佐都子はイジメに遭っている。それもクラス全員が結託した大がかりなものだ。
相談できる相手はいない。先生や両親をはじめ、大人には信じてもらえないし、同年代の友達は全員、いじめっ子の味方をしているからだ。
どんなふうに説明しても、皆は佐都子の話を信じてはくれず、すっとぼけてこういうのだ。
「あはは。そんな事ないってば。気のせいだよ」
――と。
佐都子へのいじめは、クラスの女子が中心だった。理由はたぶんささいな事で、誰かの挨拶に答えなかったとか、一人だけいい成績をとったとか、そんなものだった。何がきっかけだったのかは佐都子もはっきりわからない。
いくら道徳の授業をしても、教育評論家が批判しても、政治家が立派な演説をしても。佐都子の年代には、多かれ少なかれあることなのだ。学校という社会は最たるもので、特定の誰かを攻撃の矛先にすることで心の安定を保ち、それ以外の全員の結束を高める。
そのターゲットに選ばれたのが自分なのだと、佐都子は考えている。
クラスの女子たちのイジメは、ノートを破ったり、持物を隠したり傷つけたり――そういった被害の出るような手段にはならなかった。そんなものよりももっと陰湿に、佐都子の心を傷つけることを何よりも好んだのだ。
そうして一番良く使われる手段が、学校のトイレの使用を禁じるものだった。
けれど。たぶんそれをHRで佐都子が先生に主張しても、誰もその言葉を信じてはくれないだろう。特に男子は絶対にそうだ。
「だって、お前いつも、女子と一緒に便所、行ってんじゃん」
知らずに――あるいは知ってるけど知らないふりをして、そんな間抜けな事を言うにきまってる。だから先生も、佐都子の言うことなんて聞いてくれないのだ。
しかし先生は、そして一部の純粋な男子達は、知らないのだ。佐都子が休み時間に、クラスメイトたちと女子トイレに立っても、そこで一滴もおしっこをさせてもらっていないことを。
トイレに行っても、オシッコができない――それがどれだけ辛いことか分かるだろうか。
考えてみて欲しい。人一倍、人の目を気にする年代の少女にとって、クラス全員の注目を浴びながら、いまにも出てしまいそうなおしっこを堪えて腰を揺すり脚をもじつかせることが、どれだけの羞恥なのか。
授業の時間だけじゃない。朝礼の時も、給食の時も、体育の時間も、遠足も、社会見学の時だって。佐都子はいつも、いつでも、おしっこをずっと我慢しながら、参加しなければならない。
それこそ、死んだ方がマシ――そう思えるくらいだった。
『ねえ、我儘言うのやめようよ。それくらい我慢できるでしょ?』
『もう子供じゃないんだからさぁ』
『ちょっと、なんてカッコしてるのよ……ちゃんとして!!』
クラスの女子たちは次々と、佐都子の羞恥を刺激するような言葉をぶつけてくる。さも佐都子がトイレに行きたがることが、みっともないのだといわんばかりに。
それが彼女達のイジメのすべてだった。
……というよりは、トイレを使わせない、その一点を除けばびっくりするぐらいクラスメイトたちの態度は変わっていなかった。距離を置くでもなく、無視するでもなく、クラスの仕事を押し付けるでもなく、普通に話してくれるし相手だってしてくれる。
お小遣いを取られるようなこともなかったし、身体に傷をつけるような暴力もない。
ただただ、ごく普通に――佐都子がトイレに行くことだけをかたくなに禁止するのだ。想像以上の、しつこさと、巧みさすら備えて。
『今日から、佐都子ちゃんはトイレ禁止ね!』
……確かそんな宣言から、佐都子のオシッコ我慢は日常になった。
はじめのうちは、ただトイレを使わせないだけだった。
それでも、どちらかといえばトイレの近い方の佐都子には地獄のような苦しみだった。できれば休み時間ごとにトイレに立ち、たとえそれが無理だとしても2時間続けて授業を受けるのが精々の佐都子に、登校してから放課後までおよそ8時間以上、一回もトイレに行かないでいるなんてことは不可能だ。
もっとも、この頃はクラスメイトたちの意地悪もまだエスカレートしておらず、なんとか時間を見つけてトイレに逃げ込む余裕があった。ぎりぎりのところでチビりそうになったりもしたが、幸いなことにオモラシにまで至ってしまったことはない。
イジメが本格的なことになっているのに気づいた佐都子はただちにこれに対抗するため、朝、できるだけ水分を取らないように心掛け、出かける前にはトイレで一滴残らず膀胱の中身を絞り出してから家を出るようにせざるを得なくなった。
それでも、8時間以上の我慢はあまりにも無謀だ。
佐都子は少しずつ我慢のコツを身に着けていったが、同時にクラスメイトのイジメも加熱していった。何度もおしっこを漏らしかけ、そのたびに死ぬほど屈辱的な目に遭わされた。
ぎりぎりの所でオシッコを許され、どんどんチビりながらトイレに駆け込むも、パンツをびしゃびしゃにしてしまうくらいは序の口。
どうしてもトイレに入れずに、ひとけのない校舎裏や、帰り道の草むら、そして挙句は男子トイレでオシッコをさせられたこともあった。
けれど、一週間が過ぎ二週間が過ぎ、一月が過ぎ二月が過ぎて、できるだけ水分を控えるようにした佐都子がなんとか8時間を平常運転で乗り越えられるようになってくると、彼女たちはまた新しいイジメを考え出した。
出すものがないなら、補給すればいい。
彼女たちは朝のHRの前に、お茶を飲ませるように迫ってきたのだ。最初は350mlのペットボトル。それはすぐに500mlに増量し、やがてそれも2本、3本と増えた。
しかも誰が持ってくる訳でもない。佐都子の机の上に、無言のままにどんと置いてあるのである。
『飲まなかったら、ただじゃおかないからね?』
まだコンビニのシールが張ったままのペットボトルは、毎日毎日、無言の圧力と共に佐都子の机の上に置かれている。この状況でどうして飲まずにいられるだろうか。
もともとお茶には利尿作用があるが、彼女達の持ってくるお茶はそれに輪をかけて効果の優れたもの。身体の中の悪い成分を追い出してしまうという触れ込みの美容健康茶だ。
その謳い文句に偽りはなく、お茶の効き目は素晴らいものだった。
もともと敏感な佐都子の身体は、てきめんにその効果を受け、ひとくちふたくち飲むと、ほんの1時間くらいであっという間に膀胱がたぷたぷと音を立てるほどに、おしっこでいっぱいになってしまう。
それを500mlペットボトルに2本も3本も飲むわけだからたまったものじゃない。……いや、おしっこは恐ろしい勢いで下腹部に『溜まって』ゆく。
まるでザルみたいに身体を通り抜けて、飲んだお茶がそっくりそのまま同じだけ、佐都子の膀胱を占領してゆくのだ。
そのときの感覚はそら恐ろしく、おなかの中に直接、ホースを繋いで蛇口をひねられているような錯覚さえあった。あ、と思った瞬間には、ひゅごぉお、と音を立ててそのままおしっこが膀胱いっぱいに注ぎこまれてゆくのだ。
朝、登校するや否や机の上に並べられて待ち受けているペットボトルの重さが、そのまま全部ずしんと佐都子の足の付け根に圧し掛かる。
そして佐都子は、一番底に穴のあいた、おなかの中の入れ物に、なみなみとおしっこを注がれて、いまにも溢れそうにたぷたぷ揺れる恥ずかしい液体を、佐都子は毎日、延々と放課後まで我慢させられるのだった。
「さとちゃん、トイレいこー?」
その一方で、友人たちは休み時間になると、そんな風に佐都子をトイレへと連れ出す。これは仲良しを装いながらも実に巧妙で、佐都子がクラスの女子の目を盗んで、他のトイレにいけないように休み時間中ずっと拘束しておくためだ。
彼女達は佐都子のトイレが近い事を逆手に取り、毎時間そうやって、佐都子を女子トイレに連れ込んでゆく。
しかしトイレに連れだされた佐都子は、そこで個室を目の前にしながら、決して中に入れてはもらえなかったり、ひどい時は個室の中に見張りをつけられて、内側からカギをかけられてトイレをすっかり塞がれ、オシッコができないようにさせられたりもした。
クラスの女子たちはまるで皆が揃って、尿意に嬲られる佐都子の下半身を視姦しているかのようだった。
実際、そうやって佐都子の苦しむさまをみて、悦んでいる変態なクラスメイトもいるのかもしれない。佐都子におしっこを我慢させることは、いつしか彼女達にとっても娯楽となっているらしかった。
だからその監視も並大抵のものではない。もし佐都子が少しでもそんなそぶりを見せようものなら、即座に携帯で写真を撮られてばら撒かれると脅されもした。
それが本気かどうかはわからないけれど、試してみる気にはなれなかった。
他にも、授業中に無理矢理「具合が悪い」と手を上げさせられたり、保健室に行く名目で連れ出されたりした。そんな時ももちろん「トイレに行きたいです」とは言わせてもらえず、オシッコを我慢させられたまま次の時間まで保健室に閉じ込められたりするのだ。
まだイジメがいまほど本格化していなかった頃は、なんとかそうやって、こっそりトイレに駆け込む事も出来たけれど、いまはすっかりこの裏技も知られていて、万が一にでもトイレに入ることは許されない。
授業中ならクラス全員が邪魔できるはずもないからこその、絶好のチャンスなのに――それすらも封じられて、佐都子の我慢はますます激化した。
例の健康茶の作用で、まるで貯水池みたいにおしっこを限界まで我慢し、ぱんぱんにおなかを膨らませながら、トイレを素通りして保健室に行かなければならないときの辛さといったら、筆舌に尽くし難い。
しかもあろうことか保健の先生まで彼女達の味方をしていて、佐都子をトイレには行かせてくれないのだ。
そうしておきながら、先生は
「あら。トイレ? 行ってきたら?」
などと意地悪なことを言うのである。もし本気で佐都子がそうしようとしたら、絶対に阻止するくせに。保険の先生は、佐都子がオシッコをするのを見るのが大好きな変態らしく、変えのパンツや制服まで用意して佐都子を待ちかまえている。
……最近ではついに、シビンなんかを用意するようになって、佐都子にそこにおしっこをさせるように迫って来ていたりした。もう最悪だ。
クラスの女子たちだって負けていない。暗黙の了解だった、放課後はオシッコタイムの規定すら破って、最近では帰りの時間まで我慢の延長戦を強いるようになってきた。
彼女達は帰り道に、言葉巧みに佐都子を誘い、逃げられないようにしてからさも仲の良い友達のふりをしてはあちこちを連れ回す。
酷い時はカラオケやファミレスなどに寄り道して何時間も居座り、そこでさらにドリンクバーなどを頼んで佐都子に呑ませるのだ。
もちろん、その間もトイレには行かせてくれない。その間にも彼女達はこれ見よがしに
「飲み過ぎちゃったよぅー」
などと言いながらトイレに立つ。目の前で、佐都子が必死にオシッコを我慢しているのを知っていながら、だ。そうやって見せつけることで、佐都子の限界を誘っているのだ。
もちろんこの時、佐都子派テーブル席の一番奥に押し込められて、外に出られないようになっている。そうして楽しくおしゃべりしている風を装いながら、佐都子の方をちらちらと見ては、
「佐都子ちゃん、トイレ平気?」
なんて白々しく聞いてくるのである。
それでも佐都子は負けるつもりはない。こんな卑怯な手段には決して屈することなく、正々堂々、イジメに向かい合うつもりだった。トイレ禁止なんて姑息な真似をするんだったら、最後まで徹底抗戦しかない。たとえどれだけ恥ずかしい目に遭っても、いつか向こうが音をあげるまで我慢し続けてやる、と心に決めていた。
……けれどついに今日、このイジメに、姉と両親まで参加してきたのだ。
帰り道の寄り道に2時間もつき合わされ、ジュースとアイスまで食べさせられ、寒空の下で冷える身体をさんざんに引き回されて。
しかも帰り道の公園の公衆トイレでは、あろうことかその目の前は低学年の子たちボール遊びのふりをして待ち構えており、佐都子がトイレに入れないようにしていた。途中のコンビニでも、スーパーも同じ。挙句トイレ自体を使わせないなんてことまでしてきた。もちろんその辺の茂みには犬や猫を散歩させて邪魔することを忘れない。
たった一つのよりどころ、安息の地家のトイレを心の支えに、ふらふらになりながらやっと辿り着いた佐都子を待ちうけていたのは、母親の笑顔。
「今日は、お夕飯は外で食べましょう。すぐに出るから支度してらっしゃいね」
ついに佐都子は、家でのトイレすら禁止されて、おしっこを我慢したままファミレスに連れて行かれることになった。
けれど佐都子はくじけない。たとえ家のトイレすら入ることができなくなっても、このいじめには絶対に屈しない。
(書き下ろし)
佐都子妄想系
