第12.6夜 白雪姫

「ふふふ……うふふふふ……あははははっ!!
 翌日――魔女はこみ上げてくる笑いを抑えきれずにいました。秘密の部屋に向かう足取りも軽く、鼻歌まで飛び出します。
 なんといっても、白雪姫を二度と出てくることのできない深い森の奥に置き去りにしてやったのです。しかも、おトイレに行きたくなるようにたっぷりとお水を飲ませて。
「いい気味よ。どれだけ頑張っていても、そろそろ限界かしらね。……うふふ」
 魔女が企んだのは、白雪姫におしっこをがまんできなくさせることなのでした。
 狩人に連れて行かせた森の奥で、言いつけどおり白雪姫は水筒の水をたっぷり飲んだということでした。だとすれば今頃、白雪姫はもうとっくに我慢の限界を迎えているにちがいありません。
 けれど、森には当然ながら、おトイレなどありません。白雪姫はオモラシをしたくなければ、どこかの茂みにしゃがみ込んでおしっこをするしかないのでした。
「でも、お外でおしっこなんてお姫様として絶対ありえませんわ。ちゃんとしたおトイレまでおしっこが我慢できない女の子……お姫様失格ですわね。うふふ。そんなものが、世界で一番可愛いおんなのこであるはずがないですもの。うふふふ……」
 意地悪く微笑んで、魔女は上機嫌で部屋のドアを開け、魔法の鏡に呼びかけます。
「さあ、鏡よ鏡、お答えなさい」
『……おはようございます、魔女様』
「うふふ、さあ鏡よ鏡、今日もお答えなさい。この世で一番美しい女の子はだあれ?」
『それは――』
 波打つ鏡の前で、魔女はおおきく腕を組んで胸を張って、鏡の答えを待ちました。『それは魔女様、あなたさまでございます』――鏡がそう答えるのを。
 けれど、
『やはり、なんといっても白雪姫様にございます』
「あらぁーーーーっ!?」
 鏡は昨日と同じことを言い、魔女はどてーんっ、と反り返ったまま真後ろにひっくり返ってしまいました。
 魔女は顔を真っ赤にして立ち上がります。
「ちょ、ちょっと!? そ、それはどういうことですのっ!? 白雪姫はもうとっくにお姫様失格のはずですわよっ!? ちゃんとしたおトイレまでがまんできずに、お外でおしっこをしてしまうようなはしたない女の子なんですのよっ!?」
『そんなことはございません。本日も白雪姫さまはお美しく、お行儀も満点の、本当のお姫様でございます』
「そ、そんな!? ありえませんわよ、だって――」
『……御覧なさいませ』
 鏡に映し出された白雪姫は、魔女の知らない小さな家にいました。
 白雪姫は心のそこからほっとしたような表情でした。じゃぁーっ、と流れる水の音を背後に小さなドアを後ろ手に閉め、小さな白い手をハンカチで丁寧に拭きながら、深々と頭を下げます。
 その前には小人が七人並んで立ち、お礼をいう白雪姫に、いいよいいよと答えていました。
 おトイレに間に合った白雪姫からは、お姫様として十分な気品と礼儀の正しさが窺えます。その可憐さは、微塵も損なわれてはいませんでした。
『白雪姫様は、魔女様のおっしゃるような、はしたない真似はいっさいなさっておりません』
「っ、そんな――!!」
 どうやら、白雪姫はあの小人たちに限界ギリギリのところを助けられて、おトイレを貸してもらい、間に合ったようでした。
 鏡の奥で、がまんにがまんをかさねたものを、ちゃんとおトイレまで堪えきったことの達成感や安堵感に、白雪姫は昨日よりもいっそうかわいらしくすら見えます。
『ですから、今日も、世界で一番可愛い女の子は、白雪姫様にございます』
 魔女はあまりのくやしさに、ぎりぎりと歯を軋らせました。
「そう、そうなのね。わかったわ!! じゃあ待ってなさい!! あの子が貴方の言うような子じゃないって事を証明してあげるわ!! 見てらっしゃい白雪姫。あなたはだらしない、恥ずかしい女の子だって事を見せてあげる!!
 ……誰か、誰かいませんの!! いますぐワタクシの言うものを用意なさい!!」
 魔女はますます目を吊り上げて、甲高い声を響かせるのでした。
「ふうっ、いい天気ですね……」
 小人たちの家にお世話になって一週間。白雪姫はここでの生活にもすっかり慣れていました。今日も洗濯物を抱えて、家の裏手に向かいます。
 訪ねるなりお手洗いを借りるというぶしつけなことをしたのに、行くところがない白雪姫を、七人の小人たちは快く迎え入れてくれました。でも、お世話になってばかりではいけないと、白雪姫は小人たちの家のお手伝いを始めたのです。
 なにしろ、小人とは言え七人分の洗濯物ですから、これはけっこうな量でした。張ったロープにひとつずつシャツとズボンを干していきます。
「…………」
 そして、白雪姫はちょっと顔を赤くしながら、自分の下着をちょこんと隅のほうに干します。
 小人たちはとても白雪姫によくしてくれるのですが、なんと言ってもこれまでは人間と会うことなく小人たちだけで暮らしていましたから、どうしても気が回らないところもあるのでした。
「はぁ……皆さん、いい方ばかりなんですけれど……」
 いまの白雪姫の一番の悩みは、着替える服がないということでした。狩人に連れられて森に来た時に着ていたドレス一枚しかありません。幸いにして、なんとか着られる村娘の服はありましたが、下着はどこをさがしてもみつかりませんでした。
 お世話になっているのにものを強請るというのはあまりに失礼なことですから、白雪姫は一枚しかない下着を洗って使いまわすしかありません。
 ですからこうやってドレスも下着も洗っているときは、白雪姫は下着を穿いていないのです。
 ちょっと短めのスカートの下で、すうすうと落ち着かない足元。おしりが見えたりしてないだろうかとなんども白雪姫が振り返り、スカートの裾を気にしていたときでした。
「もし、そこのお嬢さん」
 そこに現れたのは、煙管を加え、大きな荷物を担いだ旅の姿の女でした。
 白雪姫はきゃあ、と飛び出しかけた悲鳴を飲み込み、あわててお辞儀をして、ご挨拶をします。
「はじめまして。お客様ですね? 小人さんたちはお仕事で森のほうにいらっしゃいますけれど」
「ああ、そうじゃないそうじゃない」
 女は手を振って、背中に担いでいた荷物を下ろし、広げてみせます。大きな鞄には、見たこともないような品物がたくさん詰まっていました。どこか男の人のような口調で、物売りは言います。
「ご覧の通り、あたしはいろんなものを扱っておる者さ。お嬢さんはなにかご入用のものはないかね? いまなら特別にやすくしてあげるがね」
「え、でも……わたし、お金をもっていませんから……」
 断ろうとした白雪姫ですが、物売りの荷物の中に、上等な絹の下着をみつけて、ぴたりと手を止めてしまいました。
「おや、なにか気に入ったものがあったかね?」
「え、ええと……でも」
「ああ、それかい。仕立てもいいし長持ちするよ? 肌着は身体に合ったものを身に付けるのが一番だ」
 そんな事を言われて、白雪姫は赤くなって俯いてしまいます。すかすかと寂しい脚の付け根が、さらに白雪姫の羞恥心を煽っているのでした。
 それをみて、物売りは煙管からふうと大きな白い煙を吐き出して言いました。
「よおし。なら、小人たちにわしのことを宣伝してやってくれ。また近いうちにここに来るから、その時に沢山買ってくれるようにとね。それで、ただにしてあげてもいい」
「ほんとうですか?! ありがとうございます!!」
「いやいや。どれ、ちゃんと身体に合うかね?」
「は、はいっ」
 うながされて、白雪姫は下着を抱えるとそそくさと物陰へ隠れ、そこで服をあげて下着を穿きなおしました。
「……わあ、すてきですっ」
 なんと、まるであつらえたようにぴったりと、身体に合う下着でした。腰に止める紐をきゅっと結んで、白雪姫は物売りのところに戻ります。
「ちょうどぴったりでした! ありがとうございます!」
「いやなに、遠慮はいらないさ。そのかわり小人たちにはちゃんと言っておいておくれよ?」
「はいっ」
 笑顔で頭を下げる白雪姫に、物売りはおや、と眉を上げます。
「お嬢さん、そこがほどけかけているよ?」
「あ、きゃ……っ」
 物売りはひょいと手を伸ばすと、溶けかけていた下着の紐を、きゅうっと強く引っ張って結びます。少しおなかに食い込むくらいの強い力でしたので、白雪姫は思わず声を上げてしまいました。
「これで良しと。じゃあ。つぎの村に行かねばならないからね、そろそろおいとまするとしよう」
「あっ、どうもありがとうございました。ぜひまた来てくださいね」
「ああ」
 なにからなにまでまで親切にしてもらった物売りに深く頭を下げ、白雪姫は小人たちの家を後にする物売りをいつまでも手を振りながら見送ったのでした。
 さて、それからしばらくして。
「んっ……」
 お洗濯を終えたばかりの白雪姫は、ぷるる、と背中を小さく震わせて、白雪姫は早足に小人たちの家に戻ろうとしていました。
 すっかりお洗濯に夢中になってしまっていたため、思い出したときには白雪姫のおなかのなかにはたぷんと音を立てそうなほどにたっぷりおしっこが溜まってしまっていたのでした。
(お手洗い、お手洗い……っ)
 家の中には誰もいないのをいいことに、白雪姫ははしたなくも内股になって、きゅっとスカートの前を押さえ、よちよちとおトイレに向かいます。
 小人たちとの暮らしの中でちょっと困ったことといえば、このおトイレもそうでした。なにしろ騒がしくて賑やかな、七人もの小人たちと一緒の毎日です。朝にはまだ日が昇るかどうかの早くからひとつしかないおトイレの前には小人たちが行列を作り、まだかまだか、もう漏れそうだ早くしてくれなんて叫びながら押し合いへしあいの順番待ちをしているのです。
 お姫様の白雪姫には、そこにならぶことなんて恥ずかしくってとてもできません。
 ですから、白雪姫はそれまでの習慣だった朝一番のおトイレをやめにして、むずがる『おひめさま』をそっと撫で、なだめながら過ごし、小人たちが揃って森に出かけてから、こっそりとおトイレを使うようにしていました。
 今日はたまたま、洗濯物が溜まっていたのでそのままお洗濯に夢中になっていて、そこに物売りがやってきたりしたものですから、気付けば白雪姫は起きてから一度もおトイレを済ませていないのです。
(がまん、がまん……)
 気が急いてさらにきゅうっと高まる尿意を、白雪姫はぐっと飲み込みます。ちゃんとお手洗いに行くのを忘れてすっかりおなかをおしっこでぱんぱんにしてしまったことへの恥ずかしさから、白雪姫の頬は真っ赤になっていました。
「……んぅっ……」
 ぷくりと膨らんだおなかを庇いながら、小さなドアを身をかがめるようにしてくぐり、かちゃりと鍵をかけます。
 なにしろこの家はもともと、女の子の白雪姫から見ても小さな背丈の小人たちが暮らすために建てられたものですから、なにもかもが白雪姫はちょっとばかり小さいのです。それはおトイレも同じことなのでした。
 着替えたばかりの新しい下着に、万が一にも染みなんて作ってしまわないように、白雪姫は慎重にスカートをたくしあげます。
 そうして、白雪姫がゆっくりと下着を下ろそうと、紐の結び目に指をかけたときでした。
「……あ、あら……?」
 どうしたことでしょう、引っ張ればするりとほどけるはずの結び紐が、いくら力を篭めてもまるでビクともしないのです。焦った白雪姫が爪を立ててぎゅうっと引っ張っても、石のように硬い結び目は、下着の上にぎゅうっと食い込んだまま、ぴくりとも動きません。
「ど、どうしたのかしら、これ……?」
 さらに何度か結び目をひっぱる白雪姫ですが、まったく状況は変わりません。
 おトイレをすぐ目の前にして、あとは下着を下ろしてしゃがみこむだけだというのに、肝心の下着が脱げないのではどうしようもありません。
 結び目を弄りながら困惑する白雪姫でしたが、その間にも足元から、ぞぞぞぉっとイケナイ感覚は容赦なく迫ってくるのです。
「ふぁ……っ!?」
 きゅう、と脚の付け根の奥、『おひめさま』に熱い感触が膨らみ、白雪姫は慌てて下着の上からぎゅうっと股間を押さえ込んでしまいます。
 腰が引け、爪先立ちになった膝が震えだします。
 押し寄せるおしっこの波を押さえ込むため、白雪姫ははしたなくも丸出しにした下着の太腿の間に両方の手を突っ込んでしまいます。
「ゃ、あ、っ、だ、だめえっ」
 出そうになるおしっこにもじもじと腰を揺すり、白雪姫は思わず悲鳴まで上げてしまいました。
 確かにここはおトイレの中ですが、まだおしっこの準備はできていないのです。当たり前のことですが、下着をはいたままではおしっこなんかできるわけがありません。
 それなのに、白雪姫の身体は、おトイレに入る直前の気持ちのまま、もうすっかりおしっこを出すつもりで、きつく塞いでいたはずのおしっこの出口を緩めようとしているのでした。
「ま、まだだめ、だめなんですっ……」
 突き出したおしりが左右に振られ、床がぎしっぎしっと音を立てます。
 言うことを聞いてくれないおしっこを、すり合わせた腿と交差する膝でなんとかくいとめながら、白雪姫は何度も何度も何度も下着の紐をひっぱります。でも、すっかり余裕のなくなった状態では結び目がどうなっているのかもわからず、乱暴に引っ張られた紐はますます深く食い込むばかりでした。
「ぁんっ……ぁ、ふぁあっ……!?」
(や、やだっ……な、なんでおさまって、くれないん……ですか……っ!?)
 そう、それは決して気のせいではありません。
 硬く固く結ばれた紐は、じわじわと縮み始めているのでした。ただでさえきつく結ばれた紐は、そのままぎゅうぎゅうと白雪姫の小さなおなかに食い込んで、張り詰めた下腹部を締め上げていきます。
 長い間我慢し続けたおしっこで大きく膨らんで、石のように硬くなったおなかを、ぎゅうぎゅうと締め付けられ続けているのですから、これはもう一度高まった尿意が和らぐはずもないのです。
 きゅう、きゅっ、きゅううっ、リズムをつけるように食い込む紐は、まるでおなかをぐいぐいと誰かに押し込まれているようです。
「あ、あっ、あっ、ぅ」
 ぴったり脚に張り付いたまま、脱げることのない下着――なお激しくぎりりっと締め付ける結び目の紐は、白雪姫のおなかを強烈に締め上げ、一つしかない出口へ向けて溜まりに溜まったおしっこを絞り出そうとします。
 きゅ、きゅっ、きゅうっ、
 びくっ、じんっ、びりりっ。
 きゅん、きゅぅっ、きゅうううぅっ
 ぞわ、ぶるるっ、ぴくぴくぴくんっ。
「っあ、や、だめ、ダメぇ!!」
 結び紐のリズムに合わせて、溢れそうになるおしっこを、白雪姫は必死に食い止めます。きゅ、きゅと締まる紐と一緒に、熱い疼きが足を駆け抜け、白雪姫は小さな喘ぎ声をあげてしまいました。
 ですが、このままおしっこを出してしまうわけには行きません。すぐ目の前におトイレがあるのに、これではオモラシと一緒になってしまいます。おトイレに間に合わなかったなんて、お姫様にはあるまじきことでした。
 両手で塞いだおしっこの出口と、きゅうきゅうと締め付けられる結び紐。行き場を失ったおしっこはさらに激しく、圧力を増し、『おひめさま』の閉ざされた出口へと殺到してゆきました。
(っだめ、お、オモラシしちゃ……っ、が、がまん、がまんしなきゃ……っ)
 ぐいっと持ち上がったおしりを抱え込むように、白雪姫は大きく上半身を倒しこみ、ぎゅぎゅぅぐいぐいぐいぃいっと、ありったけの力でおしっこの出口を押さえ込みます。
 けれど、それも時間の問題。
 下着を脱げなければ、いつかは限界が訪れてしまうでしょう。
(あ、あぁ……ど、どうすればいいんですか……っ)
 白雪姫、絶体絶命のピンチでした。
 (続く)
 (初出:書き下ろし)

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