すべては、当然の帰結であった。
いかな大渋滞の中とは言え、その中の車が完全に停止し、全く動かないわけではないのである。時速に換算するのも馬鹿らしくなるような、数メートル進んでは止まるを繰り返すノロノロ運転とは言え、少しずつ渋滞の列は移動を続けていた。
佳奈が清水先生にトイレを訴え、バスが車線を変更し、中央分離帯に横付けして停車しおよそ10分近く。
少女達が路肩に降り、バスの物陰に向かっているその間にも、渋滞の列は少しずつ、少しずつ、前に進んでいたのである。
2-Aの生徒達を乗せたバスの大きな車体が、割り込むように車線を横切って移動したせいで、後続の車はそこに押さえこまれるように動けなくなってしまっていたのだ。
他の車線の車が、ゆっくりとは言え移動しているのに、自分のいる車線だけが停車したまま、周りの車の流れからも置いて行かれる――それは大渋滞で神経を尖らせていた運転手たちを刺激するのに十分だった。
しかも、間の悪いことにこのタイミングで、渋滞の列がこれまでよりは大きく動き出したのである。動き出した車線を塞いで、どっかりと停まったままのバスめがけ、次々とクラクションが鳴り響く。
重なり合う甲高い音は、猛抗議となって2-Aのバスを直撃していた。
奇しくも、運転手の危惧していた事態だった。
中央分離帯への停車はマナー違反とは言え、いまは2年A組の少女達の緊急事態だ。本来なら、バスを降りたクラス担任の蓉子が後続の車に対して事情を説明するような方法もあっただろう。あるいは、バスの中に蓉子が残っていれば、何が何でもバスを動かさないように、運転手を説得することもできたかもしれない。
だが、その肝心の蓉子まで一緒になってバスの陰に入って行ってしまったことで、後続の抗議を留める者はいなくなってしまったのである。
――かくして。
鳴り響くクラクションに圧倒されるように、バスは出発を余儀なくされたのだった。
エンジンを唸らせ、排気ガスを噴き出して。動かない壁のようだったバスがするすると前に滑り出る。
運転手にしてみれば、ほんの車間数台分を動かすだけの移動だった。トイレに降りた少女達を置いていく理由などなかったし、そのつもりもなかった。何よりも、彼は男性であったからこそ――少女達が、路肩でオシッコを済ませている状況の本当の問題点まで、頭が回らなかったのである。
バスの移動は数十メートルほどのものでしかなかったのだが――ちょうどその物陰でしゃがみ込んでいた生徒たちには、あまりにも致命的な問題だった。
これまで少女達を覆い隠していた、バスの車体が移動してしまったことで。
少女達の姿は、再び白昼の元に曝け出されることとなってしまったのである。
「――――ぇ、っ」
しかも、今度は先程の好奇の視線にさらされた我慢行列の比ではない。下着を下ろし、膝に引っ掛け――あるいは足首までおろしてくるんと巻き付けて。
スカートを大きくたくしあげ、腰にはさみ、橋を口に咥え、ハンカチを握り。ポケットティッシュを握り締め。
道路の隅にしゃがみ込み、足を広げ、おしりや、あるいは女の子の最も大切な場所をさらけ出して、動くこともできない徹底的なまでに無防備な姿のまま、まさに今、オシッコをしようとしていた瞬間のその姿を。あまりにも最悪のタイミングで、少女達は全く遮るものなく、大渋滞の衆目にさらすことになってしまったのだ。
「きゃぁああああああ!!!!!?」
「な、なに、これ……っ!!」
最初に叫んだのは、右端で座りこんでいた愛理。そしてその隣の頼子、芽衣が、信じられない事態に目を見開く。
絹を裂くような悲鳴が立て続けに響いた。
「い、いやああ!!」
「嘘ぉ……!!」
これまで壁のように、彼女たちの姿を覆い隠してくれていた車体が幻のように消え失せ、制服姿の少女達が下半身も露わに道路の隅にしゃがみ込んでいる姿が、三車線の高速道路から丸見えとなってしまう。
オシッコを始めようとしていた下半身を押さえ込み、佳奈達はパニックを起こしながら身体をよじろうとした。
「ぁっあああ、ぁっ!!」
「だ、駄目えぇええっ」
じゅ、じゅじゅぅ、ぶじゅじゅじゅじゅじゅッ、じゅうううううっ!!
びちゃびちゃっびちゃっ、ぶしゅうぅう――――――ッッ!!
猛烈な放水音を、押さえ込もうとした手のひらが、慌てて引っ張り上げた下着が、引き下ろしたスカートが遮る、みっともない水音が響き渡る。
羞恥を堪え、葛藤を乗り越えて、道路の隅で我慢に我慢を重ねてきたオシッコを、ようやく始めようとしたまさにその矢先だ。いきなり止めろと言われても、一度トイレを決意した女の子のカラダが言うことを聞くわけがない。
少女達の中でまず悲劇を迎えたのは麻野頼子だった。彼女はバスの後ろから三番目、バスのほうを向いてしゃがみ込んでいた。
頼子は、皆に先駆けておしっこの準備を終えていたのだ。
バスの陰に向けて足を開き、女の子の部分からいままさにちょうど勢いよく『シュウウッ』と水流を噴射しかけた、ちょうどその時にバスが動き出したのである。
「だ、だめえええええ!!!」
幸いにして、頼子はバスが動きだしたことにすぐ気付くことができた。咄嗟に身体をよじろうとした彼女だが、しかし思うように足が動かず、痺れてしまい立ち上がることもできない。
脚を閉じることも、その場に倒れこむこともできず。目の前にやってきたクーパーの座席から、まさに特等席となる位置で。頼子は地面に向けて、足の付け根から女の子の恥ずかしい水流を噴出させるのを、思い切り見られてしまったのである。
ホースが水をまくかのような激しい音が響く。じゅじゅじゅぅうっ、とまるで焼けた鉄板で蒸発する水のように、激しい音を響かせて噴き出したオシッコは、頼子が腰をくねらせるのに合わせて蛇のように地面に軌跡を描き、アスファルトに痕跡を刻む。
たちまち噴射した水流は飛沫を上げながら大きな水たまりとなって、なおばちゃばちゃと頼子の恥ずかしい放水を受け止め、波打った水面を広げてゆく。
「っあ、あぁ、いや、いやぁああああ!!!」
頼子は太腿を閉じ合わせ、足の付け根に手を突っ込んで、ぎゅうっと恥ずかしいところを握り締めた。
眉を寄せ、歯を食いしばって懸命に耐える。
じゅじゅじゅうっとさらに激しい水音が響き、押さえ込んだ白い肌を、腿を、ふくらはぎを、黄色い水流が幾筋も伝いおち、足元にはオシッコの証拠である水たまりがどんどんと大きく広がってゆく。
「いやぁ、……ぁああっ……」
まぶしいほどに白い太腿を露わに、ぴったりと足を閉じ腰をくねらせ、股間を押さえこんだ手のひら隙間からはぶししゅうっと水流が迸る。しゃがみ込んだまま動けない頼子に、周囲からの無遠慮極まりない視線が突き刺さった。俯いた顔は耳の端まで羞恥に染まり、少女の切ない吐息と共に、涙がじわりと目元に浮かぶ。
それでも、暴虐に荒れ狂う尿意を、ひくひくと収縮しそうに痙攣する膀胱を必死になだめ、羞恥のホットレモンティを下腹部に閉じ込めるのに精いっぱいの頼子は、動くこともできずに小さく身体を震わせ、耐え続けるしかなかった。
社会見学バスの話・27 羞恥の高速道路
