「んっ…、んぁっ……!!」
堪えようとした声が、我慢できずに塞いだ口から漏れてしまう。
下腹部を庇う手を離して、咄嗟に白魚のような指が押さえつけた口元から、艶めかしい喘ぎとなって吐息が漏れた。
整った顔立ち、躾の良さを窺わせる慎ましやかなたたずまい。久能愛理はそんな如何にもな『お嬢様』の外見をもつ、掛け値なしの美少女である。
そんな愛理が切なげに腰をくねらせて身悶えする様は、近くに座っていたクラスメイトたちも思わずドキッとさせるほどのものだ。
「んふ、ぅっ……」
声を上げまいとすればするほど、ちくちくと下腹部を刺激する尿意は鋭さを増しているようだった。愛理の女の子の部分に、身体の中から恥ずかしい液体がイケナイ悪戯をする。
またも漏らしてしまった呻きと一緒に、女の子の大事な場所からもオシッコが漏れそうになり、愛理は慌てて脚の付け根に力を込め、排泄孔の出口を締め付ける。
それでも我慢しきれない熱い雫が、ちょろろろっとこぼれて、下着の股布にじわあっと熱い染みを広げてゆく。
(あ……だめ、……ぁっ)
ほんの数滴のおチビりであっても、下腹部をたぷたぷと揺らすオシッコを排出する行為がもたらす解放感はとてつもなく甘美だった。思わず崩れ落ちそうになる腰を懸命に持ち上げて、愛理は心を奮い立たせる。
猛烈な尿意はなおまったくおさまらず、下腹部の水風船はいまにも破裂しそうに膨らみ続けていた。ダムの内側で激しく泡立った薄黄色い濁流が、隙あらば愛理の大事なところを突き破ろうと水圧を高めているのだ。
(……くぅ……っ、だめ、おさまって……ぇっ)
じいんと鈍い痺れがおしっこの出口を震わせ、疲れ切った括約筋が限界を訴える。少しでも気を抜けば、座席シートの上に間に羞恥の水流を噴射しそうになる脚の付け根のダムの放水孔を、内腿をぴったりと閉じ合わせて押さえこみ、愛理ははあはあと息を荒げた。
(……こ、こんな所で、お粗相なんて…いけないんです、からぁっ……!!)
猛烈な尿意にさいなまれながらも、まだ愛理は一度も、他の生徒のように股間を押さえ込むようなはしたない真似はしていなかった。足を閉じ、そろそろとふくらはぎを擦り合わせ、もじもじと腰を動かす――どうにかその程度の『ささやかな』我慢の仕草だけで、この窮地に立ち向かっているのである。
お嬢様としての気合とプライドを武器にして、折れそうな気持ちを支えるのを手伝わせる。それでも愛理の矜持は、これまでにも何度も挫けそうになっていた。
(が、我慢、我慢っ……ちゃんと我慢しなきゃ……いけないんですからっ!! だ、だからちゃんと我慢っ、しな、ぁんぁう!?)
じんっ、びりびりりっ。
エンジンの振動が、座席に押し付けた股間を直撃する。外と中からのダブルの衝撃に、愛理は目を見開いてしまう。
(ぁあ、ぁ、ああっ、あ、だめぇええっ)
珍しく、渋滞の車が前に動いたのだ。立て続けの振動に愛理は思わず弱音を上げてしまう。はあはあと息はますます荒くなり、頬はすっかり紅潮している。形の良い唇はきゅうっと噛み締められ、スカートの裾を掴む指にもきつく力がこもる。
本当なら、みんなと同じように、はしたない姿を晒す事もいとわずにぎゅうぎゅうとスカートの前を握り締めたいのだ。それをせずになお堪えようとしているのは、幼い頃から愛理を躾けた祖母の教育ゆえである。慎み深い淑女に育つように、少々時代遅れとも思える祖母のしつけは、まだ幼いはずの愛理にしっかりと刻み込まれ、ともすれば杓子定規にはしたない真似を決して許容できない、堅物な価値観を植え付けていた。
(ダメよ、あんな――あんなみっともないことだけは、っ、しないようにしなくゃっ……!!)
その潔癖な思考は、同じように尿意に苦しむ他のクラスメイト達を蔑んでいる事に他ならないのを、愛理はまだ気づいていない。
辛うじてあそこを押さえるようなはしたない真似だけはせずにいたが、それも時間の問題だった。形振り構わずに我慢のポーズを取らなければ、これ以上切迫した尿意を耐えるのには限界がある。
スカートの裾を掴むだけ、そっとおなかを撫でるだけ。少しだけ、ほんのちょっとだけと許した甘えは、いまやプリーツの整った制服のスカートの布地をぎゅうぎゅうと、雑巾でも絞るように握り締めてしまっている。愛理が何を我慢しているのかは明白で、必死に保ってきた委員長としての体裁も、いよいよ崩れそうになっていた。
(っ、はあ、はあっ、はあっ……)
大波のように荒れ狂う下腹部のうねりを乗り越えながら、どうにか深呼吸を繰り返し、愛理は今日4度目となる最大の危機を乗り切った。訪れるたびに前回を上回り、もはや絶体絶命と言っても過言ではない限界を、愛理はまたも退けたのだ。
(は、早くして……、早くしてくださいっ……んっ、も、もう、本当に……っ)
しかしその事実に安堵する暇もなく、愛理は眉を吊りあげ、攻撃的な視線をバスの外へと向ける。失われた余裕はそのまま害意に似た感情を孕み、いまののっぴきならない状況を作り出したこの渋滞の列へと叩き付けられていた。
(うぅ、お願いします、急いで……急いでくださいっ、んぁあっっ……!! お粗相を、してしまう、前に、はやくッ……!!)
もう、子供じゃないんだから――と、見栄を張ってまで。
出発前にトイレに行かなかったのは、あくまでの愛理の決断、決断だったはずだ。混んでいたとはいえ、不衛生だったとはいえ、記念公園のトイレが使えなかったわけではない。
しかしそのことを棚上げにして、愛理は今の苦境の理由と原因を、渋滞の他の車や、思うように進まないバスへと転化してぶつけていた。
(こ、こんなんじゃ、そのうち、本当にっ……)
また弱気が頭をもたげようとする。それをねじ伏せるように、愛理は強くバスの床を蹴った。ばん、という小さからぬ音に、数名の生徒達が驚いて愛理を振り返る。
オシッコ我慢のゴールとなる学校までの距離はなお遠く、バスの進みは亀のように遅い。学校どころか、高速道路の出口――いや、ここから一番近いサービスエリアまでだって、間に合うとも思えない。
我慢の限界が迫り、愛理はとうとう椅子の上でばたばたと脚をばたつかせてしまう。
「くっ…んんっ!!」
閉じ合わせた唇の間から、苦悶の呻きがこぼれる。幼さをあまり感じさせない整った顔立ちは、高まり続ける尿意に歪み、青ざめ、額やこめかみにはじっとりと汗が浮かぶ。
(ほ、本当に……もらしちゃうかも……っ)
弱気になった心が、あり得ない――あってはならない想像を頭の中に作り出してしまう。限界を超えて噴き出したオシッコが、下着を一瞬でずぶ濡れにして、スカートを、ソックスを、革靴を濡らして足元に大きな水たまりを作る。
プリーツを綺麗に折り整えた清潔なスカートを、女の子の大事な部分から溢れた薄黄色の水流が見るも無残に染め上げ、濡れぼそった布地は脚に張り付いて、溢れ落ちる水流をくっきりと映し出す。
我慢に我慢を続けたオシッコはなお止まらず、壊れたように女の子の出口から噴き出し続け、スカート越しに押さえ込んだ手のひらにも叩き付けられるように溢れ、びちゃびちゃと飛び散って、バスの中を汚してゆく。
その様は、まごうことなき、『オモラシお嬢様』のできあがりだった。
(い、嫌……、そんなの絶対ダメよ……っ!!)
これまで努力を積み重ね、品行方正な『お嬢様』としての地位を築いてきた愛理の全てを崩壊させる恐ろしい想像に、少女は怖気と共に身を震わせる。
(ぜ、絶対、嫌ですっ……!! ……と、お手洗いまで、が、我慢っ、しなくちゃ…っ!!)
最悪の想像で心を奮い立たせるという試みは、辛くも成功した。
その代償として、膨らむ尿意と共にまた、下着をじわりと熱い雫で濡らしてしまいながら――なおも愛理は果てのない我慢に挑む。
時に妖艶に、時に近寄りがたく、くるくると表情を変えるそんなお嬢様の姿を、他の生徒達がじっと注目を浴びせていた。
社会見学バスの話・09 久能愛理
