dans la prairie 02

※浅学ゆえ非常に恥ずかしいスペルミスをしておりましたので訂正します。
 ご指摘ありがとうございました。


「ぁう……っ、は……っ」
 灰色の空の下、しんしんと雪の降り積もる道に、ぎゅ、ぎゅっと雪を踏み締める小さな音が響く。もこもこの白いコートのフードからは覗く頬は赤く、額には切り揃えられた髪が汗で張り付いていた。
 ピンクの長靴と大きな傘。おぼつかない足取りで膝まである雪を掻き分けるように進む少女の背中では、通学鞄の中身がカタカタと揺れている。息は既に荒く、噛み締めた口元からこぼれる息は真っ白だ。
 両親が仕事の都合で海外に行かなければならなくなり、理佳は生まれ育った都心のベッドタウンから、祖母の家のある山奥の田舎町に引越して来たばかりだ。父親の故郷でもあるこの小さな山間の町での暮らしは、生粋の都会っ子の理佳には経験したことのないことばかりだった。
 膝まで埋まるような深い積雪もその一つ。都会ではうっすらと地面が白くなるだけで大騒ぎだったが、ここでは春まで雪が溶けないのは当たり前のことなのだ。
「んっ……」
 チェーンを巻いたトラックが行き来する道路では、定期的に除雪が行われているものの――それでも数時間もしないうちに、足の甲が埋まってしまうほどの雪が積もることはしばしばだ。
 深い雪に足を取られそうになり、理佳は慌てて転びそうになる脚を踏ん張る。傘の柄をきつく握りしめ、冷たくかじかむ手袋の指を擦り合わせる。自分の背よりも高い雪の壁なんて、生まれて以来スキーにも一度も行ったことのない理佳には、信じられない光景だった。
 いまだ雪道に慣れない都会っ子の足では、片道20分の通学路もゆうに1時間以上もかかる遠い道のりとなる。
 理佳の下腹部、女の子の小さな水風船を満杯にしてしまうのには十分な時間だった。
「んぅ……っっ」
 信号待ちの時間にもひゅううと吹き付ける冷たい風に、理佳は思わず立ち止まり、ぶるぶると背中を震わせる。その間にも北国の吹き付ける冷たい風は、防寒着をあっさり通り抜けて、少女の腰を冷やしてゆくのだ。
 理佳はきつく足を閉じ、その場で腰をくねくねと揺する。行進みたいなその場足踏みに、いくつも長靴の足跡が雪の上に踏み締められてゆく。
(お……トイレ……っ)
 出発ぎりぎりまでストーブに当たって温まっても、ホッカイロをいくつ貰っても、小さな理佳の身体は、北風のひと吹きであっというまに冷えてしまう。
 できるだけお茶もお水も飲まないように水分を控えても、寒さの厳しい雪国の田舎では、理佳の口にした水分はほとんど汗にならず、残らずおしっこになって少女の腰上のダムに注ぎ込まれていくのだ。
 足元の雪と吹き付ける風、容赦なく吹きつける冷気のダブルパンチが、理佳の下腹部でぱんぱんに膨らんだ水風船をきつく鷲掴みにする。
「んっ、はぁ、ふぅ、……っ」
 深い雪を掻き分け、転ばないようにして歩くには、どうしても一歩ごとに足を大きく上げねばならない。けれどそうやって踏み出すたび、硬く張りつめた下腹部が圧迫され、水風船の出口がじわっと開きそうになるのだ。
 それを堪えようとするものだから、理佳の足跡はますます乱れ、あっちにふらふら、こっちにふらふらと左右に蛇行し、ますます歩みを遅くする原因になるのだった。
(……だ、だめ……!! おしっこ……、でちゃう……!!)
 限界までの秒読みを刻む少女の頬が震え、硬く結ばれた唇から白い息は溢れる。大きな傘を両手で持たねばならないため、下腹部をさすって、ぱんぱんに膨らむ水風船を満足になだめてやるだけでも、いちいち立ち止まってしなければいけなかった。
 数歩を進んでは立ち止まり、前屈みになって突き出した腰を揺すり、防寒着のズボンの太腿を擦り合わせ、手袋がぎゅうっとお股を押さえ込む。
 湧き上がる猛烈な尿意、緩みそうになるおしっこの出口。はやく、はやくと心が急かす。
 しかし脚を交差させ、腿を擦り合わせながらの歩みでは、いつまでたっても祖母の家は見えてこない。まだ覚えの曖昧な通学路、それも日毎に様相を変える雪道では、いま自分がどこにいるのかも分からなくなってしまう事もあった。
「っ、や……だめ……っ」
 笠ね穿いたタイツとズボン、防寒着。分厚い着衣の奥で、じわりと危険な湿り気が股間の付け根に広がってゆく。
 切羽詰まった尿意に、身体の方が勝手に根を上げ、我慢の残り時間のカウントダウンを刻み始める。帰途の終着点はまだ遠く、祖母の家の屋根すら見えていないというのに、少女の身体は早くもトイレの準備を始めていた。
「ぁ、あっあ、あぁあ、っ」
 じわ、じわと水門が緩み、温かな布地の奥に湿り気が広がる。少女の下腹部の水風船がひときわ大きく収縮し、ぱんぱんに詰まった中身を絞り出そうとする。
 しかし町の中でも山間に近い祖母の家の周りには、ただ延々と畑が広がっているばかりだ。コンビニや公園どころか、民家すらまばらにしか見当たらない。
 この山間の通学路では、見知らぬ家の玄関で、トイレを貸してほしいと申し出ることすら難しいのだ。
「っあ……!!」
 突然押し寄せた強い尿意の波に耐えかね、理佳はどうする事もできずに立ち止まり、びくっと身体を硬直させる。
 防寒着の上から、ありったけの力でぎゅうっと足の付け根を押さえこむが、それでも間に合わず、水風船の出口を押さえる力が緩んで、股間の先端部分から、じゅじゅっと熱い雫が噴き出してゆく。
「だ、だめぇえっ!!」
 もはやどうにもならないことを察した理佳は、悲鳴のように叫び、大きな傘を放り出して、通学路の道の脇――積みあげられた雪の傍へと走り込んだ。
 しゅるしゅる…しょしょしょ…恥ずかしい音を響かせる下半身をくねらせながら、懸命に防寒着のジッパーを下ろし、ズボンと下着をまとめて膝まで引っ張り下ろす。マイナスの樹恩の中、白い少女の下半身が外気にさらけ出される。
 それとほぼ同時。ほとんど中腰の状態のままで、理佳の股間から迸ったおしっこが地面を直撃した。
 ぶじゅうううぅうううっ!!
「ぁあぁ……っ」
 猛烈な勢いで迸る水流が、白い雪をたちまち黄色く染めてゆく。積もった雪がみるみる溶けだし、真冬の寒気のなかに、羞恥の熱水はもうもうと湯気を立ち上らせる。
 まるで、ここで理佳がオシッコをしていることを周りに知らせるための狼煙のようだ。
 もう高学年になったのに、道端でおしっこをするなんて、絶対にありえないことだった。うつむいた理佳の目元には、羞恥にじわりと涙が浮かぶ。
「っ…………」
 もともと、どちらかと言えばトイレの近い理佳だが、引っ越しに伴う生活環境の変化と、クラスでもいまいち馴染めていないことなどが心理的な負担となって、トイレの頻度はますます上がっている。
 酷い時には通学中の片道だけで2回や3回もこうしてしゃがみ込み、足もとに黄色い雪解け痕を残さなければならないほどだったのである。きちんとトイレまで我慢できないことが、思春期の少女の繊細な心をますます過敏にしてゆくばかりだった。
 まだ春も遠い、北国の1月末の雪の中。理佳の小さな足跡を残す通学路には、いくつもの黄色い雪解け痕が続く。
 (初出:書き下ろし)

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