永劫にも思える時間――けれど、それは実際には、ほんの十数秒ほどのものでしかなかった。
ぴったりと閉じ合わせたスカートの股間にみるみる広がる熱い感触。ぷくりと膨らんだ排泄孔がびくびくと痙攣する。
「っ、は、はぁ、っ、はあっ……」
下着の股布をたっぷりと濡らしてしまいはしたものの、蓉子はどうにかそこまでで、オモラシを食い止めることに成功していた。なお荒れ狂う尿意は凄まじいが、堤防の決壊だけはぎりぎりのところで押さえ込み、蓉子は大きく肩を上下させる。
「……先生?」
「はぁ、はぁ………な、なにがです?」
きょとんとした顔で運転手が聞いてくる。彼にしてみれば、会話の途中でいきなり蓉子が黙り込んだようなものだ。
「いや、だから、トイレは大丈夫かい?」
「……え、ええ、大丈夫ですよ」
顔に張り付けた不自然極まりない笑顔で運転手に答えながら、蓉子は股間の先端になお押し寄せる大波の“揺り戻し”を食い止めるべくして、排泄孔を閉ざす括約筋にありったけの力を込めて締め上げる。
(ん…んぐぅぅぅぅ……っ、うぅ、ぅうぅくうぅぅ……ッ……!! だ、だめ、だめぇ……が、我慢するの、我慢するのよっ、わ、わたしは、教師なんだからッ……!!)
年配とはいえ、まさか男性の前ではしたない格好を見せるわけにはいかない。蓉子はクラス担任であり、教師であり、なによりも立派な成人女性なのだ。そんな羞恥極まりない姿を、晒す訳にはいかない。
懸命に平静を保つ『女教師の仮面』の下で、さりげなさを装った手のひらを下腹部に添え、スカートの奥を小刻みにモジつかせる。本当ならガニ股になってぎゅうと足の付け根を握りしめてしまいたいのを、必死に堪えていた。
(あ、あっあッ、だ、だめ、だめッ……!! ぁあっ、ああーーっんっっ!?)
だが。いままさにここで本当の排泄をはじめかねない尿意に、そんな生易しい我慢が通じるはずもない。
閉じたはずの排泄孔を、身体の内側からひっかくように尿意が暴れまわる。一度出口を覚えたオシッコは、沸騰するような尿意を収めることなく執拗なほどに蓉子を責め抜いてきた。辛抱しきれない排泄孔は、膀胱からの内圧に負けて、ぷくうっと身体の外側へと膨らんでしまう。
蓉子の足の付け根、下着の部分。股布に包まれたいやらしい『オトナのオンナ』の部分から、再びじわぁっと熱い滴が噴き出してゆく。
(はぁあっん、あぁ、あぁあんっ……だめ、で、でる、っ、おしっこ、おしっこ出ちゃう、出ちゃううぅ……っ!! せ、先生なのにッ、お、おしっこ、漏るっ、漏れ、ちゃううっ……!!)
おチビリの解放感と、いや増す尿意に耐えかねて。蓉子は手摺を握り締めたまま、ついに突き出したお尻をもじもじくねくねとゆすりはじめてしまう。
タイトな灰色のスーツのスカートの下、ストッキングのふくらはぎがせわしなく擦りあわされ、太腿がすりすりと押し付け合わされる。きつく寄せ合わされた腿の内側には、じわりと熱い湿り気が染み出していった。
「っは、はぁ、ぁあっんぅ……ッ!!」
それでも蓉子は、顔に強張った笑顔を張り付けたまま、歯を食いしばり、息を詰め、懸命に恥ずかしい液体の噴出を抑え込んだ。
行き場をなくしたおしっこはなおも解放を求めて暴れ続ける。身体のこわばりはそのまま尿道に溜まった羞恥の雫を絞りだし、下着の股布をたっぷりと濡らす。
(ぁああんっ……き、キモチいいッ…、お、オシッコ気持ちイイぃ……っ、はぁあっ、あ、。ぅ、……んぁあっ、で、でもだめッ、!! ダメなのッ、ぉ、オモラシなんか、絶対だめぇえ!! あぁあんっ…お、ぉ、オシッコ、、出ちゃダメッ……!!)
絶体絶命の綱引きだった。
蓉子は懸命に『女教師』としての体面を保とうとする。
耐えれば耐えるほど、じんじんと痺れる股間の疼きはさらに増してゆく。スカートの奥、秘所に食い込んだ下着の奥から、なおじゅっ、ちゅるるっ、と断続的に恥ずかしい液体を噴き出させながら、蓉子は尿意の誘惑に抗った。
視線は宙をさまよい、息使いは荒くなる。つうっと、こめかみから流れ落ちた汗が蓉子の顎をつたい、ぽたりと床に落ちた。
急に黙り込み、不自然に汗をかきはじめた若い女教師に、運転手はわずかに眉を潜める。
「……? なあ先生、本当に――」
「だっ、だいじょうぶに決まってるでしょうッッ!! ぉ、オモラシなんかしてませんからッッ!!」
案じるような言葉を遮って、蓉子は反射的に怒鳴り返していた。
ほとんど怒鳴るような声量に、バスの前方にいた生徒たちが何事かと顔を上げる。
「そんなに聞かれなくたって、平気です、平気に決まってますッ!! そんな事になる前にトイレに行きますからッ!! だ、第一、いい大人に失礼じゃありませんか、そんなことを聞くなんてっ!!」
今まさに、おチビリを続けているだらしない下半身をよそに。蓉子はまるで、幼稚園児のようなつまらない意地を張る。切羽詰まるあまりのこととはいえ、あまりにも大人気ない行為だった。
「あ、いや……その、すまんね」
息を切らし、運転手を睨み付けるように見下ろす蓉子。その剣幕に彼も呆気に取られながら、慌てたように視線を反らす。
「申し訳ないねえ。ちょっと余計なことだったようだ。失礼な事をして、申し訳ない」
運転手はバツが悪そうに、蓉子の気分を害してしまったことを詫び、頭を下げた。
おそらく、彼は純粋に蓉子の身を案じていたのだろう。蓉子にまるで痴漢に逢った時のような反応をされながら、その応答は実に立派なものであり、まさに大人の対応の見本として賞賛されるべきだろう。
対して蓉子はと言えば、きちんと『おトイレ行きたいです』と言い出すこともできず、『おしっこしたいの?』と聞かれたのに、おまたを抑えながら『ちがうもんっ!!』と答える――幼稚園の子でもしないような、あまりにもみっともない姿をさらしただけだった。
「…………ぅ」
(ぁ、ぁああ……ば、馬鹿っ、馬鹿あっ!!)
ようやく我に返った頭で、蓉子は激しい後悔に襲われていた。
(ぁああーんっ、な、何言ってるの!! 何やってるのよぉ、私ってばぁ……!! あ、あんなこと言っちゃって、どうするのよぉ、これからっ……!!)
無言のままハンドルを握り直す運転手。運転席の周辺には気まずい空気ができ上がっていた。重苦しい雰囲気はしばらくは言葉を掛けることも躊躇われるほどで、今更、謝ることもできそうにない。
(あーんっ……馬鹿馬鹿、私の馬鹿あっ…!! ちゃ、ちゃんと言わなくてどうするのよぉっ……も、もう、おトイレ我慢できないのにっ……!!)
せめて、正直に『はい』と答えていれば、少しくらい我慢の素振りを見せることもできただろうに、あんなことをしてしまってはそれすら出来ない。
下着がじんわりと温い。どうにか大決壊こそ食い止めたものの、下着には気のせいでは済まされないほどの熱い湿り気が広がっていた。腰を下している限りは分からないだろうが、どう考えてもスカートにまで染みは広がっているだろう。
(バカ……あーんっ、私のバカぁー……っ!! と、トイレ行きたい、おしっこもう我慢できないよぅ……!!)
そして――そんな蓉子の後悔は、運転手に無礼を働いたことではなく、トイレのこと言い出せなかった事にだけ向けられた、あまりにも自分勝手なものであった。
だからこそ、この後に蓉子を襲うさらに無残な運命は、彼女自身がもたらした因果、自業自得であると言えるかもしれない。
自嘲も自虐ももう遅いのだ。
見当違いの自責と後悔の最中でなお、取り返しのつかないミスをしてしまったことに気付かぬまま、蓉子はなお焦りを激しくしていった。
社会見学バスの話・16 清水蓉子その4
