穏やかな街並みは、出会いの季節に満ちていた。
ほんの数週間前までは蕾だった桜も満開となり、そこかしこの枝から花吹雪を散らせている。
脚元に降り積もる花片を踏みしめ、真新しい革靴が、アスファルトの上に不規則なリズムを刻む。
「は……っ」
北村千穂は、ほんのりと紅く色づいた頬を緊張に強張らせ、通学路の坂を上っていた。
少女の着るやや大きめの制服は、下ろしたてと一目でわかる程に新しい。
まだほとんど袖を通したこともないだろう紺色のブレザーは、もてあまし気味に少女の身体から浮いている。背負った革の鞄も、汚れ一つない新品同然だ。
初々しさの漂う千穂の表情は、しかしこの上ないほど困惑と焦燥に彩られていた。
「…………、っ」
千穂がきゅっと唇を噛み、鞄の肩紐をつかんで歩みを進めるたび、鞄の奥からはかちゃ、かちゃ、と小さく文房具が揺れる音が響く。
膝下のソックスが包む細い脚はきゅっと内側を向き、太腿はぴったりと寄せ合わされ、スカートの下で遠慮がちに擦り合わされている。もう一方の手は身体の後ろに回され、スカートの上からそっとその裾を押さえていた。
けれどこれは決して千穂が格別、控え目に乙女らしく振舞おうとしているわけではない。
「あっ、……っ!!」
不意に千穂の表情がゆがみ、制服に包まれた小さな身体はびくん、と強張って硬直する。坂の途中で立ち止まり、きつく両目を閉じて、千穂は息を殺しながら、ソックスの脚をぐいっと交差させた。
それでも足りず、スカートの後ろに伸びた手のひらが、はっきりとわかるほどに布地の上から脚の付け根を押さえ、さらにもう一方の手まで、今度は身体の前からぎゅっ……と、閉じ合わせた太腿の上に添えられる。
「………、……っ、だめ、……だめ……っ」
唇の中で、自分自身にもどうにもならない衝動を、必死に自制しようとするつぶやきが繰り返される。
天下の往来、歩道の傍らで、片手を前に片手を後ろに回し、かかとを支点にぐりぐりと身をよじる少女の隣を、自転車に乗った女性が不審げに視線を送りながら通り過ぎてゆく。
知らぬものばかりの町で、千穂はたった一人、誰よりも孤独だった。
(っあ……んっ……やだ……ぁ)
かあ、と千穂の表情が赤みを増す。
こんなところで、学校の制服のままみっともない姿をさらしていることに焦りが増し、思春期の少女の繊細すぎるほど繊細な羞恥心はさらに千穂を追いこんでゆく。
が、焦る気持ちとは裏腹に、押し寄せる衝動はまるで引く気配がなく、千穂はそこに立ち止まったまま、歩き出せずにいた。
(は……はやく、しなきゃっ、いけないのに……っ。ぁ、だ、だめ、ま、まにあわなく、なっちゃうっ……!!)
春先の平日の午後とはいえ、大通りを歩く人の数は少なくない。道端でくねくねと切なげに身をよじる少女は、不必要なくらいに目を引いていた。まして、部活動にも進学にもこのあたりではそれなりに有名な私立校の制服姿となればなおさらである。
ぞわ、ぞわあ、と背筋を擦り脚の付け根を包み、下腹部の底をちりちりと焦がす――堪えようのない羞恥の衝動。中腰になって腰を後ろに突き出し、ふらふらと定まらないまま、よろめく足元が桜の散るアスファルトを擦る。
交差する脚の間、何度も擦り合わされる太腿の奥で、ぷくりと膨らみかけた出口に、千穂はか細い悲鳴を上げる。
「いやぁ……っ」
とうとう形振り構わず。身体の前後の手のひらがぎゅううっ、とスカートの上を掴んでしまう。少女の顔は耳の先まで赤くなり、うなじにも薄く鳥肌が浮いていた。
真新しい布地には無残にしわが寄り、千穂が何を堪えているのかを分かりやすいくらい分かりやすく教えていた。乙女の大切な部分を掴んだまま、腰を揺すり脚をもじつかせ、千穂は息を荒げ、荒れ狂う大波を必死に押さえ込もうとさらに手指に力を込める。
(あ……だめ、だめ、こんなところで……っ)
ぱんぱんに膨らんだ水袋の出口は、ほんの些細な油断でぷつりと穴をあけてしまいそうだ。奥歯を噛んで脚の奥に力を込め、ただひたすらに、押し寄せる衝動が過ぎ去るのを待ち続けた。
…………。
……。
どれほどそうしていたか。
うねる水面がどうにかやわらぎ、幾分か落ち着きをとり戻す。わずかな安堵と共に詰めていた息を漏らし、千穂は涙の滲みかけた目を開けた。
「は……ぁ……っ」
下着には少し染み出した水滴が湿り気をつくっていたが、本格的な決壊はぎりぎり乗り越えることができた。しかし、安心する暇などなくすぐに『揺り戻し』の気配が敏感に下腹部を震わせる。
ぶるっ、と背中を震わせ、千穂は坂の上を見上げた。
家までの距離はまだ遠く、我慢を繰り返して疲弊した脚は、それを登りきるにはあまりに頼りない。
「ど……、どうしよう……っ」
思わず困惑が言葉になって溢れる。
引っ越してきたばかりの千穂には、この町のことなどまだほとんど頭に入っていない。せいぜいが祖母に連れられていったスーパーと、駅くらいのもの。そのどちらも通学路とは反対方向だ。
千穂の知る限り、この近辺に公衆トイレなどはなく、公園やコンビニといった施設もない。切羽詰った尿意を解放するには、とにかく一刻も早く家まで帰るしか残されていない。けれど、そのための道程はいまや、恐ろしいほど遠く感じられた。
(お、おうちまで……我慢、しなきゃ……)
どう考えたところで、それしか選択肢はない。
だが――それすら困難に思えるほど、千穂の身体が限界を訴えていた。いまや数分間隔になった尿意の波は、ひとつを堪えるだけでも至難の技になっている。我慢をすればするほど、押し寄せる排泄衝動は強烈に、鋭いものへ変化してゆくのがわかっていた。
「……あ……っ」
また、同じような尿意が膨らみかけるのを感じながら、千穂は慌てて家路を歩き出す。しかしすでに少女の身体は、腿の付け根にいまにもはちきれそうに水を詰め込んで膨らんだ風船を抱えているようなもので、手で押さえるか脚をぴったりと寄せ合わせていなければ、まともに立っていることもできないほどだ。
激しい運動の後のように頬を赤くし、汗を浮かべ、は、はっ、と息を繰り返し、坂を登る少女を、また数名の少年たちが騒がしく走りながら追い越してゆく。
「なあ、待てってー!!」
「うっせー、速いもん勝ちだろー!!」
つい数週間前に卒業するまでは、千穂もあんなふうに遊んでいた。カードゲームの袋とケースを見せ合いながらはしゃく彼等に追い越され、千穂はさらに惨めな気持ちになっていた。
(…………)
きつくかみしめた唇に痛みが走る。
新しい学校に通うため、引っ越してきた祖父母の家、今朝、この制服に袖を通した時には、一歩自分が『オトナ』に近づいたような気がして、あんなにも誇らしかったのに――
『……トイレに行きたいです。』
たったそのひとことが言えずに、とうとう丸一日おしっこを我慢し続けてしまった自分。授業中どころか休み時間すらも、千穂は誰にも話しかけられなかった。
習慣も、勉強も、クラスメイトも、前の学校とは何もかもが違う、知らない顔ばかりの教室。すでに知り合いらしく連れだってお喋りをするクラスメイト達の中から、ひとりぽつんと取り残されて、千穂はあまりにも孤独な一日を送っていたのだ。
祖母はすぐに慣れる、友達もできる、と励ましてくれたけれど。
まるきり異邦のこの地で、千穂には誰かと話すことすらできなかった。まるで恥ずかしがりの子供。卒業と進学を機会に、もうそんなコドモの自分とはお別れすると、約束したのに。
「…………っ」
喉をちいさな嗚咽が震わせる。
だからせめて、人前でこんな無様な恰好をさらすわけにはいかないのに、下腹部で荒れ狂う濁流は、もはや少女の我慢の限界を超えてうねり続けている。
周囲からの視線から逃れるように身体を捻り、俯いて、けれど身体の前後の手はどけることはできないまま、千穂は必死になって、家までの道のりを進む足を速めた。
途中、何度も挫けそうになるのを必死に必死に堪え続け、ようやく辿り着いた千穂を待っていたのは――
無慈悲なまでに硬く施錠された、家の玄関だった。
「嘘、うそっ……おばあちゃん、ねえ、いないの!?」
一度呆然となり、次には何が起きているのかわからず、少女の頭は真っ白になりかけた。
当然ながら、引っ越してきたばかりの千穂は、ここの合鍵など持っていない。祖母とはそのうちねと約束はしているが、今はまだ必要がないものだと言われていた。家にはだいたい祖母がおり、締め出されることなどないはずだったのだ。
「そんな……どこいっちゃったの!? っねえ!!」
まるで、祖母にまで裏切られた気分だった。家に帰れば、優しく出迎えてくれるはずの祖母まで、自分を見捨ててどこかに行ってしまった――そんなふうにさえ思えてくる。
(っ……ぁ!!)
呆けている暇はないとばかりに尿意が押し寄せる。
約束が違うと暴れだした下腹部のうねりは、これまでのものよりもさらに激しかった。ここまで来ればトイレに入れる、そう信じてそれに縋って、無理を重ねてきた身体が、裏切りに悲鳴を上げている。
自宅の敷地の中ということで、千穂は人目はばからずぎゅうぎゅうとスカートの上から下着を引っ張り上げ、膨れ上がる尿意を少しでも散らそうと、ばたばたと足踏みまで始めていた。幼稚園の子がするような、必死の我慢のダンスが、限界の尿意を押しとどめようと懸命な努力を続ける。
「なんで……も、もう我慢、できないのにっ……!!」
インターホンを何度も押し込み、ノックをし、震えそうになる脚を引きずり庭を回りこんで窓を擦る。
けれど、窓も勝手口もしっかり施錠され、どうやっても応答がなかった。郵便受けや植木鉢の裏を探してみても、合鍵があるわけもなく。がちゃがちゃとノブをいじってみても、泥棒の侵入も寄せ付けないように作られたドアが千穂の力程度で打ち破れるはずもなかった。
「あ、あっ、あっあ!!」
じわ、とスカートの奥にまた新しい熱い滲みが広がる。
そのままがくんと腰を落とし、しゃがみ込んでしまいそうになるのを必死に堪えて、千穂はぶるぶると肩を震わせ、腰を左右に揺する。
ここまで我慢したのに、トイレに入れない――
トイレのしつけもできていないコドモみたいにオモラシをして、買ってもらったばかりの制服を汚してしまうなんて、絶対にあってはならないことだった。
「っ、ぃ……」
少女の意思を無視して放水のカウントダウンを始めようとする身体をひきずって、千穂は玄関を飛び出した。
もはや、形振り構っていられない。
千穂はまっすぐに向かい家を目指し、生け垣の向こうの玄関へ踏み入れた。日陰になった庭は土が剥き出しで、戦前からそのままといった気配の湿った空気を集めている。
見知らぬ家に踏み入れ、さらにこれからしようとしていることを想って萎縮しそうになる心を必死に奮い立たせ、千穂は恥を押し殺して、曇りガラス張りの横引きの扉を叩く。
「あ、あのっ……すみませんっ……」
張り上げたはずの声は、けれどあまりにも弱々しい。なぜかインターホンが見当たらず、ノックを繰り返す手は扉に弾かれて痛む。
「すみませんっ……と、隣の、家の、っ、あの、この前、引っ越してきたん、ですけどっ……」
千穂が扉をたたくたび、たわむ曇りガラスがざわざわと震える。片手はもう脚の付け根から一ミリたりとて離せない。内股で前かがみ、ぎゅうぎゅうと左右に腰をよじり、切羽詰った声でからからの喉を震わせる。
「あ、あの、誰かいませんか……? んぅっ、……そ、その、うち、鍵が、掛かっちゃってて……っ、ぁんっ」
は、は、とわけもなく息が詰まり、ひゅうっと下腹の底のほうが冷えてゆく。天井知らずに高まる激しい尿意は今もなお、千穂の下腹部に押し迫っている。最後の抵抗を見せる少女のプライドがわずかな拮抗を保ってはいたが、無情にも限界のカウントダウンは刻一刻と迫っているのだ。
応答のない玄関を揺らしながら、千穂の訴えはますます悲痛なものになってゆく。
「あ、あのっ、あ、っあ、と、トイレっ、トイレ、貸してくださいっ……!! ぁ、も、もうっ、が、我慢できなっ、…い、ですっ……!!」
隣家とはいえ、千穂自身は見ず知らずの家の前で、腰を揺らし、スカートの前を握りしめ、限界寸前の尿意をこらえ、必死にトイレを訴える――比喩抜きで死んでしまいそうなくらい、千穂の心臓は悲鳴を上げていた。
猛烈な羞恥心が、ざくざくと少女の心を切り刻んでゆく。
だが、そうまでしてなお、隣家の応答はなかった。
「ぁ、あっ、だめ、で、でちゃ……っッ……っ、!!」
無情にも閉ざされたままの扉に隔たれ、踏み入ることもかなわない。少女の身体はそのまま、ここがどこかも構わずに身体の奥からありったけの水分を絞り出そうとしていた。
最後の勇気を振り絞って、トイレを借りようとした千穂の必死の頑張りすら、嘲笑うように。猛烈な尿意が、決定的な勢いで股間の出口をこじ開けようとする。じわ、と広がる『オモラシ』の予兆が、千穂を『オトナ』から引きずり降ろそうとしてくる。
(っだ、だめ、、だめっ、だめっ!!)
じゅ、じゅ、じゅぅ、と押さえこまれた下着の奥に、これまでよりもさらにはっきりと、明らかな水音が響く。下着にぶつかるほとばしりは、電流のようにきつく閉ざされた排泄孔を震わせ、甘美な排泄の誘惑を繰り返す。
ちゃんとトイレにもいけない――おしっこもきちんと我慢できない、コドモの象徴。オモラシ、の恐怖が千穂を襲う。
「ぁ、あっ、あっぁあ、あっ」
(っだ、だめ、ここじゃだめ、だめぇえ!!)
なおもじゅぅ、じゅじゅっ、とはしたない音を響かせる股間を握り締めながら、千穂はふらつく脚を引きずって、内股のまま靴底を滑らせ、玄関前から奥へと進んでゆく。
ほとんど思考すらおぼつかないなか、千穂はそれでも最後までくじけなかった。制服を汚さないよう、必死におしっこの出口を締め付けたまま倒れこむように玄関脇の庭へ移動し、生け垣の隅へふらつくように辿り着くと、そこにしゃがみ込む。
(っ、もッ、もうだめ、っ、こ、ここで、ここでっ、し、しちゃ…ぅ……ッ!!)
剥き出しの土の上、ほとんど破り取りそうな勢いで下着を膝上まで引き下ろし、スカートを大胆にたくし上げる。丸出しになった可愛らしいおしりを深く落として、肩幅に開いた脚の隙間、震える千穂の『乙女』が、ひくっ、と最後の収縮を終える。
そうして、いま、まさに千穂が耐えに耐えつづけた熱い奔流を、臨界寸前の水圧のまま、地面の上に激しく狂おしく噴き出させようとしたその瞬間。
「ねえ、おねえちゃんなにしてるの?」
がらら、と窓を開ける音と共に、背後からのあどけない声が響く。
「…………ぇ、っ」
どくん。千穂の心臓が痛いほどに縮む。
反射的に振り向いた先、硝子戸の開いた縁側には、まだ小さな女の子が首を傾げながら千穂をじっと見つめていた。
「え、あ、っ」
真っ白な頭はろれつの回らない舌で必死に言い訳を探そうとする。
が、それよりも早く。
女の子は、あーっ、と大きな非難の声を上げた。
「おねえちゃん、おしっこ!? おしっこしてたの!?」
気づかれていた。
いや、この状況で気づかれないほうがそもそもおかしい。
遠慮会釈なく、興味をそのまま言葉にする――あまりにも残酷な幼さゆえの指摘。向こう三軒両隣に響き渡りそうな大声に、千穂の頭は完全に停止してしまう。
女の子はぴょんと縁側を飛び降りると、大きなサンダルをつっかけて形のいい眉をきゅうっと吊り上げ、まるで自分よりも小さな子に言い聞かせるように、千穂に非難を向ける。
「もぅ、おねえちゃん。ここ、あたしのおうちなのに、かってに入っておしっこなんかしちゃだめじゃない!! いけないんだよぉ!?」
「え、あ、ち、違うの、ま、まだっ……んんぅ……っ」
千穂は慌てて立ちあがろうとするが、足首に絡んだ下着が邪魔をして、バランスを崩してしまう。
ほとんど反射的に無理やりに引っぱり上げた下着は、ぷちぷちと嫌な音を立てながら辛うじて腿の上に引っ掛かった。どうじ、放出寸前で出口を塞がれたおしっこが、行き場をなくしたまま荒れ狂い、千穂をパニックに叩き込んだ。
「あ。あっあ、ぁ、やぁぁあっ……」
限界を迎えた少女の身体は、じゅじゅじゅぅう、とおチビリを始める。くねくねと脚をクネらせ腰をよじる千穂の太腿に染み出した水流がつうっと溢れ、突き出されたスカートのお尻はじわじわと色を濃く変えてゆく。
“まだ”オシッコしてない――
そんな言い訳は、なんの理屈にもならない。千穂が下着を下ろし、大事なところを丸出しにして人の庭先にしゃがみ込んでいたのは事実なのだ。あとほんの一秒遅ければ、千穂はこの子の家の庭に、煮えたぎるありったけの尿意を残らずぶち撒けてしまっていたはずだった。
そして今、現在進行系で千穂のおしっこは、始まっている。
「ちがわないでしょ!! もう、ちゃんとおトイレまでがまんしなきゃ、おねえちゃん!! あたしよりオトナなのに、そんなのもできないの?」
「や……ぁ、……っ」
おしっこは、トイレで。そんな当たり前すぎるほどに当り前なことを、自分よりもずっと小さな女の子からズバリ指摘され、千穂の顔はこれ以上ないくらいに真っ赤になってしまう。今まさにオモラシを始めた千穂の身体が、生理的欲求と理性の間で引き裂かれんばかりに悲鳴を上げる。
「もお!! おねえちゃん聞いてるの!?」
「っあ、っ、あ、だめっ、だめ!!」
ぷくう、と頬をふくらませて女の子が千穂の肩をつかみ、ぐいぐいと揺さぶった。その振動にこたえるように、じゅわ、ぽた、ぽた、と地面に飛沫が滴ってゆく。羞恥心のせいか興奮したせいか、押し寄せる水圧は急激に高まり、いまなお震える千穂の身体の一点に集中して膨れ上がる。
「あーっ、おねえちゃん、おしっこしちゃだめっていったじゃん!!」
それを目ざとく見つけ、女の子がさらに声を上げた。
「ち、ちが、ちがうの、ちがうのっ……」
「ちがわない!! もぉー!! ほら、おトイレ行くよ!! あたしがつれてってあげる!!」
女の子はそう言うと、千穂の手を掴んで無理やり引っ張った。縁側からトイレに連れて行こうというのだろう。だが、
「だ、だめ、だめえ!! う、動いたら、で、でちゃ……っ」
膨らみきった尿意に押しつぶされ、千穂はもう一歩も動けはしなかった。
がく、がく、と震える膝の間を、ちょろろ、ぽたぽたっ、と雫がこぼれおちる。しかし一度バランスを崩した身体は、坂道に踏み出した時のように傾くばかり。千穂は引き上げたばかりの下着をきつく押さえ、ばたばたと体重移動を伴った足踏みを始めてしまった。その動作をポンプにでもしたかのように、股間の先端から、じん、じんっ、じわ、じゅぅ、と熱い雫が断続的に噴き出す。
「ほら、おねえちゃん!! しちゃだめだからね!! ちゃんとおトイレまで行くの!! がまんして!!」
「ぁ、ぁ、っ、っ」
ありったけの力で出口を締め付ける千穂だが、身体の方はすっかり準備を整えていて、立っていようとパンツの中だろうと構わずに、直接おしっこを絞り出そうとしていた。
「あ、あっ、あ、あぁ、あーっっ」
ぱくぱくと開閉する口から、意味のない母音が響き。
ずっと年下の小さな女の子に、引きずられるまま、縁側にたどり着いたところで、ついに千穂の緊張が切れてしまった。
ずっとずっと抱え込んでいた水風船が、ついに破裂する。
千穂がぷつん、とその音を聞いたかのように錯覚した瞬間。
じゅわぁあああ、と激しい音をたてて一気にスカートが浸食され、ばちゃ、びちゃ、ばちゃばちゃばちゃ……と庭先に熱い水流がまき散らされる。瞬く間にスカートはおろかソックスも、革靴も水浸しとなり、抑え込んだ手のひらもスカート越しに噴き出す水流を激しく受け止める。
「あーっ!! おねえちゃんおもらししちゃったーーぁ!!」
強い非難を込めて放たれるあどけない声。
『オトナ』の証を無残に染める、自分自身の恥ずかしい熱湯。
下半身をずぶ濡れにしてなおまったくおさまらない千穂のおしっこは、のた打つ蛇のように勢いよく放たれ、知らない町の知らない家の庭を、大きな水たまりへと変えていった。
(初出:書き下ろし)
新学期のお話。
