(あっ……ぁ、あっ、だめ、っ)
交差点の中央、右折の信号待ちをするバスの中。
エコドライブ宣言もどこへやら、まばらに席を埋める乗客の中、不規則に暖房を効かせる後部座席の傍で、日野森花梨は唇をかみしめる。
(ど、どうしよう、漏れちゃうよっ……)
今にもくねくねと揺すってしまいたくなる腰を意志の力で押さえ込み、ぎゅっと交差された膝を不自然にならない程度に擦り合わせながら、花梨は間近に迫りくる“オモラシ”の危機と戦っていた。
冬服のスカートは脚の付け根を抑え込む手のひらによって内腿に深く巻き込まれ、吊革に体重を預け、膝下までのソックスに包まれた脚は交互に革靴の爪先でこつこつと床を叩いている。
空席の目立つ車内で、わざわざ吊革に掴まり、バスがバス停を通過するたびに落ち着きなくちらちらと窓外を窺い続けている少女は、車内でもやけに目を引く存在だった。
(……やっぱり、あの時ちゃんとトイレ行っておけばよかったっ……)
今更のように悔いるが、後の祭りでしかない。
放課後、委員会の仕事を終えたあとに花梨は鍵を返しに職員室に寄り、そこでお喋りな学年主任とついつい、1時間近くも雑談に興じてしまった。その時に御馳走になったお茶2杯が、いまや残らずおしっこに変わって、少女の膀胱を占領しているのだ。
もともと帰る前にトイレに寄ろうとしていたところに、利尿作用のおまけつきで摂取した水分だ。冬の寒さも手伝って、花梨の下腹部は耐え難いほどの尿意をひっきりなしに訴え続けている。
(あっ、あっあ、く、ううぅぅ……っ)
ふたした油断でぷくりと内側から膨らみかけた排泄孔を、溜まらずぐいっと手のひらが押さえ込む。花梨の意志を無視して、身体は生理的欲求に従い、ところ構わず勝手に排泄を始めようとしていた。
いちどでも生理現象を訴え出した少女の身体は、際限なくその欲求を加速させてゆく。こみ上げるイケナイ感覚に下半身を震わせて、花梨は熱い吐息をこぼす。
職員室を出たときにには、すっかり外は暗くなっており、時計も門限まではあとわずかという時刻を示していた。その焦りもあり、バス停にやってきたバスに即座に飛び乗ってしまったのだが――閉まるドアと出発するバスの中、花梨は早くも己の失敗を悟っていた。
(ど、どうして、家までくらいなら我慢できるなんて思っちゃったんだろ……っ)
駅から学校、市立病院を循環するバスは、利用者も多く通学、通勤にもよく利用される。いまはさほど混む時間帯ではないが、花梨もこの路線を使って通学していた。しかし、いくら重宝されていようと、定番の路線バスにはトイレなど付いているわけもない。
動く牢獄に等しいバスに乗っている限り、花梨は次のバス停まではじっと身を竦ませて我慢する以外のことはできないのだ。
『次は、明野三丁目。明野三丁目。
……お降りの方はお近くの停車ボタンでお知らせください……』
「はぁ……ぁっ……」
ぎゅっ、と通学鞄の持ち手を握る手のひらに力がこもる。
学校前のバス停を出発してすぐに始まった花梨のささやかな我慢ダンスは、すでに誰が見てもわかるほどのはっきりとした腰揺れとなって表れていた。
花梨の中、長期トイレ我慢予報は必窮する下腹部の状況に迫られ、下方修正を繰り返している。当初発表だった『家に帰るまで我慢する』案ははるか昔に取り下げられ、市立病院駅のトイレ、駅の公衆トイレを経て、最新予報では三つ先のバス停前の公園の公衆トイレにまで格下げされている。
(あ、あっ、は、はやくぅ……っ)
思春期の少女としては、よくホームレスのおじさんがたむろして身体を洗ったりしている公園の公衆トイレなど、使うどころか近寄ることすら躊躇われたが――刻一刻と切羽詰まってゆく下半身を抱えていては、選り好みなどしていられない。
普段は意識すらしていないトイレすら、焦がれるほどに待ち遠しい場所だった。
バスがゆっくりと交差点を抜け、夕暮れの中に並ぶ乗用車の赤ランプのあとを追いかけてゆく。
とうとう不安定な吊革に捕まっていられなくなり、乗降口の手摺りに体重を預けるようにしながらきつくそれを握りしめて、花梨はバスの進行方向を見つめていた。可憐な桜色の唇は半開きになり、潤んだ視線は中空に固定されてあらぬ方を見つめ、熱い吐息を小刻みに繰り返す。
「はぁぅ……っ」
道路の凹凸による振動に合わせて、花梨の下腹部ではイケナイ感覚を呼び覚ます恥ずかしい水がたぷたぷと揺れ、限界の迫った少女をますます追い込んでゆく。清楚なたたずまいの表情は押し寄せる尿意の波にゆがみ、顔は蒼白になりこめかみには脂汗まで浮かぶ。
一度効力を発揮する緑茶の利尿作用はすさまじい。
冬の寒さを乗せる隙間風も手伝って、明野三丁目のバス停で数名の乗客が乗り降りを追えるころには、花梨は小さく喘ぎ、身悶えしながらぱんぱんに膨らんだ下腹部をひっきりなしにさするようになってしまっていた。
まるで熱した砂が詰まっているように、硬く張りつめた下腹部は、もはや最寄り駅のトイレまで持つかどうかもあやしい。じっとしていなければならないはずの腰がクネクネと左右に揺すられ、『ぁあっ……』『んっ…!』という艶めかしい声が少女の唇からこぼれる。
花梨の近くに座っていたおかっぱの中学生が、あえて苦しげな少女の様子を見ないようにと文庫本を広げた。しかし、ぎゅっと下腹部を握り締め腰を揺する少女に気を取られ、まったく本の内容など頭に入らないようだった。
『次は、両瀬台、両瀬台。
前原医院へは、こちらが便利です……』
かち、かち、と時を刻む腕時計の秒針を、数秒おきに見ながら、花梨は手摺にしがみつく。早いようで全く進まない秒針は、まるで我慢の限界のカウントダウンのように花梨を苦しめていた。
公園までバス停はあと二つ。そこまでほんの数分でたどり着くだろうバスは、しかし大通りに多い信号につかまり停車する。
下方修正に下方修正を重ね、最後の妥協点として見出したはずの、最短コースでたどり着くはずの公園の公衆トイレだが、いまや花梨にはそこまでの距離すら絶望的に遠く思えた。
不意に、信号の変化と共にバスがエンジンを吹かし、ぐらり! と強く車内が揺れる。
「ぁぁ、あぁっ……!!」
気の緩みかけた瞬間に押し寄せた猛烈な圧迫感に、じゅわりっ、と股間に熱く湿った感覚が広がった。とっさにがばっ、と両手で脚の奥を押さえ込む花梨だが、続く放出は塞き止められても、一度あふれた分はどうしようもない。
たちまち下着に染み出したおチビリの気配が、少女の頭から熱を奪い去ってゆく。
じわぁ、と脚の間を広がった熱い感覚は、すぐに生ぬるく冷え出し、じっとりと花梨の股間に張り付く不快な感触をもたらした。
(い、嫌ぁっ……)
いい歳をしてしでかしてしまった『失敗』に、花梨の頭はパニックに陥る。さらには緊張に強張った下腹部は、一度わずかながらも排出を許した排泄孔の位置をはっきりと覚え、そこへ一気に攻撃を開始する。
括約筋が力を振り絞って抵抗を続ける中、花梨の意志に反して下腹部の水圧はぐっと増し、女の子のダムのいちばん脆い部分へと襲い掛かる。熱烈なノックに女の子の通路は押し開けられ、さらにじわ、じわと熱い水滴をこぼし、膨らみかける“おしっこの孔”がぴりぴりと痺れ、短い排泄孔の中にも液体が詰まりきっているかのよう。
「くぅ、っぅうっ……!!」
じ、じ、とまるで電流を流すような衝撃に、思わず花梨はぎゅっとおしりの孔に力を篭めて開きそうになるおしっこの出口を押し潰す。
それでもつうっと脚の間を、まるで細い毛先でこすられるような感触と共に、つうっと細い流れがこぼれ落ちた。
(っ、だ、だめ、間に合わないっ……)
進退極まったことを悟り、花梨はすがるように車内を見回し、目に入った降車ボタンを叩きつけるように押し込んでいた。
バス停を直前に、突然『降ります!!』と叫ばれたバスは、急遽スピードを緩めて路肩に寄り、バス停を少し通り越して停車した。
もたもたと定期入れのICカードを押し付けて精算し(財布を出して小銭を数えていたりしたらあの場で出始めてしまっていただろう)、花梨は人気のまばらな住宅街に下りた。
その間にも二度、花梨はスカートの下で全力を振り絞ってぎゅうっとおしりの孔と一緒におしっこの出口を締め付け、腰を突き出してありったけの我慢を繰り返し、押し寄せる怒涛の尿意を押さえ込んでいる。
花梨だけを薄暗いバス停に残し、すぐに走り去るバスを尻目に、おぼつかない足取りで少女は歩き出した。
(っ、は、はやくはやくっ、おしっこ、おしっこぉ……っ、も、漏れちゃうっ、漏れちゃううっ!!)
もはや少女が求めるものは『トイレ』ではなく、『おしっこのできる場所』だった。似ているようで非なる両者の差異は、一文にして明白。
前者がもともとそのために作られ、整備た場所なのに対して、後者はただただ、しゃがみ込んで下着を下ろし、脚の付け根からおもうまま恥ずかしい液体を迸らせることさえできればよいという、それだけだ。
最寄のトイレまですら我慢することを諦めてしまった花梨は、オモラシによってバスの床を汚すことを畏れるあまり、女の子のプライドすらかなぐり捨てようとしていた。
熱に浮かされたような表情で、花梨はすぐ近くの街路樹の植え込みの前に倒れかかってしまう。
「っ……」こくり、と緊張を飲み込み、花梨は電光石火の早業でちびった分で濡れぼそり、股間に張り付く下着を膝まで引きおろすと、スカートを腰上まで捲り上げてしゃがみ、おしっこの準備を整える。
道路の端、街路樹の根本――まるで犬のようにおしっこをしてしまおうという行為に対するわずかなためらいは、じっとりと湿る下着と突き上げるような尿意に蹂躙されかかって熱く疼く股間に吹き飛ばされた。
(あ、あっあ、あっあ)
もはやここまで来て躊躇する余裕はなかった。花梨は、植え込みの根本を跨ぐまたぐように大きく脚を広げ、バランスをとりながらおしっこを始めてしまう。
いかにも優等生然とした容貌を歪め、唇を噛んで耳たぶまでを赤く染め、俯く花梨の足元で、ぷしゅう、と涼やかな水音が口火を切る。
樹の幹にしがみつくようにして、花梨は身体を何度も小刻みに震わせた。
植え込みと木の幹で道路側からの視界は辛うじて遮られていたが、いくら小柄な花梨でも、細い街路樹の後ろに隠れきれるわけもない。注意して見さえすれば剥き出しの太腿や制服の肩はたやすく目に付き、その向こうに少女が腰を落としているのはすぐに分かってしまう。
股間のすぐ前を隠す樹の幹さえなければ、足を広げて腰を落とし、白いお尻と大切な部分すらもあっさりと見えてしまうだろう。女の子の大切な部分を、行き交う車道へと丸見えにさせ、見せ付けているのに等しい格好だった。
まだ幼いつくりの細い割れ目は、緊張に震え、わずかなほころびもなく少女の下腹部に食い込んでいる。我慢のために出口をきつく締めつけられているのを示すように、もうひとつの小さなすぼまりもきゅうっと萎縮し、縮こまっていた。
(っ……)
真っ赤になりながら、花梨はこぼれそうになる悲鳴を唇を噛んで喉の奥へと押し込む。両手は揺れる身体を支えるので精一杯だ。
上げそうになる羞恥の悲鳴を堪えてきつく閉じられた花梨の唇同様、少女の股間の秘密の唇も緊張に硬く引き結ばれ、その奥の排泄孔からの水流はそれに遮られて四方へと飛び散る。
じゅじゅぅう、じゅうぅっ、とだらしなく飛び散った熱い雫は、きゅっと引き結ばれたおしりのほうへも伝い、ぽた、ぽた、と後ろのほうへも垂れ落ちてゆく。
(っ……!!)
スカートを汚しかねない事態に、花梨は必死で心を落ち着けながら、硬く緊張させていた括約筋を緩めた。きつく詰めていた息をゆっくり吐くと、こわばって硬く閉じあわされていた秘唇がぷくっと広がり、その奥から熱い水流が、本当の勢いで太い放物線を描いてほとばしる。
ぶしゅううーーっ、と熱水が秘所を擦る鋭い音をたて、街路樹の根元の剥き出しの土に激しく吹きつけられた。硬く踏みしめられた植え込みの根本をえぐるほどに勢いも強く、少女の股間から噴き上げた飛沫は、ほどなく野太い奔流となって、ばちゃばちゃと土の上に泥をあふれさせ色のついた泡を吹き上げるように水音を立てはじめる。
(はぁああああ……っ)
もはや罪悪感や嫌悪感よりも、我慢を重ねていた尿意からの解放感ははるかに勝るほどに甘美だった。下腹部をぱんぱんにさせ、はちきれんばかりに溜まっていたおしっこが、勢いよく足元へと叩きつけられてゆく。少女の体内で温められた熱水は、秋の気温に触れて小さく湯気を上げるほどだ。
解放感に震える少女の身じろぎにあわせ、噴き出す水流は蛇のようにくねり、時にはしゃがみ込んだ足元へと飛び散って靴やスカートの裾を汚すが、排泄の心地よさに身をゆだねた花梨にはもう些細な問題でしかなかった。
路上の片隅で地面を深くえぐるほどのおしっこに夢中となり、花梨は、うっとりと唇を震わせた。
尿意に耐えかねた少女の暴挙によって、特設臨時トイレと化した路上の片隅の街路樹の根本。屋外だというのにあたりにははっきりと花梨自身のおしっこの匂いが満ち、便器代わりの地面の上には勢いよく薄黄色の水流がじょぼじょぼと音を立てて注ぎ、泡を立てて飛沫を飛び散らせる。
響く水音はぱちゃぱちゃ、という軽いものからじょぼじょぼじょろろ、というおよそ少女には相応しくないみっともないものに変わっていた。
街路樹のすぐ傍には、『飼い犬のトイレはご遠慮ください』という立て札があることにも、花梨は気付かない。
「はあ……っ♪」
ここが本来どこであるかも忘れ、どこか甘やかな響きの混じる深いため息。花梨は排泄の開放感に夢中になっていた。噴き出すおしっことともに身体から沸騰しそうな熱が抜け落ちてゆく。
歩道を歩く人々がぎょっとしながら、お尻を丸出しにして、『犬のトイレ禁止』の場所で猛烈な排泄を続ける少女を遠巻きに見守る中。
花梨の溜まりに溜まったおしっこは、なお1分以上も続くのだった。
(初出:書き下ろし)
バスから路上にいたる話。
