今度、真彩の前で新たな動きを見せたのは、大きなトラックだった。
荷台には重そうな材木をたくさん積み上げて、どこかに運んでいる途中なのだろう。バスの車体とそう変わらないトラックが、わずかに空いた車間から強引にハンドルを切るようにして車線に割り込んでくる。
横入りされた車の列が、抗議のクラクションを鳴らす中、エンジンを切ったトラックの運転席から、日焼けしたお兄さんが下りてくる。
「ええっ……」
信じられない光景に、真彩は思わず声を上げてしまった。
おそらく、真彩のお父さんよりは若いだろうけれど、ちゃんと働いているのだから立派な大人のはずだ。間違っても、子供とは言えない年齢のはずである。
そんなトラックのお兄さんが、さっきの男の子と同じような事を始めたのだ。真彩の驚きも無理はない。これまでにそんな事をしようとした大人を、真彩は一人も知らない。
真彩の驚きを余所に、お兄さんは壁に向かってそそくさとズボンのジッパーを下ろす。その姿に、真彩は真っ赤になって顔を反らし、慌ててカーテンを閉めた。
こればかりは思春期の少女には少々過激すぎる。ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、顔を伏せ、真彩は混乱の中ぐるぐると頭の中を渦巻く困惑と驚きを持て余してしまう。
(う、嘘……!? え? い、今……本当に?)
押さえたカーテンの隙間から、かすかな光が差し込んでいる。その向こうで繰り広げられているだろう光景を想像してしまい、真彩はますます訳が分からなくなる。
(あ、あんな、大人の男の人も……こんな所でオシッコ、しちゃうんだ……)
それはまったく、真彩の想像の埒外のことだった。
たとえどんな男の人でも、大人ならみんな、ちゃんとトイレで済ませると思っていたのに……。いきなり突き付けられた生々しい現実の前に、真彩は耳までを赤くして、頬を抑えてしまう。
同時に湧き起こるのは、強い、強い羨望だった。
(ず、するい……ずるいよ! お、男の人って…っ!!)
女の子の真彩は、あれからもずっと、オシッコを我慢し続けているのに。男の人はあんなに簡単に、外でオシッコができるのだ。
こんなにもはっきりと、男女の身体の仕組みの違いをはっきりと意識させられたのは、これが初めてのことだ。バスの中に閉じ込められ、なおもオシッコ我慢を強いられる真彩の身体は、簡単に立ったままオシッコができる身体を激しく羨む。
(な、なんで、女の子って、こんな風に、我慢しなきゃいけないの……!?)
不平等な『おんなのこ』。下半身に身体に溜まった不満を、真彩は文句と共にぎゅうっと押さえこむ。
真彩の脚はさっきからぴったりと閉じ合わされ、両手はきつく握られてひざの上に置かれている。他のクラスメイトに比べれば慎ましやかなものではあるが、はっきりとオシッコを我慢しているのがわかるには十分だ。
溜息も多くなり、身体も落ち付かないように何度も揺れ動く。それでも気分を紛らわせるためにバスの外を眺めているのは、それなりに効果があるのだった。
けれど。
その分、あんなものを何度も見せられるのではたまったものじゃなかった。
「うぅ………っ」
不満を混ぜた呻きとともに、長く葛藤し。
どうしても押さえきれない好奇心を半分交えながら、真彩はそっと顔を上げ、カーテンを細く押しあける。すると、窓の外ではちょうど、さっきのお兄さんがトラックの運転席に戻ってゆくところだった。少し周りを気にして、足早な様子を見ると、それなりに恥ずかしいことなのかもしれない。
ずっと我慢していて、どうしても我慢出来なかったのかもしれないが、やっぱり真彩には受け入れがたいことだった。
(でも、いくら男の人だからって、大人なのに……あんなトコロでオシッコをしちゃうなんて……)
真彩が目を反らしているうちに、バスが少し進んだこともあって、トラックの反対側にあるだろう高速道路のフェンスからアスファルトにかけてを黒く色の変わった水流の跡は、ほとんど見つけることができなかった。
けれど、恐らくはさっきの男の子よりもずっと大きくなっただろう、オシッコの水たまりをどうしても思い描いてしまい、真彩はいつまでも熱い頬を何度もこすって、強く頭を振るのだった。
社会見学バスの話・11 佐野真彩その2
