泉会のおねえちゃん先生

2017年11月のしーむす!で頒布した同人誌を公開します。
現在DL版の販売もしておりますが、それと同じ内容です。
pdf版が欲しい方、気に入ったのでせっかくだから買ってやるぜ! という方、DL版のほうもよろしくお願いします。


 ▼ 1
「ねえっ先生っ、つぎ先生のばんだよっ」
「ほらぁ、せんせぇ、はやくはやくーっ!」
 貸切バスの中に元気な声がこだまする。泉会の子供たちは今日も朝から元気いっぱいだった。
 泉会は、地域の学校に通う生徒達が参加する仲良し交流会である。普段は放課後の知育や週に一度のお遊戯会などを中心に活動し、クラスや学年の垣根を超えた交流を育むのが目的だ。春や秋には土日に遠足で遠隔地まで足を伸ばすこともある。
 会の運営は町内会の有志によって行われており、学校に通う子供を持つ母親達がおもに『先生』役を務め、協力してさまざまな行事を行っている。薄い空色に緑の縁取りをしたエプロンはこの泉会の『先生』たちのトレードマークとして有名だった。
 天高く晴れ渡る青空の下、穏やかな日差しが包む秋の土曜日。格好の遠足日和とあって、バスの中の子供たちのテンションは早くも最高潮。出発間もない車内のそこかしこで賑やかに騒ぐ子供たちに、先生たちはみな大忙しだ。
「じゃあね、じゃあねっ、つぎあたしね、あたし!」
「ずるいぞ、おれのほうが早かったろー!」
 ゆっくりと海沿いの道路を走るバスの中、わがまま盛りの子供たちが口々に声をあげる。わんぱくな男子におしゃまな女子、揃って元気いっぱいに勉強し、遊ぶのが泉会のモットーである。
 そんな、賑やかなバスの中。
「ねえおねえちゃんっ、はやくっ、ねえってばーっ」
「あーっ、あれ、おねえちゃん先生っ、あれみてっ」
「おねえちゃん、まだー? ぼくずっと待ってるんだよぅっ」
 忙しなく行き来する大人の『先生』たちの中に混じって一人、同じ空色のエプロンを付けた少女の姿があった。
「ねえーおねえちゃんっ、おねえちゃんってばー!!」
「う、うん、ちょっと待ってね?」
 ぐいぐいと服の袖を引っ張ってお遊戯への参加を促す子供たちに囲まれて、泉会の『おねえちゃん』こと前原詩織の額には薄く汗が浮いていた。
 他の『先生』が皆、子供たちの母親かそれ以上の年齢と見受けられる中にあって、詩織の年齢は明らかに浮いてみえた。活動的なシャツと短いスカートの上、サイズを持て余した空色のエプロンはまだ真新しく、子供たちの相手もどこかぎこちない。
「ちょっと、おれが先だぞ!」
「あたしのほうが先だってばー!!」
「えーっと、うん、それじゃあ、一緒にやろうか。ね? いいよね?」
「「うんっ」」
 詩織の将来の夢は、保育士さんになることだ。それこそ泉会の子たちよりも小さな頃から、ずっとそれが夢だった。そのための経験として、詩織は学校の休みにこの泉会で先生のお手伝いをさせてもらっているのだった。
 もちろんまだ学生の詩織に正式な資格などがあるわけではないので、あくまで会の手伝いという形である。
 右も左も解らず最初は戸惑うことばかりだった『先生』としての生活も、二ヶ月という時間を経て、次第にではあるが馴染むことができていた。
 年齢が近いということもあって積極的に詩織を遊びに誘う子供達のグループもおり、最近ではすっかり『おねえちゃん先生』として打ち解けている。
「ねー、おねーちゃん先生ぇ、はやくはやくっ」
「はやくってばぁ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよぅっ……」
 秋も盛りの今日は、年に二回の遠足の日だ。目的地は県の西にある森林公園のアスレチックコースである。待ちに待った遠足とあって、子供たちのはしゃぎようもひとしお。いつも以上にお行儀の悪い子供たちを相手に、バスに同乗している泉会会長の新藤先生、付き添いの弓野先生、赤坂先生も揃っててんてこ舞いだった。
 もちろん詩織だって例外ではない。朝から気の休まる暇もなくみんなの世話に追われている。
 人気の『おねえちゃん先生』である詩織は子供達に引っ張られてバス後部座席の真ん中に座らされてしまい、お遊戯にしりとりにお歌にと大人気だった。車酔いなんてどこ吹く風と、目まぐるしく入れ替わっては「じゃあ次これね!」「違うよ次はこの遊びね!!」とせっついてくる子供たちに、バスの出発前からずっと振り回され続けである。
 小さい体に元気いっぱいの子供たちに取り囲まれ、詩織が目を回しそうになっていた時。新藤先生の拍手がバスの中に響く。
「はぁい、みんな注目ー。聞こえるかなー? これ、何かなー?」
 あわせて流れ始めのは聞き覚えのあるイントロ。流行のテレビ番組の主題歌だ。皆が好きな曲を絶妙にチョイスした選曲に、子供たちの注目が一斉にそちらを向く。
「はい、これ歌える人ー! うん、みんな元気ね。じゃあ一緒に歌いましょう。できるかな?」
「「「「はーいっ」」」」
 新藤先生は元本職のベテランである。流石の貫禄で車内の子供達の興味を集め、場の空気をしっかりと掴んでいた。
「はい、じゃあ、さん……はい!」
「「「~~♪ ~~~♪」」」
 たちまち始まるバスの中の大合唱。子供達が思い思いに主題歌を合唱し始める。
 詰め寄られていた子供達から解放されてほっと胸をなでおろす詩織に、新藤先生はやれやれと肩を竦めた。
 さりげなく詩織の負担を軽くしようという取り計らいだ。新藤先生に小さく何度もお辞儀をして感謝を伝え、詩織はちらりと窓の外に視線を向ける。
「…………」
 大合唱の子供達、40人を連れて、バスは一路、海沿いの国道をひた走る。ほどなく県央を抜ける有料道路に入って、後は目的地へ一直線だ。
 泉会の子供たちも、先生たちも。揃って歌声を重ねるほほえましい光景の中、詩織だけがどこか硬い表情のまま、何度もバスの外の様子を気にしている。車内の大合唱の中にもほとんど声は聞こえず、形の上で口の動きを合わせている程度だ。
 もぞもぞと落ち着きなく座席の上に座る位置をずらし、手のひらはそっと空色のエプロンの上からおなかの上に添えられて。
 宙に視線をさまよわせ、少女は下腹部を撫でさすり続けている。
「っ……」
 がこん、がこんとバスが道路の継ぎ目に小さく車体を跳ねさせるたび、詩織は小さく唇を噛み、緊張に身体を硬くした。
 エプロンの下ではハーフパンツの足がきゅうっと寄せ合わされ、太腿が不自然に上下を繰り返す。
 硬く強張る表情は、余裕なく切羽詰まった少女の窮地を示しているかのようだ。
「……せんせー?」
「…………」
「ねー、せんせぇー?」
 どちらかと言えば引っ込み思案の詩織だが、子供たちと遊ぶのは大好きだ。それなのに今日はどこか上の空。二番に入った合唱も途中でやめてしまって、口をぎゅっと閉じている。
 普段とはちょっと違う『おねえちゃん先生』の様子に気付いた近くの子供たちが、次々に首を傾げた。
「ねえ、おねえちゃんせんせー、どーしたの?」
「……えっ?」
「きもちわるいの? 先生呼ぶ?」
「うっ、ううんっ、なっ、なんでもないよっ!」
 いけないことを指摘されたかのように慌てて首を振り、詩織は笑顔を浮かべてみせた。けれど、その取り繕い方は子供達からしても不自然さの残るもので。
 疑問のはてなマークを浮かべたままの子供たちを促すように、詩織は空元気をつくって声をあげる。
「……な、なんでもないから。ね? ほら、お歌、一緒に歌おう? さん、はいっ」
 子供たちは素直だ。しかし、決してそれは理解や認知が大人に劣っているという訳ではない。むしろ彼らは柔軟な発想と洞察力で、普段から慣れ親しんだ『おねえちゃん先生』の態度の違和感をはっきりと感じ取っていた。
 まだ納得いかないと言った表情のまま、合唱に戻る子供達。
(どうしよう……っ、気づかれちゃった、かもっ……)
 必死になって表情を作ろう詩織の背中には、じっとりと気持ちの悪い汗が伝う。
 真新しい空色エプロンの下で、きゅっと閉じ合わされた膝の間にスカートを挟み込み、少女の脚は忙しなく動き続けていた。気付かれないようにと精一杯のさりげなさを装いながら、少女は座席の上で左右に体重を動かし、リズムを取るように腰を揺する。
 下腹部に当てられた手のひらにぐっと力が籠もり、そわそわ小刻みにと動く剥き出しの太腿が時折、きつく閉じ合わされてはエプロンを挟み込む。
「……んー? ……ねえ、おねえちゃん先生、へいき?」
「ぜ、全然だいじょうぶっ、なんともないから。……ほ、本当になんでもないから。さ、次のお歌だよ?」
 詩織のすぐ隣。じっとその顔を見上げて聞いてくるユミに笑って答え、そっとその背中を叩いて促す詩織。
 取り繕った笑顔の下で、詩織の心はまったく別のことに囚われ続けていた。
 子供達に合わせて選んだ、活動的な短めのスカートと、『先生』の証たるエプロンの下。道路を跳ねるバスの振動に合わせ、下腹部をしきりに刺激し、股間の恥骨へと走り抜けるむず痒くも甘い誘惑。
「…………っ」
 ぎゅうううっと、とエプロンの上で少女の手が握り締められる。
 切ない訴えを形にするように。焦がれる欲求を手繰ろうとするかのように。
(トイレ……っ)
 トイレ。お手洗い。
 ご不浄、お便所。
 それが、いまの詩織の心を捕らえて離さない、本心からの切なる願いだった。
「っ、はぁ……っ」
 熱の籠もった吐息が、少女の唇を震わせる。
 窓ガラスを白く染める切なげな少女のため息。堪えた欲求が、下腹部のなかで刻一刻と膨らみ続けていた。
(……おトイレ、行きたい……おしっこ、おしっこ、したいよぉ……っ)
 白い跡を残した窓の外、流れる光景がぐるりと変わる。海沿いの大通りを折れ、貸切バスが有料道路へと入ったのだ。ETCを潜り抜け、時速80キロの高速移動を始めた密室の中。
 泉会の『おねえちゃん先生』は、いよいよ切羽詰まった尿意に必死の抵抗を続けていた。
   ◆ ◆ ◆
 まったくもって、とにかくタイミングが悪かったとしか言いようがない。今日が遠足であることはずっと以前から決まっていた予定であり、詩織はそれに備えて万全の準備を整えていた。なにしろ、普段のお遊戯会や行事には慣れたとはいえ、『おねえちゃん先生』となった詩織には初めての遠出である。
 だから詩織はカレンダーのその日にしっかりと赤丸を付け、事前に宿題や習い事の課題もきちんと済ませて準備を終えた。服も用意したし、必要な荷物だって何日も前から用意をしてきた。
 たった一つ間違えたことと言えば、昨日の夜、お風呂に入る前にトイレに行かなかったことくらいだ。
 初めての遠足の付き添いを前に、すっかり緊張していた事が理由だったのだろう。行程の確認や天気予報のチェック、荷物の整理などを気にかけているうち、時計の針がずいぶん遅い時間を指していることに気付き、詩織は慌ててベッドに潜りこんだ。
 バスの出発は8時半。準備や打ち合わせのために先生達は7時半には地区の自治会館に集合ということになっていた。その前に朝食や身支度を済ませ、待ち合わせ場所に出発しなければならない。学校に行くよりも早起きしなければならない以上、早く寝ておかなければならないのは当然だった。
 緊張のこともあって眠れるかと少し不安だった詩織だが、5分もせずに深い眠りに落ち――気づけばアラームがけたたましく鳴り響く朝であった。
「……?」
 見れば、時計は目覚ましをセットした時間よりも20分も過ぎていた。寝ぼけながら、何度か目覚ましのスヌーズボタンを押してしまったらしい。
「大変っ……!!」
 慌ててベッドから飛び起き、朝ご飯の代わりに牛乳たっぷりのカフェオレと野菜ジュースを一気飲み。髪をとかして着替えと身支度を済ませ、さあ出発と鞄に手を掛けたところで。
「……んぅっ……」
 下半身から沸き起こったむず痒い感覚が、少女の背筋を伝って這い上った。
 ぞわぞわと背中を伝う感覚は、日常の中にありふれた小さな危機感。
 ――つまり、尿意。
 トイレに行きたい。
 おしっこしたい。
 じんっと脚の付け根に広がる切ない欲求が、少女の足元をふらつかせる。
 下腹部に膨らむ尿意は見る間に存在感を増し、熱い疼きの脈動となって詩織に排泄の要求を訴えかけた。
(……やだ……っ)
 突然に強まる尿意を前に、いつの間にと困惑する詩織であるが、良く考えてみれば当たり前の話で、詩織は昨日の夕食を摂ってから、一度もトイレに入っていないのだった。
 思い出してみれば昨晩、ベッドに入る時、一瞬だけそのことが脳裏をよぎったのを覚えている。
 とはいえ、別段その時はとくに行きたかったわけでもないし、もうとっくにおねしょなんて卒業している。行きたくなったら目が覚めるだろうと思って、そのまま眠りについたのだった。
 押し寄せる忙しさと緊張にすっかり放水許可を後回しにされた乙女のダム。しかし健康な少女の身体機能は夜の間にも休むことなく、全身を巡る血液から水分と老廃物を抽出しては、せっせとダムの内部へと注ぎ込み続けていた。閉ざされた水門の奥で、いつしかその水位は危険水位を突破しつつあったのだ。
 一般的に、睡眠中は自律神経の働きと、身体が弛緩していることから尿意を感じにくい。また、横臥状態では重力も体に対して横向きに働き、膀胱も普段よりも大きく拡張される傾向にある。朝起きて一番のおしっこが、勢い量ともにすごいのはこれが理由だ。
 寝起きの直後もこの状態はしばらく持続するが、ほどなく目を覚ました身体は正常な働きを取り戻し、正しく尿意を発することになる。
 前触れもなく詩織を襲ったかに見えた尿意は、まさにこの『危険信号』がようやく届いた瞬間だったのだ。
「っ…………」
 しかし、詩織本人にしてみればそれはあまりにも突然の事。身構える余裕もなく押し寄せたトイレの欲求は、思わずその場に足を止め、もじもじと膝を擦り合わせてしまうほどだった。
 慌てて鞄を放り出し、すぐにトイレへと向かおうとしたに詩織だったが――しかし、この時不幸にもすでに家のトイレは塞がっていた。
 詩織の父は、トイレで新聞を熟読するのが日課だった。何度家族が止めてと言っても聞かないこの父の悪癖によって、前原家の朝のトイレはほぼ封鎖状態となるのである。
 普段は父の通勤時間と詩織の通学時間の差によって、これがかち合うことはなかったのだが――休日ということもあり、早起きした詩織のバイオリズムとこれが見事にぶつかってしまったのだ。
「ねえ、お父さんっ、まだ?」
 固く閉ざされたドアを前に何度ノックを繰り返しても、帰ってくるのは「うん……」「ああ……」といった生返事のみ。占領されたトイレが開放される気配は一向に見られない。
「もうっ……! お父さんってば!」
 焦る気持ちの中、見上げた時計の針は無情に進んでいる。元々あまり余裕もなかったが、そろそろ出かけないと走っても間に合わなくなる時間だ。
「お父さんってば! はやくしてよ!」
「……ああ、そうだな」
「ちょっと、お父さんっ!」
 繰り返される生返事。踵を小刻みに踏みながら、再度強めに試みたノックにも、内部からの応答はない。
「……いいよもうっ!」
 ついに諦めた詩織は、踵を返して部屋へと戻る。
 詩織とて思春期の少女である。たとえ家族相手であっても、あまり大声で何度もトイレを訴えるのは気恥ずかしかったのだ。
 出発の時間が迫ってきたこともあり、少女はここでの排泄を諦め、家を出ることを決断したのだった。
(いいや、少しくらいなら、まだ大丈夫……)
 “おしっこしたいけど、我慢しよう。”
 そう。
 この時の詩織はまだ、迫る尿意を深刻に考えてなどいなかった。ごく単純に、出発前に自治会館のトイレを使わせてもらおうなどと、暢気なことを考えていた。
 だが。
 結論から言えば、この決断はあまりにも軽率であった。
 目の前のトイレを後回しにし、詩織が家を出た時点で、あらゆることがもう既に手遅れだったのである。
 ▼ 2
『いいですか、前原さん。大事なお話です。
 ……明日から前原さんには『先生』の一人として、私達のお手伝いをしてもらうことになります。
 けれど、そのためにひとつだけ、大事に心に留めておいて欲しいことがあります。
 今あなたに渡したこのエプロンがありますね。ええ。それです。このエプロンは、この泉会の『先生』であることが解るように身につけているものです。
 私達は『先生』として、たくさんの子供たちを預かるとても大事な役目をしています。このエプロンはその責任を持つことの証です。
 いいですか? あなたは正式な先生ではありませんが、子供たちから見ればあなたも立派なおとなです。ほかの先生たちと同じように、このエプロンをしているあなたは『先生』なんです。だから、これを身につけている間、あなたは決して、周りの人に甘えたり文句を言ったりしてはいけません。
 きっと、大変なことも、辛いこともたくさんあるでしょう。でも、泣き言は言わずに、ちゃんと我慢しなければなりません。くれぐれも、自分の勝手でわがままを言って、他の先生や子供たちを困らせたりすることのないようにしなければいけませんよ。わかりましたか?
 ……ええ、そうです。それにね、なにも子供達に限ったことではありません。会の人に限らず、世の中の人達から見れば、このエプロンを付けたあなたは立派に、泉会の『先生』と同じように見えるかもしれません。
 そんな時に責任を持たず、好き勝手なことをしていればどうなるか、……わかりますよね?
 だから、このエプロンを身につけていて恥ずかしくないような、みんなのお手本となるような、良い『おねえちゃん』でいるようにしなければいけませんよ。
 これだけは、決して忘れないようにしなさいね』
   ◆ ◆ ◆
「っ……」
 揺れるバスの中、詩織はぎゅっとくちびるを噛みながら、『先生』としての生活の初日に新藤先生から言われたことを思いだしていた。
 貸切バスはごく普通の移動用のもの。もちろんトイレなど付いておらず、車内に詩織がオシッコを済ませられる場所などどこにもない。
 そうなれば詩織が取れる方法はただひとつ。押し寄せる尿意にじっと身を固め、ただ我慢するのみである。
 少女の身を包む、緑の縁取りをされた空色のエプロンは、詩織が子供達のお手本とならなければいけない『先生』であることを示す証だ。
 他の『先生』だって大忙しなのに、詩織が自分一人の都合でワガママを言う事は許されない。
 だから、詩織は辛い気持ちを飲み込み、唇をきつく閉じて、強まる尿意をぐっと押し殺すしかなかった。
(がまん、がまんっ……)
 大丈夫。我慢できる。トイレなんか行かなくても平気。
 自分に言い聞かせるように小さく繰り返される言葉。しかし、気にしないようにと思えば思うほど、おなかの中のオシッコはどんどんとその存在感を増してゆく一方だった。
 走るバスの振動に合わせて腰骨に響くツンとした刺激は、トイレを求めるイケナイ誘惑。
 じんっと股間を走り抜ける甘い痺れに、詩織は慌ててぎゅっと脚を閉じ合わせた。
 薄青のエプロンの下、スカートの布地を巻き込んでぴったりと寄り添った膝が細かく震え、ひっきりなしに緊張と弛緩を繰り返す。
 汗の滲んだ下着が肌に張り付いて、不快感と嫌な連想を呼び起こす。詩織は不安定にざわめく下腹部をそっと撫でさすった。
「ん……っ」
 じいいんっ、腰骨を伝い響く水の誘惑。少女の唇が薄く開き、かすかな吐息が漏れる。
 エプロンの上からでも、下腹部はきつく張りつめ、軽く押さえるだけでもぞわりと少女の背中を震わせた。詩織がおなかの中に抱え込んだヒミツの『水風船』には、すでに相当な量のおしっこが溜まっている。
 おなかの中に膨らむ水風船が、走るバスの振動に合わせて、たぷん、たぷんっと揺れる。それを手のひらで擦ってなだめながら、詩織はバスの窓へと視線を向けた。
 合唱に夢中の子供達には気付かれないように、窓の外を通り過ぎてゆく標識を探す。
(だいじょうぶ……もうすぐ、あとちょっとで、休憩時間だから……っ)
 予習の甲斐あって、遠足の予定はすっかり頭の中に叩き込まれていた。
 今回の遠足の目的地、森林公園まではけっこうな距離がある。この先のサービスエリアでバスは一度停車し、休憩を挟む予定なのだ。
 残りの距離は正確には解らなかったが、そこまでガマンを続ければ、トイレに行くことができる。
(え、ええとっ、あと5キロくらい……かな? ……それじゃあ、あと……んぅっ!?)
 がたん。軽く跳ねたバスの車体に、詩織の下腹部にじんっと強い衝撃が走った。少女は咄嗟に身を丸め、ぎゅっと膝を強く寄せ合う。
 座席シートの上、おしりから伝う振動に、固く閉じ合わされた水門が震える。
「っ……はぁ……っ」
 口元に手を押し当て、熱い吐息を押さえ込みながら、詩織は涙の滲む視線を上にあげた。
 くじけそうになる心を奮い立たせ、バスの前方にあるデジタル時計を見上げる。表示は午前9時26分。
(え、えっと……あ、あと……あとちょっとだから……! あと少し、ほんのちょっと、ご、5分……だけ、5分だけ、我慢……っ!!)
 実際に何分かかるのか、詩織にはわからない。だからその『5分』も本当の事かどうか定かではない。
 だが、今の詩織にとっては、長い時間おしっこを我慢しろなんて、とてもではないが無茶な注文に思えた。
 だから口の中で小さく『あと5分、5分だけ』、と繰り返しながら折れそうになる心を励まし、乙女のダムの入り口を塞き止める。
(が、我慢、しなきゃ……あとちょっとだけ、がまんして、そうすれば、トイレ……行けるんだから……っ!)
 もうすぐトイレにつく。もうすぐおしっこできる。それだけを希望にして、詩織は今にも緩み出しそうな股間の代わりにバスの座席の手すりを握り締める。
 ――その時だった。
「ねえ、本当にダメ? おトイレ我慢できないの?」
「――――っ!?」
 唐突に声をかけられ、詩織は飛び上がらんばかりに驚いた。
(うそ、き、気付かれちゃった……!?)
 なんとしても隠しておかねばならないはずの尿意を言い当てられたことに真っ赤になって振り向く詩織。
 しかし、その言葉は詩織にではなく、詩織の一つ前の席に座る、泉会の生徒の一人に向けられたものだった。
「ねえエリちゃん、もうすぐ休憩のサービスエリアに着くんだけど、ダメ?」
「……っ、……うん……だめ、でちゃうっ」
 身体をかがめて訊ねる弓野先生に、座席の上、小さな体を固く強張らせてエリは小さく頷く。いとけない表情はすっかり青ざめ、切羽詰まって震えており、もはやまったく余裕がないことは明らかだった。
 弓野先生は困惑も露わに、参ったなあと頬を掻く。
「エリちゃん。出発の前に先生言ったよね? それなのにおトイレ、行っておかなかったの?」
「……うん」
「もー。先生のいう事聞かなきゃだめよ、エリちゃん」
「ごめんなさい……っ」
 顔を真っ赤にして俯くエリに、はあと大きくため息をつく弓野先生。
(……エリちゃん……も……?)
 お手洗い。トイレ。おしっこ。
 詩織のすぐ側で、エリもまた、迫り来る尿意と一人孤独に戦っていたのだ。
 エリは、会の中でも目立つくらいとても活発な少女だった。いつも男の子たちに交じって元気良く外で遊んでいる。遠足ともなればそのはしゃぎようはひとしおであるはずなのだが、思い返してみれば確かに、今日はずいぶんと静かだった。
 不思議には思っていたものの、詩織は自分の尿意に手一杯で、彼女もまたオシッコを我慢し続けていたことに、まったく気づいていなかったのだ。
(わ……エリちゃん……すっごく辛そう……)
 こくり、小さく詩織の喉が震える。
 思わぬ『同志』の出現に、詩織の心にはエリへの共感すら芽生えはじめていた。
 もう、よほど余裕がないのだろう。普段は落ち着きのない足はぎゅっと閉じ合わされ、小さな手のひらはぎゅっと脚の間を押さえている。
 いとけない顔を赤くしながら俯かせて、わずかに身じろぎしながらもじもじとおしりの位置を動かしている様子は、改めてエリが女の子であることを強く詩織に意識させた。
「せ、せんせぇ……っ」
「あー……仕方ないわね……ねえ、前原さん」
「え、あ、は、はいっ」
 弓野先生に突然話を振られて、詩織ははっと我に返る。
「えっとね、悪いんだけど、新藤先生に話をしてもらって、運転手さんに一度バスを止めてもらえるように頼んできてくれる? これ、ちょっともうエリちゃん無理そうだしさ」
「む、無理そう、って……その、」
「わかるでしょ? もう仕方ないもの。そこでさせちゃうから」
 視線で窓の外、道路の隅を示す弓野先生。
 もう、仕方がないから。
 そこで。
 オシッコ、させちゃうから。
(そ、それって……っ)
 弓野先生の言わんとしていることを察し、詩織はぎゅっと唇を噛んだ。同時にきゅぅん、と詩織の下腹部でも甘い疼きが走る。
「え、えっと……」
「ほら、早くしてあげて。エリちゃん我慢できなくなっちゃうわ」
「は、はいっ」
 急かされるままに席を立ち、詩織は重たいおなかを抱えながら、バスの通路を運転席後ろの新藤先生の所まで歩いてゆく。高速道路の震動が靴の裏からダイレクトに震動を伝え、恥骨に危険な感覚が伝播してゆくが、今はそれどころではない。
「あ、あの、新藤先生」
「なにかしら?」
「それが……」
「……えぇ!? 本当?」
 話を聞くなり新藤先生は額に皺を寄せて小さく呻いた。
「もうすぐサービスエリアなのに、我慢できないの?」
「えっと、その……む、無理みたいです」
「困ったわねぇ……随分予定より遅れてるのよ? 他の子だって行きたがるかもしれないし、あんまりワガママ放題にさせてもねぇ……」
「…………っ」
 あたかも自分の尿意を見透かされているようなやりとりに、詩織は頬が赤くなるのを抑えられない。当然ながら、この会話はすぐ近くの運転手さんにも聞こえているのだ。まるで自分が、オシッコが我慢できなくてバスを止めて欲しいと頼んでいるみたいな気分になる。
 詩織はもう大人で、『おねえちゃん』なのに。みんなのお手本にならなければいけないのに。
 きゅうんと下腹部で訴える尿意を押さえ込み、詩織は口早に言葉を継いだ。
「で、でもエリちゃん、もうダメそうなんです……弓野先生もエリちゃんの所にいて、早くしたほうが、って」
 少女のプライドが意地を張って、もう我慢ができないのは自分ではないのだと、無意識のうちにエリの名前を強調してしまう。
 ぎゅぎゅっと交互にその場に足を踏み換え、地面を踏みながら腰を捻り、詩織は込み上げてくる下腹部の疼きを押し隠した。
「…………」
「……どうします?」
「そうね、仕方ないわ。止めてあげて?」
 しばらくの沈黙の後、新藤先生は大きく息を吐いた。訊ねる運転手さんにそう答え、先生も席を立って後部座席の方に歩いていく。
 同時、バスが路肩に寄ってゆっくりと減速する。すぐに止まるのではなく、高速道路の左端、ちょうど崖を覆う石垣の側に近付いたのは、せめて他の車から見えなくなるようにという運転手さんなりの気遣いだろう。
 詩織はぎゅっと手摺りを握り締め、慣性の法則による衝撃に耐えた。
(ぁ……ぅっ)
 ブレーキの反動で、おなかの中に閉じこめてある恥ずかしい液体がたぷんっと揺れ、股間の疼きはおしりのほうにまで伝播してゆく。
 通路に立って膝がくっついたおぼつかない脚では、バランスを崩さないように立っているだけでも辛いことだった。
「ほら、あとちょっとよ。頑張ってね」
「…あぅ……で、でちゃう……ぉ、しっこぉ…っ」
「大丈夫よ、大丈夫だからねっ」
 バスが停車するが早いか、ぐったりしたエリを抱えるように手を引いて、新藤先生が大急ぎでやってきた。慌てて身を反らした詩織の前を横切り、空いたばかりのバスの外へ。
「はーい、みんな、ちゅうもーく! ちょっと思い出してね? この前のお話、ちゃんとおぼえてるかなー?」
 一方、突然の急停車にざわつく子供たちの関心を反らすため、弓野先生が新しいお遊戯を始める。
 ……そんな中。
 ドアから飛び出し、停車したバスの陰に姿を消す二人の後ろ姿から、詩織は目が離せなかった。
(いいな、エリちゃん……っ)
 わたしもトイレに行きたい。
 おしっこ、したい。
 もう立派なオトナとして。『おねえちゃん先生』として。あまりにもみっともない羨望だと解っていても、詩織はそう思うことを止めることができなかった。
 本当なら、『先生』である詩織は、自分よりも小さなエリがずっと困っていたのに気付けなかったことを反省しなければいけないのに。
(っ……トイレ……わたしもおトイレ、行きたい……っ、お、おしっこ、したい……っ!)
 切羽詰まった生理的欲求が、少女の心を衝き動かす。詩織の右手は知らないうちにエプロンのポケットを探り、その中に収められているポケットティッシュを握り締めていた。
「……ん、んぅぅっ……」
 決してやってはいけない、イケナイ考えだとわかっているのに、その想像は止められない。おなかの中を蹴飛ばすオシッコの刺激が詩織の理性をぐらつかせる。
 いますぐに、ここで。停車したバスの物陰で、自分も一緒にオシッコを済ませてしまいたいという考えが詩織の頭を占領してゆく。
 ほんの数m先で、エリは詩織がしたくてたまらないことをさせてもらっているのだ。下腹部を強い尿意に苛まれ、こんなにもつらい我慢の最中にある詩織には、うらやましがるな、と言うほうが無理な相談だった。
(ど……どうしよう……っ、も、もう、私も、がまんっ……できないかも……っ、っはぁ、と、トイレ、おトイレ、私も、おしっこ……っ!)
「……ちゃんっ」
 いつしか、詩織はとんでもない妄想に身を委ねようとしていた。立派な『おねえちゃん先生』として、思春期の少女として、絶対に考えてはいけない、みっともなくもはしたない想像。
 身に付けた『先生』の証のエプロンの下で、知らず詩織の下半身がぎゅっとよじられる。
(い、今のうちにバス降りちゃえば……そ、そうだよ、今ならまだ、エリちゃんも、時間かかると思うし……ば、バスの前のほうなら、気付かれないうちに……っ)
 ちらちらとバスの外へ視線を送り、羞恥心と下腹部の欲求の駆け引きに葛藤し。
 詩織は座席脇の手すりにくっつけた腰を浮かせかけては、懸命に思いとどまることを繰り返していた。
「――おねえちゃんっ!!」
 そんな詩織を、エプロンの端を強く引いて、誰かの叫び声が引き戻す。
「おねえちゃんせんせぇっ……ねえっ……!」
「え、あ、な、なに……?」
「あ、あのね、あのっ」
 詩織を呼びとめていたのは、エリと並んで座っていたカスミだった。なにかといえばエリに張り合おうとする少女はいつもの勝ち気な表情を、今はくしゃくしゃに歪めている。
「あ、の、っ、せんっ、せい、お、ねえちゃんっ……」
 震える唇、赤らむ頬、涙すら滲ませて緩む目元。
 少女のもう一方の手は、スモッグの上からきつく足の付け根を押さえ込んでいる。もはやそれだけで、カスミの訴えの理由は明瞭だった。
「ぁ……あたし、も……あたしもぉっ……」
「あ……」
 ぶるぶると震える小さな手が、ぎゅっと詩織の袖を握り締める。
「ぅう…おねえちゃぁん……っ」
「か、カスミちゃんも……オシッコ?」
 驚く詩織に、カスミは真っ赤な顔をさらに赤くして、俯くように小さく頷いた。
 しかしそんな反応がなくとも、きつくスカートの上から股間を握り締め、ぎゅぎゅっと席の上で腰を擦りつける仕草を見れば、さっきまで同じ事をしていた詩織には一目瞭然だ。すでに限界ギリギリまで我慢しているらしきカスミには、エリ以上に余裕がなさそうだった。
「が、我慢できない?」
 無駄とは思いつつも聞いてみる。が、カスミは弱々しく、小さく首を横に振るだけ。
 予想通りの反応に、詩織は慌ててカスミを抱き上げるようにして立ち上がる。
(い、急がなきゃ……!)
 驚く弓野先生に視線だけで合図し、そのままカスミを連れて真っ直ぐにバスを降りた。
「っ……」
 詩織に抱えられながら、小さく身を丸めたカスミ。握り締めたスモックの下、じゅわ、じゅう、と禁断の水音が響く。
 小さなカスミのスカートにはすでに小さく染みが広がり始めていた。それが示す少女の『失敗』の証拠、オモラシの匂いがはっきりと詩織の鼻をかすめる。
(ぅうっ……)
 手のひらに触れる濡れた布地の感触。それに同調し、詩織の下半身までもが疼き始める。
 きゅうんと下腹部に響く尿意に小さく呻きを飲み込みながら外に出た詩織に、エリの側に付き添っていた新藤先生が何事かと顔を上げた。
「え、なに、どうしたの?」
「あ、あのっ、カスミちゃんも無理だって言っちゃって……それで……」
「ああもう、やっぱりね……こうなっちゃうのよねえ。ごめんなさい前原さん、こっちも手が離せないの、あなたが面倒見てあげて?」
「え……っ」
 どうやら、エリはほんの少し外に飛び出すのが間に合わず、ちょっとだけ失敗をしてしまったらしかった。
 後始末に手を離せないらしき新藤先生に小さな不安を覚える詩織だが、しがみ付いてくるカスミを見、しっかりしなきゃ、と自分を叱咤する。
「おねえちゃんっ……」
「だ、大丈夫。あとちょっとだけだよっ!」
 いつもの強気な様子とはまったく別の、縋り付くような弱々しい声に急かされながら、詩織はカスミを手伝ってあげることに決めた。
 停車したバズの陰、少し草の生えた剥き出しのアスファルトには、わずかに砂が積もっている。路肩に停車した車体によって、周囲からの視線ははっきりと遮られていた。
 崖を保護する石垣の下、バスで区切られた高速道路の片隅で、もはや我慢の限界のカスミにオシッコをさせるのだ。
「だめ……でちゃう……ぅっ」
「ま、待って! カスミちゃん、まだダメだからね!」
 もはや一歩も動けないらしきカスミに代わって、詩織は彼女の背後からスカートを引っ張り上げ、股間から小さな子供ぱんつを脱がせにかかる。
 が、湿った布地が白い肌にぴったりと張り付いて、思うように動かない。
「えっ……あ、カスミちゃん、だめ! 待って!」
「ぁ、あっああっ、でる、でちゃうっ……」
 じゅっ、じゅううぅじゅじゅうっ、
 詩織の制止は届かない。がくがくと膝を震わせたカスミの足の付け根を、熱い水流が伝い始める。
「わ、わわっ、待って、もうちょっとだけだから!」
 下着が引っかかった状況のまま、しゃがみ込もうとしてしまったカスミを押し止め、詩織は強引にその脚の付け根からキャラもの下着を引きずり下ろした。
 温かい滴がちょろちょろと噴き出すスカートの中、思い切り手が汚れしまうが、もはやそんなことは言っていられない。
 詩織がどうにか濡れた下着を引っ張り下ろすと同時、カスミはその場にしゃがみ込み、ものすごい勢いでオシッコをはじめる。
「ぁぁあはぁあ……っ」
 じゅっぶじゅっ、ぶじゅううううぅっ!!
(う、わぁ……っ)
 抱え込むような姿勢になった詩織の腕の中、剥き出しになったあどけないつくりの排泄孔から、色の薄い水流が猛烈な勢いで噴射された。
 カスミのおしっこは、細い足の付け根から大きく前に飛び出す水流となって、石壁の根元を直撃する。
 じょじょっ、じょぼぉーーーーっ!!
 ぶしゅるるるるるっ、じゅぼぼぼぼぼぼーっ!!
 その勢いは、まるで真横にした噴水のよう。
 見る間に地面には大きな水溜まりが広がり、積もった砂は泡立ちながら表面をかき混ぜられてゆく。
 こんな小さな体で、一体どれほど我慢していたのだろう。カスミの人知れぬ苦闘を知らせるかのごとく地面に叩き付けられる薄黄色の奔流は、バスの車体と石垣の隙間の地面に激しく打ち付けられて、激しい水音をあたりに響き渡らせる。
 
 ぶじゅっ、じゅびびっ、ぼじゅじゅぼぼぼっ……
 ぶじゅじゅじゅううぅうううーーっ!
 脱ぎかけのぱんつの股布に跳ね、ぴちぴちと跳ねる飛沫が、カスミの湿ったスカートにまで飛んで小さな泥の染みをつくる。
 見る間に広がった大きなおしっこの湖は、その場にほかほかと湯気を立ち昇らせるほど。あまりにも熱く激しい排泄に、詩織はそこから目が離せない。
「あ、はぁああ……」
 堰き止められていたものを一気に解放しながら、カスミは詩織の腕の中で、甘い吐息をこぼし、猛烈な尿意からの解放感に唇を震わせる。
 スモックの端を握り締め、目元をとろんと潤ませて。カスミは天上に昇らんばかりの甘美な快楽に身を委ねていた。かくんっと上下する小さな腰とともに、噴き出すおしっこの角度が変わり、広がった水面を叩いてはじょぼっじょじょぼぼっと音を響かせた。
(か、カスミちゃん……すごい……こんなに、オシッコ、いっぱい出してるっ……)
 急遽用意された、高速道路路肩のバスの物陰。女の子の排泄にはあまりに不向きなその場所を、しかしまさにここが正しいトイレなのだと言わんばかりに。
 あまりにも堂々たる、カスミの排泄に魅入られて、詩織はそこから目が離せない。
 熱く激しい水流を迸らせ、地面へと叩き付けるカスミの切なげな響きに刺激されるように、詩織の下腹部も激しくざわめいていた。
「んっ……くぅ……っ」
 握り締められた空色のエプロンの下、満水の乙女のダムはこぽり、こぽりとその身を震わせ、少女に排泄を訴える。『おねえちゃん先生』のおなかの中には、今目の前に広がる恥ずかしい水たまりよりも、なお大量のおしっこが溜まっているに違いなかった。
 ちょろっ、ちょろろろ……
 ぷしゅっ、しゅるしゅしゅっ、ぷしゅるるるるうぅ…!
「あ……まだ……でるっ……」
 いったん収まりかけたかに見えたカスミの放水は、しかし何度か途切れながら断続的に続いた。まだいとけない少女の未成熟な身体では、長時間の我慢を強いられて排泄器官がうまく働いていないのだ。
 うっとりと、目を閉じて恍惚のなか、カスミの独白が詩織の耳朶を打つ。
 カスミの足の付け根から噴き出す水流は、道路の隅に積もった砂を押し流すように、地面の一方に河になって流れだしていた。そのおしっこの大河の行く先を思わず追いかけてしまった詩織は、その視線の先にエリが済ませた痕跡らしき水跡を発見する。
 そして、見る間に二人分のオシッコの流れは合流し、ひとつの大きな河になって、アスファルトの上に広がる大きな水たまりへと注ぎ込まれてゆく。
 エリとカスミ、二人分のオシッコをたっぷりと吸いこんで黒く染まった地面は、バスの物陰を『おしっこをするための場所』へと変えていた。
 車体によって外界から区切られたスペースには、あどけない少女達のオシッコの匂いが立ちのぼり、詩織にイケナイ誘惑を繰り返した。
(や、やだぁっ……)
 いまやここは、正しくオシッコをするための場所……トイレと同じだった。
 詩織はたまらず目を閉じた。本当なら鼻も耳も塞いで、できることなら今すぐにでもここを逃げ出してしまいたい。だが、しゃがみ込んだままぎゅっと袖を握るカスミを振りほどくこともできなかった。
 だって、ここは『そのための』場所なのだ。
 先を急がねばならない遠足の途中、路肩に停まったバスの陰。誰からも見えないように視線を遮られた区画。
 つまり、ここは女の子のおしっこの為に用意された場所であった。どうしてもおしっこが我慢できなかった女の子たちのために用意された、臨時仮設屋外トイレ。
 おしっこを、しても、いいところ。
 だったら。それなら。
(わ、わたしも……一緒に……っ)
 詩織にだって、ここを使う権利はあるはずだ。目の前で見せつけられたエリのおしっこ、堂々たる排泄の一部始終。
 くらくらするほどの光景を前にして、はるか数キロ先のサービスエリアのことなど、詩織の頭からは吹き飛んでいた。
(……したい……わたしも、おしっこしたい・・…っ)
 耳の奥で反響する放水音に、詩織の膀胱も共鳴するようにざわつきはじめる。文字通りの誘い水がじんじんと恥骨に響いて、詩織はきゅぅっと脚を交差させた。
 エリとカスミのおしっこを見せつけられ、詩織の下腹部の水風船はみるみると重みを増してゆく。ずしりとのしかかる大量の水圧が閉ざされた水門を内側から押し開こうとする。
 下着の奥、慎ましやかに閉ざされていた乙女の花弁が、イケナイ誘惑にひくひくと痙攣を始めてしまう。
(……だ、だってっ、ずるいよ、カスミちゃんと、エリちゃんだけ……あんなにいっぱい、気持ちよさそうに、オシッコ、させてもらってっ……!)
 切羽詰まった下腹部を解放し、おなかの中を占領していた恥ずかしいオシッコを思う存分に、身体の外に追い出すカスミの姿。たったいま行われた排泄が、少女を妖しく誘惑し、理性をぐらぐらと揺らす。またも筋違いの羨望が、詩織の心を侵食してゆく。
 バスが止まることなくちゃんと予定どおり進んでいれば、詩織は本来ならもうとっくにサービスエリアにいて、トイレを済ませられていたかもしれないのだ。
(わ、わたしも、ここでっ……、いっしょ、に……っ)
 ここでいっしょに、おしっこしたい。
 それは、詩織にとってあまりにも抗いがたい誘惑。
 次の休憩まで我慢できるかもわからないというこの状況で、突如目の前に出現した、臨時仮設トイレ。
 そこを使って、いますぐに乙女の欲望を果たしてしまいたい――そんな衝動に、詩織はぎゅっと足を閉じ合わせて唇を噛み締める。エプロンの中、震える指がポケットティッシュを握り締める。
(ここで、トイレ、おしっこ……っ)
 アスファルトの上の大きな水たまりに、詩織が吸いこまれそうに身を乗り出しかけた時。
 くい、とその袖が引かれる。
「……おねえちゃん?」
 いつのまにか、カスミのオシッコが終わっていることにも気付かず、詩織はその小さな手のひらをぎゅっと握り締めていた。
 手を塞がれて困惑するカスミは、しゃがんだまま後始末もすることができずに、詩織の様子を窺っている。
「ねえ、おえねちゃん。オシッコ、終わったよ……?」
「え……?」
 きょとんと小さな瞳に見つめ返され、詩織はようやく我に返った。
「あ、ご、ごめんね。……全部、出た?」
「うん……」
 ぶんぶんと頭を振って脳裏を占める悪辣な空想を振り払い、詩織は取り出したポケットティッシュでカスミの後始末をはじめる。
 本当ならカスミ自身にやらせるべきことだが、カスミは放水のショックでまだぼんやりとしており、詩織が代わりに世話を焼いてやらねばならなかった。
 まだぽたぽたと雫をこぼし、時折ぴゅぴゅっ、と水滴を跳ばすカスミのおんなのこは、何度か拭いてもまた汚れてしまう。ガマンし続けたせいで、まだオシッコが全部出きっていないのだろう。
「ぁっ……」
 ティッシュごしにじわりと広がるカスミの熱い雫の感触に、詩織のおなかがむず痒く震える。
 自分とは違って、したいだけオシッコを済ませ、おなかの中の苦しみを残らず吐き出してすっきりしたであろう小さな排泄孔が、とてつもなく羨ましい。
(カスミちゃん、もう我慢しなくてもいいんだ……)
 いいなあ、いいなあと声ならぬ喝采をあげそうになる心を押さえ込み、詩織は手を動かし続ける。
 カスミのオシッコはエリのオシッコの跡をすっかり覆い尽くして、いっそう大きな水たまりを残していた。波打ち際の周辺に泡を立て渦を巻くオシッコの痕跡は、カスミがあの小さな身体でどれだけ我慢し続けていたのかを窺わせる。
 詩織は最後の仕上げと、カスミの足に絡まっていた、おチビりで湿ったぱんつを脱がせてゆく。バスの中の荷物には、こんな時のための換えのぱんつが積んであるのだ。
「ちょっと汚れちゃったね……中で着替えようか、カスミちゃん」
「……おねえちゃん、ひ、……秘密だからね」
 すうすうするお股を隠すようにスカートをぐいっと引っ張って、もじもじと俯きながら、カスミは存外に力強い口調で言う。
「秘密なんだからね。あ、あたし……オモラシなんか、してないんだから。こんなところでオシッコしたくなったりなんか、しないんだから。……そうでしょ?」
「…………」
「あたし、もうコドモじゃないもん。男子は知らないけど、おんなのこがこんな所でおしっこなんてしないもんっ……ちゃんと、おトイレまで我慢できたの、できたんだからぁっ」
 早熟なカスミらしい言い訳だった。
 けれど、その言葉は今もなお、ここで――バスの物陰の臨時仮設屋外トイレで、オシッコをするというはしたない欲望を捨てきれずにいる詩織には辛すぎるもの。
 きゅう、と甘く疼く排泄器官が、詩織に排泄を訴える。
「……そう、だね」
 渇いた喉に唾を流し込んで、詩織はカスミを不安にさせないようにしっかりと頷いた。
 みんなのお手本となれるように、エプロンを着けた一人前の『先生』がするように。
 泉会の『おねえちゃん先生』として。カスミの立派なお手本となれるように。
 ぎゅっと脚の付け根に力を込め。
 なお高まる尿意の中、おさまる気配を見せないオシッコを我慢しながら、詩織はバスへと戻っていく。
 ▼ 3
 ぷしゅう、と音を立てて、泉会のみんなを乗せたバスはサービスエリアの駐車場の片隅に停止する。
 思わぬ途中停車によって予定からは15分くらい遅れてしまったが、それでも渋滞などに巻き込まれずに移動できたのは僥倖であったろう。
「はーい、それじゃあちょっとだけ休憩します。おトイレに行きたいひとはいるかなー?」
 新藤先生が車内に向けて呼びかけると、はーいっ、という声と共に、ぱらぱらと子供たちの手が挙がる。
 出発から1時間と少し。小さな子供たちにとっては長い時間である。エリやカスミがそうだったように、朝、家を出る前にちゃんとトイレを済ましてきた子達でも、そろそろ尿意を催してもおかしくない。それを見越しての休憩であるが――
 それは同時に泉会の『おねえちゃん先生』たる詩織にとっては、焦がれるほどに切望し続けた待望の瞬間であった。
(っ……着いたっ、ついたぁ…っ! 到着っ……!! おトイレ、やっとおトイレ行ける……っ、おしっこ、おしっこできるっ……!!)
 座席シートの上に身を強張らせ、今にも足を踏み鳴らしてしまいそうになるのを懸命に堪えながら、詩織は硬く張りつめた下腹部をエプロンの上から撫でる。
 エリとカスミの為に思わぬタイミングで差し込まれた臨時のトイレ休憩を、切羽詰まった下腹部を握り締めたまま断腸の思いで堪え。
 再出発したバスの中、永遠にも思える時間を尿意と戦いながら、ようやくたどりついたサービスエリアでの正式な『おトイレ休憩』である。
 これでおしっこできる。ここならおしっこできる。
 ――もう我慢しなくてもいい。
 逸る心とともに、先走って緩みそうになる股間の排水孔を、おしりの穴にぐっと力を込めてぎゅっと引き締め、詩織はできるだけ平然を装う。
「それじゃあ、ここでおトイレ休憩です。手を挙げた人もだけど、まだ大丈夫な子もちゃんとおトイレに行くようにしようね。途中で急におトイレ行きたくなったら、困るでしょ?」
 口々に上がる「はーい!」「そんなことないもん!」という子供たちの声。おりこう揃いな泉会のみんなの中で、詩織だけがその言いつけをちゃんと守れていない。
 本当はこのバスの中で真っ先に手を挙げなければいけないのは、出かける前のおトイレも済ませられなかった詩織なのに。
「…………っ」
 羞恥ととともに、腰上に重苦しくずしんとのしかかる下腹部の膨らみ。切迫した尿意の波にきゅぅんきゅうんと切ない疼きを繰り返す股間に、詩織は赤くなってぎゅっと閉じ合わせた足をモジモジと擦り合わせる。
「じゃあその子たちは『先生』についてきてねー? 他の子はきちんとお留守番できるかな?」
「「「はーいっ!!」」」
 元気の良い返事がいくつも重なる。新藤先生はよしよしと頷いて、バスの後ろの詩織たちに小さく頷き、子供たちを連れてバスを降りていった。
(と、トイレっ……急がなきゃっ……!)
 乗降によってざわざわと騒がしくなった車内を気にしながら、詩織もそそくさと席を立つ。急な動作によって万一にも『おチビリ』なんてしてしまわないように最大限の注意をしながら。
 ずっとガマンし続けたおしっこを済ませるため、待望のトイレまで猛ダッシュ。個室に飛び込んで白い便器をまたぎ、下腹部をぱんぱんに張りつめさせた乙女の熱水を思いっきり噴出させる――
 待ち焦がれたサービスエリアに到着し、あとはトイレに駆け込んでゆくだけ、という状況にあって、詩織はすっかり自制をなくしていた。
 ――けれど。
「あ、ちょっと、前原さん?」
「え、は、はいっ!?」
 バスのタラップを降りようとしたところで、詩織は弓野先生に呼びとめられる。
「どこに行くの? あなたもよ。早くみんなを案内してあげてね」
 そう、泉会の『先生』たる詩織にはそんな勝手は許されないのである。
「え。……あっ」
 咎めるような弓野先生の視線に、詩織は慌てて身体の前で握り締めてしまっていたエプロンを離す。
 が、もう遅かった。座席の上で無意識に握り締められ、くしゃくしゃに皺の寄せられた水色のエプロン。
 無残な姿となった『先生』の証に加え、その場にじっと立つこともできず、バスの座席を握り締めてひっきりなしに足踏みを繰り返し、腰を揺する詩織の様子は、どう見ても『おしっこ我慢』の真っ最中。
 案の定、閉じ合わせた足をそわそわ擦り合わせ続ける詩織に、弓野先生はすぐに詩織の状況を察していた。
「なあに? ……ひょっとしてお手洗いなの?」
「っ……」
 これまで、なんとか尿意を悟られまいとしていた詩織にとって、それはとても明け透けな質問だった。
 泉会の『先生』の一員として。みんなのお手本になるべき『おねえちゃん』として。決して気づかれてはならないことだったのである。
 はっきりとトイレを我慢しているのを知られたことに、詩織は耳まで赤くなってしまう。
(っ……やだ……やだあっ……ちゃ、ちゃんとしなきゃ、だめなのに、だめ、なのに……っ)
 それでも、もう詩織に意地を張る余裕は残されていなかった。皺の寄せられたエプロンを押さえ、じたばたと足踏みを繰り返してしまうのを止められない。
 もじもじ、くねくね、恥ずかしいのにどうしてもやめられない、オシッコ我慢のダンス。
 素直に尿意を認めるよりも、ずっとずっとみっともなく、恥ずかしいオシッコの肯定。『はい』という素直な返事よりも遥かにはっきりと大胆に明瞭に、トイレを我慢していることを主張しているのに等しい。
 返事の代わり、再度ぎゅっと握り締められるエプロンの端に、弓野先生は小さくため息をついて、
「そうなんだ。……じゃあさっきも辛かったのね。ごめんなさいね、気付いてあげられなくて」
「は、はいっ」
 さっき、というのはバスを路肩に駐車しエリ達にオシッコをさせていた時の事だ。反射的に答えてしまってから、詩織はこみ上げてくる羞恥にますます顔を赤くした。
 なにしろ今の返事は、『おねえちゃん先生』たる詩織がエリやカスミ達と一緒に、あの時のバスの陰で一緒におしっこをしたかったのだと認めるのに等しいのである。
「じゃ、じゃなくてっ、その、っ」
(っ……ち、ちがうの、違うんですっ、朝、どうしても、トイレに入れなかっただけでっ……)
 反論の言葉は、しかし少女の喉の奥にとどまるばかり。詩織は尿意の波にぎゅうっと身体を縮こまらせた。弓野先生も忙しいのに、迷惑をかけてしまうという申し訳なさにますます詩織の胸は重くなる。
「いいわよ。ほら、もうこっちはいいから、早く行ってきてね。大丈夫?」
「……あ、あのっ、……」
 全然、だいじょうぶじゃない。
 限界寸前の少女を励ます優しい声。けれどそれもまた、詩織の惨めさをさらに強めるものであった。羞恥と惨めさに心を押し潰されてしまいそうになりながら、自分の都合を優先するように許してくれた弓野先生に詩織は精一杯の頷きを返す。
(ごめんなさいっ、ごめんなさい……っ!)
 心の中で何度も何度も謝りながら。
「ほら、早く済ませてらっしゃい」
「は、はいっ……」
 送り出してくれる弓野先生に答え、震える足に活を入れて、詩織は手摺りを掴み、よたよたとバスのタラップを降りてゆく。ほんの数段の段差だが、今の詩織には油断できない難所だ。本当は走り出したいくらいだったが、ちょっとでも気を抜くとぎゅっと締め付け続けている括約筋が緩んでしまいそうになる。
 不安定な足場では、一歩を踏むごとに震動が下腹にまで伝播し、じいんと鈍い痺れとなって少女の背筋をざわめかせる。
 下着を汚さないように、一段ずつ慎重にタラップを降りきった詩織は、そのままできるだけの早足でサービスエリアのトイレを目指した。
(やっとっ、やっとトイレ……オシッコできるっ……)
 待ち焦がれていた、待望のトイレ。
 オシッコのできる場所。オシッコしてもいい場所。
 おなかの中に大きく膨らみ、たぷんたぷんと揺れる羞恥の水風船。ぱんぱんに膨らむおなかの中身を、おしっこを解放できる瞬間を思い描き、詩織は『はぁぅっ』と切ない吐息をこぼした。
 ……だが。
 詩織は休日の高速道路のサービスエリアという立地をまだまだ理解していなかった。
 我慢を重ね、ようやく辿り着いた婦人用トイレの前で詩織を待ち受けていたのは、その入り口から伸びた長蛇の列だったのだ。
「う、嘘……っ」
 知らず、詩織の膝がきゅっとくっつき合う。二十人、三十人では足りないだろう。売店の前を通り過ぎ、さらに照明の下を折れ曲がるようにしてずらりと並ぶ女性たちの列は、隣の紳士用トイレに比べても桁外れに長い。
 トイレの中に続いている列は、まるでそこが人気の映画のチケット売り場であるかのような錯覚すら抱かせる。
 それはある意味正しかった。行楽のシーズンに大勢の人が集まる高速道路のサービスエリアで、一番の人気スポットはトイレなのである。
(そんなっ……うそっ……と、トイレ、すぐそこにあるのに、ま、まだ、我慢しなきゃだめなのっ……!?)
 すぐそこに、手の届きそうなところにトイレがある。
 だから、もう我慢しなくてもいい、すぐにオシッコできる――そう思いこんでいた詩織にとって、目の前の現実はとても受け容れがたいものだった。
「はぁ……んっ」
 きゅうっと締め付けられる下腹部に、尿意の波が押し寄せる。
(と……トイレ、おトイレ……っ、オシッコ、こんなにしたいのに……っ、ま、まだ、我慢しなきゃ、だめなの……っ!?)
 目の前の光景にふらふらと街灯に寄り掛かる詩織の目の前で、次々と女の人たちが列に並んでゆく。驚くべきことに、トイレからすっきりした顔をして出ていく人たちよりも、新しく列に並ぶ人の数の方が多いのだ。
 渋滞の高速、出口のない混雑の中で、思うことは皆同じ。遅れた予定の分だけ、誰も強まる生理的欲求に苦しみ、その解放場所としてこのサービスエリアに集まっているのだ。
 まるで西部時代のゴールドラッシュ。駐車場に続々とやってくる車から、多くの人々が一斉にトイレを目指していた。
 見る間に伸びてゆく順番待ちの列が、遠いゴールをさらに遠くしてゆく。
「は…はやく、並ばなきゃ……っ!」
 ここで眺めていても、いつまで経ってもオシッコはできないと、慌てて列の最後尾につく。しかし詩織がもたもたしている間に、列ははじめに見たときよりも10人ほど長くなってしまっていた。
 急いで並んでいれば詩織はあと10人分、早くトイレに辿り着けていたはず。そう思うと尿意はさらに激しくなってくる。
(ふぅぅ……っ…だ、だいじょうぶ、あとすこし、……あと、もうちょっと、だけ……がまんっ……)
 まさかの油断で我慢の延長戦に入った順番待ち列の中、詩織は泉会のエプロンの裾を握り、忙しなく足踏みを繰り返す。
 スカートの下、寄せ合わされた膝は内股気味の不安定、おしりはもじもじと左右に揺すられ、腰はクネクネと動き続ける。
 さりげなく伸ばされた手のひらは、躊躇いの中エプロンの前を押さえ、空色の生地に皺を寄せる。誰が見てもはっきりとオシッコを我慢しているのだと解るだろう。
 もっとも、こうして落ち着きなく、大行列のトイレに並んでいる時点でそんなことは明白なのだが。
「……うぅ……っ」
 ちらりと見上げた先の時計は、あっという間に5分も進んでいた。休憩時間は残り15分。それだけが過ぎたら、詩織はバスに戻って出発しなければならない。
 たとえ、トイレに入れなかったとしても、だ。
 じりじりと進む時計の針に煽られ、焦る詩織とは裏腹に、順番待ちの列は遅々として進まない。
(はやく……はやくしてよぉ……っ)
 はあ、はあと荒い息を繰り返す少女の肩が大きく上下する。詩織は何度も背伸びをして列の向こうを窺うが、曲がりくねったピンク色のタイルの入り口は、不機嫌そうな順番待ちの奥様方に塞がれたままだ。
「…………っ」
(どうしよう……時間、なくなっちゃう……)
 バスの出発時間は、事前に先生たちから何度も念を押されていた。ただでさえ渋滞で予定が遅れている以上、これ以上遅くなるわけにはいかないのだ。
 訳を説明して入れてもらおうかとも思う詩織だが、詩織の前に並ぶおばさんたちはイライラと足を踏み鳴らしていて、とても気軽に声を掛けられる雰囲気ではない。
(んっ……はやく……はやく……っ)
 ぎゅっと口を引き結び、小刻みに足踏みを続ける詩織。そんな泉会の『おねえちゃん先生』とは対象的に、すっきりした顔の女の子のグループが、詩織の傍を通りかかった。
 たった今、トイレから出てきたばかりの――ちょうど詩織と同年代の少女達だ。楽しそうにおしゃべりしながら詩織の隣を通り過ぎてゆく彼女たちが、詩織は羨ましくてたまらない。
(はやく、わたしも、あの子たちみたいにっ……!)
 一刻も早くおしっこを済ませて、すっきりしたい。はやくトイレに駆け込んで、思う存分おしっこをしたい。
 ――けれど、詩織にその順番が回ってくるには、いったいあと何人の順番を待てばいいのだろう。
 女の子のマークの薄いピンク色をした入り口めがけ、並ぶ人混みを掻き分け、順番待ちの列を押しのけて駆け込みたくなるのを堪えながら、詩織はこみ上げる排泄衝動を堪え、きゅっと唇を噛んだ。
   ◆ ◆ ◆
 時計の長針が、じわじわと文字盤の上を動いてゆく。
 少女にとっては、まるで永遠にも思える待ち時間。
 さらに10分ほどが過ぎて、詩織の前の列はやっとなくなりかけていた。すでに少女の姿はトイレの入り口をくぐり、建物の中にある。
 ピンク色のタイルが張られたトイレには、十個以上の個室があり、フォークのように列を作る先頭の女性たちを順番に迎え入れていた。イライラの頂点に達する直前で個室に迎え入れられ、詩織の前のおばさん集団も次々とトイレに入ってゆく。
 目の前の、自分ではない女の人がオシッコを済ませ、すっきりとした顔をして出てゆく姿を飽きるほど繰り返し見せつけられながら、空色のエプロンの下、詩織の下腹部は激しい尿意を懸命に押さえ込んでいた。
(もうすぐ、もうすぐっ、オシッコできる、オシッコだせる、おトイレで、出せるっ……!)
 焦らされるかのような我慢の連続に、さらに高まった尿意は執拗に少女の股間を責め苛む。必死に閉じ合わせた水門の出口もじんじんと痺れ、いつ押し破られてしまってもおかしくないほどだ。
 出ちゃう。トイレ、おしっこ、でちゃう。
 目の前でオシッコの瞬間を何度も“おあずけ”され続け、一瞬でも気を抜けばたちまち緩んでしまいそうになるオシッコの出口を、ありったけの力で押さえ込み。両手の応援だけでは足りず、ぎゅっと交差させた脚が何度も組み変えられる。
 だがそれももうすぐ終わりだ。あとほんの何人かが個室から出てくるまで我慢すれば、次は詩織の番になる。ようやくトイレに入れる。朝からずっと苦しめられていたこの尿意を解放できるのだ。
「ん、ぅ、はぁぁ……っ」
 その瞬間を思い描き、詩織は切なげに腰を揺する。
 高い壁とドアに区切られた。清潔で誰の目も届かない秘密の個室。その中で服を脱ぎ下着を降ろし、白く清潔な陶器をまたいで、足元めがけ猛烈に恥ずかしい熱湯を噴出させる――その瞬間を。
(あっ、あとっ、あとひとり……! 次、わたしの番っ……オシッコ、オシッコできるっ……やっとおしっこできるぅ……っ!)
 そして。さらにひとつ、個室のドアが開き。詩織の前の女性が空いた個室の中へ歩きだした、その時だった。
「ああ、ごめんなさい、すいませんねぇ……」
 婦人用トイレの入り口の辺りでちょっとした騒ぎが起こる。その中心にあるのは、聞き覚えのある声だった。
「すみません……本当にすみませんねぇ……」
 数名の子供たちを連れて入ってきたのは、泉会の赤坂先生だった。少し白髪の交じった髪をなで、笑顔をさらに緩めて、赤坂先生は詩織を見つけ、あぁ、と安堵の吐息をこぼす。
 その笑顔は、申し訳ないけれど詩織にはとてつもなく不吉なものに見えてしまった。これまで詩織をもてあそび苦しめた、理不尽が形を取って現れたかのような。そんな錯覚。
 そして、不幸にもその予感は的中してしまう。
「ああ、前原さん、ちょうど良かったわぁ。ごめんなさいねえ、場所取りさせちゃったみたいで。ちょっと手伝ってくれるかしら?」
「え……っ」
「バスに残ってた子達なんだけど、さっき急にお手洗いに行きたいって言いだしてねぇ……」
「っ、せんせいっ、オシッコぉっ」
「でちゃう、おしっこ出ちゃうよぉっ!」
 赤坂先生のすぐ後ろには、何人かの子供たちが連れられていた。手を上げて口々に尿意を知らせ、脚をモジつかせているその様子は、傍目にももう、限界であることが見て取れる。
「ごめんねえ前原さん、この子たちを先に入れてあげてねえ」
「え、えっ、せ、先生っ……」
 トイレ。詩織がずっと並んで待っていた、待望の順番。そこに割り込ませてくれ、と赤坂先生は言っているのだ。
(そ、そんなっ、わたし、わたしぃ……っ)
 次は私の番なんです! 次は私がおしっこする順番なんです! ――そう言いかけた詩織を遮り、子供たちをなだめるように、赤坂先生は声を和らげる。
「ああ、はいはい、大丈夫よ。いまお手洗いに入れますからね。……前原さん、申し訳ないけど手伝ってくれる? 表で男の子たちが待ってるのよ。お願いして、紳士用のほうに入れてもらって頂戴な」
「え……ええええっ!?」
 思わず頓狂な声を上げてしまった詩織に、周囲の視線が集中する。
 ――紳士用のトイレに。男の子と一緒に。
 想像だにしていなかったお願いだった。
 もちろん、泉会で『先生』をしていれば、詩織だって男の子たちに付き添って、『おとこのこ用』トイレに入る事はある。
 しかし、今は事情が違いすぎる。切羽詰まった下腹部を抱えて、その上男の人達に交じって、違う方のトイレにだなんて――。人一倍羞恥心の強い思春期の少女の感情を無視した、あまりにも酷な頼みだった。
 赤坂先生はもう随分な年のせいか、詩織のような女の子であってもまだほんの子供で、泉会の子供たちとおんなじようなものだと考えている節があった。
 だから、男の子のトイレに付き添うくらいなんでもないと、そう言っているのだ。しかしそんなこと言われても、詩織にはたまったものではない。
 注目を浴びたせいで詩織の交感神経が活性化し、下腹部にも熱い雫の疼きが激しくなる。羞恥と共に増す尿意を堪えながら、詩織はたまらず赤坂先生に駆け寄った。
「あ、あの、……待って、くださいっ……わたしっ」
「せんせい、オシッコでちゃうっ……!!」
「ああ、ごめんなさいねぇ、大丈夫よ、すぐに入れてもらうからねぇ」
「待って、赤坂先生っ……違うんです、わたしっ……」
「せんせい、もうだめ、でちゃう! オモラシやだぁっ、おトイレ、おトイレぇっ!!」
「ねえ、はやくぅっ……!!」
 赤坂先生に対し、自分の窮状を必死なって説明しようとする詩織。だが、切なる訴えは口々に尿意を叫ぶ女の子達の声で遮られ、赤坂先生の耳までは届かない。
 オシッコは。トイレは。詩織だってずっとずっと我慢していて。ようやくその順番がここで回ってきて。
 今まさにその瞬間なのに。次はやっと、やっと詩織がトイレに入れる番なのに。この中で誰よりも負けないくらい、詩織だってオシッコがしたいのに。
「せ、先生っ!」
(わ、わたしも、オシッコしたいのっ!! もう、我慢できないのっ……!!)
 懇願の後半は、言葉にならなかった。切なる訴えを押し止めたのは、詩織の身を包む、空色のエプロン。
 泉会の『先生』の証。
「あ、赤坂先生っ…あのっ……!!」
「それじゃあお願いね、前原さん」
 詩織の抗議はオシッコを訴える子供たちによって阻まれてしまい、赤坂先生は我慢の限界を叫ぶ子供たちを連れ、詩織の前のおばさんたちに頭を下げて説明をはじめていた。
(わ、わたしだって、オシッコ……っ……)
 同じように子供に扱うのならば。せめて、一緒に、連れてって欲しいのに。伸ばした指先が空しく空を掻く。
 突然の順番割り込みの申し出に不機嫌さを隠そうともしない、順番待ちのおばさんたち。だが、流石にいまにもお漏らしをしてしまいそうな様子でおしっこ我慢のダンスをしている子供たちを無視するわけにもいかないらしく、渋々と順番を譲る。
「……すみませんねぇ……」
「わかったわよ。早くしてよね……まったく。
 今度からちゃんと並ばせなさいよね、もう」
 文句を言いながらも不承不承で割り込みを了承し、おばさんたちは列を詰める。
 そして赤坂先生は、連れてきた子供達と一緒に空いた個室へと入ってゆき――そのまま、ドアが閉まった。
 がちゃり、無慈悲な施錠の音。
「え……っ」
 そして――気づけばそこには隙間なくぴっちりと並んだ順番待ちの列が出来上がっていた。
 いつの間にか、列からはじき出されてしまった詩織がもう一度列に戻るスペースは、残されていない。
(え、っ、えええっ……!?)
 ぞくり、と詩織の背筋を冷たいものが走る。
 詩織の順番は、いつの間にか飛ばされて。泉会の『おねえちゃん先生』は、10分以上、じっと我慢して並び続けた順番待ちの列を、いつのまにか追い出されてしまっていた。
(な、なんで……なんでっ!?)
 詩織の顔がみるみる青ざめてゆく。だって、詩織はこれまでずっと、列の中でトイレの順番待ちをしていて。長い列がようやく過ぎて、やっと次は、詩織の番だったのに。やっとトイレに入れるはずだったのに。
 おしっこ、できるはずだったのに。
「あ……そ、そんな、ぁ……」
 赤坂先生たちの割り込みはいいとして――決して良くはないけれど、最大限譲歩してもいいとしても。これはあまりにも、話が違う。違いすぎる。
(んんぅぁああっ!?)
 途端、まるで津波のように込み上げてきた尿意に、詩織は“ぐいっ”と腰をよじる。入れていたはずのトイレが目の前から猛スピードで遠のいてゆくことが、少女の排泄欲求を加速度的に高まらせていた。
 そうこうしている間にも個室の一つから水音が聞こえ、用を済ませた女の人がドアを開けた。列の先頭に並ぶおばさんが早足でそこに入ろうとする。
 しかし、そこは本来詩織のいた場所だ。
「ま、待ってぇ……っ!!」
 詩織は慌てて列に駆け寄ろうとしたが、しかし返ってきたのはより一層不機嫌になったおばさんたちの視線だった。渇いた喉にこくっと口の中にたまった生唾を飲み込んで、詩織は辛うじて先頭のおばさんに声を掛ける。
「あ、あのっ……」
「何よ、あんた」
 返ってきたのはすさまじいまでもの不機嫌な声。どしんと横幅たっぷりのおばさんに行く手を阻まれ、アイシャドウをべったり付けた視線にギロリと睨まれて、詩織は声を掠れさせてしまう。
「え、ええとっ、わ、わたしの……番、次で」
「なあにあんた、横入りする気!?」
「え、ち、違いますっ、……だってわたし、さっきまでそこに――」
 おばさんの足元を指差して言おうとした詩織だったが、そこに思わぬほうから声が飛ぶ。
「ちょっと、やめなさいよね。順番よ? ちゃんと並んでよ」
「そうよ。みんな我慢してるんだから!!」
「え、あ、あの……っ」
 次々に上がる抗議の声は、列に並ぶおばさんグループからのものだった。長い間を待たされ、さらに赤坂先生の連れた子供たちに順番を越されたせいでおばさんたちの不満は頂点に達してしまったらしい。
「ああいやだ。いやだわぁ! なによ、横入りしてきてずうずうしいわね。黙ってれば分からないって思ったんじゃない? これだから最近の若い子は」
「そうよ、いい加減なこと言わないで頂戴。あたしたちはちゃんと並んでたんだから」
 おばさんたちはもう一人たりとて順番を抜かされることに我慢がならない様子だった。別に知り合いという様子でもないのに見事な連携を見せて、詩織が列に戻ろうとするのを阻止してしまう。
 全くの理不尽な言いがかりだが、圧倒的な迫力に押されて詩織はそれに言い返すことができない。
「そんな……ぁうっ…!!」
 おなかの中でおしっこが暴れだし、詩織を襲う尿意は次第に切羽詰まってくる。俯いて前を押さえた詩織を突き飛ばすように、先頭のおばさんは個室に入ってしまった。
「あ、あぁっ……」
 切なげに身をよじる詩織に、さらにおばさんたちの攻撃は続く。
「ねえ、邪魔よ。使わないんならどいて」
「並ぶんならちゃんと一番最後にしなさいよね」
「そ、そんな…わたし、も…もうっ、ガマンできな……」
 おしりをもじつかせながら、詩織はそれでも食い下がろうとした。だって本来、次は詩織の順番で、すぐにトイレに入れていたはずなのだ。目の前におしっこをしてもいい場所があるのだ。
 詩織の股間はすでに限界を訴え始めていて、これ以上焦らされてしまえば本当に危険な事態を迎えてしまうと告げている。
 だが、そんな最後の勇気も、おばさんたちの言葉によって無残に砕かれてしまう。
「何言ってるのよ、さっきあんた用事言われてたじゃない、お外に他の子が待ってるんでしょ!?」
「そうよ。早く行ってあげなきゃダメじゃないの。可哀想じゃない。あなたも『先生』なんでしょ?」
(やだ……そんなの無茶苦茶じゃないっ……! わ、わたしだって、おトイレしたいのに、オシッコしたいのにっ……、い、いじわるしないでよぉっ!!)
「お、『おねえちゃん先生』だって……おトイレ、行くのにっ……」
 売り言葉に買い言葉――と言うには、ささやかな反抗ではあったが。ほとんど反射的に、文句を口に出しかけてしまった瞬間。
 詩織の脳裏を、新藤先生の言葉がよぎる。
『他の人達から見ればあなただって泉会の『先生』と同じように見えるかもしれない。そんな時に好き勝手なことをしていればどうなるか、わかりますよね』
 こんなにも切羽詰まっているのに、オシッコがしたくてたまらないのに。
 『先生』、という言葉と。
 きゅっと締められた空色のエプロンが、詩織のワガママを許さない。みんなのお手本になり、困ったことがあればそれを助ける、立派な一人前の『おねえちゃん先生』であるために。
 目の前の理不尽に対する憤りを、抑え込み。震える指先で、ぎゅうっとエプロンを掴む。
「ご……ごめん、なさい……っ。……すみません、でした……」
 詩織が俯きながらどうにかそれだけを口にすると、おばさんはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 それで、全てが終わってしまった。
「…………っ」
 長い順番待ちを追い出され、詩織は重い足を引きずってトイレの出口に向かう。望んでいるのとは逆の、オシッコを済ませる場所から遠ざかる向きに。
 猛烈に引かれる後ろ髪を振りきって、膝をくっつけ合わせながら危なっかしく歩いて外に出た詩織を迎えたのは、同じくモジモジと足を寄せ合う子供たちだった。
「あーっ、おねえちゃん来た、きたよっ」
「おねえちゃん、ボク早くオシッコっ」
「オレもーっ。もう出ちゃうよーっ!!」
 三人の男の子がぱたぱたと詩織に走りよって、ぎゅっと服の袖を握る。
(ぁ、あ、やだ……っ、だめ……)
 子供らしく取り繕うともしない、明け透けな尿意、トイレの要求。彼等の仕草が呼び水になって、詩織の下腹部は大きくざわつき始める。
 左右の手を子供達に引っ張られ、前を押さえることもできなくなり、下腹部がきゅんと悲鳴を上げた。詩織は括約筋にありったけの力を込めて下腹部の水門を締め付け、震える顎をきゅっと噛み締めて我慢する。
「おねえちゃん? トイレ、いこ?」
「え、あ、ああ、うん……」
(……ど、どうしよう……っ)
 内心の困惑も言葉にはできない。詩織は子供たちに引きずられるようにして、ずりずりと紳士用トイレの入り口に向かっていった。こちらは婦人用の混雑具合とは対照的に、数名の列が入り口の奥にあるだけの状態だ。空いているとは言えないが、入り口から何十人も順番待ちが続くのに比べれば天と地の差である。
 そこは、サービスエリアのもう一つのトイレ。詩織が切望しているおしっこのできる場所。
 ――けれど、そこは男の子専用だ。
 詩織がオシッコをしていい場所では、ない。
 壁にずらり並んだ白い陶器の設備――小用便器は、おんなのこがオシッコをするようには作られていないのだ。
(と、トイレ、おトイレ、したいっ、オシッコっ……)
 詩織の頭の中身の八割は、込み上げてくるオシッコによる『オモラシ』の危険信号と、どうやってオシッコを我慢するかで占められていた。
 そんな中、手を引く男の子達の声に詩織は引きずられ、紳士用トイレの中に踏み入れる。
 少ないとは言っても紳士用トイレの中には順番を待つ列があった。子供たちはもうすっかり限界で、きちんと並ばせるのは難しそうだ。
 詩織の頭の中は羞恥に沸騰し、少女の頬は赤く染まる。
(む、無理……だよっ……こんなので、お、男の人に……順番譲ってくださいなんて、言えないようっ……!?)
 猛烈な大きな波こそ、一旦は収まっているが、詩織の下腹部は今もなお強い尿意に支配されている。足を動かないようにするのだけでも一苦労だ。もしここに自分ひとりだけなら、下着をぐいぐい引っ張って前を押さえていなければ我慢できないかもしれないレベルだった。
 そんな状態で、詩織は見ず知らずの男性にトイレの順番待ちを変わってもらわなければならない。エプロンの前を押さえ、腰を揺すり、脚をもじもじさせながら、そんな事を申し出ればどうなるか。
(わ、わたしが……男の人のおトイレでオシッコするんだって……思われちゃうっ……)
 いや。まず間違いなく、その誤解は避けられそうになかった。
 ――けれど。
「おねえちゃんっ……ね、ねえ、ボク、もうガマンできないっ……」
「あ、ああ……ごめん、ね……っ」
 小さな手を不安げに引っ張る子供たちに、詩織は赤くなった頬を押さえ、荒くなった息を無理矢理飲み込もうとする。
(っ、だ、大丈夫……ちゃんと落ち着いて、はっきり言えば……わたし、『先生』なんだから……っ)
 無邪気に信頼を寄せてくる子供たちを失望させまいという『おねえちゃん先生』を演じるための、健気な決意と共に。
「す、すみませんっ……」
 詩織は、ぎゅっと目を閉じて列の一番後ろの男性に声を掛けた。
 ▼ 4
「はーい、全員いるわね?」
「はーいっ」
 新藤先生の点呼に、子供達がいっせいに手を上げる。それをもう一度確認して、泉会の『先生』たちは運転手さんの隣の席に腰掛けた。
「問題なしです。じゃあ出発してください」
「あ、あのっ……」
 そんな中、詩織はいまだバスの前方、昇降口の近くの通路にいた。躊躇と葛藤も顕わに視線を左右にさまよわせ、腰を浮かせてかぼそい声を上げようとする。
「はーい、それじゃあ出発よ、ちゃんと席に着きなさい」
 が、休憩を終えたばかりで落ち着かないバスの中、ためらいに彩られたか細い声では届くはずもない。
 少女の最後の訴えは、新藤先生の合図と、出発のクラクションにかき消されてしまった。
(ぅ……ぁぅ……)
 問題あり、ありも大ありだ。
 詩織の下腹部のダム、切迫した尿意は警告を通り越して緊急避難警報。ただちに放水の許可を求めている。激しく身をよじり足の付け根を押さえ込んで、なお押し寄せる尿意の波はおさまらない。
 だが、ふらふらと中腰のまま、通路端の座席に捕まる詩織を無視して、バスはゆっくりと出発し、サービスエリアの駐車場を転回してゆく。泉会の子供達と先生を乗せ、貸切バスは再び動く密室へと変貌を遂げた。
 内股の脚でぎゅっと椅子の背もたれを握り、空色のエプロンを掴み、せわしなく爪先を動かし続ける泉会の『おねえちゃん先生』。
 突き出された小さなおしりは手摺りの向こうで左右に揺すられ、落ちつくことはない。その頻度はサービスエリアに着く前よりもはるかに高くなっていた。
 当然のように――バスの休憩時間中に、詩織はトイレを済ませることはできなかったのだ。
(ぅう……っ、だめ、ガマン、が、がまんっ……)
 ぐるんとUターンして車体を入れ替え、サービスエリアの出口へと走り出すバス。泉会のみんなはしっかりとトイレ休憩を済ませ、みな晴れやかだ。ちょっとした失敗に一度は落ちこんでいたエリもカスミも着替えを済ませ、すっかり元気を取り戻して他のみんなと一緒になって騒いでいる。
 そんな中、詩織だけが少しも楽になれないまま、尿意との果て無き孤独な戦いを強いられていた。
(あっ……だめぇ……っ)
 視界の隅に、サービスエリアのトイレが映る。あんなにつらい思いをして、懸命に頑張って並んだのに、結局少しも楽になれなかったトイレ。
 本当なら、あそこでオシッコできていたはずなのに。
 詮無い妄想に押し寄せる尿意が、少女の下腹部を切なく揺らした。きゅっ、きゅきゅうっ、不安定な通路の上で、詩織の足踏みが小刻みに繰り返される。
「くうぅ……っ…ん、…っ。……はぅぅ…っ」
 こぽこぽと、音を立てるように揺れ経つ尿意。通路の端に立ったまま小さく身を縮こませ、エプロンの上からぎゅっと股間を握る手のひらに、ぐっと力が籠もる。
(だめ……オシッコ、っ……オシッコしたい……っしたいよぉ……っ)
 下腹部の秘密のティーポットで、ぐらぐらと尿意が湧き立つ。時間の経過と共に煮詰められた排泄欲求は、執拗に脚の付け根の出口を求めて暴れている。
 決死の思いで跳びこんだ紳士用トイレで、男性たちの奇異の視線に耐えながら、しどろもどろになりつつも訳を説明して10分。
 会の男の子たちが全員おしっこを済ませた頃にはとっくに休憩時間も終わっていた。
 婦人用の方はと言えば、相も変わらずの大行列。ますます長くなっていた順番待ちの列の最期に並び、ふたたびトイレの順番が回ってくるのを待つ時間なんて、まったく残っていなかった。
 そして、そのまま。
 詩織はみんなを連れてバスへと戻り、今に至る。
(っ……ぁ)
 ぎゅっと俯いた唇が噛み締められる。
 ただでさえ予定が遅れているのに、これ以上バスを待たせてしまうわけにはいかない。会のみんなに迷惑を掛けないように。せっかくの遠足を台無しにしないように。
 詩織は泉会の『おねえちゃん先生』として、あまりにも無慈悲な決断をせねばならなかったのである。
(や、やっぱり、っ、あそこで、……トイレ、使わせてくださいって、言えば……っ)
 紳士用トイレの小用便器で男の子たちのトイレが済んだ後。詩織の意識を占めていたのは、すぐ後ろにある個室のことだった。婦人用トイレと全く変わらない(はずの)構造を持つ、女の子がおしっこのできる設備。
 迫るタイムリミット、限界寸前の尿意。
 恥もプライドもかなぐり捨てて、紳士用トイレの個室で、オシッコをさせてくださいと懇願すればよかったのではないか――込み上げる尿意の波に押し上げられるかのごとく、その後悔がぐるぐると詩織の脳裏を渦巻く。
 でも、でも、けれど。
 泉会の空色のエプロン。『先生』の証。大人と同じように立派な振る舞いを求められるそのエプロンを身につけたままでは、オシッコが我慢できないんです、男の人用のトイレ、使わせてください――とは、どうしても口にできなかったのだ。
(あぅ……ッ、くぅ……、だ、だめ……だめ、っ、と、出ちゃ、だめぇ……っ……といれ、おトイレぇ…、オシッコ……っ)
 ごぽりと湧き立つ尿意に、少女の水門がこじ開けられそうになる、オシッコの出口のすぐ内側に。渦巻く黄色い濁流の水圧。
 動き始めたバスの中。恥ずかしいオシッコの出口を懸命に締め付けて。詩織はきつく息を押さえ込み、揺れる通路の隅に身を縮めていた。
   ◆ ◆ ◆
「……どうしたの?」
「えぅ……っ」
 困惑の最中の詩織を現実に引き戻したのは、新藤先生の声だった。
 すぐ近くにある先生の顔に、詩織は慌てて姿勢を正す。動き出したバスの中、いつまでも昇降口に近くに突っ立ったまま、ちらちらと窓の外を見ている詩織を不審に思ったのだろう。
「いつまでもそんなところに居ないで。危ないわよ。みんなが真似したらどうするの」
 子供たちのお手本になるべき『先生』として、詩織の振る舞いはとても褒められたものではない。動き出したバスの中で立っているのは当然アウトだ。
「あ、あの、そのっ……」
 厳しい新藤先生の表情に心を委縮させながら、詩織は口の中で言葉を籠もらせた。バスの窓の向こうに、みるみる遠ざかるサービスエリア。
 おしっこのできる場所が、遠のいていく。
(っ、で、でも、まだ……今ならっ)
 そう、今なら。高速道路に出ていない今なら。まだ間に合うかもしれない。バスに引き返してもらって、もう一度サービスエリアに戻って、トイレに行かせてもらえるかもしれない。オシッコができるかもしれない。
 小さく揺れ動くおしり、繰り返される足踏み。形振り構わずに、高まる尿意を隠すべきか、素直に口にするべきか。羞恥と理性の綱引きが少女の心を揺り動かす。
「どうしたの? 具合でも悪いの?」
「あ、え……っと」
 具合は悪い。とても悪い。詩織の下腹部にある秘密のティーポットは、休憩前のまま、一滴もその中身を減らせていないのだ。
 いや、むしろ事態は悪化さえしている。時間の経過とともに、焦らされた尿意はなお膨らみ、収まることなく猛烈な勢いで少女の下腹部に襲い掛かっていた。
 歩くのだって辛いくらいに、詩織のおなかが張り詰めている。エプロンの下、溜まりに溜まって膨らんだオシッコの水風船の形そのままに、小さなおなかが押し上げられている。
(っ……だ、だめ……ガマン、できない……、オシッコ、おしっこ出ちゃう……でちゃう……っ! と、トイレっ……おトイレぇ……ッ!)
 無理を言ってでも今からでもバスを止めてもらうべきだ。頭の中に残る冷静な部分が激しくそう主張する。このままバスが高速に乗ったら、また1時間は詩織のトイレはお預けなのである。
 そんなに我慢できるはずがない。――いや、たとえ到着までどうにか耐え切ることができても、目的地の森林公園に、ちゃんとおしっこができる場所があるかどうかはわからないのだ。
 施設のどこかにトイレがあるとしても、バスが都合よくその前に停まってくれるとは限らない。貸切バスは会のみんなの遠足のためのもので、詩織をトイレ前まで連れていってくれる専用車両なんかではない。
(っくぅう……っ、だ、だめ、おしっこ出るっ、でちゃう…っ、公園まで、なんて、ガマン、…無理だよぅ……どうしようっ、どうしようっ……)
 激しい排泄欲求と羞恥が、少女に執拗にトイレの合図を訴える。しかしバスはすでに高速道路に登る迂回路の中だ。いまさらUターンさせるわけにはいかない。ぐずぐずと考えているうちに、事態は悪化の一途をたどっている。
 もはや、そんなことで迷っている場合ではないはずなのに。
 少女の手のひらが、ぎゅうっと空色のエプロンを掴む。
(や、やっぱり、バス、止めてもらって……っ、戻って……でも、さっきのトイレ、すごく混んでたし……オシッコまで時間かかっちゃう……早く、公園まで行かなきゃっいけないのに、と、トイレ、公園で、オシッコっ……と、トイレに行って、公園でっ、オシッコしてっ……)
 ぐるぐると堂々巡りを始める少女の思考。
 最終目的地を前に、楽しそうにはしゃぐ子供達と、危険水域を突破し、いつ決壊してもおかしくない状況の下腹部のダム。両者の背反に挟まれて、詩織の頭の中はパニックに陥っていた。
「……ねぇ、前原さんあなた、ひょっとして」
「――――っ」
 新藤先生の口調が急に険しくなった。詩織はひぅっと息を飲みこむ。鋭い視線が『おねえちゃん先生』へと向けられる。
「もしかして、お手洗い済ませてないの?」
「っ……、ち、ちが……ッ」
「嘘をおっしゃい。そんな格好しておいて」
 咄嗟にエプロンを握る手を離し、首を横に振る詩織だが、もう遅い。詩織が無意識のうちに握り締めていたせいで、エプロンのおなかの前の部分には、はっきりとわかるほどに皺が寄っている。言い訳は効かなかった。
 新藤先生は渋面になり、大きくやりきれないというように溜め息をついた。
「なんで済ませてないのよ……時間とってあげたでしょう。……どっち? 大きいほう?」
「い、いえっ」
 明け透けな問いかけに、詩織は真っ赤になって俯いてしまう。尿意を咎められたことよりも、ちゃんとトイレに行けなかったこと、それ自体が詩織の心を責め苛んだ。
 新藤先生は眉をひそめ、さらに赤くなって下を向く詩織をじろじろと眺めまわす。だがそうやって確かめられなくとも、ぎゅっと前を押さえ、足踏みを止められない姿勢から、『おねえちゃん先生』がオシッコを我慢しているのは明らかだった。
「ねえ前原さん。ダメじゃないの。……どうして? さっき、弓野先生に先に下ろしてもらったんでしょう? なにをしてたの?」
「ぁ、ぅ……す…いませんっ……」
「このお仕事を始める前に、トイレが大変だって言うのは何度も教えたわよね? どうしてちゃんと済ませておかなかったの?」
「ぅ……くうっ、……はぁ、はぁつ……そ、そのっ…あ、えっとっ……んぅぅ…ッ」
 容赦のない指摘に、詩織はあうあうと言葉を喘がせるばかりだ。押し寄せる尿意が下腹部のティーポットの中で激しく震え、羞恥によって詩織の邪魔をする。
(だ、だめ、待って、っ、今はだめ……っ)
 焦る詩織をよそに、新藤先生はいよいよ不機嫌な表情を顕わにしてゆく。新藤先生の指摘はとても厳しく容赦がない。詩織が失敗をしてしまった時にはいつもこうして手加減のない指導をする。
 詩織の事情など関係ない。子供たちを預かる泉会の先生として、その責任は常に持たねばならないという意識に基づくものだ。
「ねえ、前原さん? どうしてなの? 理由があったら教えて頂戴。休憩時間があったでしょう? どうしてきちんとお手洗いにいかないの? こういうことになって困るのはあなたなのよ?」
 未熟な半人前の『おねえちゃん先生』を諭すように、新藤先生の厳しい指摘。たしかにいちいちもっともだが、今の詩織にはあまりにも理不尽に過ぎるものだった。
「そもそもね、きちんと自分の体調の管理ができない人が、よそ様の子供をお預かりするなんて、許されないことなのよ? わかってるの?」
「い……っ」
 針のような鋭い言葉に、こくり。喉の中に固い唾を飲み込み、詩織は懸命に言葉を継ぐ。
「い、行ったんですっ、ちゃ、ちゃんと、トイレ行きましたっ! ……っ、……で、でも、あのっ、そこ、おトイレが、す、すごく混んでてっ……!」
「言い訳しようとしないの。できなかったわけじゃないんじゃないの。だったら、ちゃんと済ませられなかったのはあなたの責任なのよ?」
「だ、だってっ……」
「だってじゃないわ。我慢できないなら、そのまま戻ってきちゃだめじゃないの。なにをやってるのよ。……ほら、もうバスも出発してるじゃない。無理ならどうしてもっと早く言わなかったの」
「っ……」
(い、言おうと、したんですっ、ずっと、何度も、おトイレ行かせてくださいって……っ、おしっこしたい、我慢できないって…っ)
 必死の反論は、しかし形にはならない。ただ声にならない叫びが、少女の喉の奥にわだかまるばかりだ。
「あなたは、みんなのお姉ちゃんなのよ? もう子供じゃないんだから、しっかりしなきゃだめよ」
 指さされる空色のエプロン。『先生』の証。
 詩織に、オトナであることを。子供達の立派なお手本であることを強いる枷。
 ずっと憧れだった、一人前の保育士さん。その象徴である『先生』のエプロンは、いまや少女の切なる願いを縛りつける凶器だった。
 新藤先生は諦めたようにもう一度ため息をついて、詩織を見る。
「前原さん、あなたお手洗い近いのねぇ……もっと訓練しなきゃだめよ。子供達につきあってると、お手洗いのひまなんてなくなっちゃうこともあるんだから。
 厳しいことを言うようだけど、前原さん、もう少し自覚を持ってちょうだいね。もう二年生なんでしょう? ちゃんとガマンしなさいね。あなたも“おねえちゃん”なんだから、みんなのお手本に
ならなきゃダメなのよ?」
 そんなことを言われても、今まさに、詩織はそのオシッコ我慢のトレーニング最上級コースの真っ最中だ。
「ぁ……ぅ……ッ」
 新藤先生は完全にお説教モードで、詩織の言葉になど耳を貸してはくれなかった。まるで自分はオシッコなんてしないかのような口ぶりで、必死に我慢を続けている詩織のことを責めたててくる。
「ち……」
 違います。違うんです。違うんです。
 否定の言葉は、詩織の喉で潰れて形になりはしない。さらに腰をよじらせる詩織を見て、新藤先生はまた溜め息をついた。
「どうなの? 我慢できそう? まだ、到着まであと1時間くらいあるわよ?」
「っ……そ、のっ……うぅっ……」
「無理なの? 無理そう? 本当に? ……ああもう、どうしましょうね……またバスを止めてもらうわけにはいかないし……」
「んぁ……うっ……そ、その、でも……っ、でもっ!」
「仕方ないわねえ。本当にどうしようもなくなったら、アレにしちゃいなさいね」
 新藤先生が指差した先は、バスの昇降口のすぐそばに設けられた収納スペース。そこには、二つ重なって雑巾を挟んだ、青いプラスチックのバケツがあった。
「っ…………!?」
 バケツに――オシッコ。
 ぼっ、と火が付いたように。詩織の顔が一瞬で紅く染まった。
 無慈悲な一言に、少女の羞恥心が激しく煽られる。
 走るバスの中、会の子供たちの注目を一身に浴びながら、床に置いたバケツをまたぎ、その中にトイレを済ます自分の姿を――嫌でも想像してしまう。
(い、やぁああっ……!! やだっ、そんなのやだっ、バケツなんか嫌、っ……ちゃ、ちゃんと、トイレで、おトイレでオシッコ、じゃなきゃ、嫌っ、おトイレで、なきゃ、だめェっ……!!)
 ちゃんとした排泄場所どころか、周囲の視線を遮ることもしてもらえず。本来の用途とはまるで違う、プラスチックの容器の中に注がれる激しい水流と、響き渡る音、そして匂い。
 本来なら個室の中でこっそりと行われるべき秘密の行為を、衆目の中で強制されることは、たとえ想像の中といえども、思春期の少女には耐え難い屈辱だった。
「そ、そんなの嫌ですっ! だ、だいじょうぶです……がまんできますっ……バケツなんか、嫌ですっ……」
 嫌悪感に弾かれるように、詩織の口から拒絶の言葉が飛び出した。はっきりと、そう答えてしまっていた。
 新藤先生は、そう、と短く頷いて。
「わかったわ。しっかりしてね。でも本当に無理なら我慢しないで言って頂戴。いい? もし詩織ちゃんがオモラシしちゃっても、換えパンツは子供たちの分しかないんだからね」
「は……はいっ」
 掠れた声で詩織は頷く。頷くしかない。
 ついさっきまで半ば本気で、バスを止めてもらおうかどうか悩んでいたところなのに。もう、今すぐこの場でさえもトイレがしたいのに。詩織にはオシッコをする事は許されなかった。
 ふらふらと自分の席に戻ってゆく詩織は、新藤先生が弓野先生を呼びとめて、二言、三言を告げてゆくのを聞いた。
「もし――だったら、前の――バケツ――」
 何を言われているのかは、はっきり聞き取れなくても理解できた。……むしろ何も聞きたくなかった。
「くぅ……ふぅっ……っ、はーっ、はぁーっ……」
(いや、いやっ、オシッコなんか出ない……オシッコなんか出ない、オシッコなんかしたくないっ……おねえちゃんなんだからっ、ガマン、がまんっ……!!)
 座席の背もたれに身体を投げ出すように――けれど慎重に、後部座席に腰を下ろし、ぎゅっとエプロンの前を握り締める。
 おなかをさすりながら、もう余裕のない下腹部の余分な力を抜き、さらに多くの水分を溜めこめるように大きく深呼吸。自己暗示をかけるように詩織は頭の中で繰り返す。
「……? お姉ちゃん?」
「っ、え……エリ、ちゃんっ」
 ただならぬ様子の『先生』たちと、がさごそと落ちつかない詩織が気になったのか、詩織の前の席のエリがきょとんと詩織を見上げる。
「どうしたの? おねえちゃん先生?」
 続いて、隣の席のカスミも。
 二人の視線に晒されながら、詩織はそれでも、脚の付け根を押さえる手を離せない。もじもじとだらしなくおしりを振り続ける詩織に、エリはまん丸の目をぱちくりとさせた。
「……もしかしてオシッコ? おねえちゃんせんぇ、オシッコしたいの?」
「っ……」
「おねえちゃん先生、おトイレ行ってないの? きゅうけいの時にちゃんとオシッコしなかったの?」
 エリたちは、小さいなりに詩織の身を案じてくれていた。しかし、子供ゆえの配慮のない言葉は、天井知らずに高まる尿意に精一杯の詩織の羞恥心を煽るばかりだった。
「だめだよ、おねえちゃん先生。ちゃんと先生におトイレ行きたいですって言わなきゃ」
「そうよ、おねえちゃんなのにだらしないわよっ」
「あ、じゃあわたしが先生よぶね。おねえちゃん先生がオシッコしたいですって教えてあげる。それで、さっきみたいにしてオシッコすればいいよ」
 あっというまに、エリとカスミの間で話が進んでゆく。いまにも二人が大声を出して立ちあがりそうな気配に戦慄し、詩織の心臓が跳ねあがる。
「っ、ダメ……っ!!」
(ちゃ、ちゃんと、ガマンしなきゃ……!! ……みんなに、おトイレもちゃんとできないダメなおねえちゃんって思われちゃう……っ!!)
 もうオトナの自分が、『おねえちゃん先生』である自分が、エリ達のようにオシッコを我慢できず、もう一度バスを止めるなんて――絶対に絶対にしてはならない。
 詩織はぎゅっと自分の腿をつねりまくって、今にも溢れそうになる尿意を誤魔化しながら、必死に笑顔をつくった。
「あ。あはは……なんでもない、よ。へいき、へいき…っ。ちょっと、疲れちゃっただけ、だからっ」
 詩織の股の間で、くしゃくしゃと握り締められる青と緑の縁取りのエプロン。
 少しでもみんなのお手本になるために。みんなのおねえちゃんであるために。
 その一言に縋り付くように、もう限界の心を奮い立たせて、詩織はぎゅっと唇を噛んだ。憧れのはずだった『先生』のエプロンが、まるで膀胱を縛り付ける鎖のように重い。
「えー? ほんと? オシッコしたいんでしょ?」
「ウソついちゃだめよ、オシッコよ。ぜったい」
「ち、ちがうってば……っ、あはは、まねっこ、だよっ……ふ、ふざけた、だけっ」
 あまりにも苦しい言い訳だ。
 バスの振動に、恥骨から腰骨にじぃいんっ、と響く排泄の予兆を、股間を座席シートに押しつけることで隠し、詩織は両手を離しておどけて見せる。
(ぁうぅうっ…!!)
 途端、脚の付け根でじわりとイケナイ気配が広がってゆく。
 じゅんっ、じゅっ、じゅ、しゅるるっ……
(っ、出てない、出てないっ、オシッコでてないっ……汗、汗なんだからっ……)
 熱い刺激が股間を行き来する。じわりとお尻のほうにまで、肌が液体に漬かったような感触が広がってゆく。
 それでも――
「はぁ、はぁっ…っく……」
 おなかの中には、今にも爆発しそうな煮えたぎった尿意を抱えながら、詩織は悲壮な決意で我慢するしかなかった。
 バスが目的地の公園に着くまで、
 ――あと、45分。

 ▼ 5
(お願い、はやく着いてっ、はやく、はやくっ、はやくはやくはやくはやく……っ!!)
 バスが前後に揺れるたび、許容量を遥かに超える恥ずかしい熱湯を閉じ込め続け、酷使された括約筋が悲鳴を上げる。膨らみ続けた水風船の水圧に押され、女の子の恥ずかしい水門を閉ざす器官は徐々にその機能を失いつつあった。
 ほかの先生たちによって再び楽しげにお遊戯を歌い続ける子供たちの中で、詩織はただ独り座席の上に縮こまり、絶望的な尿意との闘いを続けていた。
(っあ、……だめ、だめっ、だめえっ)
 バスのわずかな振動にあわせ、じいんっと股間に響く衝撃。ぱんぱんに張り詰めた尿意はその刺激を何百倍にも増幅させ、少女の下腹部のティーポットを激しく揺さぶる。
「んくぅっ……っ、は、あっ、はあっ……ふうぅっ」
 ぷくりと膨らんでは緩みかけそうになる排泄孔を、エプロンの上からぎゅうっと力を込めた手のひらで握り押さえて。
 バスの後部座席で、泉会の『おねえちゃん先生』は必死になってトイレを我慢し続ける。
(はやく……、おねがい、はやく、着いてっ……)
 カラカラの口の中に無理矢理つばを飲み込んで、見上げた窓の外は、ずらりと並んだ車の行列。
 高速道路を降りたバスは、最終目的地の森林公園をすぐ目の前にして渋滞に巻き込まれていた。道路にびっしりと並んだ車は際限のない列をつくり、焦れるほどののろのろ運転でわずかに進んでは停まってを繰り返している。当初の予定から20分遅れで、既に限界に近い詩織はまだ、バスを降りる目算すらない。
 青になってからほとんど進むこともできないうちに点滅をはじめ、また赤に切り替わった信号に、小刻みに震える詩織の膝がぎゅっと寄せられた。
「はあっ、うぅ……ぁううっ」
 太腿をきつく擦り合わせ、身体をよじるようにして座席に身をかがめ、我慢の苦悶も抑えきれずに呻きとなって溢れ出す。
 ゴールはいまだ遥か彼方。いつまで経っても届かないどころか、遠ざかってすらいるかのようだ。詩織は押し寄せる尿意の波に身をよじり、くねくねと腰を揺すっては熱い吐息をこぼす。
 くしゃくしゃになった空色のエプロンは、まるで『ふんどし』のように三角形に詩織の股に挟みこまれ、お尻の方にまで回って少女の脚の付け根を押さえ込んでいる。
 限界寸前の尿意に耐えんがため、少しでも股間に押し付けるものを増やそうとしての無意識の行動の結果だが、それはまるで、エプロンを使って股間を包み込むオムツを作るごとき行為だ。
 そうまでしても、内側からこじ開けられそうな水門を閉ざすにはもはや両手の助けだけでは足りず、詩織は自分の体重までも利用しなければならなかった。
 エプロンとスカート、左右の手のひらで包み込まれた股間は艶めかしく前後し、座席シートの上に何度も擦りつけられる。
 それでも、少女の重ね当てられた手のひらの奥。下着にはすでにじわりじわりと小さな湿り気が広がりだそうとしている。
(はやくっ、はやくして、お願いっ、はやくっ、早く着いてよぉっ……! おねがい、はやく……はやく、お、トイレ、おしっこ……っ!)
 口の中で小さくつぶやき、自分に言い聞かせるようにして、蒼白な顔でぎゅっと目を閉じる。
「うぅ、っくぅ……っ」
 もうすでに我慢は限界に達している。次々と押し寄せてくる尿意の大波に対し、全身を強張らせて懸命にやり過ごす少女の頬を冷たい汗が伝う。詩織はいまや全身を使ってオモラシの誘惑を必死に振り切ろうとしていた。
「せんせー、まだ着かないの?」
「そうねえ、まだちょっと時間がかかるみたいねえ。それじゃあみんな、なにかやりたい遊びはあるかな?」
 バスの中を賑わす子供たちの声。
 予定外の到着遅延にもかかわらず、泉会のみんなは元気いっぱいだ。調子が悪そうにしている子は誰もいない。
 みんな、さっきのサービスエリアで、きちんとトイレ休憩をしているのだ。詩織よりもずっと小さな子供たちは全員、ちゃんとお手洗いを済ませている。
 一刻も早くトイレに行きたいと切望し、オモラシ寸前の格好で漏れそうなオシッコに身悶えしているのは、泉会の『おねえちゃん先生』だけだ。
(っ……やだ、やだ、よぉ……っ、おしっこ、っ、だめ、出ちゃう、でちゃう、おしっこでちゃう……っ)
 焦点も定まらず宙空を彷徨う視線。詩織の両手は、もう随分前から前かがみになった太股の付け根を押さえこんだまま固定されていた。不自然に『く』の字に折り曲げられた身体、股間から手を離せずにいる詩織に、もはやみんなのお手本となるべき『おねえちゃん先生』の威厳はない。
 緑の縁取りと空色の布地。泉会の一人前の『先生』の証は、ヒクつく股間の中心に下着の上からきつく押し当てられ、うっすらと開閉を繰り返す『おねえちゃん先生』のスリットにぐいぐいと食い込んでいく。
 きつく握りしめられた空色の布地、エプロンの裏地は、詩織の足の動きに合わせて徐々に湿り気を増していた。
「あ、ぁっ……ぁう、あ、っ、はぁっ…」
 一向に収まることの無い尿意は、波というよりは高潮だった。高低差はほとんどなくなり、一度やってくる尿意は最高潮を保ったままじりじりと際限なく高まり続ける一方なのだ。辛うじて最高点を乗り越えても、すぐには引かず、じわじわと恥骨を刺激し股間にイケナイ刺激をもたらし続ける。自然、一回ごとの我慢の時間も長くなり、合間合間の休憩時間もわずか。疲弊の度合いも段違いに激しい。
 これでいったい何度目の『高潮』だろう。いつまでも収まらない尿意の高潮に、詩織は思わず声を高め、びくんと腰を竦ませて緊張したおしりを浮かせてしまった。
「ぁ、っく……!!」
 じゅんっ、じゅっ、しゅるっ、
 しゅるるるっ、ちょろろっ、じゅじゅうぅっ。
 固く閉じ合わされた指の間で、熱の籠もった下着がじわりと湿る。とたんに訪れる得も言われぬ解放感と、熱い雫の先走りが脚の付け根に拡がってゆく感触に、詩織はぎゅっと唇を噛み締めた。
(ま、またっ……おチビり……っ、だ、ダメ、これがさいごっ、いまので、さいごっ……ほんとにほんとのさいごだからっ、もうしない、もう出ないのっ……!!)
 断続的にオシッコをちびり続け、詩織の下半身はもう言い逃れのできないほどに湿っている。オムツ代わりにされたエプロンの布地でもすべては吸収しきれずに、スカートにまで黒い染みが広がっていた。座席のシートにまで、黒い染みがぽつぽつと見える。
 スカートの奥、繰り返された『おチビリ』で、詩織の下着はすでにおしりの方まで黄色く染まり、押さえた指の隙間から滴るほどに雫をあふれさせていた。
 エリとカスミは、サービスエリアでさっきの失敗で汚してしまったパンツを穿き替えさせてもらっていた。けれど、当然ながら『おねえちゃん先生』の詩織には換えのパンツはない。
 立派な『先生』の一員である詩織が、まさかオモラシなんてするはずがないのだ。もしも万が一そんなことがあったとしても、詩織はびしょびしょになったパンツを穿いたまま遠足の付き添いをしなければならない。
 いや――あるいは。『オモラシおねえちゃん』となった詩織も、エリ達と同じ替えの真っ白ぱんつを穿かされてしまうのかもしれなかった。
(そっ、そんなの嫌、っ、だめっ、だめなの、っ、もうぅ、もうだめ、っ、が、っがまんっ、ガマンするのっ、と、トイレ……おトイレ、トイレ行きたいおしっこしたいオシッコしたいオシッコオシッコ……っ!!)
 トイレ。おしっこ。漏れる。出ちゃう。
 膨らみ続ける膀胱と、一向に収まらない尿意の波。詩織の理性はもはやすべてその言葉で塗り潰されていた。
 じん、じんっ、恥骨を伝って降りてゆくむず痒さが、股間の先端に集まってゆく。
 固く閉じ合わされた排泄孔がぷくりと膨らむ。
 詩織の下腹部、恥ずかしい熱湯ではち切れんばかりに引き延ばされた膀胱は、もはやどこにも膨らむことができず、激しくその身をよじって、オシッコを排泄する蠕動を促した。強烈な尿意はおなかの一番底、もっとも脆い場所の一点に集まってゆく。
 排泄器官。
 その名の通りのオシッコをするための女の子のしくみが、詩織の身体から不要な水分を残らず絞り出そうとしている。
(で、っでちゃう出ちゃう出ちゃうはやくはやくトイレといれオシッコといれオシッコ…っ!!)
 でる。でちゃう。
 ――オシッコが、でちゃう。
 あまりにも無慈悲に、その現実はゆっくりと着実に限界を迎えた少女の身体を侵食していった。
 心を引き裂くように悲鳴を上げ、懸命に耐え続ける詩織を弄ぶかのように、磨耗した括約筋の隙間から熱い水流が漏れ出してゆく。
 じゅじゅっ、しゅるっ、しゅるるっ……
 じゅっ、じゅじゅうぅぅうぅっ、ぶしゅっ
「ぁ……ふぅっ……く、ぅ、あっ……ぁああ!!」
 決壊の緊急警報に屈しそうになる恥骨の上のダムを押さえ込むため、詩織はたまらず両足を“ぐいっ”と椅子の上に持ち上げてしまった。
 膝を抱え込むようにして身体を丸め込んだみっともない姿勢に、エプロンの下に隠れていたスカートと下着が大きく覗いてしまう。『おねえちゃん先生』の下着の股布部分は、チビり続けたおしっこで真っ黄色だ。
 少女の体内で、長時間にわたって閉じ込められ、執拗なほどの我慢に煮詰められたためか。詩織のおしっこは普段よりもずっと色濃い。
(ぁ、あっ、ぅ、ぁああっ、)
 座席の上で丸見えになった下着がぎゅっと捩れ、ぎしぎしと椅子が軋む。おなかの中で暴れるオシッコに合わせて、おしりが揺れる。そうして露になった詩織の下着が、さらにその端っこの方まで、じわじわと黄色に侵食されてゆく。
 じゅっ、じゅじゅっ、ぷしゅっ……
(で、でちゃう……っ……ダメぇ……っ)
 恥も外聞も捨て去ってオシッコを我慢しているのに、それでも尿意は収まらない。きつくきつく押さえ込んだ下着の内側で、じわりじわりと熱い先走りが滲み出してくる。
 乙女の排水口から溢れる雫は、もはや、おチビりと呼ぶには規模が大きすぎた。断続的に滲む熱いオシッコの潮吹きは、ぷしゅぅ、ちょろちょろっと下着の中に広がっては、スカート、エプロンにまで染み出してゆく。
(だ、ダメ……が、ガマンっ……しなきゃ……っ!)
 抱え込んだ膝ががくがくと震える。少女の下腹部は浸透する尿意に執拗に炙られ続け、猛烈に排泄を欲していた。高まった尿意が収まらない。それどころかさらに高ぶり続けてゆく。
 いかなる手段でも避けられない、生理的現象の限界が、少女の身体に訪れようとしていた。
(ゃ…だぁっ…!! 出ないで、オシッコ出しちゃだめぇっ、……エリちゃん、だってっ……、カスミちゃんだって、ちゃ、ちゃんとっ、ガマン、できたのにぃ……っ!! オモラシ、だめっ、だめっ、ダメえ、ぇ、ぇええ……)
 きゅん、きゅんっ、と膀胱の疼きが激しくなる。子供のようなオシッコ我慢のモジモジダンスをしているのに、ヒクつく腰をまるでおさえこむことができなかった。
(あと……ほんのちょっとだけ……なのにぃ…っ!!)
 藁にもすがる気持ちで持ち上げた視線の先で、また、信号が青から赤へ。
 「GO(いいよ)」から、「STOP(だめ)」へ。
 トイレに辿り着くまでの道が、またも通行停止になる。
(……んぁああっッ!?)
 のろのろながらも進んでいたバスが速度を落とし停止した。わずかに揺れる座席の振動すら、今の詩織には危急存亡の脅威だった。
 膨らみ切った水風船が震動を何倍にも増幅させ、少女の下腹部を直撃する衝撃となって排泄器官を弄ぶ。
 トイレに焦る気持ちのまま、恥ずかしいダムの中身だけが先に進もうとする。慣性に引っ張られて大波を立てる膀胱に、ずくんと下腹部が震え、排泄器官がうねる。
 堰き止めたダムの水門が水圧にこじ開けられそうになり、ぷしっ、ぷしゅっ、とひび割れから水が噴き出した。
(っ、だ……ッ、ダメ、ぇ……ッ!)
 詩織は悲鳴を上げそうになった。限界寸前の尿意に苛まれた下腹部と、抑えつけた下着の下で赤く擦れ、磨耗して、疲れきった括約筋。集中が緩むやいなやびくびくと引き攣る水門が、勝手に口を開け始める。その上に直接指をあてがって女の子の孔を押さえ込み、詩織は座席シートの上に激しく身悶えした。
 トイレ、おしっこ。オモラシ。
 排泄のもたらす甘い誘惑に屈しそうになる脚の付け根を、ありったけの力を込めて両手の指で押さえ込んで。震えだす股間をねじ合わせるようにきつくきつく膝を押し付け合う。
 ぎし、ぎっ、ぎしっ、激しい身悶えに座席シートが前後に揺れ、音を立てる。憧れのエプロンがくしゃくしゃに乱れ、大きく皺になる。少女はもはや一時たりとてじっとしていられない。
(ぁ、あっ、あ……~~ッ、っで、ちゃ、ぅ、お、おし、おしっこ、オシッコっ、おしっこぉッ! ……っ、で、でるぅ、でるっ、で、ちゃうっ、おしっこ、でちゃ、ッ、うぅうぅう……~~ッ!!)
 これまでの人生の中で一度も経験したことのない、暴力的なまでの尿意が、詩織を苛む。渋滞に囲まれた密室の中で、もはや少女の理性もプライドは見るも無惨にすり減らされていた。
「っ……ぁ、ん、ぃ……」
 さらなる羞恥を、屈辱を。女の子の最大の恥辱を回避するため。詩織はわずかに腰を持ち上げ、掠れた声で声を絞り出した。
 涙に滲み、ぼやける視界。
 泉会の『おねえちゃん先生』は、まるで小さな子供のように、すぐ近くの補助席に座る『オトナの先生』へと助けを求める。
「……いっ、……んせいっ」
「え?」
「し、新藤、せんせい……っ」
 擦れる声を届かせるため、わずかに腰を持ち上げ、前の座席シートにもたれかかるようにして――それでも、エプロンごと股間を握り締める手は離すことはできないままに。交差された脚は頼りなくくねくねと寄せられ、浮かせた腰が前後左右に揺すられる。
「先生……っ、ぁ、あ、っの、っ……あのっ、……っ」
 額に汗を浮かべ、顔を耳まで真っ赤にして、ぱくぱくと喘ぐ唇から、渇いた喉に唾を飲み込んで。
 詩織は、懇願の声を絞り出した。
「ば、…バケツ……ばけつ、か、かしてっ……くだ、さっ……ぃ……っ!!」
 ――せんせぇ、おしっこ!
 ――おしっこ、もうがまんできないんです!
 切羽詰まった少女が、絞り出すようにして切望する声。
 すぐさま詩織の窮地に気付き、新藤先生は血相を変えて身を乗り出した。詩織のそばに顔を寄せ、すばやく耳打ちをする。
「ええっ!? ちょ、ちょっと、ねえ、前原さんっ、本当にダメなの!? 冗談でしょう……? あともう10分もかからないのよ!?」
 新藤先生の反応は正しい。ちゃんとしたオトナなら。きちんとした『先生』であれば。それくらい我慢しなければならない。そのはずだ。
 けれど、もう無理だ。詩織はあと数十秒だって耐えていられない。一秒でも早くオシッコが出したくてたまらない少女にとって、その10分は永遠と同じ意味だ。
「む、無理……っ、です、……んくっ、もっ、もうっ、……っが、ガマン、で、できま、せ、っ、……んぁあっ……は、はやくっ、はやく、とっ、トイレぇッ……!!」
「ちょっと、さっきガマンできるって言ってたじゃない……!! なによ今になって……なんで早く言わないの!? ああっ、こんなに濡らしちゃってるじゃないっ!!」
「だ、ダメっ……で、出ちゃぅ……、でるっ、で、でぅうっ……」
「ちょ、ちょっと待って!! 駄目よ、ガマンなさい! まだ出しちゃ駄目よ!?」
 顔色を変えた新藤先生は慌てて席を立ち、慌ただしくバスの前へと走って行った。いち早く事情を察した弓野先生をはじめ、他の先生たちも顔を上げ、運転席周辺が騒然となる。
 ……ええっ!? 本当なの……!?
 ……もうすぐ着くじゃないの……
 ……でも、もう無理だって……
 ……バスを止められないの!?
 詩織はがくがくと震える腰のまま、最後の力を振り絞って座席隣の手摺りにしがみ付いた。もう、立っても座ってもそれだけでおしっこが出てしまう。オモラシが始まってしまうのだ。押さえ込んだスカートの奥で、エプロンの布地はじわじわと色を変え始めている。
(ダメっ、ダメ、ダメだめえっ、でちゃダメ、出ないでぇ、っ、……あと、んぁ……ぅ……あとすこしだけっ、んっくぅ、あとほんのちょっとだけ、ちょっとだけ、っが、ガマンんんっ……!!)
 あと十秒、遅くても二十秒。それだけでいい。そうすれば、先生たちがバケツを持ってきてくれる。そこにまたがればオシッコできる。そこにならおしっこを出せる。オシッコの時間がやってくる。
(オシッコ、オシッコできるっ、あと、じゅうびょう、にじゅうびょう、いちにさんしごろくななはちきゅうじゅ、じゅうびょう、にかいじゅうびょうかぞえればオシッコ!! にじゅうびょうでオシッコ!! といれ、オシッコといれできるのといれおしっこもうすぐもってきてくれるのっそうすればしゃがんで、パンツぬいで、しゃがんでっ、おといれ、オシッコ、といれできるの、おしっこできるのおぉっ!!)
 弓野先生がなにかを叫んでいる。
 新藤先生がバケツを掴んで走りだした。
 青いプラスチックの大きなバケツ。おそらく、バスの掃除か何かに使われているものだろう。古びて使い込まれたそれは、お世辞にもきれいとは言えない。
 けれど、そのバケツが――青いプラスチックの容れ物は、今の詩織にはトイレと同じものだ。
 おしっこをしてもいい場所。
 中におしっこを出してもいいもの。
 おしっこをするための容器。
 つまり――おトイレ。
 そのおトイレが、オシッコをしてもいい場所が、向こうからやってきてくれる。もう我慢しなくたっていい。一歩も歩かなくてもいい。詩織は待っているだけでいいのだ。床に置かれたそれを跨いで、下着をおろしてスカートをたくし上げて、しゃがみ込めば、オシッコができる。もう、それでガマンしなくてもよくなる。すぐにオシッコをしてもいいのだ。
(ぁっ、ああっああ……っ)
 排泄の予兆に震える少女の下腹部、握り締められた手のひらの奥でじゅっじじゅじゅぅと激しい水音が響く。下着を溢れスカートに広がり、エプロンを湿らせる熱い迸りが、少女の指を濡らしてゆく。
 トイレ。おしっこ。
 やってくる青いバケツへと向かうその行為において、乙女として必要な羞恥がそのプロセスからごっそり抜け落ちていることには、もう詩織は気付けない。際限なく膨らみ責め苛む尿意は、少女にそれを許さなかった
 尿意からの解放。排泄。トイレ。おしっこ。
 それだけを心の支えに、詩織は最後の力を振り絞り、やってくる青いバケツへと手を伸ばしかけ――
「あーーーーっ!? おねえちゃん! オシッコ!! おしっこオモラシしてるーーっ!!」
 バスの中に響いた大声に、渋滞に退屈していた子供達は一斉に後部座席を振り向いた。
 ▼ 6
 バスのなかに響き渡る大語で叫んだのは、詩織のすぐ後ろに座っていたエリとカスミだった。
 さっきから様子のおかしい『おねえちゃん先生』を、二人は首を捻りながらじっと見つめていたのだ。
 やってくるバケツを待ちかねて、詩織が思わず腰を浮かした瞬間。二人は『おねえちゃん先生』のスカートがぐっしょりと色を変え、座席シートがたっぷり湿っているのに気付いたのだった。
 漏らしたての熱いオシッコがつくる、くっきりとした大きなオモラシ跡。お茶をこぼしたような有様のそれは、言い訳もできないほど明らかな『大失敗』の証拠だ。
「……っひ、……ぅ…っ!?」
 大声に目を見開き、詩織は思わず背後を振り返る。それと同時、きゅうんと下腹部も反応し、ぷくりと膨らんだ排泄孔が熱い雫を吹き上げた。
 緩む水門の隙間から、ぷしゅ、ぷしゅうぅとオシッコが噴き出し、シートの上にちょろちょろと細い水流を撒き散らす。
 ますます広がる『おねえちゃん先生』のオモラシ跡は、座席の上からぽたぽたと溢れ始めた。
「ほんとだ、おねえちゃん先生オモラシしてるーっ!! ねえっ、おねえちゃんおしっこしてるよ!!」
「いけないんだーっ!! こんなところでオシッコしてちゃいけないんだよ、おねえちゃんっ!!」
「そうよ、バスの中でオモラシしちゃダメなんだよ!!」
「……ッひ、あ、っ、……ぅ、……ちっ、ち、がぁ、……っんあぁあっ!」
 咄嗟に身体をよじってオモラシの痕跡を隠そうとする詩織だが、津波のように押し寄せる尿意にそれもままならない。
 不安定な足場を堪え切れず、腰がくねり足がモジつき、またも漏れ出す熱い雫は、ぷしゅっ、ちょろちょろと噴き出す水流となって脚を伝い落ちる。
「ねえ、おねえちゃん、だめだよ? おトイレじゃないのにおしっこしちゃいけないんだよ?」
「おねえちゃんせんせい、さっきの休み時間でおトイレいかなかったのー? ねえ、ガマンできなかったのー?」
「ち、ちがッ……ちがうの、っ、こ、これ、っ、……っはぁあ、ふぅっ、んぅっ、…んゅうううぅぅ……ッ!!」
 違うの、間違いなの、勘違いなの。と。詩織は必死に声を絞り出す。しかし下半身はもはやずぶ濡れ、勘違いで誤魔化すには手遅れだ。
 ぶじゅっ、じゅうぅうっ、じゅじゅうぅ……ッ!
 子供達の視線に晒されたことで、緊張に強張った下腹部は、排泄のための不随意筋を活性化させてしまった。ぱんぱんに膨らんだ水風船は少女の意志に反して収縮し、その中に溜め込んだ熱い濁流を絞り出す。
 握り締めた指の間、『おねえちゃん先生』のだらしない股間はさらにじゅじゅっとオシッコを噴き出させ、スカートの染みを一際大きく広げてしまう。
 詩織の下着は、オシッコでびしょびしょの水浸し。黄色く染まった股間はそのままオモラシ同然の状況だ。
 ふらつく足元にぽたぽたと散る水滴が、次々に量を増してゆく。
「は……っふ、……んぅ、っ、ぅううぁああっ……ッ!!」
 身体をよじり、しゃがみ込むようにして股間をねじり押さえ、オシッコを抑えようとする詩織だが、排泄の準備をすっかり整えていた少女の身体は、いまさらそんな命令を聞いてくれはしなかった。
 がくん、バスが揺れる。渋滞が動く。
「んぅあッ……!?」
 震動にたたらを踏み、座席からはじき出されるように通路に飛び出した詩織は、倒れ込みそうになる体を支えようと反射的にオシッコにまみれた手で座席を掴んだ。
 しかし、下腹部を揺さぶり、足の付け根へと突き抜ける猛烈な衝撃に、その手はすぐに股間に伸び、オシッコを塞き止める応援に駆け付けることを要求される。
「ぁ……は、ぅ、っ……あ、っ…ぁあっ……」
 すでに、少女の排泄孔を閉ざす括約筋は、その機能を失っていた。溢れ出す洪水を塞き止める支えを失い、詩織のダムの一番底に水門がゆっくりと口を開けてゆく。
 ぷしゅっ、じゅっ、じゅじゅううっ、
 ぶじゅじゅじゅうっ、じょっ、ぶじゅううっ……!!
 布地に叩き付けられる猛烈な水流の音。スカートも、エプロンの保水力も限界に達し、詩織の足元にぱちゃぱちゃと暖かな水流が迸り始めた。通路の真ん中、中腰で足の付け根を握り締める『おねえちゃん先生』の真下に、水たまりがみるみる広がってゆく。
 渋滞のバスの中、子供達の視線を独り占めにしたまま。
 詩織はただ無力に、手すりにしがみついて必死に腰を揺するばかりだ。
「ちょっと、みんな、静かに! 席について!」
「立ったら危ないわよ! 座りなさい!!」
 先生たちが口々に制するが、騒然となった車内、泉会の子供達はなかなか静まろうとしない。
 椅子から身を乗り出して様子を窺おうとする子、通路に出て詩織に駆け寄ろうとする子、先生を呼び止めて説明しようとする子。『おねえちゃん先生』のオモラシという一大事に騒ぎの増す車内で、新藤先生はその混雑に阻まれて、バケツを抱えたまま立ち往生していた。
 詩織の待望する。焦がれて求める青いバケツが――おしっこをするための容器が、届かない。
「っ、あ、っ、あ、あっぁ、~~~……ッ!!」
 トイレ。おしっこ。排泄を求める凶暴な本能がぶるりと身を揺すって暴れ出した。少女の下腹部で、ごぽりと膀胱が音を立て収縮した。空を見つめ、ぱくぱくと口を開いた詩織の股間をすさまじい衝撃が直撃する。
 じゅっ!! じゅじゅううっ!!
 じゅじゅっ…しゅるしゅるしゅるぅうぅっ……!
 ちょろっちょろろろ、じょっ、ぶじゅっじょじょっ!!
 猛烈な勢いで、乙女のダムにせき止められていた恥ずかしい熱湯が小さな排泄孔へと殺到する。
 猛烈な水圧に内側から突き破られそうになった水門は大きく緩み、少女の股間からはさらに続けてぱちゃぱちゃと大量の水流がこぼれだす。
(っ、くぅぅぅうっ、ぅぁあううぅうっ!!)
 激しく身悶えし、足踏みをして、懸命に耐えようとする詩織だが――青いバケツは、おしっこをするための場所はまだ通路の向こうだ。
 だめ、だめ、だめ。詩織は最後の力を振り絞り、必死の思いで言うことを聞かない脚の付け根を押さえ込む。すでにオモラシは避けられないというのに、なお最後の瞬間を先延ばしにする。
「わわっ、ほんとだ、おねーちゃんおしっこしちゃってるよぉっ!」
「えー、おねえちゃん、せんせいなのにおトイレがまんできなかったのー?」
「いーけないんだー。いけないんだー! バスでおしっこしちゃうなんていけないんだよー!」
「ねえおねえちゃん、オシッコしたいんならちゃんと先生に言わなきゃだめだよぅ!」
 子供たちの声は残酷だった。
 立派な『おねえちゃん先生』であるはずの詩織が、おしっこを我慢できないなんてありえないことだったのだ。訪れた非常事態に、泉会の生徒たちは興奮のまま口々にオシッコ、オモラシと囃し立てる。
 彼等にとってオトナであるはずの詩織がオモラシをするなんて、絶対に許されないことであり、いけないことだった。子供たちの無邪気な非難が、無力に身を丸める少女に叩き付けられていく。
「ぁッ……あぅ、んぅっ……っくぅうぅあぅう……っ!!」
 渋滞の中を進むバスががくんと揺れる。足の裏から伝播する震動に、少女の膀胱は猛烈な尿意に絞り上げられ、限界を超えた詩織に一刻も早い排泄を命じてくる。
 ダメだ。限界だ。もうもたない。
 最後の最後の我慢も、これで限界だ。
(ダメ、だめなのにぃっ……ここ、バスの、中なのにっ……みんなが、いるのに、おトイレじゃないのにっ、でちゃう、いっぱいでちゃうっ、こんなところにおトイレしちゃうっ……ぱんつ、はいたままで……おトイレ、しちゃうううっ!!)
 これまでの絶望にも懸命に耐え続けてきた少女の心が、ついに弱音を吐くと同時。がくり、大きく揺れた少女の膝が折れ、通路の真ん中にたたらを踏んだ。
「っはぁああぁあああ……~~ッ!」
 ぶじゅっ、じゅじゅっ、ぶじゅじゅじゅぅぅぅぅっ!!
「わぁああっ!?」
「おねえちゃん先生、またオモラシしてるーっ!」
 激しい水音と共に、詩織の足元に降り注ぐオシッコ。飛び散る水流に、そこかしこから声が上がる。
 必死に握り締めたエプロンの中で排泄孔がひしゃげ、麻痺しかけた括約筋の隙間から間断的に熱い奔流が噴き上がり、下着の股布を激しく叩いて、重ねた手のひらの作る器へとぶつかり溢れ落ちてゆく。
 猛烈な排泄のもたらす解放感が、腰を突き上げるように少女を恍惚の頂へと突き上げた。恥骨から響く黄色い稲妻の衝撃に、ふらり、と揺らいだ詩織の脚が、とうとうバランスを崩し。
 ぱしゃん、と。詩織は自分が作り出した水たまりの上に膝をついた。押し寄せる解放感のままに地面に深く腰を落とし――正座を崩した『おんなのこ座り』へ。
 もっともオシッコを――オモラシをするのに適した姿勢へと。腰を抜かした少女が、本能のままに欲望を解き放とうとする、その瞬間。
「――前原さんっ!!」
 まさに間一髪の神業だった。乙女のダムが放水を始めんとする、そのほんのわずか一瞬前。
 バケツを抱えて駆け付けた新藤先生が、子供達を掻き分けて詩織のお尻の下にバケツを押し込んだのだ。
 同時、
 ぶじゅうっ、ぶじゅうううううぅぅう!!
 ぶっじゃじょじゃじゅばばばばばぁーーーッッ!!
「「「「わぁーーーーーーっ!?」」」」
 青いバケツの底へ、凄まじい勢いの水流が叩き付けられる。激しい水音を立て始めた詩織のオシッコに、バスの中は騒然となった。
 スカートと、エプロンと、そこを押さえた少女の手のひらを、なお突き破るように激しく、強く、すさまじい勢いで噴出する水流が、少女の腰の前方、青いプラスチックの容器の中へと、猛烈な勢いで注ぎ込まれてゆく。
 ぶじゅぅ、ぶじゅじゅじゅううぶじょじょじょッ!
 ぶじゅっじゅぶじゃじゃじゃあーーーーーーッッ!!
 白い指の隙間から四方八方に噴き出し、空色のエプロンを色濃く染めて。
 まるで庭のホースの水撒きのようだ。少女の下腹部に限界まで圧縮されていた水圧は、股間を覆う布地を激しく揺さぶった。放水の水圧に押し上げられたびしょ濡れのエプロンはばたばたと揺れ、下品な音を響かせる。
 少女の手のひらの間、たっぷりとオシッコを吸ってすっかり重くなったエプロン。
 その端は、噴き出すおしっこの水圧に吹き飛ばされるようにして詩織の指の隙間から抜け落ち、そのまま黄色い熱湯の溜まるバケツの中へばちゃんと落ちた。
 紺色に染まった布地を伝うように、さらなる大量のおしっこが噴射され、ぶじゅぶじゅぶじゅじゅうううと音を響かせバケツの中へと注ぎ込まれてゆく。
 泉会の『先生』の証、空色のエプロンは。
 いまやバケツの中へと、詩織のおしっこを注ぎ込むための、排泄用の設備の一部となっていた。
 下着とスカート、そしてエプロン。何重もの布地は、濁流の噴出に対してまったくの無力だった。股間を押さえた手のひらにぶつかり飛び散る雫が床に飛び散り、水たまりになってほかほかと湯気を立て始める。
「いやぁ……っ、だめ、だめええっ、見ないで、見ないでぇ……」
 ぷじゅ、じゅじゅじゅううっ!
 じょぼぼぼぼじゅうーーッ、びちゃばちゃばちゃッ!!
 いつまでも、果てるともなく、熱い噴水がじょぼじょぼとプラスチックの容器の中に散ってゆく。
 まるで壊れた蛇口のよう。解放された水門はいよいよ放水路を全開にして、詩織の股間から野太い水流を噴出させ続けた。
「っはぁ……ぁああっ……んぅ……っ」
 詩織の肩が大きく上下する。半開きの唇が熱い喘ぎをこぼし、重ね当てられた手のひらごと、腰がびくんと跳ね上がった。
 とろんと潤む目元、はあはあと荒い吐息。
 我慢に我慢を重ねてついに決壊したオシッコは、途方もない解放感を少女に与えていた。身体の芯を貫き、腰骨から背中を這い上がる、天頂へと昇り詰めるがごとき快感。
 足元に激しく噴き出すおしっこの勢いに押し上げられるように、詩織はしゃがみ込んだバスの通路で、何度も何度も絶頂を味わった。
「んぁ……はぁあぁあああ……っ」
 黄色い水流は、少女の下半身をとめどなく濡らしながら、なお弱まる様子を見せずに際限なく下腹部の先端から噴き出し続ける。
 憧れだった空色のエプロンは、いまやオシッコ漬けとなり、深い紺色にぐっしょりと染まって水浸し。
 少女の際限のないオモラシを受け止め続けて、色濃いおしっこの黄色い染みは、詩織のおヘソの上あたりまで達していた。
 ぶるぶると、少女の身体が震える。バスの通路、みんなの視線の中心で、青いバケツにまたがって、その中へ恥ずかしい熱湯を噴き出し続ける詩織。
 みんなの大好きな『おねえちゃん先生』の繰り広げる、あり得ない痴態の一部始終。
「あーあ……おねえちゃん、こんなところで本当にオモラシしちゃってる……」
「もうオトナなのに……ガマンできなかったんだねー」
「いけないんだよー。おねえちゃん、こんなところでオシッコしちゃいけないんだよ? オシッコはちゃんとおトイレでしなきゃ!」
「おねえちゃん、おトイレ行きたいですって、先生に言わなきゃだめだよ!」
「だめ……だめえ……っ、ちがうの、ちがうのぉ……っ」
 力なく首を振る詩織の懇願。
 しかし、バケツにまたがりなお激しくオモラシを続けながらでは、全てはあまりに無力だった。
「これじゃあさ、おねえちゃん先生じゃなくて、オモラシおねえちゃんだねっ!」
「そうね、オモラシおねえちゃんよね! だって、ちゃんとおトイレ、ガマンできないんだもん!」
「いけないんだー、恥ずかしー! もうおねえちゃん、オトナなのにねー!」
「ぅぁ……うぁあっ……っくぅ…ッ!」
 『おねえちゃん先生』から、
 泉会の『オモラシおねえちゃん』へ。
 子供たちの容赦のない声が、詩織の心に深い傷を刻み込んでゆく。
 困惑と、諦念。『おねえちゃん先生』への失望を込めたいとけなく無邪気な言葉は、少女の恥辱をいや増し、深い絶望の中へと沈めていく。
 他の大人の『先生』たちと同じように。子供たちのお手本にならなければいけない『おねえちゃん先生』。
 その証たるエプロンを自分のオシッコでぐしゃぐしゃに汚し、ぐっしょりと水浸しにしてなお、詩織の股間はだらしなく緩み、恥ずかしいオモラシを続けていた。
 まるで――自分自身で、『オモラシおねえちゃん』であることを認めるかのように。
「ぁ……はぁあ……ぁああ……っ」
 強い非難を含んだ子供達の注視の中でなお、詩織のオモラシは止まらない。耐えに耐えたものの解放は、詩織に天へと昇らんばかりの解放感も同時に与えていた。瞳は潤み、唇はぽかりと空いて、はあはあと熱い吐息が唇を揺らし、喘ぎが喉を震わせる。
 じゅじゅじゅぅう……っ
 ぶじゅじゅううっ……じゅぼぼぼぼぼ……ッ
「はああ……っ」
 熱い雫を滴らせる少女の股間はまるでホースを押し潰した時の勢いを保ったまま、バケツの中へのオシッコを続けていた。
 いつしか青いプラスチック容器の中で水位はみるみる上昇を続け、黄色い水面は泡立ちじょぼじょぼと深い水音を立ててさえいた。
「っ……っく、ひぐ……っ」
 噴き出す熱い水流を、エプロンの上から手のひらに受け止めて。肩を震わせしゃくりあげる少女の下、太く激しい何本もの水流は、弱まる様子を一向に見せない。
 小刻みに震える腰、おしりやスカートを回り込んだ水流は、バケツに入りきらずにそのまま床へと垂れ、おしっこをするべき場所である青いプラスチックの容器に入り損ねる『お粗相』をして、バスの床の前の方に大きく飛び散っていた。
 通路に流れ出し、広がる水たまりを避けるように、子供たちは声を上げながら通路を飛び退き、座先の上へと非難してゆく。
 バスの白い通路の上、黄色い水流が、ジャングルの河の氾濫のように大きく広がって。
 羞恥の水跡は、詩織の股間を源流に傾いたバスの床をどこまでも流れ落ちてゆく。
 バスが再び渋滞に停止し。黄色い水面の上に、大きく波紋が広がった。
 (了)

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