答案用紙が配られ、チャイムと共に一斉に問題用紙をめくる音が響く。クラスメイトたちが悩みながら解答欄を埋めてゆく中、サツキはひとり、問題用紙を伏せたままだった。
やや前傾になった上半身は机の上にかぶさり、放り出されたままのシャープペンシルと消しゴムが、所在なげに答案の上に転がっている。
最難関とは言えずとも、難易度では引けをとらない英語の試験。本来、得意科目のはずのサツキの両手は、しかし試験開始からずっと机の下に差し込まれたまま、動こうとしない。
それもそのはず、サツキの両手は、机に隠れてスカートの前にきつく重ね当てられていた。
ぎゅっと寄せ合わされた太腿の間、深くねじ込まれたサツキの両の手のひらは、股間の丸みに合わせてぴったりと重なり、スカートと下着を押さえ込むようにして、下腹部の尿意を膀胱ごと押さえ込んでいる。少しでも力を抜けば、たちまちヒビの入り始めた『おんなのこ』のダムの崩壊をもたらしてしまう。
(は、はやく、はやくっ……)
10分後にはリスニングのテストも始まる。問題文の読み上げ時間が決まっているリスニングは、どうやっても早く解くことは不可能で、それまでにできるだけ解答欄を埋めておく必要もあった。
だが――サツキの手は問題を解くことよりも、オモラシを塞き止めることに精一杯で、机の上に現れることもできなかった。
(……はやく、はやくしなきゃっ……!!)
気ばかりが急く。
こうしている間にも試験時間はどんどん減っていくのだ。来年に受験を控えた期末試験は、今後の進路にも深く関わる重要なものだ。しかし、乙女のプライドを賭けたオモラシとの戦い、オシッコ我慢の試験は、それよりも優先せねばならないものでもあった。
問題を解こうとすれば、恐ろしいほどの速さで時計の針が進み、トイレを我慢しようと思えば、まるで時間が止まったかのように文字盤の針はピクリとも動かない。
限界寸前の尿意を抱え、トイレを我慢しながら、期末試験を受ける――
サツキにそんなことが、可能であるわけがない。
(っは、はやく、はやくぅ、トイレぇ……!!)
生姜紅茶とコーヒーと、レモンティ。繰り返し摂取した二重三重の利尿作用の相乗効果で、敏感な排泄器官はフル稼働。それに伴って容赦なく高まり続ける尿意が、サツキを塗りつぶしていた。
ガマン。オシッコ。お手洗い。
サツキの頭の中は、『おんなのこ』のダム同様、我慢し続けているオシッコのことでいっぱいだった。トイレに行きたい。トイレに行ってオシッコをしたい。もう我慢したくない。もうおトイレしたい。トイレしたい、オシッコしたい。
(と、トイレ、トイレ、オシッコ、トイレ行きたい、出ちゃうっ、漏れちゃうっ、ぉ、オシッコしたいぃ……っ!!)
震える手で掴んだシャーペンが、回答用紙の隅に『おしっこです、トイレに行きたいです』と書き記す。それで一瞬楽になったような気がした直後、サツキは慌てて我に返り消しゴムを掴んだ。
乱暴に解答用紙を擦ったところで手が滑り、消しゴムが机から跳ねて落ちる。反射的に手を伸ばしかけた瞬間、ぷくりと尿意が膨れ上がった。
(っ、や、またっ……だめ、……が、ガマンっ……!!)
くしゃくしゃに握り締められた下着の股布に、じわりっと滲む危険な気配。膀胱が絞り上げられるように尿意が高まる。
これまでサツキが我慢してきた3時間弱の時間の、3分の1程度の時間。わずかな50分。けれど途方もなく長い50分。秒にして3000秒。
間断なく打ち付ける尿意の波濤の間隔は、大体平均して6秒に1回、つまり尿管の蠕動と同じ間隔だ。あらたにオシッコが膀胱に注ぎ込まれる瞬間すら、過敏になった下半身は感じ取ってしまっている。
1回に増えるオシッコの量は、およそ1cc。本来は再吸収などの作用でこれはもっと少なくなることもあるが、もともと利尿効果をてきめんに受けやすいサツキの身体は、現在それらの作用をほぼ行えていない。
1分間で10回分の10cc。ということは、英語の試験時間の50分間、訪れた500回の尿意の波を耐え抜いたときには、サツキの『おんなのこ』の容れ物を満たすオシッコは、さらに500mlも増えている計算になる。
その素となるのに十分な水分を、サツキは1時間以上も前に摂取しているのだ。吸収されたコーヒー飲料とレモンティは、少女の全身を巡って、一ヶ所に再集結しようとしているに違いない。
(っ……漏れ、ちゃう……よぉ……っ!!)
ふたたび、下腹部の奥でこぽこぽと水音が響いたかのような錯覚がサツキを襲う。思わず腰を浮かしかけたサツキの下で、がたんっ、と椅子が揺れた。
「……そこ、静かにしなさい」
教師が眉を寄せ、不機嫌そうに言う。これで都合四度目の粗相となるサツキに、流石に周囲からもはっきりと非難の視線が集まっていた。
しかし、もはや放って置いても勝手に動き出してしまう下半身を押さえつけるのは、意志の力だけでは限界だった。
「ふ……ぅくっ……ぁ、…ぅっ」
押さえ込もうとして漏れる小さな呻きも、テストの静寂の中では異様なほどに大きく響く。クラスメイトの不審はそろそろ頂点に達し、サツキを鬱陶しげに睨む生徒も少なからず居た。
これではまるで針のむしろだ。
(も、もうダメ……と、トイレ……っ!!!)
ここでの中座は恐らく致命的な時間のロスとなる。だが、一刻の猶予もない我慢を抱えたままではそもそも残り時間を乗り切ることすら不可能に思えた。
サツキは背中を丸めたまま、『おんなのこ』を庇うように腰を浮かせ、震える手を上げ、近くを通りかかった試験担当の教師を見る。トイレに行かせてもらうための許可を貰うためだった。
だが――
『ただいまより リスニングの 問題の 放送を 始めます』
ぷつ、とスピーカーの音と共に、放送が始まる。
試験開始から5分と経っていなのに、リスニングの問題が流れはじめたのだ。
慌てて問題を中断する周囲のクラスメイト。
その中で、サツキは顔を青褪めさせていた。予想よりも、ずっとずっとリスニングの放送の開始が早い。
(そ、そんな……ぁ……)
はじめに念を押されたように、1回だけしか放送されない上、10分以上は続くリスニングの問題。しかも配点も高く、これを逃すとサツキの答案は3分の1以上空欄となってしまう。
予定通り試験開始10分後に始まるのなら、というサツキの目算は大きく崩れた。しかも――
「先生、問題が聞こえません」
「……村瀬、静かにしろ!」
「っ、……は、はい」
ぎしっ、ぎしっ……行けるはずだったトイレを禁止され、思わず動く腰が椅子を軋ませる。それを咎める教師が語気を荒げてサツキを睨み、叱責する。
読み上げられる英文に、クラスの全員が集中する。雑音もぴたりとやみ、クラス中が一単語も聞き漏らすまいと、一心にスピーカーの向こうの会話に集中していた。
こんな状況では、とてもではないが教師を呼び止め、トイレに行く許可をもらえるとは思えない。
サツキはそのまま動けなくなってしまった。
(ぅ、あ……っ、や、と、トイレ、トイレ、トイレぇ……!!)
ぎし――せめて我慢のため腰をくねらせようとしたサツキの体重移動を目ざとく見つけ、再度教師がじろりと睨む。それでもうサツキは脚をモジ付かせることすらできなくなった。
(ぉ、おしっこ、オシッコオシッコオシッコ!! オシッコ、で、でちゃうぅぅう!!)
席を立つどころか、押し寄せる尿意をおおっぴらに押さえ込むことすら許されず、サツキは声にならない悲鳴を上げた。
だが、そんな彼女に救いの手を差し伸べる相手はどこにもいない。
そんなサツキに、今日一番の大津波が押し寄せた。まるで洪水で氾濫する大河のように、身体の奥からありったけの水分がもう許容量一杯の『おんなのこ』のダムへと押し寄せる。
ぞわりと背筋を走る感覚と共に、サツキは緊張に全身を強張らせた。
(ぁ……ッ!!)
身動きもできず、机の上で両手を握り締めたサツキの『おんなのこ』がヒクンと引きつり、内側から膨らむ。
トイレの中でしかしてはいけないはずの、オシッコを出す準備を『おんなのこ』がはじめてしまう。その感覚が、制御を離れた脚の付け根の間で勝手に進行してゆくのを、動けないサツキはまるで他人事のように感じていた。
(ぁ、あ、あ、あ、だめ、ダメっ)
わずかに緩んだ水門が、じわじわと高まる水圧に内側からこじ開けられ、脚の間にぷくりと熱い水流の感覚が広がってゆく。
じゅ、じゅぅ、じゅわ……っ
(ち……ちびっちゃった……っ!?)
我に返ったサツキの両手が、ほとんど反射的に動いた。『がばっ』と左右の手のひらを脚の間に突っ込んで出口を締め付けるが、もう襲い。致命的な失敗、オシッコ我慢における落第点、――紛れもないおチビリの証が、じゅわぁと下着の股布に染み込んでゆく。
(う、嘘……だ、だめ、もう駄目、もう出ちゃだめ……っ)
後ろにずらした椅子の上、身体をかぶせるようにぐうっと前傾になって『おんなのこ』を押さえ込むサツキ。だが一度出口を覚え、サツキのオシッコは、指の奥で間断的に吹き出しては白い布地を少しずつ侵食してゆく。
(っ、ゃやだ、ぁ、オモラシっ、っだめ、ダメなのっ……!!)
おチビリはちょびちょびと漏れ続け、まったく止まらない。
下着の股布を通過して、とうとう手のひらにまで溢れるおしっこの感触に、サツキは身震いした。押さえた指の間に溢れたオシッコが、太腿を伝い、スカートのおしりの方にまで流れ落ちて、大きな染みを作っていく。
それでも、サツキは本格的な決壊だけは避けるべく、両手両脚の総力を挙げて『おんなのこ』のダムを押さえつける。
教室ではリスニングの問題が2問目に指しかかっていたが、放送の内容など遠い異国の呪文のようで、サツキの頭には入ってこない。
チエリはそんな様子のサツキを、笑いを堪えながら見つめていた。
(初出:書き下ろし)
テストのお話・5
