(あーーんっ……だ、っだめっ、ああっあッ!! ぉ、おしっこ、おしっこ出ちゃううぅ、おしっこ、おしっこしたいいぃっ!!)
我も忘れて叫び出したくなるのを堪え、蓉子は居ても立っても居られない。
ついに蓉子は運転席の傍へと歩み寄った。
「あ、あのお」
「んー? なんだい」
運転席にのんびりと腰かけ、長い渋滞を前になお慌てたふうでもない初老の運転手が、蓉子の方を振り向いた。
できるだけ平然を装って、努めて平静に、世間話でもする風な口調を作る。
「な、なかなか動きませんねえ」
「そうだねえ……参ったねえ」
全然参った様子でもない運転手に、蓉子は苛立ちを隠せなかった。
(そんな簡単に言わないでよぉ……!! こっちはもっと参ってるんだからっ!!)
思わず足を踏み鳴らしてしまいそうになり、慌ててそれを自制する。それでも忙しなく、パンストに包まれた膝を擦り合わせるのは我慢できない。
「あ、あとどれくらい、掛かりそうですか?」
「うーん……どうだろうねえ。まだしばらくは駄目かも知れないねえ。問い合わせてみたけど、トラックの荷崩れだか何だかで大分面倒な事故らしいよ。……ああ、けが人は出てないらしいからそれは良かったけどねえ。
……完全に抜けるにはまだ1時間……うーん、2時間くらいかかるかもねえ」
「に、にじかんっ!?」
こんな渋滞は日常茶飯事なのか、運転手はのんびりと答える。
しかし、彼の告げる時間予測はあまりにも絶望的なものだった。その衝撃に、つい蓉子はオウム返しに叫んでしまう。
まだまだ渋滞を抜けられないという事実を突き付けられ、蓉子はその衝撃に下腹部をきゅんと疼かせてしまう。
「それから高速を降りて、学校までだから――7時半くらいになっちゃうかねえ。まあ、最近はだいぶ明るくなったしねえ……」
だから、生徒達の下校は大丈夫だろうと、運転手はそんな事を言いたいのだろう。蓉子の立場を全く案じてくれないその言葉にに、蓉子の胸中は猛烈な不満が湧き起こっていた。
(あーんっ、そんなにのんびりしてないで、急いでよぉ!! こっちはもう、本当に緊急事態なんだからぁ……!!)
とは言え、教師の立場にある蓉子がそれをそのまま口に出すことは出来ない。運転手は客観的な予測を口にしただけなのだ。
辛うじて文句を飲み込み、蓉子は懸命に自制を働かせる。
「んっ……」
腰の揺れを押さえつけて小刻みな足踏みだけにとどめ、運転手の傍に顔を寄せる。
「その、なんとかなりませんか? も、もう大分予定からも遅れちゃってるんで……」
つい外れそうになっていた『生徒の事を案じる女教師』の仮面を、慌ててしっかりと付け直す蓉子。
「そうは言ってもねえ。次の出口までまだ14キロもあるしねえ」
「そ、そんなぁ……」
当たり前の話だが、この遠足は2年A組だけのものではない。他の組も別々のバスに分乗しており、予定を変えるには他の先生たちとも打ち合わせをしなければならなかった。そんな事は蓉子も百も承知なのだが、それでもなお口にせずにはいられないほど、尿意は切迫したものになっていたのだ。
あと14キロ――それはバスが渋滞に捕まってからこれまでの距離よりも長い。つまり今すぐ高速を降りるにしても、どれだけ短くても1時間以上は要するということだった。
(そ、そんなにもたないわよお……あーんっ!!)
眼前に突きつけられた絶望に、蓉子は目の前を真っ暗になるのを感じる。
そんな時だ。
「……そう言えば先生、トイレは平気かい?」
「ぴゃぁッ………!?」
まったくの不意打ちでそんな言葉をかけられ、蓉子は反射的にびくっと背筋を伸ばしてしまう。
予想外からの一撃は、蓉子の下腹部を直撃した。危険水位を遥かに超えた貯水量のダムを抱え、ぎりぎりのところで保っていた均衡が、途切れた集中力と共に緩んでしまう。
その瞬間を尿意は見逃さななかった。
蓉子の脚の付け根に、じゅうっと熱いうねりが響く。
(んぁ、はぁああぁあんっ、だ、だめよぉおッ!!)
女教師の背筋を冷たいものが這いあがる。咄嗟にそれを押さえ込もうとする蓉子だが、いったん緩んだ排泄孔は言うことを聞かなかった。
下腹部で爆発が起きたような衝撃が蓉子を襲う。
(んっぁ、はぁぁあっあんッ、んぁああ、あくぅっっッ!?)
かかかっ、とたたらを踏んだ靴底がバスの床を叩いた。蓉子は直立不動でその場に硬直し、大きく背中を後ろにそらした姿勢のまま、びくびくとお尻と太腿を痙攣させた。強張った表情、食いしばる歯、行き場を失くした視線が宙をさまよう。
(あ、あ、だめ、ダメぇ、だめええ!!! オシッコっ、おしっこ!! んはぁああっ、おしっこでるっ、出るうぅッ、だめ、だめよぉおッッ……!!!)
社会見学バスの話・15 清水蓉子その3
