「こちらですね?」
「へ、へえ……そうでございますだ」
不気味な鳴き声の響く澱んだ森の中を、二人分の足音が響く。
ひとつは提灯を掲げ先を行く老人のもの。もう一つは、その隣を歩く少女のものだ。
風が茂みを揺らす音にもびくびくと怯えている老人に対して、まだ幼い雰囲気の残る少女は落ち着いた様子で歩みを進めてゆく。緋袴に白の小袖の装束に身を包み、肩で髪を切りそろえている。手には少女の体躯には不似合いなほど大きな梓弓。
年若いながらも凛とした気配も合わせ、この娘が退魔を生業とする歩き巫女であることは、一目で知ることができた。
「……こ、ここですだ」
しわがれた声を緊張に掠れさせ、老人は分岐を示す小さな塚の前に立ち止まった。恐々と提灯を掲げ、藪の深い山道の途中に、薄暗い脇道を指し示す。
「この脇道の先に行きますと、大きな沼がありまして、へえ、そこに化け物が棲みついとるはずでごぜえます。随分と昔からある沼だそうですが、最近じゃ昼間でもこのとおり、不気味なくらい霧が出ちまって……」
すでに周囲を覆い包む深い霧は、薄暗い森の中ということもあってかなり視界を悪くしている。少女はそっと目を閉じ、その霧の奥へと意識を凝らす。
「――――っ」
ざわ、と背筋を這い上るような妖気が、霧の奥に確かに感じられた。
握る弓の感触を確かめて、少女――朱音は村長を振り返る。
「分かりました。ここから先は私一人で大丈夫です。村長さんは村までお戻りになっていてください」
「へ、へえっ……わかりましただ。……その、お願ぇしますだ巫女様。どうか、どうかあの化けもんを退治してくだせえまし!!」
「ええ。お任せください。必ず良い報せをもって戻ります」
村長は、長い年月と苦渋が染み付いた、皺だらけの顔をくしゃくしゃにして深く頭を下げると、老体とは思えぬ早足で村へと引き返してゆく。
ここまで朱音を案内するだけでも、相当の決意だったのだろう。生きた心地もしなかったに違いない。勇気を振り絞って案内を買って出てくれた村長の勇気に感謝し、朱音は村を脅かす妖魔への怒りを奮い立たせる。
「――よし」
再度弓の具合を確認し、懐の符を手に用意して小さくうなずくと、朱音はゆっくりと、脇道のほうへと足を踏み出した。
「…………」
沼地に漂う妖気は、朱音の想像以上の濃いものとなっていた。深い霧はもはや妖気と同じくらいに濃密で、清浄な香を炊き込んで清められた巫女装束をすり抜け、朱音の手足にまで絡みついてくる。
脚絆や手甲に冷たく染み込み、ふくらはぎや手首に張り付いて、身体を侵そうとするその不快な感触に、朱音は小さく唇を噛んで己を保つ。
「……想像以上ね」
数歩先すらまともに見えぬ、乳のような霧の中は、距離感も方向感覚もまともに働かない。村長の話では、土地鑑があるものですら迷いこんだらよほど運が良くなければ出てくることは叶わないという。
この一帯にはそうしたものを惑わせる妖術が施されているに違いなかった。妖魔の気配を感じ取ることのできる朱音でなければ、沼地まで辿り付くことすら叶わないかもしれない。退魔の業を身につけた朱音でも、ともすれば己を見失いかねないあやかしの術だった。
(……油断できないわ)
こうして、人里から離れた場所に巣を構え、そこに籠る妖魔は、概ねして狡猾だ。
山を根城にしていても、頻繁に人里に下りて暴れるような妖魔であれば、村に備えを強いて迎え撃つことができる。いかに力の強い妖魔といえども、向こうから攻めて来てくれるのであれば、それに対抗することはさほど難しくはない。
だが、今回のように巣をつくり、そこに潜んで人を引き込む妖魔に対しては、こちらから討って出る必要がある。彼等を討つためにはどうしてもこちらから巣の中に踏み込まねばならず、それが思わぬ困難を呼ぶことを朱音は知っていた。
「っ……」
草鞋が荒れた地面を擦り、ぽたりっ、と朱音の顎を汗がつたい落ちた。
まだ汗ばむような陽気ではない。むしろ沼地へ近づくにつれて、霧が濃さを増し、同時に寒さが押し寄せてきている。普通の者であればこの妖気と霧に当てられて、引き返すことも考えられなくなっているだろう。
だが朱音は、妖魔のもたらす穢れを浄め討ち祓うことを生業とする歩き巫女だ。幼少時より鍛えられた心と身体は、たとえ身体に触れ染み込んだ妖気ですら浄化することができた。
妖魔と相対する時、してはならないのは相手を畏れることだ。あやかしは人の怖れを食って力を蓄える。だからこそ、巫女である朱音の身体は常に清浄に保たれ、恐れを産む妖気を身体に溜めぬようになっている。
「あと、少し……」
ひときわ濃さを増す妖気の中、この惑わしの霧の中心が近いことを朱音は感じ取っていた。想像をはるかに超える妖気の濃さに、頭が鈍り下腹が重くなる。
このような濃い妖気の中では、朱音のような力を持つ巫女であっても妖魔との戦いも過酷なものになるだろう。いわんや、そうした力のない旅人が迷い込んでしまえば、抗うことすらできぬに違いない。
重苦しく立ち込める妖気の中、朱音の眉は小さくたわみ、唇は小刻みに震えていた。
肩は小さく震え、そわそわと落ち着かない足元が、再び砂利道を擦る。
「んっ……」
ふいに、幼い姿に似合わぬ、艶を帯びた吐息が漏れる。
いつしか、朱音の凛とした表情は弱ったようにほの赤く染まり、足取りも鈍り始めていた。緋袴の脚が、いつの間にか内股を向き、梓弓を握る手は身体の前に添えられている。
「ふぁ……っ……」
呼気に合わせてこぼれた吐息が、ほう、とあどけない唇を震わせる。ぎゅう、と弓を押さえる手が震え、巫女装束の袖を引っ張るように爪を立てる。耐えられぬというように、緋袴の内腿がよじり合わされては波打った。
「ん……やぁ……っ」
じゃりじゃりと、砂利を擦るように草履が音を響かせ、朱音は思わず声を上げてしまう。
こぽりこぽりと音を立てんばかりに。どこからともなく湧き上がってきた熱い衝動が、乙女のうちを満たしてゆく。
小さく噛みしめた唇から、荒くなった息が響き、脚の付け根に押し当てられた手のひらが、ぎゅうと緋袴の上から、閉じ合わせた内腿の間に差し込まれる。
「や、やだぁ……っ」
みっともない己の姿に、朱音は頬を赤くした。退魔の巫女とて、年若い娘である。人目はなくとも乙女として曝してはならぬ姿だった。
(ど、どうして、こんなに急に……っ?)
朱音の表情は困惑に揺れていた。
ほんの少し前まで、全く気配もなかった感覚が、一気に波を打って押し寄せてきていたのだ。渦を巻き、波打つように膨れ上がり、あっという間に内側から身体を支配してゆく衝動に耐えきれず、朱音は内腿をぴったりと寄せあい、擦り合せてしまう。
「ん、ぁんっ……」
薄く色づいた吐息が、濃い霧の中にかすれて響く。
(お……お手洗い……っ)
は、は、と息を荒げ、巫女装束の前をきつく抑え込んで。下腹部にたちまち膨らむ激しい尿意に、朱音は切なくもぎゅうと身をよじった。
あまりにも、あまりにも急速な尿意だった。
切羽詰った下腹部は恥ずかしい乙女の液体にぱんぱんに膨らみ、わずかな身じろぎにすら甘い痺れを上げる。思わず喘ぎ声をあげ、身をよじらずにはいられない程のはしたない尿意が、巫女装束に包まれた清浄な少女の肢体をむしばんでゆく。
(ど、どうして……? こんなに急に、催すなんて……っ)
妖魔との対決を前にして、緊張に催すことは考えられなくもないが、それにしても強烈過ぎる。
第一、朱音はちゃんと里を出る前にも用は済ませてきたはずだった。前も後ろも分からない霧の中で時間の感覚も乱されているかもしれないが、どう考えてもそれから半刻も経っていない。それなのにここまで激しく催すとは、通常では考えられないことだ。
(まさか、里の人たちなにかされた……?)
そんな疑念が頭をかすめるが、里で口にしたものと言えばせいぜいが茶ぐらいだ。それもひとくちふたくち口をつけた程度で、ここまで効き目をもたらすとも考えにくい。こんなことをして何の意味があるのかという疑問もあった。
朱音が妖魔退治のため村を訪れた時の村の喜びようは本物で、妖魔と結託した村人たちが朱音を嵌めようとしていたとも思えない。騙して妖魔に食わせるにしても、何も知らない旅人のほうが余程やりやすいはずだ。
ならば――
「ぁ……っ」
巡らせていた思考は、押し寄せる尿意の大波によって中断される。ぞわりっと背中を撫で上げるいけない感覚に、ついに朱音は脚を止め、両方の手で緋袴の股間をきつく握り締めてしまった。
まるで童女のように、はしたなくも脚をその場に踏み鳴らし、袴の腰をぶるぶると震わせてしまい、朱音はかぁと耳を赤くする。
(い、いやあ……っ)
誰も見ておらぬとは言え、少女にとって決して見せてはいけない、恥ずかしい姿だ。羞恥に俯く朱音を、しかし立て続けに尿意は身体の内側から責めたて、自由を与えない。
乙女の秘所を責め立てる恥ずかしい水の誘惑。硬く張り詰めた下腹部に響く尿意の波を、朱音は身体を折り曲げ、腰を揺らしてやり過ごす。
朱音を襲うこの急激な尿意の原因は、辺りに立ち込める霧にあった。
沼地を中心に澱み広がる濃密な妖気は、朱音の推測通り、沼に潜む妖魔が霧に乗せて放ったものであった。この霧は人の口や鼻から吸い込まれることで効果を発揮し、迷い込んだ者の方向感覚を奪い、同時に巣の中心の場所を隠していたのだ。
退魔の歩き巫女である朱音の身体は、この惑わしの霧を浄化せんと急速に活性化し、四肢に、喉に鼻に触れた霧を妖気ともども片端から体外へと排出せんとしていた。
――その結果が、乙女の恥ずかしい液体となって表れたのである。
あっという間に乙女の堰は溜まりに溜まった羞恥の液体で満たされ、たぷたぷと音を立てて揺れんばかりになっている。下腹部の重い感覚は無視することもできないほどに存在感を増し、朱音に無理やり羞恥の姿を取らせんとしてくる。
「んっ、んぅ、…ふぁ……んっ」
巫女装束の下腹部は、一気に膨らんだ尿意でぱんぱんに張り詰め、わずかな身じろぎすら激しい苦痛になって少女を襲う。許容量をはるかに超え、なおも次々と注ぎ込まれる羞恥の熱水はさらにその量を増していた。
身体の外側へ緩やかにせり出して強張った下腹部を撫でさすり、腰をよじるたび、朱音ははしたない声を響かせる。
「……っ」
皺の寄った緋袴の太腿を擦り合わせながら奥歯をきつく噛んで、朱音は思わず周囲を見回してしまう。
無論、寂れた山道の、ひときわ奥まった場所だ。妖魔のことなど抜きにしてもまわりに視線や人の気配などあろうはずもない。しかしそれでも、なぜか誰かに見られているような気がして、朱音は頬を赤くして腰をもじつかせていた。
(どうしよう……)
困惑が、朱音の胸をよぎる。
脚は定まらず、頭もまともに働かない。両手も自由にならぬでは脚を踏ん張って弓を引くことなどできそうになかった。それどころか呪言を紡ぐにも舌がもつれ、震える指では符もまともに使えぬかもしれない。
客観的に考えれば、この有様で妖魔退治などできようはずもない。どこかで用を足さねばならないのは明白だった。
しかし。さりとてもし、朱音が茂みにしゃがみ込んで袴を下ろし、無防備に裸をさらしているところを、妖魔に狙い打たれでもしたら?
……このように狡猾に巣を張る妖魔が、このような霧を用意しているとするなら、その隙を狙ってこないとは、とても思えなかった。
「そ、それに……っ」
もじもじと足擦り合わせながら、朱音はちらりと近くの茂みにめをやっては、ぴくんと眉を震わせる。
なによりも――乙女としての羞恥心が、このような場所で用を済ませることを激しく拒否している。
「そうよ……そんなこと……」
耐えがたい尿意に晒されてなお、朱音はその決心を付けかねていた。
年若い彼女だからこそ、そうしたことに強い抵抗があったのだ。天地の清浄を保ち、妖魔を退ける役目を持つ巫女が、己の身体から放出される穢れを地に撒き散らすわけにもいかない。そんな建前が取ってつけたように思い浮かぶ。
そもそも、歩き巫女の総本山である“御山”でお役目を担う巫女として躾けられた朱音には、厠以外の場所で明け透けに用を足すなど、到底許容できぬ振る舞いだった。
獣と同じように野原に腰を落とし黄色いゆばりを迸らせるなど、言語道断なのである。
「そんなの、だめ……ぁんっ……」
しかし、朱音そうしてがためらっている間にも、ますます下腹部の欲求は切迫してきていた。ぶるぶると震えだした足は、もう一歩も歩けぬとばかり根を生やしたように動かず、もじもじと擦り合わされては押し寄せる尿意を堪えるのに精いっぱい。前かがみになった上半身の下で、下腹部をさする手のひらもそこから離せないほどだ。
事ここに至っても梓弓を取り落とさぬように小脇に挟んでいるのは、朱音のささやかな巫女としての矜持だったが――それもいよいよ崩れそうになっていた。
ぞわり、ぞわり。
身体の内側、溜まりに溜まった恥ずかしい液体の出口を、悪戯な水の誘惑がひっかく。肩を小刻みに震わせながら、朱音は何度もきつく口を引き結ぼうとする。
潮が引くように、次にやってくる大波の予兆が少女に決断を迫った。
(こ、こんなところでなんて……でも、このままじゃ……)
妖魔の棲家の傍で無防備な姿をするわけには――
でももう我慢できない――
退魔の巫女が、こんな処で――
これが相手の狙いかもしれない――
お手洗いじゃないのに――
村の人たちは妖魔と通じてるんじゃ――
我慢しなきゃ――
そんなことできない、恥ずかしい――
だめ――
漏れちゃう――!!
退魔の巫女と、年若き乙女と、朱音の心の中でいくつもの思いが複雑に交差し、ぶつかり合う中、
「……で、でも!!」
やはり乙女の羞恥に耐えかねて、朱音はとうとう音をあげてしまった。
これ以上引き延ばしていては、本当にどうにもならなくなる。まさに妖魔はその隙を虎視眈々とうかがっているのかも知れない。
ならば、少しでも余裕のあるうちに用を足しておくべきだ――言い訳も含めてそう思い、少女が羞恥を懸命に押し殺して、重い脚を引きずり茂みに踏み込もうとした、その時だ。
がさりっ――
なんの前触れもなく、背後の梢が揺れる。
朱音は咄嗟に握りしめていた弓を構え、振り向いた。
「妖魔!?」
息を殺し、音のした方を窺うが、深い霧に覆われて不審な姿は見当たらない。気配を探ろうと意識を研ぎ澄ませるが、ますます濃くなる霧は妖気の在りかすら覆い尽くし、ぼんやりと霞ませていた。
そこに居るのが誰かも――いや、そもそもそこに何ががいるのかどうかすらも判然としない。
「んぅ……っ」
そして、こんな時でも激しく尿意を訴える下腹部が、少女巫女を焦らせていた。意識を集中しようにも、焦げるようにちりちりと暴れる尿意のせいで、うまくいかないのだ。
こぽりこぽりと音を立てるほどに注ぎ込まれる尿意は一時もおさまらず、臍の裏側でぐらぐらと火にかかったように沸き立っている。
「だ、誰か、いるのっ!?」
焦りのまま、朱音は思わずそんな声すらあげてしまう。これに狡猾な妖魔がわざわざ応えてくれるはずもなく、むしろ自分の居場所と動揺を知らせてしまうだけなのだが、もはやそんな事にすら思い至れないほど、朱音は動転し――切羽詰った尿意に脅かされてていた。
「っ……」
弓弦に手をかけ、朱音はまとまらない頭で思案する。朱音の持つこの梓弓は、矢をつがえて放つものではない。その弦のかき鳴らす清浄なる音であやかしの気配をうち払うものだ。
だが、それをするためには特定の作法でもって脚を踏み、弓を引き、弦を鳴らす必要があった。
「は…ぅ、っ……ん、んぁっ」
下腹部でぐらぐらと尿意が沸き立ち、今にも恥ずかしい噴水をほとばしらせんばかりの現状。まともに立つことも叶わないようなこのへっぴり腰で、弓など引けようはずもない。
三人張りの剛弓というわけではないにせよ、朱音の身体で大きな梓弓の弦は、単純な力任せにどうにかできるものではないのだ。正しい作法をもって初めて意味をなす退魔の術なのである。
(だ、だめ……そんなことしたら、も、……漏れちゃう……っ)
ぞわりっ、といけない感覚の予兆が朱音の背筋を這いあがる。いつしか草履のかかとが持ち上がり、少女巫女は爪先立ちになって腰を引き、小刻みに震えながらの前屈みという、あまりにもみっともない姿をさらしていた。
膝ががくがくと震え、今にもぺしゃんとその場に座り込んでしまいそうな有様。煙草を一服する時間ももつかどうか怪しい。
「ぁ、ぁっ……」
それでも朱音は、弓から手を離せずにいた。まったく定まらずぶるぶると揺れ動く弓を、深い深い霧の奥へと辛うじて向けたまま、腰を激しくよじり続ける。
いまだ、沼地に潜むという妖魔が、姿どころかその影すら見せていないことが、朱音の心をさらに惑わせていた。
今まさに、牙をむき爪を光らせた妖魔が目の前に迫っているのならば、形振り構っている暇はないのだが――さっきの音も単に鳥か獣が飛び立っただけかもしれない、と思うと、心が定まらない。
疑心暗鬼に陥った朱音は、ますます動けなくなってしまっていた。
「…………っ」
そのまま、時が過ぎる。
「……………………っ」
ひりつくような緊張の中、じっとじっと耐えるその時間は。朱音には一刻、一昼夜ほどの長さにも感じられたが――実際はさほど長い時間ではなかっただろう。
揺れ動く弓を引き絞ることもできないまま、歯の根も合わずに霧の中を睨み、懸命に尿意をこらえていた朱音だが、
「っ、だ、だめ、で、出ちゃうっ!!」
とうとう限界を口にした少女巫女の手から、梓弓がするりと地に落ちた。妖魔に抗する最大の武器すらも放り出して、なおも激しさを増すばかりの尿意に耐えかねた朱音は、飛び込むように間近な藪の中へと踏み入れた。
「ぁ、あっあ、だめ、だめっ、出ないで、出ちゃだめ、もうちょっとっ……!!」
必死の訴えと共に、朱音がはしたなくも腰帯を引きちぎるように解き、袴膝下まで下ろし、乙女の秘所もあらわにしてしゃがみ込んだその瞬間。いままさに、耐えに耐え続けたものが朱音の脚の付け根から、凄まじい勢いで噴出さんとしたその刹那。
再び、がさりと草むらを乱す音が響いた。
しかも今度は朱音のすぐ背後、息も届かんばかりの真近から。
「ッッ!?」
退魔の術の修行を繰り返し、覚え込まされた身体は反射的に反応していた。下ろしかけた緋袴もそのままに、懐から符を引き抜いて立ち上がり、振り向いた朱音の目の前で――
その瞬間。
まるで、嘘のように霧が晴れる。
「え。……!?」
突如としてくるりと視界がめぐり、朱音は軽いめまいを覚えた。
次の瞬間、少女がが目にしたのは、先程までいた里のさっき知り合ったばかりの見覚えのある村人たちだった。
彼等は皆一様に、眼を丸くし、ぽかんと口を開けて朱音のほうをじっと見ている。
「み、巫女様?」
村長の呆気にとられたような声が、朱音の意識を引き戻す。
そう。
突如、村長以下の村人たちが現れたのではない。現れたのは朱音の方だった。村を発った時に、不安げな顔で少女巫女を見送った村人たちは、そのまま村長の家で巫女の帰りを待っていたのだろう。
薄暗い雲の下、囲炉裏を囲み、不安を紛らわすように寄り集まり、酒の杯を持ち出してまで板の間に詰めかけていた村人たちは忽然と姿を見せた巫女を前に、ただただ言葉を失っていた。
(…………こ、これ、っ、そんな、嘘、嘘ぉ……)
そう。朱音は、村長の家座敷の真ん中で、袴を下ろし、幼い下半身を丸出しにして、尻を突き出し、今にも用を足さんばかりの格好のまま無防備にしゃがみこんでいるのだった。
「そ、そのぅ、さっきから一体、なにをなさっていらっしゃるんで……?」
呆気にとられた村長のその言葉で、朱音は理解した。理解してしまった。
先刻から。いつからかははっきりしないが――朱音は。はしたなくも腰を震わせ身体をよじり、脚の付け根を握り締めて必死になって尿意を堪えている様も、大切な梓弓を放り捨て、もう駄目漏れちゃうと喘ぎ叫んでいた時も。ついに音をあげて、用を足さんとしていたその瞬間のその姿も。
すべて、あの霧深いの山中ではなく――この村長の屋敷の中で。座敷に上がり込み、男達の視線の真っただ中でしていたことなのだと。
「い、いや……ぁっ」
きゅう、と少女の喉がかすれた悲鳴を引き絞る。
そして、もはやそれが限界だった。立て続けの衝撃が少女の許容量を超え、堰を切って迸る水流が、激しく座敷の古びた畳を討ちつける。
ぶしゅっ、ぶしゃぁあああああああァアッ!!!
「――いやぁああああああぁッッ!?」
あどけなさを残す少女の足元に、野太い水流が、まるで鉄砲水のように解き放たれ、畳の上をまっすぐに撃ち付ける。妖気を浄化し濃く色付いた羞恥の熱水は、古びた畳の上でなおはっきりとわかるほどに黄色をしていた。
耐えに耐えづつけた排泄のその勢いは全く尋常なものではなかった。水流は凄まじく、湯気を立て、四方八方に飛沫を撒き散らし、泡立ちながら迸る。津波のような羞恥の熱水の放出はとどまるところを知らず、囲炉裏ばたにあった空の茶碗と徳利をまとめて横倒しにし、土間まで一気に押し流してゆく。
「うぉをぉぉ!? み、巫女様なにするだ!?」
「な、なんだべ!?」
「あ、ぁ、や、ぁッ……」
畳の上に小便を迸らせ、まき散らす娘を前に、たちまち広間は大混乱に陥った。瞬時に顔から湯気を吹きあがらせ、朱音は喉を引きつらせながらその場を飛び退こうとする。
ぶしゅうぅうッ!! びしゅっ、びぢゃばちゃッじょぼぼぼッ、
びちゃびちゃぁじゅばばばばばああッ!!
だが、放水の快感にうち震える下半身が言う事を聞くはずもない。少女の内腿は激しく痙攣し、朱音はがくりと体勢を崩してしまう。身をよじったと同時、背中から後ろに倒れこんでしまい、わずか上向いた股間から、今度は大きく弧を描くようにして噴き上がった恥水が畳の上に撒き散らされる。
咄嗟のことによけ損ねた近くの男の膝へ、思うさま少女巫女の小便が浴びせかけられてゆく。
「うわぁッ!? な、何するだおメエっ!?」
「ぁ、あっあ、や、ちが、違うん、ですっ、」
男が叫ぶが、もはや朱音にはどうすることもできない。荒れ狂う水龍を身体の中に抱え込んだ如く、排泄の出口は全く壊れてしまったように言うことをきかず、噴き上がる熱水を抑え込むことはかなわなかった。
じょぼぼぼぼぼぉじょぼぼぼっ、じょじょぼぼおぉっ、
じょっじょぼぼぼっ、じゃごおおおおおーーーーっ!!
「いやぁあああ……ッ!!」
村中に響き渡らんばかりの猛烈な音を立て、見る間に畳は湯気を立てる黄色い海へと変貌してゆく。
身の丈六尺余の豪傑が、酒をひと樽飲み干してするであろう立ち小便ですら、ここまで豪快にはいかないだろう。それを、まだ幼さすら残した少女巫女が、顔を耳まで赤くしてしゃがみ、無防備に見せた幼いつくりの股間から怒涛のように噴出させているのだから、いったいどれほどの衝撃と言えようか。
(と、止まって、止まってェ……っ)
朱音は半狂乱になりながら、滝のようにほとばしる飛沫を止めようと脚元の袴を引き上げていた。
しかし、乙女の身体がいったん出始めた奔流を途中で塞き止められようはずもない。無理やり腰下まで引っ張り上げた緋袴は、その裾を朱音自身が踏んづけているせいで、かえって少女巫女の動きを封じてしまう。
「ぁ、あっだめ、止まって、違うの、こ、これはぁ…ッ」
ずる、と濡れて滑る裾に足を取られ、べしゃんと座り込んでしまった朱音の足元、腰の奥でじゅじゅぅ、とはしたない音を立て、緋色の袴はみるみるその色を変えてゆく。引き上げた手のひらがちょうど噴出する奔流を受け止め、ぶつかった迸りはびちゃびちゃと泡を立てながら巫女装束を濃い黄色のまだら模様に染め上げていった。
この期に及んでも、朱音の放水は全く弱まるどころかますます激しくなるばかりだった。下腹の奥が激しく絞り上げられるように震え、乙女の堰へ熱く煮えたぎった恥水をこぽりこぽりと注ぎ込み続けている。濃密な惑わしの霧の中を歩き、そのすべてを浄化せんとする乙女の身体は、なおも身体の中にとり込んだ不浄な妖気を絞り出さんとしていたのだ。
「あ。ぁ。だめぇ、だめえぇ……っ!!」
がくがくと腰を震わせ、肩を引きつらせて、朱音は腿を内向きにぴったり合わせたまま腰を落としてしまう。
じゅじゅぅぅ、じゅっ、じゅぉおおおおお……じゅゅごぉぉ……
膝を寄せ合う女座りの体勢で、濡れて色を変えた緋袴の脚の付け根から、みるみる薄黄色い乙女の泉が湧き上がり、脚と腿でつくられたくぼみに溜まってゆく。紅白の巫女装束に三色めの黄色を追加し、湧き上がりあっという間に脚の縁を乗りこえてあふれ出した恥水は、座り込んでしまった巫女の身体を残さず水浸しにして溢れ流れ、そこら中に散ってゆく。
己の誇りである退魔巫女のあかしを、みずからの恥水で台無しにして、なお朱音の身体の中から噴き出すほとばしりはおさまらない。
涙を浮かべ俯き、見ないで見ないでと叫びながら、地に落ちた退魔の巫女の姿は、村人たちの視線をいつまでも釘付けにしていた。
(初出:書き下ろし)
※)主人公の名前の表記ゆれ修正。指摘感謝します。
妖魔退治の巫女さんのお話。
