夏休みの当番のお話。

「はー……あついなぁ……」
 焼けたアスファルトの上には、ミンミンゼミが大合唱。向こうの交差点を通り抜けてゆく車や、コンビニの看板までゆらゆら揺れている。
 麦藁帽子をかぶり、Tシャツと短めのスパッツ。夏休みに入って2週間ですっかり日焼けした肌は、なおも続く高い日差しに、そろそろ休憩をお願いしてもいい気分になっていた。
 夏休みになるまでは毎日通っていた学校への道のりも、なんだかやけに新鮮に感じた。
「うー……」
 サンダルなんか履いてこなければよかったと、御園仁奈は少し後悔する。
 横断歩道を渡り、坂を上ると――仁奈の通う学校が見えてきた。
 校門の通用口は、やけどしそうに熱くなっていた。シャツの裾を使い、ノブを掴んで中に入る。
「あ、先生!」
「おぉ御園。今日は当番か?」
「うんっ」
 部活の先生に会って、仁奈は小さくお辞儀をした。
「そうか。……そう言えば昨日は沢村だったな」
「本当、毎日交代で大変だよ……一人じゃ間に合わないしさー」
「ぼやくなぼやくな。大事なことだぞ?」
 ぽんぽんと頭を撫でられ、仁奈は少しくすぐったくなって身体を揺らす。
「……しかし、昨日は沢村一人だけだったような気がするが……」
「そうなの? ……ひょっとして理沙ちゃんたち、サボったのかな?」
 そう言えば3,4日前に会った時に、どこかに朝早くから出かけるようなことを言っていたなあと、仁奈は眉を寄せる。……となると、昨日の当番は芙美だけだったということになる。おとなしめのクラスメイトである沢村芙美は、よく皆に面倒なことを押し付けられていることがあった。
 なんとなく気持ちの悪い感じがして、口をへの字にしていた仁奈だが、ふいにぶるっと身体を揺すり、我に返った。
「……あ……えっと、先生、あたしもいそがなきゃ。みんな待ってると思うし」
「おう、そうか」
 鷹揚に手を上げる先生に答えて、仁奈は校舎を回り、校庭のはずれへと急いだ。
(いそげ、いそげ……)
 もう時間があまりない。といって、全力で走るわけにもいかず、仁奈は小走りで、慎重に目的地を目指す。自然、足が内股になってしまうせいで途中何度か、つまずきかけながら、仁奈はどうにか花壇までたどり着いた。
 校庭の奥まった場所にある花壇には、背の高いヒマワリがたくさん咲いている。仁奈たちのクラスが春に植えたものだった。夏休み中はこの“お世話当番”が、クラスの中で順番に決まっているのだが――
「あれー……?」
 仁奈は眉をしかめて周りを見回す。一緒の当番のはずの子たちの姿が見当たらない。花壇の周りをぐるりと回ってみても、どうやらここにやってきているのは仁奈だけらしかった。時間としてはやや遅刻気味で、てっきり仁奈は自分が一番最後だと思っていたのだが……
「おーいっ。誰もいないのー?」
 声にもこたえるものはない。
 どうもこのヒマワリのお世話は、まじめにやっている生徒は、かなり少ないのかもしれなかった。
「んっ……」
 ヒマワリを植えた花壇は広く、全部の世話をするのは一人ではとても大変だ。だから“お世話当番”は5人一組で、仁奈だけではとても手が足りないのだが―――
(うぅっ、も、もう我慢できないや……)
 片目をつぶって、仁奈は唇をかむ。“当番”のために昨夜から準備して、ここまでもどうにか我慢してきたが、もうそれも限界だった。
 仁奈は花壇の上にあがると、さっと周りを見まわして、誰の視線もないことを確かめる。
 スパッツを足元に下ろし、ヒマワリの根元にしゃがみ込む。それと同時、仁奈の足元に勢いよく水流がほとばしった。
 ぶしゅっ、しゅうぅうーーーーーっ、
 じゅごぉーーーーー……
「はぁあ……」
 起きてからずっと我慢していたおしっこが、勢いよく花壇の土をえぐる。
 たっぷりのオシッコは乾いた地面を潤し、それを吸い上げたヒマワリはぐんぐんと元気を取り戻してゆく。
「…………」
 しばし、我慢からの解放感に恍惚となっていた仁奈だが、
「ああっ!!」
 ようやく我に返って、足元を見る。慌てて足の付け根に力を込めるが、じょぉおぉ、と激しく噴き出すおしっこは、しかしうまく塞き止められない。
「……や、やば……とまんない……っ」
 仁奈の内腿がぷるぷると震える。
 無理やり立ち上がろうとした仁奈の足の付け根から、ぶしゅうっと勢いよくおしっこが噴き出して、スパッツに少しかかってしまった。咄嗟に伸ばした手のひらにも、熱い水流がぶつかる。
「っ、あっ……」
 ずるずると中腰のまま、すこしでも移動しようと試みるが、そんなものでは焼け石に水だった。昨日の夜に飲んだジュースに、寝る前に飲んだ麦茶。あと少しでオネショしかねないところまでギリギリに我慢して、朝早くから飛び起き、朝ごはんの後もトイレに入らないで一生懸命我慢してきたのだ。小さなおなかに溜まりに溜まったおしっこの量も並みはずれていて、一度出口を破った水圧はちょっとやそっとでは押しとどめられない。
「ふぁ、あっ……うぅーーっ……」
 じゅじゅっ、じゅぶぶぶっっ……じょぼぼぼぼっぼ……
 結局、仁奈はほとんど、おしっこを始めた場所から動けないうちに、溜まっていた水分のほとんどを絞り出してしまった。
「……あー…。…やっちゃった……」
 花壇の1区画だけをびしょぬれにして終わったおしっこに、思わずぼやく仁奈。
 クラスの皆で植えたヒマワリは、女の子のおしっこで育つという特別な品種だった。だからヒマワリの“お世話当番”である生徒は、責任を持って当番の日に、花壇に水やりを――新鮮なおしっこをたっぷり撒いておく必要があるのだ。
 きちんと花壇全体に、水をあげなければいけないのに――仁奈はオシッコができる気持ちよさに我を忘れてしまったのだ。これでは理沙たちのことをあんまり悪く言えない。少なくともちゃんとお世話当番をしたとは言えないだろう。
「ぅー……」
 仁奈がおしっこポーズのまま落ち込んでいた、その時だ。
「……御園さん?」
「あれ、芙美ちゃん?」
 白いワンピースの芙美が、驚いたように仁奈のほうを見て立っていた。
「……御園さん、今日、お世話当番だったっけ?」
「あ、……えっと……? 今日、何日?」
「4日だけど……」
 難しい顔をしてから、仁奈はあ、と口を開けた。
「……あたし、当番明日だ……」
 がっくり肩を落とす仁奈。せっかく学校まで来たのに、この有様なのだ。もぞもぞと居心地悪く後始末をしながらスパッツをはいて、仁奈は立ちあがった。
「そっか、やっぱり……私、きょう当番表見て来たから……」
「でも芙美ちゃんは? 今日、当番じゃないでしょ?」
「うん。……でも、昨日も他に誰もいなかったし……ひょっとしたら、って思って。……誰もいなかったら、お世話する人いなくなっちゃうし」
「じゃあ、自分で来たの?」
「うん……」
 気恥ずかしそうに俯いて、芙美は軽く腰を揺する。
 と、言うことは。芙美も今、我慢しているのだ。
「あ、ごめん……邪魔しちゃって」
「いいよ。……ありがとう、仁奈ちゃん」
 小さくはにかんで、芙美はヒマワリのそばに歩み寄った。
 けれど、すぐにはおしっこを始めずに、もぞもぞとスカートの裾をいじる。
「?」
「あの、……仁奈ちゃん、見てるの?」
「え? あ、ああ。ごめんっ」
 仁奈は、自分がじっと見ていたせいで、芙美が恥ずかしがっているのだということに気付いて、慌てて顔を反らした。いくら女の子どうしても、おしっこをしているところをじろじろ見るのは失礼だ。
「でも、二人じゃ全部は無理だと思うし……あとでまた来なきゃだめかな……」
 さんさんと輝く太陽を見上げ、頭を書いてぼやく仁奈。今日のお天気では、少しくらいの湿り気じゃあっという間に乾いてしまうだろう。また学校まで往復しなければならないのかと、溜息をつく。
「……うん。でも、だいじょうぶだよ」
「え? でも」
 疑問と共に、仁奈は芙美の方を振り向いていた。芙美は仁奈に背中を向けて、花壇の前に立っている。
 確かに仁奈もたっぷりおしっこを出したが、それにしたって花壇の一区画を湿らせた程度だ。もともと4,5人でようやく終わるくらいのお世話が、いくら頑張っても二人で間に合うはずもない。
「……私も、ちゃんといっぱい、我慢してきたし……今日は仁奈ちゃんもいるから」
 しかし芙美はそう言うと、ハンカチを口にくわえ、するりとスカートの中に手を差し入れた。白いぱんつをくるるんと脱ぐと、片方の足にくるんっと丸めてひっかける。
 その準備の仕草が、すごく『おんなのこ』っぽくて、つい仁奈はそれを見つめてしまう。
 そして――芙美がスカートをたくしあげながら、腰をおろすと――
 ぶじゅっ、じゃばばばばばっ、じゅごぉぉおおおおおおおおおおおーーーーーっ!!!
 まるで、ホースを使っているみたいなすごい音。
「……ふ、芙美ちゃん!?」
 おとなしい外見とは全く結びつかない、猛烈なオシッコだった。
 これに比べたら、さっきの仁奈のオシッコなんかただの水滴みたいだ。みるみるうちに花壇が潤い、土が色を変えてゆく。
「んっ……」
 芙美がぎゅっと身体をよじると、ものすごい勢いのオシッコはピタッと止まった。そのまま芙美はハンカチをくわえたまま、花壇の別の場所に移動する。まさか、と仁奈が思っているうちに、芙美はまたそこに腰を下ろし――
 じゃばばばばばっ、じゅごぉぉおおおおおおおおおおおーーーーーっ!!!
 さっきからそのまま続いているみたいなすごい音が、また始まる。
(あんなに、いっぱい……!?)
 目を丸くしている仁奈をよそに、芙美は腰の位置を上手く調整してまたたっぷりと花壇におしっこを撒いてゆく。カラカラの地面が潤うにつれて、しょぼくれて俯いていたヒマワリたちも元気を取り戻し、黄色い花を大きく広げはじめた。
「ね、ねえっ、芙美ちゃんっ」
「?」
 また立ち上がり、腰を振ってしたたる雫を切っていた芙美は、仁奈の呼びかけに少し顔を赤くして振り向く。
「えっと……もしかして、昨日も、ひとりでやってたの?」
「うん……みんな、こなかったから……」
 答えながら、そのまま横歩きで花壇の別の場所に移動してゆく芙美。今度の場所はちょうどフェンス際で、しゃがみ込む場所がないところだった。
 仁奈がどうなるんだろうとわくわくしながら見つめていると、芙美はスカートを軽く持ち上げ、慣れた様子で立ったまま、花壇に向かう。
「……仁奈ちゃん……あの、見てるの?」
「うんっ」
 仁奈が勢いよく首を振ると、芙美は小さく俯いて『恥ずかしいよぉ』と呟いた。けれど、おしっこを途中で止めているのは大変なのか、それ以上言ってくることはなく、三度おしっこを再開する。
 ぶしゃぁあーーーーーーーーーーっっ!!! じゃばばばばばばばばばばばっ!!
 その勢いは弱まるどころか、ますます強くなっているようだった。もう3回目のはずなのに、まるでたったいままで我慢してましたっ、と言わんばかりに盛大に噴き出すおしっこは、太陽の光にきらきらと虹を描いて花壇を潤してゆく。大人しい外見にはまったく似合わない、芙美の威勢の良いおしっこに、仁奈はすっかり度肝を抜かれてしまった。
「すっっっごおーーーいっ!!」
「べ、別にすごくないよぅ……」
「すごいよ!! だって……」
 本来、当番である5人が協力してやるはずのひまわりのお世話を、芙美はなんとひとりでやってしまったのだ。そう背の高さもかわらないのに、いったい芙美の体のどこにあんなにたくさん、オシッコが入っていたのだろう。他の“当番”の子たちがサボり、これから何度も家からここまでおしっこをしに往復をしなければいけないのかと思っていたところを、芙美が全部一人でやってしまったのである。
 だというのに、
「昨日も……先週も、そうだったもん……」
 まるで当たり前のように、芙美は言うのだ。どちらかと言えばおとなしめのクラスメイトが、たったひとりで一生懸命みんなの分まで世話をしていたということに、仁奈は少なからず驚いていた。
 花壇をみるみるうちに潤しながら、芙美は5回に分けて、たっぷりとオシッコを出した。
 ヒマワリの根元はすっかり黒々とした瑞々しさを取り戻し、夏の日差しに負けかけて少ししおれていたヒマワリたちは、元気よく花を空に向ける。
「ふう……」
 ちょろろろろ……。最後の水滴をゆっくりと終えて、芙美は大きく息をついた。
 ティッシュを取り出してあそこを拭き、足首に絡めていたパンツをはいて立ち上がる。
「お疲れさまーっ」
「う、うん……」
 まだ少し気恥ずかしいのか、出迎える仁奈にも、芙美の笑顔は少しぎこちない。
 けれど、仁奈はすっかり芙美のおしっこに興味シンシンだった。尊敬と興奮の入り混じった視線で、きらきらと熱っぽく芙美を見つめる。
「ねえねえっ、芙美ちゃんっ。あのさ!!」
 いったいどうすればあんなに我慢できるのか。いつから我慢しているのか。あんな風に『おんなのこ』っぽく可愛いおしっこのしかたってどうすればいいのか。次々と質問をぶつけられ、芙美は困惑しながらも――まっすぐな仁奈の好意を無碍にもできないまま、ひとつずつそれに答えてゆくのだった。
 暑い夏は、いよいよ本番を迎えようとしていた。
 (初出:書き下ろし)

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