河川敷の運動会・3

 処理人数をはるかに超える利用希望者を生み出し、大勢の『おトイレ難民』を抱えることになった河川敷グラウンドの混乱は、午後を前にいよいよ混雑のピークに達しつつあった。
 許容人数を超えた仮設トイレが次々と故障、あるいは不調に陥るという悲劇がはじまった頃、事務棟横の公衆トイレでもまた、別の悲劇が起きていた。
 河川敷グラウンドの管理事務棟――今日は運動会の運営本部詰所も兼ねることになった建物の裏手、普段はほとんど利用者もない公衆トイレには、いまや30分待ちという大人気アトラクションさながらの順番待ちが出来上がっていた。
 こちらの行列にはひとつ、特筆すべき特徴がある。
 それは、利用者の年齢が低いことだ。
 行列に並ぶのはほとんどが初等部と思しき幼い女児達で、中には幼稚園と思しき年代の女の子を連れだった姉妹の姿もある。体操服の胸のゼッケンが示す学年は、大半が四捨五入して「0」になってしまう年代ばかりだった。
 利用者の偏りには、昨今の学舎のトイレ事情が原因となっていた。
 広く衛生管理の整備が進み、バリアフリーが叫ばれる中、多くの学校ではリフォーム、改築等の実施に伴って和式トイレから洋式トイレへの更新が進んでいることは周知の事実であろう。また、新興住宅などでも明らかなように、新築の建物においてほとんどのトイレのスタンダードは『洋式』である。
 多くの学校、家庭においてもそれは顕著であり、彼女達がトイレと聞いてまず思い浮かべるのは、様式の便座を備えた『腰かける』タイプのものである。
 それに反して、市営グラウンドに設けられた仮設トイレは、そのすべてが衛生管理などを理由に和式であった。
 そこにすべての悲劇の発端があったのである。
 現代の少女達を年代別にみた場合、低年齢の世代となるほど『和式トイレ』に触れる機会は少なく、『しゃがんでするオシッコ』の経験も激減する。
 とりわけ、まだ行動範囲も狭い時期の、初等部低学年以下の女児にとってはこの状況の偏りは著しい。そのような女児の中には本当に、一度も和式のトイレを利用したこともない者もいる。さらにはごく一部だが、そもそも『和式トイレ』なるものが存在するという知識すらない女児も存在するのだった。
 そうした女児達は、たとえ和式トイレに入ったとしても正しい使い方が分からず困惑するばかりであろうことは想像に難くない。
 また、そこまでいかなくとも、普段から洋式のトイレに慣れ親しんだ世代には、トイレとはあくまで腰かけて使用するものであり、『しゃがんでするオシッコ』が異質であると捉えている者も多い。そのため、できることならば仮設トイレを使用したくはないと考えることはごく自然なことだった。
 他にも『オシッコはきちんとおトイレで』という、やや潔癖な衛星概念の教育を受けている世代には、野原に吹きさらしの仮設トイレを『おトイレ』として認識できない少女もいたのである。
 運動会が始まって数時間の間は、仮設トイレを使おうとした女児もいたものの、そこが全て「学校のトイレ」とは違うものであることが広く知られるにつれ、彼女達はたった一つの「本当のおトイレ」である事務棟横のトイレを選ぶようになった。
 ただでさえ女性用のトイレは一回当たりの使用時間が長く回転数が悪いのに、利用者の年齢層が低いことがそれにさらなる拍車をかけ、行列は解消するどころか伸びる一方となっていたのである。
 かくして、この公園において唯一の洋式トイレをもつ事務棟横のトイレには、そうした女児達が大挙して押し寄せ、大行列を作っていたのであった。
 そんな事務棟脇のトイレの列に、緒方郁美は並んでいた。
 祖母ゆずりの濃いブルーの目や、色の軽いロングヘア。同年代の少女から比べるとだいぶ発育の良い身体は、実年齢以上に郁美を大人びて印象付けている。制服を着ていないときは上の学校に通っていると間違えられることもあった。
 しかしそんな郁美の表情に余裕はなく、切羽詰まった焦りを隠すこともなく露わにしていた。
 固く握り締めた右手はぷるぷると震え、左手は横からブルマの股間部分を思い切り掴んでいる。
 たっ、たっとその場で繰り返される足踏みと共に、体操服の腰がくねくねと揺すられ、少女の我慢がもはや限界に近いを教えていた。
(あっ、あぁあっ、はやく、はやくぅ……っ!!)
 内腿がぎゅうぎゅうと擦り合わされるたび、ちょこんと突き出されたお尻の、ブルマの布地にしわが寄せられる。前かがみの姿勢は時折びくんと痙攣し、少女の恥ずかしい出口に押し寄せる尿意の波の規模や強さを余すところなく教えてくれる。
 大人びた見た目に相反して、小さな子供のような姿で我慢を続ける少女に、周囲から無遠慮な視線が寄せられる。
 その多くが『いい歳して何やってるの? 恥ずかしいなあ……』というものだった。
 郁美がこうまでして、事務棟横の列に並んでいるのには訳がある。
 何のことはない、列に並んでいる他の小さな子たちとまったく同じ理由だ。郁美は、和式トイレが使えなかったのである。
 その外見からも分かるとおり、郁美は父方の祖母が海外の出身である。郁美自身も外国で生まれ、つい半年前までは両親の仕事の都合で海外で生活していた。当然そちらには和式トイレなど存在せず、郁美に『しゃがんでするおしっこ』の経験はない。
 つまり、郁美にとってこの市営グラウンドの仮説トイレは無いも同然。唯一とも呼べるトイレがこの事務棟横のトイレだったのだ。
 ただでさえ少ない選択肢を一層狭められ、郁美は困惑していた。
(は、はやく……はやくっ……)
 切羽詰った様子で、郁美は足踏みを繰り返す。
 押し寄せる尿意はさらに激しさを増し、少女を窮地へと追い込んでいた。
 郁美が最初に尿意を覚えたのは、今からおよそ3時間前。午前中の競技が白熱していた11時ごろになる。
 一度は仮設トイレに並んだものの、そこが和式トイレであることを知らなかった郁美は、せっかく回ってきた順番をふいにすることになってしまったのである。
 昼食時間のほとんどを割いて、入ったトイレを使うことも出来ずに、郁美は午後の競技を迎えることとなった。
 脚を擦り合わせ、もじもじとお尻を揺する、みっともない姿のままどうにか午後最初の競技の綱引きを終え、そのまま走り込むようにしてこの事務棟横のトイレの列に並んでいるのであった。3時間にもわたり我慢し続けた排泄欲求は、時間とともに膨らみ続け、もはや郁美本人にもコントロールできないほどになりつつある。
(おトイレ……はやく、おトイレ……っ!!)
 だが――多くの『おトイレ難民』を抱え、排泄設備が圧倒的に不足している市営グラウンドの中。外見だけは十分すぎるくらいに立派な『おねえさん』である彼女が、低学年の女子児童に混じってトイレの順番を待っているのは、それだけでも十分な非難対象であった。
 まして、我慢の限界近くまで堪えているというのに、『もうあんなにお姉さんなのに、みっともない』という理不尽な評価まで付いて回るのである。
 事務棟横のトイレに並ぶ少女達のほとんどは、和式の仮設トイレを利用できない低年齢の――大半が低学年、あるいは幼稚園児といった女児達だった。そんな中に混じって、背の高く発育も良い少女が並んでいるのだ。それだけでも十分人目を引く。
 さらに郁美の大人びた風貌と、それに似合わない恥ずかしい我慢のしぐさは、さまざまな憶測、邪推を呼ぶのに十分だった。
 ――ねえ、何あの子……あんな小さな子の列で……
 ――もうお姉さんなんだから、譲ってあげればいいのに。
 ――そんなに我慢できなかったのかなあ……
 一見すれば、まるで――郁美が小さな子たちの列に、無理やり押し入ったかのようにすら見えてしまうだろう。もちろん郁美はきちんと順番を守って列の最後尾に並んでおり、決してそんなことはないのだが、事情を知らないまま途中から様子を見にきた少女達の目にはそうは映らない。
 明らかな侮蔑、敵意――そんな温度の低い視線が、遠慮なく郁美にぶつけられる。
 いささか過剰と思える、周囲の反応も、けっして理由のない事ではなかった。
 ――なんなの、あの子……少しくらい遠慮すればいいのに。
 ――私より年上っぽいのに、そんなに我慢できないのかなあ……
 ――あの子の後ろの初等部の子たち、もう限界っぽいよね?
 ――うん。順番、譲ってあげればいいのにね……
 列を遠巻きに眺めたむろす彼女達は、事務棟横のトイレの『出待ち組』。
 今は長蛇の列となっている事務棟横の公衆トイレが、空くのを待っているグループだった。
 彼女達はどちらかと言えば潔癖な傾向をもち、あまり衛生的とは言えない仮設トイレはできれば使いたくないと考えていた。しかし、いかにも自分たちよりも年下の女児達が、間に合うかどうかもわからない切羽詰まった状態で我慢しているのだから、そこに自分のような『おねえさん』が踏み込んでいいわけがない――そんな躊躇によって、なんとなく列が減るのを待っている、日和見な面々なのである。
 ……もう『おねえさん』なんだから。
 その心理には、一見、年長の余裕を気取っているようでありながら、その裏側は体面を気にして、『おねえさん』であることを理由に周りを見下す、卑劣で幼稚な意識が見え隠れしていた。
 もし本当に列に並ぶ初等部や幼稚舎の子たちを思いやり、遠慮しているなら、列の周りを取り巻いてうろうろと機会を待っている理由にはならないのは、少し考えれば解る事だ。
 初等部の子たちのように、本当に『しゃがんでオシッコ』ができないわけでもないのだから、忌避感を堪えて仮設トイレを使うなり、余裕があるなら我慢するなりすればいい。それをせず未練たらしくあたりをうろうろと様子を窺っているところからも、周囲の同じような少女たちへの牽制や、トイレが空いたら最初に自分が並びたい、という卑しい理由が透けて見えた。
 彼女達も、今すぐトイレに駆け込みたいのは同じなのである。女児達に比べればさりげなさを装っているものの、仕草からにじみ出る落ち着きのなさ、余裕のなさはいい勝負だ。我慢のしぐさこそ控え目なものの、同じく懸命にオシッコを我慢しているのははっきりと見て取れた。
 思春期特有の矛盾した心理と言ってしまえばそれまでだろう。羞恥心を理由に、体面を取り繕おとするのは間違った事ではない。
 しかし、だからと言ってきちんと列に並んで順番を待つ郁美が、彼女たちに攻められるいわれなどどこにもなかった。
 だが――そんな論理など、既に行列の真ん中よりも前に並び、やがて待望のトイレを――仮設トイレよりもはるかに上等な、本当のトイレへ入ることのできるだろう郁美への嫉妬と羨望でたやすく塗り潰されてしまう。
 ――図々しいよね、もうおねえさんなのに……
 ――本当だよ、普通ならあんなになって並んでらんないってば。
 ――初等部の子たち、可哀想ですよね……
 自分だって我慢してるのに、どうしてあの子だけ――。
 決して禁じられている訳でも、法や倫理に反するわけではない。オシッコがしたいからトイレに並ぶ、たったそれだけの事をまるで罪科のように蔑む視線が、郁美を取り巻いていた。
 年少の女児達の間に、自分達が堂々と割って入ることを恥と感じ、躊躇う心理。そして抜け駆けを許さない意識。歪んだ羞恥心と自意識が、すでに列の中ほどに並び、皆よりも先に用を足せるであろう郁美への羨望と嫉妬が、ない交ぜになって郁美にぶつけられる。
 背中に痛いほどに突き刺さる視線を感じながら、郁美は耳の端まで赤くなって俯き、もじもじと腰を揺するばかりだった。
(っ……おしっこ、でちゃう……っ)
 もはや郁美はそれどころではない、猛烈な尿意の大波のただなかにあった。
 身体の内側で膨れ上がる水圧はおさまるところを知らず、股間にはいまにも熱く湿った雫がほとばしりそうだ。ブルマに押し込められた脚の付け根を、ぎゅうっと引っ張った体操服の前で必死に隠し、せわしなく足踏みを繰り返す。
 太腿の付け根に挟み込んだ体操服の上から、手のひらがぎゅうぎゅうと股間を圧迫する。文字通り『オシッコの出口を塞ぐ』、形振り構わずの我慢だ。
 引いては返し、揺れ戻しては押し寄せる、留まるところのない尿意の大波、その中に翻弄されながら、帰国子女の少女は、その青い瞳を不安に濁らせる。
 育美は自分よりもずっと小さな女の子たちの列の中で、まるで針の筵のように突き刺さる避難の視線の中、じっとうつむいて耐えながら、小刻みに身体を震わせていた。
 
 郁美が列の前から半分あたりまで進んだ頃だった。
「あ……」
 前触れもなく、グラウンドの方からぞろぞろと初等部と思しき女児たちがやってくる。
 事務棟を回り込むようにしてやってきた彼女達は、午後最初の出場競技――恐らく郁美の参加した創作ダンスの次の、スプーンレースや50m走だろう――を終え、ようやく自由になったグループである。
 競技中も相当無理をして我慢していたのだろう。幼い顔に焦りをにじませ、手をつないだり励まし合ったりしながら、やっとここまで辿り着いた雰囲気の女児が大半だった。
 落ち着きのないその様子を見るまでもなく、彼女達が昼の休憩時間にトイレに行く事ができなかったのは明白だった。
 お昼休みもオシッコを済ませる事ができず、午後一番の競技にも、トイレに行きたいのを我慢して参加し――やっと辿り着いた待望のトイレ。しかし事務棟を回り込むようにしてずらりと並ぶ長蛇の列は、彼女たちを落胆させるには十分なものだった。
「ええっ……なにこれ!?」
「す、すごい混んでるよぉっ……」
 女児達は驚愕に目を見開き、口々に声を上げる。
 恐らく、彼女たちも幼いなりに考え、休憩時間の終わったいまなら空いていると判断したのだろう。あるいはもはや我慢の限界が近く、どうしようもなくなってしまっただけかもしれない。
 いずれにしろ、切羽詰まった生理現象に衝き動かされた初等部の女児達がどうにか辿り着いた事務棟横のトイレは、彼女達の想像を裏切る大混雑の中にあった。
「そんなぁ……なんで…?」
 中には困惑を口にしたり、疑念を叫ぶ女児も居る。
 だが、この行列を作る大半が、自分たちと同じ初等部の女児――『しゃがんでオシッコ』の出来ない世代であると分かれば、それ以上異論をさし挟むことはできないようだった。
 ここ以外に使えるおトイレがない事は、誰も同じなのだ。
 彼女達は顔を曇らせ、眉をしかめながらも、渋々長い長い列の後ろへと並んでゆく。
 たったそれだけで、郁美の並ぶ位置が相対的に列の前から四分の一ほどにまで変化していたのだから、一体どれだけの人数がやってきたのか、考えるだけでも恐ろしい。
 女児達はブルマの股間を懸命に押さえ込んだり、すこし湿ってしまった足の付け根を気にするように、不自然ながに股になっていたり、ばたばたとその場に足踏みをしたり、列に並ぶなりしゃがみ込んでブルマの付け根にかかとを当て、ぐりぐりと腰をよじったりしてしまったり――形振り構わないその仕草を繰り返す。
 中にははっきりと、
「あーんっ、もうっ、はやくぅ、おしっこ、おしっこでちゃうよお……」
 疑いようもないほど強くしっかりと尿意を叫ぶ、低学年と思しき女児までいた。
 彼女達はその幼さゆえに、上手に我慢できるためのタンクも、羞恥心もまだ十分には発達していないのだ。
 幼稚舎や初等部の低学年とあれば仕方のないことであるが、女児達が遠慮なくくねくねと腰を揺すり、人前でも躊躇なく前を押さえる、形振り構わない我慢の様子はいかにも強烈なもので、近くにいる年上の少女たちまでも顔を赤くしてしまうほどだった。
 トイレの行列を遠巻きに見ている彼女たちも、個人差はあれど、それぞれ尿意を覚えている事に違いはないのである。
 行列に並んで懸命の我慢を続ける女児達の様子に引きずられるように『もよおして』しまうのは避けられないことだった。
 そんな中、郁美はふいに体操服の袖を引かれ、我に返る。
 気付けばいつの間にか、郁美の前には初等部の低学年と思しき女児3人がが、人目をはばからず体操服に手を当ててぎゅうぎゅうと前押さえをしていた。
 3人とも同じ町内会を示すリボンを胸に付け、ゼッケンの番号も同じ。恐らくクラスの仲良しグループと思しき3人の、先頭の子は、その場にばたばたと足踏みをしながら、涙を浮かべて郁美を見上げる。
「お、お姉ちゃんっ……」
「…………っ」
 とてつもなく嫌な予感に、郁美は背中を震わせた。そのまま耳を塞ぎ、目を閉じて何も聞かなかった事にしてしまいたい――冗談抜きでそんな衝動が郁美を誘惑する。
 しかし、女児はそんな郁美のためらいよりも先に、声を上げた。
「おねがい、先に入らせてっ!! わたしたち、おトイレ……もうがまんできないのっ……!!」
 予想と寸分たがわぬ要求だった。しかし、そうと解っていた所で何かの対策ができたわけではない。郁美は顔を蒼白にしながら瞬きをし、女児を見下ろす。何か返事をすべきだと分かってはいたが、言葉は喉に引っかかってうまく出てこなかった。
「おねえちゃんっ、おねがい、も、もうだめ、もれちゃうっ!!」
 3人の様子はまさに必死。限界はもうすぐそこにあるようだった。股間をしっかりと両手で握り締め、腰をねじり、股上げをしたり、足の付け根を揉みほぐすようにしながらお尻を滑稽なほどくねくねと振り立てる。我慢できているのが不思議なほどで、切羽詰まった彼女達の様子は郁美の尿意までも二、三段飛びで激しく催させるほどだった。
「ぁ……ぅ……」
 困惑の中、郁美は何度も女児たちと、残る列の先を見比べる。
(そ、そんな……わ、私だって、もう、漏れちゃいそうなの我慢してるのにっ……)
 正直な事を言えば、もう誰ひとり列の前には入れたくない。
 いや、そもそも順番など回ってくる前に、前に並んでいるのがどれだけ小さな子たちであっても、全員抜かしてトイレに飛び込み、個室に走り込みたいほどだ。
 順番が1人遅くなるのでも嫌なのに、あろうことか3人も――そんなのは決して許容できる事ではなかった。残る列の人数を数え、順番が回ってくるまでを計算し、調整していた我慢もすっかり狂ってしまうことになる。
 限界すれすれの女児達を前に『おねえさん』であろうとする理性の叫びもありはしたが、ここにきて状況の変更は、本当に間に合わなくなってしまう可能性があまりにも大きかった。
(っ……で、でもっ……!!)
 お互いに手をつなぎ、励まし合いながら身体をよじる、女児達の切羽詰った様子を見せつけられて、さすがに無碍にはし辛かった。彼女たちも恥ずかしいのを必死に堪えて、順番を譲ってもらうために郁美に声を掛けたのだろう。
 だが、そうやって言い出せる子はまだいい方なのだ。列の後ろのほうで、恥ずかしさからか真っ赤になって必死に息を殺している子達は、果たして順番が回ってくるまで我慢できるのだろうか。
(……だ、だめ、そんなことしてたら、本当に出ちゃう……っ!!)
 だが、郁美も譲れない。
 この3人だけで済めばいい。しかし、もしここで甘い顔をすれば、他にも我慢の限界の子たちが同じように列に入ろうとするかもしれない。そうなれば順番待ちの列がなくなるよりも先に郁美の我慢がついえてしまうのは火を見るよりも明らかだ。
「え、えっと、ね」
 郁美が、心を鬼にして、拒絶を口にしようとした時――
「ちょっと、意地悪してないで入れてあげなよ」
 咎めるような声は、女児達のすぐ後ろから。
 吊り目がちの、長い黒髪の少女が、郁美を責めるような刺のある視線を向けてくる。
「この子達、もう本当に我慢できなそうじゃない。あなたの方がおねえさんなんだから」
「え……っ」
 気付けば。郁美の周りにはいつのまにか、知らない少女の姿があった。驚きに目を見開く郁美の前に、更に何人かの少女が歩みよってくる。
 郁美は気付いていなかったが、彼女達は皆、遠巻きに列を眺めていた『トイレ出待ち組』の少女たちだった。
 途切れる事のない行列と、先の見えない混雑の中、苛立ちの頂点に達した少女たちは、言葉を交わす事もなくお互いの意図を察し合い、列の前の方に並ぶ郁美を後ろ暗い嗜虐心のスケープゴートに仕立てようとしていたのである。
「そうだよ、可哀想だよ。この子達、ずっと我慢してるんだから」
「他にトイレ、いくらでもあるじゃないの」
「あなたの方がおねえさんなんだよ?」
 口々に言い募る少女達は、自分たちが物分かりの良い『おねえさん』であることを誇るように、郁美にも同じことを強いようとする。一見正論、しかし郁美にとってあまりにも無茶な物言いの裏側には、いびつな嫉妬心があるのは明白だった。
「で、でもっ、わ、わたしも……っ、が、我慢して……っ」
「そんなのみんな一緒じゃないの!」
 声を荒げ、黒髪の少女は郁美の手を無理やり引っ張る。
「ふあぁっ……!? や、やぁ………っ!?」
 バランスを崩した足元が地面を擦る。下腹部で波打つように排泄欲求が強まり、文字通り、全身を使って堪えていた尿意が一気に激しさを増した。
 じわっと脚の付け根に広がるイケナイ感覚に、郁美はたまらず激しく体をよじる。
「ほら、早く――」
「ち、ちがぅ、の、っ、わ、私っ……」
 きゅんきゅんと疼く下腹部を必死に押さえこみ、オシッコの出口を直接指で押さえこんで。ばたばたと足踏みを繰り返すその様子は、列に並ぶ他の女児たちですらあっけにとられるほど激しいもの。
(あ、あ、あ、だめ、でちゃうっ、でちゃうぅうっ……!!)
「何が違うのよ。そんなにしたいなら他のトイレ使えばいいじゃない」
「ち、違、っあ、あぅ、わ、私っ、ここのっ、お、トイレ……しか、つ、使えな……ぃ……しゃ、しゃがんで、するっ、ほうの……っ、ぉ、オシッコ、できな……っ!!」
 無我夢中で順番を守ろうとするあまり、郁美はあまりにも恥ずかしい告白をしてしまう。
 みんなより年上の『おねえさん』なのに、ここに並ぶ低学年の子たちと同じなのだと――その主張は確かに正当性を持ったものであったのかもしれない。
 だが――いまや郁美の周囲を取り巻く悪意は、それを許さない、
「――へえ?」
「や、やめ、やめてぇ、やめてよぉぉっ!!」
 どうでもいいわよ、とも言いたげに。少女達に次々と手を引かれ、郁美は列の中から引きずり出された。脚の付け根を塞ぐ手の自由をも奪われ、さらには不意を装って下腹部をぐいっと圧迫すらされて、我慢の均衡が大きく崩れた。
 列から引っ張り出された郁美は大きく下腹を撓ませ、その場にしゃがみ込んでしまう。
「はぁぅ……っ、く、んぅあ、あぅぅぅ……っ!!」
 身悶えし、声を喘がせて足の付け根を押さえ込む。女児達に比べて大分発育のいい少女の肢体が体操服の下でたわみ、紺のブルマに包まれたおしりが激しく振り立てられる。同性の少女たちですら思わず息を呑みそうになるほどの妖しげな魅力を振りまきながら、郁美は懸命に押し寄せる尿意を押さえ込もうとした。
(あ、あっあ、だめ、でちゃう、だめ、だめぇええ……っ!!)
 麻痺しかけた排泄孔がひくひくと震え、じわじわと熱い感触が股布の奥に広がってゆく。
 下腹部の奥で不随意筋に伴って収縮の予兆を見せる膀胱に、身をよじり、短いオシッコの出口をありったけの力で締め付ける。
「ほら、いいわよ、並んで。このお姉ちゃん、譲ってくれるって」
「あ、ありがとうっ!!」
 凄まじい尿意との戦いに悶え狂い、言葉も発せずに歯を食いしばり続ける郁美を余所に、黒髪の少女は勝手に女児達を列に入れてしまう。
 その瞬間、彼女が郁美をちらりと見下ろし、ぞっとするほどの悪意を込めた笑顔を見せたことに、郁美は勿論気付かない。
 大勢の少女、女児達の前で大きく脚を広げてしゃがみ込み、股間をに握り締め、揉みほぐすように何度も何度も押しこねて。羞恥すらも忘れて声を上げる。
「あっ、あ、ぁああ……はぁうあぁあっ……んっ、んんんっ、んぅ……っ」
 たとえるなら、コップの縁に表面張力で持ちこたえていたほどに限界まで注がれた水を、テーブルが思い切り揺さぶられる中でこぼさないようにしているのに近い。もはや波立って揺れ動く羞恥のホットレモンティは、下腹部のティーポットに納まり切るような量ではないのだ。
 しかし、郁美は懸命になって、崩壊をこらえ続けた。
 屋外、トイレの前の行列で、しゃがみ込むというあまりに恥ずかしい姿――和式トイレを使えず、『しゃがんでするオシッコ』の経験のない郁美にとって、トイレの中ですら一度もした事のないみっともない格好のまま、正しい場所で、きちんとトイレの中でオシッコをするために、歯を食いしばって耐え続ける。
 びくびくと鈍い痛みすら伴って荒れ狂う尿意に、耐え、耐え、耐えきって――
「っはあぁ……っ」
 もはや限界まで伸び切っていた膀胱が、なおも強引に、一段と膨らんでゆく。
 大きく肩を上下させ、郁美は驚異的な精神力で崩壊を耐えきった。下着にはじっとりと湿り気が広がり、ブルマの股間もはっきり分かるくらいに色合いを変えていたが、とにかく決定的な崩壊だけはなんとか先延ばしにすることができた。
 暴れ回る尿意を懸命になだめ、郁美は肩を激しく上下させる。
 みっともなく膨らんだ乙女のティーポットは、すでに体操服の上からも目立つほどに下腹部をせりださせている。なおもいっそう激しく張りつめた下腹部を撫でさすり、なんとか郁美は息を落ちつけてゆく。
「はぁ、はぁ、はぁあっ……」
 しかし。ようやく我を取り戻した郁美の前で、行列はずっと前に進んでいた。
「え……っ」
 女児達でこったがえす行列は、さらに遠く後ろまで伸び。
 郁美に順番を譲るようにねだった3人は、いまや列の最前列にまで到達している。
 そして郁美は、迂回するように伸びた事務棟横トイレの順番待ちの中で、自分が完全に列からはずれている事に気が付く。
「う……嘘……っ」
 少女の顔が青ざめてゆく。
 列は既に大きく動き、周囲は郁美を見ていない女児が大半だ。今から自分の順番の正当性を訴えても、もう一度列に戻ることができないのは間違いなかった。
 近くでお喋りをしていた黒髪の少女が、そんな郁美の様子をちらりと横目で見、くすりと口元を緩める。
「あら。まだそんな所に居たの? 早く並んだら?」
 少女は悪意を含ませた視線で、列の一番後ろを示す。
 遥か遠く伸びた列の最後尾。もう一度あそこから、トイレの順番が回ってくるまで待つなんて、絶対に不可能だった。
「ここのトイレしか、使えないんでしょ?」
 それが最後のひと押し。郁美の視界が真っ黒に染まってゆく。
 がくがくと震えだした下半身は、もはや郁美の制御を外れつつあった。
(あ、あ。あぁあ、あぁあ……)
 糸が切れたようにがくりと腰が落ち、力が抜けるように。一旦は立ち上がりかけた郁美は、再びそこにしゃがみ込んでしまう。
 同時、限界を迎えた下腹部のダムが、高まり続けた内圧のままに、膨らみ切った羞恥の水袋を絞り上げた。たったひとつしかない出口から、凄まじい勢いで恥ずかしい液体が噴き上がる。
「あ……ぁ、あぁああ……ぅ……」
 下半身から一気に熱が噴き出してゆく。脚の付け根で弾けるようにほとばしった水流が、体操服を突き抜け、一気に地面まで打ちつけられる。
 これまでの人生の中で、郁美が一度もした事のない、『しゃがんでするオシッコ』が、トイレを目前にした事務棟横の、地面の上で始まっていた。
 周囲に、その羞恥の瞬間を遮るものは何もない。事務東横のトイレ順番待ちの列からは、360度どこからでも郁美のオシッコを直接見ることができた。
 深く腰をおろし、足を広げ、ブルマの股間から黄色く染まった野太い水流を地面に力強く噴き付ける。下着とブルマ、2枚の布地を隔ててなおその勢いはかなりのもので、これまでの郁美の我慢がどれほどのものだったのかをはっきりと見せつけるに相応しい。限界まで膨らんだ膀胱は、その内側に蓄えた羞恥のホットレモンティーを、ありったけの水圧でほとばしらせる。
 そのポーズは和式トイレの中で行われる、少女にとって最も恥ずかしい行為そのものだ。
 女児たちの多くは、声を出すのも忘れてそれに見惚れていた。
「あぁ……やだ……やだぁ……見ないで、っっく、みないでよぉ……」
 声を上げ、涙をこぼしながら。
 なおも皆の『おねえさん』である郁美は、和式トイレを使えない幼い女児達に、『しゃがんでするオシッコ』のお手本を見せつけてゆくのだった――。
 (初出:書き下ろし)

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