お茶を濁す(色々な意味で)。
(はやくっ、お、お手洗い、いきたいっ…!!)
もじもじっ、くねくねっ
テーブルを握り締め、椅子の上で激しく足を擦り合わせる六花。ぱんつに恥ずかしい色の染みが徐々に広がり始めている。言うことを聞かない乙女の水門を押さえ込むため、力む上履きの爪先がきつく床を擦り、きしきしとみっともない音を響かせていた。
真新しい制服のスカートは、プリーツを台無しにするほどの皺が寄り、繰り返される前押さえによって足の付け根に押し込まれている。
硬く張りつめた下腹部は我慢し続けた尿意でぱんぱんに張り詰めて、今にも破裂してしまいそうにびくびくと震えている。
あと数分も放っておけば、六花はこのまま教室のまん中で、椅子に座ったままおトイレを始めてしまいそうな様子だった。
(は、はやくっ、はやくうっ……はやくうぅうっ!!)
六花は押し寄せる尿意に歯を食いしばって耐えながら、黒板の上にある時計の文字盤を睨む。一分一秒でも早くこの地獄のような時間が終わってくれますようにと心から祈るが――無情にも分針はテスト終了までの残り時間をゆっくりと刻み続けるばかりだった。
黒板に記されたテストの試験時間は、何度確認しても10時50分。まだ20分以上残っている。途中退室が認められていない以上、六花は教室から出られないのだ。
中学校にあがって初めての中間テスト――前の学校のテストとは全然違うプレッシャーの中、六花の神経はますます追い詰められてゆく。
答案はまだ半分も埋まっておらず、しかも計算問題のほとんどが意味不明でとんちんかんな解答を弾きだしていた。このままでは赤点回避も難しそうだが――いまの六花はそんな事は些細な問題だった。
(お願いっ、はやく、はやく終わってよぉおっ!! で、でちゃう、オシッコ――オシッコでちゃうぅうう!!)
一刻も早く、トイレに行きたい。オシッコしたい。ただそれだけだ。
中学生にもなってオモラシなんて、女の子には絶対に許されないことだ。
ましてすぐ隣にはサッカー部の沢田くんがいるのだ。もしそんな姿を見られたら、明日から生きていられない。
数学の問題用紙を見て難しい顔をして考え込んでいる憧れのクラスメイトに気付かれないように、六花はきつく膝を交差させ、腰をなるたけ静かに揺すり続ける。
どうしても荒くなる息を押さえ込み、教卓に座る監督の先生を見た。
分厚い胸板に広い肩幅。陸上部の顧問もしているという男性教諭――2年生の担任の先生だった。不正がないようにじっと教室内を見回す鋭い視線は、じっと真正面から向き合うのも怖いくらい。
同じ部屋に居るだけで、内気な六花はただでさえ気後れしてしまって何も言えなくなる。
先生と視線が合いそうになり、六花は慌てて顔を伏せた。
(っ、お手洗い……っ、だ、ダメぇ…!! がまん、我慢んんっ……)
同時に押し寄せた強烈な尿意に、少女は身を強張らせた。
じんじんと熱く疼く股間が、またじわりじわりと恥ずかしい雫を滲ませ、ぱんつに噴き出した湿り気がどんどんと大きくなってゆく。内腿に広がる濡れた感触を誤魔化そうと、六花は激しく腿を擦り合わせた。
言えない。言えるわけがない。
入学式から1カ月半。ようやく名前と顔が一致するようになったクラス全員の前で。誰もお喋りもしていない、緊張の中で、手を上げて――先生、おしっこがしたいです、おトイレに行かせてくださいだなんて。
(言えるわけ、ないよぉ……っ!!)
思春期の少女らしい潔癖な理性が、繊細な羞恥心が、少女の前に大きく立ち塞がる。
時計の針は絶望的なまでに遅い。脈打つように下腹部が疼き、下半身全体が言うことを聞かず、小刻みに震えだしていた。
トイレを我慢しすぎた下腹部はじんと鈍い痛みすら走り、目はちかちかとして、頭の芯がぼうっと熱い。感覚の麻痺しかけた足の付け根から、またしゅるしゅると恥ずかしい水音が漏れてゆく。
(っあ、だめ、ぇ、ぇえっ……)
椅子の天板にちいさな水たまりが広がり、さらにそこから雫が溢れ落ちて、ぽたぽたと床に垂れてゆく。いよいよ始まった、本格的な崩壊までのカウントダウン。
ヒビだらけの乙女のダムが、貯水量の限界を超えて決壊をはじめようとしていた。
残り時間18分。
人生最大の危機、答えの出ない試験問題は――なお続く。
(初出:書き下ろし)