社会見学バスの話・34 佐野真彩その4

 真彩は窮地に陥っていた。太腿の内側に重ねた手のひらをぎゅっと押しあて、前屈みになった姿勢で激しく膝を擦り合わせる。
 じりじりとせり上がり、水位を増した尿意が全く収まらないのだ。さっきまでは大津波とはいえ、断続的な高低差を持った『波』だった尿意が、いまは高潮のように強まったまま、どんどんとその力を増してゆくのだ。
「うく……ぅ……」
 胸の奥が詰まるように呼吸が浅く、早い。少しでも気を抜けば一緒に股間からも熱い水流が噴き出してしまいそうだ。酷使され続けた括約筋が痺れ、熱をもって疼く。じんじんとおなかに響く衝撃に、内側からノックされ続けるダムの放水口がぷくっと膨らみそうになる。オシッコの出口を塞ぐため、お尻の孔にきゅっと力を込めるたび、下着の中で桃色に染まった恥ずかしい場所がひくひくと震える。
 それでも押さえた指を下着とスカート越しにも湿らせるはしたないおチビりの感触が、真彩を追い詰めていた。
 尿意の波――バスの中に閉じ込められて4時間近くが経過した今となっては『オシッコしたい』と『すごくオシッコしたい』と『もう限界』の間を行き来するような状態だが――それでも本当に辛い瞬間とそうではない時の差がある分だけ、一番危険な瞬間に必死に我慢を集中して、波のうねりを乗り越えさえすれば、少しは気が休まる瞬間があった。
 だが、今の真彩の尿意はそうではなく、高くせり上がった水面がまったく下がる気配を見せない。『オシッコしたい』という尿意の波の、一番危険な瞬間が延々と続いているのだ。
「ふ、は……く、ぁ……」
 満足に息継ぎもできないまま、全身が黄色い海の底に沈み、溺れていくようだった。両手と太腿と使って必死に押さえ込んでいる水門は、内部の水圧に負けるようにじりじりと押し開けられてゆく。じゅ、じゅ、とイケナイ音を響かせる股間に、真彩は背中を丸めて耐える。
 少女のおなかの内側で限界まで膨らみ張り詰めた膀胱が、これ以上の伸び切ることができないと、真彩の意志を無視して中身を絞り出そうとしているのだ。排泄器官を掴んでひねり上げるような、強烈な排泄衝動――膀胱が爆発しそうなほどの猛烈な尿意が来る。
(っあ……やば、ぃ……っ!!)
 膀胱が排泄の本能のまま、きゅうっと収縮をはじめようとする予兆に、真彩は眼を見開いて背中を戦慄させる。おなかをさすってそれを押さえ込みたいが、手が離せない。真彩の十数年の生涯初めての『オモラシ』のカウントダウンがはじまっていた。
 少女の身体は排泄欲求の本能を優先し、倫理や理性をかなぐり捨てようとする。『これだけ我慢したんだから』『こんな状態じゃしょうがない』と、少女のプライドがこれまで頑なに否定してきた、最悪の事態をいよいよ許容し始めた時、カーテンの隙間から見覚えのある色彩が覗く。
 陽射しを反射する銀色のワンボックスカーが、タイヤを鳴らすようにして車線に割り込み、強引に路肩に停車した。
 非常駐車帯に停まるやいなや、ワンボックスの助手席のドアが吹き飛ぶように開く。
(あ、あれ、さっき、の……)
 見たことのある車だと気付いたのは、見覚えのある男の子が、続けて後部座席のドアをスライドさせて車内から顔を覗かせたからだ。
 次の瞬間、路肩に向けて凄まじい勢いの放水が叩き付けられる。炭酸飲料のペットボトルを思い切り振り混ぜて蓋を開けた時のような、容赦のない本当の勢いのオシッコ。
 そう。あろうことか――助手席のドアから身を乗り出した女の人が、車の外へ向けて下着もほとんど下ろせないまま、大股開きになって、腰を突き出し、路肩に向けて凄まじい勢いのオシッコを始めていたのだ。
(う、嘘……っ)
 頭をぶんなぐられたような衝撃が、真彩を襲う。子供までいる大人の女の人――真彩のお母さんとそう歳の変わらない人なのに、こんな所で、ガマンできずにオシッコをはじめたのだ。しかも、とてもではないが慎み深いとは言えない状況で。
 上手くドアを使って見えないようにしているつもりらしいが――車高の高いバス、真彩の位置からはちょうどそれが丸見えだった。
 あまりの姿に、ちょっと心配そうな顔をして、男の子もその様子を案じている。彼の視線の先、助手席のドアの陰で、立派な大人の女の人――男の子のお母さんが、気持ちよさそうにオシッコをしている。
(……こ、これだけ渋滞してるんだもん、っ、し、しかた、無いよね……)
 はしたない、と目を背ける事もできただろう。しかしもはやその光景は真彩を躊躇わせることはなく、むしろ少女の背中を後押しする。
 女性だから、大人だから。恥じらいを持たねばならないと叫ぶ理性を置いてきぼりにして、余裕を失った下腹部が激しい訴えを繰り返す。
 そう。――むしろ逆に。
 ちゃんとした、立派な大人だからこそ。どうしようもなくなるまで我慢を続けるなんて事の方が、愚かしいことだと言うのをわかっているはずなのだ。
 どれだけ慎み深く、礼儀正しいお嬢様だって、トイレに行けないまま、ずっと我慢を続けていればいつかは限界がやってくる。それは仕方のないことのはずだった。
(そ、それに、本当の、本当に、ガマンできなくなっちゃったら……っ)
 我慢を続けたまま、一歩も動けなくなって――そうなった時の結末は、火を見るよりも明らかだ。カウントダウンを始めたオシッコの出口と、ますます硬さを増す下腹部をさすり、真彩はぶるりと背中を震わせる。
 そもそも、こんな万が一の危機的状態に陥らないようにすることこそが、本当のきちんとした大人の振る舞いだと言う至極まっとうな意見は、頭のどこかにこびり付いてはいたが。
 もう真彩にそんな理屈は通じない。
(どうしようもないんだもんっ、オシッコ、出ちゃうもんっ…!!)
 行き場を失くした女の子のおしっこは、なお真彩の下腹部を膨らませて、出口を求めて暴れ続ける。額にはじっとりと汗が浮かび、恥骨にはじいんと甘い痺れが響く。おしりの孔にまできゅっと力を込めて締め付けなければ、排水口はいつ緩んでしまうかもわからない。
 きつくつぶった目の向こうで、真彩は、オシッコをしている自分の姿を思い描く。
 ワンボックスカーのドアの陰で響いているであろう、滝のような水音を想像しながら、真彩の息づかいは一段と荒くなっていった。

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