社会見学バスの話・06 2年A組の顛末

 佳奈たち2年生の社会見学は、郊外の博物館と飲料工場、記念公園を回るもので、事前の予定では午前8時半に学校を出発、10時前に現地に到着し、休憩を挟んで午後2時に公園を出発、遅くとも午後3時半には学校に戻り、解散という予定になっていた。
 施設の規模が大きく、一度に学年全員が回ることが難しいため、見学はクラスごとに別のルートを取ることが決められていた。佳奈たち2-Aは午前中に博物館、休憩を挟んで午後に飲料工場へと向かうルートである。
 昼食と休憩の場となった記念公園は、郊外に相応しく緑で一杯のとても楽しい場所だったのだが、少女達にとってなによりも懸案となる、非常に切実な問題があった。
 ――トイレ、である。
 記念公園と名は付いているが、その実体はバブル経済成長の末期に、工場地帯に隣接する新興住宅地として開発される予定だった地区が、様々な理由により開発を放棄されたもので、以前からもともとあった森林公園を拡充する形で中途半端に改修を受けて、おざなりに形だけを整えられた場所である。
 郊外の立地と、折からの不況も重なり、当初予定されたプールや遊園地を併設する一大レジャー公園といった体の建設計画は全て白紙となり、だだっぴろい野原に、ちらほらと遊具が並ぶだけのなんとも中途半端な施設となってしまった。
 そして何よりも問題なのが、その規模に反比例して利用者数の少ないことから非常に貧弱な上下水道である。施設管理を行う事務棟の隣に新しく、公衆トイレが設けられた他は、古くからの森林公園時代の設備がそのまま利用されることとなった。
 午前中の見学を終え、佳奈たちを乗せたバスが休憩場所に選んだのは事務棟と敷地を挟んで反対側の区画である。
 そこでは、早くも困惑と驚愕の声が湧き起こっていた。
『な、なに、これ……!!』
 2-Cや2-Dのように、事務棟の近くの駐車場に停車したクラスや、2-Bのように2-Aと同じ見学順番でも、午後の見学場所である飲料工場に近い駐車場を選んだバスにはあり得ない事態である。
 2-Aの昼休憩の駐車場は、記念公園の敷地内でも旧森林公園の区画のまっただ中であった。
 先に述べたように、旧森林公園の区画は拡張計画が中止になったため、諸施設は作られた当時のまま予算不足のあおりを食ってほとんど整備されていない。精々が名称変更とと共に看板が掛け替えられた程度のことで、設備の大半は、数十年前に建造されたままである。
 よって、2-Aの生徒達が休憩場所のトイレは、当然のように旧態依然とした汲み取り式だったのだ。
『そんな……こんなトイレしかないの?』
 普段の利用者の少なさを窺わせるように、掃除も十分とは言えず、時折浮浪者が入り込んでいることを窺わせるようなゴミがそこかしこに転がる。
 さらに個室には蜘蛛の巣が張ったり羽虫がびっしりと集った床は、水はけの悪さによって水たまりをそこここに作り、和式の便器の底からは鼻が曲がりそうな悪臭を漂わせている。
 消毒用具どころかトイレットペーパーも備え付けられていないそこは、およそトイレとしては最低ランクに近い場所であり、多感な年ごろの少女達には使うことを躊躇わせる構造だったのだ。
 屋外の公衆トイレというだけでも、なんとなく足が遠のいてしまうような、思春期の盛りの少女達が嫌悪したのも仕方のないことといえるだろう。
 バスの出発が近くなり、担任の清水先生が
「みんな、帰りの道路が混んでるかもしれないから、ちゃんとお手洗いは済ませておいてね?」
 と忠告する中、佳奈のクラスメイトのうち何人かは、意を決して個室に突撃していったものの、多くの少女達が遠巻きにトイレの様子を見守る中、佳奈もまた、
(いいや……我慢しよう)
 と、すでに尿意を感じていながらも、トイレを使うことを躊躇ってしまったのだ。
 帰り道のことを軽く考えてしまっていた事は否めないが、1時間ほどの帰路であれば十分に我慢できる範疇だったはずなのだ。
 実際、不快感をねじ伏せてトイレに駆け込んでいった少女達のうちの半分ほどは、結局あまりにも汚く、音消しすらできないトイレを使うことを最終的に諦め、オシッコを済ませられないままにバスに戻って来たのだから、佳奈たちの軽挙だけを責めるわけにもいかない。
 高速道路で1時間、公園から学校までを含めても2時間足らずの距離とあって、途中にトイレ休憩などは想定されていなかったことが、ますます2年A組の少女達を追い込む結果となった。
 見学の企画段階においてもう小学校や幼稚園じゃないんだから、出発前にしておけば大丈夫――という、実行委員の教諭たちの甘い見通しの結果、高速道路を走るバスは、渋滞のただ中にはまり込むまで、いくつかのサービスエリアを素通りしてきたのである。
 のろのろと動いてはすぐに停まるバスの中で、佳奈の、少女達の下腹部で、オシッコはどんどんとその存在感を増していった。
(……んっ……が、我慢、しなきゃ……)
 いったい、いつになったら進むのか。不安な気持ちがますます高まる尿意に拍車をかける。バスの座席の上でもじもじと身をよじりながら、佳奈は一向に進まない渋滞の列を、もどかしげに見つめていた。
 高速道路の上、一番近いサービスエリアまでの距離表示は4キロ。
 延々と続く渋滞に捕まって、はや3時間。
 下腹部を恥ずかしいオシッコでたぷんたぷんと満たした、2年A組の生徒28人の少女と、担任教師プラス一人を乗せ、2号車バスはピクリとも動かないまま、長い渋滞の列に飲み込まれていた。

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