※浅学ゆえ非常に恥ずかしいスペルミスをしておりましたので訂正します。
ご指摘ありがとうございました。
「じゃあ、ここで下りてね。……気をつけなさい」
「うん。ママ。……行ってきます」
道路の片側に停車した車の助手席から歩道に下り、優里は運転席の母に手を振った。スーツ姿の母も口元を緩めて手を振り返す。
窓が閉じるとすぐにウインカーを出して、白のセダンは走り去っていった。
んしょ、と背中の通学鞄を直し、優里は歩き出す。
「えっと……こっち、だよね」
急遽仕事の予定が入ったという母の車に乗せてもらって、いつもとは違う通学路での登校だ。なんだか少し妙な気分だった。
近くのバス停を確認しながら、交差点の横断歩道を目指す。
松の枝の張りだしたブロック塀のそばを通り過ぎたとき、優里は思わず足を止めてしまう。
「あ……」
通学鞄をぎゅっと握りしめ、熱くなった頬を自覚する。
(そっか、ここだったんだ……)
普段とは違う道順での登校で、気付かずにいたが、ここはちょうど、『あの場所』に出る道だったのだ。
カーブミラーの付いた交差点のすぐ脇には、草が伸び放題の空き地が広がっていた。数年前に廃屋が取り壊されて以来、駐車場になることもなく放置された空き地――そこはいつも優里が『お花畑』にしている場所だった。
(……や、やだ……)
つい一昨日も、あの空き地の茂みの中でオシッコを済ませたのを思い出し、優里の顔は赤くなる。
夕暮れの薄闇の中で、近くを自転車や車が通る中――通学鞄を背負ったまま、優里はあの茂みの奥にしゃがみこんで、たっぷりとオシッコをしたのだった。
それも、どうしても我慢ができなかったとか、そんな理由ではない。
「…………」
優里の学校にだってトイレはあるし、家までは通学路をゆっくり歩いても20分くらいだ。いくらなんでも4年生の優里がたったそれだけの間、我慢できないなんてことがない。ここから少し遠回りして駅に出れば、昨年改装したばかりの綺麗な公衆トイレもあるし、コンビニや公園でトイレを済ませることだってできた。
それなのに――
(ここで……オシッコ、しちゃったんだ……)
茂みの近くに踏み入って、優里は自分の『お花畑』を見下ろした。なんの変哲もないアスファルトの一角は、妙に湿っているようにも思える。まさか一日経っても乾いてない訳がないので気のせいに違いないのだが、心なしか、茂みの雑草も元気がないように見えた。
他に用事があった訳でも、家の鍵が開けられなかったわけでも、トイレが故障していたわけでもない。
それどころか優里は、わざわざ学校にいる間からトイレを我慢していた。休み時間にもトイレにはいかず、お昼休みから午後の授業、帰りの会までオシッコをしたいのをわざと我慢し、さらに遠回りをしてこの空き地までオシッコをしに来たのだ。
(……制服も着たままだったし……名札も……)
通行人が優里に気付いた様子はなかったが、もしかしたら誰かに見られてしまったかも知れない――そんな想像が優里の心をきゅうっと掴む。不安と同時に、ぞくぞくと背中が震えるような熱が高まるのを優里は感じていた。
ここが優里専用の『お花畑』になったのは、今から2年と少し前のことだった。
日曜日に遊びに出かけたまま、鍵を忘れて家に帰れなくなり、トイレを我慢できなくなってしまったのがそもそものきっかけ。その時の優里はまだ小さくて、他のトイレを使うことなんで思いつきもしなかった。
2時間余りに及ぶ我慢の果て、なんどもおチビりをしてぱんつを湿らせてしまい、とうとう限界を迎えてしまった優里は、死ぬほど恥ずかしいのを我慢してこの空き地に駆け込み、脚の付け根から勢いよくオシッコを迸らせた。しかし下着を下ろすのが間に合わず、さらに拭くものも持っていなかった優里は、ぱんつどころかスカートまでびしょびしょに汚してしまうことになったのである。
あとでママには怒られはしたが、その時の途方もない解放感と、噴射するオシッコが足元につくる大きな水たまり。それは鮮烈な体験となって優里の心に刻み込まれたのだった。
二度目はそれから一月後。やはり学校でトイレに入ることができず、家まで我慢の出来なくなった時だ。このままじゃオモラシをしてしまうと思った優里は、この空き地のことを思い出したのだ。
(ここで一度、しちゃったことあるんだし、もう一回くらい……)
経験がある分だけ、忌避感が薄れていたことも確かだろう。優里はもう一度空き地でオシッコを済ませることにした。今度はちゃんとティッシュを持っていたので、ちゃんと後始末もでき、ぱんつも汚さずに済んだ。
その夜、優里はなぜだか胸がドキドキして眠れなかった。
(おトイレじゃないところで、オシッコしたのに……)
イケナイことをした、という背徳感があったのは確かだ。でもその時、優里は本当に、もうオシッコが我慢できなかったんだろうか?
何度もおチビりをしてしまい、しゃがむ余裕も下着を下ろす時間もなくなくオモラシを始めてしまった1回目とは違っていたはずだ。空き地から家までは、急げば10分もかからないような距離しかない。そんな間も我慢できないくらい、我慢は切羽詰まっていたんだろうか?
考えるたび、優里の胸のドキドキは際限なく高まっていく。
優里はいつのまにか、自分の新たな性癖を目覚めさせていた事に気付いていなかった。自分でも知らないうちにこの空き地を、オシッコのための場所として認識していたのである。
それから、優里はなんどもこの空き地を使った。
もちろん最初の頃は、どうしても我慢できなくなった時の非常用の場所のつもりだった。トイレが混んでいたり入れなかったりした時に、気付かれないようにこっそりオシッコのできる、自分だけの秘密の場所。そのつもりだったのだ。
(でも……)
いつしか優里にとって、この空き地の価値は変わっていった。
『トイレが使えない時にオシッコのできる場所』から、『トイレよりも優先してオシッコをするための場所』へ。いつしかこの空き地は優里の排泄場所として、トイレとの優先順位を逆にしていたのである。
いまや優里は学校や家のトイレが空いていてもわざとを使わずにオシッコを我慢して、この空き地へとオシッコを済ませに来るようになってしまった。
(……わたし、女の子なのに……こんなところでばっかり……犬、みたい……)
そんな自己嫌悪が後ろ暗い快感となって、まだ幼い優里の心を昂ぶらせる。
もう、我慢できなくてどうしようもなかったのだとか、家のトイレが壊れていたのだとか、そんな言い訳はできない。身の回りに整備されたいくつものトイレを使わずに、優里はこの狭い空き地に、オシッコを済ませにくる。そのことがたまらなく恥ずかしい。
けれど同時に、優里はそのことにどうしようもなく胸を高鳴らせてしまう自分を知っていた。
(……んっ)
自分専用の『オシッコの場所』を目の前に、長いこと立っていたからだろうか。優里は羞恥と、どこかむず痒いような居心地の悪さに思わずもじもじと足を擦り合わせてしまう。普段は切り替えていたスイッチが、入ってはいけない場所でONになってしまったかのよう。
下腹部にこぽこぽと恥ずかしい液体が湧き上がる感覚が、優里の脚の付け根を震わせる。
(……と、トイレ……したくなっちゃった……)
真っ赤になった顔を俯かせ、優里は自分の身体に湧き起こる感覚を自覚し、そっと下腹部を撫でた。信じられないことに、ただの空き地のはずのそこを通り過ぎただけで、優里の身体は恥ずかしい尿意を催していたのだ。
音を立てるように膨らんだ暖かい液体が、下腹部を満たしてゆく。
いまや、優里にとってこの空き地は、『オシッコをしに来る場所』ですらなく、『来ると必ずオシッコがしたくなる場所』の地位にまで昇り詰めていたのである。
はしたなく尿意を訴える身体を、優里は持て余しながらくねくねと腰を揺する。
歩みが止まり、優里は空き地のほうをじっと見つめてしまう。
オシッコがしたい。あの茂みの中にしゃがみ込んで、下着を下ろして、スカートをめくり上げて? このまま? 制服姿で? 登校中なのに?
いくつもの躊躇いを振りきってなお強く、『お花畑』のイケナイ誘惑が、優里を誘う。
「ん……っ」
一度は離れようとした優里だが、靴の裏はまるで地面に張り付いたように動かない。
優里はぐっと奥歯を噛み締め――抱えた鞄をぎゅうっと強く握りしめて、空き地の中へと踏み入ってゆく。たくし上げられたスカートの下、そおっと下ろした下着の奥の、あらわになった幼いつくりの股間は、すでに強い水圧にひくひくと震えていた。
「ぁ……っ」
鞄に伏せた真っ赤な顔は、湯気を吹きそうに火照っていた。
しゃがみこんだ足元の、アスファルトの上にめがけて。たったいま、優里の身体の中で作られたばかりの新鮮なオシッコが、小さな水門を押し開けて勢いよく迸る。
噴き出す水流は威勢の良い音を響かせながら、優里の『お花畑』に広がっていった。
――”dans la prairie”
ピエール・オーギュスト・ルノワール、晩年の傑作。
その絵画の和名は『草原で花を摘む少女たち』という。
(初出:書き下ろし)