萌えるゴミの日

 毎週月曜と木曜日は、『萌えるゴミ』の日だ。
 一週間に2回、定められたその期日には朝早くから『ゴミ』の『回収場所』に大勢の列ができる。このあたりの朝の風物詩だ。
 『ゴミ出し』には一人当たり少し時間がかかるので、いつも行列は長く長く延びてしまう。ぱっと済ませよう、なんて思いながらゆっくり家を出たりすると、その順番待ちで時間がなくなってしまい、心が折れそうになるくらいだ。
 『ゴミ』の『回収場所』は大体町の商店街の一角。みんな重そうに揃えた手に、いっぱいに詰まった中身を抱えて身体を左右に揺らしながら、まだまだかと列に並ぶ。
 中には溜めこんでしまった『ゴミ』が重すぎるのか、ぎゅうっとぱんぱんの『ゴミ袋』を押さえこんで、ふらふらと足元が覚束ない子までいる。
 こういうのはだいたい小さな子のことが多い。少し大きくなれば、いくら大変でも、人前でそんな姿をさらすのは、女の子としてはあまり良くないことだというのが分かってくるからだ。
 この時間に『ゴミ出し』の列に並んでいる人の多くは、通勤や通学途中。ちかくに私鉄の電車が走っていることもあって、駅までの道すがらに立ち寄ることがほとんどだ。
 中でも目立つのは、近くの学校の制服姿の女の子達。
 もともとあまり歓迎されることのない『ゴミ出し』ではあるけれど、なかでも特に不潔なものを嫌う彼女達くらいの年代では、汚いものに近づくこと自体を嫌がったり、恥ずかしがったりする子も多い。
 けれど、生活をしていればどうしたって『ゴミ』とは無縁でいられないものだ。どんな人でも生きていれば、必ず『ゴミ』は出てしまう。そして、『ゴミ出し』は誰かに代わってもらうなんてことは勿論できない相談だ。
 だから多少不便であっても、社会のルールとしてこういった制度があることを学ぶのはとてもいいことだろうと考えている人も多い。
 ……『ゴミ』というのは、女の子のプライバシーの塊のようなものだ。
 たとえば、ぱんぱんに膨らんだ『ゴミ袋』にこの数日でどれだけいったい『ゴミ』を溜めてしまっているのかから始まって、いったいどうしてそんな『ゴミ』が出たのか。どんな色や匂いをさせているのか。さらには『ゴミ出し』の時のマナーを守っているのか。回収場所での行列、出し方、片づけ方、始末の方法――そんなことからも、他人には知られたくない秘密の多くが分かってしまう。
 だから、女の子ならできるだけ、人目に付かないように『ゴミ』を処分してしまいたい、そう思うのは当然のことだ。
 けれど――それを優先するあまり、最近では真夜中に『ゴミ出し』にやってくる子たちが後を絶たない。
 確かに、誰も見ていない夜のうちに、こっそりと処分しておきたいという心理はわかる。『回収場所』に並んで順番を待ち、人前で『ゴミ出し』をするというのは、自分の隠しておきたいヒミツを大勢の前にさらけ出しているようなものだから。
 けれど、回収車も来ないのにそのまま朝まで『ゴミ』を放置されてしまうと、夏場なんかは一気に匂いが酷くなり、さらには虫やカラスなんかの害の原因にもなる。
 だから、基本的に夜が明ける前に『ゴミ出し』をすることはマナー違反として禁じられているし、指定された期日のある時間になるまでは、回収場所に立ち入れないようにしておくなどの対策が取られることもある。
 いまは、多くの市や町で、『ゴミ』の回収場所ではそのせいで夜のうちにそうしたことをしてはいけない条例ができているのが普通だ。
 マンションなどの場合、この『回収場所』にも工夫がある。すごいところだと雨を避ける屋根や壁まであったり、『ゴミ』を分別できるスペースまで作られていたりするという、とても贅沢なもの。
 けれど、普通は町並みの一区画が仕切られている程度。場合によってはゴミをしまっておく専用の箱があったりするが、酷い場合はまったく商店街の野ざらしに、標識が掲げられているくらいだ。
 こうなると、出勤や通学の視線にさらされながら『ゴミ出し』をしなければならない。女の子たちは恥ずかしくぱんぱんに膨らませた『ゴミ袋』を必死に揺らしながら抱えて『回収場所』の列に並び、太腿を擦り合わせながら順番に『ゴミ出し』の行列に並ぶことになる。
 順番を守らなければならい――というのは、『ゴミ』の処分方法とは違って実際に法律で決まっているわけじゃなくて、暗黙のうちにできたルール。でも、やっぱりそれを破る人は少ない。
 でも、小さい子やどうしても時間に余裕がなかったりする子の場合は仕方がない。中には順番を譲ってあげたり、何人かで一緒に『ゴミ出し』をしたことの経験がある人もいるだろう。
 すこし昔までは、少し大きな施設――学校や病院なんかにはそれぞれの『ゴミ』の処理施設があったりした。
 さらにそのずっと昔は、今みたいな処理施設ができていなかったこともあり、家ごとに『ゴミ』が出るたびに庭なんかで処分をしているのが普通だった。今では信じられないことだけれど、その頃はいろいろとおおらかだったのだ。けれど時代が進むにつれて人が多くなり、それに伴って『ゴミ』も増え――それは難しくなった。
 特に最近、これらの小さな施設での処理は不完全で、環境に良くないということが叫ばれ出してから、『ゴミ』はこうして、まとめて回収するのというのが当たり前になっている。まして庭で処分するなんてもってのほからしい。
 現在では『ゴミ』の種類によってこまかく回収日は決められていて、当たり前だけど、『萌えないゴミ』を『萌えるゴミ』の日に出してしまうのは重大なマナー違反だ。
 時々面倒くさがって、あるいは不慮の事態で一緒に出してしまう人がいて、それが商店街では問題になっている。
 ほかにも、指定日を守らなかったり、ずっと溜め込んでいた『ゴミ』で『回収場所』を長い時間占領してしまったりと、問題は山積みだった。
 最近では『ゴミ』の回収にも有料化が叫ばれており、そのために専用のシールや入れ物を販売する自治体も増えてきた。
 困ったことにこの容器、その人ごとにはっきり規格が決まっており、その家庭や個人の生活状況に合わないこともたまにある。
 あと少し大きければに収まるのに、という状況で、二袋分のゴミ袋を使わねばならない女の子などは、後ろめたさを感じることも多いという。
 冬の朝。日も昇るのは遅く、7時過ぎになってもまだ早朝のように空は白い。ちょうど市内の学校の登校時間に重なるのか、通学コートに身を包んだ少女たちの姿が目立つ。マフラーやイヤーマフなどを身に着けた少女たちは、顔を赤らめて落ち着かない表情。
 全員がそっと下腹部に押し当てた手のひらから、ずっしりと重い『ゴミ』の存在感を感じとっている。一週間の半分の間に溜まってしまった分は、たとえ一人分ではあってもかなりの量なのだ。
 列の先には、いよいよ次の順番を待つボブカットの少女が一人。
 見慣れない制服の彼女は、どうも最近越してきたばかりのようだ。まだ前の人が回収場所で作業中だというのに、そのまま飛び込んでしまいそうなほどに焦れている。はやく邪魔なゴミ出しを済ませてすっきりし、駅に向かいたいところなのだろう。
 だが
「ねえ、貴方。シールは?」
 そんな少女を呼び止める背中の声。近くの主婦と思しき女性に、少女はえっ、という顔をして振り向く。
 虚を疲れたような表情の少女に、女性は微妙な表情で胸元のシールを示し、
「ここでゴミを出すときは、指定のシールが要るんだけど……持ってないの?」
「え、ええっ!?」
 驚く少女。
 こちらに引っ越してきて間が浅い彼女は、ついそれまで住んでいた場所の習慣でゴミ出しをしようとしていたのだ。
「もしかして、……それがないと、ダメ……なんですか?」
「ええ……できない事になってるわ」
「そ、そんなぁ……」
 申し訳なげに告げる女性。少女が困っているのはわかってはいたが、町内会の決まりでもある。知らなかった、で済ませるにはいかないのだ。
「じゃ、じゃあ、今日は……できないんですか……? あ、あの、なんとかならないでしょうかっ……わたし、先週引っ越してきたばかりで……きょ、今日が初めてなんです……この前のゴミ出しも間に合わなくてっ……」
 見れば、両手で抱えるのにもつらそうに、少女は『ゴミ』の重さを持て余していた。足元は忙しなく交互に足踏みを繰り返し、内股になって立っているのがやっとという状況。
 もう一週間以上も『ゴミ』を溜め込んでしまっているのだろう。
「ごめんなさい、私が決めることじゃないもの。多分、回収してもらえないわ……」
「ぅ……そんなぁ……」
 がっくりとうなだれる少女の前から、作業を終えた女の子が出てくる。まだ小さいのにひとりで『ゴミ出し』をしている幼い彼女の胸にも、学校のバッチと一緒にシールが張られていた。
 こんな小さな子でも、ちゃんと決まりを守っているのに――自分だけがルールを無視するわけにはいかない。
「はぁ……」
 少女は落胆のまま、とぼとぼと下腹部でたぷんたぷんと揺れる『オシッコ』をそのままに歩き出す。
 次の『トイレの日』は、3日後だ。
 (初出:書き下ろし)

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