さらに20分が過ぎていた。
(と、トイレ…トイレっ、……と、トイレ行きたい…っ……)
佳奈の下半身に迫る切実な欲求は、時間の経過とともにますますその苛烈さを増していた。早く早くと焦る気持ちとは裏腹に、佳奈たちを2-Aの28人を乗せたバスは、高速道路の真ん中で渋滞の列に飲み込まれたまま、進む気配をまるで見せない。
決して短くない時間が過ぎているというのに、バスの外に見える風景はほとんど変化がない。もともと変わり映えのない高速道路の車線という状況を差し引いても、バスがこの半時間あまりでほんの数百メートルしか移動していないことを示している。
およそ、異常事態と言って過言ではない渋滞。その原因はいまだ、バスの車内で尿意に苦しむ少女達には知らされていない。佳奈たちはいつこの苦悶が終わるのかも分からないまま、ただただ永劫とも言える、拷問のようなオシッコ我慢を続けなければならなかった。
時折唸るように動きだし、わずかに進んではすぐに停止するエンジンの振れが、じんじんと下腹に響く。アイドリングストップを繰り返す車体の振動に揺さぶられ、危険水位を超えた佳奈の下腹部のダムの水面が激しく波立ち、揺れていた。
わずか20分で、佳奈の余裕は大きく失われていた。午後5時に差し掛かる時点で既に、下腹をさすることがやめられなくなっていた少女の両手は、いまや浮かせ気味の膝の間に深々と差し込まれ、スカートの上から股間を抱え込むように紺色の制服に強く皺を寄せ、直接、ぎゅうううっっと女の子の大事な場所、オシッコの出口をきつく押さえこんでしまっているのだった。
(だめ、だめ……漏れちゃう……お、おしっこ、おしっこ、出ちゃう…っ……)
座席に浅く腰かけ、前傾姿勢になった顔が俯き、白い喉が荒い息をこぼす。
不安定に揺れる革靴のかかとが、収まることなくこつこつと床を叩き続け、小さな背中がぎしぎしと座席を軋ませて左右に揺れる。
足の付け根を直接押さえ込む手のひらを、左右から挟み込むようにしてもじつく太腿が、ぎゅっと力を込めては静かに弛緩する。足の間に挟んだ手のひらを、ぐりぐりと股間にねじ付けて、少しでも猛烈な尿意を和らげようとする無意識の動作だった。
オシッコが出ちゃう。
まるで小さな子がトイレを我慢できなくなったの時ように、佳奈の思考はそれだけに塗り潰されていた。こんなにも切実な願いを訴える少女を嘲笑うかの如く、渋滞は依然、解消する気配を見せない。
佳奈が縋りつくようにわずかな期待を込めて何度も見つめるバスの前方は、車高の高いトラックに塞がれて、ほとんど様子を窺い知ることができなかった。
(おしっこ……オシッコ我慢できない……!! で、でちゃう、トイレ……間に合わないよぉ……っ!! ど、どうしよう……どうしようっ……!!)
先延ばしにしていた我慢の限界が見え始め、佳奈はすっかり混乱の中にあった。オシッコが出る。でも、ここにはトイレがない。
その二つの事実が示す結論は一つだ。
(やだ……そんなのやだよぉ……!! ちゃ、ちゃんとトイレじゃなきゃだめ、だめ、なのぅ……トイレ、トイレぇ、行かせてよぉ……っ!!)
両手が握り締めた股間は緊張に引きつり、下腹部はなお次々と注ぎ込まれるオシッコでいろいろ硬く張りつめる。オシッコの出口を締め付ける括約筋はふとした油断で緩みそうで、いまにもしゅるしゅるとみっともない水音を立ててしまいそうだった。
教室の中なら一時の恥と我慢し、手を上げて『先生、おトイレ!!』もできるのだろうが、高速道路で立ち往生するバスはさながら動く密室だ。この場にはオシッコを済ませるための設備などあるはずもなく。佳奈の望みがかなえられることはあり得ない。
いまここから物理的に一番近いトイレは、1時間近く前に通り過ぎた、数キロ手前のサービスエリアの公衆トイレだ。その距離はまるで無限にも思えた。
バスがずっとこの調子でなら、冗談抜きで歩いた方がマシかも知れない。
(が、我慢しなきゃダメ…だめ、……で、でも、でもっ、もう……っ)
きゅうんと背筋にイケナイ感覚が這い上り、ぶるぶると顎が震える。ぱんぱんに膨らんだ膀胱が、もう限界と訴えている。
どこにもないトイレを求め、佳奈はぎゅっと目をつぶる。きつく圧迫する下腹部の中で、ぱんぱんに膨らんだ水風船が震える。
このままおなかの中のオシッコも、小さく縮んで全部どこかに行ってしまえばいいのに。そんな幼稚な想像をしてしまいたくなるほどに、少女は切羽詰まっていた。半ばやけになって、佳奈はぎゅうぎゅうとスカートの上から下腹部を握り締め、押さえ込む。
しかし現実は非情なまでに残酷だった。強引に押さえ込んだ尿意は、敏感になっていた排泄器官をむしろ不安定にさせ、強く揺さぶってしまったのだ。反動のように急激に膨らんだ尿意が、少女が必死に庇おうとする、乙女の秘めやかな部位、その脆い出口を突き破らんと襲いかかってくる。
「んぁ……っぅ」
押し寄せる尿意の大波が防波堤を打ちつけ、黄色い濁流が乙女のダムの水門押し崩さんと叩き付けられる。ぶるぶると歯を噛み締め、佳奈は身を縮ませてそれに耐えた。
息を詰め、身を竦ませ、数十秒。
どうにか大波を乗り越えた佳奈は、背中に汗を滲ませ、はあはあと息を荒げながら、わずかに生まれた余裕でそっと視線を上げた。
(っ……だめ……が、我慢、できない……っ。できないよぉ……っ)
ずっと動かないバスの中。変わることのない現状。もはや終焉は見えている。
このまま、ついに我慢の限界が来てしまえば――自分の恥ずかしい場所から猛烈な勢いで噴き出す水流と、バスの床一面に飛び散る黄色い水たまり。――もう2年生なのに、女の子としてあってはならないこと。オモラシ。
恐ろしい想像が佳奈の背中を冷たくする。差し迫った尿意は、その想像があながち間違っていないことを如実に訴えていた。
(どぉ、しようっ……、どうしよう、っ)
恥も外聞もかなぐり捨てて――先生にトイレを訴えるべきか。
佳奈の心は、強い葛藤に揺れていた。
――『先生、おトイレ!』
それは本当に本当の最終手段だ。想像するだけで顔が熱くなる。トイレに行きたいと強く主張することは、少なくとも先生や運転手にはそのことが知られてしまうことに他ならない。佳奈がもう、バスを止めてもらわなければならないほどに、オシッコの我慢の限界であることを、教えてしまうことに等しいのだ。
幼稚園や小学校の低学年ならともかく、2年生にもなってそんなことは、断じてあるべきではなかった。
けれど。
(でちゃう……本当に、おしっこ出ちゃう……!!)
もはや、佳奈に時間は残されていない。まだなんとか動けるうちでなければ、この選択肢すら、佳奈の前から喪われてしまうのだ。
先生や他の子たちに迷惑をかけてでも、トイレに行きたいと訴えるべきか。
実際、どこにトイレがあるのかなんて佳奈には分からない。しかし、それを決断しなければ、わずかな可能性すら自分から閉ざしてしまうことになる。
それでも、思春期の繊細な羞恥心は、わずかな勇気の邪魔をする。
佳奈は女の子のプライドと、なお高まる尿意を天秤にかけながら、揺れる身体を必死に押さえつけ、『先生、おトイレ!』の葛藤と戦っていた。
社会見学バスの話・07 井澤佳奈その2
