社会見学バスの話・04 日向羽衣&雪村乃絵

「……んっ……。ぁ、っ、ぅ、羽衣ちゃん……っ、あ、ぁ、ぁっ」
「だ、だいじょうぶ。大丈夫だよ……乃絵ちゃん……」
 バスの後部座席、隣り合ったシートに並んで座る日向羽衣と雪村乃絵は、お互いの指を互い違いにきゅっと握り合わせながら、鏡合わせのようなポーズで同じようにスカートの端を握り締めていた。
 どこか外見も似通っている二人の少女は、不安に揺れる視線を交わし、縋りつくように身を寄せ合う。
 2-Aの中でも特に仲の良いことで有名なふたりは、幼稚園の頃からの幼馴染で、家も隣どうし。何をするにも一緒の、10年来の大親友だった。
 苗字が離れているので出席番号こそ遠いものの、教室の席も隣どうし、班も一緒、委員会も同じ飼育委員だった。あまりに仲がいいので、たまに夫婦みたいだなんてからかわれることもあるほどだ。
 今日の社会見学でも、羽衣と乃絵は当然のように一緒に行動していた。
 見学の時もはぐれないように手を繋ぎ、休憩時間はお弁当の食べくらべをして、二人で買ったジュースを半分こして、バスにも隣り合った席に座った。
 大好きな親友と一緒に、同じ時間を同じ時間用にすごせるのが二人にとってのなによりの幸せである。だから二人とも、バスの閉じ込められた長い渋滞の中でまったく同じように、トイレに行きたくなってしまっているのだ。
「羽衣ちゃん、……あと、どれくらい我慢できそう?」
「…………っ」
 しかし、いくら大の仲良しの二人でも、まったく何もかもそっくりお揃いという訳にはいかない。羽衣は辛いのが苦手で、乃絵は怖い話が大嫌い。国語が得意な羽衣に対して、乃絵は数学のほうが成績が良かった。体育の持久走はふたりとも嫌いだが、水泳が苦手な羽衣に対して、乃絵はむしろバスケットボールやソフトボールのような球技が不得手だった。
 いつもの一緒の二人でも、当然のように別々の、違う少女なのだ。
 だから二人のトイレ我慢の様子にも、大きな差があることもまた当然だった。
「羽衣ちゃん……っ」
 乃絵の手を痛いほどに握り締めた羽衣の指が、じっとりと汗をかいている。彼女はさっきからほとんど声も上げることもできないくらいに身体を震わせ、下腹部をうねるように襲う必死になって尿意の波に抗っていた。
 親友を思い遣る乃絵の言葉にも、ほとんど答えることもできずに小さく首を左右に振るばかり。あとどれくらい、と具体的に示すこともできないほど、羽衣の乙女の我慢はとっくにロスタイムに突入していた。
「んぅ、ぁ、あっあ……っ、ぁっ……」
 吐息を交えた熱い喘ぎ声が、羽衣の限界を如実に表している。
「羽衣ちゃん……、しっかりして……、ね? もうすぐだから、きっと、トイレ、間に合うから……」
「っ…………」
 励ます乃絵の声が届いているのか、羽衣はしきりに首を振るばかり。それでも彼女は、本格的なダムの崩壊だけはすまいと、なんとかギリギリのところで踏みとどまっているようだった。
「……羽衣ちゃん」
 二人の間では、どんなことでも隠し事をしないというのが、小さなころからの羽衣と乃絵の約束だった。
 だから、バスが渋滞にはまりこんでまるで動かなくなってしまって1時間、いよいよ本当に尿意が切羽詰まり、トイレに行きたくなった時、乃絵は懸命に恥ずかしさを堪えて、羽衣にそれを訴えた。
 けれど、その時既に、羽衣は我慢の限界に近い状態にあったのだ。
「んぁ……っ」
 切なげに唇を震わせ、息を荒げては身を硬くする親友の横顔を、乃絵は言いようのない胸の高鳴りと共に見つめていた。
 びく、びく、と何度も緊張を繰り返す羽衣の仕草は、そのまま彼女を襲っている強烈な尿意の波に他ならない。ずっと一緒に過ごしてきた大親友だからこそ、彼女を襲う羞恥と苦しみがまるで手に取るようにわかってしまう。
 乃絵は自分の事も忘れて、いつしかその姿に見入っていた。
(羽衣ちゃん、本当に辛そう……)
 お互いの家が隣どうしということもあり、二人は家族ぐるみでの親交もある。
 小学校の入学式から、どんな時も一緒だった親友。小さな頃から何もかもお揃いだった羽衣。辛い時も楽しい時も、悲しいことも嬉しいことも分け合ってきた親友。
 半ば以上、もう一人の自分のように思っていた彼女が、本当は自分とはまったく別の、ひとりの女の子であることを、乃絵はいま、まざまざと思い知らされていた。
 もちろん乃絵だって、バスの中でじっと押し込められたままな事に変わりはなく、トイレを我慢している事に違いはない。が、乃絵にはまだ隣の羽衣のことを心配できるくらいには余裕があった。
(できるなら、代わってあげたいのに……)
 そう思い、ふと羽衣の下腹部へと向かった視線が、まるで張り付いたようにそこから離れなくなってしまう。
 小さな女の子のダムをいっぱいにして、顔を赤く染め、汗を滲ませ、息を荒げながら懸命に耐え続ける親友。
 その姿を目の当たりにし、乃絵はぞわりと脚の付け根に感じる尿意が強まるような錯覚を覚えていた。
 これに勝る猛烈な排泄衝動と、いますぐ隣で親友は戦っているのだ。それを思うと訳もなく頬が熱くなり、乃絵は言いしれぬ罪悪感にぎゅっと目をつぶった。
(がんばれ……羽衣ちゃん、がんばれっ……)
 汗で滑り、小さく震える羽衣の手のひらを、乃絵はきつく握り締めて、心の中で親友にエールを送りつづけた。

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