学校という特異で閉鎖的なコミュニティでは、いじめはいつも突然始まる。些細な理由とくだらない根拠で選んだ、自分とは“違う”相手を輪の中から彼女を弾くことで、残る多くの安心が得られるからだ。
その際、いじめの対象に非があるかなんて関係はない。無情で無慈悲な偶然で、スケープ・ゴートに選ばれた対象へ、想像もできないほどひどい仕打ちが為されることもある。
クラスに比べて教師や大人の干渉が薄く、上級生下級生の上下関係も強い部活動という環境では、発覚が遅くなることも手伝ってさらにその傾向は加速し、より陰湿なものとなることが多い。
バスケ部の1年生、碧山愛衣の場合もそうだった。
「ふあ……」
さして特別な始まり方をしたわけではないその日の朝。愛衣はマフラーの中に顔をうずめ、欠伸と共に腫れぼったい眼を擦りながら通学路を急ぐ。
一昨日に続いて昨夜も夜更かしをし過ぎて、すっかり寝坊してしまったのだ。時刻は結構ぎりぎりで、予鈴と同時に教室に駆け込めるかどうかというところ。部活の朝練をまるまるすっぽかしてしまったことになるが、今更何を言っても仕方がない。
(ってか、朝六時に集合とかってのがやってらんないのよね……)
そもそも愛衣は、あまり真面目に部活に取り組んでいないのだ。朝練のサボりの常習犯であるだけでなく、放課後も気分がのらない時は適当な理由をつけて先に帰ることが多かった。もともと真剣に全国大会を目指すようなレベルの部でもないし、内申に影響するとも思えない。真面目にレギュラー争いをするのも馬鹿らしいと考え、学生らしい青春を謳歌していたのである。
ふああ、と欠伸を噛み殺しながらやって来た昇降口には、数名の顔見知りのジャージ姿の部員たちがたむろしていた。
「おはよー」
珍しいなあと思いながらも、なんの気なしに手を上げて挨拶をする愛衣だが、彼女達はそれに答えもせず、愛衣を見るなりくすくすと笑い合いながらどこかへ立ち去ってしまう。
「…………?」
無視されたことに多少むっとしながらも、愛衣は靴を脱いで上履き入れに向かう。しかし上履き入れの中は空っぽで、『放課後、体育館裏まで』とだけ書かれた手紙が一枚、残されているだけだった。
「なにこれ。最悪……」
手紙を数度見返して、愛衣は呻く。
早々と予鈴が鳴り響く中、愛衣は憤りと共にくしゃりと手紙を握りつぶした。
(わけわかんない……何なの、もう)
体育館履きの足を椅子の上でぶらぶらとさせながら、愛衣は胸中でぼやく。授業も右から左へと聞き流し、上の空だ。
自分で言うのもどうかとは思うが、愛衣はどちらかといえば社交的な性格で、部活でもクラスでも皆に溶け込み、上手くやっている自信があった。だからまさか自分がいじめの被害に遭うなんて想像したこともなかったのだ。
大体が、いじめなんていうものは大概、根暗でおどおどしたような子が標的になるものだからという思い込みがあったのも確かである。
(誰よ、こんな事しようなんて言い出したやつ……小学生じゃないんだからさ)
昇降口での態度からして、部活メンバーの誰かである事は間違いないだろう。ざっと脳裏に彼女達の顔を思い描いてみるが、誰もありそうで誰とも思いにくい。こんな子供じみた事をするなんて、愛衣にはまったくの予想外だったのだ。
体育館履きで一日を過ごす羽目になり、教師には会うたびに説明を求められ、『ごめんなさい、忘れました』と答えて注意を受ける煩わしさ。教室のどこかからくすくすという忍び笑いが聞こえるような気もする。
卑怯なやりくちにやり場のない怒りを抱えながら、愛衣はまだ見ぬイジメの主犯へどう言いかえしてやろうかと、そんな事ばかりを考えていた。
そして待ちに待った放課後、愛衣は大急ぎで着替えるとすぐにひとけのない体育館裏へと向かった。メモに素直に従うことになるのは癪だったが、いったい誰が相手なのかを確かめたい、堂々と糾弾してやりたいという気持ちが強かったのだ。
その時――いつもなら部活前に習慣で寄っているトイレに入らなかったのは、頭に血が上っていたからだろう。後になってみれば、あまりにも軽率だった。
体育館裏で愛衣を待っていたのは、――バスケ部の先輩達と、同級生が3人。気付けば愛衣は、薄笑いを浮かべた彼女達に取り囲まれていた。
ステロタイプな展開に思わず出かけた溜め息を飲み込み、愛衣は先輩達を睨みかえす。
「あの、なにか用ですか?」
「用があるから呼んだんじゃない。頭悪いのねぇ」
先輩の一人が、いかにもな悪役口調で答える。
なんだか出来の悪いドラマを見ているみたいで内心爆笑しそうになったのを堪え、愛衣はじっと口をつぐんだ。
「生意気なのよ、あんた。真面目に練習でないくせに、1年の分際で部長に口出ししてさ」
「そうよ、あんたみたいに不真面目な奴に絡まれて、部長も迷惑だって言ってたんだからね!」
「そんなわけだからさ。先輩としてちゃんと指導してあげないとって思ったわけ」
まるでステレオのように左右で口々に叫ぶ同級生二人の抗議に続いて、先輩がにやにやと笑う。彼女達のあまりのレベルの低さに愛衣は頭を抱えたくなった。呆れながらじろりと同級生を見返す。
「あんた達だって1年じゃない。それに、私が誰と話したって勝手でしょ。ガキみたいに嫉妬して、恥ずかしくないの? ……まさか、先輩までそんな理由でこんな子供みたいなことしたってわけですか?」
「……そっか。そういう口きくんだ。愛衣ちゃん、反省してくれたらそれで済まそうと思ったんだけどな」
先輩の一人がそう言うと、いきなり左右の同級生が愛衣の肩を掴む。
咄嗟の事に跳ねのけられず、ちょっと、と声を上げかけた口が無理やり開かされた。愛衣の唇に、プラスチックの飲み口がぐいと押し付けられる。
「んぐ、んんぅううっ!?」
がぼりと、ペットボトルの中の液体が揺れた。
上向かされた口の中に、ペットボトルの飲み口が強引に突っ込まれたのだ。むせかけたところに、ひどく冷たい得体の知れない液体が流れ込んでくる。
本能的に危機を察し、咳き込み暴れる愛衣だが、同級生たちはあらかじめ予想していたかのようにしっかりと愛衣の身体を抑えつけていた。少女の抵抗空しく、液体はみるみるうちに愛衣の喉奥へと流し込まれてしまう。
多少は吐き出したものの、液体のほとんどは強制的に、愛衣の胃の中へと注ぎ込まれてしまった。
「げほっ、ごほ……っ、な、なに、するの、よっ……」
「えらいえらい。全部飲めたじゃない。……よっぽど喉乾いてたのかしら? その分だともっと飲めるわよね」
先輩が嫌な笑顔を見せる。答えるよりも早く、もう一本。ペットボトルが咳き込む愛衣の口へと押し込まれる。琥珀色の中身はお茶のようだったが、妙な苦みもあり、愛衣は懸命に歯を食いしばって抵抗する。
しかし所詮は多勢に無勢。二本目のペットボトルの中身も、その大半を飲まされてしまい、愛衣はがっくりとその場に倒れ込んだ。ジャージがこぼれたお茶で濡れるが、同級生たちは構わずにその身体を支え、お互いに顔を見合わせてにやにやと笑う。
「さ、もうすぐ部活の時間だし、行きましょ碧山さん。今日は部長も居ないから、そのぶんしっかり練習しなきゃね」
「ぃ、痛い、放して、っ。ちょっと、やめっ、離してっ」
極上の笑顔を覗かせながら、からん、と空になった500mLペットボトルを投げ捨てた先輩の指示で、愛衣はそのまま直接、練習場所の体育館へと連れて行かれることになった。
その後、すぐに部活の練習は始められた。愛衣を囲むように先程の同級生たちが並び、しっかりと監視を続けている。得体のしれない彼女達の行動に、愛衣は強く出られないまま練習に参加する。
他の部活メンバーに混じって、準備運動、基礎練習と、およそ1時間のメニューをこなした頃には、愛衣の様子はみるみるおかしくなり始めていた。
「ほら、しっかりしてよ愛衣。まだヘバるには早くない?」
「ねー? 先輩、愛衣ちゃんが真面目にやってませんよー」
「っ、……い、いいから、そんなことより……と、トイレ……っ」
練習が始まって1時間半。顧問の教師も、頼りになる部長も不在の中、愛衣は身を丸め、苦しげに息を荒げる。有無を言わせずに練習を強いられた愛衣の下腹部は、体操服の上からでも分かるほどにパンパンに膨らんでいる。少女の膀胱は硬く張りつめ、今にも破裂しそうなほどに恥ずかしい液体が、たぷんと揺れる。
さっき飲まされたお茶が原因なのは明白だった。まるで膀胱を絞り上げるように、びくびくと蠕動する熱い衝動が一気に下腹部を駆け下る。猛烈な尿意を催して前屈みになる愛衣の震える手脚を、先輩達の悪意に満ちた視線が無遠慮に這い回った。
懸命に訴える愛衣を、部活のメンバーは決して解放しようとしない。
「お、お願いしますっ、トイレに……行かせてくださいっ」
「だーめ。却下。さっきから全然ダメじゃない。碧山さん。真面目に練習しない子には特別メニューよ」
こんな嫌がらせをする相手に敬語を使うことを強いられる屈辱に、愛衣の顔は耳まで赤くなった。しかし先輩達は取り合おうともせず、強いパスを愛衣めがけて放つ。
「ほら、どうしたの!!」
「や、っあ、やだっ、やめっ」
震える腰、覚束ない脚、股間を押さえたまま離せない手で、バスケットボールが上手く捕れるわけもない。容赦ない勢いでばしん、とパスをぶつけられ、下腹部に響いた衝撃に、じゅわっ、と下着の奥に熱い湿り気が広がる。
「んぁあ……っ」
びくびくと身体を震わせる愛衣の下腹部を狙うように、さらにパスが浴びせられる。重いボールがバウンドし、擦り合わされる膝裏を直撃した。
「あぁぁ……嫌、っ、ぁあ……」
「ほら、愛衣ちゃん!! どうしたの!! ボール取ってきて! 先輩もダメだって言ってるじゃん。ねえ?」
「まだ全然途中なんだから。最後まで終わらせるまでトイレなんか行っちゃダメだよ」
「そ、そんなの……、無理っ、無理よぉ!!」
今にも崩れ落ちそうな膝を寄せ合い、下腹部を絞り上げるようにして押さえ込む。懸命におしっこを我慢しなければ今にもこの場で漏らしてしまうのだ。そんな愛衣の恥辱の姿に周囲からみっともない、と嘲笑が飛ぶ。
ここにはもう誰も味方はいない。じくんとおしっこの出口が熱くなり、込み上げてくる尿意に、愛衣は目の前が暗くなる。
放たれるボールをほとんど無視するように避けると、愛衣は体育館のドアへと背中を向けていた。出来る限りの全速力で、外を目指す。
「あれー? 愛衣ちゃん、ちょっと、どこ行くつもり?」
「と、トイレ……出ちゃう、おしっこ……っ」
だが、ふらつく足で、圧倒的多数の先輩達を振り切ることができるわけもない。体育館を出たすぐのところで、愛衣は捕まり、彼女たちに取り囲まれてしまう。
「碧山さんったら、そんなにオシッコ行きたいんだ? 我慢できないんだねぇ、いい歳してさ」
必死に許可を請う愛衣の、体操服に包まれた下腹部を、先輩がさわさわと撫で上げる。悪意ある優しさをこめ、ことさらに尿意を加速させるその動作に、愛衣は声をあげて身をよじった。
「や、やめっ、出ちゃ、ぅぅ、っやめて、くだ、ぁいっ」
「ん? 何言ってるのかよく聞こえないよ、碧山さん。なぁに?」
唇が震え、歯の根が合わず、呂律も回らない。限界を超えた尿意が身体のコントロールを奪い去る。閉じ合わせた足の奥にじゅじゅぅ、と熱い雫が滲みだす。目の前に迫る絶望に、愛衣は必死に抗おうとした。
「っっ、離し、てぇえっ!!」
押し寄せるオモラシの気配。女の子としてあってはならない事態の恐怖に、背筋に怖気が奔る。愛衣は全身の力を振り絞り、手足を抑えつけようとする少女たちの腕を強引に跳ね除ける。
「っ、痛っ!?」
悲鳴を背中に、愛衣は体育館を飛び出した。重いドアを開け放ち、渡り廊下を走る。誰かが突き飛ばされて倒れたかもしれないけれど、あんな強引な手段で愛衣を辱めようとしたのだ、いまさら遠慮なんかしていられない。
(と、トイレ、トイレ! トイレっ!! ……っ、オシッコ出ちゃううっ!!!)
一番近い体育館横のトイレへと一目散に駆け込み、一番手近な個室のドアを掴む愛衣だが、
「え、嘘、っ!? なにこれ!?」
閉めようとしたドアががこんと軋む。
愛衣は悲鳴をあげた。飛び込んだ個室のドアの鍵が、ご丁寧にもしっかりと壊されていたのだ。慌てて隣の個室を確認するが、状況はまったく同じ。さらに内股で倒れこんだ三つ目の個室、全開のままで固定されたドアの奥で、愛衣の身体を猛烈な震えが襲う。這い降りる熱が腰骨から恥骨を伝い、股間の先端へと集まってゆく。
「ぁ、あ、あっあぁ……」
下腹部を圧迫して膨らんだ水圧がそのまま、一気に出口へと殺到する。下着と体操着に包まれた足の付け根で、じゅじゅぅ、ぶしゅうっ、と激しい水音が響く。愛衣のジャージの股間を見る間に染め上げ、広がったお漏らしの大きな染みから、前屈みになった足の間を押さえていた手のひらに、勢いよくおしっこが注がれる。
たちまち手のひらを溢れた黄色い雫は、トイレの床のタイルにぱちゃぱちゃと飛び散り、隅の排水口へと流れて大きな川になっていった。
「ふふーん。愛衣ちゃん、どうしたのかなー?」
「愛衣ちゃん、おトイレは間にあったかしら?」
何もかもを察したような、同級生達の声。皆の前であろうことかオモラシの瞬間を見られ、羞恥にがくがくと身体を震わせながら、愛衣は必死におしっこの出口を締めつけようとする。
けれど、力の入らない括約筋では押し寄せる濁流の勢いを塞き止めることはできず、排泄孔をひしゃげさせ、ぶしゅ、じゅじゅぅ、と噴き出す熱い水流の勢いを乱すだけだった。愛衣はただ、酸素の足りない金魚のように、言葉にならないまま口を半開きにして動かすばかり。
トイレの床一面を占領するおしっこの大河の、水源となった愛衣の股間からは、なおも激しく湧き上がっては滝のように流れ落ちる恥辱の水流が、繰り返しタイルを叩いていた。
(初出:書き下ろし)
部活イジメの話・2
