停車したバスの陰となる、高速道路の路肩。少女達の臨時仮設屋外トイレと化したそこで、間髪置かずに凄まじい水音が響き始める――と、言う訳ではなかった。
羞恥と屈辱に耐えて、ようやく辿り着いた、目的地。
そこで、9人の少女達はお互いの顔を見合わせる。
「…………」
「………………」
「…………」
切ないほどに渇望し続けていた場所のはずだった。
あと少し、もうちょっと。――せめて、あそこまで。
そうやって自分を励まし、くじけそうになる心を奮い立たせてどうにか辿り着いた目的地のはずだった。しかし。いざこうしてその場に立ち尽くした少女達の前には、なお高い障壁が立ち塞がっていたのだ。
そう。そもそも、全員ともが2年生という思春期のただ中ににある少女だ。いくら限界寸前まで切羽詰まっていても、いきなり何の躊躇も葛藤もなくぱぱっとオシッコを始められる訳がない。そんなのが許されるのは、せいぜい幼稚園くらいまでだろう。
まして渋滞の行列を通り抜ける最中に強い好奇の視線に晒され、羞恥を殊更に刺激された後とあっては、少女達の心に課せられた障壁はなお高い。
なお強まる強烈な尿意は一刻の余裕もないことを叫んでいるが、路上の片隅、バスの陰でオシッコをすることに対して、簡単に羞恥が拭いされるはずもなく、佳奈たち9人はその場に立ち尽くし、動けなくなってしまっていた。
「あ……っ」
9人という人数も、曲者だった。
もしも。仮にここが本来あるべき女子トイレの中であれば、彼女達の心は全員、個室というプライバシーを重んじる空間の中で隔てられ、守られているはずだった。
その9人は今、ここに一堂に会し、バスの車体の作る物陰で、辛うじて周囲の視線から隠されているだけでしかない。中に居る間は大きく感じたバスもその裏に回ってみればあまりにも小さく頼りなく、集中する好奇の視線から逃れるには心細い。
離れがたいわずかなスペースに身を寄せ合って、少女達は小さく歯を噛み締める。
完全に、忘れかけていた。
ごくごく、当たり前のことだが――ここは『トイレではない』のだ。
不埒な視線を遮ってくれる個室の壁も、防犯と安心のため鍵の掛けられるドアも、清潔な後始末のためのトイレットペーパーも、正しくオシッコを受け止める先の便器すらも、ここにはない。音消しの機械どころか、流す水すらもない場所で。
(み、皆と、一緒に――オシッコしなきゃ、いけないんだ……)
ようやくその事実に直面し、佳奈の表情は強張ってゆく。これまでの猛烈な尿意に――次々と押し寄せる羞恥と怒張の展開に、そんな単純な事まで頭から抜け落ちてしまっていた。
ここは、女の子が使うべき、ちゃんとしたおトイレではない。
きちんとオシッコをするためのん場所ではない。
敢えて目をそむけていた、ひとつの事実がはっきりと目の前に立ち塞がる。
オシッコができる――その事ですっかり舞い上がって、佳奈たちは何も見えなくなっていたのだ。
バスの中で手を上げなかった子達のことが。そして、途中で上げかけた手を停めたクラスメイトの気持ちがようやく理解できたのだった。
社会見学バスの話・23 少女達の躊躇
