ずっと以前にRPGツクールで作成しようとして頓挫した、「我慢系RPG」のイベント案を小説風にリメイクしたもの。
一部つながりがあるもの以外、時系列などはバラバラで順不同。
■OP/1 帰ってくる
――まさかこの歳になって『おうちまで我慢』する羽目なるなんて。
木崎明日香は、焦りと共に帰途を急いでいた。
固く張りつめた下腹部に急かされ、自然に早まってしまう歩みと共に、横断歩道を小走りに渡る。脚の付け根に膨らむ尿意はそろそろ無視できないものになっており、ふと気を抜くと、歩き方まで知らずに内股気味のおしとやかモードなってしまうほどだった。
(……もぉっ、これならさっきおトイレ行っておけばよかった……)
トイレに行きそびれた時の定番の公開と共に、手のひらがそっとジーンズの上から下腹部を押さえる。
少女の秘密のディーポットになみなみと注がれたホットレモンティが、スニーカーの靴底でも吸収しきれない振動に伴って、たぷっ、たぷんっ、と水面を揺らし続けていた。
強弱を伴って寄せる尿意の波に、足の付け根がむず痒く痺れてゆく。しかし往来で前押さえなどできるはずもなく、明日香は小さく揺れ動く腰を隠すように、控えめな動作でそっとおなかを撫でるのが精いっぱいだ。
「……も、少し…っ」
最後の横断歩道を渡る。家までは残すところ直線200m弱。わずかグラウンド一周の距離だ。
ちょっと散歩のつもりで出かけた先、立ち寄った本屋で目にとめた小説をついつい立ち読みをしてしまい、気付けば1時間。
店員さんの目が厳しくなっているのに気付いて、慌てて小説を手にレジに並んで会計を済ませようとしたところで、お財布を持っていないことに気付いたのが15分ほど前のことだ。
その時、明日香は割と強めの尿意を――会計を済ませたらオシッコしていこう、と思うくらいには――感じていたのだが、流石にそのまま店員さんの視線を背中に浴びながら、小説をもとの売り場に戻してトイレを借りれるほど、明日香はずぶとい神経はしていない。
赤くなった頬を擦りながら、気まずい雰囲気を誤魔化すようにして愛想笑いを浮かべ、明日香は一目散に書店を後にしていた。
いまさらながらに自分のやらかしたドジを改めて思い返し、少女は背中の汗を感じ、軽く火照った気のする顔を小さく振る。
「ぅー……あれはたまたまで、別に買わないつもりだったわけじゃなくて、なんというか……運が悪かったというか……ああもう、あれじゃしばらくあの本屋さん行けないかな……」
自分に言い訳しながらの呟きは、尿意を紛らわせるためのものでもあった。
良く似た家の立ち並ぶ住宅地の中、ようやく我が家が見えてくる。明日香は残り50mの距離を、リレーの選手にでも選ばれそうなくらいの見事なスピードで走り抜け、玄関へと駆け寄った。
ドアに手をかけると同時に声をあげ――
「ただいまー……って!?」
重く、硬い手応えに思わずつんのめりそうになる。
「あ、あれ? 誰もいないの?」
困惑と共に二度、三度。ドアノブを引いてみるものの、玄関は硬く施錠され、明日香の前に立ちはだかっていた。
出かける時には母と妹が家にいたはずなのだ。数度インターホンを鳴らすも反応はなく、家が無人であることはますます疑いようがなくなってゆく。
「ママも京香も出掛けてるのかな……」
この時間なら二人とも家にいるはずなのだが――そう思い、仕方なしにポケットを探り掛けて、明日香は気付く。
「あ……そうだ、鍵……」
普段、明日香は家の鍵をお財布の中に入れている。その財布を、今日は持たないままに出かけてきてしまっていた。
つまり。玄関を開けるための手段を、明日香は持っていない。
それは取りも直さず、家のトイレに入れないことを意味していた。
「ぁ……ぅ……っ」
『おうちまでの我慢』――そう思って帰ってきたのに、トイレに入れない。
それを認識すると同時、ぞわぞわと下腹部で排泄欲求が活性化を始める。思わず小さく声を上げて身を揺すってしまい、明日香は小さく顔を赤くした。
「ね、ねえ、ホントに誰もいないの……?」
ぽつりとつぶやき、二度、三度とインターホンを押し、ドアを強くノックする。
しかし、やはり何も反応はない。誰かいるのならば物音くらいしていいはずなのだが、その気配すら感じられなかった。小刻みに玄関前で足を踏み鳴らし、明日香は戸惑うように視線をあたりに巡らせる。
何度ポケットを探っても、鍵の入った財布は見つからない。締め出されてしまったことは明白だった。
「せっかく、戻ってきたのに――」
少女の声に、わずかな焦りがにじむ。
玄関を開け、靴を脱いだら真っ直ぐに飛び込む筈だった家のトイレ――オシッコのできる場所は、硬く施錠されたドアの向こうに隔離されてしまっていた。
■OP/2 開かない家の鍵
※玄関の鉢植えを調べるなどして発生。
「うー……参ったなあ……」
脚の付け根の小さな出口を刺激するむず痒い尿意を覚えながら、明日香は玄関の前に立ち尽くす。
まさかちょっと散歩するだけのつもりの外出で、締め出されるとは思っていなかったのだ。確かに、立ち読みでずいぶん時間を過ごしてしまったが……
休日は大体、午前中に部活を終えた妹が部屋でごろごろしているか、昼のドラマかバラエティーを見ながら台所でお茶を飲んでいる母がいるかなので、すっかり鍵は空いているものだと思い込んでいたのだ。
もっとも、いつまでに帰ると告げたわけでもなく、留守にしていたところで明日香がきちんと鍵を持って出ていれば済んだ話で、こればかりは二人を強く責めるわけにもいかないだろう。
しかし、少女の下腹部の事情はそれを考慮してくれるはずもない。
「んっ……」
こみ上げてくる尿意に脚を揃え、明日香は揃えた脚を擦り合わせるようにくねらせ、小さく息をこぼす。
せっかくできる筈だったオシッコの、思いもよらぬ『おあずけ』に、明日香の排泄器官は強い不満を訴えていた。揺れる腰に合わせてたぷんっ、と音を立てる下腹部をかばうようにしながら、ひとまず強い尿意をやり過ごす。
「……えっと……確か、合鍵が……あった、よね……?」
ずっと昔、母親から聞かされていたおぼろげな記憶を頼りに、明日香は玄関の脇へと回った。
小さい頃――まだ、明日香や妹が家の鍵を持たせてもらえなかった頃に、もし家族が留守にしていても家に入れるようにと、合鍵が隠してあるのを教わった覚えがあったのだ。
しかしなにしろ、聞いたのはまだ小学校に上がる前のことだ。遥か昔のあやふやな記憶は頼りなく、明日香は玄関のまわりを手当たりしだいに探しはじめる。
植木鉢の下、玄関マットの裏、郵便受けの中と思いつくままに辺りを探し回り――しばし。
「ぅ……無い……?」
覚え違いをしているのか、あるいは母親が置き場所を変えたのか。
なんとなく、その後に別の場所を教えられたような覚えもあるのだが、どうせ普段はお財布持ってるし、どうでもいいや……とばかりにほとんど聞き流してしまったようで、記憶を探ろうにも曖昧極まりない。
「こっち……? でも、こんなとこにあるのかな……?」
さらにその後、うろうろと玄関前を歩き回ってみたものの、求めるものは見つからず。
結局10分ほどの時間を無駄にしただけで、捜索は徒労に終わった。
(……あ……やば……かなり、したくなってきちゃった……)
時間の経過とともに、訴えを強める下腹部をそっと撫で、とんとんと庭の土の上にスニーカーの爪先を押し付けて、明日香は何度も周りを見回す。
まだ肌寒い季節、日陰になっている庭を歩きまわって、身体はだいぶ冷えてしまっていた。
ぶるる、と背筋を震わせ、同時に下腹部で波打つホットレモンティを、太腿の内側にきつく力をこめて押さえこみ、さらにその上から手のひらを押し当てる。
通りからは見えない分、我慢の仕草も幾分大胆だ。
「やっぱ、ダメかな……」
もぞもぞと呟きながら玄関に戻った明日香は、未練がましくもう一度だけ、植木鉢の下を覗く。
そこで『さて、種も仕掛けもありません、ちちんぷいぷい……』と、さっきまで影も形も無かった鍵が現れる筈もなく、地面には相変わらず、ダンゴ虫が一匹這っているだけだった。
まったくもって平和でのどかな日曜の午後。
明日香は口の中に文句を飲み込みながら、ちらりと家を見上げるように視線をさまよわせる。
固く閉ざされたドアは、無情にも少女の行く手を阻み続けていた。
(トイレ……)
先程よりも幾分、切羽詰まった気配と共に。
少女の切実な訴えは、声になることもなく、消えていった。
■OP/3 繋がらない電話
※OP/2以後、アイテムの携帯電はを使うと発生。
「……もー、はやく出てよ……」
液晶画面の端で、オレンジに点滅を繰り返すバッテリーにやきもきしながら、明日香は愚痴をこぼした。
ポケットに携帯だけは入れておいたのはせめてもの幸運だったと言えるだろう。しかし、締め出されたことに文句を言おうと母親に電話をかけているのだが、接続が悪いのかなかなかうまくいかない。
繰り返されるコールと、すぐ留守番電話サービスに繋がろうとする通話の仕様に苛々しているうち、バッテリーの目盛りはみるみる心許なくなってゆく。
「あんまり電池ないんだから……はやく……!」
次第に強まる足踏みは、苛立ちだけが原因ではない。いまのところ玄関前でうろつく少女を不審に思う者はいないようだが、このままじっとここで待っているわけにもいかないのだ。
10回近い留守番電話サービスとの戦いの末、ようやく向こうにのんびりとした母親の声が聞こえてくる。
『あら、どうしたの、明日香』
「繋がった!! もしもしお母さんっ? ねえ、今どこ?」
『え、どこってデパートよ。新倉の』
息急いて尋ねた明日香に、母が告げたのは郊外の大きなショッピングモールの名前だった。都市計画の再開発で先ごろオープンしたばかりで、テナントには大型量販店も多く名を連ねている。
お洒落なカフェやレストランも多く、明日香も何度か友人たちと出掛けたことがあった。
だが。今はそんなことよりも重要なことがあった。ショッピングモールは川を隔てた隣の市にあり、電車でも一駅の距離なのである。
近所に買い物に行っているとばかり思っていた明日香は、母が思いのほか遠い場所にいることに驚きを隠せない。
「新倉って……なんでそんなとこにいるの!?」
『ええ? しょうがないじゃないの。買い物よ』
母にしてみれば少し脚を伸ばしたくらいのつもりなのだろう――車でも急いで20分という距離は、明日香の現況に照らし合わせてみればゆゆしき問題であった。
「玄関、鍵かかっちゃってるんだけどっ」
『ええ? ヘンね、京香に留守番頼んでたんだけど……やあねえ、どこか行っちゃったのかしら、あの子まで。……え? あらやだぁ、そんなんじゃないわ、娘よぉ』
突然会話が遠くなる。明日香は焦って、受話器に呼びかけた。
「お母さん? ねえ、お母さんってばっ!!」
『ああ、はいはい……ごめんなさいねえ、ちょっと……それで、なにか用事?』
「なにかって……だから家の鍵!! 入れないんだってばっ!!」
『なあに、明日香、あなた鍵持ってなかったの?』
「出てく時にすぐ帰るっていったじゃないっ。お母さんも家にいるって言ってたし……!! 勝手にでかけちゃったのそっちなのに……合鍵とかどこかにないの!?」
『やあねぇ……そんなのもう置いてないわよ。無用心じゃない』
切実な明日香の訴えは、しかしあっさりと切り捨てられる。
要するに。今すぐに玄関が開け放たれることはない、というのが確定しただけだった。
まったくこちらの窮状を察してくれない母親に、明日香はとうとう声を荒げてしまった。
「だからーっ、そんな悠長なことじゃなくてさぁ……どうすればいいの?」
『どうすればって、しょうがないわねぇ、ちょっと表で時間潰しててよ。お母さんもすぐには帰れないもの』
「え、やだやだ待って!? お母さんっ、ねえ、そんな……」
『あらやだごめんなさいねえ。……うん。……じゃあね、お母さん夕飯までには戻るから』
「ちょっ……」
何か抗弁を挟むよりも早く、通話が切れる。
明日香はしばし呆然としてしまった。
「な、なによそれーーっ!!」
さしもの忍耐ももう限界だった。怒りとともに再ダイヤルを試みるが、今度は通話が通じない。録音音声の『おかけになった電話は……』のフレーズに、明日香はしばし憤って足を踏み鳴らしたのち、がっくりと肩を落とす。
「うぅー……なによぉ……勝手すぎない?」
恨めしげに玄関を見上げる明日香。
電話の向こうの様子では、母は友達か同窓生とでも一緒に遊んでいるようだった。ああなると本当に夕ご飯までに帰ってくるかどうかも怪しい。母親を呼び戻して玄関を開けてもらう、というのはそもそも不可能に思われた。
「京香は……」
妹の携帯を呼んでみるものの、こちらは最初からまるで応答なし。
「なによ……二人して勝手なんだからっ」
明日香は苛立ちのまま、かつん、と玄関の塀を軽く蹴った。その衝撃はおなかの中に響いて、恥ずかしい液体の溜まった場所を揺する。たぷん、と揺れる下腹部の恥ずかしい液体の感覚に、否が応でも尿意を自覚させられ、少女は眉を下げる。
徐々に高まる欲求は、少女の内側で少しずつ、膨らんでゆく。
■OP/4 庭に侵入
※OP/2以後、玄関から中庭に入ると発生。
「こっちのカギは、開いてたりしない……かなぁ……」
こんなことをしている暇があるなら、早く他のトイレを探せと、下腹部が明日香を急き立てる。頭の冷静な部分ではその方が賢明だと理解品がらも、明日香は未練がましくいまだに家の前を歩きまわっていた。
しかし、手近なトイレと言っても近くにコンビニやデパートは少なく、そこまで歩いていくのは気が進まない。
まして、このドア一枚隔てた奥にはちゃんとしたトイレがあるのだから、尿意が強ければかえって、無駄と分かってはいても後ろ髪を引かれてしまうのは仕方がないだろう。
そう自分に言い訳し、わずかな期待を込めて、明日香は玄関から庭の方へと回ってみることにした。
どうにも話を聞いている限り、最後に家を出たのは妹の京香らしい。となれば、もしかしたら鍵をかけ忘れているかもしれないという一縷の望みだったのだが――
「……あぅ……」
キッチン横の勝手口は、やはり重い手ごたえを返してきた。これで、家に入る方法はほぼ断たれたといっていい。
こういうときだけは期待を裏切らない妹に、心の中で文句を付け加える。
(なによ、いつもは適当なくせに……こんな時だけしっかりしちゃって……ああもうっ)
さして期待をしていたつもりもなかったのだが、改めて家の中に入れないということがわかると、下腹部を占める液体の重さがずん、と一回り大きくなったようにも感じられた。そわそわと太腿を擦り合わせながら、ズボンのおしりの側をそっと押さえ、明日香は小さく身をよじる。
ジーンズのデニム地の奥で、少女の恥ずかしい液体がたぷっ、と音を立てる。
明日香はそのままゆっくりと庭に回り、芝生と花壇に面した縁側のガラス戸も順に調べてみるが、残念なことにこちらにもしっかりと鍵がかかっていた。
雨戸こそ閉まってはいないものの、レースのカーテンがしっかりと引かれ、家の中の様子はほとんど窺うことができない。
「……ねえ、ほんとに誰かいないの……?」
こつこつ、とガラス戸を叩き、カーテンの隙間を覗き込む明日香。
今家の中にいるとしたらせいぜい、水槽の中を泳いでいる熱帯魚ぐらいのものだが――もちろん彼らが水を這い出してきて窓を開けてくれることがないのは、さすがに明日香も理解している。
だが、返事がないとわかってはいても、何かにすがりたいような心細い気持が膨らんでゆく。
その原因は、下腹部で次第に強まってゆく尿意のせいだった。
本音を言えば、もう我慢したくない。まっすぐにトイレに駆け込んでオシッコを済ませてしまいたい。その程度には、明日香の尿意は切迫していたのだ。
もし、妹か誰かが家の中に残っていて、鍵を開けてくれれば――いや、この窓を破る方法があれば、すぐにでもトイレに駆け込むことができるのに。
窓のカーテンの向こう。リビングの先にある廊下の突き当たり。鍵をかけた清潔な小さな個室の中で、白いトイレにまたがり、脚の付け根から思い切りオシッコをほとばしらせている自分の姿を、明日香はつい思い描いてしまい、たまらず腰を左右にくねらせてしまう。
いっそ本気で、窓を割ってしまおうか。
そんな乱暴な発想が、ちらりとでも頭をよぎるほど、明日香は余裕をなくしていたのだ。
「んぅ……っ」
しかし、そんなものは夢想にすぎない。
このままここに居ても、おしっこを済ませることは不可能だ。それははっきりとわかっていた。何度確かめてもドアも窓も硬く閉ざされ、鍵は一つも開いていない。
家の鍵はお財布に納めたまま2階の部屋の机の上。いまや完全な密室なのだ。
(トイレ……、オシッコ、行きたいよぉ……っ)
カーテンを重ねるガラス戸を恨めしげに見上げて、このままじっと見つめてたら穴があいたり、通り抜けたりできないかなどと夢のようなことを想像して。
明日香は、どうしても諦めきれないまま、なおもしばらくそこに立ち尽くしていた。
(初出:書き下ろし)