社会見学バスの話・42 花藤涼子その2

「っぁ、やだぁ、やだぁあっ!! せ、せんせぇ、ぃ、うぁっ、いっ、イジワル、しない…でぇっ!! と、トイレ、っ、おトイレしたいの、お外でいいからおトイレするのぉっ!! も、もれっ、漏れちゃうから、ぉ、オモラシしちゃうからぁあっ……!!」
 子供のように叫んで激しく足踏みをし、もじもじクネクネ太腿を擦り合わせ、重ねた両手で『ぎゅううううっ』とスカートの上からおまたを押さえて下着を引っ張り上げる。
 オシッコ我慢限界の御手本のような涼子の有様は、車内で同じく尿意と戦っていた少女達にとってあまりにも目の毒だった。自制を失くして漏れちゃう漏れちゃうトイレトイレと叫び続ける涼子の姿に、他の生徒達が反応せずにいられるわけもない。駆け寄った蓉子を押しのけてバスの出口に突貫しようとする涼子につられて、少女達はひときわ大きな尿意を催してしまう。
 この瞬間、実に8人もの生徒達が、次々と漏らしたての新鮮なオシッコで脚の付け根に恥ずかしくも熱い染みをじゅじゅうっと広げてしまった。中には亜理沙や美穂のように、これまでなんとか下着を濡らさずにいたにもかかわらず、この日最大の尿意の大津波に襲われて、真っ白さを保っていた下着の股布からおしりまでを濡らし、さらにはスカートまで濃く色を変えてしまうほど特大の恥ずかしい黄色い染みを広げてしまった少女も居た。
 おチビりに言葉も失って青ざめる彼女達をよそに、涼子の訴えはなお激しさを増した。
「降ろして、降ろしてよぉ!! せんせぃ、じゃ、邪魔、んんっ、邪魔しないでよぉお!! お、おしっこっ、おしっこするの!! こんなところじゃやだっ、やだぁ、まっ、間に合わないっ、出ちゃう、出ちゃうのっ!! おしっこ、おしっこ出ちゃうよおぉッ!!」
「はっ、花藤さんっ、ダメ、今降りたら危ないのよ!! 席に戻って!! ほら、もう少しだから!! あと少しで、サービスエリアだから!! も、もうちょっとでっ、おトイレだから!!」
 遮二無二突っ込んでくる涼子を押しとどめ、蓉子もまた必死だった。しかし、それは生徒の身を案じる女教師としてではない。ここでバスを止められたら、またサービスエリアまでの時間が遠のいてしまう。ゴールまでの時間を逆算し最後の時間を耐え続けていた蓉子にとって、それだけは避けなければならない問題だった。
 純粋な女の欲望に基づいた打算で、蓉子は教え子をはがいじめにする。
(あなたがバスを停めてたら、わ、わたしのオシッコが間に合わなくなっちゃうのよぉお!! せ、生徒の前でなんてっ、ぜ、ぜったいに、ぜったいに!! オモラシなんか……でっ、ででっ、出来ないんだから!! あぁーーんっ、い、いいからっ、黙って言う事聞きなさいよぉおお!!)
 半ば憎しみさえ含ませて、蓉子は涼子の前に立ち塞がる。本来、生徒達の身を案じ、なによりもその事を考え導いてやらねばならない教師の立場にありながら、蓉子の頭にあるのは自身の保身のみに他ならない。
 我慢の限界、形振り構わず決行した最後の懇願すら封じられ――涼子に待つのはあまりにも無慈悲な、たったひとつの結論であった。
「ぃ、いや、っ、いやぁ、いやぁあああ!!」
 じゅっ、じゅうぅうぅ、じゅじゅじゅじゅじゅぅ、
 ぶじゅじゅじゅじゅじゅじゅっ!!!
 宙を見据え、涼子の瞳が大きく見開かれる。ぱくぱくと唇が震え、寒さに震えるように激しく少女の身体が震え出す。繰り返される否定の言葉は、しかし下半身に溢れ出す羞恥の熱水を消し去ることはできなかった。
 押さえ込んだ布地を震わせる、激しい水音――
「ぅあ、ぁ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……」
 白い喉から絞り出させる悲痛な呻きと同時に、少女の足元、バスの通路に激しいスコールの音が鳴り響いた。
 制服のスカートのすそがみるみる濃く染まり、涼子の下腹部から黄色い滝が噴き上がる。
 涼子はわずか、爪先立ちになって腰を上に浮かせていた。さっきまできつく脚の付け根を押さえこんでいた手のひらを重ねて作った器に、自分の絞り出したオシッコを受け止めようとするかのように、その場にしゃがみ込んでしまう。太腿を伝うオシッコはみるみるその太さと勢いを増し、バスの床に大きな水たまりを描き始めた。
 そんな一部始終を、蓉子の手にしたマイクは一音も漏らさずに拾い上げていた。涼子の声と、噴き出すオシッコの音。全ては余すところなくスピーカーを通じて、バスの中に響き渡ってしまったのである。
 まるで、バスそのものが――いや、2年A組社会見学バスの中でじっと身を縮め、懸命にオシッコを我慢し続けていた少女たち全員が、ついに最初の限界を超えてしまったように。
 涼子のオモラシは、これから始まる悲劇の発端となるものだった。

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