テストのお話・6

『――以上で リスニングの 問題の 放送を 終わります』
 ぷつ、と切れるスピーカー。
 それと同時に、サツキは震える手を上げていた。オシッコに濡れた手のひらは、スカートにぐりぐりとねじつけて拭いている。
 『おんなのこ』を覆うじゅぅんと湿った下着は、今もなお断続的なおチビリによって新たな水分を供給し続けられ、そろそろ絞っても水が滴りそうなほどだ。
 もはやトイレまで間に合うかも怪しい。制服のスカート、お尻のほうにはもうどうやったところでごまかしようもないくらいに大きな染みができてしまっている。本質的にはトイレでオモラシを続けるか、ここでオモラシを続けるか程度の差でしかないかもしれない。
「あ、あの……ッ」
 掠れた声で、サツキはもう一度、教卓の教師を呼ぶ。あまり大きく手を上げると、オシッコで汚れた指なのが分かってしまうんじゃないかとすら思えた。
「どうした?」
 手を上げたのがさっきからうるさくしていたサツキだとわかると、担当の教師の表情が険しくなる。かれどサツキにだって後がない。怯む心を奮い立たせ、サツキは震える唇を湿らせて言葉を続けた。強張る頬、背筋に気持ちの悪い汗が浮かぶ。
「す、すみません……そ、その、トイレにっ……」
「……試験中だぞ」
 何を馬鹿な、というような声音。教師の表情がさらに不機嫌に歪んだ。
(だ、だって……っ)
 試験中だなんてそんなことは百も承知だ。これが大事な試験で、そもそも不正防止のため、試験中の中座は厳しく咎められるべきもので、だからこそトイレは休憩時間のうちに済ませておくなんて、それこそ小学校からでも言われる基本中の基本の常識だなんてことは、サツキだって誰よりも良くわかっている。
 まだ、解答欄のほとんどが白紙だ。上手く走ることもできそうにないこの状況でトイレに行けば、10分近くは戻れないこともわかっている。
 それでもなお、このままここでオモラシなんて、絶対に許容できるわけがなかった。
「――お願いします……が、がまん……できません……」
 静寂の中、“オシッコが漏れそうです”とほぼ同義の言葉を口にしたサツキに、教室の中が静かにざわめく。
 頭の中が沸騰しそうなほどの羞恥が、サツキに襲い掛かった。
 俯いたサツキの顔が耳まで真っ赤になり、少女は必死に唇を噛んで内側からの尿意と、外からの好奇の視線に耐えねばならなかった。
「仕方ない。答案は伏せていくように」
「は、はい」
 小さな舌打ちが聞えた気がしたが、サツキはそれを気にすることはやめて、なんども頷きながら椅子を引き、がたがたと忙しなく机を揺らして席を立った。
 椅子の天板にはサツキが押しつけてきた股間のカタチに水滴が残り、ぐちゅりと脚の間に湿った股布が張りつく。
 クラス中の視線がサツキに集まり、後ろの席からは隠し切れないお尻の『おチビリ』の痕跡を、前や横の席からは、アヒルのように後ろに突き出された腰や、スカートの上から股間を握り締め、一時も離れない手のひらなどを見つけてゆく。
(ねえ、あれって……)
(やだぁなにあれ、もう漏らしちゃってるじゃんっ)
(うわ、オモラシ?)
(ちょっと、なにやってんの村瀬さん……?)
(トイレ行かなかったのかしら……)
 すでにサツキの脚には、ふくらはぎまでオシッコの水流があとを作っていた。立ち上がった床にも、ぽた、ぽた、と水滴が散ってゆく。事態を把握した周囲の生徒たちが、飛びのくように机を鳴らして距離をとる。
(っ……!!!)
 千本の針のように突き刺さる視線の圧迫に耐えかね、サツキは逃げるように教室を横切って、ドアを開けるのももどかしく廊下に駆け出した。
 無理に走ったせいでさらにじゅじゅじゅじゅぅとオシッコを漏らしてしまうが、振り返る余裕などない。
 だから、
(結構がんばったよねぇ、サツキ)
(ふふ、でもあのカッコ、恥かしかったよぉ?)
(馬鹿だよねえ。女の子なんだからごまかしかたならいろいろあるのにさ、トイレ我慢できませーんなんて馬鹿正直なんだもん)
(でも、面白かったなぁ…いつ漏らすかドキドキしたよ?)
(まだまだ。あんなもんじゃもったいないじゃん?)
(……え。どうするの?)
(くすくす。こーするの)
 ざわめく教室の中静かにしろ、と叱責する教師の声を聞きながら、周囲の少女たちとこっそり囁きあったチエリが、再び手を上げるのを――
 サツキは気付けるわけがなかったのだ。
 ふらふらと廊下を歩き、途中でなんどもしゃがみ込みそうになりながら、サツキはどうにか視界の先にトイレを見つける位置までやってきた。
(トイレトイレオシッコトイレトイレオシッコ漏れちゃう我慢オシッコ)
 両手で『おんなのこ』のダムを塞き止めながらでは、階段を下りる脚もおぼつかない。トイレまでの位置エネルギーがそのまま衝撃になって、溜まりに溜まった水風船を揺らす。たぷんと揺れる恥水の水面が、そのまま『おんなのこ』の容れ物を倒してしまいそうだ。
 暴発寸前のおなかを抱え、恐る恐る一段目の段差に足をかけるサツキ。
「サーツキっ♪」
 ぽんとその肩を叩いて現れたのは、チエリであった。
「え……っ」
 予想外の相手の出現に、生まれた思考の空白。募る尿意とあいまって、目の前の少女が自分をこんな苦境に追いやった張本人だというそのことすら、サツキは瞬時には思い至れずにいた。
 そもそも――いまの不意打ちで、そのまま漏らしはじめてしまわなかった事こそが奇跡に近い。
 そんなサツキの肩をつかんだまま、チエリはぐいとサツキの身体を引き寄せる。内股で小刻みに震えるサツキの脚では、それに抗う力はない。我慢のために整えられた姿勢から無理矢理別の方向を向かされる苦痛に、ただ声を上げるのみだ。
「あっ……や、やめっ……!!」
「ゴメンねぇ、サツキ、ずっとトイレ行きたかったのにね、あたしが邪魔しちゃったんだよね。テスト中なのに」
 白々しく謝ってみせるチエリに、サツキの思考は空転を続けていた。なんで、どうして。そもそも何故チエリがここにいるのか、まったく考えが及ばない。
 単に、チエリが『おんなのこ』の事情を口実にして教師の許可を取って教室を抜け出してきたのだと――そんなことも思いつけなかった。
 目を白黒させたままのサツキに、チエリは飛び切りの笑顔で微笑む。
「でも良かったね、間に合って。一緒に戻ろう?」
 100%混じりけなしの、悪意を持って。
 そう言うと、サツキの手首を掴んで、チエリはずんずんと廊下を歩き出した。ふらつく脚ではそれを抑えることも叶わず、サツキはそのままチエリに引きずられてしまう。
「や、やめッ……だめ!! だめぇ!! ひ、引っ張らないでっ!!」
 バランスを崩した脚が倒れこむ身体を支えようと勝手に前に出て、厳重な防備のひとつである『膝の寄せ合わせ』が崩れた。おまけにスカートの前をおさえこむ手の数までも半分になって、『両手の前押さえ』すら成立しない。
 すでに疲労の極致にある『括約筋の締め付け』はほとんど意味を成さず、辛うじて三重の防備で決壊を塞き止めていた『おんなのこ』のダムが崩壊を始める。
 幾重もの押さえを失ったサツキの脚の付け根で、じゅじゅじゅじゅうぅ!! と激しい水流が噴出し、布地にぶつかってくぐもった音を鳴らす。
「っ、だめ!! チエリ離して!! と、トイレ出ちゃう!! オシッコでちゃうからぁ!!」
 形振り構わない叫びに、しかしチエリはまったく耳を貸さない。恐ろしいほどの力でサツキを引きずり、廊下を歩いて行く。サツキの行きたい方向とはまったく正反対へ――待望の、焦がれ続けたトイレから、最も離れる向きへと。
「だめ、トイレ、オシッコ、オシッコでちゃうっ、でちゃう……!!」
 まるで水をくみ上げるポンプのよう。サツキが歩くたびもたつく脚の間からじゅわじゅわと水流が迸り、その足元にびちゃびちゃと水流が飛び散る。
 とっくに保水力の限界を迎えた下着はそのままオシッコを素通しにして、サツキの下半身をずぶぬれにしてゆく。スカートには前も後ろも大きな染みが広がり、内側から吹き出す水流に従って裾まで濡れ浸る。
 上履きが足元までびしょ濡れになり、一歩ごとに水音を立てる。
 廊下の騒ぎに、近くの教室から何事かと教師が顔を出した。その視線とばっちり目が合ってしまい、サツキはさらに悲鳴を上げる。
「や、嫌、違うの、と、トイレ……オシッコっ……オシッコするの、ちゃんと、トイレでっ……は、離して、が、我慢ッ、できないっ行かせてっ…!!」
「あーあ、ダメじゃないサツキってば。トイレ行く前に漏らしちゃったの? オシッコ我慢できなかったんだぁ?」
 とどめとなる一言が、チエリから放たれた。
 わざとらしいほどの大声に反応して、廊下に面した教室のあちこちが騒然となった。ざわめく声が次々と伝播し、それぞれの教室から一斉にがたがたと席を立つ音が響く。
「もう、そんなとこでオモラシなんか……みっともないよ、サツキ!!」
「やめてよ、もうやめてよぉ!!!」
 たとえ試験中であったとしても、チエリの言葉は十分以上に興味をそそる内容だった。懇願するサツキの足元で、激しい水流が大きな水溜りを作り始めている。排泄の解放感が弱々しく震えるサツキの腰を包み込み、下半身を濡らす暖かな感触が少女の気力を根こそぎ失わせてゆく。
「あ、あ、あっ」
 荒げた大声に反応して、『おんなのこ』が保っていた最後の一線も破られた。廊下に立ちつくしたまま、サツキはアヒルのような格好で、スカートの上から股間を握り締めたまま、本当の勢いのオシッコを始めてしまう。ばちゃばちゃばちゃ! と激しい勢いで廊下にぶちまけられるオシッコは、サツキが我慢の上に我慢を重ねていただけあって、恐ろしいほどの勢いだ。
「あんなにお茶なんかがぶがぶ飲むからだよ? テスト中にオシッコ我慢できなくなっても知らないって言ったのにさぁ!!」
「ち、違っ……」
「せめてトイレくらいまでは我慢しなよ! 女の子でしょ!?」
 サツキの抗弁を遮るように、チエリは苛立ちすら装ってサツキを責める。
 廊下に漏れたざわめきがどよめきとなり、並ぶ教室のあちこちからあふれ出す。
 チエリの声に黙っていられなくなったのだろう。廊下に並ぶ5つの教室の10のドアから何事かと生徒たちが姿を見せ、廊下の真ん中で盛大すぎるオモラシをしているサツキを見て次々に声を上げた。
 教師がそれをとどめようと怒鳴るが、一度堰を切った好奇心はその程度でおさまらない。クラス30人よりも遥かに多い、その5倍もの視線が一斉に、廊下でオモラシを続けるサツキへと集まった。
 学年じゅうにまたたくまに広まる、オモラシの事実――
「ち、違うの、ぜ、全部、ちえり達がっ……い、イジワりゅ、し、したっ……」
「ひっどい!! あ、あたしのせいだって言うの!? なにそれっ!!」
 サツキが涙を滲ませ声を震わせて必死に訴える真実の声は、人垣の奥に空しく消えていった。
 (終)
 (初出:書き下ろし)
 

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