社会見学バスの話・02 木崎由梨

 木崎由梨は、よく手入れの整った、プリーツスカートの下できゅっと閉じ合わせた膝を押し付け合いながら、いらいらと座席の手摺を叩いていた。
(どうしてよ、なんで進まないのっ……!?)
 整った顔立ちは焦りの色が濃く、細い眉は眉間に寄せられた皺できゅうっと吊り上がっている。そのせいでもともときつめの目線が、もはや怒っているかのように鋭いものとなっており、友人でも声をかけることも躊躇われるほどだった。
 綺麗に手入れされた爪が手摺にぎゅうっと押し付けられ、細い指は白くなるほどにきつく力をこめられている。
 社会的にも成功を収めた両親を見習うように、幼い頃からいつも級長、クラス委員に立候補をしてきた由梨は、いつも他の生徒達の規範となるべきよう心がけてきた。
 クラスの代表として、その模範として、普通の少女のように人前ではしたない姿を晒す事などできない。他のクラスメイトのようにスカートの前を抑えることなどせずに、表面上はあくまでも上品な姿勢を保ちつつも、その内心は強い焦りと緊張、それによる苛立ちをの募らせていた。
 その原因が、いよいよ激しさを増す尿意であることは今更述べるまでもない。
 由梨が尿意を催したのは、見学の休憩時間にお昼を食べた頃からだ。午後の見学時間ではすでにはっきりとトイレに行きたい程の尿意を覚えていたのだが、見学コースの途中でトイレを申し出るような無礼な事は当然出来ないまま、しっかりと我慢を続けていた。
 そしてまた、休憩時間も、昼食の時も、普段使っている清潔なトイレとは似ても似つかない公園の汲み取り式トイレを使うことは、由梨にはとうてい許容できるようなものではなかったのである。
(いいから急ぎなさいよ…!! いつまで待たなきゃいけないの……!?)
 その結果が、いまの由梨だった。
 工場見学では新製品の紅茶の試飲会があり、由梨はたまたま近くに居た見学の案内担当者に勧められるまま、カップに3杯も特性のショウガ紅茶をお代わりしていた。せっかくの好意を断るなんては失礼に値すると考えての行為だが、それらは全く軽率なものだったのである。
 趣味で紅茶を常飲する由梨の厳しい評価にも十分に耐えうるほどの新製品の紅茶は、由梨とクラスメイト達の喉を十分にうるおし、舌を楽しませてくれた。その紅茶が今、全て尿意へと変貌して、急速にその勢いを増し、由梨の下腹部へと襲いかかっていた、
 美容と健康を売りにする目的で、新製品の紅茶には利尿作用を促す成分があったことも災いした。クラスメイトの倍以上の水分の摂取だけではなく、紅茶とショウガの利尿作用が、いままさに、相乗効果で由梨の下腹部に急激な貯水を行っているのである。
(……もう5時じゃない……どうなってるのよ、この渋滞っ……!!)
 公園を出発してはや3時間。紅茶を飲んでから4時間近く。本来であれば、十分に余裕を持って学校の、あるいは自宅のトイレに行けていたはずの時間。
 摂取した水分が全て尿意に変わるには、十分すぎるほどの時間である。仮に工場を出る時に一滴残らずオシッコを絞り出していたとしても、再び強烈な尿意に見舞われるのは確実だった。由梨はそんな苦痛に、見学中に一度もトイレに行かずに耐え続けていた。
 それでも。公園を出発する直前に、由梨はやはりクラスの模範となるべく、清水先生の注意を聞いて、一度は気が進まないながら公園のトイレに向かいかけていた。
 しかし、建物外まで悪臭を撒き散らす汚い汲み取り式トイレには、既に他のクラスや同級生たちの3,4人の順番待ちの列ができており、由梨はそこで並ぶのも馬鹿馬鹿しくなってバスに戻ってきてしまったのだった。
(――いくら渋滞って言ったって、高速道路なんだし、遅れても30分くらいよね。それくらいなら全然平気よ)
 もう2年生なんだし、クラス委員長でもある自分が我慢できないはずがない――そんな甘いことを考えていた自分を叱ってやりたくて仕方がない。
 我慢を始めてから3時間。じわりじわりと由梨の女の子のダムは水位を増し、バスは渋滞の車の中でピクリとも動かない。
 高速道路とは名ばかりの、のろのろ運転は由梨の苛立ちをいっそう高まらせるのに十分だった。
(はやく、はやくしなさいよぉ…っ)
 焦りと共に何度も軽く腰を浮かし、座席の背もたれの間から車内の前方を見る。運転席と、その隣に座る清水先生は、由梨のことなど気にもかけずに、何かを話しこんでいるようだった。
(んもうっ……そんなことしてる暇あったら、急ぎなさいよっ…!!)
 憤ったところで筋違いであるのだが、それを冷静に分析している余裕が、由梨にはもうない。ショウガ紅茶の利尿作用は、摂取した水分の多さも相まって、いよいよ急激にその勢いを増しながら、由梨の下腹部のダムに注ぎ込まれている。
 下腹部は硬く張りつめて制服のベルトを圧迫するほどで、その強烈な尿意は、おそらく由梨でなければはしたなく腰を揺すり、恥も外聞も捨ててトイレを訴えてしまうほどの強烈なものなのだ。
 だが、ゴールとなる学校までの距離ははるか先で、このままバスがのろのろ運転を続けていれば、高まる尿意がダムの貯水量を追い越してしまう方が先であろうことは、もはや明らかだった。
「くぅん…っ…」
 じんっ、と膨らむ尿意の波に思わず声を漏らし、由梨は唇を噛む、
(あっ、あっ、あっ………お、おしっこ…おしっこが…もれちゃう…)
 自他共に認める『クラス委員長』としての体面を押しのけ、声を大にして叫びたい、女の子の欲求を胸の内に押し込めて、由梨はぎゅっとスカートの前を押さえていた。

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