社会見学バスの話・56 清水蓉子その8

 サービスエリアに到着するや否やの早業だった。
 蓉子は乗降口に駆け寄ろうとしていた生徒達を罵声と共に突き飛ばし、いち早くバスを飛び下り、トイレめがけて走り出していた。
 クラス担任としての責務や、女教師としての体面など脱ぎ捨て、2年A組の『清水先生』ではなくひとりの女――清水蓉子として、最低最悪の事態を回避するために、焦がれ続けた待望のトイレ、オシッコをしても良い場所へと走るのだ。
(と、トイレっ、トイレトイレェえ!! おトイレ、おトイレっ、おトイレ!! ま、待っててね、今すぐ行くからッ、もうすぐだからッ、と、トイレ休憩、『ご休憩』なんだからぁ!! そ、そしたら、お、オシッコ、オシッコしていいの、オシッコできるの!! ぷしゃーって、ぷしゃーってオシッコできるのぉ!! それまで、それまで、あとちょっとだけ、ほんのちょっとだけ我慢なのよおお!! )
 蓉子は立派なオトナである。だからこそ、きちんと定められた場所、オシッコをするための場所でなければ、排泄を済ませるなんて決して許されない。オモラシなんてもってのほか、どこかの茂みでオシッコを済ませるなんてありえない。
 蓉子の下腹部には女のプライドが我慢に我慢を重ねたオシッコが、膨大な量となって溜めこまれ、ぐつぐつと猛烈な尿意を沸騰させている。抜群のデトックス効果を謳うショウガ紅茶と、それまでに飲料工場で摂取した水分が残らず変じた羞恥の熱水。長時間の我慢で煮詰められた特濃な女教師のオシッコである。膨らみ切った膀胱は破裂寸前の水風船のごとく膨らみせり出して、ヘソ下から股間の先端までをぱんぱんに張り詰めさせていた。
 容積1リットル半もの羞恥の水袋を抱え込み、蓉子の下腹部はまるでタイヤを触るほどに硬く強張っていた。それを少しでも和らげようと、女教師の手のひらは一時も休むことなく下腹部を押し揉み、撫でさする。もじもじと腰をくねらせて足踏みし、両手を股間に押し当てて前屈みになり、顔を紅くして歯を食いしばり、ぶるぶると震えてその場に硬直する。
 まさに蓉子は今、全身全霊、頭のてっぺんから爪先までが余すところなくオシッコを我慢するために存在しているといっても過言ではだった。
「はぁああああ……んんっ…ッ」
 押し寄せる尿意の間隙を縫うように悩ましげに喘ぎ、身をくねらせ、タイトスカートの股間をわしづかみにしたガニ股になってまで、鼻息も荒くサービスエリアを疾走する。
 これまで何度もチョロチョロと(実際はそんな可愛いものではなかったのは明白だが)とやってしまったように、蓉子のスカートのお尻部分にはしっかりと恥ずかしいオシッコの染みが広がり、下着はおろかタイツにまでぐっしょりと濡れぼそり、女教師の股間を包み込んでいる。ギュウっとスカートを押さえこめば、指にまでじわりとおチビりの痕跡があった。
(んっ、んんッ、で、でちゃう、あーんっ、駄目、ガマン、ガマンよぉおっ……も、もうすぐおトイレできるんだからッ、し、失敗できないんだから……ここまで、ちゃ、ちゃんとっ、ガマン出来たのが、全部無駄になっちゃうじゃないっ……そんなの、そんなの駄目よおおお!! 耐えるの、耐えるのよ、蓉子ッ……!!)
 しかし蓉子はこれを頑として自分の『お粗相』であるとは考えていない。ただの汗、あるいはほんの1、2滴、湿らせてしまった程度の、トイレの後の『拭き残し』とそう変わらないものだと強弁を続けていた。
(も、漏れッ、漏れてなんかないわっ、い、異議ありッ!! ……だって、わ、わたし、んぁあ…先生、なんだもの、オトナなんだものッ、子供じゃないんだから、バスの中なんかでッ、はぁああ……も、漏らしたりなんかしない、しないに決まってるじゃないっ……!! 女の子なんだもの、と、トイレ以外の、おトイレじゃない場所でなんかッ、ぜ、ぜったいに、オシッコしちゃいけないに、決まってるのよっ……!! ああんっ、あーーんっ!!)
 今なおじゅわ、じゅわと明白なオモラシの物証を突き付ける現実から、全力で目を反らし、あろうことか自分が置き去りにした担任クラスの生徒達を引き合いに出して貶める始末だ。実際、蓉子の下腹部でなお激しく沸き立つ尿意は、些かも衰えていない。女教師が己の膀胱に溜め込んだオシッコは、実に恥ずかしくも1リットル半を超えているのである。
 日頃からトイレ我慢を日常とし、さらに鍛えられた括約筋と排泄器官、そして過剰なまでの自尊心があってこそ成せる神技であった。
「んはぁぁああああくぅんあああぁ……ッッ!?」
 ずがん、と強烈な波がボディブローのように蓉子の下腹部を揺らす。まるで本当に一撃をくらったかのように、満水のダムが激しく揺さぶられる。押さえ込んだ水門は熱くひりつき、女の短い排水路に新鮮なオシッコが注水され、排泄孔の粘膜はぷくっと膨らんで先走りを噴き上げる。
(や、やだあ、出る、出るでるでるでりゅゥう……!? オシッコ、オシッコでるゥう……ッ!? と、トイレ、トイレェええええ!!! だめ、まだ開いちゃだめぇ、オシッコ、オシッコ出るトコ、オシッコの孔、開いちゃだめえええ!!)
 全身を戦慄かせて腰を揺さぶり、蓉子は女性にあるまじき形相で歯を食いしばった。耐える、耐える、耐える。オモラシは駄目。トイレまで我慢。ここはもう、出口のないバスの中ではなく。死ぬ思いをして辿り着いたサービスエリアなのだ。トイレのある場所なのだ。
 女教師として、オトナとして。取り返しのつかない事態になる前に、蓉子は一刻も早く、トイレに辿り着き、この悪魔の水を排水せねばならなかった。

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