小公女サラ【馬小屋バケツ編】

 ある趣味@JBBSの往年の名スレよりネタを拝借。


「まったくだらしない娘ね。……よりにもよって学院の玄関でオモラシなんて。サラさん、あなたは自分のしたことが分かっているんですか!!」
「で、でも、先生……」
「口答えを許した覚えはありませんよ!!」
 鋭く叱責され、サラは思わず身体をすくめてしまう。ひゅん、と空を切る鞭の音を聞くだけで、サラの理不尽に抗おうとする心はあっという間にしぼんでしまうのだ。
 そこにはかつて、歴史あるコーネリア女学院で持て囃されていた公女の面影は無い。
「一体どういう躾をされてきたのかしら。お手洗いも満足に済ませられないなんて……!!」
「…………っ」
 マチルダ先生の叱責に、粗末な使用人着の身体はますます小さくなる。理不尽な要求の積み重ねの果てに、耐えきれずオモラシをしてしまったことだけでも、死んでしまいたくなるほどの出来事だったというのに――それを先生たちの前でつまびらかにされ、責められるのは、想像を絶する苦痛だった。
 乙女のプライドをずたずたにされる仕打ちに、もはやサラは羞恥に俯き、唇を噛むばかりだ。
「大切なお客様の前で粗相をしたばかりか、神聖な学び舎を汚したんですよ。解っているのかしら!? なにか言い訳があるなら言ってみなさい。……さあ!!」
 マチルダ先生に吊り上がった眼鏡の下からじろりと睨まれて。サラはおずおずと伏せていた顔を持ち上げる。
 ひゅっと息を吸う音が、小さく喉が震わせた。
 先生たちの無言の視線が、ちくちくと背中に突き刺さる。まるで針のむしろのようだ。
 こんな有様で自分だオモラシした理由をこんな大勢の中で説明するなんて、考えただけでも顔から火が出そうだった。
(だ、駄目よサラ。ちゃんと……ちゃんと言わなくちゃ……)
 このまま黙ってやり過ごしてしまいたい――そう思いかけた心を奮い立たせ、サラは上目づかいにマチルダ先生を見上げ、おずおずと切り出した。
「ま、マチルダ先生、私、何度も言ったんです……お、お手洗いに行かせてくださいって……でもっ、駄目だってイルマ……イルマさんに、言われて……」
「――サラ!!」
 抗弁の途中で、マチルダ先生が声を荒げる。
 サラはあの鞭の痛さを思い出し、ひぅと小さく喉奥で悲鳴を上げて身体を丸めてしまう。
「何を言っているの!? あなたはもうクリフォード家のご令嬢ではないのよ!! そんな我儘は、きちんと仕事を済ませてからおっしゃいなさい!!」
「そ、そんな……私、しっかりやっています!! お洗濯も、お掃除も、全部――」
 そう。本来は使用人頭のイルマの分担のはずの仕事まで。サラは朝から夜遅くまで、一生懸命になって働いているのだ。それが理由でトイレに行くこともできず、延々オシッコを我慢させられる羽目になり――とうとう限界を迎えてしまったのに。
「お黙りなさい!!」
 あまりに理不尽な言い分に言い返したサラは、しかし顔のすぐ近くに振り下ろされた鞭に、言葉の続きを途切れさせてしまう。
 眼鏡をくいと押し上げて、マチルダ先生は立たせたサラに言い渡す。
「いいことサラ、あなたは神聖な学び家を汚し、使用人の分際で伝統あるコーネリア女学院の名前に泥を塗ったのよ。それを自覚なさい!!」
 サラがただの使用人であればまだ良い。しかし、サラは使用人として働く代わりに、学院の生徒として授業を受けさせてもらうことになっている。ゆえにサラの失態は、使用人としてと同時に、学院の生徒――一度は学年首席にもなった少女のものでもあるのだった。それ故に、サラの失態はそのまま、学院全体の評判を落とすことになりかねない。
「あなたには罰を申し渡します。いまの仕事に加えてこれから2か月、馬小屋と馬車の清掃、馬の世話をなさい」
 酷い話だった。馬の世話など本来は御者の仕事だ。成人男性でなければ普通はとても勤まらないもので、学院に通わねばならないような少女に任せて良いものではない。まして、サラはまだ社交界にも出ないような年齢なのだ。
 しかし、マチルダ先生の言葉に逆らうことはできず、サラは小さく『はい……』と頷くしかできない。
 そして――マチルダ先生は更に、とんでもないことを言い出した。
「それに加えてもう一つ。あなたはまだ、使用人としての自覚が無いようですから、今日から授業の間、校内にある生徒用のトイレに行くことを禁止します。いいですね!!」
「そっそんな、無茶ですっ……!!」
 余りにも無茶苦茶な命令に、流石のサラも思わず叫んでいた。
「なんです、いちいち口答えをして!! サラ、そもそもあなたがきちんとお手洗いのしつけもなっていないから言っているんですよ!?」
「で、でも……そんな、……」
 サラは、使用人としての仕事以外の時間――朝の9時から午後の4時までは、学内で授業を受けることになっている。その間普通にしていれば2回か、3回はトイレに立たねばならなかった。まして今は冬口で、粗末な使用人服しかないサラは、いつもよりもオシッコが近くなっているのだ。それを禁止なんてされたら、どうなるかは火を見るよりも明らかだった。
「ま、マチルダ先生っ……そんな、ぜったいに無理です……が、我慢、できません……」
「まあ……っ。なんてみっともないことを言うの、この娘は!! サラ、それでもあなたは伝統ある学院の生徒ですか!?」
 こんな時だけ生徒扱いして、理不尽に怒鳴られることに、サラは悔しさに俯いてしまう。
(い、一番恥ずかしい思いしてるの、私なのにっ……)
 サラだって、恥ずかしくないわけでがない。好きでオモラシをしたわけがないのだ。女の子であれば絶対に見られたくない姿を、二度も晒してしまったのだ。……思い出すだけで死んでしまいたくなるほどだった。
 なんとか許してもらおうとするサラだが、マチルダ先生はまるで取り付くしまもないというように話を打ち切り、背中を向けてしまう。
「あ、あのう、先生、いくらなんでもお嬢様に……」
 流石にそれを見かねたのか、これまでずっと黙っていたアンが、おずおずと申し出る。
 彼女はこんな時まで、昔と同じようにサラのことを案じてくれる、いまや数少ない味方だったが――今この時に限って言えば、むしろ逆効果だった。
「あなたには聞いていないのよ、アン!!」
「だ、だけども……」
「黙りなさい!!」
 火に油を注いでしまっていることにも気付かずに、サラを庇おうとするアンに、マチルダ先生は更に怒りを激しくする。とうとうぱあん、と鞭が床を打ち、二人はびくっと背中を伸ばして震えあがった。
「……そんなに手伝いたいなら、あなたも同じ罰にしましょう。イルマからも聞いています。要領も悪いし不器用で、仕事を増やしてばかりだそうだから。……丁度いいわね。イルマ?」
「はい、まったくですねえ。本当に何度教えても、物覚えが悪くて――あたしも困ってるところなんですよ、ええ、そりゃあもう」
 にやにやと意地悪な笑顔を浮かべて、先生に追従するイルマ。
 僻みっぽくて性根の悪い彼女だが、こんな時の外面だけは良く、まったく礼儀正しい使用人頭を装っているのだ。困ったことにそのことを知っているのは、サラやアンの他にはほとんどいない。サラがこの場で追及しても、まともに取り合ってもらえないことは明らかだった。
「良いわね二人とも。お返事は!!」
 ――かくして、サラの粗相に対する罰として、二人は仕事中のトイレを禁止されてしまったのだった。
 そして、アンとサラの地獄のような日々が始まった。
 使用人の仕事はただでさえ山のように多く、朝、まだ外が暗いうちに起きてから、空が真っ暗になるまで働いても終わらない。ましてイルマがしなければならない仕事が全部サラたちに押し付けられているのだから、日によっては夜中まで続くこともあった。
 サラはその間に授業を受け、寝る間を惜しんで勉強をして、なんとか成績だけは保っていたのだが――そこに馬小屋の掃除と馬の世話まで加わって、いよいよ余裕がなくなってしまった。
 夜が明ける前にベッドを出た二人は、手早く身支度を終えると、大急ぎでその日の仕事に取り掛かる。
「ベッキー、急ぎましょう。ぐずぐずしているとまた怒られてしまうわ」
「はい、お嬢様」
 使用人の寝室がある屋根裏部屋を出た二人は、まず使用人用の粗末なトイレに変わりばんこに入って、もうこれ以上一滴も出ない、というところまでおしっこを絞り出す。いざ仕事が始まってしまったら、ほとんどトイレに行っている暇など無いのだ。
 さっそく掃除、洗濯、寮の子たちの朝食の準備とその後片付けと、次から次にしなければならないことが目の前に積み上げられてゆく。
 不安に胸を締め付けられながら、二人は仕事に取り掛かる。
 見えないところでイルマが意地悪をしているらしく、いつもより洗濯ものが多かったり、一度洗った食器をもう一度洗うように申しつけられたりして、普段の倍くらい頑張っても、なかなか仕事が終わらない。
 ようやく一段落する頃には、サラは休む暇もなく授業に出かけなければならなかった。
「……ごめんなさい、アン、私そろそろ……」
「わたしなら大丈夫です。いってらっしゃい、お嬢様」
 途中で抜け出すことの後ろ暗さを感じながら、サラはアンに見送られて校舎へと向かう。すると教室にはもうクリスが取り巻きたちと一緒に待ち構えていて、サラのことを聞えよがしに喋り始めた。
「――ねえねえ知ってる? この前さ……」
 サラが大事なお客様の前で粗相をしたことは、すっかり学院中に知れ渡ってしまっていた。かつての公女の凋落は、閉鎖環境である少女たちにとっては格好のゴシップで、あることないこと、尾ひれがついた噂はゆく先々でサラの耳に届くように囁かれた。
 教師が目を光らせる授業の間だけはわずかにそれから逃れることはできたが、その時間すらサラにとっては拷問のようだった。なにしろ、授業のある時間は校舎のトイレを使うことができないのだ。もし我慢できなくなるくらいオシッコがしたくなってしまったら、どうすればいいのだろう――その不安がサラの小さな胸を押し潰そうとする。
(駄目よ、気をしっかり持ちなさい、サラ……!!)
 ただでさえ噂のせいで、サラにはお手洗いの躾もできていない元プリンセス、というレッテルが張られてしまっている。この上もう一度オモラシなんてことになれば、もう生きていけない――冗談抜きで死んでしまうかもしれない。
 そんな具合だから、折角の授業もすっかり気もそぞろで、サラの耳を通り抜けてゆくばかり。得意の外国語も、先生に指されてもしどろもどろで、まったく散々な時間だった。
 まして、おしっこを気にしながらではますますその効率は落ちてしまう。
 それでも午前中はさほど気にすることもなく終えることができたが――お昼を過ぎ、昼休みに生徒の昼食の洗いものをする頃になると、サラの動きは徐々に固いものになりはじめていた。
「サラさん、どうしたの、さっきから――静かになさい」
「はっはい!! すみませんっ……」
 授業中も、落ち着きなくしているのを何度も注意され、サラはそのたびに謝っては、クラスの生徒たちにひそひそと噂をされる。
 顔を赤くしながら、それでもサラはもじもじと、椅子の上で足を動かしてしまうのをやめられないのだ。
(あ、……ああっ……お手洗い……っ、お手洗いに、行きたい……っ)
 それもそのはず。寒空と薄着のせいで、朝にあれだけ空っぽにしたサラのおなかの中は、いまやおしっこにすっかり占領されている。硬く張りつめるほどに膨らんだ下腹部は何度さすっても落ち付かず、強烈な尿意が次々に波になって押し寄せてきているのだった。
「ぁあ……っ」
 椅子の上で腰を擦りつけるようなはしたない動きを繰り返し、身体をよじるようにして、授業なんかまったく聞こえてない。ついにははしたなく、スカートの前、脚の付け根を握り締めてしまいながら、サラはただ、少しでも早く授業が終わることだけを願い続けるのだった。
「アッ……アン、……大丈夫……?……はぁ、はあっ……」
「……おっ……お嬢さま……」
 ようやく授業から解放されても、サラの試練はまだ終わらない。アンと合流するや否や、山のような仕事が待っている。放っておいたらたちまちイルマの叱責が飛んでくるのだ。
 二人は休む暇もなく、使用人の古びたエプロンに袖を通し、午後の仕事を片付けなければならなかった。
「…はぁはぁ……、あ、アン、がんばりましょう……」
「は、はい、お嬢様……」
 健気に震えながら答えてくれるアンに、サラは苦しいのは自分だけは無いことを理解する。
 こんな時でもきちんと自分に尽くしてくれるアンには、言葉を尽くしても尽くしきれないほどの感謝をしたかった。もともとは自分の失敗が原因なのに、とばっちりでマチルダ先生に強いられた理不尽なトイレ禁止の罰にも、文句を言うことなく付き合ってくれているのだ。
 時に、思い切り脚の付け根を押さえこんでしまいながら。膨大な仕事に忙殺される中でも、サラはアンの存在を心強く感じていた。自分がたったひとりではないのだと感じられるだけで、昨日のような心細さは和らぐ。なによりも、こんな姿になった自分をまだお嬢様、と呼んでくれるベッキーがいとしく思えた。
「アン、もう少しよ……はあはあ……しっかりして……」
「はっ、はいぃ……っ」
 なにしろ、朝から一度もトイレに行けていないのだ。本来なら何回にも分けて済ませているはずのおしっこが、乙女のダムの中でたぷたぷと揺れる。危険水位をはるかに上回った貯水量は、いつ決壊してもおかしくない。尿意に波立つ下半身をくねらせ、押さえこみ、アンとサラはお互いに励まし合いながら、一生懸命に仕事を続ける。
 校舎の掃除では、おしっこを我慢しながらの雑巾がけがなによりも辛かった。普通に歩いていてもつらいのに、四つん這いになって手を付いた瞬間、そのままオシッコが出てしまいそうになるのを必死にこらえながら、涙を浮かべて床を拭いたのだ。
 今日の雑巾は、乙女の涙と、少しこぼれてしまった恥ずかしいオシッコを吸っているに違いなかった。
(あと少し、あとちょっとよ……サラ……!!)
 何度も何度も、危ないところを乗り越えて――途中、下着に小さな染みを作ってしまいながらも、震える指先で、仕事をこなしてゆく。途中、クリス達ともすれ違ったが、こちらが二人でいたせいか、彼女たちも今日は無理難題を行ってくることもなく、済んだのだった。
「ああっ……」
 しかし。傾いた日が沈み始めるころには、アンはとうとう、スカートの前を抑えたまま、一歩も動けなくなってしまっていた。
「アン、しっかりして……まだ馬小屋のお掃除がまだなのよ……っ」
「ハァハァ……おっ、お嬢さま……、ああっ」
 ようやくやってきた馬小屋の前で、すっかり立往生してしまい。メイド少女のきつく握りしめられたエプロンの下では、すでにじわじわと小さな染みがにじみ始めている。
 使用人服のスカートの下、細い脚をつうっ、とおしっこの筋が伝い落ち、廊下の床に小さな水滴をこぼしていた。
 アンの我慢が足りないのではない。むしろサラよりも小さなアンが、よくこれまで我慢していたものだ。
 しかし、それももはや限界のようだった。がくがくと膝を震わせるアンの足元に、みるみる小さな水滴が溢れてゆく。おしっこの出口を締め付けるだけで精一杯のアンの窮地に、ただでさえ必死に我慢しているサラも、激しく動揺する。
「が、がんばりましょうアン、……あともう少しでお仕事が終わるわ。そ……そうすればおトイレに行けるのよ……」
 アンにだけではなく、自分にも言い聞かせるように言って、サラは握り締めた手のひらで強張った股間を揉みほぐし、激しくくねくねと腰を揺する。
「だ、だめですお嬢様ぁ……わたし……もうだめですぅ……」
「何を言っているのアン、しっかりして……、お願い……!! ……これが終わらなければ、おトイレにも行けないのよ……!!」
「お、お嬢様、でも……っ」
 アンは涙目になって、もう動けないと訴える。
 一歩動いただけでもそのまま、足元に盛大な噴水を作ってしまうのは間違いなかった。サラは内心、音をあげたくなりなるのを自制して、小さく首を振る。
「……わかったわ。アン、あなたは休んでいて……。わたしが一人で済ませるから」
 動けないアンを置いて、サラは悲壮な決意をする。
 しかし、ただでさえいまにも漏れそうなおしっこを我慢しながらでは、いつもの倍近く時間がかかるのに、これから不慣れな馬小屋の掃除を、しかもサラ一人で終わらせることができるのだろうか?
 そんな疑念を振り払い、サラは馬小屋の中へと向かう。アンと別れるのは心細かったが、もうそんな事を言っている余裕はない。
「ハァハァ……だめよ……だめよセーラ……もう、オモラシなんてしてはだめ……」
 片手でスカートを握りしめ、もう片手で体重を支えながら、セーラはのろのろと馬を移動させ、汚れた飼い葉を取り替えてゆく。
 馬の寝床に敷かれた藁はずっしりと重く、両手をしっかり使ってかき分けないと運ぶこともできなかった。しかし藁を抱えようと力を込めようとすると、おなかにまで余計な力がかかってしまう。そのたびにじゅっ、しゅるる……っ、と熱い雫がサラの股間に広がってゆく。
「ぁあ……っ、だめ、駄目……っ」
 下着をぐっしょりと濡らしてしまうほどにチビりながらも、サラは懸命におしっこを我慢し続け、慣れない馬小屋の掃除を続ける。
 がくがくと震える脚をひきずって、藁を取り替え、言うことを聞かない馬を小屋の隅へと追いやる。いつ果てるともなく続く苦悶の中、しかしサラは文句も言わず、必死になって歯を食いしばっていた。
 が……ふと顔を上げた時。サラは、アンの姿が見えなくなっていることに気付いた。
「アン? ……アン、どこ?」
 馬小屋からも見えていた彼女がいなくなったことに、急に不安を覚え、サラは仕事も放り出して駆け出していた。折角頑張ってきたのに――まるで見捨てられたような心細さがサラの胸を締め付け、同時に限界まで尿意を溜め込んだ下腹部を疼かせる。
「アン……?」
 かたりと小さな物音のした方に向かったセーラは、馬小屋の反対側に回り込んだ。するとそちらの方にじっと立ちつくしているアンの小さな後ろ姿を見つける。
「アン!! ……何をして……」
 彼女の姿を見つけ、安堵したサラは、しかし思わずぎょっとしてその場に立ち止まる。
 アンはなんと、馬小屋の床の上に置いたバケツをまたぎ、スカートをたくしあげているところだったのだ。
 とっさに上げかけた悲鳴を飲み込み、サラは馬小屋の陰に身を隠す。
 アンは切羽詰まった表情で、何度もきょろきょろと周りを見回し――物陰で様子を窺うサラに気付く様子はなく、そのまま下着を下ろしてバケツの上にしゃがみ込む。
 ぷしゃあああああぁああっ…!!!
 次の瞬間。ブリキのバケツに勢いよく水が叩きつけられる音が大きく響いた。水流の勢いは凄まじく、歪んだバケツがカタカタと揺れ動くほど。猛烈な水流はたちまちのうちにバケツの中に注ぎ込まれて水位を増してゆく。
「はぁああ……」
 長い長い苦痛から解放されたことを示す大きな吐息が、出続けるおしっこの音にかぶさった。バケツの上に腰かけるような姿勢のアンの脚の付け根から、ホースで水を撒いているような強烈な勢いのおしっこが噴き上げてはバケツの中でじょぼじょぼと水面にぶつかる下品な音を響かせる。
 アンの苦しげな表情は一転して和らぎ、まるで天にも昇る心地で口元を緩めたものへと変わっていた。メイド少女はバケツの中に朝からずっと我慢していたおしっこを済ませながら、全身の力を弛緩させてゆく。
(……ああっ……)
 サラの下腹部で、余裕のなくなった乙女のダムが悲鳴を上げる。
 一緒に我慢していたメイド少女があんなにも気持ちよさそうにおしっこをしているのを見て、サラが辛くならないわけがない。じょぼじょぼとバケツのそこに注がれる恥ずかしい水流は余りにも目の毒だった。
 咄嗟に押さえ込んだ両手の下で、耐えかねたようにサラのおしっこの出口がちゅるるぅ、と雫を噴き上げ、すっかり濡れてしまった下着の股部分にまた熱い染みがじわっと広がってゆく。
(あ、アンったら、とっても気持ちよさそう……っ……)
 トイレ禁止という同じ苦しみを共にしてきたメイド少女が、バケツの中におしっこを放出しているその姿を、サラは固唾をのんで見守っていた。なおも激しく高まる尿意に自然と身がよじられ、足元が小さく震えだす。
 恐らく、アンもよほど我慢していたのだろう。もう本当の本当に、どうしようもならなくなったに違いなかった。トイレを禁止され、一日中我慢を強いられて、尿意の限界と女の子のプライドのはざまで、アンはバケツにおしっこという解決策を見出したのに違いない。
「ぁあっ……」
 サラの下腹部も、早くアンと同じことをしたいと訴える。一足先に至福の表情を浮かべるアンを見て、もはやサラの我慢も限界を迎えつつあった。
 たとえバケツにだとしても、おしっこを済ますことができたアンが羨ましい。
 できることなら自分もそうしてしまいたかった。だが――
(で、でも、バケツになんて……っ)
 元から使用人であるアンと、サラではことの重大さが違う。いまこそ使用人として扱われてはいるものの、深層の令嬢として育てられたサラには、ほとんど屋外と変わらないここで、汚いバケツを跨いでおしっこを済ませるなんて、とてもではないが許容できないことだった。
 目の前でオシッコをしているアンの姿は、元プリンセスであるサラにとって羨望であると同時に、強い軽蔑の対象でもあったのだ。
 たとえ父を失い、家が没落して公女としての立場を失ったとしても。――いや、だからこそ、サラは気高く、地位も財産も失っても、誇りだけは気高く保たねばならない。
 あんな姿でオシッコをするなんて、赦されないことなのだ。
(っ……)
 サラは、アンがオシッコをしているバケツにちらりと視線を向ける。
 歪み汚れた薄汚いブリキのバケツ――その上にしゃがみ込み、オシッコを済ませている自分。、他に手段は無いと分かっていながらも、サラにはそれがどうしても許容できなかった。
 たっぷり1分以上、ながながとアンのおしっこは続いた。
「はあ……っ」
 最後にもう一度、大きく息を吐いて、じょろろろろっと尿道に残ったおしっこをバケツの中に絞り出し。アンはのろのろと立ち上がる。バケツからはほかほかと湯気が立ち上り、アンが出したおしっこの量の途方もなさを窺わせる。
 まだ半分とろけた表情でアンは湿った下着を穿き直し、スカートを戻して――そうしてようやく、アンは馬小屋の陰に立ち尽くしているサラの姿に気付いたのだった。
「お、お嬢様っ……」
 アンはひどく狼狽していた。一緒に頑張っていたはずのセーラを出し抜いて、一足先におしっこをしてしまった自分を――慌てて言い訳をしようとするが、うまく言葉が見つからないようで、もごもごと口の中でなにごとかをつぶやいてうつむくばかりだ。
「…………」
 アンの横におかれたままのバケツを、サラは見るともなく凝視してしまう。
 驚くべきことに、大きなバケツの中には、アンのおしっこが半分近くも溜まっていた。あれではあんなに勢い良く、しかも長く、オシッコが出続けたのもうなずける。
 よっぽど我慢していたのだろう。恥いるように小さくなったアンの姿を見、サラは口元をきつく引き結び、同時にエプロンの前をきつく握り締める。ぱんぱんに張り詰めたサラのおなかの中には、あれ以上の量のおしっこが溜まっているのだ。
 冷え込んだ秋の夜の風が、バケツの中から立ち昇る湯気を吹き散らす。
「お、お嬢様……っ」
「アン……」
(だめ……が、がまん、できない……っ!! わ、私も、…わたしもそのバケツで……っ)
 喉元まで出かかった言葉を飲み込んで。サラは歯を噛み締める。アンがバケツにオシッコを済ませている間、一度たりとも反らせなかった視線。いまもありありと瞼の裏に焼きついている、迸る薄黄色い水流。
「アン……、もう、大丈夫なら……手伝って頂戴」
「は……はいっ」
 弾かれたようにアンが走り出す。濡れた下着を気にするようなガニ股で、馬小屋の中へと。
 後にはサラと、アンのおしっこで半分満たされたバケツだけが残る。
 そこにまたがり、下着を下ろし、スカートを大きくたくしあげて。今日一日、ずっとできなかったトイレの代わりに――しゃがみこんで朝からずっと我慢していたおしっこを――
(だめよ、サラ、駄目……っ)
 アンのトイレ代わりとなったバケツを目の前にしながら、サラは懸命にその誘惑と抗っていた。人目もなく、誰にも気づかれずに済ませられるであろう、秘密のトイレ――
 思えばここ一週間、サラはほとんどまともにおしっこを済ませることができていない。クリスやイルマ、マチルダ先生の意地悪によって、限界まで我慢を強いられてついにはオモラシということばかりだった。
 たとえトイレではなくとも、きちんとおしっこを済ませたい。強烈な誘惑がサラの脚をバケツの方へと招く。
「ああっ……」
 首から下が誰かに乗っ取られているかのように、駄目、駄目と訴える意識を無視して、サラの身体はバケツの傍に吸い寄せられてしまう。あそこをきつく抑えていた手が離れ、スカートの下から下着へと手が伸びる。
 このまま――一緒に、オシッコを済ませてしまえば。
 もう一時も辛抱できないと訴える下腹部が、乙女の水門が、限界を叫ぶ。
 とうとうサラはバケツを跨ぎ、その上にしゃがみ込んでしまった。
 サラはこんな恰好でトイレを済ませた経験など無い。真っ赤になった顔を伏せ、元プリンセスはバケツの上に不格好に突き出されたお尻が左右にくねらせる。
(だめ、わ、わたし、こんなところで……こんなところで……っ)
 しかし身体は正直だ。
 オシッコの体勢をとるや否や、乙女の水門はたちまち緩み、ぷしゃあああああ!! と激しい水流を迸らせる。夜闇に響くはしたない音に、サラの耳までが赤く染まる。
「あああ……っ」
 掠れた声を絞り出し、サラはどうにもならない下腹部、排泄器官の解放感に背中を震わせる。たちまち足元に激しい水音が響き、バケツの中を先程にも増して大きな排泄音が打ちつける。
 アンのさせていたのよりもさらに激しく大きな、はしたない音を。アンの時よりも更に長く長く、延々と続かせて。
 たっぷり2分以上。サラのおしっこは続いた。
 バケツの中はついに、二人分のおしっこでほぼいっぱいになってしまっていた。今日一日、ずっと我慢を続けていた二人のおなかに溜まっていたはしたない液体は、あちこちへ飛び散り、曲がり、バケツの縁から溢れそうになる寸前でどうにか弱まる。サラのおしっこは、アンの済ませたおしっこよりも3、4割は多かっただろう。
(わ、私……わたし、こんなところで……お手洗いなんて……っ)
 お尻を出したままの中腰で、まだ股間からぽたぽたとオシッコの雫を滴らせたまま。顔を伏せた、サラは、しくしくと泣き出してしまう。
 サラの身体は、まるで熱に浮かされたように震えていた。
 耐えきれずにオモラシをしてしまったのではない。尿意の誘惑に屈し、自分から乙女のプライドを投げ出して、こんな場所でオシッコをしてしまったのだ。下品な誘惑に屈してしまった今、もはや、サラの心の片隅に残っていた公女の誇りなどどこにもない。
 一度失ってしまったプライドは、もう取り戻せないのだ。
(ごめんなさい……ごめんなさい、お父様、お母様……っ)
 サラは、堕落してしまった自分の心を恥じながら、天国の父に。顔も知らぬ母に、何度も何度も謝り続けた。
 この日を皮切りに、サラはアンと共に、どうしてもおしっこが我慢できないときは、人目のない馬小屋や物置を選んでおしっこを済ませることを覚えてしまった。一日近く我慢し続けたおしっこは途方もない量で、二人でバケツを一杯に溢れさせてしまうこともしばしばだった。
 それは、乙女の緊急避難としては仕方ないことだったかもしれない。そもそも1日の間、トイレに行かないまま過ごすことなどが無茶な話なのだ。
 だが――そうしてオシッコを済ませるたび、もはやサラは、父にあわせる顔が無いと、心の中で嘆き、いつまでもそう自分を責め続けるのだった。
 (初出:書き下ろし)
 

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