今日から第2部。
「んぁ……っ」
「はぁ……、はぁ……、だめ、えぇ……っ」
初夏の日陽射しを受け、熱されたアスファルトがじりじりと車体を焦がす。空調が唸りを上げ、送風口からの風を強めていた。奇妙な沈黙の落ちた車内には座席シートを軋ませる身じろぎと、少女達の荒い吐息が聞こえる。
社会見学のバスは、2年A組の28人を乗せたまま高速道路の中央で動く牢獄と化していた。
――いや、動くとは言っても、終わりの見えない大渋滞の中、テールランプの行列に囲まれて、バスはこの2時間近く、ほとんど前に進んですらいない。数分おきにエンジンを唸らせたかと思えば、10メートル少しの距離をのろのろと進んではすぐに停まる、もどかしい限りの進行速度だった。
これでは高速道路どころか歩道を歩いているのとほとんど変わらない。
なにしろ窓の外には15分以上前に見えた「サービスエリアまであと12km」の道路標識が、いまだはっきりと見上げることができるほどだ。
待望の『おトイレタイム』は遥か彼方。終わりは見えない。
(ぁあんっ、だめぇ……っ、おトイレ……おトイレ行きたいっ……)
(くぅん……だ、だいじょうぶ、これくらい平気なんだから……我慢、我慢よっ……)
(まだ? まだ着かないの? ……早くしてよぉ……!!)
少女達の多くが言葉少なに俯いては、思い思いの姿で下腹部の恥ずかしい訴えを堪えている。バスのそこここでまるで我慢の見本市のように、少女達の地帯が繰り広げられていた。
予定外の渋滞に捕まって3時間。すでに2-Aのほとんどの少女達が強い尿意を覚え始めていた。中にはすでに限界が近いのか、切羽詰まった様子を周りからも隠しきれない少女達もいる。
多かれ少なかれ、少女達が3時間以上前に口にしたショウガ紅茶――利尿作用たっぷりの飲料は、少女達の健康的な循環器からしっかりを水分を濾し取って、恥骨上の乙女のダムにへと注ぎ込んでゆく。危険水位を超えた水量がもたらすはしたない欲求はいや増すばかりで、いよいよ迫ってきた『オモラシ』の恐怖が、現実のものとなり始めていた。
佳奈もそんな、限界寸前の中の一人だった。
バスの中でも前寄りに座る彼女は、座席シートにモジモジとおしりを擦り付け、両方の手を大事な部分に当てがって、ひっきりなしに太腿を擦り合わせている。
(あぁ……っ、……お願い、早く、早く、おトイレ行かせてよぉ……んっ、も、もうっ、我慢がぁ……っ)
もう何度目の後悔になるだろう。
脳裏をよぎるのは、バスが公園を出発する前の出来事だ。
森林公園にあったのは、年頃の少女であればまず使うことを躊躇うような、不潔で悪臭漂う汲み取り式トイレだったが――せめて、せめてあのトイレを使っていさえすれば、こんな悲劇は回避できたはずだった。
脳裏に、ありえなかったもう一人の自分の姿を思い描き、佳奈は切なく腰をくねらせる。
(と、トイレ……っ、おトイレしたい……もうどこでもいいから、おトイレ……オシッコ、させてよぉ……!!)
今となっては、あの不潔な森林公園のトイレすら、恋しく思えてしまうほどだ。
すべき事を、すべき場所で、正しくきちんと行う。
ちゃんとした『おトイレ』こそが、今の佳奈の切望する望みである。
きつく足を踏み鳴らし、唇を強く噛んで、可奈はスカートの上から硬く張りつめた下腹部と、股間を押さえるように手のひらを重ねる。
我慢を続けたおしっこは佳奈のおなかを膨らませ、乙女の水風船をぱんぱんに膨らませていた。体内の水圧はなお高まり、断続的な刺激になって身体の内側からオシッコの出口をノックし続けている。
猛烈な尿意の波が押し寄せるたびにぴくんと手足をすくませ、ぎゅっとスカートの前を押さえこむ佳奈の頬は、ほんのりと赤みを帯びていた。
それまで我慢を続けていられるかどうかは、裕美にも良くわからなかった。
「バス、動かないね……」
「んぅ……そ、そうだね……」
胸中の不安を口にした祐美に、佳奈は荒い息の隙間からなんとか平静を取りつくろって返事をする。
とは言え腿の間に挟んだスカートの上から、すりすりと膝を擦り合わせ、脚の付け根を撫でさすっているのは確かで、隣の祐美にも佳奈の限界の近いことははっきりと分かってしまう。
それでも多感な思春期の少女のプライドゆえか、佳奈は、たとえクラスメイトの祐美であっても、恥ずかしくおしっこを我慢していることは知られたくないらしかった。切実な尿意に追い詰められながらも、佳奈は腰を揺すってしまうのを誤魔化そうと、『ちょっと暑いよね?』『汗かいちゃった』などと言い訳をしようとする。
祐美には、そんな佳奈が不憫でならない。
(やっぱり……見て、られないよ……)
意を決して、祐美は口を開いた。なれないお喋りで間を繋ごうとしていた佳奈を遮って、
「ねえ、佳奈」
「んっ、な、なあに?」
「……えっと……」
佳奈はぎゅっと片目をつぶり、腰を小さく小刻みに揺すり始める。辛そうな様子の佳奈を見て、祐美は思わず言葉を飲み込みかける。これから祐美がしようとしていることは、佳奈の心を傷つけ、努力を無駄にさせる提案だった。
(でも……!!)
友人のためを思い、祐美は心を鬼にして、その先を続けた。
「……トイレ、我慢できないなら……先生に言った方がいいよ」
「えっ……」
一瞬、何を言われたのか分からないと言うように呆けた後、すぐに佳奈の顔がかあっと紅くなる。
やはりさっきからオシッコを我慢していることは隠しているつもりだったらしい。だが、両手を大事な場所に重ね当て、もじもじと腰を揺すっているその様子は、どう言い訳しても「おトイレ」を我慢していることは一目瞭然、それ以外の何物でもない。
「その、……言うだけでも、いいからさ」
「……………………」
佳奈のためを思っての言葉だったが、当の彼女は真っ赤になって俯くばかりだった。
当然のことだろう。祐美も佳奈ももう2年生なのだ。下の学校から進級して1年と2カ月余り、幼稚園児じゃあるまいし、いい歳をして『先生、オシッコ!』だなんて言えたものではない。
第一、ここは教室でも学校でもなく、高速道路のど真ん中で立ち往生しているバスの車内なのである。たとえ恥を忍んで『先生、オシッコ!』を訴えたとしても、どこにも“その”ための場所など用意されていないのである。
先生に“それ”を訴えると言うことは、つまりバスの中のどこかか、道路の隅っこでオシッコをしたいと言っているに等しい行為だった。ましていざそれを実行したところで、他のクラスメイトや同乗している運転手さんに気付かれずにこっそりとオシッコを済ませられるわけがない。
つまり、祐美の発言は、佳奈に「もうオシッコ我慢できないです、ここで漏らしちゃいます!」と認めろと言っているのと同じことなのだ。
(でも……っ)
きっと佳奈は自分のことを恨むだろう、と祐美は思った。もし二人の立場が逆だったなら、これまでの友情をすべて失い、裏切られたように感じても仕方がない。
でも、でも。そでれも。羞恥に顔を赤らめながら、もじもじと一時たりともおさまらない佳奈の下半身の忙しない動きを見ながら、祐美は黙っていることができなかった。本当に我慢の真っ最中らしき佳奈の素振りは、まるで伝染するように祐美の下半身へも這い寄ってくる。
ぶるると背中を震わせ、祐美は首を振って、再度、声をひそめて佳奈に問いかける。
「佳奈ちゃんが無理なら、私が言ってきてあげても――」
「っ、……や、やめてよ!!」
声を荒げ、佳奈が祐美の言葉を遮った。
祐美としては、友人である佳奈を思っての発言のつもりだったのだが――それも佳奈にしてみればに『佳奈ちゃんがもうおトイレ我慢できないんです』なんて喧伝されているのと同じことだ。まして、自分ではなく他のクラスメイトになんて――
「やめてよ……そ、そんなの……」
(ちゃ、ちゃんと自分で『おトイレ』も言えない子だって思われちゃう……!!)
そんなことは、絶対に許容できない。繊細な思春期の羞恥心は、耐えがたい恥辱に苛まれ、ますます佳奈を激しく揺さぶる。緊張を強くした下腹部にきゅうんと刺激が走り、ひくひくと排泄孔を保つ少女の括約筋が健気に痙攣する。
「佳奈……」
「いいから……じ、自分で言うから……」
もう、後には引けなかった。
実際、もう限界なのは確かなのだ。顔を真っ赤にしながら、唇を噛み、俯いて――佳奈はゆっくり席を立った。
心配そうに後を見送る祐美に、付いてこなくていいから、と視線で釘を刺し、佳奈はバスの通路へと歩き出す。
まさか、手を上げて大声で元気よく『先生、オシッコ!』なんて叫ぶわけにもいかない。辛い下半身を庇うように、佳奈はバスの中ほどの座席から、最前列の清水先生の元まで歩かねばならなかった。
片方だけ手を離して手すりに体重を預け、前屈み、爪先立ちの恥ずかしい格好。良くみればぷるぷると小刻みに、ソックスの脚が震えている。
佳奈はよろよろと、亀のような足取りで、運転席のあるバスの前方へと向かっていく。