海とスクール水着のお話。

 がたん、がたんとリズミカルに揺れる列車の中、さんさんと照りつける太陽に負けじと、冷房がフル回転を続けている。夏休みににぎわい混雑を見せる車内には大勢の子供達の姿も見え、毎日続くお休みを楽しむ声が聞こえてくる。
 窓の外に流れる景色は強い日差しにきらきらと輝き、夏本番の色合いを濃くしていた。
「はぁ、今日も暑いねー」
「夏らしくていいんじゃない? さあ、今日は泳ぐぞー!!」
 ボックス席の端に座る優衣が、ぱたぱたとワンピースの胸元を仰ぐ。向かいに座る千沙も、すでにすっかり日焼けした腕を、タンクトップから惜しげもなく曝していた。
 拳を握って決意を見せる千沙に、伊織がくすくすと笑う。
「あはは。去年は大変だったもんねー。雨降ってたのに千沙、無理やり泳ぐって聞かなくてさ。唇真っ青だったじゃない」
「う、いいじゃないそんな昔のことは!! 私は今を楽しむ主義なんだから!!」
「えー。千沙おねーちゃんそんなだったの?」
 一番年下の香織にまで言われてしまえば、千沙も立場がない。バツの悪そうに頬を膨らます千沙を、優衣がまあまあとなだめてジュースを差し出した。駅で買ったばかりの冷えたペットボトルを手に千沙はすぐに機嫌を直す。
 わかりやすいその態度に、もう一度皆の間で笑いが起こった。
「でも、晴れてよかったよね。せっかくの海なんだし」
「……うん」
 佳奈も、受け取ったジュースのストローに口をつけながら、こくんとうなづいた。
 8月最初の日曜日。クラスの仲良し4人組は連れ立って海水浴へと向かっていた。
 メンバーは佳奈の他に優衣、千紗、伊織のいつものメンバーにに伊織の妹の香織を加え、総勢5名である。週末に市内のモール街に出かけたり、学校や市内のプールに遊びに行くなんてことはこれまでにも何度かあったが、電車を利用して遠出するのはこれが初めてだ。
 まして、それが夏休み最初の海水浴となればなおのこと。
(……楽しみだな)
 どちらかと言えばおとなしい子、と思われがちな佳奈も、今日ばかりは胸の高鳴りを押さえきれない。昨日の夜はなかなか眠れなくて、今朝も30分も早起きして待ち合わせ場所に一番乗りで到着してしまったくらいだった。
「えー、ホントにそんな水着持ってきたのー?」
「ふっふっふ。お楽しみあれ。あとでじっくり披露してあげるからっ」
「千紗って無茶するよねー、ときどき」
「む、無茶ってなによぉ。……まあそりゃ、確かにちょっとばかり世間様と比べて胸が寂しいのは認めますけどもっ。そんなこと言ったらあんたたちだって大差ないんじゃないかなぁ?! 佳奈もなんか言ってやりなってば!!」
「あはは……」
 いつもの通り、ムードメーカーの千紗が何かを言い出して、伊織と優衣に突っ込まれる、という構図。この4人でいると佳奈も自然と笑顔がこぼれる。昨年のクラス替えまであまり親しい友達のいなかった佳奈にとって、3人は何よりも大切な親友なのだった。
「水着ねえ……私は去年と一緒だけど」
「そんなんじゃつまんないじゃん。夏の海だよ!? 一夜の恋だよ!? ここで気合い入れなくてどうするのかなぁ!?」
「おねえちゃん、ナンパされに行くの?」
「……う。いやまあ、その、そういうわけじゃないけど。ちょっとは期待というか……ね? 繊細な乙女心ってやつよ。香織ちゃんにはまだわかんないかなぁ?」
「ふふ。香織、もう彼氏いるんだよ? 同じ組にね」
「………え゛……マジ!?」
「うんっ。タカシくんっていうの!」
 にこやかに笑う最年少。5歳も年下の友達の妹から飛び出した衝撃の告白に硬直した千沙は、ふてくされながら最近の子は進んでるなぁちくしょー、と半ば自棄気味にペットボトルをがぶ飲みした。
 いつもと同じ――いや、やはり全員、海ということで期待はあるのだろう、千沙は言うに及ばず、優衣も伊織も、いつもよりもテンションが高いようだった。
 そしてそれは佳奈も同じだった。実は、佳奈はすでに待ちきれず、ワンピースの下に水着を着てきている。さすがに子供っぽいかなと思いはしたのだが、少しでも早くみんなと遊びたいという誘惑に負けてしまったのだ。
 着こんでいるのは学校指定の紺にサイドライン二本の水着だが、服の下にあるいつもと違う感覚が、軽く汗ばんだ内腿に感じられる。
(見えなければ、おかしくないよね……)
 どちらかと言えばとろくさい自分だ。海に着いてから着替えていれば、もたもたして準備が遅くなってしまうかもしれない。それでみんなを待たせるのも悪いし――と、佳奈は自分に言い訳する。
 そんな時だった。
「ねえ、水着って言えばさ。ほら見て? 香織ったらもう下に水着着ちゃってるんだよ?」
「あー、お姉ちゃんまた言ったー!!」
 伊織が悪戯っぽい口調で、隣に座らせていた香織のスカートを少しつまんで見せる。すると、確かに鮮やかなパステルブルーの布地が香織の脚の付け根を覆っているのが見えた。
 伊織にからかわれて、香織はぷうっとほほを膨らませる。
「可愛いねー。それ、新しい水着? 待ちきれなかったんだ?」
「ぅー……ちがうもん。おかーさんが、言ったからだもん」
「あはは。わかってるって。もう香織ちゃんもおねえさんだもんね」
 口をとがらせる香織を、優衣がごめんねと頭をなでてフォローする。
 千紗は頭の後ろで腕を組んで、懐かしそうに目を細めた。
「そういややったねー、昔。学校行く時とかも着てったっけ」
「そうそう。それで替えの下着忘れちゃったりしてね、懐かしいなー。さすがにもうできないけどねー」
「だねー。ちょっと、いくらなんでもねー」
(え……っ?)
 突然の会話に、佳奈は急速に頭が冷めていくのを感じた。
 確かに、服の下に水着なんて子供っぽいかもしれないと思ってはいたけれど。仲の良い3人から飛び出した言葉は、佳奈の予想を大きく裏切ったものだったのだ。
「男の子もいるし、服の上にも水着のライン出ちゃうからね」
「あはは。そうそう。ブラも付けられないし」
「ぅー。だからやだって言ったのに、おかーさんが怒るんだもん。……いつもはちがうんだよ?」
「しょうがないよ。ね? 今日は海だし。ちょっと恥ずかしくても我慢しなきゃ」
 優衣の言葉に伊織が、どっちかと言えばお洒落になんか無頓着だと思っていた千沙まで、あっさりと同意する。
 3人の口ぶりからするに、服の下に水着なんて、佳奈たちの年齢になればまず絶対にありえないというのは常識で。香織たちの間ですらも、子供っぽいと笑われてしまうことらしい。
 確かにみんな経験はないではないらしいが、そんなのはとっくに卒業した、と言いたげだった。
(そ……そう、なんだ……)
 女の子としてのごくごく当り前の常識を、自分だけが知らなかった。少なからぬ衝撃を受け、佳奈は顔を青ざめさせながら、足の間にワンピースのスカートを挟み込む。
 もし万が一のことがあっても、見えないように。
(…………っ……)
 服の下の紺の布地の感触に、佳奈は顔を赤くして俯いてしまった。
 急に、三人との間に大きな距離が開いてしまったかのように、佳奈の繊細な心がきゅっと縮む。
 そんな佳奈をよそに、優衣達はくすくすと笑い合った。それを見て、香織はぷいっと顔をそむけて拗ねてしまう。
「もぉー、おねえちゃんたちだってしてたんじゃないっ」
「あっはは、ごめんごめん。謝るよ。誰もが一度は通った道だもんね。ねー佳奈?」
「え、あ、……う、うん。そうだね……」
 同意を求められ、佳奈は挙動不審になりながら、どうにか声を絞り出す。
 まるで佳奈の周りだけ温度が変わってしまったように、居心地の悪い汗がじわりと背中を這い降りてゆく。佳奈はスカートの前をさらにきつく押さえて、ギュっと身を硬くしてしまう。
「うん、小さい頃はね。香織ちゃんの時くらいかな」
「千沙は一年の時もじゃなかったっけ?」
「う、うるさいなー。一年くらい誤差だってば、誤差!! みてなよ、今日の私は一味違うんだから!!」
「あはは。まあ、学校の水着じゃなくていいのは嬉しいけどね」
「う、うん……」
 よくよく聞いてみれば、学校指定の水着なんかを持ってきているのも自分だけらしい。次々判明する驚愕の事実に、佳奈の心臓はバクバクと高鳴り始める。
 いやな汗は背中に広がり、水着の中にじわりと湿り気をこもらせる。
 居心地の悪さに、佳奈は思わずもじもじと足を擦り合わせる。
 普段の、学校のプールの授業ではみんな同じ格好をしているのだからと、これまで安心していた佳奈だったのだが――優衣達は自分よりもずっとずっと、お洒落で大人であるらしかった。
 自分がまるで幼稚園と同じと言われているようで、佳奈は急に水着を着こんでいることが恥ずかしくなってしまう。
「はいはーいっ。あたしだって自分で水着、えらんだんだよ?」
「そうだよね、香織、お母さんあちこち引っ張ってたもんね」
 そして、ずっと年下の香織すら、佳奈よりもずっと水着には気を使っているらしい。思わず全員の胸元や脚にちらちらと視線を向けてしまい、この場にいる誰よりも、コドモである自分に気付いて、佳奈はきつく歯を噛み締める。
(…………っ)
 佳奈の胸を消えてしまいたいほどの羞恥心と罪悪感が支配し。
 さっきまでの気分の高揚は、どこかに消えてしまっていた。
 
 電車の外に出ると、むっと熱気が押し寄せてくる。ホームの端、屋根のない部分には陽炎が揺らめき、まっすぐなはずの線路もゆらゆらと揺れて見えるほどだった。気温はすでに32度を超え、ますます上昇する気配が濃厚だった。
「ふわーー……あっついー……」
 ホームに降りるなりだらりと溶け落ちそうになった千沙が、ずるずるとサンダルを引きずって歩いてゆく。優衣がそれに続き、香織の手を引く伊織、最後に佳奈の順だ。
 目的地の海水浴場までは、ここで単線のローカル線に乗り換えてあと4駅。20分と少しで到着の予定だった。
 ホームの反対側で時計と時刻表を変りばんこに覗きこんでいた優衣が、顔を上げる。
「えっと……乗り換えは……あ、10分くらいで来るよ? その次は30分くらい後だけど」
「マジ? よかったー。こんなんで30分も待たされてたら暑くて死んじゃうよー」
 ベンチの上ですでに半分溶けかけている千沙が、クーラーボックスを抱きかかえて言う。首にかけたタオルで顔を拭い、パタパタと大胆に胸元を広げて煽る。
 優衣が止めるのにもかまわず、千沙はまたクーラーボックスの中からペットボトルを取り出して封を切った。
 見る見るうちに、500ml入りのお茶がなくなってゆく。
「熱いんだからしょうがないじゃんー。海についたら、自販機で買うからさー」
「もう、トイレ行きたくなっても知らないよ?」
 口を尖らせる優衣に、千沙はあっという間にペットボトルを空にして、ああー、生き返るー、と大げさに声をあげていた。
「……? 佳奈ちゃん、どうかした? 具合悪い?」
「え……!?」
 ふいに伊織に聞かれ、佳奈は慌てて顔を上げた。
 どうも、さっきの水着のことですっかり意気消沈して俯いていたのを勘違いされたらしい。伊織は香織の手を引きながら、佳奈の顔を覗き込んでくる。
「あー、今日、本当に暑いもんね。調子悪かったら、無理しないで言いなよ?」
「う……うん。大丈夫。なんでも、ないよ……」
 千沙にも答えて、佳奈は慌てて笑顔をつくった。ぶんぶんと顔の前で手を振って、だいじょうぶ、とこぶしを握ってみせる。
 あんなことで落ち込んでるなんて知られたくなかったし、心配させてしまったことも心苦しい。確かに、自分だけがまるでお子様なのはショックだったけど、別に優衣達も悪気があって佳奈を苛めようとしているわけではないはずだった。
(……そうだよ、そんなわけ、ないよ……。うん、……だいじょうぶ)
 ちく、と胸に刺さる小さな痛み。女の子としての自尊心や、みんなに置いてきぼりにされたことへの羞恥や羨望。そんな暗い気持ちを振り払うように、佳奈は自分に言い聞かせた。
「ちょっと、暑くて……びっくりした、だけだから」 
「そう? 気をつけてね」
 うん、と頷いて、佳奈はホームの日陰の下で、じっと、頭の中に思案を巡らせる。
 過ぎてしまったことはもう仕方がないとあきらめるしかない。
(……海に着いたら、みんなと一緒に、ちゃんと更衣室に行って……それで、着替えるふりだけして……タオルとかで隠せば、ごまかせる、よね。……水着は……ちょうど、お気に入りのが破れちゃってて着れなくて、恥ずかしいけど、しょうがないから学校の持ってきた、って言えば……)
 せめてもの女の子のプライドを守るために、佳奈がそんなことを考えていた時。
「ぅー……やっぱごめん、私、ちょっとトイレ!」
 千沙がいきなりそんな事を言い出して、ベンチからとび起きた。
 優衣が『やっぱり』という顔をして、千沙はバツが悪そうに視線をそらせる。
 しかし、それも当たり前と言えば当たり前だ。千沙は集合の時から、水筒のスポーツドリンクを空にしていて、駅で買ったペットボトルのミネラルウォーターを、電車の中でもさらにもう一本、空っぽにしていたのだ。
 その上また今、ホームでさらに冷たいお茶――トイレに行きたくなっても仕方がない。
 佳奈には見ているだけでもおなかが痛くなってしまいそうな豪快な飲みっぷりだった。
(あ………)
 そして。その単語にきゅん、と佳奈の下腹部も反応する。
(……私も……ちょっと、おしっこ……したい、かも……)
 ぶる、と小さく身体を震わせて、佳奈は下腹部に感じるむず痒さを自覚する。
 最初に少しトイレに行きたいなと感じたのは、電車でのやり取りのあたりからだ。できればこの駅で乗り換えの前にトイレに行っておきたかったのだが、あんなこともあったせいですっかり気落ちしてしまい、なんとなく『お手洗い』を言い出しそびれていたのである。
(……んっ……)
 じんじんと、足の付け根に響く感覚は、思っていたよりも強いもので、佳奈は小さく腰をゆする。
「ごめん、すぐ行ってくるから!!」
「え、いいけど……間に合う?」
 時計を見て伊織が言う。次の電車まではあと4分弱。女の子がトイレを済ませるには少々、余裕のない時間割だった。しかし千沙は構わずに立ち上がり、
「混んでたら戻ってくるよ、ちょっと行ってくる!」
 しゅた、っと手を立てるが早いか、千沙はそのまま階段のほうに走り出してゆく。実はけっこう我慢していたのかもしれない。
「えっと……」
 私も、と佳奈はベンチを立とうとする。
 千沙がトイレを言い出してくれたことで、佳奈は内心ほっと胸を撫で下ろしていた。誰かがトイレに行くのであれば、それに付き合う形で佳奈も着いて行けるからだ。
 しかし。
(あ……)
 思わず浮かせかけた腰が、ぴたりと止まる。
 急に心変わりをしたわけでも、やっぱり我慢できそうだと思ったわけでもなかった。
 むしろ、トイレを意識したことで尿意ははっきりと強いものに変わっている。そっと押さえたワンピースのスカートの下で、可奈の汗ばむ太腿はすりすりとこすり合わされ、はやくトイレに行きたいと訴えていた。
 だが――
(……水着……っ)
 服の下に着込んできた紺色の布地が、佳奈の脚をその場に縛り付けていた。
 佳奈が着ているのは、先にも述べた通りの学校指定のワンピースタイプの水着である。佳奈はその上から、ワンピースタイプの服を着てしまっていた。
 ……つまり、佳奈のスカートの下はいつもの下着ではなく、上下一体になった水着の股布部分なのだ。トイレに入ってスカートをたくしあげたところで、下着のように足元へ下ろすことはできない。
 つまり、佳奈は今すぐトイレに駆け込んだとしても、用を足すために一度ワンピースを脱いで、さらに水着までも全部脱いで、個室の中で裸になっておしっこをしてから、また水着とワンピースを着直す必要があった。
 電車の到着まではあと4分。もともと、おしっこを済ませるには5分でもギリギリ間に合うかどうかの時間なのに、そんな事をしていたら、どう考えても電車が来るまでには間に合わない。
(……ど、どう、しよう……)
 中途半端な中腰になったことで、もじもじ、と擦り合わせた膝が、じぃんと甘い痺れを響かせる。
 間に合わない、と思うとますますトイレが恋しくなる。身体をぴったりと包む、吸水性の布地の感覚が、逃げ場のないように自分を縛り付けているようにも思えてしまい、佳奈は小さくその場に足踏みを始めてしまう。
(……本当に、おしっこ……したくなっちゃった……)
 急速に高まり始めた尿意に、佳奈は困惑の中、落ち着きなく周りを見回す。
 さっきまでは、『トイレ、行っておこうかな?』くらいだった尿意は、はっきりと『トイレ、行きたい!』と強い自己主張を始めている。それに合わせて佳奈の腰も、もじもじくねくねと恥ずかしい我慢ダンスを始めていた。
 もちろん、わざわざ水着など脱がなくても、スカートだけ上げて、水着の股布のところだけを真横に引っ張って、おしっこをする方法があることは佳奈だって知っている。
 けれど――それは、もっと小さな子がすることだ。
 それに、佳奈は、おしっこをするのがあまり上手ではない。トイレに入ってしゃがんでもおしっこをまっすぐ飛ばせず、気をつけていないと、だらしなくぴちゃぴちゃとお尻の方まで飛び散らせてしまう癖があった。これは佳奈の排泄孔の出口が細く入り組んでいるせいで、秘かなコンプレックスなのだが――水着を着たままでは、まず間違いなく股布のところを汚してしまうだろうことはすぐに想像できた。
(……そんなの……、だめ……っ)
 トイレに入って、服を汚す。それはつまりおチビリ、オモラシと同じことだ。濡れてもいい水着とはいえ、そんなこと許されるはずがない。
 第一、水着がそんな状態ではすぐにワンピースまで濡れてしまうし、どこかに座ることも電車に乗ることもできないだろう。着替える場所もないのだから、海に着くまで、佳奈はオモラシ水着を着たままでいなければならなくなるのだ。
 きゅん、ともう一度佳奈の下腹部が尿意を訴える。
 まっすぐおトイレに駆け込んで、個室に鍵をかけて、ワンピースを脱いで水着を脱いで、便座に座ってたっぷりオシッコをしたいと、女の子の本能は訴えていた。
 けれど、佳奈の羞恥心はそれを許さない。
 幼稚園の子みたいに、服の下に水着を着て。しかもそれが学校指定の地味な紺色スクール水着もであるという事実が、佳奈のコンプレックスを強く刺激していた。
(……こんなの着てるから、おトイレ、行けないんだ……)
 自分がひどく子供であるような、そんな自虐の念が振り払えない。
 焼けつくような日差しと熱気の中、じょじょに下腹部を徐々に膨らませる恥ずかしい液体と、煮詰まり始めた尿意を感じながら、佳奈はますます俯いてぎゅっと手のひらを握り締める。
 構内に、次の電車の到着を知らせるアナウンスが響く。
 残りわずかとなった時間の中、佳奈はとうとう――『トイレ』を言い出すことはできなかった。
 発車ベルが鳴り終わってだいぶ過ぎてから、電車が揺れ始める。
「っはー……っ……、危なかった……」
 ぜいぜいと息を荒げ、閉まったばかりのドアに寄りかかった千沙が、ふぅー、と胸に手を当てて安堵の息を吐く。汗のかいた額を拭い、へたり込むように近くの手すりを掴む。
「あとちょっとで置いてかれるとこだったよ……」
「もう、だから言ったのに。時間あんまりないって」
 せっかく忠告したのにと伊織は口を尖らせる。あと少しで乗り遅れるところだった千沙は、電車の発車時刻を三十秒ほど遅らせてしまったのだ。シャツも出っぱなしでキュロットのファスナーを押さえ、『待って、乗ります! 乗りますーーっ!!』と叫びながら階段を走り下りてきた千沙にはさぞ駅員さんも面食らったことだろう。
「あはは、ごめんごめん。超特急で済ましてきたよー」
「あとで、駅の人に謝った方がいいよ? 千沙ちゃん」
「うん。そうする……」
 さすがに少しは堪えたらしい千沙は、すまなそうに頭をかく。
 けれどその表情は晴れやかだった。全速力とはいえ、きちんと駅のトイレに行って、オシッコを済ませてきたのだろうから。
 対照的に、言葉少なになった佳奈は、千沙の分まで我慢を続けているような気分だった。だめだと思っているのに、ちらちらと千沙の、足やおなかのあたりを見るのを止められない。
 今もなお我慢を続けている自分とは違って、すっきりさっぱりと、気持ち良くおしっこをしてきた千沙が、羨ましくて仕方がなかった。
(……っ……)
 ほんの数分で尿意は激しさを増し、佳奈の下腹部はみるみる硬く張り詰めていた。
 電車に乗り込み、駅を出発して、いよいよトイレに行けないと分かったことが、さらに少女の自律神経に余計な緊張を強いていることも理由だろう。
 さっき口にしたジュースも、もちろんその要因の一つだ。尿意を感じてわずか10分足らずで、少女の身体はあっという間に小さな水分保有量の限界を超え、みるみる身体の中から余計な水分を絞り出そうとしているようだった。
 紺色の布地に覆われたおなかの中では、閉じ込められたままの熱湯が今なおくつくつと沸騰している。
(……おトイレ……、オシッコ……っ)
 恥ずかしがり屋の佳奈が、はっきりとその欲求を心の中で形にしてしまうほど、我慢の余裕はなくなっていた。
 乗り換えた電車は、ローカル線であるためか座る人もまばらなくらいに空いており、そのぶんだけ冷房もかなり強く効いていた。
 ホームとの温度差に身体が反応し、一瞬で引っ込んだ汗の代わりに、佳奈のおなかの中にはみるみるおしっこが溜まってゆく。まるでこぽこぽとおなかの中におしっこが注ぎこまれていく音が聞こえてきそうなほどだ。
 恥ずかしい液体をいっぱいにして、たぷんっと音を立てて揺れる、佳奈の脚の付け根のダム。貯水量を超える危険水位に迫る尿意に、佳奈の身体は緊急警報を発令する。
(ど、どうしようっ……お、おトイレ……っ!!)
 さっきまでは、まだ『おトイレ行きたいな』くらいで済んでいた欲求が、『おトイレ行かなきゃ!!』『おしっこさせて!!』と激しいものにすり替わりはじめている。自然に足踏みを始めてしまうのも押さえられないくらいに、佳奈はトイレを求めだしていた。
「はあ。あとちょっとだねー」
「これだと空いてるかもね。日曜日じゃないから」
「お姉ちゃん、すっごい涼しいねっ」
「う、うん……」
 このまま、降りる駅までは一直線。ローカルな単線は、さっきまで乗っていた路線とも違い、車内はずいぶんと年季の入った作りをしている。わずか3両の編成の電車は、のんびりと揺れながら住宅街の間を切り開く単線を走ってゆく。
 強い冷房の直撃から逃れるように、身体を席の端に寄せ、手すりをつかんで。佳奈はぎゅっと身を硬くする。
 目的地の駅まで、あと――20分。
(が……我慢、っ……しなきゃっ……)
 たった20分のはずの道のりが、とても遠く感じる。わずか10分でこんなにも我慢がつらくなってしまっているのだ。この倍も我慢を続けることができるのか、佳奈は不安になってしまう。
 それでもできるかどうか分らない決意に縋るように、佳奈はこくりと固い唾を飲む。
(だ……大丈夫……我慢、できるもん……!! も、もう、子供じゃないんだから……!)
 つまらない意地だとわかっていても、佳奈はそれを素直に受け入れることはできなかった。
 スカートの上から、学用指定の水着のおなかのあたりを引っ張って、ぎゅうっと握り締める。
 無論、みんなに訳を説明して、途中の駅で降りることは可能だろう。
 佳奈もまず最初にそれを考えなかったわけではない。
 しかし、この列車はローカルの単線。いちど下車すれば次の電車まで30分は待たねばならず、ホームで無為な時間を過ごす羽目になってしまう。自分のせいでみんなに迷惑をかけてしまう思うと、たやすく口にすることは躊躇われた。
 それに。
 近くにトイレがあるなら『行ってくるね』で済む話なのだが、この場合は、もうオシッコが我慢できないことを、優衣達にはっきりと伝えなければならない。そうでなければわざわざ電車を降りる理由にならないからだ。
 もちろん誰か1人にこっそり伝えるという訳にもいかない。
 みんなにそれを訴えるのは、普通にトイレに行きたいということの何倍も勇気が必要だった。
(んっ……)
 もじもじと腰をゆすり、佳奈は冷房の風から逃れるように立つ位置をずらす。
 手すりを握り、もう一方の手で抱えた、着替えやお弁当を入れたビニールバッグを、そっと身体の前に回して、その後ろ側できゅうっと足の付け根を抑える。
 がたん、がたん。
 年季の入ったローカル線の座席は、あまりクッションも効いておらず、車輪の振動がそのままダイレクトに佳奈の下腹部に響いてくる。揺れる電車に合わせて、おなかの中のダムの水面もたぷんたぷんと揺れ、出口を求めて水圧が高まる、
 佳奈はちょっとした油断で熱い水流が噴き出しそうになる恥ずかしい出口を一生懸命抑え込んで、浅く早く息を繰り返していた。
 少しでも気を紛らわせようと車内を泳ぐ視線は、中吊り広告の『水』や『我慢』といったフレーズに敏感に反応してしまう。激しい尿意に苛まれている佳奈にとって、少しでも関連のあるものすべてが、トイレやおしっこに関わるものに見えてしまうのだ。トイレ、おしっこ、我慢、水、水着、電車、揺れる――ドア。
(……そ、そうだっ!!)
 その時。
 天啓のように、佳奈の脳裏に閃くものがあった。
(で、電車の――おトイレ……っ!!)
 普段ならまず使うことはないだろう電車の中のトイレ。男女共用で、誰が使っているかも分からないという立地の上、ドア一枚にはたくさんの乗客がいて、ドアを開けるところをはっきりと見られてしまうということから、潔癖な佳奈にはまず使おうとも思えない場所だ。
 高速で揺れながら走る電車の中で用を足す、ということの不安さや、薄い壁一枚では物音を遮ることもできず、用を済ませているのを聞かれてしまうかもしれない、という恐怖もあり、佳奈は普段、その存在をほとんど意識すらしていなかった。
 だが、今の佳奈はそれを差し引いてすら、トイレが恋しい。
 硬く張り詰める下腹部が、一刻も早く我慢からの解放を叫び続けている。普段は禁忌としているトイレを使う決意には十分だった。
 幸いにして、今は車内にはほとんど人の姿もない。これなら問題なくトイレに行ってこれるだろう。
 佳奈はあわてて席を立とうと、荷物を下ろす。
「ん? どしたの?」
「その、ちょっと……」
 伊織が気づいて声を上げる。誤魔化しながら立ち上がろうとした佳奈だが、揺れる電車の不安定な足元にたまらず『はぁうっ』と腰を竦ませてしまう。
 スカートの下でぎゅうっときつく閉じ合わされ、すりすりと擦りあわされる太腿、小刻みに震える爪先。誰が見てもはっきりと、オシッコを我慢していることが分かる格好だ。
「佳奈ちゃん……?」
 怪訝そうな表情を浮かべる伊織に、佳奈は覚悟を決めて、トイレの告白をすることにした。
 もともと、黙って皆のそばを離れるわけもにいかないのだ。
「あの……、おトイレ……」
「ええっ!?」
 声を潜めて小さく告げた佳奈だが、伊織は大きく声を上げる。
 お喋りに夢中だった千沙達も、これには流石にびっくりして佳奈たちの方を振り向いた。
(や、やだっ……伊織ちゃん…、声おっきいっ!!)
 わざわざ佳奈の尿意を喧伝するようなことをした伊織に、佳奈は小さな憤りを覚える。女の子同士でもあまり大っぴらにそんなことを言って欲しくないのに。まして車内は空いているとは言っても、他の乗客がいないわけではないのだ。
「ね、ねえ。本当? 我慢できないの?」
「う、うん……」
 伊織は身を乗り出すと真剣な表情でそう聞いてくる。それに気押されながら、佳奈は小さくうなずいた。見れば、千沙たちも表情を強張らせている。
 どうしてみんな、驚いているんだろうか。
 意味が分からず、佳奈はもう一度『おトイレ、いってくるから』と言おうとした。その唇が『お手洗い』の『お』の格好になったところで。
「どうする千沙? 次の駅で降りようか?」
「……そうするしかないんじゃない? 無理なんでしょ、佳奈」
(え……)
 伊織達が相談を始めたのを見て、佳奈は、ようやく自分が重大な勘違いをしていたことに気づいていた。
(――う、嘘……!?)
 慌てて顔を上げた佳奈は、立ち上がった先で左右の通路から、両隣の車内を見回した。湧き上がった疑念を、嘘だ嘘だと心の中で必死に打ち消そうとする。
 が、しかし。無慈悲にもその想像は、現実となって佳奈の前に立ちふさがっていた。
(お……おトイレ、ない……っ!?)
 当たり前のことだった。ローカル線の質素な設備では、車内にトイレなど整備されていないこともよくある事だ。佳奈は普段利用しているJR線の感覚しかなかったため、どんな電車にもトイレは付いているものだという先入観があったのだ。
 あるいは、それは願望に近い思い込みだったのかもしれない。トイレを済ませられないまま、我慢しながら乗車した時から、無意識のうちに佳奈は『ここにもトイレがある』ことを当然のこととして思い込んでいたのだろう。
 だが、現実には。この3両編成の車内には、佳奈がおしっこを済ませるための設備は、備えられていないのだ。
「ぁ……っ」
 突き付けられた事実の前に、きゅうっ、と下腹が冷たく縮む。
 こぽりと音を立てるようにうねった下腹部が、一気に重さを増した。溜まらず佳奈は前屈みになって手すりにつかまり、ぎゅうっとワンピースの前を押さえてしまう。
(嘘、……っ、おトイレ……やだっ……で、出ちゃう……っ)
 ほんの数十秒前まで、あったはずのトイレは蜃気楼のようにかき消えて、強烈な尿意だけが後に残される。誰が使ったかも分からない、清潔とは言えない公衆トイレですら、今の佳奈には使うことを赦されないものだったのだ。
 わずかな希望から一転、絶望の中へ。
 その転換の中で行き場を失った佳奈のおしっこが、一気にその存在感を増した。まるで外から水を注ぎこまれたみたいに下腹部がせり出し、膨らんだ膀胱が激しい尿意を訴え、鈍くずきずきと痛みすら伴い始める。
 佳奈は人目をはばからず、足の付け根に前から手を突っ込んで、水着の股間部分をぎゅうぎゅうと押さえはじめてしまう。
 とうとう激しく腰を揺すり始めてしまった佳奈を、心配そうに伊織が見上げる。
「佳奈ちゃん、だいじょうぶ?」
「……え、あ、ぅっ」
 気づけば。千沙も、優衣も。みんなが揃って、不安そうな顔で――困ったなあ、と眉をよせて、佳奈の方を見ていた。
 そう。車内にトイレがないことを前提として――もう一度さっきの会話を思い返せば。
 佳奈は、トイレのない場所で、もうオシッコが我慢できない!! と告げたに等しかったのだ。友人たちとの間に生じた誤解に気付いて、佳奈の顔は一気に紅潮した。
(や、やだ……違うのっ、違うのっ!! お、おトイレあると思ったから、それだけでっ……ま、まだ我慢できるけど、おトイレに、行きたいっていうだけで……!!)
 必死に訴えようとする言葉はしかし、羞恥と緊張と混乱によって喉の奥に引っかかったように詰まってしまい、佳奈は小さく声を漏らすだけだった。
「ぅ……ぁ、ち……がうのっ……と、ぉといれ……っ」
 膝を交差させながら腰をくねらせるその様子は、どう見ても我慢の限界が近いことを知らせるもので。
「だ、大丈夫……だから……へ、へいき……っ」
「いいよ、次の駅で降りて、トイレ借りよう? ごめんね、気付かないまま急がせちゃって」
「ぁ……ぅ、ち、ちが……っ」
 猛烈な羞恥に沸騰した思考は、ぐるぐると激しい渦を巻くばかりで、うまく言葉に変換されない。
 心配そうに眉を寄せた伊織に優しくそんな言葉までかけられてしまうことで、佳奈のプライドはもはやずたずただった。同級生の友人にまで、佳奈はきちんとトイレにもいけない恥ずかしい女の子だと認められてしまったに等しい。
「おねーちゃん、ちゃんとおトイレ行かなきゃだめだよー?」
「っ…………」
 挙句、年の離れた香織にまでそんな事を言われ、佳奈は目の前が真っ暗になるのを自覚していた。
 今から何を言ったところで、もはや言い訳にしかならない。
(違うの、違うんだからぁ……!! ちゃ、ちゃんと間に合うもんっ。おしっこ、したいけどっ……え、駅まで、降りる駅まで我慢できるもんっ……さっきのは、ここにっ、おトイレがあると思ってただけでっ……と、途中でもちゃんとおトイレ行ってこれたんだから……!!)
 ぜんぶ、ぜんぶ。みんなのことを思ってした判断なのに、それがすべて裏目に出て、自分を追い詰めていったのだ。
 佳奈はやり場のない悔しさにきつく唇をかむ。
 スカートの下に感じるワンピースの水着の感触が――普通の女の子ならあり得ないというその状態が、さらに佳奈に自分を惨めなものに感じさせた。女の子として当たり前のことが出来ていないのだと、佳奈の心は激しい自己嫌悪をにきつく縛りあげられてゆく。
(……乗り換えの前に、……おトイレ、行っておけばよかった……っ)
 心の底から、佳奈は自分の行いを後悔していた。
 さっきの電車になら、トイレはあったのだ。そこで済ませておけばこんなことにはならなかった。
 あるいは。遅れることを謝ったうえでも、駅のトイレに行くべきだった。
 そうすれば、皆の前で、おしっこが我慢できないことを知られることもなかったのだ。
 揺れる心と後悔の中、もじもじと揺れる腰を、擦りあわされる脚を、佳奈はもう押さえこむことができなかった。手すりにつかまったまま、背伸びしたサンダルの脚が左右に揺れながら体重を支える。冷房によってますます少女の身体は代謝を活発にし、熱源をおなかの中に集めようとしていた。
「ぁ、……あっ……、っ……!!」
 ふいに、ぷくんと膨らみかけたおしっこの出口に、佳奈はぎゅっと水着の股布を掴むようにして脚の付け根を押さえこんでしまう。
 優衣がぎょっとして佳奈の方をみた。
 クラスメイト達の視線を一身に浴びながら、けれどそんな外の事情など気にしている余裕がないくらい、佳奈の意識は身体の内側、脚の付け根の一か所に集中していた。オモラシなんかだめ、その一心で、佳奈は外聞もかなぐり捨てて、おしっこの出口を必死に握り締める。
(だめ……っ!!) 
 全身の力を使って、おしっこの出口を締め付け、脚をきつく交差させる。じわ、と水着の布地に湿った感触。それを汗だと自分に言い聞かせて、佳奈はくねくねと腰を揺すった。
(……我慢しなきゃ……っ!! 我慢しなきゃダメ!! う、海までちゃんと、我慢。……がまんんっ、んんんぅうっ……!!)
 そう、挫けそうな心を懸命に励ます。
 自分がコドモじゃないという証明のためにも、佳奈は目的地の駅までトイレに降りるわけにはいかなかった。途中下車などすることなく目的の駅まで辿り着いて、ちゃんとトイレでおしっこを済ませる。
 そんなこともできないなんて、女の子失格だ――それくらいのことを自分に言い聞かせるように、じっと窓の外へ視線を向ける。
「あ……んぅ…、うぅう……っ」
 薄く開いた唇を何度も噛み締め、はあはあと息を荒げ、けれど手のひらはスカートの上から脚の付け根を握りしめたまま動かない。
 もともと佳奈の身につけている学校指定の水着は透水性の良い布地でできており、普通の下着なんかにくらべても、ずっと水を通しやすい。
 それは泳ぐときに無駄な抵抗が掛からないための仕組みであり、同時に――水を吸収・保持しておく機能が全くないことを意味していた。つまり、こと、トイレに関して言えば、噴き出す水流を塞き止めるという観点でみれば何の役にも立たない、裸同然の状況なのだ。
「っふ。くぅ…。うぁ……っ」
 ぎしぎし、と吊革がきしむ。指先だけを引っ掛け、体重を支えるように伸びた指は、真っ白くなるほどに力がこめられていた。爪先を、踵を交互に持ち上げてよじり合わされる左右の足は、オシッコを堰き止めるのに全力を傾け、すでに佳奈の身体を支える役には立っていない。
「あぁ……っ、あっ……っ……!!」
 ぱくぱくと、小さな唇が開閉する。
 きつく手を添え、握りしめた股間の一点にありったけの力を注ぎ込んで、波のようにぶつかってくる水圧に対抗するため、出口をきつくきつく、締め付ける。
 もし佳奈が我慢しきれずに恥ずかしい液体を噴出させてしまえば、オシッコは股布部分をそのまま通過して、羞恥のホットレモンティーはそのままの勢いで容赦なく足元に叩き付けられてしまうだろう。
 つまり、佳奈は、普通の下着ならば股布にじわりと広がり染みを広げるであろう程度の、わずかな“おチビリ”ですら許されないのだ。
(がまん、っ、がまん、するのぉ……っ!!)
 緊張と限界に硬く張りつめた下腹部が、きりきりと絞りあげられるように鈍い痛みを訴えていた。ちりちり焦げる尿意はさらに激しさを増し、佳奈に次々と襲いかかる。はち切れんばかりのおしっこが、わずかの油断をついて外に噴出しようとする。
「…………っぁ、あっ、あっ……」
 海までの我慢――けれどすでに、佳奈は『海まで』の先の具体的な場所のことを考えようとはしていなかった。『海まで』が『海水浴場のトイレ』なのか『海水浴場の駅のトイレ』なのかすら曖昧である。
 それどころか、電車が到着するやいなや、ホームでしゃがみ込んでそのままおしっこを始めかねない有様の佳奈を、遠巻きに見ながら。伊織達は言葉を失うほどの異様な緊張の中に包まれていた。
「か、佳奈……だいじょうぶ?」
 傍目に見ても辛そうに思えたのだろう、見兼ねた千紗が聞いてくる。
「っ……」
 だが、佳奈は返事を返すこともできず、眼に涙をにじませ、小さく首を振るばかり。
 水着を押し上げる張り詰めた下腹部は、もはや貯水量の限界を超えている。
 どうにか尿意の大波こそ乗り越えたものの、次に同じものがやって来たときに耐え切れるとは思えなかった。
(……どうしようっ……おトイレ……トイレ行きたい……っ、おしっこでちゃう……!!)
 スカートの下、紺色の布地に包まれた下腹部をもてあまし、佳奈は汗ばんだ手で手すりを握りなおす。
 膝は小刻みに震え、座席の上ですりすりと太腿を擦り合わせる。
 だが、車両の中に佳奈の求めるトイレ――おしっこのための設備は存在しない。次の駅に到着するまで、佳奈の乗る電車は動く密室も同じだった。
 次の駅まで何分だろうとしても、電車がホームにたどり着きドアが開くよりもさきに、佳奈の下腹部の出口がこじ開けられるのは明白だった。
(――っ、だめっ!!)
 きゅうんっ、と疼き、緩みそうになる排泄孔を、必死に締め付けて。
 硬く張り詰めた下腹部を水着の上から撫でさする。
 冷房の効いた車内、車輪からのかすかな振動も手伝って、尿意は加速度的に増している。開放を求める下腹部の訴えはもはや暴力的なまでに達していた。
(だ、だめ、海まで、うみまで、ちゃんとっ……)
「ふぁ……っ!?」
 奮い立たせようとした心が、再び牙をむいた尿意にあっさりと砕かれてしまう。足が震え、膝が笑うようにかくかくと力を失ってゆく。
 ぶるぶると手すりを握りしめ、足踏みをし、腰を振り立てて――佳奈はとうとうその場に深くしゃがみ込んでしまった。
「佳奈ちゃんっ……!?」
 優衣が目を剥く。佳奈は水着の股間を、サンダルのかかとに押し当ててぐりぐりと身体をよじらせていた。
 手のひらだけでは足りずに、全身を使って排泄を堪える。そ
 激しく手のひらで押し揉まれる可奈の股間は、スカートも大きくめくれ、その下から学用水着の紺色の布地をのぞかせていた。野暮ったい水着の布地に覆われた下腹部は、細い身体の線にぴったりと沿って、ぷっくり膨らんでいる。
 我慢し続けた恥ずかしい液体で、おなかをパンパンに膨らませ――佳奈は走り続ける電車の中、次のトイレまでを懸命に耐え続ける。
「おねえちゃん、オモラシしちゃダメだよぉ?」
「っ……ぁ……ぅっ」
 香織に悪意はないのだろう。けれど、自分よりもずっと小さな子にそんな風に励まされて、佳奈の羞恥はなお増すばかりだった。香織のような小さな子でもちゃんとトイレに行けるのに、自分はそうではないと言われているのだ。
『まもなく、尾ヶ瀬、尾ヶ瀬――』
 駅までの到着を告げるアナウンスに、伊織が小さく囁く。
「あとちょっとだよ、がんばって!」
「佳奈、しっかりして」
 二人の応援もほとんど上の空で、佳奈はいまにも決壊しそうなダムを必死に押さえこむ。
 そして――
『ここから先、少々揺れます。ご注意ください』
 がくん、と車体が跳ねるのとほとんど同時、注意を促すアナウンスが車内に届く。
「んぁうぅっ……」
 思わずバランスを崩しかけた佳奈の股間から、あてがっていたサンダルのかかとが外れ、押さえを失った脚の付け根の大事なところが一気に緩みかける。
 じゅっ、じゅうぅうっ、と断続的に響くはしたない音とともに。
 佳奈の股間、紺色の布地の股布部分が、一気に濃く色を変えた。
 股間の先端から噴き上がる熱い雫が、スカートの奥に隠れた紺色の股布に吹き付けられる。脚の付け根にじわっと広がる、ぬるぬるとした熱い感触が、内腿を溢れ、膝の裏にまで流れてゆく。
 内腿の間をつうっと伝う水滴が、冷房に触れてひやりとした感触を呼んだ。
(ち、ちがうもんっ、汗……汗だもんっ)
 水着――濡れるための服は、存分にその効果を発揮していた。もともと水中での活動を前提としている水着は、保水力などなきに等しい。メッシュ状の布地は、こぼれた水滴をほとんどそのまま透過させてしまうのだ。
 脚の隙間にあふれる熱い滴を腰をよじるようにして隠し、手すりに指をひっかけ、佳奈は身体をくねくねと揺する。
「――――、――!!」
 優衣達が何かを叫んでいるが、その声ももはや佳奈には届かない。
 じゅっ、じゅぅう、じゅじゅっ。
 ぱたっ、ぽたぽたっ……
 また電車が揺れる。レールをはねる車体の上、上下左右に揺さぶられ、ぱんぱんの膀胱からまたおしっこが絞り出される。一度緩んでしまった排泄孔からは、わずかな身じろぎに反応してぷしゅっぷしゅるるっと熱い水流が漏れ出してゆく。
 我慢の許容量を超えたおしっこは、水着の股布を投下して、佳奈の足もとにぱちゃぱちゃと飛び散り始めていた。
 時速数十キロで走る動く密室の中、佳奈のチビったおしっこは床の上に水たまりを広げてゆく。
「んぅあ、あっあぁ……ぁぅうっ……」
(だ、だめ、もうだめ、もうしないのっ、……が、我慢、がまんっ、がまん……っ……!!)
 それでもなお。佳奈は、我慢を止めようとしなかった。下腹部ははすっかり音を上げて、鈍い痛みとともにおしっこを絞り出しているのに、腰をねじり、足を絡ませて必死に噴き出すおしっこを止めようとする。
 車体を揺らしながらゆっくりと速度を減じた電車が、ようやくたどり着いた単線のホームに滑り込んでゆく。
『尾ヶ瀬、尾ヶ瀬……お降りの方はお近くのドアから……』
 もどかしいほどの時間の中、ようやく停車した電車はぷしゅ、と音をたててドアを開ける。
「佳奈ちゃんっ!!」
 外から一気に熱気が押し寄せてくる中、伊織が叫び、優衣と一緒に佳奈の手を引こうとして立ち上がった。
 が。
「…………っ」
 涙をにじませ、佳奈は懸命に首を横に振る。千沙がぎょっとして目を剥いた。
「ちょ、ちょっと、何してんの佳奈、はやくしなよっ」
「……や……ぁ!!」
 言葉にできぬ拒絶を態度に滲ませながら、佳奈は震える喉で声を絞り出す。
「ちゃ、ちゃんと、我慢、できるもんっ……!! わ、わたし、もう、オトナなんだから、海まで、へいき、だからっっ……!!」
 この期に及んで、佳奈は意地を張ろうとしていたのだ。
 自分は大人だから。こんなところで――おしっこのために、駅に降りたりしない。海にたどり着く前から早々と、びしょ濡れになってしまった水着を抱え、佳奈はなお抵抗を続ける。
「なにやってんの、はやくっ!! どう見たって無理でしょ、佳奈っ」
「や、いやぁ、嫌ああ!!」
 千里、優衣に。左右から脇を抱えるように掴まれ、佳奈はホームの外へ引きずり出されてしまう。
 そして――
 ぷしゅうぅっ、と、高圧の水流を噴出させたような水音が響いた。
 白いワンピースを瞬く間に染め、佳奈のおしっこの出口は一気に我慢を失くしてしまう。
 トイレまでは改札を抜けて300m。とてもそこまで間に合わない。
「あ、ぁ、や、だ、離してっ、が、がまん、できなく、なっちゃぅ……っ」
 電車がゆっくりと走り出すと同時、佳奈の我慢は限界を迎えた。
 水を通す紺色の布地は、噴き出す熱い水流を塞き止めるのにわずかな役にすら立たなかった。ぱんぱんに膨らんだ下腹部の水圧が、おなかの一番底に開いた排泄孔から少女の体外へと噴き出してゆく。
 白いワンピースはあっという間にその半分以上を薄黄色の水流でほかほかと染め上げ、佳奈の細い体に張り付いて、その下の紺色のスクール水着を透けさせていた。
 じっとりと濃く色を変えた水着の下半身。その股布部分をほぼ素通しにして、激しい勢いでおしっこがホームの上を直撃する。
 伊織たちには一瞬、佳奈がそこで下着をおろし、放尿を始めたのかと錯覚したほどだった。
 もともと保水力のない水着では、ほとんど素通しも同然だ。
 股間部分を突き抜けた水流は、あそこを丸出しにしているのとほぼ変わらない勢いで地面を直撃する。
 しかし、紺色の水着はその大部分がますます深い濃い色に変わって、その上のワンピースまで薄黄色く染まっている。どう言い訳しようと隠しようのないオモラシだ。
「ぅあ、、あっ、あ……ちがう、の、ちがうのぉ……っ!!」
 海を泳ぐための衣装は、もはやお漏らしをするための衣装と成り果てていた。
 少女の大事なところこそ隠されているものの、股間部分を突き抜けてほとばしる羞恥の熱水は隠しようも無い。温い風の吹きぬけるホームに、ぱしゃぱしゃと高い水音を撒き散らしながら、こぼれたおしっこが水溜りを残してゆく。
 ホームの真ん中、水飲み場とベンチに挟まれた場所で、しゃがみ込み、そのままオシッコを始めてしまう佳奈。
 海まではあと3駅。待ち時間を含めて約40分。しゃがみ込んでしまった佳奈のスクール水着、その股間部分の布地を突き抜けて、ぱちゃぱちゃと噴き出すオシッコが、ホームの上を黄色い海へと変えてゆく。
 (初出:書き下ろし)
 

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