社会見学バスの話・18 恥ずかしい告白

(あぁーんっ、まだ? まだ着かないの? オシッコ、オシッコしたいよぉ……っ!!)
「あ、あのっ、清水先生っ……」
「へ?」
 座席シートの上で忙しなく腰を揺すっていた蓉子は、名前と共に袖を引かれてはたと我に返った。慌てて振り向けば、そこには顔を青ざめさせて、落ち着きのない様子の女生徒が一人。
 教え子の前でオシッコを我慢している素振りなんて見せられるわけがない。蓉子は慌てて膝に乗せていた手を離し、意志の力で腰の揺れを抑えて、『せんせい』の顔を取り繕う。
「あ、あら。……どうしたの、井澤さん?」
 蓉子の目から見ても佳奈の様子は明らかにおかしかった。
 佳奈は身体を前屈みにし、両手は制服のスカートの上から女の子の大事な部分をしっかりと握りしめている。ソックスの脚はモジモジと擦り合わされ、バスが動いている訳でもないのに立っているのも辛そうなくらいだ。
「そ、そのっ……」
 ぎしぎし、と椅子が軋む。
 渋滞のバスの車内の通路、座席の手摺にもたれかかるようにして体重を預け、靴の爪先をよじって、腰を大きく薄理の付きだす。身をよじっては何度も立ち止まり、『はぁ…』『んぁっ……』と切なくも熱い吐息を繰り返しながら、通路でふらふらとたたらを踏む。
 そんな佳奈が他の生徒の注目を集めないわけがなかった。
 なにしろ、2-Aの生徒28人を乗せたバスの中で、ほぼ全ての少女達が同じ理由で苦しんでいるのだ。そんな中で実に『いかにも』な様子の佳奈が、不安と緊張をもって出迎えられるのは当然だった。バスの車内、特に前方の座席に座る少女達は、密かに耳をそばだてたり、ちらちらと視線を向けて、佳奈の一挙動にすら注目する。
 中にははっきり目を見開いて、固唾をのんで佳奈を見ている少女の姿もあった。
 クラスメイトの視線が背中に突き刺さるのを感じながら、佳奈は俯き加減の顔をみるみる赤くしていった。それでも、激しく下半身をよじりながら、少女は急かされるように勇気を振り絞って口を開く。
「……お、お手洗い……行きたいんです……っ」
 耐えがたいほどの羞恥に、耳まで赤くしながらの佳奈の告白に、静かなざわめきがバスの中を伝わってゆく。
 それは2年A組の28人に共通の思い。この状況で名乗り出て、先生に『それ』を進言した、勇気ある佳奈への静かな賞賛だった。
 ずっとこのまま我慢を続けていられるはずがないのは、クラス全員が理解していた。渋滞が解消されず、バスの立ち往生が続く限り、誰かが言い出さねばならないことだったのは明白だ。
 しかし、2-Aの女生徒達は誰も彼も、その“最初の誰か”になるのを嫌がっていたのである。
 『先生、おトイレに行きたいです』を言い出すなんて、たとえ慣れ親しんだいつもの教室でだって、恥ずかしくて出来るわけがない。もう小さな子じゃないんだから、ちゃんと我慢する――それが、2年生なら当然のことだ。
 さらに、この高速バスにトイレが備えられていないことは自明であり、だからこそこの場での『先生、オシッコ!』には特別な意味を持っている。
 そんないくつもの障害が、思春期の少女達には超え難い壁となって立ち塞がっているのだ。そこを懸命に乗り越えて名乗り出た佳奈は、一体どれほどの羞恥を、恥辱を堪えているのだろう。同じクラスメイトとして、佳奈の勇気ある決断は、あまりにも貴く、崇高なものだったのである。
「……え、ええと……」
 しかし、もう1時間近くも自分のことで精いっぱいだった蓉子には、この佳奈の訴えはまさに寝耳に水だった。予想外の告白に、クラス担任はしばし困惑しながら、目をそらすようにして言葉を探してしまう。
「まだ、少し掛かるらしいけど……我慢できそうにない、かしら?」
「…………っ」
 辛そうに切羽詰まった表情で、佳奈はちいさくこくんと頷いて見せた。
 ――それは、彼女がもはや高速道路を下りるまで、トイレを我慢できないと宣言しているのに等しい。
 そして同時に、今この場で、オシッコがしたいと叫んでいるのと同じ意味だった。
 車内に再び、小さなざわめきが広がってゆく。同じように我慢の限界を感じている少女達は佳奈と同じ気持ちで、あるいは、まだ僅かながら余裕のある少女達は、その姿に憐れみと同情を持って。
(あーーんっ、どうしよう、井澤さんまで……っ!! わ、私だってもう我慢の限界なのにぃっ)
 しかし――本来、その勇気を一番に汲んでやらねばならないはずの蓉子と言えば、佳奈の切羽詰まった姿に焦るばかり。一秒たりとて休むことなく蓉子を襲う強い尿意は、下半身を執拗に責めなぶり、思考をかき乱している。蓉子は普段はきちんとこなせるはずの『清水先生』としての役割をすっかり忘れ去ってしまっていた。
 当然のことではあるが尿意とは生理欲求であり、特別に水分を摂取しなくとも時間の経過と共にやがては催すものである。これまで自分のことでいっぱいだった蓉子は、ここに来てようやく、自分と同じように我慢をしている生徒がいるのかもしれないということに、ようやく思い至ったのだ。
(あっあ、井澤さんっ、だめ!! 先生の前でそんな恰好しないでよぉ、意地悪っ!! せ、先生もオシッコしたくなっちゃう……っ!! こ、こんな所におトイレなんてないのよぉっ……あるなら、とっくに先生だってオシッコしてるんだから……お、お願い、無茶言わないでよお……!!)
「い、井澤、さんっ、あのね?」
 我慢しなきゃ――そう訴える『オトナの女性』としての当然の判断が、果たすべき役目とは正反対の言葉となって、蓉子の口を滑り出ていた。
「で、でもねえ。……渋滞、まだまだ続くみたいなのよ」
「そ、そんな……ぁ」
 まるで、罪状を読み上げる判決の瞬間のよう。声を絞り出すように、佳奈が顔色を変え、掠れた悲鳴を上げる。
 くねくねと揺れる腰が忙しなくなり、制服のスカートの上から、少女の指がはっきりとあそこを握り締めてしまう。オシッコの出口を強引に塞ぐように、ぎゅうぎゅうと脚の付け根を握り締め、スカートを激しくくしゃくしゃに皺を寄せる。
「せ、先生……あ、あの、わたし……っ、私、も、もう、本当に、我慢……で、できなっ……ッ!!」
 佳奈は恥も外聞もかなぐり捨てて、トイレ我慢の限界を口にした。
 目の前で教え子がオシッコ我慢ダンスを始めたことに、蓉子の排泄器官もそれに強い共感を催していた。尿意が一気に膨れ上がり、膀胱が、排泄孔が、きゅんきゅんと疼きだす。
(あぁあーーんっ!? ぁ、ああっ、だめ、だめえ!! ぃ、井澤さん、やめて、先生もと、トイレ、トイレ行きたいのよぉっ、オシッコ、おしっこしちゃいそうになるからぁ!!! そ、その格好ダメ!! やめてぇえ!! 先生も、も、漏らしちゃ、ぅ…っ!! ぁ、あぁああーーんっ、ぃ、意地悪しないでえええ!!)
「そ、そうね……」
 それでも、クラス担任として、きちんとした慎み深いオトナの女性として。表向きだけは平静を装い、蓉子は忙しなく膝を擦り合わせる程度で、それ以上の我慢を飲み込んだ。
 だが、先程のおチビりで濡れて湿った下着は、パンストごと股間に張り付いている。
 下半身の濡れた冷たさがますます尿意を湧き上がらせ、濡れた下着がわずかにむず痒くさえあった。出口の場所を知ったオシッコは蓉子の水門を隙あらば突き破ろうとしている。もう脚だけでの我慢で済ませるには、蓉子とても限界に近い。
(あぁーーんんっ、どうしよう、どうしよぉっ……どうしたらいいのぉ……っ、あぁあーーんっ!!)
 辛うじて顔に張り付けた『せんせい』の仮面の下、蓉子の心はみっともなく取り乱し、混乱の最中にあった。自分のことだけでも精一杯なのに、この上、生徒の面倒まで見なければならないのだ。本来はそうすることこそが当然のクラス担任であることも忘れるほど、蓉子はオシッコ我慢の限界に挑む一人の『オンナ』であることに夢中だった。
「……で、でも、ね? 井澤さ――」
 けれど。
(……そうだわっ!!)
 その時だった。蓉子の脳裏を閃光のように、あるアイディアがよぎったのは。

タイトルとURLをコピーしました