体育倉庫の中で

“――こんなトコロでなんて、絶対にダメなのに……!”
 それが、少女たちの偽らざる本音だった。
 内側からは脱出不可能の密室と化した体育用具倉庫。空調も不十分で蒸し暑い中、持ち込まれていたお茶は全部飲んでしまった。そして、それから2時間。皆の我慢はもはや限界に達していた。
 前時代的なデザインである体操着から伸びたまぶしい太腿をもじもじと擦り合わせ、胸のゼッケンが読み取れなくなるほどに服の前をぎゅううっと引っ張って。体育座りで俯く唇からは、荒い吐息と艶めかしい喘ぎがこぼれる。
 オシッコ我慢の牢獄と化した体育倉庫の中で、少女たちはありったけのプライドを振り絞り、迫りくる尿意に懸命に耐え続けてきた。それでもなお、倉庫のたった一つのドアが開く気配はない。
 困惑と羞恥に揺れる皆の視線は、倉庫の中央に置かれた、防災用のバケツからじっと離れない。むろん、そんなものあり得ないとばかりに知らんぷりを決め込んでいる少女もいるが、それでもこの状況で意識せずにいるなんて不可能だ。
 ご丁寧に、バケツは倉庫の床に頑丈に固定され、倉庫の中央からまったく動かせない状態にされている。せめて。せめて周囲の視線を遮るものさえあればまた話も違うのだろうが、用具の大半を取り除かれてがらんとしたわずか8畳ばかりの体育用具倉庫ではそれも難しいことだった。
 ここまで都合よく用意された状況。それらがどんな意図で用意されたものか、少女たちにも察せないはずがない。と、なれば、その裏に隠された悪意や欲望についても、容易に想像することができた。
 その思い通りになるなんて、少女のプライドにかけて、避けねばならないことだったろう。
 けれど――
 バケツの中には、すでに泡立つ黄色い水面が揺れている。少女たちのうち、3人がすでにここでオシッコを済ませていた。迫りくる尿意に耐えかね、我慢の限界を訴えて。バケツをまたぎ、誰からも姿を隠せない状態で、羞恥の噴水を激しく金属容器の中へと注ぎ込ませたのだ。我慢に我慢を重ねた激しいオシッコは、すでにさして大きくはないバケツの4分の1ほどを埋めている。
 ――ここに、異性の視線があればまた話は違っていただろう。こんなところでオシッコなんて、死んでも嫌! と、最後まで乙女の意地を貫いてしまう子もいたかもしれない。
 しかし。お互いに顔も見知ったクラスメイト、しかも同じ少女どうしということもあって、この場に閉じ込められた皆が皆、お互いの切羽詰まった窮地を嫌でも理解できてしまった。
“もうだめ、おトイレ、我慢できない――”
 気心の知れたクラスメイトの前であるからこそ、本来ありえない選択肢を避けようとする最後の一線はもろくも崩れてしまう。「もう無理! 駄目なの、ごめんなさいっ!」と心は甘え、下半身の欲望に屈してしまうのだ。まったくもって、絶妙なまでに少女たちの心理を知り尽くしたセッティングと言えた。
 普段、清潔な女子トイレの個室の中で、慎み深く行われている、秘密の排泄行為。体育倉庫の隅に置かれたバケツで行われるには、あまりにも非常識、非日常。しかし一度その前例さえ作られてしまえば、その心理的抵抗はぐっと小さくなってしまう。
 じゃぼじゃぼと音を立てて注ぎ込まれる黄色い水流、限界我慢からの解放によってもたらされる至福の表情。他人のトイレ姿を間近に見せつけられることは、する側される側どちらにとっても猛烈なまでの、イケナイ誘惑を引き起こすものであった。ましてここにいる全員が張り詰めた下腹部を抱え、足元の付け根を握りしめ、膝立ちのかかとにぐりぐりと股間を押しつけるような状況である。気にするなという方が無茶である。
 まして。決意とともに倉庫の真ん中に向かうクラスメイトの状況を察し、顔を背けようにも、もともと手を伸ばせばすぐ届くような場所だ。
 じっと息をつめていれば今から『おトイレ』をしようとしている子の『オシッコの準備』の動作全てが、息遣いや身じろぎ、体操着を捲り下着を下ろす衣擦れの音まで聞こえてくる。
「んっ……」
 またもひとり。羞恥の極みに至った少女が、真っ赤な顔を俯かせて倉庫の中央に向かう。体操着の前をぐいぐいと引っ張って、せめて身体を隠そうとしているが、その分背中側が大きくまくれ、後ろからは紺色の布地に包まれた可愛らしいお尻がぷるぷると震えているのが丸見えだ。
 少女は意を決した表情で、下半身を覆う布地を引き下ろし、古びたバケツを跨いでしゃがみこむ。長時間の我慢で汗に湿った下着と体操着がくるんと丸まり、足に引っかかる。
 白い喉が蠢き、かすかなうめきと、堪えていた息をふっと抜くと同時、剥き出しの股間の中央、ひくっと震えた薄桃色の部位から、凄まじい勢いの水流が噴射されてバケツの中に叩きつけられる。
 ぶしゅうっ!! びじゅっ、ぶじゅぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ……!!
 まるで上下さかさまになったクジラの潮吹きだ。最初の時の空のバケツの底を叩くかん高い反響こそなくなったものの、黄色い噴水は水位を増したバケツの中の水面を直撃し、飛沫を跳ねさせ激しくぶつかって、白い泡を立てる。
 みな年頃の少女たちだ。限界まで我慢した女の子のオシッコが、男子達の想像するような慎ましやかでささやかな「ちょろちょろ」などという生易しいものではないことは、十分に知りつくしている。
 曲がりくねった水路を持つ男のそれと違い、女性の排泄器官は膀胱と直結したごく短い水路である。
 長時間の密室への閉じ込めと、我慢の果てに、下腹部からぷっくりとせり出すまでに膨らみきった乙女のダムはその内側に猛烈な水圧を溜めこみ、伸びきった膀胱はその反動で猛烈な勢いで収縮を試みようとする。
 凄まじい尿意は文字通り、少女の足の付け根の『水門』で支えられているといっても過言ではない。だからこそ、はちきれんばかりに膨らんで、乙女のダムが水門を開いた瞬間の放水はすさまじいものとなった。
 金属製バケツの反響効果も伴って、噴水は体育倉庫の中いっぱいに、ぶじゅ!!びじゅっ!! じょぼぼぼぼぼ!!と恥ずかしい音を響かせ続ける。
 それに驚き、慌ててせめて、音だけはできるだけ静かにさせよう――などという配慮ですら、裏目であった。排水孔に力をこめて、健気に勢いを調節しようとしても、むしろ出口を細めた結果膨らむ水圧によって勢い良くオシッコをバケツの外へと飛ばしてしまう結果になった。
「あっあああっ」
 バケツに跨ったまま、少女の困惑の声が上がる。
 ふらつく足もと、限界までの我慢から解き放たれた排泄の解放感で言うことを聞かない下半身。
 勢いよく跳ねあがった水流はバケツの縁を超え、激しく前方、1mばかりを飛んで体育倉庫の床を直撃する。実に豪快な「はみション」だ。
 とても乙女のものとは言えない、みっともない『お粗相』に、少女はますますパニックになるばかり。
 床を直撃するオシッコの勢い――そのあまりの様子に、他の生徒たちが尿意を堪える腰の動きもさらに激しいものとなる。目の前でクラスメイトが繰り広げる、
(んんッ……はぁ……ッ)
 尿意からの解放を、色・音・匂いまで含んだ五感で訴えかける特等席最前列で見せつけられているのだ。鉄壁の我慢もたちまち緩み、下着に恥ずかしい黄色い染みを広げてしまう。体操着を握りしめる指はさらにきつく力を込め、紺色の布地の上から股間を押さえる手はなお激しさを増す。
 まだ、バケツの上にまたがっている少女がいるというのに――早くも「次」「その次」とばかりに腰を上げる少女たち。体育倉庫の中で繰り広げられる羞恥の宴は、なお終わらない。
 (了)
 (シズクのおとツイートより加筆再録)

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