって尿意を飲み込めば、膀胱はおなかの奥へと膨らむことになる。普通の女の子が我慢を続けていれば膀胱はわずかだがゆっくりと身体の外側にせり出すのに対し、静菜はそれを身体の中へと納めておくことができるわけだ。
そうやって排泄孔と膀胱との距離を伸ばすことでオシッコを身体の奥へと押しやり、尿意を緩和するのが、『おトイレ』のコツである。ちょうどおなかの中にオシッコを溜めた袋を抱え込むようなもの。
だが――もうすでに、何度『おトイレ』をしようとも、静菜の身体の中にこれ以上のオシッコを納めておくスペースは残されていない。必然的にオシッコは出口めがけて集まり、膨らんだ膀胱はどんどん下腹部のほうへとせり出しているのである。必然、膀胱と出口との距離も縮まり、尿意はいよいよ激しいものになってくる。
「っ、くぅ、ぅ……」
我慢、我慢と必死に言い聞かせる鋼鉄の自制心を乗り越えて、堪えきれないうめき声が外へと漏れてしまう。じわりと浮いた腰をぐりぐりと椅子の天板に押し付け、重力に引かれて落下してしまいそうな膀胱を、おなかの中に抱えなおす。
わずかでも緊張を緩めれば、そこから何もかも崩壊してしまうことはわかっていた。だから決壊寸前のダムに些細なヒビですら入ることのないよう、静菜は一時たりとても気を抜くことなく、我慢を続けていた。
じっとりと背中に張り付いたブラウスには、気持ちの悪い汗が滲んでいる。フェンスのないビルの屋上から地面を覗き込んでいるときのような、一瞬の油断もい許されない緊張感。いまの静菜は綱渡りのように細い細い緊張のタイトロープを渡っているのと同じなのだ。
朝のホームルームは、まだなんとか軽い身じろぎをするだけで我慢できた。
1時間目は、机の下で一回だけスカートの前を押さえた。
その次の休み時間は、どうしても我慢できなくて、5分以上もぎしぎしと椅子を揺らしながら足踏みをしてしまった。
2時間目の前半で、スカートどころか4回も下着の上から股間を押さえてしまい、
2時間目の後半にはその頻度は倍になった。
ずっしりと下腹部に圧し掛かる圧倒的な重圧は、いまや股間のすぐ上まで達してる。オシッコで満たされた膀胱は、静菜から動くことの自由すらも奪っていた。
(どっ…どうしよう……ぜ、全然、オシッコしたいの、治まらないよぉっ)
スカートの下で下着にしわがより、力の篭った内腿が擦りあわされるたびに股布が激しくよじれる。びくん、びくんと脈動する下腹部は、行き場所を失った膀胱が、出口に向かって膨らみ始めたことの証左だ。
これまで、静菜がここまではっきりと、人前におしっこ我慢の仕草を見せたことはない。静菜にとって学校でおしっこをしないことは当然のことであり、『おトイレ』によって尿意を和らげている間は、そもそも“我慢”に該当しないのだ。
「ねえ、トイレ行こ?」
「あ、うんっ」
すぐ近くで、少女達が連れ立って席を立つ。
静菜にはできないことをするために、おそらく静菜の何分の一も我慢していないだろうに、彼女たちはそんなことを言う。それにつられ、おなかの中に膨らんだ恥ずかしい液体がぷくりと出口へ押し寄せてくる。その激しさといったら、動けない静菜の身体を突きやぶって、直接トイレめがけて飛び出してゆかんばかりだ。
(ん、んっ、んぅっ……!!)
けれど、トイレに行きたいのに。こんなにもトイレに行きたいのに。
静菜がおしっこのできる場所は、どこにも存在していないのだ。
凶悪なまでに圧倒的な尿意を前に、他の選択肢はない。ぐっと唇を噛んだ静菜は教室の真ん中、クラスメイトの見ているすぐ目の前で『おトイレ』をさらに激しくしてしまう。
教室の中を虚ろにさまよう視線は、すでに宙空に固定され、焦点を失っていた。
ぷくりと小鼻を膨らませ漏れる吐息が、赤く染まった頬を撫でる。こぼれた前髪に半分隠れた顔も赤く、首筋にはしっとりと汗が浮かぶ。少しでも負担を減らそうと寄りかかるように身体を預けた窓ガラスは、湯気でほんのりと曇っていた。
(ん、ふっ、んゅっ、んんっ)
きつく噛み締められた唇は、まるで声を上げてしまえばそこから恥ずかしい液体がが滴り迸ってしまうといわんばかり。閉じ合わせた脚の間には深々と両の手が挟まれ、スカートの中まで差し込まれた手のひらは、崩壊寸前の排水口を持ち上げるようにぎゅっと重ね当てられている。
(んぅぅっ……!!)
きゅう、と静菜の下腹部の中で灼けた感触がうねる。張り詰めた括約筋は擦り切れ、覚える尿意はすでに痛みに近い。ちくちくとした感触は針の塊か、熱く湿った砂がぎっしり隙間なく詰め込まれているかのよう。
そこを押さえるたび手のひらにも返る硬い手ごたえは、我慢の一秒ごとに増していた。
(んっ、んふっ、んっ、んんっ、んっ……!!)
こみ上げてくる灼熱に、静菜はぎゅっと目を閉じ、唇の内側に強く歯を立てる。ヒクつく腰が浮かびそうになるのを押さえ、恥骨をぐりぐりと親指の付け根にねじつけて、少女は深く俯き、荒い息を押さえつけ、椅子の上で身じろぎを繰り返す。
少しでも楽な呼吸と息遣いを探し、両手をつかって、重く沈む下半身を支え、抱え上げる。その仕草が今は一番静菜にとって楽な姿勢だった。重力に従って出口を目指し下降する満杯の入れ物を、両手で直接、必死に持ち上げているのである。
(んくっ、んぅ、ふ、んぅっ、んゅ、んっ、んんん~~っ!!!)
少女の小さな水門を固定する括約筋、閉じ合わされた両足、擦り合わされる膝、重ねあわされた手のひら。羞恥をかなぐり捨てて何重にも張り巡らされた防波堤を乗り越え、押し崩さんばかりに波濤は高く、次々と押し寄せる。
容赦のない大自然の摂理に対し、もはや少女はまったくの無力だった。半分捲れ上がったスカートの内側では、股布にじわっ、じわっと熱い雫が吹き付けてはその侵食範囲を広げていた。
(んぅ、んっ、んんっ、んんぅんっ……!!)
股間に張り付く不快な湿り気が、静菜の心を深くえぐる。
少しでも『おトイレ』によって尿意を和らげなければ、荒れ狂う濁流によって意識のほうが先に参ってしまいそうだった。緩慢にヤスリをかけ続けられているような苦痛は全く治まる気配を見せない。
脚の付け根が擦り切れて、そのままぷちん、と入り口が弾け、大洪水が始まってしまいそうだ。
だが――それでも。
(っ、んっ、んゅ、んぅんんんっ~~ッ!!)
ぎし、ぎし、と椅子を軋ませ、上履きで床を擦りながら――静菜は結局、20分の休み時間のほとんどを『おトイレ』に費やした。
永久我慢の狂想曲 CASE:浅川静菜10
